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<あけましておめでとうパーティノベル・2005>


リスキー・ゲーム

「おっ、八島さんじゃねぇか。おめっとさん!」
 八島真が振り向くと、そこで微笑んでいたのは、着物姿の男の二人づれだった。
「藍原さん。あけましておめでとうございます。着物も黒ずくめですね。……私もですけど」
 初詣でごったがえす、都内のある神社である。珍しくこちらも着物の八島(それでも、黒眼鏡は相変わらずなのだった)は、小学生くらいの男女の子どもたちを連れている。
「おーっ、蒲公英ちゃんか!それと健太郎のクソガキだな! 久しぶりだなぁ、『ギフト』事件以来だもんな!」
 藍原和馬は、弓槻蒲公英の、着物にあわせて髪を結いあげた頭を無遠慮にわしわしとなでた。
「あ……あけまして、おめでとうございます」
 ぺこり、と頭を下げる蒲公英。その隣で、健太郎が、
「おっさん、お年玉、くれ!」
「おりゃー、落とし玉だ!くれてやる!」
 げんこつを食らわせる和馬(お約束)。蒲公英と健太郎は、かつて『二係』の取扱った事件に巻き込まれた少年少女たちだった。
「子ども相手に大人気ないですよ。……はじめまして、僕は瀬崎耀司といいます」
 和馬の連れだった男が、このままではいつまで経っても紹介してもらえないとしびれを切らしたか、自ら、八島に名乗った。
「考古学者をやっています」
「このあいだ、某うっかりさんと行ったホテルで会ったんだけどさ。さっき、羽根つき勝負で散々負かせてやったところで……」
「藍原さん、もう一度、僕が王様ヒゲを書いてあげましょうか?」
 なにか不思議な取り合わせだが、男たちはそれなりに仲が良いらしかった。
「ところで、これから僕らはレンさんの店に顔を出そうと思うのですが、よろしければご一緒に如何です? レンさんったら、今年は新春セールをやるって云ってましたよ」
「レンの店のセールねぇ」
 和馬がうさんくさそうに鼻を鳴らした。

「あら、八島さん」「八島さん?」「八島クン」
 かくして一行がアンティークショップ・レンの扉を開けるやいなや、八島に声が掛けられる。たまたま店に訪れていた三人の男女が、皆それぞれ八島の知り合いだったようだ。しかし互いは顔見知りではなかったと見え、不思議そうに顔を見合わせる。
 八島たちと対照的に、店にいた三人は正月だから何ということもない普段着だった。
「お着物、珍しいですね。お買い物ですか」
 綾和泉汐耶はシンプルなパンツスーツだったし、
「セールだって聞いたんですけど……どれもぜんぜん安くないんですよぉ」
 シオン・レ・ハイはいつものよれたスーツ姿だったし、
「ちょうどいいところへ来た。これ見てよ。面白そうだろう?」
 河南創士郎の胸には真っ赤な薔薇が咲いていた。
「何です、これ。ボードゲーム……?」
「人生ゲームみたいなものらしいよ」
 金髪の大学教授は、好奇心に目を輝かせていった。似たような目で、シオンがふたりの手元を覗き込む。
「人生ゲーム知ってます! 車にマッチ棒みたいな人のコマ挿すんですよね!」
「ボク、これ買うからさ。ちょっとみんなでやってみない?」
「いいですね! まぜてもらってもいいですか!?」
「はあ、それはまあ……」
 八島は頷くが、
「でもそれ……レンさんのお店で扱ってるってことは、ただのゲームじゃないってことでしょう。魔力を持ったアーティファクトの可能性もあるってことですよね。なんだかちょっといやな予感が」
 汐耶がもっともな意見を述べた。しかし、適切な助言を得られそうな店主の姿は見えないのである。
「レンさんったら私たちに店番任せてどこか行っちゃったんです。こんなときに……」
「ま、何であれ、遊んでみればわかるさ。さ。行こう。どこでやる? 八島クンのマンションじゃ、この人数はムリかな。『二係』は?」
 河南が強引に、一同を店の外へとひきずりだす。小脇には、あやしげな、古びたボードゲームの箱を抱えながら。

