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<東京怪談・PCゲームノベル>


恋する君へ 〜Secret jewel casket〜

 猫のそれを髣髴させる金色の瞳がくるり、と動いた。
 前方約数歩ほどの距離に、やたらと荷物を抱えて歩く女性の姿。量は尋常ではなく、明らかに定員オーバー状態である。
 気紛れ猫の心が何かにつつかれ、ふらっと押し出された。
 別段、女性であれば誰でも親切にしましょう――なんて紳士的考えではない。あくまで今日はそういう気分になったから。
 体力に自信があるわけではないけれど――というか、むしろその逆のような気もしないでもないが。
「よろしかったら半分荷物をお持ちしましょうか?」


 そんな偶然が起こったのは、マリオン・バーガンディが有名百貨店で開催されていた美術展からの帰り道。
 現在、リンスター財閥総帥の所有する美術品を全面管理しているマリオンは、自分の趣味としても美しいものを眺める事を好み、そしてまた、主である生きる宝石のような人の目を常に楽しませられるよう新たな美術品の開拓に勤しむ事にも余念がなかった。
 とはいっても、外見は18歳程度に見える彼であってもその実かなりな年月を生きる長生者。つまり『新たな出会い』というのは、数限りなく少ないのだが。
 今日の美術展も、過去にどこかで見た憶えのある物ばかり――美術的観点からすれば残念に思う結果ではないのだが――で、ほんの少しの寂しさが胸の奥に燻った。
 過去の中の産物。
 それは全て、過ぎ去りし日々を揺り起こす。
「さて……っと」
 思わず浸りかけた懐古趣味も、百貨店から一歩外に出た瞬間にフラリと消し飛んだ。
 そういえば、今日は車はないのだった。
 初見の人の心を和ませてしまいそうな『可愛らしい』部類に属する外見とは裏腹に、マリオンはとんでもないスピード狂である。別段、自分が事故を起こすとは思っていないのだが、とある人により現在は運転手付でないと車に乗せてもらえない事になってしまっている程だ――まぁ、ふらりとドライブに出かける事などは相変わらずあるのだが。
 美術展の鑑賞にどれくらいの時間がかかるか分からなかったので、ここまで送らせた運転手には車と一緒に帰ってもらっていた。
 つまり、帰宅するためには再び彼を呼び出すか、その辺を走るタクシーを捕まえるか、電車に乗って移動するかの何れかである。
 煙草の煙が苦手なマリオンとしては、シートに匂いを染み込ませたタクシーに乗るのは、どちらかと言うとご遠慮願いたい所。
 となると、いつものように車を呼ぶか、不意な気紛れで電車を利用するか――に、なるわけなのだが。
 行き交う人々が、自分以外に関心を寄せないように、ただ川の流れのごとく目の前を過ぎっていく。
 マンウォッチングの趣味はないけれど、さてどうしたものかと思考の海にダイヴしながら、薄い色素を外界から遮断する為の濃い色の眼鏡の下で、金の瞳がぼんやりと周囲の風景を脳へと伝達する。
 そんな時、彼女の姿が視界に飛び込んできたのだ。


