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<あけましておめでとうパーティノベル・2005>


踊る謹賀新年

「武彦見ろよ、近所のおばちゃんからつきたてのお餅って、こんなに餅もらっちゃってさ。紅白のお餅だぜ…って、なんだ?難しい顔して」
 新年明けて早々に、厚手のビニール袋に入れられた紅白の丸餅を手に、草間興信所を訊ねて来た青年、青島萩が声をかけると、事務所の主である草間武彦が珍しく煙草も吸わず真剣な顔で電話帳を捲っているのを見て首を傾げる。
「ん?ああ…よう」
 眠っていないのか、眼鏡の奥が充血しているのを見た萩が近寄って行くと、
「そうだな。お前何かがいれば丁度いいか。頼まれてくれないか」
 萩が手に持つめでたい色が詰まっているビニール袋にはまるで気づかない様子で、ずれていた眼鏡の位置を直すと表情を変えないまま真っ直ぐ向き直る。
「――どうした?」
 金欠で喘いでいたり、妙な依頼を持ち込まれたりで頭が痛そうにしているのは何度も見ているが、武彦が取り乱したように見えるのは初めての事で。手近な机の上に餅をどさりと置いて、こちらも表情を硬くして身を乗り出す。
「零が攫われた」
 次の瞬間、武彦の口を付いて出たのはそんな言葉だった。

*****

「誘拐か?」
「いや、どちらかと言うと拉致に近いな」
 どうやら電話帳を繰っていたのは人員を集めようとしていたらしい。今日集まってもらえそうな心当たりをチェックしている武彦に、萩が質問を飛ばす。
「追われてたのか、早朝に飛び込んで来てな。――零を人質に取って暫く給湯室に立て篭もってたんだが、追っ手が来ないのを見て彼女を連れて出て行ってしまった」
 その後、不審人物を見なかったかと警察が訊ねて来たのは、2人が消えて更に暫く経って後の事だったと言う。
「おいおい、そりゃ…彼女黙って付いて行ったのか?」
「俺が手を出そうとしたら、刃物を持ってるから危ないって止めるんだ」
 事務所を訊ねて来た警察によれば、このあたりに連続殺人犯容疑で手配されている鈴木一郎と言う男が潜伏していたらしい。どうやらこの事務所を訪ねて来た歓迎されない訪問者はそいつだったようだと武彦が電話に手を伸ばしながら言う。
「鈴木って、あの鈴木か!?そういやこのあたりにいるらしいって噂は聞いてたが、まさかこの事務所に来るとはな。で、言ったのか?警察に」
「いや」
 あっさり答えた武彦の答えに萩が目を剥いたが、その理由を悟って、
「そうか、連れて行かれたのが零ちゃんだもんな。俺のところに即連絡が来るならまだマシだったんだろうが」
 言って軽く溜息を吐く。
 よもやばれる事は無いだろうが、零が人間とは違う存在だと一般の者に知られるのは極力避けたい所でもあり、また、連れて行かれる時に妙に彼女が落ち着いていたと言うのもあって、事務所を訪れた警官が去るのを待って急いで知り合いの住所録を漁っている所に萩がやって来た、と言う所らしい。
「よし、それじゃこうしよう」
 零が連れていかれたという状況が効いたのか、思っていたよりも多い人間からすぐ行くと言う返事を受けて椅子に深々と腰掛けた武彦へ、萩がにっと笑いかける。
「何人だっけ?――そんだけ集まれば何とかなりそうだな。ここに変則だけど捜査本部作って動く事にしよう。あ、武彦は電話番兼留守番な」
 平時でも正月でも変わらない、緩く結んだネクタイとスーツ姿に緑色のコートを着込んだ萩が、いつになく緊張している様子の武彦を励まそうとするようにぱんと背中を叩く。
「とっとと犯人捕まえて、皆で宴会楽しもうぜ」
 と。
 ――丁度そこへ、ばたばたと数人の足音が響き、
「零ちゃんが連れて行かれたって本当なの!?」
 事務員兼調査員のシュライン・エマを筆頭に、零を心配する何人かがどっと事務所に飛び込んで来た。