 と、そこへかろやかなクラクションの音。
 アンティークショップの前にすっ、と停まったリムジンの窓が開き、顔を見せたのはセレスティ・カーニンガムと、モーリス・ラジアルであった。
「みなさん、お揃いですね」
 美貌の財閥総帥は微笑んだ。その隣でモーリスが、
「河南教授じゃないですか。いつぞやはどうも……。なにかお買い物されたんですか」
 と、目ざとく、その緑の瞳をきらめかせるのであった。
「そうだ! カーニンガムさんのお屋敷に部屋をお借りしよう」
「ちょ、ちょっと教授。そんないきなり、ご迷惑でしょうが」
「セレスティ・カーニンガムさんですね。明けましておめでとうございます。お噂はかねがね、この八島クンから。モーリスさんとはミイラ愛好会の同好の士をやってます河南創士郎です。実はレンさんのお店で見つけた世にも珍しいゲームで新春ゲーム大会を開こうと思って会場を探しているのですが」
 なめらかな――そして強引な河南の弁舌に微笑みながら、セレスティは言うのだった。
「そんなことでしたら、いつでも。どうぞいらして下さい。私たちも戻るところでしたから。それに……新年は街も休みのところが多く、仕事もありませんから、退屈しのぎを探していたところだったのですよ」

 そして、都内某所、カーニンガム邸。……正確にはそのひとつ(かの財閥は、東京だけでも複数の豪邸を所有している。むろん、世界各地にも、だ)。
 その門の前に、ひとりの青年がたたずんでいた。小ざっぱりしたソフトスーツに、穏やかな印象を残す眼鏡をかけた面差し。彼はインターホンに向って、
「十ヶ崎です。お年始のご挨拶にうかがいました」
 と告げた。「お入り下さい」といらえがあって、立派な門扉が自動で開き、彼――十ヶ崎正を迎え入れた。
 そして、屋敷に入った彼をモーリスが満面の笑みで待ち構えている。
「あけましておめでとうござい…………ます……モーリスさん」
 正は勘のよい男だった。そしてモーリスのことを熟知してもいた。この笑みは……危険なスマイルだ。
「お年始のご挨拶でしたが……お取り込み中っぽいですよね? あ、これ、紅茶ですけど、よかったら。それでは失礼――」
 手土産の、高級茶葉だけを渡して早々に退出しようとした彼の肩を、モーリスの手ががっしりと掴んだ。
「面白いゲームが手に入りましてね。せっかくですから十ヶ崎さんもどうぞ。このお茶、お淹れしますからね?」

 そして、総勢十一名のゲームの参加者――あるいは犠牲者が揃ったのである。

  ★

「人生ゲームというより、これは……ごくシンプルな双六ですよね」
 八島は、ボードを見下ろして言った。
「サイコロを振ってコマを進めて……いちばん早くゴールについた人が勝ちですね!」
 なにがそんなに楽しいのか、シオンは誰よりも張り切っていた。
「この印のついたマスは?」
 と、汐耶。
「イベントが起こるようですね。このカードの山から一枚引いて、その内容に従う」
 モーリスが、付属の解説書を見ながら答えた。
「これ、白紙がまざってるよ!」
 健太郎がカードをめくって言う。
「あー、ブランクのカードには好きに書き込んでいいんだな。ほら、ペンがついてるぜ」
 和馬が手にとったペンを、横合いから奪って。
「ほう、面白い。何を書こうかな。どうせなら、過酷なもののほうが盛り上がるからね」
 と、耀司がクククと含み笑いを漏らした。
「ではせっかくですから、皆でイベントを書き込んで混ぜておきましょう。……それと、みなさん、十ヶ崎さんが持ってきて下さったお茶をお淹れしましたからどうぞ」
 セレスティの指示で紅茶が給され、部屋にはそのよい香りが充ちた。
「ありがとうございます。いただきます」
 蒲公英がお茶を受け取りながら礼を言い、それから、ちょうど回ってきたカードに、付属のペンで何事かを書き込むのだった。
「なぁんだ、ゲームだったんですね。モーリスさんのことだからもっとなにか凄いたくらみかと思いましたよ。焦って損しました。これなら楽しそうだ」
 正は、さきほどの自分の直感が、はずれであったと思い、相好を崩していた。それが大変な思い違いであったことは、後にわかる。
「みんな書いた? じゃあ、カードをシャッフルして……。始めようか?」
 そして河南が、ゲームの始まりを告げるのであった。

