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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


百鬼夜行〜終〜

 今世間は、空市という街に起こる『百鬼夜行』の事件に大きく関心を寄せていた。
 鎌倉の世に異形の猛威に晒されて滅びかけた小国は、一人の術師によって救われ、異形は己の世界諸共封印されたという過去がある。
 小国はやがて日本という国に内包され、『空市』となり、穏やかな日々を他と変わりなく過ごしていた。
 けれどそれは泡沫の平和。
 やがて封印は弱まり、空市をまた異形の集団が闊歩する。空市を黒雲が覆い、市民は恐れ、そうして九人の子供が空市から行方を晦ませた。
 その捜査を依頼された草間興信所の職員達は、謎また謎の間に目の前で子供を浚われ、異界へ乗り込み子供を救おうとしても簡単に弾き出される始末。
 謎が謎を呼び幾多の夜を異形の殲滅に当てても、異形は絶えず増え続ける。
 やがて第二の協力者としてアトラス編集部の情報力を得、深まる謎を解き解し、また選択肢を失い、それでも核心に近づいていった。

 ――ゆっくりと、終幕のベルが鳴り響く。


◆紅の空 未来への足掛り◆
 異形は朝に弱い。
 その事実は書物にもあったし、蒼王・翼が体感した事でもあった。
 もう何日も前の事の様に思えもするが、異形達との戦闘からまだ半日も経たない。朝日の昇るのを目にすると異界へと逃げ帰った異形達に、草間興信所もアトラス編集部の面々も小さな休息を与えられた。
 休息といっても大したものではない。疲労もかなりのもの。けれど翼も他の面々も泣き言は一切言わない。
 今日の夜でケリをつける。それは子供の生きていられる限界点でもあったし、また言葉にせずとも皆が思っている事。
 アトラスの見つけ出した少女、否、鎌倉の世の稀代の術師――空市に封印を施した古河切斗を前に、真剣な面持ちの雁首が揃う。
「滅した筈の異形にしては、数が多いって事だな?」
草間武彦が代表して疑問を口にすると、少女は小さく頷いた。
「封印を施す以前に、数ある術師の前に異形共も多く滅しました。赤、青と呼ばれる巨鬼も同様――故に切子を異界に残した時、彼女の前には女王と数えるだけの異形だけだった筈」
 稀代の術師、古河切斗は二人で一人。切子と千斗の双子姉弟を合わせて古河切斗と呼んだと言う。今目の前にいる古河切斗は切子の能力を持った少女の体に、千斗の魂が入ったモノ。
「あの、じゃあ……僕達が見た赤い鬼は?」
「”鎌倉”の二鬼は太陽の下で確かに瞬滅しました。新しく生まれたのか、あるいは」
「幻?」
「――やもしれません。食を失った彼らが生きていた理由が、生態の変化以外であり得るのならば」
「実際にそうだとして、異形を作っているのは女王なのかしら?そう考えると色々矛盾が生まれてしまうのだけど」
 言葉を曖昧に濁しながら、千斗は申し訳なさそうに瞳を伏せた。
 閉ざされた空間では、如何な生物も食を失って生きていけるものでは無い。仮に生態が変化したとして、否しかし、如何様に増殖したのか?
「……共食い、とか…?」
 アトラスの協力者がぽそりと呟く。
「考えたくねぇけど、そういう事もあり得るだろう」
「その判断は僕にお任せ下さい。この体の能力を使う事は適いませんが、記憶が覚えていますから」
 草間が神妙な表情で言い、千斗が頷いた。
 翼は無表情である筈の千斗の顔のその裏に、悲愴な色を見て取って自分の行動を考える。
 窓の外の天空は、夕焼けの美しいグラデーションに染められていた。


