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花のかんばせ
大晦日の夜から降り出した雪は元日の朝には降り止み、陽が高く昇った今となっては路肩に幾許かの名残を残して消えてしまっていた。
そのことを少しばかり残念に思いながらも、羽角悠宇は隣にいる少女へと視線をむけた。着物の袂を気にしながら、今引いたばかりのおみくじを熱心に木の枝に括り付けている。普段は流したままの艶やかな長い髪を結い上げ、緋色の地に花手毬の文様の華やかな着物を身に纏った彼女は、贔屓目を抜きにしても綺麗だと思う。
悠宇は彼女──初瀬日和の制服姿や洋服姿はよく目にしていたが、和装を見たのは初めてだった。
4人兄妹の末っ子で、いつもどこか幼い雰囲気を漂わせている彼女が、そのせいだろうか、今日は随分と大人びて見える。
(それを口に出したりはしないけど)
悠宇の眼差しに気付いたのか、日和は視線を枝から悠宇の方へと向ける。
「どうかした?」
「あ……いや、混んでるなと思って」
普段と異なる彼女に覚えた戸惑いをごまかすように、悠宇は周囲へと視線を向けた。
黒山の人だかりというのは、まさにこのことだろう。
まるで満員電車の中にいるようだと思う。
老若男女、どの方向を見てもとにかく人、人、人。そして境内はその人数に相応しいざわめきに満ちている。
少し時間を置いたところでこの人出が緩和するとは思えず、仕方ないな、と悠宇は内心溜息をついた。
そして日和にすっと手を差し出す。
「日和、お参りしてこよう。……怪我しないように、な」
「あ、うん」
悠宇の顔とその手を交互に見やりながら、おずおずといった体で手を差し出すと、日和は照れたように少しはにかむ。
悠宇も笑顔を返しながら日和を庇うように本殿へと向って歩き出した。
するとあっという間に参拝客の壁に周囲を囲まれてしまう。
「……大丈夫か?」
時折かける声に、日和は平気と笑いながらも、着慣れない着物に歩きづらそうな草履、圧迫感のある人込みは辛いようで、視線が不安げに揺れる。
やっとのことで賽銭箱の近くまで到着し、押せ押せの周囲から日和をかばいながら、悠宇は五円玉を投げ入れた。
(どうか彼女が幸せでありますように)
一心にそれだけを願って顔を上げると日和は目を瞑り真剣な面持ちで手を合わせている。
その横顔を見つめながら、そうだ、と思う。
このあとの予定は特に決めてはいなかったのだが、揺れる簪と着物を見つめながら、『あそこ』に行こうと思う。
冬の間に一度は行きたいと思っていた場所。
それはとても良い考えのように悠宇には思えた。
「何をお願いしたんだ?」
鳥居へと向って歩を進めながら問いかけてくる悠宇に、日和は華やかな笑顔をむける。
「何だと思う?」
疑問に疑問で返された悠宇は首を小さく傾げながら、あさっての方向を見つめながらうーんと唸る。
「そうだな。チェロのコンクールでよい成績が残せますように、かな?」
「……近い、かな。もっとチェロが上達しますようにってお願いしたの」
そっか、と納得したように頷く悠宇の顔を見上げながら、日和は一層笑みを深くする。
「……ん? 何か俺の顔についてる?」
「ううん。何でもない」
首を左右に振りながら、日和は秘密と心のうちで呟く。
目を閉じて願いごとをしている悠宇の横顔を盗み見ながら、ずっといつまでも一緒にいられますようにと願ったことは、絶対に口には出さない。
「でも神様に願わなくてもその願いは叶うと思う」
「え?」
悠宇の言葉に自分の心の声が聞こえたのかと驚いて日和が聞き返すと、優しげな光をたたえた眼差しと視線がぶつかる。
「だって日和練習頑張ってるじゃないか。上達しないはずがないよ」
悠宇の衒(てら)いのない台詞に日和はほんのりと顔を赤らめ、うん、と頷く。
「今年も頑張る。有難う、悠宇」
「礼を言われるようなことは言ってないよ、俺。だけど無理はしすぎないようにな」
その言葉に日和は再び深く頷く。
「それで日和、この後なんだけど、どこか行きたいところはある?」
悠宇の言葉に日和は周囲を見回す。参道には屋台が立ち並び、香ばしい匂いを漂わせている。
「そうね、ちょっとくたびれちゃったから喫茶店にも行ってゆっくりしたい……かな。あ、でも別にどうしてもってわけじゃないけれど」
