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鍋をしよう8 ―おせちもいいけどお鍋もね―
●オープニング【0】
2005年1月1日。……要するに元旦である。
草間興信所の所長・草間武彦はソファに座って、差し入れのおせち料理に舌鼓を打っていた。
「これを食うと、正月だって気分になるよな……」
しみじみとつぶやく草間。まあ年々正月らしさが失われているような気がする昨今、このような伝統的料理は貴重であるのかもしれない。
「けど、おせちもすぐ飽きるんだよな。何かこう、こってりした物とか、さっぱりした物とかが食べたくなるっていうのか」
どっちやねんと突っ込みを入れたくもなるが、草間の言うことも一理ある。ちょこっと食べる分にはいいのだが、食べ続けていると飽きてくるのだ。
「だったらお鍋ですよね」
草間のつぶやきが聞こえたのか、草間零がひょっこりと台所から顔を出して言った。
「ちょっと待て。……何で鍋なんだ?」
眉間にしわを寄せ、草間がやや語気強く零に問うた。
「え? おせちに飽きたらお鍋をするんだって教えてもらったんですけど……」
「誰だっ、そんなこと教えたのはっ!!」
はてさて、誰が教えたのやら。
1年の計は元旦にあり。果たして今年はどうなるのか。
さあ、噂の鍋で1年を占ってみませんか?
●新年早々、鍋に魅かれる人々【1】
「ふぅ〜ん。こってりさっぱり、ね」
せっかくの正月、和服姿でやってきていたシュライン・エマは、割烹着を羽織りながら冷ややかな視線を送っていた。草間は決してシュラインの方を向かず、酒をちびちびと飲んでいる。件のおせちを誰が差し入れたのか、一目瞭然である。
「なら、1人果物チョコフォンデュ……する?」
「ごほっ!!」
シュラインの言葉に草間が咳き込んだ。
「……俺が悪かった。正月にそれも嫌だ」
「なぁんて、ね。それは別の機会に」
くすっと笑って、零の居る台所へ入ってゆくシュライン。草間はやれやれといった様子で、また酒に口をつけた。
「草間っ、あけましておめでと〜っ!!」
その時だった。勢いよく玄関の扉が開き、紋付袴姿の双子が入ってきたのは。守崎啓斗・守崎北斗の2人である。ちなみに今挨拶をしたのは弟である北斗の方だ。
「…………」
草間は2人の姿を見て、目をぱちくりとさせていた。やがてすくっとソファから立ち上がり、おもむろに窓を開いて空を見た。
「……何をしてる、草間」
啓斗が草間の行動を訝しんだ。
「いや、お前たちが揃って玄関から入ってくるなんて、珍しいこともあるもんだな、と」
しれっと言い、またしても空を見上げる草間。
「雪降るんじゃないだろうな」
「ひっでーな、俺たちだってやる時はやるんだぜ?」
しょうがないなといった仕草を見せ、北斗が草間に言い返した。
「だったら最初からやれ」
はい、ごもっとも。
「まー、そんなことはいいや。鍋するんだろ、草間っ。なべなべ〜♪」
北斗はさらりと話題を変えた。一瞬『馬耳東風』なんて言葉が浮かんだのは気のせいだ。
「去年あった時は参加出来なかったからな。しかし……」
啓斗はおせちに視線をやり、ふうと溜息を吐いた。
「鍋におせち投入か。チャレンジャーだな……」
「えっ、おせちを鍋に放り込むのかっ?」
さすがは双子、啓斗のつぶやきに反応する北斗の速度は早かった。すぐさまおせちのお重をつかむ北斗。
「よっしゃ、手伝う! 鍋はどこだっ」