◆藍の空 決戦の時◆
 空市の家という家に、今は人の気配が一つも無い。市民は須らく空市を避難し、空市には異形を空市に閉じ込める為の結界が張られていた。
 濃藍の空に小さな星が輝く夜、迎え撃つ準備は万端だった。
 皆が忙しなく動き回る中、翼は桜塚・金蝉と共に空市の上方に居た。幾つもの坂を有す高台の空市は全ての坂を上った先、四つの鳥居と大鐘という何とも違和感を感じさせるものへと行き着いた。異界との入り口であったそこに今は何の影もなく、綾和泉・汐耶の一時限りの結界が薄く膜を張っているだけだ。
 汐耶が何事かを紡ぎながら結界と対峙しているのを何人かと眺めながら、その”時”を待っていると、背後からシュライン・エマの声が掛かった。
「気をつけて頂戴ね」
 これから異界入りする翼達。頷いて
「心配は無用ですよ。……シュラインさんも、綺麗な顔に傷がつかない様気をつけて」
惜しげもなく笑みを浮かべる翼の美顔に、けれどシュラインは可笑しそうに笑うだけ。
「そうね、お互いに」
 小走りに去っていくシュラインを見送って、傍らで呆れた様な金蝉に一瞥をくれ。
 坂の下方で異界入りする残りの二人の姿を見つけ、翼は大声で彼等を呼ばわった。
 柊・秋杜と真柴・尚道は翼と金蝉に気がつくと慌てて坂を駆け上る。
「早くしろ。追いて行くぞ」
金蝉が不機嫌に言った。それを苦笑交じりに諌めて、再び結界へと目をやる。
 計四人でまず異界に乗り込む。女王と相対する事を望んだ彼らが子供の救出を。残った者が異界より出でる異形との戦闘を。
 行動は前回と何ら変わりない。しかし単純にみえるその行動の背景には様々な思惑がある。
 汐耶の伸ばした腕の先に黒い穴が見て取れた。小さな穴が肥大し、深淵がその口を開き闇を広げる。
 同時にその周りに風が渦巻き、翼も激しいそれに僅かに目を細めた。
「――っち」
 金蝉の舌打ちと共に、空気が張り詰めるのが分かる。それぞれの武器を握り臨戦態勢を取る仲間達の前で、形を確立した穴から迸る殺気と狂想。おどろおどろしい念が広がり、やがて。
【キキィ……!!】
甲高い叫びと共に、異形が踊り出た。
 沸いて出るそれを一刀両断。それぞれの能力が殲滅せしと振るわれる。
 地獄絵図の再来は糸も簡単に。
「っらぁ!!」
 銃声。断末魔。猛声。爆音。一瞬で世界は変化する。
 異形は増す。翼は三人と共にそれを蹴散らしながら、穴へと飛び込んだ。異形の勢いに飲み込まれ戻されそうになる体を、身についた術が回避する。邪魔となる異形を慣れた動作でかわし、翼は闇を受け入れた。


◆闇の先 守る者◆
ぼんやりと不気味な色を称えた鬼火に、異形の姿と駆ける粉塵が照らされていた。歓喜に叫ぶそのほとんどが翼達に目もくれず、外を求めて走り出て行く。その状況は双方の犠牲を少なく終えたい翼にとっては嬉しい事ではあったが、しかし幾度かは避けられない戦闘に見舞われた。
 それでも
「女王さんは、どこなんでしょう…」
 後方を追いかけてきながら、秋杜が闇の中に視線を彷徨わせた。
 遠くには巨大な門が開き、その奥から異形は後も絶たず出でてくる。高い塀が永遠に続くかという程、見える範囲では終わりが無い。
「この間は門を入った瞬間どこかの屋敷の広間に出た、という事だったけど」
翼は律儀に答えながら。
「それは見込めなさそうだ。なあ、金蝉?」
傍らで銃を唸らせる金蝉に同意を求めると、彼は瞳だけで頷いた。
 翼がこの異界に入るのはこれが二度目だ。その時にはあまり深くまで入り込む事が出来ず、入り口の近くで戦闘をおっぱじめてしまった覚えがある。といっても四方八方が闇の世界、確実な事は何もいえないのだが。
 兎にも角にもその時の女王は実体では無かった。
「王つったら一番立派な屋敷に居るもんと、相場が決まってるけどな」
 余裕のある動作で門を通り抜け、ため息と共に尚道は言う。
「どれがそれなのか、さっぱりわかんねぇ」
背後から飛び出た異形を一蹴の内に退け、もう一度ため息を漏らす。
 昔日の日本を連想させるに十分なその光景は、整然としてどれも同じに見えた。その中に見目にも豪奢な屋敷は意外に多い。
 ――が、それは。
「杞憂だな」
どこか嬉しそうな金蝉の声に、翼も”ソレ”に気づいた。
 真っ直ぐに続く道の先に、赤い巨鬼が立っている。その金色の目は自分達に向けられ、門戸を背に何かを守る様だ。背後のソレは街の中にあり尚壁を有し、よくよく見れば違和感を募らせるような分かり易い程の城だった。
 ある意味では突然現れたかの様な。
 背後を見やれば、今までそこにあった入り口の大門が消え後にもただ町並みが広がるばかり。
「奴をぶっ潰す」
女王は城に居る事だろう。そして赤鬼を倒さない事には女王には会えないだろう。秋杜達の侵入を命がけで阻むために、赤鬼はそうして門を守っているのであろうから。
 巨躯が動く。同時にどこに潜んでいたのか異形が家々から飛び出してくる。
 翼は繰り出される刃の如き妖術を機敏に避けると、異形の腕を掴みこみそのまま、己の怪力で壁へと投げつけた。

