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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


百鬼夜行〜終〜

 今世間は、空市という街に起こる『百鬼夜行』の事件に大きく関心を寄せていた。
 鎌倉の世に異形の猛威に晒されて滅びかけた小国は、一人の術師によって救われ、異形は己の世界諸共封印されたという過去がある。
 小国はやがて日本という国に内包され、『空市』となり、穏やかな日々を他と変わりなく過ごしていた。
 けれどそれは泡沫の平和。
 やがて封印は弱まり、空市をまた異形の集団が闊歩する。空市を黒雲が覆い、市民は恐れ、そうして九人の子供が空市から行方を晦ませた。
 その捜査を依頼された草間興信所の職員達は、謎また謎の間に目の前で子供を浚われ、異界へ乗り込み子供を救おうとしても簡単に弾き出される始末。
 謎が謎を呼び幾多の夜を異形の殲滅に当てても、異形は絶えず増え続ける。
 やがて第二の協力者としてアトラス編集部の情報力を得、深まる謎を解き解し、また選択肢を失い、それでも核心に近づいていった。

 ――ゆっくりと、終幕のベルが鳴り響く。


◆紅の空 未来への足掛り◆
 異形は朝に弱い。
 その事実は書物にもあったし、真柴・尚道が体感した事でもあった。
 もう何日も前の事の様に思えもするが、異形達との戦闘からまだ半日も経たない。朝日の昇るのを目にすると異界へと逃げ帰った異形達に、草間興信所もアトラス編集部の面々も小さな休息を与えられた。
 休息といっても大したものではない。疲労もかなりのもの。けれど尚道も他の面々も泣き言は一切言わない。
 今日の夜でケリをつける。それは子供の生きていられる限界点でもあったし、また言葉にせずとも皆が思っている事。
 アトラスの見つけ出した少女、否、鎌倉の世の稀代の術師――空市に封印を施した古河切斗を前に、真剣な面持ちの雁首が揃う。
「滅した筈の異形にしては、数が多いって事だな?」
草間武彦が代表して疑問を口にすると、少女は小さく頷いた。
「封印を施す以前に、数ある術師の前に異形共も多く滅しました。赤、青と呼ばれる巨鬼も同様――故に切子を異界に残した時、彼女の前には女王と数えるだけの異形だけだった筈」
 稀代の術師、古河切斗は二人で一人。切子と千斗の双子姉弟を合わせて古河切斗と呼んだと言う。今目の前にいる古河切斗は切子の能力を持った少女の体に、千斗の魂が入ったモノ。
「あの、じゃあ……僕達が見た赤い鬼は?」
「”鎌倉”の二鬼は太陽の下で確かに瞬滅しました。新しく生まれたのか、あるいは」
「幻?」
「――やもしれません。食を失った彼らが生きていた理由が、生態の変化以外であり得るのならば」
「実際にそうだとして、異形を作っているのは女王なのかしら?そう考えると色々矛盾が生まれてしまうのだけど」
 言葉を曖昧に濁しながら、千斗は申し訳なさそうに瞳を伏せた。
 尚道にも幻というには彼の異形達は多過ぎだと信じられない。しかし閉ざされた空間では、如何な生物も食を失って生きていけるものでは無い。仮に生態が変化したとして、否しかし、如何様に増殖したのか?
「……共食い、とか…?」
 アトラスの協力者がぽそりと呟いた言葉に、尚道もぎょっとする。だが尚道が気になるのは、それより、むしろ……。
「考えたくねぇけど、そういう事もあり得るだろう」
「その判断は僕にお任せ下さい。この体の能力を使う事は適いませんが、記憶が覚えていますから」
 尚道は千斗を盗み見る。彼の前で声高には言いにくいが、恐らく、切子と女王は同一なのでは無いだろうか。
 窓の外の天空は、夕焼けの美しいグラデーションに染められていた。


