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大雪山、死のサバイバル雪合戦
〜観測記録上類を見ない悪天候の中で起こった遭難事件の記録
何処までも‥‥何処までも広がる雪原。それを、雄大な大雪山系の山々が見下ろしていた。
天気は快晴。真っ青な雲一つない空が頭上には広がっている。
そんな有る意味清々しい状況の中、集まった者達の前に立って開会を宣言するモーリス・ラジアルの表情もまた不吉なまでに清々しかった。
「晴れ渡った空の下、放射冷却現象炸裂で現在の気温は氷点下30度の絶好のサバイバル雪合戦日和の今日の良き日に、大会を開催出来るのは無上の喜びです」
大雪山の冬季の気温は、氷点下30度くらいは当たり前である。
とはいえ‥‥ここにマリオン・バーガンディのドアトゥドアの能力で連れてこられているのは、そんな温度は普通じゃない、東京から来た面々。一応、スキーウェアに匹敵するレベルの防寒着を配布されてはいるのだが、寒さに震えるとか、そんな表現では表しきれない程に凍えている。
「雪合戦などという、童心に帰ろう的なテーマに惹かれてきたのかも知れませんが、ここでは体温の低下は直接、死に繋がります。よって、『雪玉一発、死の香り』と憶えて下さい。また、雪玉の中に犬の落とし物等の超危険物を除く物‥‥石とか、釘とか、氷とか仕込むのを有りとします。また、超常能力や術の類も使い放題です」
恐ろしげな事を言うモーリス。聞いてる方から、文句の一つも出そうだが、正直、寒くて口も開きたくないのと、この移動手段も満足にない雪原から帰る手段をモーリスが握っているという現実の前に、それは断念せざるを得なかった。
まあ、「んなもん、騙されてノコノコやってくる方が悪いんだぜ、お嬢ちゃん。それに、来たからには、ちょっとは期待してたんじゃないの?」とでも言うべきなのかも知れない。なお、氏の尊厳の為に言うが、上記の台詞はモーリス氏のものではない。
「なお、サバイバル雪合戦というタイトルが示すとおり、敵味方の区別はなく、自分以外は全員敵。例え、日常生活でどんな関係結んでようと、心を鬼にして戦って下さい。なお、最後の一人になる‥‥もしくは全員が倒れるその瞬間まで、この雪合戦場からは脱出できません。無論、時間が経てば天候が悪化する危険性が出てきますし、夜になれば気温はもっと下がってきます。連続して戦う事による疲労により、遭難する危険を考えれば、早い内に勝負を終わらせる事が肝要でしょう」
以上、説明終わり。
「では、開始します。くじ引いて、一人ずつ、雪原に逃げて下さい」
●きっかけ
露樹・八重は、誰もいなくなった雪合戦開会式会場で、積んであったリュックの中から這いだした。
他の者達は既に、何処かへと散って死の雪合戦に興じているだろう‥‥が、露樹には関係のない事だ。
露樹は、一面の雪にニッパリ笑うと、早速雪の上に飛び出した。
直後、ふわりとつもった雪が、露樹の足下で沈む。
「いぇーい」
喜び、そして露樹は手で小さな雪玉をつくると、それを転がしはじめた。
雪玉は、転がるにつれて雪を巻き込み、どんどん大きくなっていく。とは言え、雪質がサラサラしてるので、なかなか大きくはならないのだが。
それでも、数分後にはソフトボールくらいの玉が出来上がった。
続いて露樹は作業に入り、もう一つの雪玉を作り始める。
今度は野球ボールくらいの大きさの玉。それを、先に作った玉の上に乗せて、露樹は満足そうに頷いた。
「できたのでぃす」
のっぺらぼうの小さな雪だるま。と‥‥その雪だるまに顔が出来た。まるで、何か取り憑いたみたいに。
「ゆきだるましゃん?」
「幽合合体! ユキダルマー!」
雪だるまが絶叫しつつ、手足を生やして立ち上がる。それをやったのは里見・勇介。幽霊の彼は、露樹の雪だるまに憑依して出現した。そして、
