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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


空からの贈り物・後編


 ピイ、と頭上で鳴いたのは、焔雷が此処まで追い込んだ、あの小鳥。
 都築彦の困り顔に、『自分は知らない』と言ったかのような感じだった。小鳥は、どうやらやきもちを焼いているらしい。
 小鳥のそんな反応にも、都築彦は困り顔をした。
 それから、少しの時間を置いた後に焔雷からも名を問われたので、自分も『都築彦』と名乗る。
「つきひこ。…よろしくね?」
 焔雷は、にこっと笑顔を作って都築彦にそう言った。
 その笑顔に、一瞬だけの遅れを取りながらも、都築彦も彼の言葉に頷きで返す。
 相変わらず、膝の上でゴロゴロと懐いている焔雷に、時間を置きながら都築彦が素性を聞くと、彼は『夜魔』だと言う事がわかった。『それ』がどう言うものなのかは追々理解できるだろうと思ったのか、それ以上は問うことはしない。
「…どうして、こんな山奥に迷い込んだ?」
「うーん…何か、濃厚な悪夢の気配がしたから…」
 都築彦の再びの問いに、焔雷は小首をかしげながらそんな風に答える。
 濃厚な、悪夢…。
 その言葉を耳にした途端に、都築彦の表情が少しだけ曇ったように思えた。
「………己が原因だ」
 僅かな間を置きつつ、呟いた言葉。それを焔雷は聞き逃す事もなく、緩んでいた表情を正して怪訝そうなものに作り変える。
 だが、都築彦はその焔雷には答えようとはしなかった。
 そのまま、沈黙が続くかと思われた、その時だ。
 きゅるるる、と焔雷の腹から可愛らしい自己主張とも取れる音が聞こえた。
「にゃっ!」
 本人も驚き、慌てて両手で腹を押さえている。
 真っ赤になりながら、ちらりと視線を自分へと寄せてくる焔雷を見て、都築彦はまたひとつ心の中に生まれた『何か』。それを彼は否定することもなく、素直に受け入れる。
「……お腹すいた…何かない?」
 焔雷が再び、小首をかしげながら問いかけてくる。
 それに小さくため息を漏らし都築彦は、
「ここには何も。それに、出入口がないからあそこから出るしかない」
 と、焔雷が飛び込んできた明り取りを指差しながら答えた。
「えーーっ 全然届かないよ!」
 都築彦の指先を追いながら、焔雷が少しだけ声を荒げる。彼はその背に蝙蝠型の翼を持ち合わせているが、滑空用としか活用することが出来ず、視線の端に捕らえた小鳥のように、自由に飛び回ることが出来ないからだ。
「……………」
 都築彦はそこで、上を見上げたまま押し黙った。
 自分が跳躍すれば、あの距離などは容易に届くのだが、四肢を捕らえたままの鎖がそれを許すはずもない。今も、ジャラ…と言う音が重く鈍く、響いている。
 目の前の焔雷を見れば、彼は困り顔でいる。そして目が合い、その瞳が『どうにかして』と訴えているようにも、見えた。
「……、………」
 何かを言いかけた都築彦が、そこで口の動きを止める。
 衝動に、駆られた。
 この場に留めて置きたい、と。目の前でクルクルと表情を変え、自分に次から次へと斬新さを与えてくれる、焔雷と言う存在を、ずっとこのままこの場で留め、眺めていたいと。
「……つきひこ?」
 黙ったままの都築彦を、焔雷が覗き込んでくる。瞳を、ゆらりと揺らしながら。
 そこで彼は目を覚ました。このまま、自分の欲望を貫き通してしまえば、焔雷を飢え死にさせてしまうだけ。
 決断は、早いほうがいい。
「己は…お前とともに、行こうと思う」
「………え?」
 独り言とも、受け取れるそれに、焔雷が聞き返す。
 この岩屋で、ずっと過ごしていくものだと、思っていた。
 一人でいるのなら、苦もなく生きていける。…この先の道が、分かれていようとも。その『時』が訪れるまでは。
 そう、思っていたのだ。
 『焔雷』と言う存在が、現れるまでは。
「つきひこ?」
 訳のわからないままの焔雷は、首をかしげている。その彼の腕を引き、そして…
「お前も、此処へ」
 ずっと自分たちを上から見下ろしていた、小鳥を見上げて、都築彦はそう言う。
 小鳥は一瞬と惑ったが、彼の空気を読んだのかその後すぐに言葉に応じて、都築彦の傍へと降りてきた。
 都築彦はこの四肢を捕らえている鎖を、封印を、解く決意をしたのだ。
「…ど、どうするの…?」
「……なに、己を拘束するものなど、飾りに過ぎん」
 小鳥とともに、都築彦の背後へと誘導された焔雷が、心配そうに彼を見た。
 都築彦はうっすらと、笑みを作り上げている。
「焔雷、下がっていろ」
 前へと出てこようとしていた焔雷を腕で制止し、そのまま後ろへと再び誘導してやる。そして彼と小鳥を庇うように前へと立ちはだかりながら、都築彦は一度その姿を獣の形へと変容させた。
 次の瞬間、都築彦の口から放たれたものは、強烈な咆哮。
「にゃぅ…」
 焔雷はその勢いに身を屈めて、目を瞑っていた。小鳥も焔雷の影に隠れ、自分の身を守っている。
 迷いや、小さな思いさえも、一緒に巻き込んでいくような形で。
 大きな爆風と光とともに、目の前の岩が、一瞬にして吹き飛んでいった。