「待ていっ!! 入れるなっ!!」
草間が北斗に突っ込みを入れた。止められて当たり前である。
「北斗。栗きんとんだけはやめとこうな? 後でデザートにすればいいんだから。ああ、黒豆もダメだな」
「お前もだっ!! おせちを鍋に入れる奴がどこに居るっ!!」
返す刀で、啓斗にも突っ込みを入れる草間。
「なーんだ、草間。新年になったことだし、新しい味覚の冒険でもすんのかと思ってたのに」
北斗がつまらなさそうに言うが、草間としてはそういう冒険はごめんこうむりたい所だろう。草間武彦――鍋に関してはがちがちの保守派である。
「……おせち、食べたいんなら食べていいぞ」
「あ、いいの?」
草間の言葉に、北斗が目を輝かせにぱっと笑顔を見せた。いやはや、食い意地の張り方はお見事である。
「新年になっても、相変わらず賑やかだな」
玄関の方から、新たな声が聞こえてきた。真名神慶悟が新年の挨拶回りにやってきたのだ。少し酒の匂いがするのは、ここに来るまでに多少なりともご馳走になってきたのであろう。
「ああ、あけましておめでとう。何だ、この2人みたくさっそく話を聞き付けてきたのか?」
「む?」
啓斗と北斗を交互に指差した草間に対し、慶悟が怪訝な表情を見せた。
「これから鍋するから、来たんだろ?」
草間がそう言った瞬間、慶悟が眉をひそめた。
「……今年の占いは凶と出たか。新年早々、鍋をやることになっているとはな」
明後日の方を向き、どこか遠くを見る慶悟。いくら何でも新年からすぐに鍋とは、思ってもみなかったらしい。
と、そんな背中に勢いよくぶつかってきた者が居た。慶悟が軽く体勢を崩した。
「きゃーっ☆ 真名神さん、あけましておめでとーっ☆」
……この声だけで誰だか分かる。正月であってもゴスロリ金髪縦巻ロール姿の由比那織である。那織は草間たちにも挨拶をした後、物凄く楽しみにした様子でこう言った。
「那織ちょー鍋とか大好きー☆ みんなでぇー、仲良くぅー、美味しい物を食べるってぇー……うんっ、楽しくっていーよねぇー♪」
こぶし2つを口元に当て、『えへっ☆』と笑う那織。いやあ、なかなか破壊力ある可愛らしい仕草である。
「美味しい物だったらな」
「ねー、真名神さんもそう思うでしょー?」
ぐいと腕をつかみ、那織は慶悟に問いかけた。草間のつぶやきなど、きっと聞こえていなかったに違いない。
「……見極めるためにも、避ける訳には行くまい」
小さく息を吐く慶悟。どうやら心の中であれこれと考えていた模様である。先程のつぶやきも含め鑑みるに、今年1年の運勢をこの鍋に託すつもりかもしれない。
「あの……あけましておめでとうございます」
そこへ、開けっ放しになっていた扉から、ひょっこりと顔を出した少女が居た。志神みかねである。
みかねは大きな袋を抱えて中へ入ってきた。当然、袋が皆の目につかないはずがない。
「何持ってきたんだ?」
「みかんです。それと、ちりめんじゃこを」
みかんとちりめんじゃこ、何だか脈絡のない組み合わせだ。
「その、お歳暮でたくさんもらったからって……」
なるほど、最後まで言わなくても分かる。家だけでは処理し切れないから、母親辺りに大量に持たされたということだろう。
「腐らせるのももったいないからなあ。大量にみかんあると、ほんと大変なんだよな」
苦笑する草間。
「あっ、俺食べるっ♪」
みかんと聞いて、すぐさま手を上げる北斗。いや、あなた今、おせち食べてませんか?