「ブレイブリザードキャノンッ!」
雪だるまの里見が胸を張る。直後、その胸から小さな雪玉が発射された。
元の大きさが大きさだけに、指先程度の大きさでしかなかったが、それでも露樹の大きさに比すれば普通の雪玉くらいの大きさではある。
雪玉はヘロリと飛んで、露樹の顔にぶつかった。
「れでぃになぁにするでぇすか! て‥‥いやぁ! ちゅめたいですぅ〜」
一瞬怒り、直後に露樹は震え上がった。顔に当たった雪が、そのまま襟から首の所に転がり込んだのだ。
露樹のその瞳に涙が浮かぶ。と‥‥
晴天にわかにかき曇り、突如突風が吹き荒れると同時に横殴りの雪が降り出した。直後、視界は1m以下の有様となる。風が体感気温を急激に下げていく。
しかし、その猛吹雪は里見に味方した。
「よし! 更なる力が!」
猛吹雪でぶち当たる雪を吸収し、里見は雪だるまの身体を巨大化させていく。
手の平サイズから人間大へ。そして、それ以上に‥‥
「や‥‥やああああっむきゅ!?」
膨れあがる雪だるまが、露樹にのしかかる。逃げようと暴れた露樹だったが、雪だるまの膨張は凄まじく、何をする暇もなく露樹は雪に飲まれた。
が、まあ、図体がでかくなった里見は気付いちゃ居ない。というか、パワーに酔ってるというか‥‥
「小宇宙(しょううちゅう)が燃えている!」
里見の中では、何だか良くわからない物が燃えているようだった。
それが燃えると、雪だるまの能力として、温度を下げる事が出来るらしい。
やがて、燃えている小宇宙とやらがリミットを超えたのか、里見の身体は全身金色に変わり‥‥直後、空気が軋んだ。
液化し、直後に固体化した空気が、里見の身体を白い氷で覆い尽くす。
小宇宙とやらが燃えてる間、絶対零度に近づくらしいのだが、其処に至る前に空気が凍り付いたのだ。
窒素の融点−210度。つまり、−210度の巨大な固体窒素の塊である。
直後、里見の動きは止まった。
当たり前だが、絶対零度近い極低温状態で全ての運動が停止したのである。そりゃあ、何一つアクションは起こせまい。魂すらも凍り付かせて、里見は極低温の塊となった。
むろん、その極低温は周囲にも影響を及ぼす。空気すらも凍らせる恐ろしい寒波が、里見を中心に周囲へと広がっていく。おりしも、露樹の呼んだ暴風にに乗せられて。極低温の暴風となり‥‥
この瞬間、雪合戦会場に居る者達全員が、遭難という現実と戦わなければならなくなった。
●サバイバル開始
「みさ‥‥ちゃあ‥‥ん」
何処にいるのか‥‥
この白一色の地獄の中を、ヨハネ・ミケーレは歩き続けていた。
身体が引き千切られそうな寒さに耐えながら‥‥探すのはただ一人。
「どこに‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
朦朧とした頭で呟くその時、ヨハネは確かに声を聞いたような気がした。
いや‥‥聞こえるはずはないのだ。雪は音を吸収するので、そもそも音は響かない。それに加えて、今は吹き荒ぶ風が轟音を立て、全ての音を掻き消している。
それでも‥‥ヨハネは、音を聞いたと思う方に歩き出す。ほとんど前に進めない、そんな早さで‥‥
「寒い‥‥よ‥‥ヨハネ‥‥く‥‥ん」
雪原に倒れ、杉森みさきはただ虚ろに呟いていた。
寒さが、思考能力と‥‥命を削り取っていく。
「よ‥‥は‥‥‥‥」
ただ、助けを求めて呟く。その名を。ただ一つのみ。
その、死にゆく杉森の顔に、微かに笑みが浮かんだ。
雪の向こうに立つ影を見つけて。それは‥‥白の世界に滲む、微かなシミにしか見えなかったが、杉森には誰なのかわかっていた。
「ヨハネ‥‥くん‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