 赤鬼の両腕は、使い物にならなかった。右目は潰れ体の彼方此方が焦げ付き、左爪先の向きが本来の踵の位置に来るほど折れて捩れて、とても戦える状況に見えなかった。
 それでも痛覚が麻痺しているのか、鬼は倒れても立ち上がり残ったモノだけで尚道達を狙ってくる。そんな巨鬼に容赦の無い攻撃が加えられ、赤鬼は背後に倒れた。
 黒々とした血が地面を濡らし、焼け焦げと異臭を街の中に残す。辺りは闇と静寂に支配された。
「終わった、な」
鬼の命の火は未だ消えて居なかったが、それでも両腕をなくした体を立たせる術無く、唸り声を発しながらもがいている姿には憐憫以外の何も感じられなかった。
「行こう」
 そうして四人は城へと侵入を果たした。


◆光の先 戦う者◆
 赤鬼の後を守るには、城の異形共は小物過ぎた。問題外な程の非力さに、時間稼ぎにしかならない時間が過ぎ、四人は糸も簡単に最上階へと辿り着いた。
 大きな扉を力任せに押し開けるとそこには大広間があり、玉座に悠然と女王が掛けていた。
「来るな、と何度言うたものか」
 金蝉が魔銃を女王の眉間に合わせて構えると、尚道も額のバンダナに手を当てた。
 女王が手をかざし、それは一触即発に見えた。
 が、女王との間に立ちはだかり、翼が二人の手を押しとどめる。
「聞くけれど、キミは何者なのかな?」
「――どういう意味か」
「閉ざされた世界でどうやって生き延び、また増えたのかという事だけど」
女王のこめかみがピクリと波立った。構わず、尚道が続きを引き取る。
「色々仮説は出た。幻、共食い、生態変化――これは仮説の域を出ねーけど、『女王=切子』この線は俺も支持するぜ」
「千斗さんが、おかしいと、言いました……」
秋杜が付け足すと女王が眉根を上げて、一巡の後楽しそうに微笑んだ。
「なるほど、千斗の坊を見つけたか。たかが人の子と侮った事は謝ろう?いや、お主らを人の子と呼ぶは可笑しいな」
 女王がかざしたままの手を心持逸らす。
 明るいスパークが尚道と秋杜を襲い、かと思うと自身に向けられた真空の刃が見えた。高い跳躍で交わし、仲間の無事を確かめる。
 額に瞳を開いた尚道が人外の動きで女王の眼前に迫っていたが、女王は簡単に尚道の両腕を戒めて、そのまま背後の壁へと打ち付ける。
 金蝉も彼女の隙を狙って魔銃を放っているものの、彼女が手をかざすだけで攻撃という攻撃は意味を成さない。
「質問には答えて貰おう。何故死んだ筈のあの巨鬼が生きているんだ?キミは、キミ達は、いったい何者だ!?」
女王は笑みを収めない。金蝉、尚道、秋杜の攻撃が須らく自分に向かおうと、まるで虫を払うかのように簡単に攻撃を無意味にする。
 計り知れない実力に、けれど翼はその弱点を知っている。いざとなれば――。
「っなに!?」
「幻か……!!」
 翼と尚道の声が重なる。女王が答える代わりに、その背後から異形が生まれる。湧き出る水の如く留まる事を知らないソレが、玉座の裏から音も無く現れる。
 何の気配も無く、不自然な者共が生み出される。
 それでも実体を持たぬ存在にしては奇異な程、それらからは”生命”が感じられるのだ。幻影とは思えぬ温もり、悶え苦しむ様。それぞれに異なる行動。
「お主らが今頃答えに辿り着いてももう遅い。例え妾が切子童子そのものでも、例え鬼共が幻影でも、お主らに何が出来ような?どちらにせよ妾を倒せぬ限り、人の世に未来は無いわ!!」
 女王が美しい顔を愉悦に歪ませながら吼える。彼女はまだその両の腕しか動かさず、四方から向けられる攻撃にもその心を乱す事は無い。
 賞賛さえ抱かせるその能力者が、しかし子供の動向は知らぬと突っぱねる。異界で起こる事、侵入した者の動きを仔細まで知っておきながら、なぜ子供の存在を知らぬというのか。探し人がわかると言う端で、何故子供を攫っているのか。言動を伴わぬそれは、女王と切子の意思が夜と昼を通して入れ替わり、また交錯する故かと思っていたが――。
 女王の攻撃を交わしながら、翼は疑心を募らせていた。

