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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


推定恋心 〜better half〜


 はぁ……と大きく息を吐くと、冷たく冴えた空気に白い靄が浮かんだ。
 靄を視線で追いかけると、澄んだ空に解けこんで消え、その空には宝石箱をひっくり返したように一面に星が瞬いている。
 空の狭い東京ですらこんなに星が見えるのだ故郷ではどれくらい星が見えていたのか一生懸命思い出そうとしたが、思い出したのは故郷の星空ではなく、何ヶ月か前に彼女と故郷に戻った時の場面ばかりだった。
 思い出しただけで頬が高潮し、ヨハネ・ミケーレ(よはね・みけーれ)は誰が見ているはずもないのだが周囲を確認してパンパンと音がするほど自分の頬を叩く。
―――な、何やってるんだ……
 自分の行動に少し自嘲的な問いかけをして、深呼吸を何度か繰り返した。
「ふぅ……」
 なんとか動悸を抑えたヨハネは後ろを振り返って自分の頭上より更に高い位置にある時計で時間を確認する。
 約束の時間まではまだ少しある。
 昼間の光景を思い出してヨハネはもう一度星空を眺めた。


■■■■■


 猫も杓子もクリスマス一色に染まる時期は信仰心の薄い日本人もカップルや家族、友達連れと様々な組み合わせで教会に訪れる。
 もちろんヨハネの教会も例に洩れず、毎年クリスマスイヴのミサにはオルガン演奏をバックに聖歌隊の歌う賛美歌が流れ、教会の中はキャンドルの灯火で敬虔な雰囲気を更に盛り上げる。
 去年はそのオルガン演奏をヨハネが担当していたのだが、人手不足のためオルガンの演奏を誰か他の人に頼めないかと言われた時に、真っ先に思い浮かんだのが彼女―――杉森みさき(すぎもり・みさき)だった。
 みさきはヨハネのお願いを快く引き受けてくれた 
「それで、あの……そのお礼って言うわけじゃないんですけど、ミサは夕方には終わるんです。その後良かったらコンサートに行きませんか?」
 ミサが終わるのが17時。
 忘れ物があるといったん家に帰ったみさきとコンサートの会場近くでの待ち合わせが18時30分。
 コンサートが19時開始で終わるのが大体2時間後―――その後軽くお茶をしてイルミネーションを見ながらツリーを見に行ってそして……と、ヨハネの頭の中ではタイムスケジュールを入念に組み立てる。


「――…ネ君! ヨハネ君!」


 すっかり予定を考える事に夢中になっていたヨハネは名前を呼ばれてようやく現実世界に引き戻された。
「みさきさん! えっと、その……こんばんは」
 唐突に現れたみさきにヨハネは動転して、思わずそんな言葉が口をついた。つい数時間前まで一緒だったにもかかわらず。
 そんなヨハネにみさきは小さく笑いながら、
「ヨハネ君、だいぶ待ってた?」
 首を傾げてヨハネの顔を覗きこむみさきに、ぶんぶんと力いっぱい首を横に振る。
「僕もさっき来たばっかりです」
 力説するヨハネの頬に不意に背伸びしてみさきが手を伸ばす。
「ウソ。こんなに冷たくなってる」
 確かにみさきの手が触れるまでヨハネの頬は北風に吹かれて冷たく冷え切っていた。
「ごめんね。外じゃなくて会場の中で待ち合わせれば良かったね」
 更にそう言って両頬をみさきの掌で暖められて白かった頬が一瞬にして紅潮する。
「もう大丈夫です。ほら、それよりみさきさん、そろそろ行かないと時間が」
「え? もうそんな時間?」
 見ると時計はいつの間にか開演10分前を指している。
「大変、急がないと!」
 そういうと、みさきはヨハネの腕を取って大通りを1本挟んだ向こう側にある会場へと続く横断歩道に向かった。


■■■■■


「すごく素敵だったね。ヨハネくんありがとう」
 みさきは喫茶店で向かいの席に座るヨハネに向かってそう言った。
 コンサート終了後。クリスマスイブだけあってやはりカップル連れが多く、女性だけでなく男性もフォーマルに近い服装の人で溢れかえるロビーを抜け、ヨハネの予定通りそのまま近くにある喫茶店に入った2人はようやく人心地ついていた。
 ロビーもそうだったが、この店の中に居るひとたちもどこかへ行った帰りなのかオシャレに着飾っている人が多い。ヨハネも今日は僧衣ではない。
 だがヨハネは今日見かけたどんな人よりも、隣に居るみさきのワンピース姿に目を奪われていた。
 なにせ会場に入ったのが開演直前で席に着くとすぐに演奏が始まったためしっかりとコートの下の服装までは見ていなかったのだ。
 とはいっても照明が完全に落ちるわけではないので時々ちらっと横目で見てはいたのだがいつの間にか演奏の方に夢中になってしまっていた。
 演奏に夢中になったのはヨハネだけでなくそれはみさきも同じ事ではあったのだが。
 ヨハネにとっては今日のコンサートも今のツリーへの誘いも実は相当勇気を振り絞っての誘いなのだが、それが判っているのかいないのか、みさきは無邪気な様子で今日のミサに参加した感想や先ほどのコンサートのどの曲が良かったとかを熱心にヨハネに語っている。
 勿論ヨハネはその話しを楽しんではいたが、ポケットのクリスマスプレゼントの箱に触れると気が気ではない。なぜなら、去年のクリスマスはちょっとしたアクシデントでせっかく用意したクリスマスプレゼントを紛失してしまったという経緯があるヨハネとしては今年は何としてもプレゼントをあげるのだと心に固く誓っていたのだ。
「ところでみさきさんまだ時間は大丈夫ですか?」
「うん」
「実はこの近くに大きなツリーがあるそうなんです。そこに行くまでの道もイルミネーションですごくキレイだって聞いて……もし良かったら、ちょっと見に行きませんか?」
 その誘いにみさきは大きく頷いた。


