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<あけましておめでとうパーティノベル・2005>


sweet home


 それは緑の森が枯れだした、ある冬の初めの日の事。
城ヶ崎由代はその日、ふとした用事で、自宅からはほど離れた、とある山間の中にいた。
平日ということもあってか、由代が走らせている車の他には、滅多に過ぎていく車の影もない。過ぎていくのは、色とりどりに染まった数種類の葉を巻きこんだ、初冬の風。
窓を開けて車を走らせれば、肌を射るような風が、逆に心地よくさえ感じられる。そんな日よりだ。
その山間の中、由代は、不意に古びた鳥居を目にして、車を止めた。
鳥居から続く長い階段の石もあちこちひび割れている。
苔むしたそのありさまからは、長い間、人が立ち入った気配すら感じられない。


「ふぅん、」
 頷いたのは、ウラ・フレンツヒェン。
ウラは由代の話に頷きつつも、さほどの興味はないようだ。
「で、あたしをこんなボロい場所に連れてきた事の理由は、その話のどこにあるのかしら、ユシロ」
 そう続けながら、ウラは車の窓から見える風景を、うんざりとしたような目で見据える。
「うん、そうだね。調べてみたら、この辺にはかつて集落があったようなんだよ」
 ハンドルを握りながら、由代はゆったりと頬を緩める。
「集落、ですか?」
 関心なさげなウラに代わり、興味を示したのは、ウラの隣に座る尾神七重。
七重は運転席の由代をミラー越しに覗きこみ、話の続きを催促するような視線を向けた。
「もう数十年前にはなくなってしまったようなんだけれどもね」
 ミラーに映る七重の瞳を見やり、由代はそう告げて微笑した。
「なぜなくなってしまっタんでしょうかネ?」
 助手席のデリク・オーロフが、重箱の蓋を開けながらそう問いた。
重箱の中身は、ウラが作った大量の栗きんとんと黒豆。
デリクはそれを後部席に差し伸べて、退屈そうにしているウラに苦笑する。
「鳥居ハ大小に関わらず、大事なものが祀ってあるといいますヨ。ご利益があるカモしれませんシ」
 ウラを宥めるようにそう言えば、ウラは大きなため息を一つつき、差し出された重箱を受け取った。
「人から忘れられてしまうような、そんな祠に、あたしは興味ないわ」
 憮然とした口調でそう返すと、自分を見ている七重の視線に気付き、睨み据えるようにして口を開ける。
「あたしが作ったクリキントンとクロマメよ。食べるといいわ。美味しくてびっくりしちゃうんだから」
「……いえ、あの、車の中でおせちというのは、ちょっと」
 七重は首を横に振るが、デリクがすかさず口を挟んだ。
「しっかり食べないと大きくなれませんヨ? ナナエ君」
「あの、そういう事では……」
 ウラが突き出した黒豆を一つ口に入れ、何か言いたげな顔をしている七重を、由代が苦笑しつつ見ている。
「集落がなくなってしまった理由までは調べてないけれど、その祠も、昔は賑わってたんだろうと思うと、なんだか切なくてね」
 デリクの問いに対して答えつつ、由代は雪の降りしきる山間の途中で車を止めた。
「ここからは歩きで行こう。五分も歩けば着くだろうから」
「……鳥居の前まで車で行くのは、無粋ですもんね」
 由代の言葉を受けて、七重が同意を示す。
頬を膨らませたのは、やはりウラだった。
「祀ってくれるひともいなくなったところの神様なんか、放っておいたらいいのよ」
 言いつつ、くるぶしほどまで積もっている雪に、うんざりしたような表情を見せる。
「まあまあ、そういうものでハありませんヨ、ウラ。少し次元を歪めてあげるだけデ、今でもこの辺を賑わせている神様達が見えてくるヨウな気もするでショウ?」
 デリクが雪かきのためのスコップを肩にかつぎ、ウラに笑みを送った。