 土埃が納まり、あたりに静けさが戻ったころに、彼らは漸く表へと一歩を踏み出した。
 都築彦の手首と足首には、赤い刺青のようなものが見えた。それは枷を引き千切った時に、残ったものだ。
「……空が、真っ赤」
 徐にそれを撫でるように触れていると、空を見上げた焔雷が、静かにそう言った。
 時はもう、夕刻だ。
「それは、どんな色なんだ?」
「?」
「己は、色が解らない…」
 都築彦の視界は、モノクロしか映すことが出来ない。今のこの、鮮やかな赤い色の空も、彼にはただの白と黒のグラデーションでしかないのだ。
 焔雷はその言葉に一瞬、きょとん、としていたが、すぐに笑顔に切り替え口を開く。
「赤って、俺の瞳の色だよ。綺麗な色」
 自分の瞳を指差しながら、得意気にそう言う焔雷。
 その焔雷の頭にそっと自分の手のひらを乗せながら、都築彦は微笑んだ。
「…いつか、その色を…お前が言う綺麗な赤を、己の目で見たいな…」
 そんな、都築彦の言葉を受けて、焔雷がまた嬉しそうに笑う。
「きっと、見れる日が来るよ。…俺が、見せてあげる」
 都築彦の大きな手を、焔雷は両手できゅ、と握り締めながら、誓いを立てるかのようにそう言葉を彼に送った。
「一緒に、いようね」
「……………」
 言葉を続ける焔雷に、都築彦は答えない。
 焔雷も返事を待っているようでは、無さそうに見えた。おそらくは、これから先をどうするか、そちらのほうに考えが行っていて深く掘り下げることが出来ないでいるのだろう。
 今はそれでいい、と都築彦は思った。
 そして、とうとうこの場を離れる時が来た。
「………元気で」
 唯一の友人である小鳥に、都築彦はそんな言葉を残す。
 小鳥は枝に身体を預けたまま、ずっと都築彦を見ていた。その瞳は、柔らかいものへと変わっている。
 おそらくは、焔雷を認めたのだろう。一番の友人を、彼に預けようと。
 ピルルと鳴いた後、都築彦の指先に自分の頭を擦り付けると、小鳥は勢いよく枝を蹴り上げた。
 その、小鳥の羽ばたく光景が。
 一瞬だけ静止画のように、二人の脳裏へと焼き付けられる。
「………………」
 小鳥は彼らの頭上を数回飛びまわり、そして…天高く飛び立っていった。振り返ることもなく。
 その小鳥の姿が見えなくなるまで目で追っていた都築彦と焔雷も、ゆっくりと二人同時に歩き出す。
 新しい世界へと。
 これからどのような事が待ち受けているかは、都築彦にも解らなかったが、それでも『時』が訪れるまではこの焔雷――天が与えてくれた、『贈り物』とともに歩んでいこうと。
 そう心を新たにしながら、未開の地へと、しっかりとした足取りで前へと進んでいくのであった。



-了-
 


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 河譚・都築彦さま&夜都・焔雷さま


 ライターの桐岬です。
 いつも有り難う御座います。そして、納品が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
 『空からの贈り物』の後編のお届けです。如何でしたでしょうか…。希望通りに打てているといいのですが。
 少しでも楽しんでいただければ、幸いに思います。
 今回は、有り難う御座いました。


 ※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。
 桐岬 美沖。