ヨハネは膝を落とす。杉森を見つけた安堵に‥‥そして、自らを蝕む氷雪の寒さに負けて。
「やっと‥‥会えた」
それでも、ヨハネは必死になって雪の上を這った。其処に倒れる、杉森の元へ行こうと。
杉森の笑顔が見えた。それがもはや動かない物だとしても‥‥
「み‥‥さ‥‥‥‥」
ついに意識が消えていく。雪の彼方へ。
ヨハネは手を伸ばした。杉森の手を取ろうと。
が‥‥伸ばした手が触れあう瞬間、ヨハネの手から力抜けた。
「みさ‥‥ちゃん‥‥‥‥」
すれ違う指先。雪原に倒れた二人を、雪が素早く埋め隠していく‥‥
「ううう‥‥寒い。何が起こってるんだ‥‥」
新村・稔は、物質化した壁を展開させて四方を囲い、寒波から身を守っていた。
彼に身を寄せるのは桐生・まこと。彼女は震えながら呟く。
「無理矢理‥‥連れてきて‥‥ごめんなさい」
「気にするなよ」
新村は、桐生の精気のない顔に焦りを覚えながらも、どうする事もできない事に苛立たしさを感じていた。
ナルシスト気味な普段の様子など、見せる余裕もないほどに。
身を寄せ合う桐生の身体が氷のように冷たい。
それは、恐らくは新村も同じなのだろうが。
桐生は、ガクガクと身体を振るわせながら、虚ろな声で新村に話しかける。
「寒いの嫌いでしたよね‥‥」
「気にするなって言ってるだろ!」
氷雪と風を防いではいたが、凍てついていく空気まではどうしようもない。
寒さはゆっくりと二人の命を蝕んでいく。
「寒いです‥‥寒くて‥‥」
「そうだ。まこと‥‥今、何か暖かい物を出してやる。待ってろ。何か‥‥何か、暖かい物」
精神エネルギーの具現化能力を使って、何か暖かい物を。そう考えて新村は力を使う。
最初に出したのは石油ストーブ。しかし、閉鎖したこの空間の中で使えば、一酸化炭素中毒になってしまう。
次が電熱ストーブ。しかし、コンセントなんて有りはしない。
「何か‥‥何か無いのか!?」
次々に具現化して転がるガラクタ。焦りに、思いつくまま具現化させているせいか、出てくる物の形も今一つ定まらない。それでも‥‥
「待ってろ‥‥何か。何を出す。落ち着けよ俺! こんなじゃ‥‥こんなじゃ‥‥‥‥」
「もう‥‥良いですよ」
焦る新村の手を、桐生が掴んだ。
「このままじゃ‥‥貴方が死んでしまいます」
精神エネルギーを注ぎ込んでいる新村の顔にも、既に死相と言っていいほどの疲労が見られていた。
「俺なんかより!」
「大丈夫ですから‥‥大丈夫‥‥ですから‥‥‥‥生きて‥‥‥‥」
「まこと?」
桐生の声が掠れ‥‥消える。新村は恐る恐る桐生を見た。
桐生は微笑んだような表情を浮かべ、眠っている。凍り付いた死の眠り‥‥
「まこと!! まことーっ!!」
哀惜の叫びが狭い空間に満ちた。
新村の作った壁の外、未だ豪雪と寒風は吹き荒れている。新村の壁はしばらく、その激しい天候に耐えていた。
が‥‥やがてその壁は叩き付けるように降り積もる雪に埋もれ、何もなかったかのように氷雪の吹き荒ぶ雪原だけとなった。
ルゥリィ・ハウゼンは、パワーアシストスーツ「エストラント」を装着したまま雪原に立ち往生していた。動かないわけではない‥‥既に、動けないのだ。
「関節部のグリースが凍結してる? それに、氷雪が装甲表面に付着して動きが重い‥‥」
警告音と機体情報を表示するモニターが教えてくれる。
気温の低下により、グリースが固まり始めていた。それに、横殴りの雪がエストラントに張り付き、瞬時に凍り付いて巨大な塊に成長しつつある。
山岳戦仕様じゃなくて、寒冷地戦仕様にしておけば良かったのだが‥‥現装備のエストラントは、耐寒性において明らかに不備があった。
と、言うか、ここまでの悪天候を想定する方がどうかしてるだろう。極地だって有り得ないこの寒さ‥‥これを誰が想像するというのか?