 翼の怪我は凄まじい治癒力によって欠けた傍から戻る。だが女王の体には傷一つつかず、未だ余裕顔で四人の動きを見ていた。
 翼の幾度もの問いかけに女王は正しく返答せず、時間だけがずるずると流れる。仲間達も極度の疲労に荒い息をつき、いつまでもつのかも怪しい。
 けれども翼は自身の持つ能力を発す事が何時までも躊躇われていた。
「騙されてはなりません……!!」
 時間が止まったかと思った。そう思うほど自然に、己の腕が止まり、思考が止まり、仲間が止まり女王が止まった。
「その者に幾ら攻撃をしても無駄です。その方自身本体ではないのです!」
 半壊した屋敷の上空には闇。唯一残った崩れかけの階段で小さな少女が叫ぶ。その背後には二人の――あれはアトラスの協力者だったはずだ。
「……千斗? 酷く茫洋としておるが、お主」
「この空間こそが幻です!!」
女王の言葉を遮って千斗の虚ろな瞳が四方を巡った。
「どういう事だ!?」
「そうだとしてどうする?」
金蝉と女王の言葉は同時。女王の余裕の意味に気がついて、翼の青玉の瞳に何かが宿った。
 勝気に笑みを響かせる異形の王を見据える瞳はどこまでも冷たい。
「僕たちを甘く見ない事だ」
 翼の言葉と共に、世界は一転する。


◆夜の終わり 消える者◆
「っぎゃああぁあ!!!」
突然照りつけた光に絶叫が響き渡った。
 幻である筈の女王が、自身の顔を押さえて蹲っていた。天井に開いた大穴から照りつける太陽に、女王の体から湯気が立ち上り、次第に女王の皮膚の焦げる匂いが充満し出した。
 そのまま転げまわる女王。
「ぐぅうっあああああああ…!」
 翼の持つ【固有異界】の能力が、女王の幻世界を塗り替えた。燦燦と輝く太陽を上空に、異界に朝を出現させたのだ。
「で、子供はどこなんだ!?」
 尚道が女王の胸倉を掴み上げて問う。すると女王の醜く溶け出した顔が露になり、皆が顔を顰めた。
 女王は声にならぬ叫びを上げながら、痙攣を起こし、尚道の手から逃れようと必死にもがく。――哀れだった。
 そのまま女王の体は、太陽の光に滅した。屋敷や街も同時に、何も無い空間へと還る。残ったのは太陽の下の翼達。
「……消えたぞ…?」
「本体が何処かに居るはずです」
 アトラスの協力者に支えられて、千斗が荒い息の下で言う。
「この光の中、女王も弱体しているでしょう」
千斗の言葉に四方に散る。太陽の照らす、ただただ広がる空間。隠れる所など何も無い。空と大地の間を隔てるものは無いはずなのに。
 女王の姿は無い。自身の作り出した異界の事だ。手に取る様にわかる。だが自身達以外に気配はない。
 ――否。
「子供だ!! 子供が居る!」
 声と共にその存在を意識した翼が、駆ける。
「1,2の――10人!! 全員居る……脈もある!!」
 頬はこそげ落ち脈は弱い。それでも、攫われた子供は全員生きていた。
 ホッと安堵の息を漏らし、振り返る尚道に笑みを返す。
「とにかく外に出そう」
「そうしよう。アトラスの奴らにも手伝わせて、至急病院に運んだ方が良いな」
 その時、頷き合う二人の背後で千斗が悲痛に叫んだ。
「切子を殺して下さい!!彼女は、女王は切子自身です……!」