◆藍の空 決戦の時◆
 空市の家という家に、今は人の気配が一つも無い。市民は須らく空市を避難し、空市には異形を空市に閉じ込める為の結界が張られていた。
 濃藍の空に小さな星が輝く夜、迎え撃つ準備は万端だった。
 皆が忙しなく動き回る中尚道はやる事がなくなって、空市の坂をブラブラと下っていた。
 と何やら少年が落ちつかなげなのを見つける。おやと首を傾げ。
「体調は大丈夫か?」
手を上げて下方の柊・秋杜へと近寄った。尚道等が異界入りしていた数時間、その少年は異形達の殲滅に時間を当てていたらしい。早朝には疲労と怪我で気絶していた。
「大丈夫です!」
 そうして当たり障りの無い事を数分話した後、尚道と秋杜は坂の上方から呼ばれた。
 空市の象徴たる鳥居と大鐘はその姿を消し、朝方まで瓦礫となって残っていた残骸も跡形も無く除去されている。その場所で一時的に塞がれていた結界を開こうと、術の主綾和泉・汐耶が蹲っているのが見えた。
 二人は慌てて坂を駆け上る。
「早くしろ。追いて行くぞ」
「金蝉……」
 和装に身を包んだ桜塚・金蝉の冷たい声が落ちてくる。不機嫌に歪む美しい顔に、傍らの男装の美少女、蒼王・翼が苦笑の元にやんわりと諌めた。
 尚道、秋杜、そしてこの二人の計四人でまず異界に乗り込む。女王と相対する事を望んだ彼らが子供の救出を。残った者が異界より出でる異形との戦闘を。
 行動は前回と何ら変わりない。しかし単純にみえるその行動の背景には様々な思惑がある。
 だが自分は自分のしたい事を、女王との接触、子供の救出を、ただ念頭に動くだけだ。
「開きますよ」
 何時の間にか背後に立っていた水上・操に、しかしさして驚く事もせず尚道も操の視線を追う。汐耶の伸ばした腕の先に黒い穴が見て取れた。小さな穴が肥大し、深淵がその口を開き闇を広げる。
 同時にその周りに風が渦巻き、尚道の長い黒髪をかき乱す。やがて激しくなるそれに視界が邪魔をされた。
 そして奇妙に高揚するような、感覚。
「――っち」
 金蝉の舌打ちと共に、空気が張り詰めるのが分かる。それぞれの武器を握り臨戦態勢を取る仲間達の前で、形を確立した穴から迸る殺気と狂想。おどろおどろしい念が広がり、やがて。
【キキィ……!!】
甲高い叫びと共に、異形が踊り出た。
 沸いて出るそれを一刀両断。それぞれの能力が殲滅せしと振るわれる。
 地獄絵図の再来は糸も簡単に。
「っらぁ!!」
 銃声。断末魔。猛声。爆音。一瞬で世界は変化する。
異形は増す。尚道は三人と共にそれを蹴散らしながら、穴へと飛び込んだ。異形の勢いに飲み込まれ戻されそうになる体を、身についた術が回避する。邪魔となる異形を慣れた動作で蹴倒し、尚道は闇を受け入れた。


