コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


古よりの因縁【後編】


□オープニング

 
 草間武彦は、資料に目を通すと考えをめぐらせた。
 霊宝鏡月の事、冥衛聖籠の事・・朝倉セイの事。
 そして・・。

 『月夢村で変貌してしまった3千人の霊宝鏡月の子孫達・・。』

 明日の日没後には、その命が絶たれる・・。
 時間は無い・・。
 武彦は考えをめぐらす・・分かっている範囲内で、考えられる全ての仮定を・・。
 森の中で『殺してやるよ』と言った朝倉セイ。
 森の中で『殺して下さい』と言った冥衛聖籠。
 それが示す一つの仮定・・。
 “朝倉セイと冥衛聖籠は魂と身体が入れ替わっているのではないか”
 つまり・・朝倉セイの身体には冥衛聖籠の魂が、冥衛聖籠の身体には朝倉セイの魂が・・。
 そして、きっと冥衛聖籠の方が強い。
 日没後には朝倉セイと言う人物の全てが消え、古の時に生を絶たれた冥衛聖籠がこの世に降り立つ。
 古の時より受けた“アヤメの神殺しと言う名の濡れ衣”
 霊宝鏡月を憎んでいる心を持って・・。
 分からないのは、霊宝鏡月の真意。何故、冥衛聖籠を死に至らしめたのか・・。
 謎が・・多すぎる・・。
 武彦は盛大なため息をつくと、ソファーに腰を下ろした。
 時刻は夜中の11時過ぎ・・。
 武彦は集まった面々の顔を見ると、呟いた。
 「明日、事実を確かめに行く・・。朝一で、ココに来てくれ。」
 そう言った後で、武彦はポツリと呟いた。
 「3千人はもちろんの事、朝倉セイも・・救える道は無いか・・。」 



『 様々な思いが蠢き、交錯する。
  人の心と言う物はいかなる場合においても一定する事はない。
  今宵の殺意が明朝の悲しみと同じではないように。
  明日の希望が今宵の絶望ではないように。
  日々変化する時にもまれ、のまれ、消えていく思い、生を受ける思い。
  決して通じ合う事の出来ぬ思いも稀に生まれ、一方通行の思いだけが世界に取り残される。
  相反する感情は裏と表ぐらいに近く遠い。
  愛は憎しみに変わり、憎しみはいずれ愛へと変わる。
  感情と言う一種の波にもまれながら、行き続ける不幸を、嘆く事すら叶わない・・・。 
  様々な思いが蠢き、交錯する。
  愛の成れの果ては憎しみ、憎しみの成れの果ては愛。
  裏と表、愛と憎しみ、現世と来世、古の時と、現世。
  古より続き、現世へ流れるは、来世への愛と憎しみ・・・。 』


■夢幻館

 東京下町夢幻館。
 現実と夢、夢と現実、そして現実と現実が交錯する館。
 望んだ者のみが見つける事の出来る、小さいようで大きな館・・・。
 その前に、草間 武彦を始めとする総勢6人が立ち並んだ。
 「・・ここが・・夢幻館ね・・。」
 シュライン エマが聳え立つ夢幻館を見上げながら小さく声を漏らす。
 「とても面白いものが“みえ”ますわ・・。」
 その隣で、海原 みそのが妖しげに微笑みながらそう漏らす。
 それほど目立つような館ではない。何処にでもあるような少し大きめの館だ。
 それなのに、何故か存在感だけが大きい。
 「威圧感があるな・・。」
 蒼王 海浬がため息交じりにそう呟いた。
 「確かにね、いつも思うけど・・異様な雰囲気よね。」
 火宮 翔子が頷く。
 その口調から、何度かこの館に来たことがあるようだった・・。
 「あぁ、でも・・。嫌な雰囲気ではねぇな。」
 幾島 壮司がふっと微笑んだ。
 確かに、異様な雰囲気だが嫌な雰囲気ではない。不思議な異様さをかもし出しているこの館は、不快感はない。
 「それじゃぁ、中に入るぞ。」
 武彦は言うか早いか、夢幻館の扉を大きく開け放った。
 少しだけ扉が軋む音が耳に障る・・。
 開いた先は綺麗な洋風のホールだった。その奥から、銀色の髪をした細身の男が小走りでやってきた。
 その瞳は青い・・。
 「おや、お客さんですか・・・って、武彦さんじゃないですか。お久しぶりですね、如何いたしましたか?」
 やけにスローテンポで話す男は、ゆっくりとした動作で武彦の後に立っていた一同を見渡すと少しだけ首をかしげた。
 「お客さんですか・・?」
 「あぁ。」
 「初めまして、俺は夢幻館の支配人をしています沖坂 奏都(おきさか かなと)と申します。」
 丁寧に頭を下げる奏都に、思わずつられて頭を下げる。
 「夢への扉を開いて欲しいんだが・・・。美麗はいるか?」
 「えぇ、美麗さんならご自分の部屋でおくつろぎですよ。さぁ、こちらへ・・・。」
 武彦の問いかけに、奏都がすっと先頭を切って夢幻館の中を歩き始めた。
 いくつかの角を曲がり、いくつもの扉の前を横切る。中は迷路のように複雑で、入り組んでいた。
 外観だけを見るとそれほど大きくない館なのに、何故か中は巨大な造りになっている・・・。
 「さぁ、ここです。」
 ふっと、奏都が1つの部屋の前で足を止めた。
 少し豪奢な装飾のついたその扉を、そっと押し開ける。
 「美麗さん、お客さんです。武彦さんと・・興信所のかたがたです。」
 「どうぞお入りくださいませ。」
 中から、凛と透明に響く声が聞こえてくる。
 不思議なまでに心地良く鼓膜を揺らす声に、この世の者ではない雰囲気を感じる・・・。
 開け放たれた扉の先、漆黒に濡れる長い髪と瞳がじっと一同を見つめる。
 その肌は悩ましいほどに白い・・・。
 「まぁ、草間様ではありませんか。さぁ、どうぞ中へお入りなさいませ。」
 「美麗・・今日は・・。」
 「承知しておりますわ。初めましてお客様方。わたくしは夢宮 美麗(ゆめみや みれい)と申します。」
 美麗はそう言うと、ゆっくりと頭を下げた。
 その動作は嫌味なほどに優雅で、その外見とあいまって美しかった。
 「夢の世界へ行きたいのですね・・?」
 一人一人と瞳をあわせながらそう問う。漆黒の瞳には不思議な色が宿り、妖しく揺れている。
 「夢の世界ってーか、霊宝鏡月が生きてた時代に行きたいんだけど・・。」
 「えぇ、ですから・・夢の世界ですわ。」
 壮司の問いかけに、美麗は微塵も表情を崩さずにそう言った。
 「夢の世界って、どう言う事なの・・?」
 「現世と言うものは、ほんの一瞬の通過点にしか過ぎません。この刹那の時のみが現世です。現世に繋がるは古。継がれるは来世。遥か古も、来世も、それ全て夢・・。」
 「つまり、霊宝鏡月様が存在なさっていた時代は、遥か古・・つまりは夢の世界と言うことですの・・?」
 「左様でございますわ。刹那の時以外は、それ全て夢。夢の中に浮かぶ孤島のみが、現実でございますわ。」
 美麗はにっこりと微笑むと、みそのに軽く頷いた。
 武彦は、小さくため息をつくと肩をすくめた。
 「美麗・・。その話は後で良い。緊急だ・・。」
 「承知いたしましたわ。さぁさ、こちらで御座います。」
 美麗はそう言うと、部屋の中にでんと構えておいてある扉の前に立ちはだかった。
 豪華な装飾の施されたその扉は、七色の輝きを放っており、不思議な威圧感を持っている。
 「夢の中は常に一定のベクトルに向かって動いております。重複する時を垣間見るために、お客様方の御心に従い夢へと導きます。」
 美麗の言葉に、壮司と翔子が軽く瞳をあわせた。
 言っている言葉の意味がいまいちよくつかめない。
 それは不自然に丁寧な、それでいて曖昧な表現で話しているからだろう・・。
 神秘を纏おうとしての故意なのか、それとも存在が神秘ゆえの必然なのか・・・。
 「行ってらっしゃいまし、古の夢へ・・。」
 美麗はそう言うと、すっと扉に手をかけた。
 重そうな音と共に扉が奥へと開け放たれる、ゆっくりと・・・。
 真っ白な光に包まれ、身体が中へと引き込まれる。その力は強大で、購う術はなかった。