  ★

「おっ、イベントのマスに止まったぞ!」
 はじめに、このゲームの真価を知ることになったのは和馬だった。
【お雑煮早食い。十杯を五分以内に食べないと5マス戻る/記入者:シオン】
 引かれたカードにはそんなことが書いてあった。
「なんだよ、これ。ぎゃはは、雑煮食えばいいのか、雑煮……」
 ――と、いつのまにか、和馬の目の前に忽然と、その椀が出現していた。
「…………雑煮?」
 雑煮だった。どこからどう見ても。
「マ、マジで食うのか!? 何なんだこりゃ!」
 やはり、ただのボードゲームではなかった。全員がそう確信するなか、やむなく椀を手に取る和馬。どこからともかく、チッチッチッ――と時計の音が響いてくる。五分以内に食べ切れ、ということなのだ。あわてて最初の一杯をかきこむ和馬だったが、その瞬間、テーブルの上にはわんこ蕎麦のごとくに二杯目が出現しているのだった。
「畜生、五分で十杯はムリだろ、こりゃ…………うぐっ!!」
 ふいに、和馬が奇妙な呻き声をあげた。そのまま静止すること、数十秒。そして、彼はそのまま真後ろにバターン!と倒れた。
「あ、藍原さん!?」
「大変、お餅を喉につまらせちゃったんだわ」
「あわわ、す、すいません、私がヘンなコト書いちゃったから! どうしましょう」
「いいんじゃない。このくらいで死なないでしょ。それよりもう五分経ったから、5マス戻るだね。残念でした〜」
 あわてる八島、汐耶とシオンをよそに、河南が、冷酷に処断を決した。和馬は、紫色の顔色で、床の上で痙攣していた。

「……私の番ですね。ひとつ、ふたつ――と。カードを引きます。おや?」
 セレスティが引き当てたカードに、皆の視線が集中する。
「自分が書いたものに当たってしまいました」
【宝くじがあたって大金持ちになる/記入者:セレスティ】
「大金持ち!?」
 シオンがうらやましそうな声をあげるのと同時に、セレスティの前には札束の山が積み上がっている。
「おやおや。困るのですよね……現金はかさばりますから」
 本当に困っている様子であった。
「あんまり一番ありがたみのない人に当たったような」
 険しい顔つきで、耀司が言う。
「すっげー! 今みたいなカード、他にも入ってんの!?」
 だがその健太郎の発言に、一同ははっと顔を見合わせる。そうだ、カードの中身は悲惨なものばかりとは限らない。あやしいゲームにおののきかけていた一同の気持ちが、再び盛り上がりはじめるのであった。