時間と共に冷え込んでいく機体内でルゥリィは寒さに震えた。
「ヒーターが追いつかない‥‥」
エストラント内の温度が、かなり低くなっている。ヒーターを全力で動かしているにも関わらず‥‥だ。
ルゥリィは、絶望の色を顔に浮かべながら通信機のスイッチを入れる。
「ルゥリィです。悪天候でエストラントに動作不良発生。行動不能。お願いします。救援を‥‥」
この救援を求める通信は、これが初めてではない。しかし、通信から返る言葉は同じ。
『‥‥現在、天候から言って救援は不可能だ。何とか、天候が回復するまで頑張れ』
どうしろ‥‥という命令は返らない。返ったのは、「頑張れ」の一言。向こうでもどうにも出来ないのだろう。
こんな環境下で活動できる装備など無い。救援など出しても、二重遭難するのが落ちだ。
しかしそれは、ルゥリィにとっては絶望でしかなかった。ルゥリィの命はもう、あと1時間と保たないだろうから。
「ああ‥‥‥‥」
絶望の呻き。エストラントは、ゆっくりと雪の中に呑まれていく‥‥
雪合戦はもはや遊びではなく、生存をかけた戦いとなっていた。寒さとの戦い‥‥それは、体力のない子供には危険に過ぎる。
ローナ・カーツウェルは、寒さと‥‥孤独から来る恐怖の中で震えながら歩いていた。
天地もわからぬ程の一面の白。まるで、魂をも吸い込んでいくような‥‥そんな白。
そこには静寂しかなく。その静寂は死を予感させる。そこにはもう、絶望しかないかに思われた。
「‥‥火‥‥‥‥」
白一色の世界の中に、ローナは遠く炎を見る。
間違いはない。その炎は、確かに存在して揺らめいていた。
「OH! たすかったネ!」
ローナは、喜びに顔を輝かせて走り出す。その炎の元へと向かって。そして、その炎の元では‥‥
「死ぬ‥‥死んでしまう!」
相沢・久遠は本性の妖狐の姿を現し、鬼火を燃やしていた。
温もりが僅かにでもなければ、この寒波の中では妖狐といえども死んでしまう。
しかし、吹きさらしの状態で鬼火をともしても、寒波を僅かに和らげるだけで、完全な解決には至らない。
「どうする‥‥逃げ出すのが先決だとは言え」
こんな上か下かもわからないような吹雪の中、何処に行くことも出来るわけはない。
困り果てる相沢‥‥と、その前に小さな人影が飛び出すように姿を現した。
「わぁお! あたたかいネ!」
敵の襲撃かと身構える相沢の前、ローナはそんな事を言いながら鬼火に手をかざした。
鬼火の暖かさに、ローナの手を僅かに暖まる‥‥が、身体はまだ氷のように冷え切っていた。
「なんだ‥‥敵? と、いう状況でもないか」
相沢は、目の前で震えている少女の姿に溜め息をついた。ここにいると言う事は結局は敵なのだが、だからといって目の前で震える少女に雪を叩き込んでも仕方ない。
「ソーリィ。でも、とても寒い寒いネ。ちょっとだけ、あたらせて欲しいヨ」
困ったような顔で微笑むローナに、相沢は肩をすくめて返した。
「気にするな。お嬢ちゃん、安心して暖まってな」
鬼火の熱を強くする。しかし、やはり暖まりはしない。寒波の力が強すぎる。
「戦闘再開するにしても、この天候がおさまらない事にはな」
「天候?」
「あ? ああ、雪がやめばって話だ」
聞き返すローナに砕いて答えた相沢。その前でローナはおもむろに立ち上がった。
「OK! 止ませてみるヨ!」
「待てよ、風に吹っ飛ばされるぞ‥‥ん?」
相沢は、ローナを座らせようと腕を掴む。そのローナの腕は‥‥氷のように冷たかった。
「どうしたって言うんだ?」
ローナは、人間ならば既に死んでもおかしくないほどに凍えてしまっている。一方で、身体に流れる血はまるで氷のように冷たくなりながらも、力強くローナの体の中を巡っていた。
魔女の血は自然の力を操る術をローナに与える。だが‥‥しかし、その自然の力があまりにも強すぎたら?
