コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 11 featuring セレスティ・カーニンガム〜本職の人に聞いてみよう

 ある日の酒場――『暁闇』の店内での事。
 とは言え、普段とは様子が少し違う。緩く波打つ銀髪の美丈夫が普通にカウンターに腰掛けている事はいるが、カウンターの中に居る金の瞳のバーテンダーはいつものようにベストにボータイ…ではなく、ラフな開襟シャツを着ていた。仕事中ではなく草間興信所で見る時のように前髪も下ろしてあり額に掛かっている。ついでに言えば店内、彼らが居る場所から多少離れた位置になる照明――例えばボックス席の照明は殆ど落としてあった。…まぁ、元々昼間ではあるのだが。…それでも薄暗いのは仕方無い造りの店内。けれどこの時間であれば窓を開ければ外からの光が多少は差し込む。そんな時間帯。
 つまりは営業時間外。
 …が、その割には営業中並にカウンターには色々とカクテルを作るのに必要とされる道具が引っ張り出されてある。いや、むしろ通常の営業時より色々と、邪魔なのではとも思えるくらい置いてあるのは気のせいか。
 そして、カウンターに腰掛けている客人とバーテンダーは何やら話し込んでいるようで。
 どうやら、バーテンダーが客人に何かを教えている様子でもある。それも、カウンターに置いた道具や酒のボトルを取り上げ、示しつつ。客人もそれに対し何かを答え、また他の道具を指したりして色々訊き返している様子だった。それも、どちらも妙に真面目。
 …いったい店の営業時間外に彼らは何をしているのか。切っ掛けは――昨日の営業時間にまで遡る。



「カクテルの作り方を?」
「ええ」
 その日、緩く波打つ銀髪の美丈夫ことセレスティ・カーニンガムが『暁闇』で訊いてみたのは金の瞳のバーテンダーこと真咲御言が返した言葉の通り、カクテルの作り方について。曰く、自分の屋敷にもバーカウンターなるものがあるので、折角だから何かひとつカクテルをマスターしてみたい、と以前挑戦した事があったらしい。
 が、その挑戦は敢え無く失敗に終わったとの事。記憶を辿って作っていたのだがどうも思った通りにできず――できないどころか、その内すっかり眠ってしまいました…と苦笑された。つまりその時の結果は出ず終い。
 そして今。
 この店に顔を出したところで、本職の人に聞いてみましょうと思い立ちカウンターの御言に声を掛けてみたところらしい。…ちなみにその日、店のマスターである紫藤は留守でカウンターを預っていたのは御言のみだった。居たならば紫藤に訊いた方が適任だったような気もするが、御言曰く残念ながら暫く休業中になる予定らしい。近頃、紫藤は御言に店を預けて留守にする時間が増えているとの事。
「基本はお客様に…実際飲む方に喜んで頂けるように作る…と言う事になるんですけどね」
 我々の場合は。と、少し考え、御言。
 …言うまでも無い事なんでしょうけど。それに意味が少し違いますか、と小さく苦笑しつつ。ひとまず、セレスティのこの質問、レシピのひとつひとつを教えてくれ、と言う意味では無いと取った模様。
 が。
「そうではなくて――」
 どうも私は不器用らしいんですよ、とセレスティ。
 きょとんと目を瞬かせる御言。
 紅茶ならば慣れているんですけどね、カクテルとなるとどうも勝手が違うので…。私でも作れるカクテル、教えて頂けませんか? と、憚るように気持ち小声でセレスティ。…とは言えすぐ側に客は居ないので滅多に他人に聞かれる事も無いのだが。その時居た他の客はボックス席の方にちらほら。普通に話している声であっても、カウンターからの声は殆ど聞こえない位置。
「…どんなカクテルを?」
 作ってみたいんでしょうか?
 セレスティに合わせて小声で返す御言。『私でも作れるカクテル』、その基準は何処だろうと考えて――財閥総帥と言うセレスティの素性、紅茶なら慣れている、が、どうもカクテルだと勝手が違い――そこが理由。そうなると、ひょっとして。
 ………………ところでバーテンダーと言う職業は、それは確り学校を出るなり初めから師匠に付いて修行する気合いの入った者も居るが、その反面、元々何も出来ないド素人だったとしてもレシピ本を見ながらひとつひとつ丁寧にやり続けていればその内どうにかなってくるものでもある。実は『暁闇』に来たばかりの七年前の時点では御言はソレだった訳で、しかもその状態でありながらいきなりお客様用のカクテル作りを任された事があったりする。…紫藤は師匠と言うより初めからはっきりただの上司だった。当時、特に教えられた――目の前でカクテルを作られた事すら実は殆ど無い。そう、場合によっては『ド素人のその状態で、任される事さえある』訳で。つまりは――接客では無くホームバーでカクテルを作りたいと言うなら尚更、『カクテル作りは特別難しい事では無い』。…その筈だ。
 それなのに改めて『カクテルの作り方』を訊かれるとなると。
 …本気で不器用なのか、完璧を求め過ぎているか。…どちらかである。そしてこのセレスティの場合、言ってしまっては悪いがどちらの可能性も否定できない。両方と言う事もあるかもしれない。そしてどちらの可能性でも結局、難しい。
「美味しいものなら種類は問いません。ただ、自分で納得の行く物が作れるようになりたいんですよ」
 続けられたこの返答からすると後者か。
「参考までに、以前作ろうと試みたと言う物は何か…伺っても宜しいですか?」
「マテーニです」
「…わかりました」
 では今ここで…より、営業時間外の方がいいですね。明日の昼間にでも…ここに来て頂けますか? 表の鍵は開けておきますから。明日が無理でしたら、お暇な時を教えて下さればその時にお付き合いしますけれど。