「……ダメだろ、北斗」
するとさすがは兄、啓斗が北斗を窘めた。
「みかんはデザートだ」
いやいやいやいやいや、前言撤回。ピントがずれてました。
「あら……あなたもたくさんもらったの……?」
扉の方からまた新たに女性の声が聞こえてきた。中の会話が漏れ聞こえていたのだろう、コートやらマフラーやらで完全防寒した巳主神冴那が、ゆっくりと扉を開いて中へ入ってきた。
しかし――中に居た者たちは、我が目を一瞬疑った。何故なら冴那は、新巻鮭を背に担いでいたからだ。それも……7尾。
「あー……熊か?」
言葉に困ったか、とんでもないことを口走る草間。だが冴那は怒ったりすることもなく、淡々と経緯を説明し始めた。何でも、お歳暮やら知人からやら福引きやら福袋やらで、あれよあれよという間に7尾も手元に来てしまったのだという。
「新巻鮭ばかり……7匹も。でも、7って縁起がいい数字みたいね……。それはそれでよいのかしらね……?」
7はラッキーセブンなどというくらいだから、まあ縁起のいい数字であるだろう。8だったら8で末広がりでまたよい訳で。
「でも……こんなには要らない……わよね?」
当たり前である。新巻鮭なんて下手すれば1尾でも持て余す場合があるのに、7尾ともなると言わずもがなだ。
「さて、どうしたもんかなあ……」
7尾の新巻鮭には、草間も困ってしまった。だがすぐに、北斗と慶悟を交互に見た。
「ま、何とかなるか」
どういう意味かは推して知るべし。
「あら……たくさんの人ね」
千客万来、またしても来客があった。今度はさらさらとした黒髪の女性である。
「あけましておめでとうございます、草間さん。いつもうちの人が『大変』お世話になっております」
にっこりと微笑み、その女性――藤井せりなは草間に新年の挨拶をした。『大変』の部分が妙に意味深であるが……深く考えてはいけないのだろう、たぶん。
「あー、いや……こっちこそ世話になっていて」
慌てて草間が頭を下げる。
「今日のこれは……」
「みんなでお鍋するんですぅー☆」
せりなが尋ねようとした瞬間、那織が言った。
「あら? お鍋? 確かに……おせちには飽きてきた頃かしらね」
くすりと微笑むせりな。あの、せりなさん。まだ今日は1月1日なので……。
「零ちゃん、土鍋運んでくれるかしら?」
「はいっ」
シュラインと零の会話が台所から聞こえてきた。そして、土鍋を抱えた零が台所から出てくる。
「あ……」
きょろきょろと皆の顔を見回す零。台所に居る間に、こんなに人が来ていたのなら戸惑っても仕方がない。
「あけましておめでとうございます」
零がぺこりと頭を下げた。皆も零に口々に挨拶を返した。それから少し遅れて――また扉の方から声が聞こえてきた。
「あけましておめでとうございます」
扉越しに聞こえる礼儀正しい男性の声。開けて入ってきたのは、新年の挨拶にやってきたモーリス・ラジアルであった。
モーリスが入ってすぐ目についたのは、零が抱えていた土鍋であった。
「鍋ですか」
「鍋だ」
非常にシンプルなモーリスと草間のやり取り。進化すれば、世界一短い手紙のやり取りにも負けないのではなかろうか。
「……鍋料理ってあまり食べないのですよね」
少し思案してからモーリスが言った。
「どうしてだ?」
「主人が、熱い料理が苦手ですので。どうしても洋食が多くなるんです」
「ああ。確かに、鍋ってイメージはないな」
モーリスの仕える主人のことを頭に思い浮かべ、苦笑する草間。その間にモーリスの視線は、北斗が舌鼓を打っているおせちのお重に向いていた。
「おせちだと、主婦のお疲れをねぎらうためもあって、三が日はおせちで過ごすのでしたっけ……」
「最近はそうでもなくなってきたようだけど、本来の意味はそうね」
モーリスの若干うろ覚えの知識に対し、せりなが補足をした。おせち料理がなるべく日持ちするように構成されているのは、正月の間は女性を休養させようという意味合いがあるからなのだ。
「おせチ料理……セち辛イ料理……」
と、そんな会話が交わされていると、扉の方から低い声が聞こえてきた。そして、ぎぎぃ……と扉を開けて声の主である少女、戸隠ソネ子が大きな袋――時折袋の中で何か動いているようだが――を引きずって入ってきた。とても長い黒髪のあちこちに、何故か木の葉をつけ。おまけに、身体からはほのかに潮の香りまでしていた。
「……あー……。あのな……何してきた?」
どこから突っ込むべきか悩んだようだが、ややあって草間がソネ子に尋ねた。
「……食材……用意……トリドシ……」
淡々と答えるソネ子。しかし、どういう食材を用意したら、木の葉がついたり潮の香りがするというのだろうか。
「まあいい、それよりも風呂入ってこい。新年早々それだと、さすがになあ……」
草間がソネ子に風呂を勧めた。こくんと頷き、ソネ子が風呂場へと向かう。が、途中で不意に足を止めてこうつぶやいた。
「外……オンナのコ……震えテタ……」
「は?」
草間にそれだけ言うと、また風呂場へと歩いてゆくソネ子。草間は外に出て、左右を見た。するとどうだろう、物陰にしゃがみ込んでいる銀髪の少女が居たではないか。
ソネ子が言った通り、少女はぶるぶると震えている。見た所、寒さで震えている訳ではなさそうなのだが……?