この寒波の中、ローナは氷雪の力に身を浸食されていた。ゆっくりと‥‥確実に。
「忍法ぉーっ! れでぃーごー!」
「止めろ! 何かが変だ!」
止める相沢の声は間に合わず、ローナが忍法とやらを使う。その意図が何処にあったのかに関係なく、恐るべき氷雪の力が一気に解放された。
ローナを中心に巻き上がった氷雪の自然の力が、ローナを中心に全てを凍らせながら広がっていく。それは瞬時に相沢を呑み込み、鬼火までもを凍り付かせて、大地に氷塊の塔を築き上げた‥‥
「静かね‥‥」
白い冷気の暴風の中、シュライン・エマは呟いた。
周りの敵の動きを音で感知しようと考えてたのだが‥‥音は一切聞こえない。
雪は音を吸収する。その上、このように風が吹き荒れては音など聞こえようはずもない。
ただ一人、白の地獄の中に取り残されたようで、孤独がゆっくりとシュラインの身体の内から冷やしていく。
「大丈夫? って‥‥シュラインさんは生身に近いから、大丈夫って事はないわよね。私の上着貸しましょうか?」
シュラインの傍らに立つ葛生・摩耶が、気づかって問う。しかし、シュラインは首を横に振った。
「皮膚は‥‥凍らないでしょうけどね。肉や内臓は別なんでしょう? じゃあ、その防寒着が無ければ死んでしまうのは一緒じゃない」
シュラインの言う通り、葛生の皮膚は凍らないが、体内は別。凍れば動きは取れなくなる。
「‥‥かえって気を使わせちゃったわね。あーあ、どうしてこんな事になったのかしら」
「雪合戦って聞いたときには、ここまで酷いことになるとは思わなかったんだけど」
葛生とシュラインの二人は、身を寄せ合って再び歩き出した。
歩けば遭難してしまう危険がある‥‥いや、既に遭難してるからこそ、ここは足を止めて体力を温存して救出を待つべき‥‥
だが、吹きすさぶ雪の中にいると、このまま雪に埋もれていくのではないかと恐ろしく、どうしても歩かずにはいられないのだ。
もはや死へ向かって歩いているに過ぎない二人だったが‥‥
「えっ!?」
「なにっ!?」
突然、二人の足を何かが掴んで引っ張ったのだった。二人は、雪の中にぽっかり開いた穴の中に、ズルリと引きずり込まれた。
「いらっしゃいませ」
明かりが二人の顔を照らす。
葛生とシュラインが引きずり込まれたのは、かまくらのように雪で作られた穴の中。
「シャトーとシェルターを作ってたんですけどね。天候が激変したんで、かまくらに変更したんです。で、通りかかる人を引きずり込んで避難してたんですよ」
二人を引きずり込んだのは、シオン・レ・ハイ。そして、二人に懐中電灯を向けるのは鷲見条・都由だった。
「お元気〜そうで〜なにより〜です〜」
のんびり笑って微笑む鷲見条。
「助かったわ。凍り付く寸前だったから。ありがとう」
「こちらからもお礼。ありがとう」
シュラインと葛生は丁寧に礼を述べ、そして改めてこのかまくらの中を見回した。
かなり頑丈に出来ているようで、潰れる危険は無さそうだ。だが、
「まだ、寒いわね」
葛生が白い息を吐きながら呟く。
風を直接浴びなくなっただけだが、寒さはだいぶ和らいで感じる。しかし、それでもやはり寒い物は寒い。
「火はないの?」
「燃やす〜物が〜ありません〜から〜」
聞いたシュラインに、鷲見条はゆっくりと首を振った。
かまくらは、中で火をたいても問題はない。しかし、燃やす物がなければ、火はたけない。
「え〜と〜‥‥懐炉なら〜有ります〜けど〜でも〜壊れてます〜」
鷲見条は首を傾げながら、使い捨て懐炉を引っぱり出した。使い捨て懐炉は、あまりに温度が低い環境だと、化学反応が起こらないため熱を発生させない。
続けて、防寒着の中からお茶入りの魔法瓶やら、缶入りのお汁粉やら、学食用のパンと牛乳やら、何故か鉄パイプやらを引っぱり出して床に並べていく。
「缶お汁粉〜とか〜、食べ物は〜あるんですけど〜‥‥あと〜鉄パイプ」
「鉄パイプはいらないわ。でも、困ったわね。練炭‥‥は、一酸化炭素がやばいか。電熱ストーブとか。無理よね‥‥ともかく火が有れば、この中も、暖かくなると思うんだけど‥‥」
シュラインが、寒さに自分を抱き締めながら、残念そうに言う。と、葛生が苦笑混じりにシュラインの言葉を遮った。
「そうでもないんじゃない? 人間が4人、ひっついてるだけでかなり暖かいわよ」
葛生はそういって、シュラインと鷲見条を両手を広げて掴まえて抱き締める。