 千斗はその場にくず折れ、一人では立てないのではと思える程蒼白な顔をしていた。傍に付き添っていたアトラスの二人組が秋杜を追って異界を出て行くのを見たが……。
 金蝉の姿も既に無い。
 子供を背負って尚道がその脇を通り過ぎ、翼も彼に声をかけてから異界を飛び出る。
 爆音を響かせて、空市に最後の戦闘が始まっていた。


◆朝の始まり 残る者◆
「――千斗…?」
 その者を見て、翼は驚愕に呟いた。
 子供を全員運び出し病院へと向かう車を見送った後、自身も助太刀しようと爆炎の中に飛び込んだ。
 仲間達に囲まれる小さな体は黒く艶やかな髪を躍らせ、狂相で舞っていた。不自然に破れた黒い着物に身を包む体は所々骨が露。
 けれどその顔は千斗、いや手鞠と酷似していた。似ているというより、同じだった。
 疲労が著しいのか、その動きは緩慢で十を超える能力者の中で命の火を消そうとしている。
 あれが――。
「女王?」
 疑念に駆られ思わず背後に目をやれば、女王から一身を引き銃を収めた金蝉が眉間に皺を集めて頷いた。
自分が異界で見ていた女王はもっと妙齢で、猛々しくも清廉で居て、異質だった。けれど今見る女王は庇護すべき小さな子供で、泣きながら戦っている。
 空寒さに体が震える。自分が思っていたよりもこの件は根が深く、知らされた現実は表面だけに過ぎず、考えられない程に単純だ。
 切子と女王という昔人は一人と一人ではない。切子が異形の女王と呼ばれる存在そのもの。今見る姿が間違い無く現実を脳に叩き込んでくる。
 瞬きさえせず見開かれた瞳に、女王への最後の一撃が見舞われた。

 赤黒く、どこか緑を帯びた血がコンクリートを濡らしていく。瞳をなくした眼窩から、骨しか残らぬ体から、夥しい血が流れていく。
 けれどそれは幻でしかない。切子童子と呼ばれた天才術師の、精巧な幻影――。
「一人は、いや……一人は寂しい、怖い、辛い……」
 倒れた少女の体から声は嗚咽混じりに発せられ、それをただ信じられない面持ちで見る事しか出来ず、翼は傍らを通り過ぎた手鞠の存在に気がつかなかった。
「千斗、千斗……せん、とは何処か……?」
 まるで母親を求める子供の様だと思った。否、事実彼女は子供だったのだろう。
 骨となった切子の傍に、手鞠が寄り添う。
「千斗は、何処か……?」
「あの方は、輪廻の中に……」
 千斗である筈の手鞠がそう言って、切子の冷たい頬を撫でる。
「また、置いて捨てられるか……?妾が、切子が異形の王だから……」
「いいえ。あの方は一緒には生きられぬから、だから僕を作りました。僕が、これからの貴方と一緒に逝きます」
 じりり、とわけも無く後退する。それは何か神聖を伴っているようににさえ思えて、今自分達がそこに居る事が罪なではと思えて。
 白む景色の中、動けない。
「あの方の代わりが僕では嫌かもしれませんが、この国を解放する事を許して下さい」
 昇った本物の太陽が切子と手鞠、そして全てを照らす。
 明るい光の中。
 錯覚だったのかも知れない。
 美しい童子が、妖艶な美女が、小さく微笑んだ。
 そして次の瞬間淡く明滅して、何をも残さず消えた。
 残された手鞠が太陽を背にゆっくりと振り向く。その姿もぼんやりと朧げに、けれどその顔は切子には似ても似つかない。
「切子は人でありながら、異形の王。暗い感情との間でせめぎ合い、封じられてしまった子供なのです。切子はただ、不器用なだけ。――あの方に会いたかっただけ」
 やがて手鞠の体が大気に薄れ、彼女を通して向こうの景色が透き通る。
「千斗様を責めないで下さい。彼もまた不器用な方。相容れぬ運命の双子が、ただ自分の幸せと姉弟の幸せを願っただけなのです」
「千斗は、キミだろう……?」
掠れた声に首を振って、少女は何事かを紡ぎ――けれどそれは言葉になる事無く、永遠に失われた。