□存在の意義


 白い光の力がふっと弱まり、温かな風が頬を撫ぜた。
 そっと瞳を開ける。
 そこは何も無い荒野だった。茶色く煤けた地面には草木は無い。見渡す限りの荒野だ・・。
 「ここは・・。」
 「何も無い所ね・・。何があったのかしら・・?」
 みそのと翔子が感想を述べる。その場にシュラインと海浬と壮司の姿は無い。
 「なんだか焦げ臭いね。」
 「血の匂いもしますわ・・。」
 風に運ばれてくるのは、生臭い鉄の香りと生木の燃える様な匂い。ねっとりと温かい風は、肌をべたつかせる。
 「・・“みえ”ますわ。これは・・戦の後でしょうか・・?」
 「戦いの後・・?」
 みそのが“みえる”ありのままを翔子に伝える。
 みそのは荒野の気をじっと“みつめ”る。
 翔子は見渡す限り何も無い荒野に視線を落とした。それを地平の彼方まで引き伸ばす・・・。
 「あ・・あれ・・。」
 その瞳が一点の黒い点の上で止まった。
 米粒ほどにしか見えないその黒い影は、人間のようだった。
 「あれは・・。」
 「“アヤメの神”様ではないでしょうか・・・?この感じ・・アヤメの神様ですわ。」
 みそのがじっと“みつめ”る。
 その点はゆっくりとした動きでこちらに近づいてくる。
 米粒ほどだったのが豆粒ほどになり、次第に形作られていく影は小さな女の子の曲線を現す。
 長くしなやかな黒髪と、細く白い腕、そして・・紫に妖しく光り輝く瞳・・。
 その瞳が連想させるのは、村で豹変した子孫達・・。
 精巧に作られたお人形のように愛らしいアヤメの神の頬には、どす黒い血が幾筋も張り付いていた。
 それがアヤメの神の血でない事だけは分る。
 着ている白い着物は、ほとんどが赤に染め上げられてしまっている。
 アヤメの神の視線が、2人の瞳とかち合う。大きく見開かれる紫の瞳に、生気はほとんど感じられない。
 「お主ら、この世界の民ではないな・・?」
 直接鼓膜を揺らす声は、細かに震えていた。
 声帯を通さないそれは曖昧な響を伴いながら一定の枠を持って耳へと届く。
 「貴方様は、アヤメの神様でしょうか?」
 「アヤメの神・・。そうか、遥か遠い来世ではそのように呼ばれておるのか。」
 そう言うと、ふっと自嘲気味に微笑んだ。
 幼い顔に浮かぶ表情は大人びている。・・いや、大人だってもう少し愛らしい表情を浮かべるだろう。
 表情が死ぬ一歩手前・・諦めを含んだ表情しか出来なくなっている時・・。
 「わらわは神ではない。人ならず者・・・。」
 瞳に手を当てる。
 紫色に輝く瞳は死んだようにしっとりと濡れている。
 「紫の瞳を持つものは凶の民。人間よりも成長の遅い、鬼の子等・・。秀でているのは殺しの術。」
 「どう言う事なの?」
 「わらわ達、凶の民の時は緩やかで・・。人の10年わらわ達の1年。体術に優れ、殺める事を専門とする影の忌み民。」
 しっとりと、生暖かい紅の風が吹きぬける。
 わずかばかり枯れた土地の砂を巻き上げる・・。
 「・・名前は・・?」
 「わらわに名前は無い。ただ、アヤメと呼称されておる。それが可憐な菖蒲なのか、忌み民の殺めなのかはわらわにも分らぬ。」
 アヤメの袖から小さな刀がするりと落ち、乾いた音を立てて地面の上に寝転がる。
 その刃は赤く染まっている。まだ乾ききっていない誰かの命・・・。
 「わらわはアヤメ。ただの・・忌み民の子よ・・。」
 アヤメが小さく微笑む。
 ・・しかし、それは微笑には見えなかった。今にも泣きそうな・・・。
 グラリと視界が揺れる。
 丁度ジェットコースターを連続で乗った時のような、フワリと宙に浮く感じの不快感が全身を襲う。
 耳にはラジオのノイズのような音が響き、目の前はテレビの砂嵐のように右から左へなにかが走り抜ける。