 そして、うきうきしながら、当の健太郎が引いたカードは――
【すきなひとにこくはくする。/記入者:ゆづきたんぽぽ】
「蒲公英、おまえかーーー!! 妙なコト書くんじゃねーーー!」
 健太郎の剣幕に、蒲公英は顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で、
「ご、ごめんなさい」
 と繰り返すばかりだった。
「さ、ルールだよ。告白したら」
 からかうように、河南が言った。
「え……」
 今度は、健太郎が赤くなる番だった。
 思わず、さまよった視線が、交錯する。無言で、健太郎と蒲公英は顔を見合わせた。
 これもゲームの魔力のうちだろうか。どこからともなくセンチメンタルなBGMが流れ、背景がなんとなく点描になった(?)。こころなしか、ふたりの瞳のハイライトも増量気味の作画になっていた。
「お、おれ……」
 そのまま、固まって、時間だけが過ぎてゆく。――と、魔力の余波を受けていつもより少女マンガ風の顔つきになった河南が、胸の薔薇を抜いて、彼に手渡すのだった。
「言葉で言えないなら、黙ってこの花を差し出すんだ。赤い薔薇の花言葉は『情熱的な愛』だよ」
「う、うん……」
 言われるままに、それを手に取り、そして健太郎は――
 刹那、彼と蒲公英の瞳が、再度、視線をかわした。蒲公英は……息詰まりそうな緊張と恥ずかしさに、思わず隣にいた人間にしがみついてその背後にまわりこみ――
 その結果、健太郎が差し出した薔薇の前にはモーリスがいるのだった。
「――え?」
「私ですか。光栄ですね」
 相手が女であれ男であれ、そして歳がいくつであったとしても。容赦のない緑の瞳がきらめく。
「ちょっと待てーーーーー!! わああああああああ、や、やめっ――ああっ」
 正月早々、ちょっとどうかと思う状況になっている中、ゲームは続行される。

「うーん……ちょっと危険過ぎますね、このゲーム……。ああ、イベントのマスだ。……やっぱり引かなきゃダメ……ですよね」
 ため息まじりに、カードをめくる汐耶。眼鏡の奥で、その目がしばたかれた。
【昔、フッた相手があらわれて迫られる。一回休み。/記入者:河南】
「え。なに、これ」
 次の瞬間。
 テーブルの表面から沸いて出たように、にゅう〜、っと、空間を越えてひとりの男があらわれた。歳の頃なら三十前後、紋付袴に分厚い丸眼鏡、頭髪は歳格好のわりにはあやうい感じの男であった。
「汐耶さん!」
 男は、がっしりと、汐耶の両手を握って言った。
「えっ! あ、あの――どちら……さま……?」
「武者小路一郎です! ひどいです!お忘れになったんですか!?」
「あ。え、えーっと」
「綾和泉さんの……。なんか意外な感じですね」
 ぽつりとこぼした八島の一言に汐耶は、
「ち、違います! わたし、こんな人のこと」
 と否定するのだが。
「こんな人って! ボクの何がいけなかったんですかぁ? ボク自慢じゃないけど、お金はありますよ。クルマだって外国車だし、家は成城の豪邸でしょ、そりゃ、ママとは同居してもらわないといけないけど、でも絶対、苦労はさせません。エルメスでもグッチでもフェンディでも好きなものなーんでも買ってあげます。ボク、東大卒なのはご存じでしたよね? 仕事も東京都庁の職員だし!」
 言いながら、男は空間を抜けてその全身をあらわにする。そして、ずずい、と汐耶に迫りはじめるのだった。
「え、え、ちょ、ちょっと。そんなこと言われても困ります! か、河南教授! ヘンなこと書かないで下さいよ! もう! え、だから、そんなの知らな――こ、この人、封印しちゃってもいいですかぁ!?」
 絶叫しながら、汐耶は頭の片隅で、そういえばかなり昔にどうしてもと言われて会うだけ会ったお見合い相手が、この男だったことを、かろうじて思い出していた。