「おしくらまんじゅうって奴ね。こうやって人肌で暖めあいながら待ってれば、そのうち助けが来るわよ」
「そう〜ですね〜確かに〜暖かい〜ですし〜」
「そう‥‥ね。暖かいわ」
確かに、女三人、くっつきあってると暖かい。
くっついて団子になっていれば、寒さもしのげるかも知れない。シュラインも他に方法を見つけられない事だしと、とりあえずはみんなで抱き合ってることにした。
「よし、じゃあ、シオンさんもこっちに来て」
最後の一人、シオンを葛生は呼ぶ。ひとり、離れた場所にいたシオンはそう言われて後ずさった。
「いえ、結構。私は寒くありませんので」
実際、シオンは一人、何ら寒さに堪えた様子はない。まあ、イフリートと雪女のハーフだと言う血の関係だろうとは思うが。
「そんなの関係無し。私達が寒いの。シオンさん、暖かいなら私達の湯たんぽになって」
葛生は重ねて、強めに言い聞かせる。そして、こいこいと手を振って呼んだ。
それを受け‥‥シオンは困った様子で叫ぶ。
「むむむっ! いかん! いかんですよぉーっ! 妙齢の女性3人に挟まれるなんて! とうてい、私は恥ずかしくて耐えられません!」
どうも、女性に囲まれて暖まるという、ハーレム突入の状態が恥ずかしくて嫌らしい。
「恥ずかしいのはわかりますけど‥‥別に何かやましいことがあるわけじゃないんですし」
シュラインが取りなそうとしたが、既にシオンは聞いていなかった。
「そうだ! 雪女の力を使えば、状況を打破できるかも知れません。何せ、寒さを操る能力ですから! 普段は神頼みですが、今日は何となく行けそーな気がします!」
「神頼みって、ちょっと待ってよ!」
「いきまーすっ!!」
葛生が止める暇もなく‥‥シオンはなんかの力を使ったようだった。
直後にシオンから噴き出した猛烈な雪の奔流に埋もれて、誰も何も見る事は出来なかったが。
外から見ている者がいれば、そこに新たな雪の柱が立ったのが見れた事だろう。それっきり、そこに動くものは何一つ存在しなくなった‥‥
この寒波の中、サイボーグであるアイン・ダーウンは悲惨だった。
身体とサイボーグに改造された部分の境目が裂け、血が溢れ出し、その血が凍り付いてしまっている。
「機械の部分が‥‥」
機械の部分は熱伝導率が違う。故に、急激な温度低下に陥り、生身の部分を凍傷に犯し、その部分が壊死して、そこから機械部品が剥がれているのだ。
また、新しく機械部品が剥落して、雪の上に落ちる。凍傷で凍り付いた傷からの出血は多くはないが、苦痛を減らす物ではない。
アインは、自らがバラバラに分解していく恐怖に耐えながら、当てもなく雪原を歩き始めた。
「戦うべき相手が自然環境になるなんて‥‥」
呟くアイン。と‥‥その視界で何かが動いたのを見たような気がした。
「?」
目を凝らす‥‥だが、白い闇が視界を閉ざすのみで、動く物など見えはしない。
視覚に故障が現れたか‥‥そう思ったその時だった。
白い闇の中から側背をついて現れた何者かが、アインに攻撃を仕掛ける。
「奇襲のつもりですか!?」
とっさにアインは加速装置を使い‥‥直後に己の過ちに気付いた。機械と生身の接合部は、寒波によって剥離しているのだ。
アインの身体は弾けるようにバラバラになった。そして、そこに立つ襲撃者は、手に持った雪の塊をアインの動かない体に投げ下ろす。
埋もれたアイン‥‥襲撃者、久良木・アゲハは無表情にその雪の墓標を見下ろしていた。
久良木の顔は、凍傷になりかかってるのか既に青黒い。痛覚と感情を消したからこそ、この雪の中で活動できている。もっともそれは、非常に危険なことでもあった。
「アゲハちゃん! もう止めよぉ! 死んじゃう‥‥死んじゃうよぉ!」
声をかけたのは、久良木に必死でついてきていた神宮路・馨麗。寒さに身体を振るわせ、雪と寒風に足をもつれさせながら、神宮路は必死で久良木にしがみつく。
運が悪かった‥‥久良木が、戦いのために感覚を捨てた後に寒波は襲い来たのだ。
感覚を消している以上、久良木は何も感じていない。すなわち、死の時が来たとしても、彼女は何も気付かないだろう。
「‥‥‥‥まだ、終わっていない」
久良木は言葉短く呟く。最後の一人になるまで生き残らなければ、この地獄からは出られない。勝利するために‥‥戦わなければならない。
楽しめるような状況でなくなった以上、神宮路を守る為に身を犠牲にすることは覚悟の上だった。覚悟の上だったのだ‥‥
「次‥‥」
歩み出す足が滑り、そのまま久良木は倒れる。