◆闇の先 守る者◆
ぼんやりと不気味な色を称えた鬼火に、異形の姿と駆ける粉塵が照らされていた。歓喜に叫ぶそのほとんどが尚道達に目もくれず、外を求めて走り出て行く。それでも時々は尚道達に向かって攻撃を放ち、尚道達も外の仲間の負担を減らそうとそれに対応した。
 が大きな目的は子供の救出であり女王であった。故に避けられる戦いは避け、消耗も控えた方が良い。
「女王さんは、どこなんでしょう…」
先を行く尚道を追いかけながら、秋杜が闇の中に視線を彷徨わせた。
遠くには巨大な門が開き、その奥から異形は後も絶たず出でてくる。高い塀が永遠に続くかという程、見える範囲では終わりが無い。
「この間は門を入った瞬間どこかの屋敷の広間に出た、という事だったけど」
翼が律儀に答えながら。
「それは見込めなさそうだ。なあ、金蝉?」
傍らで銃を唸らせる金蝉に同意を求めると、彼は瞳だけで頷いた。
 尚道がこの異界に入るのはこれが二度目だ。その時にはあまり深くまで入り込む事が出来ず、入り口の近くで戦闘をおっぱじめてしまった覚えがある。といっても四方八方が闇の世界、確実な事は何もいえないのだが。
 兎にも角にもその時の女王は実体では無かった。
「王つったら一番立派な屋敷に居るもんと、相場が決まってるけどな」
 余裕のある動作で門を通り抜け、ため息と共に尚道は言う。
「どれがそれなのか、さっぱりわかんねぇ」
背後から飛び出た異形を一蹴の内に退け、もう一度ため息を漏らす。
 昔日の日本を連想させるに十分なその光景は、整然としてどれも同じに見えた。その中に見目にも豪奢な屋敷は意外に多い。
――が、それは。
「杞憂だな」
どこか嬉しそうな金蝉の声に、尚道も”ソレ”に気づいた。
 真っ直ぐに続く道の先に、赤い巨鬼が立っている。その金色の目は自分達に向けられ、門戸を背に何かを守る様だ。背後のソレは街の中にあり尚壁を有し、よくよく見れば違和感を募らせるような分かり易い程の城だった。
 ある意味では突然現れたかの様な。
 背後を見やれば、今までそこにあった入り口の大門が消え後にもただ町並みが広がるばかり。
「奴をぶっ潰す」
女王は城に居る事だろう。そして赤鬼を倒さない事には女王には会えないだろう。秋杜達の侵入を命がけで阻むために、赤鬼はそうして門を守っているのであろうから。
 巨躯が動く。同時にどこに潜んでいたのか異形が家々から飛び出してくる。
 尚道は一つ目を晒す子鬼の首を無造作に捻り折ると繰り出される鉤爪を鋭敏に避け、ま炎を吐き出す巨鬼に向かった。

 赤鬼の両腕は、使い物にならなかった。右目は潰れ体の彼方此方が焦げ付き、左爪先の向きが本来の踵の位置に来るほど折れて捩れて、とても戦える状況に見えなかった。
 それでも痛覚が麻痺しているのか、鬼は倒れても立ち上がり残ったモノだけで尚道達を狙ってくる。そんな巨鬼に容赦の無い攻撃が加えられ、赤鬼は背後に倒れた。
 黒々とした血が地面を濡らし、焼け焦げと異臭を街の中に残す。辺りは闇と静寂に支配された。
「終わった、な」
鬼の命の火は未だ消えて居なかったが、それでも両腕をなくした体を立たせる術無く、唸り声を発しながらもがいている姿には憐憫以外の何も感じられなかった。
「行こう」
 そうして四人は城へと侵入を果たした。