「手伝ってもらってありがとう。普段はこの手の仕事は兄に任せているから、正直どうしようか困っていたのよ」
「なんとなく、そんな雰囲気が漂っていましたよ」
「あら、嫌ね。今度からは気をつけないと」
 マリオンが声をかけた女性は天城・緑子と名乗った。
 過載重量にも眉一つ動かさずに、最初はマリオンの申し出にも「子供にそんなことをさせるほどやわじゃないわ」と素っ気無く言い切った彼女だったが、実は案外困っていたらしい。
 無機質な金に近い薄茶の髪に、碧玉の瞳という日本人離れした容姿と共に、自ら発する気で他人を自分に近づけさせまいとしているように見える雰囲気も、さり気ない会話の中でほろりと綻び出す。
「子供って言われるほど、案外子供でもないんですよ」
 なんとなく思いついた事だったが、一度声をかけたからには後には引けない。こんな強い面もある意味、マリオンの容姿からは裏腹な面なのかもしれない。
 思わず抱き締めたくなるような笑顔でそういわれても、少しばかり説得力に欠けるかもしれない。それでも緑子はその言葉にマリオンの硝子一枚向こうに隔てられた瞳をまっすぐに見つめ――そして思案するように首を傾げた。
 それから先は、反論する隙を与えないマリオンの無敵の笑顔の勝利、ということで現在に至っているわけだが。
「そうね……外見と中身は結構ギャップが――色々と。そんな感じかしら?」
 自分の目線をやや下げる角度でマリオンの表情を覗き込んでいた緑子が、言葉の端に微妙なニュアンスを添えて、至極真面目に肯き返す。
 その視線の中に、自分の隣を歩く青年の性格の意外性と、さらには実際年齢とのギャップを緑子が感じ取ったのを察し、マリオンは小さな驚きに金の瞳を一瞬だけ丸くした。
 しかし、こんなご時世である。
 自分「達」以外の通常の人ならざる者も、ごく当たり前のように人間社会に溶け込んでいる日常、それを敏く感知する存在があったとしても何ら不思議ではあるまい。
 夕暮れが微かに辺りの色を変え始める頃、二人は緑子の現在の居住地に近い閑静な住宅街をゆっくりと歩いていた。
 と、そこへ不意に。
「あら、緑子じゃない」
「火月さ……」
「何々、可愛い少年つれて。デート?」
 まるで人払いをしたかのように遊ぶ子供の姿のない児童公園、その一角に設けられたブランコに一人揺られていた女性が、緑子に向けて大きく手を振りかけた。
 瞬間、緑子の体が緊張にびくりと固まりかけたのを、マリオンは見逃さない。それはまるで、自分が水の化身のように美しい彼の人に声をかけてもらった時に僅かに近いような――いや、喜びより畏怖の方が大きいかもしれないが。
 しかし、それも「火月」と呼ばれた女性が、足を止めた二人に駆け寄りぽんっと緑子の肩に手を置いた時には瓦解していた。
「初めまして、私は火月(かつき)。緑子の幼馴染みたいなものかしら。で、緑子の彼氏さん?」
「違います! 荷物が重いだろうと声をかけてくださった方です」
「あら、そうなの? なーんだ、堅物緑子にようやく春がって思ったのに、残念――お名前、伺ってもいいかしら?」
 何時の時代も女性はかしましい――自分の存在を忘れてしまったかのような二人のやり取りを眺めていたマリオンに、ひょいっと火月が手を差し伸べる。
 どうやら握手を求められているらしい。
「マリオン・バーガンディと申します。今日は縁あって緑子さんの荷物運びを手伝わせて頂いていたのですけど――貴方は火月さんとおっしゃるんですか?」
 鮮やかな微笑を添えて、出された手を軽く握る。
 嬉しそうに握り返されたそれは、柔らかな女性ならではの感触。
「そう、火月って言うの。苗字はちょっと面倒だから割愛させてもらいたいんだけどいいかしら?」
「お構いなく。人にはそれぞれの事情がありますから」
「ありがとう。それじゃ、マリオンさん――っていうより、マリオン君かしら? 見た目的に」
「失礼ですよ、火月さっ――」
「良いじゃない。ね?」
「えぇ、『君』で構いませんよ」
「ほら、彼もいいって言ってくれてるし」
「……そういう問題ではないと思うのですが」
 さり気ない会話の流れの中、それとはなしに緑子と火月の関係をマリオンは推察する。口調、そして敢えて自分の言葉を被せるようにして緑子に敬称を最後まで言わせないようにしてはいるが――火月と緑子の間には「幼馴染みたいなもの」という枠に当て嵌めきれない何かが存在している事が窺い知れた。
 そしてそこから先は読み取ろうにも――
「ね、折角だからマリオン君の恋のお話とか聞かせてもらえないかしら?」
 あっという間の手腕で、先ほどまで火月が座っていた隣のブランコに借りて来た猫よろしく鎮座させられ、期待に満ちた視線を向けられたことによって、見事に寸断された。
「恋の話、ですか?」
「そうそう。最近ちょっと疲れ気味な人を、その力で勇気付けてあげられるような」
 体の安定を支えるために軽く鎖を握り込んだ掌から、微かに錆びた匂いが鼻をくすぐる。
 この「文化」の中で生まれ育ったわけではないが、仄かに胸の奥に懐旧の想いがこみ上げてくるのは何故だろう。
 すっかり「待ち」の姿勢に入った緑子に、小さく詫びの意を込めて頭を下げると、逆に盛大な溜息と一緒に謝罪の一礼が返って来た。
 どうやら、話の一つや二つを披露しないと解放してもらえないらしい。
 なんとも強引な手腕の持ち主だが、なぜだか悪い印象を抱けない。それは火月が持つ独特な清浄な気配に所以しているのかもしれない。そんな風に結論付け、マリオンは猫のようなしなやかさで、ポンっと軽く大地を蹴った。
 ふわりと舞い上がるブランコ。
 冬の気配が、頬をちくりと刺す。
「残念ですけど……私には恋する人っていないんです」
 茜色に染まり始めた空の輝きが、眼鏡の奥の金の瞳を朱金へと誘う。
「あら、もったいない」
 ブランコを漕ぎ続けたまま、傍らの女性陣に目を遣ると、双方「あら」と不思議そうに顔を見合わせていた。
 その二人の表情に、慌ててマリオンは否定の言葉を口にする。
「いえ、正確には『今は』って事なんですけどね。まぁ、見た感じだと緑子さんに『子供』って言われてしまうくらいですけど、私もけっこうそれなりに長い年月を生きているんです――」