痛みはない。自ら痛みを消さなくても、それを伝える神経が既にいかれているのか‥‥
「アゲハちゃん!? 緋皇ーっ!」
久良木が倒れたのを見て、神宮路は鳥型の式神を呼んだ。神宮路の使う式神、緋皇には治癒能力がある。
緋皇はその力を使い、久良木を癒した。
だが、凍ったアゲハの身体を暖める手段がない以上、蘇生させたところで全く意味はない。
僅かに意識を取り戻したか目を開ける久良木。彼女は少し笑って神宮路に言う。
「まも‥‥れ‥‥ない‥‥ごめん‥‥‥‥」
久良木は再び目を閉じる。その体温は瞬く間に氷のように冷たくなっていった。
「アゲハちゃん! アゲハちゃんが死んじゃったですー!」
雪原に消えていく神宮路・馨麗の悲鳴。それは猛吹雪の上げる金切り声に掻き消され、やがてかすれ消えていった。
「マリオンさん‥‥どうです?」
遼・アルガード・此乃花に聞かれ、マリオン・バーガンディの側にしゃがんでいたモーリス・ラジアルは首を横に振った。
「この寒波の中では‥‥」
体力のないマリオン・バーガンディに、この寒波の直撃はひとたまりもなかったらしい。
彼が凍り付いた状態で発見されてから、モーリスは彼の蘇生を行っていた。しかし、蘇生させても意識を取り戻すまでにいたらず、数秒でまた凍死してしまう。
「‥‥あ‥‥い‥‥」
「しっかりしてください‥‥ああ、やはりダメですか」
今も、覚醒しかけたマリオンの目は、完全には開くことなく再び閉ざされた。
マリオンの意識が戻っていれば、すぐにもこの雪合戦を中断して、脱出できるのだが‥‥
「この寒波自体は何とかならないんですか?」
遼は自身、震えながら問う。マリオンだけではない。このままでは自分も‥‥恐らくはモーリスもただではすむまい。
「この大寒波も有るべき姿‥‥物理現象ですから、弄りようがないです」
有るべき自然の姿としてのこの大寒波。
物質として存在する極低温の塊が引き起こしている事態である以上、モーリスの能力ではどうすることもできない。冷たい物の周囲が寒いのは、あるべき姿・最適な姿なわけだから。
モーリスの能力で調律したところで、気温はそう大きくは変わらないだろう。いや、出来る限りのことをやってもこの程度と言うべきか。
「寒波の中心にまで行ければ、何とかなるのかも知れませんが‥‥それでも、一度下がった気温を元に戻すことは出来ませんよ」
わずかにだが、諦めの溜め息をつくモーリス。と‥‥それを笑う声が足音と共に現れた。
「人間とは難儀なものよのぅ。この程度の寒さで動けなくなるとは」
湯煙に白い世界の中、狐火の青い炎が空狐・焔樹の姿を幻想的に照らし出す。まるで、雪妖のように。
そんな焔樹に、モーリスは言い返した。
「空気遮断の結界張った上で、狐火で暖をとってる人に寒さがどうとか言われたくないです」
狐火は演出でもなんでもなく、暖房であった。
と言うか、この寒さの中では、如何に空狐の位に達する狐と言えども、生身のまま無防備でいては凍死してしまう。
だからこそ、狐火で暖をとりつつ、空気を遮断する結界で寒気を防ぐと同時に、暖めた空気を逃がさないようにしているのだ。
「悔しかったら真似をしてみると良い。モーリスお前には狐火など出せんだろうがの」
モーリスの軽口を意に返さずに言い、そして焔樹は勝ち誇った様子でモーリスに言い放つ。
「まあ、私にあんな恥ずかしい思いをさせた罰じゃ。そのまま凍り付いて死ぬと良い」
その焔樹の言葉を聞き‥‥モーリスはゆらりと立ち上がって焔樹を冷たい目で射るように見た。そして、その口を静かに開ける。
「尻尾‥‥良いですよね。フサフサで暖かそうで」
モーリスの言葉が終わる直前。予期せぬ方向から攻撃が襲い来た。
轟音立てるピコピコハンマーの一撃が、吹雪をも裂く轟音を立てて雪を叩き、雪の大波と化したその怒濤の流れが焔樹を横合いから襲う。
その一撃を放ったのは、モーリスだけに注意が向けられている隙に横に回っていた遼。
「な!」
流石に、尻尾で受け止めることも出来ず、焔樹はその雪波をまともに被る。が‥‥
「こしゃくな!」
流石に妖狐だけあって、雪を跳ね飛ばしてすぐに這い出してくる。が‥‥その時には既に、焔樹はモーリスの接近を許していた。
「尻尾捕獲完了!」
「な‥‥!?」
「マリオン君を暖めるのに協力して貰いますよ! 無理矢理にでも! て‥‥尻尾、暖かいですねぇ〜」
フサフサの尻尾を一抱えに抱き、モーリスは言う。少し、普段のクールさを、尻尾の暖かさにとかしつつ。