◆光の先 戦う者◆
 赤鬼の後を守るには、城の異形共は小物過ぎた。問題外な程の非力さに、時間稼ぎにしかならない時間が過ぎ、四人は糸も簡単に最上階へと辿り着いた。
 大きな扉を力任せに押し開けるとそこには大広間があり、玉座に悠然と女王が掛けていた。
「来るな、と何度言うたものか」
女王は唇を大きく歪ませ、鋭い瞳で尚道達を睨んできた。人を萎縮させるに十分なそれに、しかし怯んだのは秋杜だけ。
 金蝉が魔銃を女王の眉間に合わせて構えると、尚道も額のバンダナに手を当てた。
 女王が手をかざし、それは一触即発に見えた。
 が、女王との間に立ちはだかり、翼が二人の手を押しとどめる。
「聞くけれど、キミは何者なのかな?」
「――どういう意味か」
「閉ざされた世界でどうやって生き延び、また増えたのかという事だけど」
女王のこめかみがピクリと波立った。構わず、尚道が続きを引き取る。
「色々仮説は出た。幻、共食い、生態変化――これは仮説の域を出ねーけど、『女王=切子』この線は俺も支持するぜ」
「千斗さんが、おかしいと、言いました……」
秋杜が付け足すと女王が眉根を上げて、一巡の後楽しそうに微笑んだ。
「なるほど、千斗の坊を見つけたか。たかが人の子と侮った事は謝ろう?いや、お主らを人の子と呼ぶは可笑しいな」
 女王がかざしたままの手を心持逸らす。
「くっ」
 思うより早く体が動く。傍らに居た秋杜を抱え込むと地を蹴って側方へと飛ぶ。明るい光が背後を飲み込み、一瞬前まで居た床が剥き出しの焼木へと変わっていた。
 金蝉が魔銃を連続で放ち、翼が攻撃を軽やかに避ける。
 秋杜を床に立たせると、尚道はバンダナを取り去り、人外の跳躍で女王の眼前に迫り――。
「それがお主の力か、三眼の?」
 額に開いた瞳を見据えて、女王は自身に向けられた尚道の両腕を簡単に捕まえて笑う。真紅に変化した尚道の三つの瞳が、尚道という者の存在を強烈に示す。
「っし!!」
女王の手首に蹴りを放ち片手から逃れる尚道の背後から、金蝉の弾丸が女王を襲う。女王は尚道を解放した左手をかかげ、その前で音速の弾丸が霧と消える。
 女王はそのまま尚道を片腕で壁へと打ち付ける。
「がっ!?」
 鈍い痛みが背中を走り、尚道の体が壁を砕きながら戦闘の音から遠ざかった。咄嗟に頭を庇った事が功を奏したのか、はたまた力を解放した事での超人的な治癒力からなのか、衝撃は余りにも無い。
 それどころか自分を包む底知れない力の膜に、口元に笑みが沸きあがりさえした。
 尚道は腕を一回しすると自身が突き破った壁から一足で広間へと戻る。
 そこで一瞬目を見張った。
 今までそこに居もしなかった異形の集団、屋敷に居たそれらは確かに自身らが滅したはずだった。
 しかし女王の傍らから突然駆け出してくる異形を見つけ、やっと悟る。
「幻か……!!」
 驚愕と共に念じれば、鋭い牙をむき出した異形が瞬滅。今の尚道にとって雑魚である異形は道端の石ころ程の障害にもならないとしても。
 それでも実体を持たぬ存在にしては奇異な程、それらからは”生命”が感じられるのだ。幻影とは思えぬ温もり、悶え苦しむ様。それぞれに異なる行動。
 それだけのモノを作れる女王の実力は計り知れない。
 数多を破壊する力持つ今の尚道を前に眉根一つ動かさぬ事が、それだけで女王の実力を示してもいた。
「お主らが今頃答えに辿り着いてももう遅い。例え妾が切子童子そのものでも、例え鬼共が幻影でも、お主らに何が出来ような?どちらにせよ妾を倒せぬ限り、人の世に未来は無いわ!!」
 女王が美しい顔を愉悦に歪ませながら吼える。彼女はまだその両の腕しか動かさず、四方から向けられる攻撃にもその心を乱す事は無い。
 賞賛さえ抱かせるその能力者が、しかし子供の動向は知らぬと突っぱねる。異界で起こる事、侵入した者の動きを仔細まで知っておきながら、なぜ子供の存在を知らぬというのか。探し人がわかると言う端で、何故子供を攫っているのか。言動を伴わぬそれは、女王と切子の意思が夜と昼を通して入れ替わり、また交錯する故かと思っていたが――。
 女王と見えない力を交し合いながら、尚道は疑心を募らせていた。