 程なくして、四人は由代が見つけたという、鳥居の下に立っていた。
柱の朱はあちこちはげ落ちて、雪で包まれている。
かつては賑わったのだろうが、今ではただ沈黙の元にある、人気のない階段を見上げる。
「……来る前から思ってたんですけれど、こういう場所って、その……何かいそうですよね」
 呟いたのは、七重だ。
「何かですって? 何、何、何がいるっていうの?」
 ウラが初めて目を輝かせた。
「いえ、……なんでもありません」
 七重はそんなウラの視線から逃れるように階段を上り、小さなため息をつく。
吐く息が、たちまち白く染まっていく。
由代が小さく笑った。
「狐狸の類いがいるかもしれないね。新年早々、化かされないよう、気をつけて」

 階段は見た目よりは斜面もキツくはなく、積もった雪はさらさらとしていて、凍りついてもいなかった。
由代とデリクが前に立って雪をどけながら、ゆっくりと一段一段進んでいく。
ウラはひっきりなしに周囲の状態を見やり、”何か”が出てこないかしらと、目を爛々と輝かせている。
七重は由代とデリクの手伝いをしつつ、着こんできたコートの襟元を時々しめなおし、終わることなく雪を降らせ続けている灰色の空を仰ぎ見た。
「尾神君、大丈夫かい?」
 時折、由代がそうやって言葉をかける。
「結構着こんできたので、多少は大丈夫です」
 暗紅色の目を由代に向けて、七重は大きく首を動かしてみせた。
「たくさん食べなイと、大きく強くなれませんヨォ? ……おっと、もう着きましたネ」
 デリクがそう告げて、階段の頂上に積もった雪を踏みしめた。

 しぃんと静まりかえった、雪景色。
その中であまり大きくはない祠が、静かに四人を出迎えた。
撤去されてしまったのか、あるべきはずの狐の像が見当たらないことを外せば、そこはごく普通の社だった。

「じゃあ僕は掃除をします」
 七重の靴底が、汚れ一つない真白な雪を、きゅっと音を立てて踏みしめる。
リュックを降ろして、その中から掃除をするための道具をいくつか取り出している。
「僕とデリクは雪かきをしてから、掃除を手伝うよ。雪に埋もれたままじゃ、祭神もたまったものではないだろうからね」
 由代がそう言えば、デリクは大袈裟な仕草で首を振った。
「見事なまでの雪かき要員デス。これハ後で何かしらご馳走してもらわないト、割にあいませんネ」
「あたしは雪だるまを作ってるから、準備が出来たら声かけてちょうだい」
 ウラが手袋をつけなおしてにっこりと笑う。
「おや? ウラ君はこんな場所には興味なかったのではないのかな?」
 由代がくつりと微笑する。
「あら、誰もお参りしないとは言ってないわ。こんなさみしい場所までわざわざ来たんだもの。せっかくだからお参りくらいしていくわ」
 悪びれもせずに、ウラが言葉を返す。
「確かにね」
 愉快そうに、由代が笑った。

 滞りなく雪や祠の掃除が終わり、ウラが三つ目の大きな雪だるまを作り終えた頃。

 さくり、と小さな音を立てて、父親と、父親に手を引かれた小さな男の子が階段を上ってきた。

「――――おや、これはめずらしい……参拝客がいるとは」
 四十代と見うけられる男は、そう口にして、祠の前の四人を順に見やった。
「階段の雪がどけてあったので、まさかとは思ったのですが。……この辺にお住まいで?」
 そう述べつつ祠に歩み寄る男の手には、日本酒の瓶が握られている。
「いえ、近くはありまセンが」
 デリクが答えると、男は小さく頷いて、古びた祠の前に日本酒の瓶を供え置いた。
「……こんなに綺麗にしてもらえるなんて。……ありがたい事ですね」
 感嘆の息を吐いて、男は静かに目を閉じる。
その横では、子供が同じようにして目を閉じ、手を合わせている。
「ここに関係する方ですか?」
 七重が訊ねると男はゆっくりと顔を持ち上げて、曖昧な笑みを浮かべた。
「昔はこの近くに居をかまえていたのですけれども」
 吐く息が白く染まる。
「今は少し離れた場所に、居をかまえています」