 ふっと視界が戻った時、そこは月夢村だった。
 小さな空が告げるのは古の時より生ける小さな村。
 しかしそこは2人が知っている月夢村とは少し違っていた。もっと、時代が古い気がする・・・。
 「主ら、また会ったの。」
 ザワザワと森を抜けてきた風が梢を騒がせる。
 背後から聞こえてきた声に反応して振り返る。
 寂れた家々の間にあの、荒野で見た時とまったく変わっていないアヤメの姿があった。
 黒の髪も、白の肌も、紫の瞳も変わってはいない。
 しかし・・瞳の輝きだけが違っていた。
 感情を伴った、怪しく光る無邪気な表情・・。
 「アヤメの神様・・表情が・・。」
 「わらわはまだ神ではないと言っておろうが。ただの、アヤメで良い。主らはなんと申す?うら若き姫君達よ。」
 「わたくしは、海原 みそのと申しますわ。どうぞみそのとお呼びください。」
 みそのがアヤメに向かって丁寧に頭を下げる。
 恭しい態度に、アヤメは苦笑すると頭を上げるようにそっと言った。
 「私は火宮 翔子・・。」
 つと、翔子の言葉が途中で途切れた。
 アヤメの背後から現れた人物に言葉を失う・・。
 「アヤメ様・・?こちらの御方々は・・?」
 狂い咲く菖蒲の花々の間を割って出てきたのは、銀の髪の毛の儚い印象を受ける男性・・。
 「聖籠、村人らの事はもう良いのか?わらわの側仕えなどせずとも・・・。」
 「村の事は、鏡月に任せてありますゆえ・・それで、こちらの御姫君方は・・。」
 高くも無く低くも無い声は、幻想的に空気を震わす。
 その瞳は、アヤメと同じ輝きを放っている。
 アヤメの言う“忌み民”の証・・・。
 「姫君達、この男は聖籠と言う。わらわの友人の一人じゃ。この姫君達はみそのと翔子と言う・・。」
 アヤメはそこで言葉を切ると、上目遣いでチラリと2人を見やった。
 小柄なアヤメは悪戯っぽく微笑むと、そっと小さく呟いた。
 「わらわの友人らよ・・。」
 恥ずかしそうに言うアヤメの仕草は可愛らしかった。菖蒲の花のように可憐で、清楚な印象を受ける。
 「アヤメ様・・・。」
 「さぁ、ココで立ち話もなんだ。わらわの住む社にでも行こうぞ。」
 くいっと、村の奥のほうを指差す。
 その時空から2羽の雀がアヤメの頭上から飛んで来て、その周りをクルクルと回り始めた。
 アヤメにじゃれる様に羽ばたく姿はどこかで見たような気がした。
 ・・違う、正確には“見てはいない”。雰囲気が同じなのだ。以前に会った誰かに・・・。
 「如何した?なにか慌てておるようだが・・。風に空?」
 アヤメが2羽の雀に向かってそう呼びかけた。
 翔子とみそのがすっと視線を合わせる。
 風と空。古の時より死を絶たれたアヤメの神に仕える巫女達。
 あの2人が、この雀・・?
 確かに“気”は同じようだ。
 飛び回る雀は何かを警告しているかのようだった。クルクルと、甲高い声を上げながらアヤメの周りを飛び巡る。
 突然、背に冷たいものを感じた。
 びくりと大きく肩が跳ね上がる。・・・急にわけも分らない恐怖が全身を支配し、頭の中を真っ白に染め上げる。
 「な・・なに・・?」
 「なにか、巨大な力が“みえ”ますわ!段々とこちらに近づいて・・!!」
 風と空が一層高く泣き叫び、狂ったようにアヤメの周囲を飛び回る。
 「みその、翔子・・?主ら、どうした・・?」
 アヤメがきょとんとした顔をで2人を見比べる。
 その少し後に立っている聖籠の表情は硬い・・。
 「アヤメ様・・・村の奥へ・・!!翔子様とみその様をお連れになって・・!!」
 聖籠が脇に刺してある長い刀を抜いた。すっと銀色の光が中を切り裂く。
 艶かしい光は、それまでに幾人者命を吸い取っている輝きがある。
 「聖籠・・?如何いたした・・?」
 「アヤメ様、お早く!!」
 聖籠はそう言うと、アヤメを村の奥へと押しやった。翔子とみそのの腕を掴み、同様に村の奥へと押す。
 すっと刀を構えて立つ姿は絵のように美しかった。このまま、大きな豪邸の客室にでも飾ってありそうなほどに。
 「アヤメ様!!聖籠!!」
 村の奥から凛と通る声が響いた。その声は切羽詰っているかのようだった。
 走り来る人物・・・黒く長い髪、聖籠と対照的ながっしりとした体つき。
 「霊宝鏡月様・・?」
 「霊宝鏡月!?」
 手に持っている刀は聖籠のよりも大きく重そうだ。キラキラと七色に輝いて見える宝石が沢山ちりばめられた柄、豪華な装飾・・。
 シンプルな聖籠の刀が玩具のように見えてしまうほどにしっかりとした刀だった。
 「鏡月も、如何したのじゃ?慌ておって。村人らとの話は・・・。」
 「アヤメ様!敵です!また・・!!アイツラが!!」
 どうやら鏡月の目に2人は映っていないようだった。
 アヤメだけに注がれる視線は、周りの風景を排除する。
 翔子は肌で感じていた。鏡月達の言う敵の強大さを。
 みそのは“みえ”ていた。その敵の強大な影を。
 「みその様、翔子様!どうかアヤメ様を連れて・・村の奥へ!!」
 聖籠の言葉を最後まで聞かずに、翔子はアヤメとみそのの手を取り駆け出していた。
 みそのには“みえ”ていた。その姿が、存在が・・。
 背後から、剣が交わる音が響く。
 怒号、叫び、剣の響き、そして・・菖蒲の花が踏み荒らされる音。
 アヤメが翔子に手を引かれながら小さく悲鳴を上げた。
 「聖籠・・・鏡月・・・!!」
 「なんて強大な・・・。」
 みそのが漏らす声を聞きながら、翔子は自分の肌で感じた“絶対的な確信”を否定したかった。
 しかし・・・それを否定する事は出来なかった・・・。
 「あの、村の方々の・・・先祖の方でしょうか・・・?」
 風が吹く。後方からの風だ。
 含まれる湿気に、鉄のにおいが混じる。
 「人の子らよ・・・わらわの力を欲する、人の子らよ。鏡月と聖籠の力を欲する・・・外の子らよ。」
 うわ言のように呟く、アヤメ。
 みそのはふっとさっき“みえ”た光景を思い出していた。
 禍々しいほどの欲望をむき出しにして襲ってくる、人間達。
 それは、現世で冥衛聖籠に殺されかけている人々の血筋の源。
 「どう言う事なの・・・?」
 翔子はグルグルと回る思考についていけずに、ただ走った。
 みそのとアヤメの手を確かめるように、ぎゅっと強く握る。
 「翔子、あの先に見えるがわらわの社よ。ひとまずそこへ・・!」
 翔子は頷くと、目の前に迫る神社のような場所に走りこんだ。
 バタリと勢いよく引き戸を閉めて、床にへたり込む。
 中はかなりな広さがあるものの、かなり綺麗に片付けられていた。微かにカビのにおいがする。
 「アヤメ様、あの方々はなんなのか・・詳しく教えてくださいませ。」
 みそのがきちんと姿勢を正してからアヤメの顔を見つめた。
 アヤメは僅かに顔をしかめた後に、ゆっくりと視線を中に彷徨わせながら言葉を紡ぎだした。
 「わらわには、殺めの力がある事は知っておるな・・?その力を、欲する者がおるのだ。世は戦の時代。血で血を洗う時代・・・。絶対的な力が必要なのじゃ。」
 「つまり・・・あの人達は“アヤメの力”を必要としているって事・・?」
 「そうじゃ。わらわの力と、聖籠の力。そして・・鏡月の力。」
 「聖籠様と鏡月様にも何かお力があるのですか?」
 「あやつらも忌み民の子らよ。紫に染まった瞳が、たいそう艶だったであろう?」
 アヤメはそう言うと、自分の瞳をすっと隠した。
 “艶であったろう”と、誇らしい笑みを浮かべているが・・その瞳は笑ってはいなかった。
 「この村の民は俗世を離れた者達じゃ。わらわ達を忌み民と言って蔑視する事は無い。しかし・・・外から命を狙われるともなれば・・・。」
 すっと、高い位置に取り付けられている窓の外を仰ぎ見た。
 雀が2羽、こちらを覗き込むような調子でクルクルと旋回を繰り返している。・・空と風だろうか・・・?
 「冥衛聖籠、霊宝鏡月・・・。なんとも美しい字を書くのう。」
 雀が甲高く鳴く。尾を引くそれは、真っ直ぐに心に刺さる。
 「命画 逝老(みょうえ せいろう)。霊崩 狂月(れいほう きょうげつ)。名は体を現すとは、この事よの・・。」
 「アヤメの神様・・・?」
 「聖籠は、滅びを司る。鏡月は、歪みを司る。命を写す絵は老いた逝き人。霊が崩れる時は、狂う月・・滅びの刃を振るうは菖蒲の花びら。」
 菖蒲が小さくそう言ったのと、外で大きな爆発が聞こえたのは丁度同じだった。
 翔子とみそのがすぐにそちらを振り返る。
 「狂わすは月、殺すは菖蒲、逝くは画・・・。しかし・・・その力は封印すると決めたのじゃ。」
 「・・来ますわ!」
 「分ってる・・!!」
 みそのが段々と村の中に入ってくる人影を“みて”、翔子は目もくらむほどの欲望の殺意を感じていた。
 アヤメだけがただ一人、窓の外を飛び遊ぶ雀を見つめている。