 店を出るといつの間にか空は雲に覆われて星は見えなくなっていた。
 だが、天上の星の代わりにイルミネーションがキラキラと光っている。
 時々足を止めてながらゆっくりとイルミネーションを見ながら歩く2人は、本人たちが―――特にみさきの方が―――どう思っているかは判らないが、周囲から見れば同じようにイルミネーションを眺めながら歩く恋人たちと同じ雰囲気を醸し出している。
 そうして、ようやくツリーの前に着いた時、みさきはその大きさに思わず感嘆の声を漏らした。
「すごいね、ヨハネ君」
 そう言ってみさきが同意を求めて後ろを振り向くと、ヨハネが妙に強張った顔をしている。
「……?」
 なんだか様子の違うヨハネにみさきは戸惑い、もう一度、
「ヨハネ君?」
と名前を呼んだ。
 すると、
「みさきさん! あの、これ」
と、ヨハネは緊張した面持ちでポケットからゆっくりと手を出してみさきの前で握っていた拳を開いた。
 いつの間にか降り出した雪の中で開かれたヨハネの掌には銀色の小さな羽根のついたリングが1つ。
 それは二つを合わせると一対の羽根になるというペアリングの片割れだった。
 それはステディリングの意味を持つペアリングなのだが、友人に薦められるまま買ったヨハネは当然そんな意味には気付いていない。
 ただ、この対のリングを見た時にヨハネはベター・ハーフという言葉とその意味を思い出した。
 元々男女は一体であり、その後、体が半分に分かれて、男と女になった。ベターハーフとはその自分の半身の事をあらわす。
 星の数ほど居る人たちの中でみさきと出会えたのは偶然なのか、それとも運命なのかはまだ判らない。でも、彼女が自分のベターハーフであると良いとそう思った。
「これ、みさに?」
 頷いてヨハネはみさきの手を取る。
 そして、その薬指にリングをそっとはめた。
「ヨハネ君、これどっちの手かわかってる?」
 珍しくみさきの方が顔を赤らめながらヨハネに問いかける。
「え? どっちって右の……あぁぁっ!!すいません、僕から見て右にはめていました」
 右手の薬指ではなく左の薬指にはめていたのに気付いてすぐにみさきに負けず劣らずヨハネは顔を赤面させた。
 汗をかきながら慌てて右手の指にはめ直すヨハネの姿にみさきが小さく噴出した。
 それを見て、ヨハネも笑い出す。
「びっくりちゃったけど……、でもみさちょっとどきどきしちゃった」
 ひとしきり2人で笑いあった後、みさきが持っていた少し大きめの紙袋をヨハネに渡した。
「これを忘れて取りに戻ってたの」
 促されて袋を開くとそこにはオフホワイトの温かそうなセーターが入っている。
「ヨハネ君、いつも黒い神父さんの服着てるでしょ?でもきっと白い服も似合うと思ったの」
 手編みじゃなくてごめんねというみさきにヨハネは少し俯きながら首を振る。
「ありがとうございます」
 そう言ってヨハネはセーターの入った袋をぎゅっと抱きしめた。


 帰り道、小さくくしゃみをしたみさきを見て、
「こうすれば寒くないでしょう?」
と、ヨハネは自分のコートを脱いでみさきの肩に掛けた。
「ダメだよ、ヨハネ君。ヨハネ君が風邪引いちゃう」
「大丈夫です。僕にはこれがありますから」
 そう言ってヨハネは早速身に着けたみさきから貰ったセーターの胸の辺りをそっと押さえる。身体よりもなによりも、今は心が温かい。
「で、でも。……あ!じゃあ、こうしよう」
 良い事を思いついたと言ってみさきは自分の肩に掛けられていたヨハネのコートの半分をヨハネの肩に掛ける。
「みさきさん」
「ね、半分こ」
 にこりと微笑まれてヨハネが異を唱えられるわけもなく……


 いつの間にか、雪は粉雪から大きな結晶へと変わっていた。
 大きな雪が舞い落ちる様はまるで空から天使の羽根が降るようで―――その中をヨハネとみさきは2人1つのコートに包まりながらゆっくりと帰路についた。