「おい、そこで何してるんだ?」
草間としては、優しく問いかけたつもりであった。けれども少女――クリスティアラ・ファラットにとってはそうは聞こえなかったようである。激しくびくっとすると、すぐさま草間の方に振り返り、目に大粒の涙をためてこう言ったのだ。
「あ……ええと……た、食べないでくださいね」
「……はあ……?」
唖然とする草間。クリスティアラの言葉は、本人にどういう意図があったか分からないが、普通に聞いた限りでは非常に誤解を招く言葉であった。
それでもおどおど怯えるクリスティアラをなだめつつ、よくよく草間が話を聞いてみると、クリスティアラもまた鍋の話を聞いてやってきたとのことであった。
クリスティアラを中へ招き入れる草間。かくして、新年早々より総勢13人による鍋パーティが開かれることとなったのだった。
●シュライン先生のワンポイントレッスン【2】
「備品移動よし。お薬よし。バケツよし。食器よし」
台所で、シュラインがあれこれと指差し確認していた。何度も鍋パーティをしているからか、食材以外のことの準備もかなり手慣れたものであった。
「避難経路もよし」
まあ『避難経路』という言葉がごくごく自然に出てくる所が、ちと悲しくあるのだが。それは言ってはゆけないお約束。
「鍋かぁ……ふ……」
あ、何か急に遠い目になってるし。前回の惨状を思い出してしまったのだろうか。
「すみません。手伝ってもらって……」
「いいんです。せっかくだから、私も覚えたいですし」
その隣では、みかねが零と一緒にきゅうりの酢の物を作っていた。もちろんちりめんじゃこはたっぷりだ。酒飲みも居ることだし、ちょっとしたおつまみにもなっていいかもしれない。
「……あの……」
ふと気付くと、おどおどとクリスティアラが台所を覗いていた。シュラインがクリスティアラに声をかけた。
「あら、どうしたの?」
「教えていただいても……いいですか?」
そう言って、こそこそと台所に入ってくるクリスティアラ。
「それはいいけど。でも、何をかしら?」
「ええと、『調理』や『料理』についてを」
それを聞き、シュラインが目をぱちくりさせた。そして、じーっとクリスティアラの顔を見る。
(どこかのお嬢様なのかしら。そういえば、どことなく上品さがあるような)
「な、何ですか」
目を潤ませクリスティアラが言うと、シュラインははっと我に返った。
「あ、ううん。何でもないわ。調理と料理についてよね。ちょうどいいわ、あれを見て」
シュラインがみかねたちの手元を指差した。ちょうど切ったきゅうりとちりめんじゃこを、酢で和えている所だった。
「えっ、動物とか植物を食べるんですか? ……原始的な食生活なんですね」
驚きつぶやくクリスティアラ。またしてもシュラインが顔を見た。
(お嬢様……?)
「な、何ですか」
シュラインが首を傾げると、またまたクリスティアラが目を潤ませる。
「何でもないわ。そうね、どっちも意味としては同じようなものだけど、料理の方は出来上がった食べ物のことも差すわね。ああしてお酢で和えるだけでも、立派な料理なのよ」
そうシュラインが説明すると、クリスティアラはうんうんと頷いて聞いていた。それに続き、クリスティアラは『鍋』についての材料のことも質問をした。普通の材料であればスーパーに行けば手に入る、シュラインもそのように説明した。
「ス、スーパーですね、分かりました。実践してこようと思います」
クリスティアラはそう言って、台所を出ていった。……何か悲痛な表情に見えたのは気のせいだったろうか。
「出来ましたっ!」
みかねが両手のこぶしをバンザイするように突き上げた。見れば、ボウル山盛りにきゅうりの酢の物が出来ていた。
「でも……まだまだありますね」
ちりめんじゃこの袋に目をやる零。それなりに使ったはずなのに、袋の中にはたっぷりとちりめんじゃこが残っていた。
●いじけモード、草間さん【3】
一方ソファの辺りでは、草間たちがおせちのお重を囲んでいた。みかんに1個手を出した啓斗、まだおせちを食べている北斗、那織からお酌をしてもらい酒を飲んでいる慶悟、ともかく酒を飲む草間……鍋パーティが始まる前に、まったりとした空気が形成されようとしていた。