 『のう、わらわは死ぬまでに・・何度この世に生を受けた事を後悔すれば良い?』


 『何人の人々を犠牲にして、生き続ければ良いのじゃ・・・?』


 『誰かに必要とされる事無く、誰かを必要とし、その命を踏み台にして上る。』


 『わらわの存在意義はなんじゃ?何のために生きておる?それが分らぬ限り・・・。』




 『何度わらわは死ぬまでに、生まれてきた事を後悔すれば良い・・・?』




 アヤメの低い声が耳に届く。
 しかしそれに反応する前に、視界がボンヤリと揺れ始めた。
 フワリと宙に浮くような不快感、そして耳を劈くノイズ音・・・。
 再び目の前の景色が変わって行く・・・アヤメの言葉をかき消すかのように・・・。


■かみ合わない歯車 


 ふっと、辺りの景色が変化した。
 先ほどまでいた社の風景・・・けれども確かに違う。時間が、時空が・・・。
 「ここは一体・・・。」
 「さっきまでの社と同じだけど、あの嫌な感じもしないし。」
 翔子はそう言うと、いまだ肌に張り付いているあの感じを拭うべく、腕をさすった。
 「雰囲気もどこか落ち着いておりますし・・・。」
 「主ら・・もしや、翔子やみそのと同じ世界から来た者達か・・?」
 その声は確かにアヤメのものだった。
 思わず2人が振り向く・・・いつの間にか畳の上に座っていたアヤメ。
 しかしその瞳はどこか虚空を眺めたまま、2人には注がれていない。
 「・・アヤメの神様・・!?」
 「私達が、見えていないの・・?」
 「・・変な事を申す者よのぉ。見えているから声をかけているのではないか。」
 アヤメはそう言うと、微かに微笑んだ。
 その微笑みも・・2人に向けられたものではない。
 「そのた達、みそのや翔子と同じ世界から来た者であろう?同じ雰囲気がする。」
 アヤメの言葉に、2人は視線を交わした。
 思い浮かぶのは・・この場にいないあの3人の姿・・・。
 アヤメがクリと首をかしげる。
 「丁度暇をもてあましていた所なのじゃ。僅かばかりわらわの戯言に付き合わぬか?」
 アヤメはそう言うと、畳の上に座った。
 なにかをじっくり見つめた後で傍らに置いてあったお茶を前に差し出す。
 自分の前にも小さな花柄の湯飲みを置き、それを一口だけ飲んだ・・。
 「あ・・っ・・。」
 みそのが小さく声を漏らす。
 「・・どうしたの・・?」
 僅かに視線を揺らし、何かを考え込むような顔つきをした後でゆっくりと首を振った。
 「いいえ・・。なんでも・・ありませんわ・・。」
 「・・そう?」
 アヤメの口の端が僅かばかり上がったのが見えた気がした。
 「そうさのう・・恋の話でもどうかの?」
 「な・・なんで急に恋の話なの・・!?」
 翔子が思わず叫ぶが、その声は聞こえてはいない。
 アヤメが面白そうに微笑む。
 「主に思う人がいたとする・・その者は自分の妹弟と仲が良かった場合・・邪魔者は誰かのぅ・・?」
 アヤメがもう一口お茶をすする。
 これは・・アヤメの神と霊宝鏡月、そして冥衛聖籠の恋物語ではないか・・?
 村にいた時に僅かばかり聞きかじった情報を記憶の引き出しから引っ張り出す。
 「いつもいつも助けてくれての。恋と言う物は難儀なものだ・・。恋敵を血の契りで縛った所で、気持ちの問題じゃ・・・。」
 微笑む、アヤメの表情がどこか疲れていることに気付く。
 どこか遠くを見つめる瞳は心なしか虚ろだった。
 「それでも恋しいと思うのは、病んでいるからじゃの・・。」
 アヤメの手から、湯飲みが零れ落ちる。
 畳の上に緑茶を撒き散らし、アヤメの体も畳の上に崩れ落ちる・・・。
 「なっ・・!!アヤメ・・・!?」
 「触れてはいけません!」
 思わず立ち上がろうとした翔子を、みそのが引き止める。
 ただ首を振って、瞳だけで否定する。
 アヤメが咳き込む・・愛らしい顔が段々と苦しそうな表情に変わり、その口からは鮮血がほとばしる。
 「これが・・アヤメの神の毒殺の場面だって言うの・・?」
 「そうですわ・・。」
 「なんでこんな・・!!」
 「アヤメの神様には・・こうするだけの理由があったのです・・。それを、わたくし達が止める事は出来ません・・。」
 ひゅーひゅーと息が喉を通る音が聞こえてくる。畳の上に零れたお茶に、吐いた血が混ざる。
 「わらわは・・菖蒲の花からその名をとったのじゃ。忌み民の親・・わらわの母君・・・。わらわを愛してくれた・・・。」
 アヤメの瞳が段々と色を失っていく・・・。
 「母君は、身体の弱い方で直ぐに亡くなった・・。後に残されたわらわは忌み民としての命を受けて・・幾人もの血を浴びた。」
 もう・・瞳は白く濁っている。
 なにも見えてはいない・・・。
 「わらわはその度に生まれてきた事を後悔した。何度も、何度も・・・。・・・最期くらい、後悔をせずに死にたかったのじゃ。最期くらい、誰かの幸せを願いたいのじゃ。」
 アヤメがそっと瞳を閉じる。
 「もう、誰に言われて殺める事のない、安息の地に・・・。2人は、わらわに良くしてくれた。今度はわらわがその忠義に報いる時なのじゃ・・・。」

 『のう、もしも2人に会ったのならば伝えてくれぬか?後悔はしていないと、ずっと2人を愛していると・・。』

 「わらわは、最期に誰かの幸せを願いながら後悔せずに死ぬ事を、幸せに思っていると・・・。」
 すっと、口元に笑みが浮かぶ。
 そしてそのまま・・・。
 視界がぼやける。
 社の扉の向こうから聖籠と鏡月の姿が見える・・・。
 一緒にいた2人。今も・・必死になって事切れたアヤメの身体をゆすっている。
 ・・それではどうして、鏡月は聖籠を・・・?
 一体、どうして・・・?
 それより一番分らないのは・・・

 『どうしてこんなに途切れ途切れの場面しか見えないのか・・』
 これが・・御心だとでも言うのだろうか?
 全てを知りたいのに、それを拒む何かがあるのだろうか?
 御心が?それとも・・他の強大な力が・・?