 尚道の体は凄まじい治癒力によって欠けた傍から戻る。だが女王の体には傷一つつかず、未だ余裕顔で四人の動きを見ていた。
 どれだけの時間が流れたのかは暗い世界の中判然としなかったが、酷使した力に精神的疲労が限界に近づいていた。
 これ以上は暴走を招きかねない。既に己が開放した力は屋敷の壁という壁を砕き、天井を瓦礫の山と変えていた。
 仲間と目配せを交わしながら、しかし良い策も浮かばぬまま拮抗した状況が続くかと思われた。
「騙されてはなりません……!!」
 時間が止まったかと思った。そう思うほど自然に、己の腕が止まり、思考が止まり、仲間が止まり女王が止まった。
「その者に幾ら攻撃をしても無駄です。その方自身本体ではないのです!」
 半壊した屋敷の上空には闇。唯一残った崩れかけの階段で小さな少女が叫ぶ。その背後には二人の――あれはアトラスの協力者だったはずだ。
「……千斗? 酷く茫洋としておるが、お主」
「この空間こそが幻です!!」
女王の言葉を遮って千斗の虚ろな瞳が四方を巡った。
「どういう事だ!?」
「そうだとしてどうする?」
金蝉と女王の言葉は同時。女王の余裕の意味に気がついて、尚道の瞳が更に深みを増す。
 ――が。
「僕たちを甘く見ない事だ」
 翼の言葉と共に、世界は一転する。


◆夜の終わり 消える者◆
「っぎゃああぁあ!!!」
突然照りつけた光に尚道が目を眇めると同時に、絶叫が響き渡った。
 幻である筈の女王が、自身の顔を押さえて蹲っていた。天井に開いた大穴から照りつける太陽に、女王の体から湯気が立ち上り、次第に女王の皮膚の焦げる匂いが充満し出した。
 そのまま転げまわる女王。
「ぐぅうっあああああああ…!」
恐らく翼の能力なのだろう。
「で、子供はどこなんだ!?」
 尚道が女王の胸倉を掴み上げて問う。すると女王の醜く溶け出した顔が露になり、皆が顔を顰めた。
 女王は声にならぬ叫びを上げながら、痙攣を起こし、尚道の手から逃れようと必死にもがく。――哀れだった。
 そのまま女王の体は、太陽の光に滅した。屋敷や街も同時に、何も無い空間へと還る。残ったのは太陽の下の尚道達。
「……消えたぞ…?」
「本体が何処かに居るはずです」
 アトラスの協力者に支えられて、千斗が荒い息の下で言う。
「この光の中、女王も弱体しているでしょう」
千斗の言葉に四方に散る。太陽の照らす、ただただ広がる空間。隠れる所など何も無い。空と大地の間を隔てるものは無いはずなのに。
どこまでも続く青い空の下、人外の跳躍で走り回りながら、それでも直道に映るものは変わらない。
 ――否。
「子供だ!! 子供が居る!」
 黒々とした塊が、突然尚道の視界に飛び込んだ。折り重なる様に倒れるそれは――。
 走り寄るって子供達の息を確かめる。遠くから仲間の声が届く。
「1,2の――10人!! 全員居る……脈もある!!」
 頬はこそげ落ち脈は弱い。それでも、攫われた子供は全員生きていた。
 ホッと安堵の息を漏らし、駆け寄ってきた翼に笑顔を向けると彼女も双眸を和らげる。
「とにかく外に出そう」
「そうしよう。アトラスの奴らにも手伝わせて、至急病院に運んだ方が良いな」
 その時、頷き合う二人の背後で千斗が悲痛に叫んだ。
「切子を殺して下さい!!彼女は、女王は切子自身です……!」

 千斗はその場にくず折れ、一人では立てないのではと思える程蒼白な顔をしていた。傍に付き添っていたアトラスの二人組が秋杜を追って異界を出て行くのを見たが……。
 金蝉の姿も既に無い。
「おい、大丈夫か?」
 子供を背負いながら尚道は千斗を立たせようと手を伸ばす。だが彼はやんわりとそれを拒否し、少女の虚ろな瞳を借りて尚道を見据えた。
 それからか細い声で言う。
「僕は、大丈夫です。それよりその子等を早く……」
「本当に大丈夫なんだな?」
「はい、僕もすぐに行きます」
念を押す尚道に千斗は毅然と答えた。まだ不安は残るにしても、子供の方も危険は過ぎていない。とりあえずは彼の言葉を信じるしか無い。
 聞きたい事も多い。まだ本当の事は明らかでない。けれどそれよりも今は、子供を助ける事が一番。
 尚道は一つため息を落とした後、走り出した。
「……ごめんなさい」
 千斗の呟きは、儚く遠く、姿さえ見えぬ尚道に届く事は無かった。