 突然に始まった百鬼夜行は、こうして唐突に終わりを告げた。
 ただ残された者達はその呆気なさに立ち竦み、秋杜が意識を失って倒れるまで、誰も動く事が出来なかった。


◆終幕◆
 蒼王・翼が不機嫌を露に茶を啜った。ホテルのロビーに並ぶは翼とそう変わりない顔。
 子供は無事に救出され、一週間もすれば元通りに生活出来るだろうとの事。攫われてからの記憶は曖昧だそうだが、ただ彼等は特に怖い思いをしたわけでも無いようだ。覚えているのは涙を流す着物の少女。それも日常生活に戻ればすぐに忘れて行くだろう。
 ――それは心から喜ばしい事だ。
「切子童子……単純に見れば子供という事ですものね。盲点だったとしか言えませんが」
「拍子抜け、ね」
 水上・操、古田・翠の言葉はそのまま皆の肯定を受けた。
 考えもしなかった。まさか百鬼夜行の全てが人間くさい感情故に起こった事等と、考えられる筈が無い。
 アトラスの調べた所によると、切子は天才術師であると同時に異形の王と運命付けられた子供だった様だ。残忍さと純真な心が鬩ぎ合い、けれど最後には異形の女王として鎌倉の世の討伐で異界へと封じられた。己の望んだ方法ではあったが、一人残された異界で寂しさの余り次第に狂い、そうして百鬼夜行が起こった。
 二重人格だったと考えると若干理解出来る。両の想いが自分から生まれるが故、逃げる事も戦う事も出来ず苦しい。
 千斗が輪廻転生を果たした事が、切子にどう作用したのかはわからない。ただ彼女にとっての唯一の救いが千斗だったのでは無いか。
 王となる事で千斗が会いにきてくれると思ったのだろう。殺される為でも切子は千斗に一目合いたかった。
「わかんねぇのは、千斗なんだよな」
 納得のいかない要因の一つである、千斗。手鞠の体を器としていた千斗の魂を前に、手鞠と切子が口にした矛盾。姉弟の感動の再会であった筈なのに、奇妙な違和感を残してくれたもの。
「――それでも、解決だぞ」
 曖昧に笑って、それまで黙っていた草間・武彦が肩を竦めた。皆の視線を一身に集めて草間がもう一度繰り返した。
「そう思えなくても、解決だ。どんなに歯切れが悪かったとしても、目的は達したんだ。胸を張ったらどうだ?」
 単純さに苦笑が漏れる。けれど……事実、草間興信所は依頼を果たし成功を収めたのだ。これ以上の事が何故あるだろう。事件の紐解きはいずれ、アトラスで完全なる形で見る事が出来る筈。
 翼は窓の外を見据えた。

 草間興信所にとっては確かな、終幕だった。


FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2863 / 蒼王・翼(そうおうつばさ)/ 女性 / 16歳 / F1レーサー 闇の皇女】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみせきや)/ 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【2158 / 真柴・尚道(ましばなおみち)/ 男性 / 21歳 / フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】
【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづかこんぜん)/ 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【3461 / 水上・操(みなかみみさお)/ 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】
【3999 / 柊・秋杜(ひいらぎあきと)/ 男性 / 12歳 / 見習い神父兼中学生】
【4084 / 古田・翠(ふるだみどり)/ 女性 / 49歳 / 古田グループ会長】

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■         ライター通信          ■
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 こんばんわこんにちわ。ライターのなちです。またもや凄まじい遅延、申し訳ございません。その上長く、しかも最後は無理矢理な展開気味……いえ考え通りに終わったのですが、第三部でもってくるには一杯過ぎたやも……。
と、とにかくはご参加、有難うございました!!これにて『百鬼夜行』終了になります。二部から間が開いてしまったりと、長々とお付き合い有難うございますvそして散々ご迷惑をおかけいたしましてすみませんでした。
 またどこかでお会いできる事を夢見まして、皆様のご活躍密かに楽しみにしております。