 視界が揺れ、ぼやける。
 しかしそれはほんの刹那の出来事で・・直ぐに視界はクリアに戻る。
 そこにはただ一人・・霊宝鏡月が夜空を見上げながら切り株に座っていた。
 思いつめるような視線は艶めいた女らしさをかもし出し、少しだけ噛んだ下唇は僅かに震えていた。
 夜風が鏡月の長い髪を揺らす。
 「・・明日は・・狂の月か・・。私が・・この世に生を受けた日・・。アヤメの神様が、見つけてくださった日・・。」
 そっと瞳を閉じる。
 「そして・・聖籠と会った日・・。」
 しばらくそうした後で、鏡月は右腕を見つめた。
 そこには真横に引かれた刀傷の跡が痛々しく張り付いている。
 「私の、姉妹・・。血を分けた、契り・・。」
 そっとその傷に口付けをする。
 愛しそうに・・寂しそうに・・。
 「可哀想なアヤメの神様。人を殺めすぎたばかりに、成長を止められた・・可哀想なアヤメの神様・・。」
 頬を一筋の涙が滑り落ちる。
 顎を伝い、地面に落ちる。
 その次も、その次も・・とどまる事無く落ち続ける涙。
 「アヤメの神様・・貴方は、聖籠と一緒になりたかったのですか・・?血の契りをせずに、他人のままで・・。」
 涙を、手の甲で拭う。
 濡れる瞳からはもうあふれ出てこない。
 「貴方が亡くなったのは、あの世で聖籠と共になりたかったからなのですか・・?」

 『それが、人を殺める事しか存在を許されなかった貴方様の、最期のささやかな願いなのですか・・?』

 “違う”と、言ったはずの言葉は声にならなかった。
 こんなにも近くにいるのに、鏡月には姿はおろか声すらも届かない。
 届けたい言葉は届かない。
 伝えたい気持ちは伝わらない。
 願いは届かず、届いた願いは間違い・・。
 互いを思う気持ちは強いのに、どこかすれ違う感情は歯止めがきかず。
 かみ合っていないことすら分からない。

 神は巫女を愛するあまり自分の気持ちを閉ざしたまま手の届かぬ場所へと旅立った。
 残された巫女は神を愛するあまり自分の気持ちを閉ざしたままその手を血に染めた。
 血に染まった巫女は全てを恨んだ。

 “3千人の民の見守る狂の月の日、濡れ衣を着せられたまま死して行く”

 恨みは次第に高まり、殺意を含む。
 鏡月の血筋が“3千人に達した時の狂の月の日”その子孫全員を同じ目に・・!!
 

 視界が揺れる。
 そして・・洪水のように様々な場面が情報を伴って流れてくる。
 アヤメの神が生まれた時・・やさしい母の顔、その腕のぬくもり。
 母が死して、忌み民としてその手を赤く染め上げる。
 なにもない荒野で・・ただひたすら己の滅亡のみを願う。その足元には小さな菖蒲の花・・。
 それを・・踏み潰す。
 真っ赤に染まる視界、断末魔、生暖かい血飛沫、鉄の匂い・・。
 戦場の中で聞こえる小さな泣き声。・・倒れた母親の胸元で泣く、忌み民の子供・・。
 差し出した指を握る、小さな力。
 狂月・・鏡月・・・。
 再びの戦場、終わりのない殺戮の回廊。
 その時に見た・・忌み民の子供・・。
 走る、走る、走る・・。
 両手に鏡月と聖籠の手を持って、走る・・。争いのない村へ。
 穏やかな日々。それが崩れる・・恐怖を伴う感情。
 なだれ込む民、合わさる剣の音、叫び声、風に乗る生暖かい匂い・・。
 再び、忌み民の使命へと戻る。
 赤い殺意、その後で襲う底知れない罪悪感。
 鏡月も、聖籠も、アヤメも、心に浮かぶのは“生まれてきた事への後悔”。
 甘い恋心、姉妹の契り、見ていて苦しいのは・・病んでいるから。
 生を手放す決意。
 恋を手放す決意。
 業火の中で生をたたれる聖籠。
 3千人の瞳に浮かぶ、軽蔑の視線。
 豪華の上空を2匹の雀が飛び舞い・・その中に入り込む。
 鏡月の頬を伝う涙。
 艶かしい銀の光・・飛び散る、赤の生。
 飲み交わす、死者の命。
 その中で・・飲まなかった一人の青年!!

 村に現れた猛将。
 戦乱に濡れる村。大地を赤く染め上げる、民。
 生き残ったごく少数の村人達。
 村に残る者、別天地を目指す者。
 その中には・・あの日の青年の姿・・。
 あの青年の妻は別の村の民。その下に生まれた2人の子供・・。
 その子供が成長し、結婚し、そしてあの青年が死ぬ。
 2人の子供が再び子供を生み、その子供が成長して結婚し、2人の子供が死ぬ。
 そして・・・。
 永遠に続くかのように思われる人の一生。
 それがふとある場面で途切れる。
 あの青年の子孫達・・男と女。結婚し・・生まれいずる男の子・・。
 それが