 七重が持ってきた蝋燭と飾り、お神酒いれのお銚子などを祠に飾り、古びた賽銭箱を覗きこむ。
「……サイセンを投げたりはしないのよね?」
 どこか不安そうな表情のウラに、デリクが困ったような笑みを作った。
「賽銭のあるなしハ、信心に関わらずとは思いますけどネ」
「あたし神様なんか信じてないわよ」
 しれっと言い放つウラの横で、七重が黙々と賽銭を放り投げて拍手を打つ。
「五十五円が良いって言うね。尾神君もそうしたの?」
 一礼し終えた七重に向けて由代が言葉をかけた。
七重は静かに頷き、そのまま視線をウラへと向ける。
「五十にご縁がありますようにっていう意味があるんですよ」
 そう言葉をかけて、持っていた五十五円をウラに渡す。
「そのくらい、あたしだって知ってるわ」
 そっぽを向いてしまったウラの肩を、デリクが軽く叩いた。
「こういうのは縁起担ぎみたいなモンだとは思いますけどネ。ウラももっと友達が欲しいでショウ?」
 穏やかに微笑むデリクに、ウラは小さな嘆息を一つつき、七重が差し出した賽銭を受け取った。
「――分かったわ。デリクって案外こういうコト好きよね」
 放り投げた賽銭が、小さな音を鳴らして箱の中へと落ちていった。

「それはそうと、良かったら一緒にお神酒をいただきませんか? 風除けがないのが、少々辛いところですが」
 帰ろうとしていた父子を、由代がそっと呼び止めた。
「そうよ、せっかくだもの。あたし手作りのオセチだってあるのよ!」
 ドカーンと差し出されたのは、車中で出した、あのお重だ。
「……黒豆と栗きんとんが目立ちますけどもね」
 七重が少しげんなりとした顔をする。
何よ不満なのと言葉を投げつつ、ウラが七重を睨みつけた。
「量はともかく、味は保証しますヨ。用件だけ済ませて帰るのも、なんだか素っ気ないですしネ」
 ウラを宥めるように、デリクが告げた。
「そう……そうですね、では、少しだけ」
 子供の表情を確かめて、男が穏やかに笑った。

 父子をいれての席は、社の屋根の下で行われた。
「昔はこの奥で、神楽なども奉納されていたんですよ」
 男が懐かしそうに目を細める。
「さぞかし賑わっていたんでしょうね」
 由代が男の目を見据えると、男はほのかに笑い、頷いた。
「今ほど便利ではなかった時代などは、近くの子供達の遊び場でもありました。今もこうして目を閉じれば、あの時の光景が浮かびますよ」
 男はそう続けてゆったりと目を閉じる。
その言葉に誘われるように、社の奥へと目をやれば、聞こえるはずのない笛の音が、聞こえてくるような気がした。
「あなたハ長くこの辺で暮らしてらっしゃル?」
 お神酒を口に運びつつ、デリクが首を傾げた。
ウラと七重、それに男の子供の三人は、舐める程度のお神酒しか与えられず、ひたすらに重をつついている。
雪は止み、風も凪いだ。
お神酒のためか、体も適度に温まる。
「そうですね……自分は生まれた時から、ここの住人でしたから」
 お神酒を口に運び、男は頬を緩めた。