「そんなに飽きるもんかねー?」
「あ?」
北斗のつぶやきに、草間が反応した。
「俺全然飽きねぇけど、これ。美味しいじゃん」
「……年を取ったら分かるさ」
何か自虐的なこと言ってます、草間さん。
「あっ、那織分かったー☆ きっと若いと飽きないのよねー☆」
ぽむと手を叩き、頭に浮かんだ考えを口にする那織。見えない矢が、草間にぐさぐさと刺さったような気がした。
「そうか……つまり、草間は若くないんだな」
草間と那織の発言を受けて、啓斗がさらりと言う。またしても見えない矢が、草間にざくざく刺さったような気がした。
「しかし、年の功という。年月を経るというのは、悪いことばかりではない。陰陽においてもまた同じ。草間、気にすることはないだろう」
慶悟がやや肯定的な意見を口にしたが、その時はもう草間は明後日の方を向いて、ぶつぶつと文句を言っていた。
「ああそうだよ、俺はもう若くないさ……『お兄さん』じゃなく『おじさん』なんだよ……ふっ……」
新年早々、いじけてどうしますか、草間さん。
「はい、年齢のお話はそのくらいにしましょ。ほら草間さん、いじけてるじゃないですか」
鍋の準備を中断して、にこにことせりなが皆に言った。まあそれはそれとして、どうして背中からちらちらとハリセンのような白い物体が見えているんでしょうか、せりなさん。
「気分直しに、ワインなどいかがですか」
いつの間に用意していたのか、モーリスがワインを手にすっと草間のそばへ来ていた。もちろんワイングラスもセットである。
「ああ。今日は浴びるほど飲んでやる。肝臓いじめて、そのまま沈んでやる」
……草間、いじけモード継続中。
「武彦さん、それで入院でもしたらどうするのよ。零ちゃん1人きりにするつもり?」
台所からシュラインが出てきた。みかねと零も後に続く。それと入れ替わるように、冴那が台所へ入っていった。あの新巻鮭を担いで。
「入院シテ……手遅レだっタラ……ドウするノ……?」
風呂上がり、ソネ子が着替えも済ませて戻ってきた。黒い着物姿なのは、ソネ子らしいといえばソネ子らしい。何気にブラックなことを言っているのも、ソネ子らしい。
「分かったよ。程々に飲めばいいんだろ。たく、新年早々責められるのか、俺は」
「そういえば、『1年の計は元旦にあり』って言うよなぁ」
北斗がごく自然に言った。とすると、今年の草間は皆から責められることの多い1年になるのだろうか?
「……あれ? 何か焦げ臭い匂いしませんか?」
台所の近くに居たみかねがふと、漂ってきた匂いに気付いた。そして台所の方を振り返ると――何と、新巻鮭が燃えていた。
「あーっ、燃えてます、燃えてますっ!!」
「大変っ!!」
台所へ駆け込むみかねと零。慌てて新巻鮭の消火に務め、1分もしないうちに火を消すことが出来たのだった。
「炙っていただけなのよ……?」
冴那が不思議そうに言った。どうやら冴那さん、ちょっと無茶しちゃったようです、はい。
だがそんなのは序の口。ぶちっとかいう豪快な音が聞こえてきたり、だんっとかいう包丁をまな板に叩き付けるような音が聞こえてきたり、何か形容に困る妙な匂いが漂ってきたり……冴那が台所にこもっている間、ちょっとしたラボではないかと思えるほどであった。
ところで――出かけていったクリスティアラであるが、あまりに帰りが遅いので零が探しに出かけた。そして、路地裏で震えながら泣いているクリスティアラを見付けて連れて帰ってきた。何でも、人がいっぱいで恐くなってしまったのだとか。それでも野菜類など、鍋の材料をいくつか買ってきていたのは立派であろう。
さあ、いよいよ鍋パーティだ。
●鍋・鍋・鍋!【4】
ぐつぐつと鍋の中の具が煮えていた。総勢13人に対して、土鍋の数は4つ。およそ3人に1つの計算だ。
一番奥に座るのは、もちろん草間である。草間から見て右側に座るのは草間に近い方からシュライン、零、みかね、モーリス、啓斗、クリスティアラという並びだ。反対に左側に座っているのは、草間に近い方から慶悟、那織、ソネ子、冴那、北斗、せりなといった並びであった。