 『朝倉 セイ』


□届かぬ願いは古よりの因縁  
 

 周りの風景が消滅する。
 何も見えない、真っ暗な世界。何も聞こえない、何も感じない。
 ただの闇・・・。
 とりあえず、前に進む。
 それ以外に出来る事はない。ただ、真っ直ぐに・・、真っ直ぐに・・・。
 一体どのくらい歩いたのか、突如目の前に白い点が浮かび上がった。
 段々と近づくそれは、天から降り注ぐスポットライトのように血を白く染め上げている。
 その円の中央に、小さなものが蹲っている。
 黒くなって・・絶命している・・・小さな鳥。
 ぐったりと地にその身体を投げ出しているのは、雀・・・。
 そっとその身体に触れようとした時、雀の体から白い靄のようなものが抜けた。
 その靄は段々と濃さを増し、何かの形を作り上げていく・・・。
 ふわふわと形作られたそれは人だった。
 幼い少女の姿・・・。
 左の瞳が紫で、右の瞳が白。
 「空・・・ちゃん・・?」
 瞳がゆっくりと、翔子を捉える。
 不機嫌そうに歪められた眉が、僅かに緩む。
 「そなたはあの村で会った・・翔子・・・火宮 翔子かえ・・?」
 「えぇ、そうよ・・。」
 「そなたは・・・聖籠を助けてくれる者かえ?アヤメの神様の御心に従い、聖籠と・・鏡月を助けてくれる者かえ?」
 「空ちゃん・・?」
 「アヤメの神様の願いは取り違えられた。しかし・・わらわはアヤメの神様の最初で最期の願いを聞き届けたいのじゃ。鏡月とアヤメの神様はすでに楽園におる。後は・・。」
 「聖籠・・ね・・?」
 「そうじゃ。繊細で、正義感が強く、いつも周りの者を幸せにする力のあった聖籠・・。聖籠が・・鏡月の子孫全員を殺める姿など、見とうない。」
 空が、ふわりと翔子に近づき・・その頭に手をかざす。
 「そなたには分っておるはずじゃ。聖籠のとめ方を・・かけるべき言葉を・・。」
 温かなものが頭の中を駆け抜け、全身にしびれるような感覚を引き起こす。
 くすぐったいような甘い痛みは、温かな力を持って体内に残る。
 「わらわには出来なんだ、アヤメの神様の願い・・そなたなら、叶えられると信じておる。」
 グラリ、視界が揺れる。
 先ほどまでの揺らめきとは違う・・身体が引っ張られるような感じ。
 「わらわは・・全てをかけて、そなたを護る事を・・ここに誓う・・。」
 空が胸に手を当てたのを最後に、翔子の身体は引っ張られた。
 上に、上に・・・。


■かけるべき言葉の選択


 引っ張る力は加速する。
 眼も留まらぬ速さで夢幻館の美麗の部屋を駆け抜け、夢幻館を後にする。
 その身体は空を駆け抜け、幾つもの町の上を通り過ぎる。
 なにか柔らかい膜に包まれているように、風は身体に刺さらない。
 夕日が地平線に下半分を飲み込まれている。
 日没まで・・あとわずか・・・。
 加速が止まり、地面に向かって降下し始める。
 見慣れた村・・人々がひしめき合っている・・月夢村・・。
 東と西の両端に、聖籠とセイの姿が見える。
 東が聖籠、西がセイ。
 ゆっくりとゆっくりと、西に向かって降りはじめる・・・。
 ふと周りを見ると、みそのの姿もあった。
 2人は一緒に地に降り立った。
 朝倉セイの姿をした冥衛聖籠の元へ・・・。 