   ***   ***

 外見こそ18歳くらいで留まっているものの、マリオンは既に齢300に届こうか、という長生者である。
 当然、そんな長い時間なのだから恋の一つや二つ、経験があって然りだ。
「愛しています――例え、貴方がお婆ちゃんになったとしても」
 想いを言葉にする。
 告げられた女性は、最初のうちは柔らかい紅に頬を染め、恥じらいながらも歓喜の微笑を返してくれた。
 そして、まだ幼さの残る指先でそっとマリオンの手に触れ、静かに、けれど高鳴る胸の内をそのまま伝えるかのようにきゅっと握り込む。
 互いの想いが通じ合う――感動にも似た一瞬。
 けれど。
 そんな幸せな時間は決して長続きしない。
「愛しています――例え、貴方がお婆ちゃんになったとしても」
 比喩と思われていた言葉が真実に近付く。
 そう、繰り返すようだがマリオンは長生者。
 そして愛した相手は同族ではなく――つまり、片翼にだけ訪れる『老い』と言う現実。
「人は外見で判断されるものではありませんよ。貴方の心はどんなに時間が経とうと美しいままです」
 尽きぬ言葉で想いを語る。
 けれど――それは、届かない。
 いや、届いているのかもしれないが、救いとして満ち足りるには力及ばなかった。いついかなる恋の時も。
 一つ皺が増え、髪に白いものが混ざる。
 己の容姿は確実に衰退の一途を辿っているというのに、傍らで柔らかく自分を包み込んでくれるマリオンは昔と変わらぬ姿のまま。
 どれほどの愛があれば、この現実を超えて行けるのだろうか。
 恋する度にマリオンはそうならないように、慎重に言葉を選び続けてきた――けれど、現実は悲しい結末を迎える。

   ***   ***

「まぁ……女として、好きな男に自分だけ老いて行く姿を見せるってのはかなり苦しいことよね」
「そういうもの……なのでしょうね。頭では分かろうとするのでしょうけれど」
 ブランコ悲鳴にも似た軋みをたて、ゆっくりと停止する。
「――そう、ですね」
 坦々と自分の過去の恋愛経験を語り終えたマリオンが、顔を見合わせそれぞれの感想を口にする女性陣を見つめる。
 その視線にはほんの少しの不思議と安堵が混ざっていた。
 謂わば「自分は普通の人間では在りません」と言ったも同然の話の内容だったので、緑子だけでなく火月までが素直に受け止めてくれたのが意外にも思えたのだ。いや、なんとなく『彼女達』なら違和を訴えることなどないと、分かっていたのかもしれないが。
「言葉でしか想いを伝えられなかった私にも非はあるのだと思います。けれどやはり――」
 同じ想いを繰り返すのも、繰り返させるのも怖い。
 言外に滲ませた思いに、火月がゆっくりと頷きを返す。緑子の方は何か言いたげな様子ではあったが、一度開きかけた口元を静かに噤ませた。
「今の職業の切欠は、愛した恋人達と共に過ごしてきた時代を感じさせる調度品を手にすることで、それが今でも身近なところに有るのだという安心感を得たい――そんな子供っぽい思いがあったからなのかもしれません。ですが今はそれで良いと思うのです」
 過去の遺産、現代に伝わる美しい芸術品の数々。それを手にするたびに胸を灼くのは懐古の想い。鮮やかに蘇るそこで過ごした時間、歩んだ道のり。
 類稀な能力で、その中の現実を今に引き出す事はできるが、それでも愛した人々を今に連れ出すことは出来なくて――否、竦む心がそれを成させないようにしているのかもしれないが。
 大地に足をつけていることを確かめるように、ゆっくりと立ち上がる。
 マリオンという主を失くしたブランコが、ふらりふらりと心許無げに反動で揺れた。それはまるで、新たな恋に踏み出すことの出来ない、自分の心にも似ていて。
「素敵ね。マリオン君の職業って、秘密の宝石箱みたいだわ。いつまでも変わらない輝きが胸の中にある――そういうことでしょ?」
 陥りかけた自責の念は、火月の朗らかな笑顔によって払拭された。
「秘密の宝石箱、ですか?」
「そう。永遠に朽ち果てる事のない、ね。ちょっと乙女ちっく過ぎる言い方かもしれないけれど、そうやって自分がいなくなったずっと後まで大事にしてもらえるってのはロマンティックだと思うわ」
 それだけ愛されたってことだもの。私なら天国で拍手大喝采だわ。
 心底そう思っているのだろう。一点の陰りもなく爽やかにそう告げられ、マリオンの頬も自然と綻ぶ。
 そうだと良い。
 悲しい想いを胸に抱かせてしまった愛すべき人たちが、今はどこかで笑っていてくれるのならば。
「そうですね。そう思ってもらえるなら、私も今まで以上に仕事に励めます」
 振り仰いだ空は一面の茜色。東の空には気の早い星が小さな瞬きを繰り返し始めていた。
 冬特有の澄んだ空気が、ここではない世界をいつもよりぐんと身近に感じさせる。
 今日はありがとう――そう言って再び差し出された火月の手をマリオンは穏やかな気持ちで握り返した。
 だから、その時。
 火月の影にあたる場所で、緑子が何かを払うように左手をヒラリと閃かせたのを、マリオンが知ることはなかった。