日和の視線の先にあるものに悠宇は小さく笑って、じゃあ、甘いものも食べに行こうな、と頷く。
「……悠宇はどこか行きたい所があるのね?」
「そう。ちょっと……つきあって欲しい場所があるんだ」
「どこに行くの?」
日和の当然ともいえるその問いに悠宇は笑う。
「それはついてからのお楽しみってことで」
そして1時間後。
日和と悠宇は常緑樹の並木が美しい、その植物園の入り口に立っていた。
「ねえ、悠宇。ここに何があるっていうの?」
訝しげな表情を浮かべる日和に悠宇は笑顔を向けるばかりだ。
「もうちょっとだから、我慢して」
「……その言い方、まるで私駄々っ子みたいじゃない」
軽く膨れて見せる日和に、悠宇はもとより日和自身も破顔する。
日和にとって元旦に植物園が開いていることも驚きだったが、行き交う人がまばらなりにもいることもまた不思議に思う。その表情が晴れがましいものであることも。
「良かった、日和、ちょっと顔色よくなったな」
「え? あ、うん。だってここ空気がおいしいから。……もしかして、私そんなに息苦しそうな表情をしてた?」
だから空気が綺麗なこの場所に連れてきたのか、そう問うと悠宇はちょっと違う、と小さく口元に笑みを残しながら緩く首を振った。
「この先を曲がればすぐに分かるよ。……喜んでくれると嬉しいな」
赤い花をつけた山茶花の生垣を横目に、蕾を付け始めた沈丁花の通りを抜けると悠宇は楽しげに笑う。
「一度冬の間にここに来てみたいって思ってたんだ。日和に見せたいと思っていたから」
そして開けた視界のその先に広がるのは──。
「あ……」
青く晴れた空を背景にして、道の両脇に並ぶ木々が一斉に薄紅の花を咲かせていた。
桜の花だった。
小振りではあるものの、可憐な八重の花が元旦の空に花開いている。
「悠宇、これを?」
日和の唇から零れた呟きに、悠宇は深く頷く。
「日和、桜好きなんだろう。今の時期に咲く桜なんて珍しいから」
喜ぶかな、と思ってと照れくさそうに微笑む悠宇に日和は目を大きく見開く。
「私が桜好きなの知ってたの……? 私……悠宇に言った?」
「どうだったろう。何かの時に聞いたような気もするし……でもさ、桜を見てる時の日和ってすごく嬉しそうだから、好きなんだなって思ってて……だから、これ見せてあげたかったんだ」
「ありがとう、悠宇。本当に、とても嬉しい」
満面の笑みを浮かべる日和に、悠宇は頭を掻きながら、
「俺も喜んでくれて嬉しい」
と明後日の方向を向きながら呟く。
二人は手を繋ぎ、ゆっくりと花のアーチの下を歩く。
「神様にお願いするまでもなかったかも」
ぽつりと呟いた日和に、悠宇が視線をむける。
「何?」
「ううん、何でもない。……今年はすごくいいことがありそうだなって言ったの」
日和は空を仰ぎ見て、華やかな笑顔を浮かべた。
END
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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 3524 / 初瀬日和 / 女性 / 16歳 / 高校生 】
【 3525 / 羽角悠宇 / 男性 / 16歳 / 高校生 】
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■ ライター通信 ■
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明けましておめでとうございます、というには幾分時が過ぎてしまいましたが、
今年初めての納品になります、ライターの津島ちひろです。
この度はご発注いただきまして、有難うございました。
仲の良い日和さんと悠宇さんを描けてとても嬉しかったです。
お二人の今年の活躍、陰ながら応援しております。
少しでも気に入っていただけると幸いです。
今回は本当に有難うございました。
機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。
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