 「聖籠様・・ですね・・?」
 「・・お前ら・・前に会った・・あの・・。」
 「そうよ、覚えているでしょう?!」
 「あぁ・・アヤメの神様と、鏡月と・・一時だけ来た・・来世からの使者・・そうか、今があの時の来世なのか・・?」
 「そうですわ。聖籠様。わたくし達は事実を確かめるために、あの時に・・。」
 「アヤメの神様を殺害したのは俺じゃない!そうだろ!?お前らもあの場にいたよな?!それならどうして・・どうして!!」
 朝倉セイの身体から、聖籠の殺意が湧き上がる。
 禍々しい殺意は・・あきらかにみそのと翔子にも突きつけられていた。
 「あの時、何故言わなかった?俺ではないと・・あの女、鏡月と一緒になって、俺をはめて・・!お前らも・・お前らも、俺を殺したかったのか!?あんなに卑怯な手で!」
 「聖籠様・・!」
 「五月蝿いっ!!」
 近づこうとしたみそのの身体を、右手で振り払う。
 みそのの身体が後方へと軽く飛ぶ。
 翔子は飛ばされてきたみそのの身体をしっかりと受け止めた。
 「大丈夫!?」
 「わたくしは平気ですわ。それよりも・・聖籠様が・・!」
 聖籠の周りに、黒い影が集まりだす・・。
 「なに・・これ・・?」
 翔子は思わず胸を押さえた。
 息が詰まるほど圧倒的な・・冥衛聖籠の存在・・。
 古の時に死した者のはずなのに・・!!
 翔子は背後にみそのを庇った。黒い影と対峙をする・・・無数に広がる黒い影・・古の、死者の念。
 「火宮様・・!」
 「私は大丈夫だから、みそのちゃん・・隙を見て逃げて。・・多分、他の人もこの村のどこかにいるはずだから・・。」
 「でも・・!」
 反論しようとするみそのの目に、ふとあるものが“みえ”た。
 黒い影の後方より来る・・光・・!
 「火宮様!あちらから・・!!」
 「・・空ちゃん・・?」
 白く光る存在が、黒い闇をかき消す。
 加速しながら近づくそれは、まさしく空の姿だった。
 「空様!!」
 「空ちゃん!?」
 「何をしておる!聖籠が・・手遅れになっても良いのか!?」
 走り来た空は、翔子とみそのの前に立ちはだかると黒い影と対峙した。
 2人を守るような格好で声だけを2人に向ける。
 「もうじき日が暮れる!そうなれば、3千人の子孫も、朝倉セイも、冥衛聖籠も、霊宝鏡月の心も、アヤメの神様の願いも、全てが消える!」
 「でも、どうすれば良いの!?」
 「どうすれば・・?そなたらには分っておるはずじゃ。今の聖籠にかけるべき言葉を。かけなければならない言葉を・・。」
 「かけなければならない言葉・・?」
 「あの時・・古の時に見た、全ての真実の言葉を、そなたらになら・・全て託せる。」
 「空様・・?」
 「ほら、早く行くのじゃ。わらわは、全てをかけてそなたらを護ると誓ったのじゃから・・。」
 顔の見えない空。しかし、その表情が微笑んでいる事が・・何故だか分った。
 「かけるべき・・真実の言葉・・。」
 「・・行きましょう。」
 翔子は少しだけ空に視線を送った後で、聖籠の方へと近づいた。
 みそのもその後に続く。
 黒い闇を背負った聖籠の、禍々しい表情が・・段々と朝倉セイから冥衛聖籠へと変わる。
 「聖籠様・・。」
 「お前は、確かみそのと言ったな・・?お前もあの女の仲間なのか?アヤメの神様を殺したと言う罪を被せ、のうのうと生きた・・あの女の・・!」
 「それは違うわ!霊宝鏡月は貴方が死した後に自らの手で命を絶った!」
 「幸福と、栄光の中でか!?何が分る!?侮蔑の視線の中で逝く気持ちが!お前らに分るのか!?この気持ちが!この屈辱が!」
 聖籠の瞳から、涙が零れる。
 それがなんの涙なのかは分らない。
 悔しさなのか・・悲しさなのか・・。
 「アヤメの神様を殺した犯人を、この手で捕まえて・・罪の名の下に罰するのが俺の役目だと思っていた!それなのにあの女は・・・!」
 「・・聖籠様は、何に一番お怒りなのでしょうか?アヤメの神様を殺害した犯人でしょうか?それとも、聖籠様を殺害した鏡月様でしょうか?」
 みそのの言葉が、その場を鎮める。
 驚いたように固まる聖籠の瞳は、どこか虚空を彷徨っている。
 もとより聖籠は優しい人柄だった。
 それをココまで変えてしまったのは・・アヤメの神か、霊宝鏡月か・・?
 「俺は・・一番・・。アヤメの神様を・・。」
 「それなら、話は早いわ。アヤメの神様を殺害した犯人を教えてあげる。」
 「聖籠様へ・・言伝を賜ってますわ。“後悔はしていない、ずっと2人を愛している”と・・。」
 「・・は・・?それは、誰からの言伝だ!?」
 「アヤメの神様を殺害なさった方からですわ。」
 「それは・・一体・・!」
 「アヤメちゃんは、自分で毒を飲んだのよ。」
 翔子の言葉に、聖籠の黒い影が引く。
 信じられないと言うように弱弱しく首を振る。
 「なんで・・・アヤメの神様が・・?」
 「殺め続ける事を、望んではおられなかったのですわ。アヤメの神様は。自由になりたく・・。」
 「それなら、どうして鏡月は・・!?」
 「アヤメちゃんの願いを取り違えたからよ。人と人とが通じる手段は、とても曖昧だからね?」
 日が没する。
 地平線に、飲み込まれて行く・・・。
 「のう、聖籠。そなたは心の底では知っておったのではないか?」
 背後から、空が優しく声をかける。
 影はもういない。太陽のほんの最後の一滴が月の出ない夜を未だに明るく染め上げる。
 「知っていた?なにをだ・・?」
 「アヤメの神様が自らお逝きになった事、そして・・鏡月とアヤメの神様の御心。」
 みそのと翔子が思わず瞳を合わせる。
 「2人から向けられる好意を、そなたは肌で感じ取っておったのではないか?それでもそれに見ないフリをして・・。」
 「・・はっ・・。」
 聖籠は小さく息を吐き出すと、微笑んだ。
 下を向いて震える肩は次第に大きさを増し、ついには声が零れ出る。
 「聖籠?」
 「・・知ってたさ。けどな、どうして良いのか分からずに、そのままにしておいた。それがあの結果だ。」
 瞳に光が差す。
 朝倉セイの身体を借りて、古の時に見た冥衛聖籠が降り立つ。
 もう禍々しい表情ではない。あの時に見た・・柔らかい表情で・・・。
 「けど・・鏡月が俺を業火の中に放り込んだ理由までは分らなかった。だから・・殺意は鏡月にのみ向いた。」
 「聖籠様・・?」
 「なぁ、本当は3千人を皆殺しなんて、俺には出来ないんだよ。アヤメの神様ならものの数分でやってのけただろうが・・。」
 「どう言う事なの?」
 「霊宝鏡月は、歪みを司る巫女だ。アヤメの神様は殺戮の神。そして俺は・・命画 逝老。滅びを司る。」
 「滅びは、そのものの命がなくなっておらん事には出来ぬ。つまり・・・。」
 「つまりは、3千人の命をかけた戦いなんて・・そもそも無かったのよ。」
 ガサリと茂みからシュラインが出てきた。
 その後には海浬と壮司の姿もある。そして・・右目が紫で左目が白の少女・・風。
 「聖籠は魂の滅びを司る。アヤメの神は肉体の滅びを司る。」
 「そうか!肉体が滅びてからでないと聖籠は・・。」
 「嬢も坊とまったく同じ言葉を紡ぐのぉ。」
 風はそう言うと、ヤレヤレと言いたげな様子で首を振った。
 「坊・・?」
 「この坊の事よ。なぁ、坊?」
 坊と呼ばれた海浬が苦々しい表情を作る。
 「それより・・どうして3千人の子孫は白昼夢を見たり、瞳が紫になって変貌したりしたの?」
 「そうだ・・。聖籠には魂の滅びしか出来ないはずだろう?それなのになんであんな・・。」
 「そう、まるで・・狂いを司る鏡月のような・・か・・?」
 空が小さく笑う。その声はどこか禍々しさを含んでいた。
 その隣で、まったく同じ顔の風も小さく微笑む。
 瞳の色が対照的という以外は同じつくりの双子巫女。
 「鏡月はのぉ、分っておったのじゃ。」
 「分っていたって・・・何を・・?」
 「こうなる事じゃ。古の時より引き継がれる憎悪の念が、来世に再び舞い降りる事を。」
 「だから鏡月は最期に祈ったのじゃ。聖籠の思いが遂げられるようにと・・・。」
 「え・・・?」
 「なんだって・・!?」
 太陽の最後の一欠けらが・・完全に地平の向こうへと飲み込まれる。
 光るは星と月の瞬き。しかし、この村の上空には月はない。新月・・狂の月・・。
 温度が一気に下がったのは、太陽が消えたからではない。
 「己報いは来世で・・最も愛したものを滅した罪は、最も愛したものの手によって。」
 「のぅ、皆、己の願いのみよのぉ。」
 「アヤメの神は己の命と引き換えに2人の幸せを願った。・・しかしのぉ、情けは人のためならずと言うしのぉ。」
 「霊宝鏡月はアヤメの神の御心を汲むと言って、聖籠を葬った。しかしのぉ、最後の最後で来世への願いを託した。」
 「聖籠は・・・お主は何を望む?」
 空と風の瞳が怪しく光る。白い方の瞳には黒い靄のようなものが入り込み、紫の瞳の奥は金色に輝く。
 「・・・なんだ・・!?」
 「な・・なにこれ・・!?」
 「空ちゃん!?風ちゃん!?」
 「聖籠と、鏡月、アヤメの神、そして・・我ら風と空。コレ全て、古よりの因縁。」
 「因縁・・?」
 「果てなく続く道の上、終わりのない魂の回廊。」
 「何度も輪廻転生する。その運命は変わることはない。」
 「アヤメの神と鏡月は来世でも、その次の来世でも、聖籠に恋焦がれる。」
 「そして聖籠は何度も、その命を業火の中に投げ込まれ、こうして子孫を抹殺しようと現世へいたる。」
 「コレ全て、最も底なる古よりの因縁。わらわ達は、その最底なる古の時より見守る者也。」
 「そなたらも、この輪廻の因縁の中に取り込まれた。」
 「来世も、その次の来世も、またこうやって聖籠をとめに来る。」
 「いかに姿形が変わっていようと。」
 「いかにこの現世から遠ざかろうと。」
 「因縁は主らを取り込んで離さぬ。」
 「永遠に続く因縁の中で・・。」
 「主らは再びこの日を繰り返す。」
 「何度も・・。」
 「何度でも・・!」
 一陣の風が吹く。
 全ての魂を連れ去ってしまうかのように強い風に、思わず膝をつく。
 風は直ぐにやみ、再び頬を撫ぜる程度の風が地面をくすぐる。
 「・・驚いたのぉ、今のはなんじゃ?」
 風が髪の毛を押さえながら眉根を寄せる。
 その瞳は再びもとの輝きを取り戻していた。その隣にいる空も・・。
 「なんだったの・・?」
 シュラインの呟きに答えられるものは誰もいなかった。
 ただ、遥か遠い人知も及ばぬほどの古より受け継がれる因縁と言うなの回廊の中に引き込まれてしまった事だけは理解できた・・。