◆朝の始まり 残る者◆
「――千斗…?」
 その者を見て、尚道は驚愕に呟いた。
 子供を全員運び出し病院へと向かう車を見送った後、自身も助太刀しようと爆炎の中に飛び込んだ尚道。
 仲間達に囲まれる小さな体は黒く艶やかな髪を躍らせ、狂相で舞っていた。不自然に破れた黒い着物に身を包む体は所々骨が露。
 けれどその顔は千斗、いや手鞠と酷似していた。似ているというより、同じだった。
 疲労が著しいのか、その動きは緩慢で十を超える能力者の中で命の火を消そうとしている。
 あれが――。
「女王、だってのか?」
 自分が異界で見ていた女王はもっと妙齢で、猛々しくも清廉で居て、異質だった。けれど今見る女王は庇護すべき小さな子供で、泣きながら戦っている。
 空寒さに体が震える。自分が思っていたよりもこの件は根が深く、知らされた現実は表面だけに過ぎず、考えられない程に単純だ。
 切子と女王という昔人は一人と一人ではない。切子が異形の女王と呼ばれる存在そのもの。
 瞬きさえせず見開かれた瞳に、女王への最後の一撃が見舞われた。

 赤黒く、どこか緑を帯びた血がコンクリートを濡らしていく。瞳をなくした眼窩から、骨しか残らぬ体から、夥しい血が流れていく。
 けれどそれは幻でしかない。切子童子と呼ばれた天才術師の、精巧な幻影――。
「一人は、いや……一人は寂しい、怖い、辛い……」
 倒れた少女の体から声は嗚咽混じりに発せられ、それをただ信じられない面持ちで見る事しか出来ず、尚道は手鞠の存在に気がつかなかった。
「千斗、千斗……せん、とは何処か……?」
 まるで母親を求める子供の様だと思った。否、事実彼女は子供だったのだろう。
 骨となった切子の傍に、手鞠が寄り添う。
「千斗は、何処か……?」
「あの方は、輪廻の中に……」
 千斗である筈の手鞠がそう言って、切子の冷たい頬を撫でる。
「また、置いて捨てられるか……?妾が、切子が異形の王だから……」
「いいえ。あの方は一緒には生きられぬから、だから僕を作りました。僕が、これからの貴方と一緒に逝きます」
 じりり、とわけも無く後退する。それは何か神聖を伴った子供達の夢のようにさえ思えて、今自分達がそこに居る事が罪なではと思えて。
 白む景色の中、動けない。
「あの方の代わりが僕では嫌かもしれませんが、この国を解放する事を許して下さい」
 昇った本物の太陽が切子と手鞠、そして全てを照らす。
 明るい光の中。
 錯覚だったのかも知れない。
 美しい童子が、妖艶な美女が、小さく微笑んだ。
 そして次の瞬間淡く明滅して、何をも残さず消えた。
 残された手鞠が太陽を背にゆっくりと振り向く。その姿もぼんやりと朧げに、けれどその顔は切子には似ても似つかない。
「切子は人でありながら、異形の王。暗い感情との間でせめぎ合い、封じられてしまった子供なのです。切子はただ、不器用なだけ。――あの方に会いたかっただけ」
 やがて手鞠の体が大気に薄れ、彼女を通して向こうの景色が透き通る。
「千斗様を責めないで下さい。彼もまた不器用な方。相容れぬ運命の双子が、ただ自分の幸せと姉弟の幸せを願っただけなのです」
「千斗は、あんただろ……?」
掠れた声に首を振って、少女は何事かを紡ぎ――けれどそれは言葉になる事無く、永遠に失われた。