【トランクを拾う。中身はお楽しみ。/記入者:十ヶ崎】
「おやおや、何かな?」
 耀司の前に、トランクが出現していた。
「まるで福袋じゃないか。どれ」
 中に入っていたのは……
「絵?」
「絵画だね。油絵だ」
「と、いうか、これって……」
「『モナリザ』だ」
「『モナリザ』ですね」
 一同は確かめ合う。耀司の手の中で、あの有名な美女が額に収まり、静かに微笑んでいるのだ。
「おや、ニュースですよ」
 セレスティの言葉に振り向いた一同は、テレビ画面を見つめた。ブラウン管の中ではニュースキャスターが、まくして立てている。
『番組の途中ですが臨時ニュースをお伝えします。さきほど、パリのルーブル美術館から、レオナルド=ダ=ヴィンチ作の有名な絵画「モナリザ」が盗難されるという――』
 そして視線は再び、耀司の手元へ。
「これって……」
「『モナリザ』だ」
「『モナリザ』ですね」
「…………」
「……って、本物ですかーーーー!?」
「こいつぁ凄い」
 と言いながらも大して動じた風でもない耀司だ。
「よかったですね、おめでとうございます!」
 もとはと言えば自分が書いたイベントがもとになったくせに(いや、だからだろうか)、正が無邪気に微笑んだ。
「っていうか、返さないと!」
「僕が当たったんだけど?」
「ダメに決まってるでしょうが!」
「これ名作なんですよ?」
 正が調子のはずれた擁護を述べた。
「だからダメなんです!!」
 八島の剣幕に、不承不承頷く耀司。
「まあまあ、あとでうちのキュレーターにパリへ届けさせておきますよ。次は八島さんの番ですよ」
 と、セレスティの取りなしで、場は収まったように見えたが。

【隠し子発覚。認めるまで休み。/記入者:モーリス】
 黒眼鏡の上で、八島の片眉がぴん、と跳ねた。
「……………………はい?」
 八島はもう一度、気を落ち着けてカードの文面を読んでみた。
 隠し子発覚。
「パパぁ」
「どわぁあ!」
 いつのまにか彼の背後にいた、幼い少年が、八島の着物の袖を掴んでいた。
「八島さんも隅に置けないですねェ」
 チェシャ猫のような笑みのモーリス。
「ち、違うに決まってるでしょうがッ! か、隠し子ってそんな……ええい、雑煮ならまだしも、子どもなんてどっから出てくるんだか!」
「パパ〜」
「だから違うでしょー!!」
「でも八島さん!」
 シオンが嬉しそうに叫んだ。
「その子、八島さんにそっくりですよ!」
「え」
 少年の、黒眼鏡の上で片眉がぴん、と跳ねた。

 そのなりゆきを、にやにやしながら見守っていた河南の番だった。
【しばらく猫になる。/記入者:八島】
「何。ネコ……? ちょっと、八島くん、こんな――」
 言い終わるよりも早く、そこにいたのは一匹の猫だった。きらきらと輝く、金色の毛並みの猫である。
「にゃあ!にゃあ!」
 なにごとかを訴えかけているようだったが、それは猫の鳴き声でしかなかった。
 八島は笑って、言った。
「散々、人のことばっかり笑ってるからそんな目に遭うんですよーだ」
「ふにゃあ!」
「はいはい、大人しくしてましょうね〜」
「ねこー! ねこー!」
 八島似の少年が嬉しそうにはしゃいだ。
「そうだね〜、ネコさんだね〜」
「八島さん……その子やっぱり……」
 そんなふたりをそっと疑惑の目でみる汐耶であった(見合い相手は無事、どこかに封印してしまったらしい)。