テーブルの上にあるのは土鍋だけではない。みかねがせっせと作っていたきゅうりの酢の物も、小鉢に分けられて並べられていた。ちなみになくなったら、セルフでボウルからまた入れるというシステムが採用されることとなった。それだけたくさん作ったのである。
ところで、冴那が台所で作っていた(と本人は語る)新巻鮭の料理であるが、テーブルの上には何故か見当たらない。実は拒否権が発動されて、未だ台所に置かれたままなのだ。ただ、ぶつ切りにされた新巻鮭はテーブルにあるので、鍋の具となるであろうことは容易に想像がついた。
「コケーッ!!」
けたたましく鶏が鳴いた。そう、鶏の鳴き声だ。草間のデスクの上で、片足に紐を結わえ付けられた状態で走り回っているのだ。
鶏といっても、烏骨鶏とかそういうのではなく、ブロイラーだ。持ってきたのはソネ子である。……どっから持ってきたかは知らないが。
どうやらソネ子は鳥鍋にしようと思って持ってきたようだが、鶏もただで喰われる訳には行かない。袋から出た瞬間、猛ダッシュで事務所内を逃げ回ったのである。
ソネ子も髪の毛を振り乱し追いかけ回したが、先に慶悟が使役する式神によって確保されることとなった。結局草間の一声で鶏は鍋の具となることが回避され、その生命を繋ぐこととなった。
「……恨ンでやル……」
そう決まった時のソネ子の鶏に対する睨みとつぶやきは、非常に心情が込められていた。何せ、数秒ほど鶏が動きを止めたくらいだから。
「コケーッ!!」
またしても鳴く鶏。すると冴那のコートの中から、白い錦蛇の藤乃が顔を出した。しばしきょろきょろと辺りを見回した後、鶏をじーっと見つめる藤乃。
「あら……興味があるの……? 今年は酉年……鳥は美味しいわよね……丸呑みにも出来て。猿や羊とは大違い……」
藤乃の頭を優しく撫でながら、冴那がつぶやく。鶏、危うし!!
「草間。酒はいいのか?」
乾杯前の飲み物の準備中、慶悟が草間に尋ねた。
「何があるんだ」
「清酒、濁酒、焼酎、泡盛、梅酒……」
草間が聞き返すと、慶悟は指折り数えて答えた。
「待て。1人でそんなにどうやって持ってきた」
「十二神将に持たせた。得意先の挨拶回りで、ずいぶんと集まるからな」
なるほど、さすが陰陽師である。
「……じゃ、泡盛をくれ」
「古酒だとなおいいのだろうが、それは欲張りか。ともあれ、味は保証する」
慶悟はそう言い、草間のグラスに泡盛を注いだ。泡盛独特の香りが草間の鼻の奥を突く。
他の者たちも大人は酒やワインやビールをグラスに注ぎ、未成年者はジュースだったりモーリスが持ってきていた甘酒だったりをグラスに注いでいた。そして全員が飲み物を手にした所で、草間が改めて挨拶を始めた。
「まあ、何だ。去年も色々あったが……今年もよろしく頼む。じゃあ、乾杯」
「「「「かんぱーいっ!」」」
乾杯が始まり、飲み物に口をつけてから、いよいよ鍋を食べることとなった。
草間から一番近い土鍋は、醤油ベースで仕立てたきりたんぽ鍋となっていた。シュラインが下ごしらえ済みのきりたんぽを用意してきていたのである。一般的な具の他、レンコンと豚肉のすり身団子なんてのもあり、なかなか美味しそうだ。
「はい、零ちゃん。こっちは武彦さんね」
煮えた具を、せっせと零と草間のお椀に入れるシュライン。自分が食べるのが後回しなのは年が明けても変わらない様子である。
逆に草間から一番遠い土鍋は、せりなが仕切る豆乳鍋となっていた。にんじん、白菜、豚肉などなど、特別豪華な具が入っている訳ではないが、大豆パワーたっぷりでこれもまた美味しそうだった。
「よそってあげるわね」
せりなはにっこり笑ってクリスティアラのお椀を手に取ると、おたま(せりなの自前だ!)で器用に具を盛っていった。
「はい、どうぞ」
「あ……ありがとうござい、ます」
ぺこっと頭を下げ、恐る恐るお椀を受け取るクリスティアラ。そして1口食べる。
「どう?」
せりなが尋ねると、クリスティアラは両目を閉じてほう……っと息を吐き出してからこう答えた。
「温かい……ですね」
「鍋ですもの、温かいのは当然よ。どんどん食べてね」
くすくす笑うせりな。と、その時、北斗がせりなに話しかけた。
「これ入れていいかなぁ?」
そう言って北斗が差し出したのは、コンビニのおでんであった。あのー、何故これを?