□来世へ引き継がれる因縁と言う名の絆


 「それではのぉ、聖籠をあの世へ送るとするかのぉ。」
 風の声が、場違いなほどに木霊する。
 人々が倒れる村の中央で、風と空が朝倉セイと冥衛聖籠と真ん中にしてなにやら唱え始めた。
 2人の身体から雪のような光があふれ出す。
 「さっき風と空が言った言葉が本当だったとしたら・・また、来世でも会えるよな?」
 朝倉セイの姿をした聖籠が、少しだけ困ったような顔をしながら小首をかしげた。
 「・・また騒ぎを起こす気満々かよ・・。」
 「できれば・・もう勘弁願いたいわね。」
 「そうですわね・・・。」
 「なんか酷っ!!」
 冷たい言葉に、聖籠がオーバーリアクションで抗議する。
 「もっと、ちゃんとした形でなら・・会いたいわね。」
 「あぁ。」
 「因縁とかじゃなくてさ、自分達の力だけで会いたいよな。」
 「・・断ち切って見せるさ・・きっと・・多分・・。」
 「おいおい、段々意志が弱くなってきてるぞ・・。」
 「いや、だってさ・・これが何度目の因縁なんだろうって思うとさ。結局、それまで断ち切れてないって事じゃん?」
 「それでも・・今回はわたくし達がその中に入り込みましたわ。」
 「一歩前進ってね。」
 「・・そうだな・・・。」
 光がドンドンと大きくなる。
 肌で感じる・・聖籠が逝く事・・。
 「また、来世で会えたらな。」
 その言葉と、笑顔を最後に・・朝倉セイの身体から力が抜け、聖籠の身体が消滅した・・・。
 「これで・・終わったのぉ。」
 空に瞬く星の中で、どれか一つが聖籠のもので、鏡月のもので、アヤメのものだったならば・・どんなに素敵だろうか。
 「ねぇ、貴方達は人として生きる事は出来ないの?自分達の全てを捨ててまで、過去に死んだ者に仕える必要は無いわ。自分の為に生きて、自分の為に死ぬ・・そういう生き方も出来る筈よ。」
 翔子の言葉に、風と空は少しだけ瞳を合わせた。
 「そうさのぉ。もう・・アヤメの神に仕える必要はない。」
 「今度は来世に生まれ出アヤメの神に仕える。」
 「それが・・貴方達の因縁なの?」
 「因縁・・わらわ達は因縁には囚われてはおらぬ。」
 「課された指名は監視よのぉ。未来永劫果てなく続く因縁を監視する者。」
 「それは・・。」
 「それがわらわ達の仕事。古の過去より引き継がれる意志。」
 「主らとも、いずれ会おう。またその生が生まれ出時・・我らはそなたらを因縁の中に引き込み監視する。」
 「わらわ達も、そなた達も・・終わる事なき魂の因縁・・。」
 フワリと、温かな光が零れ出る。
 風と空の足元が透けて行く。
 段々と、膝へ、胸へ・・そして・・。
 「全ては因縁。その者達も、主らも、我らも、全ては因縁。」
 「来世で会うのは偶然のような必然・・・。」
 ふっと掻き消えた。
 「・・因縁か・・。」
 「この方々も・・因縁だったのですね・・。」
 村に倒れる子孫達。これも全て引き継がれる古よりの必然・・。
 何故だか心の底に重いしこりが残っているような気がした。
 古と・・必然の中に・・。
 「・・で・・これはどうすれば良いんだ・・?」
 海浬が村を指し示す。
 星が照らす中、倒れている人人人・・・。
 「「「「・・・あっ!!」」」」
 ・・・どうやら今夜は眠れそうにない・・。


■エピローグ


 「つ・・疲れた・・・。」
 翔子は自宅へ帰りつくとバタリとその身体をベッドの上に投げ出した。
 あの後、武彦を呼んで人を集めてもらったりなどして大変だったのだ・・。
 3千人の子孫達を家に無事送り届けるのは・・。
 「昼過ぎだったものね〜・・。」
 翔子はため息をつくと、大きく伸びた。
 鉛のように重くなった身体は段々と眠気を引き起こす。
 「・・古よりの因縁・・か・・。」
 ふと、自分の言った言葉に首をひねる。
 古よりの因縁・・。
 ずっと続く回廊の中、偶然のような必然。昔から決められている・・。
 「あ・・れ・・?」
 翔子はゆ小首をかしげた。
 昔から決められている必然。それは偶然のようで・・偶然ではない・・。
 そう、偶然と見せかけているものこそが必然的に回っているものなのだ・・。
 あの時・・あの事件に関わったのは偶然。
 でもそれは古の時より続く回廊の中の一つに過ぎない。
 そう・・偶然なように作られた・・必然・・??


  『古よりの因縁は、長く続く回廊の中での必然。
   さて、貴方の前世はどの因縁の中に・・?』


  〈And that's all‥?〉




 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  1388/海原 みその/女性/13歳/深淵の巫女

  0086/シュライン エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

  4345/蒼王 海浬/男性/25歳/マネージャー 来訪者

  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター兼フリーター

  3950/幾島 壮司/男性/21歳/浪人生兼鑑定屋

  *受注順になっております

  NPC/夢宮 美麗/女性/18歳/夢への扉を開く者
  NPC/沖坂 奏都/男性/23歳/夢幻館の支配人

 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 ■         ライター通信          ■
 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 この度は古よりの因縁【後編】にご参加いただきありがとう御座いました!
 ライターの宮瀬です。
 なんだかとてつもなく長くなってしまって申し訳ありません・・。
 古よりの因縁【後編】は私が初めて書き直したものでもあります。
 受注終了から1週間くらいでお話自体は完成しておりました。
 しかしどうしても納得できない部分が多く、最初から書き直しました。
 まとまり自体は最初の作品の方がありましたが・・それでも、こちらのほうが世界観が広がったと思います。
 長さも倍近くになりましたが・・。
 今回、夢幻館から行った夢の中では2グループに分けて執筆いたしました。
 みその様と翔子様、シュライン様と海浬様と壮司様です。
 もし時間が御座いましたら御覧下さい。


 火宮 翔子様

 前編後編と続けてのご参加ありがとう御座いました!
 如何でしたでしょうか・・?
 プレイングでは風と空の事について触れておりましたが・・風と空の心に残る言葉だったのではないかと思われます。
 風と空は2人で1人です。そして、風も空もアヤメの願いだけに忠実でした。
 多分それは来世でも・・・。


 それでは、またどこかでお逢いしました時はよろしくお願いいたします。