 …と、そんな訳で、セレスティが営業時間外の『暁闇』に来訪している。カウンターに並べられた道具は色々と選び、試す為。道具の品揃えに限っては、恐らく実際に稼動している店の物の方が良いだろうと考えて、セレスティの屋敷にお邪魔するのではなく、呼んで店に来訪してもらう事にした。御言は取り敢えず一通りセレスティに訊いている。味の好みは。作り方はどうしていたか。ビルドにステアにシェークにブレンド。ベースは何がいいか。道具を操る手に危なげがあるのか無いのか。セレスティは感覚に関してだけ言えば相当に鋭い事は確実。その上に舌も肥えている。上手く言えませんがと断られたが、判り難いだろう区別をわざと付けて供してみたカクテルのふたつをあっさりと見分けた。が、肝心のそれを作り出す術は無いよう。そこで手順を教え、四苦八苦してその通りのレシピで何とか作り上げる事が出来ても、何故か出来上がった物の味が違うと言う。…御言にすれば別の人間の手による物なのであるからある程度の違いが出るのは当然と素直に思えるが、セレスティの方はそれではどうも納得が行かないらしい。違いについてはやんわり語っているが、その実、この味では絶対に譲れない、と思っているらしいのは口調でわかる。無意識なのかもしれないが。
 となると、これはやっぱり駄目かもしれない。
「やっぱり無理なんでしょうかねぇ…」
 小さく息を吐きながらセレスティはショートカクテルをちびりと飲んでいる。つい先程、御言の手解きを受け自分でシェーカーを振って作ってみた物。マテーニをシェークでオンザロックス。いつもその作り方を指定する、某映画に於ける「女王様のスパイ」にちなんでボンド・マテーニとも呼ばれているマテーニのレシピ。シェーカーの扱いには気を付けて。中の氷が溶けないように掌をべったり付けないで持つ事、強くシェーカーを振り過ぎて氷が割れないように――水っぽくならないように、それでいて確り冷やせるように気を付ける事。
 ちなみにセレスティが今飲んでいるこれの場合、数回やってみた後に、何とかそれなりの形になった完成品。が、記憶している味とはやはり違ったのでまた悩んでいる。同じ物を味見している御言にすれば、カクテル作りに慣れていないにしては問題の無い出来にまで持ってこれたと思うのだが。
 …やはり、セレスティの基準では駄目らしい。
「そうですね、作り手に関らずいつでも同様の物が作りたい…となりますと、やっぱりブレンド…になりますね。…ヘミングウェイが好んだフローズン・ダイキリ辺りが代表格ですか」
 他にはジンベースのブラッドハウンドとか、ラムベースのグリーンアイズとか。ブレンドでしたら、道具と材料さえ事前に揃えるならば後はミキサー任せですからね。
「そうなりますか」
 セレスティはやや残念そうに息を吐く。
「ええ。他は、カーニンガムさんの求めるレベルですと、幾ら練習しても作るのは不可能だと思いますよ」
 レシピ通りに作っても違いは出てしまう物なんです。カーニンガムさんが仰るその『違い』は、作り手の個性に由来してしまう『違い』になりますから。
「…と、なりますと、お気に入りの物はそれを作って下さる方の手に作ってもらうしか無い訳ですか」
「はい。…もしくは、自分で美味しいと思える物を、他人の作った味から思い起こして作るのではなく、一から自分で作り上げる…しか無いと思います」
 凄く根気の要る作業のような気がしますが。
 そう言われ、セレスティは、ふむ、と軽く考え込む。確かに、技術的な問題ではないところが引っ掛かっているのなら、その通りかもしれない。技術的なところならば練習すればどうにかなるが…曰く、セレスティはぎこちないながらも基礎中の基礎になるところは普通にできているらしい。後は慣れと言われた。何度もやるしか無いとの事。後は自分の流儀を自分で作っていく、とか。
 が。
 自分ひとりでそれを作り出す…と言うのもセレスティにするといまいち心許無い。路線が全然違う方向に行ってしまったら軌道修正してくれる人間が居た方が安心出来る…気がする。それは普段から部下に囲まれている生活を送っているからか。そうは言っても間違いが無い事でもあるだろう。
 そう思い、セレスティは、でしたら、と改めて御言を見る。
「出来るまで…お暇な時にでもこれ、お付き合いして頂いてもいいですか?」
 勿論、酒代は払いますから、と。

 …御言、思わず停止。

【了】

×××××××××××××××××××××××××××
    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
×××××××××××××××××××××××××××

 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

■NPC
 ■真咲・御言/本職の人
 ■紫藤・暁/御言の上司、名前だけ

×××××××××××××××××××××××××××
          ライター通信
×××××××××××××××××××××××××××

 いつも御世話になっております。このたびは発注有難う御座いました。

 PC様の作れるカクテル、を御言に訊きに来たと言う事で、PCシチュエーションノベル「秋の夜長に。」の続編もどきです。そんな場面に思えましたので。
 で。
 紅茶が問題無いのなら実は技術的には結構あっさりどうにかなるのでは無いかなと思いまして、不器用説は取り敢えず脇に置いておく事にしました(笑)。結果、自分の感覚に頼るとその通りできない、と言う路線で。
 但しそうなると、自作を諦めない限りは先が見えなくなってくると言う話でもあり…(遠)
 …この先どうなったかはお任せします(え)

 如何だったでしょうか?
 結果はこんな風になりましたが、少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。11とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