「おでんも一応鍋もんだし」
そりゃまあそうなんですが、北斗さん。
しかし、せりなは少し思案こそすれ、豆乳鍋に入れることを許した。やはりオーソドックスなおでんの具だったのがよかったのかもしれない。
「練り物は大丈夫、うん」
おたまでひょいひょいコンビニのおでんを鍋に入れながら、1人つぶやくせりな。それを聞いて、啓斗が無言でかまぼこを出してきた。ベクトルは違うが、どこか似た系統の物を出してくるのは、やはり双子ゆえなのだろうか。
「……それも入れましょうか」
せりなは啓斗からかまぼこを笑って受け取った。
草間から2番目に近い土鍋は、ごく普通の水炊きとなっていた。何故かこの鍋は、みかねが管理していた。だがそのためかどうなのか、具も普通で何ら問題のない鍋となっていた。
(今日は普通に食べられてよかった……)
安堵し、にこにこと機嫌のよいみかね。しかし、みかねは気付いていなかった。現時点で主にこの鍋をつついているのは、みかね1人であることに。
その理由は、残る1つの土鍋にあった。この中で一番大きいその土鍋には、具がぎっしり隙間なく詰まっていた。というか、あふれんばかりだ。それも、ほとんどシーフードで。
具はムール貝にオマール海老、巨大はまぐり、巨大あわび、タカアシガニ、伊勢海老、新巻鮭、そして何故か長芋。あふれて当然と言わんばかりのラインナップだ。
この鍋には、モーリス・冴那・ソネ子が持ってきた食材を入れていた。そうしたらこういう状況に。さながらブイヤベースの様相を呈してきたような気がする。
さらにさらに、何とモーリスは白ワインをどばどばと鍋の中に入れてしまったではないかっ!!
「味付けにこうするのもいいかと思いまして」
平然とのたまうモーリス。けれども、冴那やソネ子からは異論が出ない。
「そうなの……? 料理って……奥が深いのね……。あたしは……そのまま飲むのがいいかしら……お酒」
冴那さん、何か感心してますし。
「……カイセンナベ……ヨウフウ……イイかモ……」
ソネ子もこれはこれでありと認識している模様。
で、実際食べる際にどうなったかというと――3人とも、平然と食べてました。とりあえずアルコール分は飛んでいるし、具が悪いということもない。なので、普通に食べられるのも当たり前なのかもしれない。
ソネ子と冴那が平然と食べている様子を見て、モーリスが少し残念そうにぼそっとつぶやいた。
「……普通に食べられるんですね……」
まていっ!! そのつぶやきはどういう意味かっ!?