「さあ、遼さんもどうぞ。ふかふかで暖かいですよ」
「そうですか‥‥では、遠慮なく」
遼も、モーリスの捕らえた尻尾に歩み寄り、思い切り抱きつく。やはり、尻尾は暖かい。
とは言え、言い様に尻尾を弄られる焔樹にしてみればたまったものではなかったが。
「よせ、冷たい手で触るな! そこは、妖狐にとって最も重要な‥‥馬鹿、揉むな! 頬ずりするなぁ!!」
並べられる苦情。全く気にせずにモーリスは、マリオンの方に焔樹を引きずり出す。
「これで暖めたらマリオンさんも目を覚ますでしょう。そうすれば、この雪合戦も仕切直しを‥‥」
良いながらモーリスはマリオンを蘇生させ、すかさず焔樹の尻尾を上にかぶせた。
「冷たい! モーリス! 覚えておれよぉ! この仕返しは必ず‥‥」
「‥‥‥‥う‥‥」
「あ、マリオンさん目を覚ましそうですね」
遼がマリオンが今までになく大きく動き、震える手で尻尾を握りしめたのを見て安堵した声を出した。
「私の尻尾は布団ではないぞ! だいたい、暖めるだけなら、狐火で‥‥」
「まあまあ、素敵な尻尾を利用しない手はないでしょう。ところで‥‥うるさいですね」
モーリスは焔樹に言って、そして付け足すように呟く。呟きは焔樹に向けたものではない。
重低音の轟きを持って辺りに響く轟音についてである。
「表層雪崩ですか」
モーリスが見たのは、遼の持つピコピコハンマー。まあ、古い雪の層が急速な気温低下で凍り付いたところに新雪が積もっていた。そこに、あんな轟音を立てれば‥‥
「モーリスさん‥‥遼さん‥‥私は‥‥」
目覚めたマリオンが、焔樹の尻尾を強く抱き締めながら言う。
そんな彼に、モーリスはニッコリと微笑みかけながら言った。
「おはようございます。でも、もう手遅れのようです」
直後に、大雪崩となって襲い来た雪が、この場にいる全ての存在を押し流して言った。
●後日談
後日‥‥雪の中から発掘された氷漬けの死体は、全てモーリスが責任を持って解凍し、蘇生させた。
なお、モーリスがどうして無事だったのかは、未だ謎とされている。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 年齢 / 性別 / 職業】
2318/モーリス・ラジアル/527歳/男性/ガードナー・医師・調和者
0086/シュライン・エマ/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0534/杉森・みさき/21歳/女性/ピアニストの卵
1006/遼・アルガード・此乃花/16歳/男性/教師
1009/露樹・八重/910歳/女性/時計屋主人兼マスコット
1286/ヨハネ・ミケーレ/19歳/男性/教皇庁公認エクソシスト・神父+音楽指導者
1425/ルゥリィ・ハウゼン/20歳/女性/大学生・『D因子』保有者
1936/ローナ・カーツウェル/10歳/女性/小学生
1979/葛生・摩耶/20歳/女性/泡姫
2352/里見・勇介/20歳/男性/幽者
2525/アイン・ダーウン/18歳/男性/フリーター
2648/相沢・久遠/25歳/男性/フリーのモデル
3107/鷲見条・都由/32歳/女性/購買のおばちゃん
3356/シオン・レ・ハイ/42歳/男性/びんぼーにん(食住)+α
3484/空狐・焔樹/999歳/女性/空狐
3806/久良木・アゲハ/16歳/女性/高校生
3842/新村・稔/518歳/男性/掃除屋
3854/桐生・まこと/17歳/女性/学生(副業 掃除屋)
4164/マリオン・バーガンディ/275歳/男性/元キュレーター・研究者・研究所所長
4575/神宮路・馨麗/6歳/女性/次期巫女長
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■ ライター通信 ■
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大変、遅くなって申し訳有りませんでした。
なお、各プレイングの結果として、当初の予定とは大幅に食い違う結果となった方も多いとは思いますが、多数参加ノベルのこと故ご容赦ください。
以上。このたびは、本当に申し訳有りませんでした。
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