「結局、こんな遅い時間までつき合わせてごめんなさい」
 火月と別れ、再び緑子の荷物運びに付き合ったマリオンが、その役目から解放されたのはそれから数分後の出来事。
「いえ、案外楽しかったですから」
 辿りついたのは、マリオンの主の邸宅とは比較にはならないが、それでも充分に立派といえる造りの、いわゆる豪邸だった。
「あ、ご自宅まで送らせましょう。少し待ってもらえるかしら?」
 使用人がかなりの数いてもおかしくないであろう作りなのに、緑子の帰りを出迎える者の姿はない。そこに少し違和感を覚えながら、マリオンは緑子の申し出にゆるやかに首を横に振って応えを返す。
「いえ、ここからだと案外近いんで。せっかくなので星を眺めながらゆっくり帰ります」
 その実、ちょっとした裏技を使って帰宅しよう、なんて考えていたのだが。
「それじゃ、今日はお疲れ様でした。また機会があれば」
 礼儀正しく一礼をして、軽やかに踵を返す。
 少し飛び跳ねたような猫毛の柔らかな髪が、残像を残すように夜の空気の中を舞う。
「マリオンさん――マリオンさんの恋心は、いまは充電期間中って事なのよね。それも悪くないことだと思うわ」
 常に人は全力疾走のままでは生きられないから。
「今日は本当にありがとうございました」
 背中からかけられた声に、一度だけ振り返り大きく手を振る。
 あとどれくらい充電期間が続くかは分からないけれど、こんな風に人に言ってもらえるのなら、それも素敵なことなのかもしれない――そんな風に思いながら。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名】
  ≫≫性別 / 年齢 / 職業
   ≫≫≫【関係者相関度 / 構成レベル】

【4164 / マリオン・バーガンディ】
  ≫≫男 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長
   ≫≫≫【緑子+1 / NON】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの観空ハツキです。
 この度は『恋する君へ。』にご参加下さいましてありがとうございました。そして納品が遅くなってしまい申し訳ございませんでしたっ(いえ……毎度ぎりぎり滑り込みな性質なのですが)

 マリオン様、初めまして。そして緑子のご指名ありがとうございました(笑)。普段なかなか目立たせることの出来ない娘でしたので、お呼び頂け本人共々大変喜んでおりました。
 そして……肝心の恋の話の部分より、かしまし女性陣に囲まれている時間の方が長くなってしまい申し訳ありませんでした(滝汗)
 いえ、ヴィジュアル的に想像すると面白いなぁ、なんて思ってしまいまして。
 『初めまして』ということで、マリオンさんの性格や行動など、きちんと把握できていないようでしたら、すいません。少しでも楽しんで頂ける部分があると良いのですが……

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回は本当にありがとうございました。