●鍋のスターの悲劇【5】
「ああ、七味貸してくれないか」
きりたんぽ鍋を食べていた草間が、シュラインに七味とうがらしの入った容器を取ってもらおうとした。少しぴりっと利かせて味にアクセントを加えようというのだろう。
「はい、武彦さん」
七味の容器を手渡すシュライン。それと同時に、那織が席を立って酒の瓶を手に草間のそばにぺたんと座った。
「草間さーん、どうぞーっ♪」
にっこり微笑み、草間に酒を勧める那織。
「お、気が利くな」
草間は受け取った七味の容器を一旦テーブルの那織に程近い場所へ置くと、空になっていたコップを手に取った。那織がとくとくとコップに酒を注いでゆく。
そして、酒を注ぎ終わって蓋をした時である。
「きゃあっ!!」
酒の瓶を持ち替えた時にうっかりとしたのか、七味の容器にぶつけてしまったのだ。テーブル下へ転がり落ちる七味の容器。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! あーんっ、那織ったらドジーっ!!」
那織が慌てて七味の容器を拾う。
「ごめんなさい、草間さん。那織ドジっちゃって……」
小首を傾げた那織の目は潤んでいた。
「ああ、いい、いい。失敗なんか、誰でもあることだろ。気にするな」
「草間さん、優しいーっ♪」
そそくさと自分の席へ戻る那織。草間は酒を1口飲んでから、七味を自分のお椀に振りかけた。七味にしては、一味のような粉の赤さであった。
そして草間は、鍋の具を1口食べ――。
「!!!!!」
バネのごとき勢いで立ち上がった草間は、一目散に台所へ駆け込んだ。すぐに水道水が流れる音が聞こえてきた。
「た、武彦さん……大丈夫……?」
心配そうに台所を覗き込むシュライン。その一方で、慶悟が小声で那織に話しかけていた。
「摺り替えたか……?」
実は慶悟が見張りに立てていた十二神将のうちの1体が、那織の容器摺り替えの瞬間をしっかり目撃していたのである。
「えー? 那織分かんなぁーい?」
ふるふると頭を振る那織。いや、分かってるでしょう、那織さん。ちなみに何と摺り替えたかは推して知るべし。
●奇跡【6】
約1名(今更だが名を秘す)何やらとんでもない目に遭ったようだが、それ以外は特に何事もなく平穏に鍋パーティは進んでいった。
そして、最後はおじやで締めることになった。ただのおじやではない、啓斗がたっぷり持ってきた餅まで入ったボリューム満点のおじやである。
「よかったら使ってくださいっ!」
とても嬉しそうに、ちりめんじゃこの入った袋をテーブルの上に置くみかね。餅入りおじやに、ちりめんじゃこをパラパラっとかけて食べる……何ともたまらないものがある。
事実、ちりめんじゃこをかけた餅入りおじやはとても美味しかった。特に、豆乳鍋で作ったおじやはこくもあってなおよかった。
「新年最初の鍋は無事に終わったか。……奇跡だな」
おじやを食べ終え、草間がしみじみと言った。まさにそうだ、鍋パーティが無事に終わることなどまずないことなのだから。
この分なら今年1年、いいことがあるかもしれない。……ああ、そこの人。1年の運を今日だけで使い果たしたんじゃないかなんて、決して言わないように。というか、思っても言うな。
「おーい、鍋はどうだった?」
草間がクリスティアラに尋ねた。クリスティアラは少し考えてから、このように答えた。
「そうですね……『家族団らん』の『食事』は、とっても温かいのだと感じました……。来てみて、よかったような気がします」
笑顔を見せるクリスティアラ。ここに来て、初めて見せる笑顔であった。
「まあ……ある意味、家族みたいなもんだよな。こうなってくると。しかし、いい時に参加したなあ」
草間がニヤリと笑って言った。
かくして、今回の鍋パーティは過去最大の成功を収めたのであった。一同はみかねの持ってきたみかんを、お土産に持って帰ることとなった。もっとも、中には冴那の持ってきていた新巻鮭もお土産にした者が居るとか居ないとか――。
【鍋をしよう8 ―おせちもいいけどお鍋もね― 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
/ 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
/ 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
/ 女 / 15 / 見た目は都内の女子高生 】
【 2318 / モーリス・ラジアル(もーりす・らじある)
/ 男 / 27? / ガードナー・医師・調和者 】
【 3332 / 藤井・せりな(ふじい・せりな)
/ 女 / 45 / 主婦 】
【 3954 / クリスティアラ・ファラット(くりすてぃあら・ふぁらっと)
/ 女 / 15? / 力法術士(りきほうじゅつし) 】
【 3967 / 由比・那織(ゆい・なおり)
/ 美少女? / 20 / 喫茶店アルバイト 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全6場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい非常に申し訳ありませんでした。ここに、新年早々の噂の鍋パーティの模様をお届けいたします。今回、奇跡といっても過言ではないくらい、非常によい結果で鍋パーティを終えております。成功で終わったのは、いったいいつ以来のことでしょう……。
・今回成功で終わったのは、皆さんのプレイングが総合的にいい方向へ回ったのと、席順にあるかと高原は思います。席順が変わっていたら、結果もまた変動があったと思いますので。
・シュライン・エマさん、89度目のご参加ありがとうございます。鍋、無事成功で終わりましたね。1人の犠牲者も出すことなく終わりました、おめでとうございます。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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