「さあ、私の番ですよ。宝くじ、宝くじ! あ、でも、スーパー銭湯のチケットとかでもいいです!」
 と、勢い込んだシオンだったが。
【ジュラ紀にタイムスリップ。/記入者:和馬】
 次の瞬間には、彼はもうそこに居なかった。
『再びニュースをお伝えします。W大学発掘チームが、中国雲南省のおよそ1億6000万年前の中期ジュラ紀の地層より、人類のものと思われる化石を発掘しました。人類は、アウストラロピクテスなどの類人猿でも、その出現は400万年前というのが定説で、この発見は人類史、考古学、古生物学の常識を塗り替える今世紀最大の発見になるのではとの目算です。W大学では、コンピュータグラフィックスを用いて、化石の頭蓋骨格から、この化石人類の生前の顔を復元しました。ご覧ください』
 そして、画面に、その画像が映し出された。
「…………」
「……シオンさんだ」
「シオンさんですね」
「どうします……?」
「でもジュラ紀はねえ……」
 かれらは顔を見合ったが、妙案は浮ばなかった。

「気をとりなおしていきましょう。次は僕の番ですよね」
 正だった。
「いいんでしょうか、本当に……」
「ジュラ紀なんてそうそう見れるもんじゃないですよ。羨ましいくらいです。さて……と、カードを引かなきゃ」
【左隣の人をウェディングドレスの花嫁にして愛の逃避行。1回休み。/記入者:セレスティ】
「……左隣、というと――」
「蒲公英!」
 ようやくさきほどの衝撃から立ち直っていた健太郎が叫んだが、そのときにはもう、彼女のいでたちは、長いヴェールを引く花嫁のそれに変わっていた。
「あは、これは可愛い花嫁さんだ」
 嬉しそうに正が言ったが、当の蒲公英はまた真っ赤になって、顔をブーケに埋めて隠すことしかできない。と、そこへ――
 空間を越えて、真っ赤なオープンカーが出現する。その後ろにひきずられている空き缶が、カランカランと音を立てた。車体にでかでかとプリントされた「Just Married」の文字。
「あ、そうか、愛の逃避行ですもんね!」
 信じ難いほど素直に、正は頷くと、ひょい、と蒲公英を抱きかかえ、車に乗り込む。逃避行のふたりが、カンカンをひきずった車に乗るものかどうかはともかくとして。
「ちょ、ちょっと待ったァーーーー!」
「け、健太郎さん!」
「蒲公英!」
「だめですよ、こういうルールなんですから」
「いいや、次は蒲公英の番だぞ。トウヒコウなんて行ったら蒲公英がサイコロ振れないだろ!」
「あ、そうか」

 そして。
 おずおずと、サイコロを振る蒲公英。コマを動かし、カードを引く――。
【実は「逆の性別」だった。1回休み。/記入者:モーリス】 
「え」
「何?」
「逆――の……?」
 ふふ、と、記入者であるモーリスが微笑んだ。
「たまにはよいものですよ。性別の壁を越えるのも」
 びくん、と、ウェディングドレスのままの蒲公英の身体がふるえた。こころなしか、その顔立ちや輪郭が、すこし、変わって……
「た……蒲公英?」
 おずおずと、自分の身体を確かめる。
 蒲公英は――
 真っ赤になって、
 それから真っ青になり、
 くたり、と、気を失った。
「わーーっ、蒲公英ーーー!」
「んん、これはフクザツだなあ、花嫁さんが花婿さんになってしまった」
「そういう問題かーーー!!」
「ウェディングドレスの女の子顔の少年、ですか。いいですね。フフフ」
 仕掛け人の庭師ひとりが、愉しそうだった。

「さて、と。その私の番なのですね」
 次はモーリスである。
「まあ、何があっても、たいていのことは――」
【過去の悪行の暴露本が出版される。/記入者:河南】
「…………」
 どさどさっ、と、テーブルの上に本が落ちてきた。
「わっ、ずいぶん分厚い本ですね! 広辞苑なみですよ」
 八島がまず手を伸ばした。
「小さい文字の二段組でびっしりですね。こんなに書かれることがあるんですか?」
 と汐耶。
「そ、そんな、人聞きの悪いこと言わないでください。悪行だなんて、私は――」
「500年分の蓄積ですからねぇ」
「セ、セレスティさままでっ!」
 自分のあるじまでも、興味深そうに頁を繰っているのを見て、さすがのモーリスも跋が悪そうであった。