「どう、あたしが作ったクロマメは。美味しいでしょ?」
 黙々と黒豆を口に運んでいる子供を見やり、ウラは満足そうに微笑んだ。
それからどこか勝ち誇ったような視線を七重に向けたが、七重はやはり黙々と栗きんとんを食している。
「張り合いがなくてつまらない人ね。この昆布巻きも特製なのよ。自信作だから、がんがん食べるといいわ」
 子供にそう話しかけると、子供はつぶらな目でウラを眺め、消え入るようなかすかな声で「うん」と返した。
小学校就学前くらいだろうか。あどけなさの残る、可愛らしい顔立ちをしている。
「……君、この近くに住んでいるの?」
 七重が問うと、子供は小さく頷いて口を開けた。
「父ちゃんと二人で、住んでるよ」
「父ちゃん? パパとかいう言い方じゃないのね? なんだか可愛らしいわ!」
 両手で口許を押さえつつ、ウラがクヒヒと笑う。
「そう。……この辺はいつもたくさん積もるのかな?」
 昆布巻きを口に運びながら子供を見やる。
子供は七重の問いかけに嬉しそうに微笑み、空を見上げて頷いた。
「ぼく、雪って好きなんだ。春も夏も秋も好き。どれもうんときれいだよ」
 それは七重の問いかけに対する答えとしては、適切なものではなかったけれど。
「そっか」
 小首を傾げて七重は小さな笑みを作る。
ウラは力任せに子供を抱き締めていた。


 帰路につくことになった父子に手を振り、四人はしばしその場に立ち尽くしていた。
止んだ雪は再びはらはらと舞いだし、綺麗にどけた雪の上に、音もなくちらほらと積もり出していた。
「……僕らも帰ろうか」
 由代が告げる。
「そうね。すっかり冷えちゃったわ」
 我先にと歩き出したウラが、階段のそばまで寄っていって、ふと足を止めた。
「どうしました、ウラ?」
 不審に思ったデリクが、急ぎ駆け寄る。
「……オヤ」
 駈け寄っていって階段下を眺めたデリクが、ウラ同様に足を止めた。
「ホラ、見てくださイ」
 振り向き、由代と七重を手招く。
由代は七重に目をやって視線を合わせ、少しだけ肩をすくめてみせたが、
「何かでたのかい?」
 興味深げに頬を緩ませて、デリクの横へ歩み寄った。
それに従うように七重も歩き、ウラの背中ごしに階段下に目を向ける。
「あれは」
 七重の口許にかすかな微笑が浮かぶ。

 階段をゆっくりと下りていくのは、連れだった親子の狐の姿。
子供の狐は何度も降り返っては階段上の四人を見やり、目をぱちくりさせている。
親の狐は子供狐ほどは振り返らなかったが、階段をすっかり下りてしまったところで足を止め、一度大きく振り向いた。
そして大きくかぶりを振り――それはまるで、自分達を見ている四人に挨拶をしているかのようだった。

「あれハ親子の狐だったんデスねェ」
 デリクがコートの襟を正しながら、にまりと笑った。
「そのようだね」
 由代も意味ありげに頬を緩める。
「二人とも、気がついていなかったの?」
 意外だと言いたげに、ウラが二人を順に見やる。
ウラの視線に、由代とデリクは言葉なく肩をすくめ、
「我々も帰ろう」
 と告げた。

 階段を下りていく三人を見やり、七重はちらりと振り返って祠を確かめた。
「……そういえば、狐の像がないんですよね……」
 思いついたように呟くと、それを受けて由代が言葉を返す。
「自分達が元住んでいた場所が、時折懐かしく思えるということは、誰しもある事だと思うよ」
 穏やかに笑って目を細める。
「僕らも帰ろうじゃないか。僕らの住む場所に」




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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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【2839 / 城ヶ崎・由代 / 男性 / 42歳 / 魔術師】

【2557 / 尾神・七重 / 男性 / 14歳 / 中学生】
【3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【3432 / デリク・オーロフ / 男性 / 31歳 / 魔術師】

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■         ライター通信          ■
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いつもお世話様でございます。
今回このノベルを手掛けさせていただきました、高遠と申します。

「何」が出るとかそういう指定はありませんでしたので、今回は単純思考で狐を出してみました。
ほのぼのとした空気を目指してみましたが、お気に召しましたら幸いです。
余談ではありますが、今回のノベルの雰囲気は、とある童話の雰囲気を目指してもみました。
内容的には全く似通っていませんが……。
(正月らしくないノベルだという噂もありますが、それはそれとして……)

ご発注ありがとうございました。
相関・口調など、もし問題があるようでしたら、遠慮なくお申し付けください。