 突然に始まった百鬼夜行は、こうして唐突に終わりを告げた。
 ただ残された者達はその呆気なさに立ち竦み、秋杜が意識を失って倒れるまで、誰も動く事が出来なかった。


◆終幕◆
 真柴・尚道は頭を抱えて唸った。納得の出来かねる幕引きに表情は冴えない。
 子供は無事に救出され、一週間もすれば元通りに生活出来るだろうとの事。攫われてからの記憶は曖昧だそうだが、ただ彼等は特に怖い思いをしたわけでも無いようだ。覚えているのは涙を流す着物の少女。それも日常生活に戻ればすぐに忘れて行くだろう。
 けれど救うべき子供は十人に限らず――。
「古河切斗の年齢なんて、思えば全く考えもしなかったわ…」
 暗い顔のシュライン・エマがため息と共に紡ぐ。ホテルのロビーで興信所の面々は顔を合わせ、窓の外を見た。
「切子童子……単純に見れば子供という事ですものね。よもや盲点だったとしか言えませんが」
 考えもしなかった。まさか百鬼夜行の全てが人間くさい感情故に起こった事等と、考えられる筈が無い。
 アトラスの調べた所によると、切子は天才術師であると同時に異形の王と運命付けられた子供だった様だ。残忍さと純真な心が鬩ぎ合い、けれど最後には異形の女王として鎌倉の世の討伐で異界へと封じられた。己の望んだ方法ではあったが、一人残された異界で寂しさの余り次第に狂い、そうして百鬼夜行が起こった。
 二重人格だったと考えると若干理解出来る。両の想いが自分から生まれるが故、逃げる事も戦う事も出来ず苦しい。
 千斗が輪廻転生を果たした事が、切子にどう作用したのかはわからない。ただ彼女にとっての唯一の救いが千斗だったのでは無いか。
 王となる事で千斗が会いにきてくれると思ったのだろう。殺される為でも切子は千斗に一目合いたかった。
「わかんねぇのは、千斗なんだよな」
 納得のいかない要因の一つである、千斗。手鞠の体を器としていた千斗の魂を前に、手鞠と切子が口にした矛盾。姉弟の感動の再会であった筈なのに、奇妙な違和感を残してくれたもの。
「――それでも、解決だぞ」
 曖昧に笑って、それまで黙っていた草間・武彦が肩を竦めた。皆の視線を一身に集めて草間がもう一度繰り返した。
「そう思えなくても、解決だ。どんなに歯切れが悪かったとしても、目的は達したんだ。胸を張ったらどうだ?」
 正直そんな気分にはなれない。バンダナに隠れた額が何故だか疼く。不完全燃焼というのだろうか。それとも――。
 尚道は大きく息を吐き出して瞳を閉じた。
 けれど、そう。
 草間興信所にとっては確かな、終幕だった。


FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2158 / 真柴・尚道(ましばなおみち)/ 男性 / 21歳 / フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみせきや)/ 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【2863 / 蒼王・翼(そうおうつばさ)/ 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】
【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづかこんぜん)/ 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【3461 / 水上・操(みなかみみさお)/ 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】
【3999 / 柊・秋杜(ひいらぎあきと)/ 男性 / 12歳 / 見習い神父兼中学生】
【4084 / 古田・翠(ふるだみどり)/ 女性 / 49歳 / 古田グループ会長】

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■         ライター通信          ■
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 こんばんわこんにちわ。ライターのなちです。またもや凄まじい遅延、申し訳ございません。その上長く、しかも最後は無理矢理な展開気味……いえ考え通りに終わったのですが、第三部でもってくるには一杯過ぎたやも……。
と、とにかくはご参加、有難うございました!!これにて『百鬼夜行』終了になります。二部から間が開いてしまったりと、長々とお付き合い有難うございますvそして散々ご迷惑をおかけいたしましてすみませんでした。
 またどこかでお会いできる事を夢見まして、皆様のご活躍密かに楽しみにしております。