  ★

 そうして、ゲームが進むごとに犠牲者は増えてゆくのであった。
「か、回収です!回収!」
「ああっ、まだ読んでないんですよ。……まあ、いいです。うちの図書館に入れますから」
「あ、綾和泉さん、私にも一冊。書斎に置いておかねば」
「パパー!パパー!」
「はいはい、何ですかぁ?」
「蒲公英!しっかりしろ、蒲公英!」
「けんたろう……さん……」
「やはり、惜しいな。この『モナリザ』」
「所蔵されるのをお勧めしますよ。いい額装業者さん、ご紹介しますし」
『W大のチームでは、この化石人類を発見地にちなんで紫苑原人と名付け――』
「にゃああぁん」

「生き返ったぞぉーーーーーーーーう!!」
 がばり、と、身を起こしたのは和馬だった。
「川だ!それと花畑が見えた!!」
「おや、いいときにお目覚めですね。ちょうど藍原さんの番ですよ」
 臨死体験を語る和馬に、こともなげにサイコロをすすめるセレスティ。
「うっしゃあー! 今度は何だ? さっきはいきなりで不覚をとったが、この次は……」

【邪神が復活。東京が壊滅状態に。1回休み。/記入者:瀬崎耀司】

 爆音。そして地響き。
 ブラウン管が一瞬にして砂嵐になり、部屋の明りが明滅した。
「…………」
「……おや?」
「『おや』じゃねぇだろーーーーー!! なんでこんなマニアックなイベント書くんだ! 1回休みどころじゃないだろうが!」
「そ、外の様子がおかしいですよ」
「え? ……ああっ、こりゃまずい、ええと、セレスティさん、電話貸して下さい、自衛隊!自衛隊!」
「電話ならそこですよ。でも八島さん、そんな蕎麦屋の出前じゃないんですから――」
「ふふふ、今のうちにこの本を全部、始末して、と……」
「それより藍原くん、これを見てくれ、きみが死にかかっているあいだに、僕はこれを手に入れたんだ」
「やっぱり素晴らしいですよねえ、『モナリザ』は。あ、瀬崎さん、『モナリザ』が描かれたかもしれないダビンチの工房が、ごく最近見つかったってご存じでした?」
「パパ〜、パパ〜」
「っつうか、それがどうし……あん、なんだ、このガキ?」
「蒲公英!しっかりしろ、蒲公英!」
「けんたろう……さん……」
「にゃおーん」
「テケリ=リ! テケリ=リ!」


A HAPPY NEW YEAR! 2005

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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛

【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23歳/都立図書館司書 】
【1533/藍原・和馬/男/920歳/フリーター(何でも屋)】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1992/弓槻・蒲公英/女/7歳/小学生】
【2318/モーリス・ラジアル/男/527歳/ガードナー・医師・調和者】
【3356/シオン・レ・ハイ/男/42歳/びんぼーにん(食住)+α】
【3419/十ヶ崎・正/男/27歳/美術館オーナー兼仲介業】
【4487/瀬崎・耀司/男/38歳/考古学者】

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。
あけましておめでとうパーティノベル・2005『リスキー・ゲーム』をお届けします。

さて、なにやらエライことになっておりますが(笑)、
このあとは、PCさまがたのご活躍により事態は収拾、
最終的にはセレスティさまがほんのちょっと「運命」にご干渉になり、
(ジュラ紀に消えてしまわれたシオンさんも含め・笑)無事に
ゲームを終えることができた模様です。
これほどご迷惑をおかけしたのに、カーニンガム邸ではその後の
お食事やご宿泊の手配もしていただけた由。
ちなみに、このゲームはその後、綾和泉さんの手によって厳重に
封印され、今は『二係』の倉庫に眠っています。

それでは、また機会がございましたら、お目にかかります。
ありがとうございました!