*****

「なるほど、詳細は分かった。今からでも遅くは無いな…こちら側も正式に緊急対策本部を作る事にしよう。出来れば警官が来た際に申し出てくれればこのあたりで検問も張れたのだが、今更言っても仕方ない事だな」
 一通り話を聞いた里見俊介が、その貫禄たっぷりの顔に少し苦い表情を浮かべるも、すぐに割り切って自らの携帯を持って事務所の隅へ移動する。
「明けましておめでとう…って、どうしたの皆?」
 その時、事務所へ偶然顔を出した綾和泉汐耶が目を丸くする。
「零ちんが連続殺人犯に連れていかれてもうたんやて。タケチャンマンも新年早々難儀やなぁ」
 すかさず友峨谷涼香がその問いに答えたのを聞いて、更に目を見開いた汐耶が沈んだ表情のシュラインと目を合わせた。
「零ちゃんなら大丈夫とは思うけど…というか、どうして付いて行っちゃったのかが分からないのよね」
 ここに集まった皆なら知っている事だが、零は普通の人間ではない。余程の能力を持った者でなければ太刀打ち出来ない程の力は持っているのだから。
「不思議ね…」
 ぽつっと呟いたのは、ここに集まってからまだ一言も喋っていなかった青砥凛だった。どこかあらぬ方向を見ているようにも見えるが、本人はいたって真面目に言っている様子。
「――俺も…何か手伝える事があるなら手伝うぞ」
 その脇に添うように立っているのは、彼女に連れられるようにしてこの事務所へやって来た諏訪海月。今も凛の側を離れようとはせず、どちらかと言うと積極的に零を心配しての事では無い様子だった。
「そういや武彦、零ちゃん連れて行かれる時に何か言ってなかったか?」
「俺も今それを考えている所だ。何せ、ほとんど言葉を交わす暇も無かったからな…」
 おまけに早朝から起きていたわけではなく、昨夜から徹夜だったらしい武彦は、やや頭の回転も鈍っているらしく、そんな武彦をシュラインが心配そうに眺めている。
 そこへ、
「緊急手配の手続きは済ませた。…それから、今回は彼女の知り合いと言う事で君達の協力も許可を取ってある。捜査中の警察に何か言われた時は、私か青島刑事の名を出せばいい。私は向こうの本部で指揮を取る」
 ぱちんと携帯を畳んで内ポケットに入れた俊介がそう言って萩へと向き直り、
「青島刑事は私と来てもらおうか。現場の捜査員と話を詰めなければいけないからな」
「え、でも…里見さん、俺」
「単独行動がどれだけ捜査の邪魔になるか知らないわけじゃないだろう?会議の用意は済ませてある。急ぐ事だ」
 そうしてから武彦へと顔を向け、
「方針が決まるまで皆はここで待機していてくれ。今朝の状況も聞きたいからその内警官を寄越す」
 そう言い置いて、有無を言わせぬ様子で萩を連れて外に出て行ってしまった。
「待機していれば、見つかる…とは限らないと思うんだけど。まあ、闇雲に動いても仕方ないわね」
 汐耶がそう言って2人が出て行った事務所の扉をじっと見、
「取りあえず、動かなくても済む事から始めましょ。警察の資料は後で青島さんから聞くとして、容疑者として上がるからにはそれなりにニュースになったでしょうし…」
 じっとしていては落ち着かないのか、シュラインが自らにも言い聞かせるように言ってパソコンの前に座った。
「…じゃあ…お茶でも…」
 いちにいさんし、とこの場にいる人数を数え出した凛が急ぐでなく給湯室に向かうのを、
「手伝おう。――お茶でいいのか?」
 最後の言葉はその場の皆へと、海月が訊ねながら給湯室に向かった。
「コーヒー頼む。出来る限り濃くな」
 頷いた3人とは別に、武彦が頭を抱えつつ灰皿を引き寄せた。
 ――かたかたとキーボードを叩く音以外に音は無い。そんな張り詰めた空気を穏やかにしてくれた零がいないと言う事が、どれだけこの事務所に取っての損失なのか気づかせる一瞬だった。
 その時、こんこん、と事務所の扉が叩かれて、皆が一斉にそちらを見る。俊介が言っていた寄越された警官が来たのかと思ったのだが…。
「こんにちは。明けまして――おめでとうじゃありませんでしたね。そこで青島さん達に会いまして、何かお手伝いできる事があればと。…お邪魔します」
 警官ではなく、近くを通りかかった様子の知人、シオン・レ・ハイがひょこんと顔を出したのだった。

*****

 指名手配中の鈴木が、人質を取って逃げ出した――それだけで緊急会議に至るには十分な理由だった。今更のように被害者と見られる人々の情報が会議室に集められ、俊介の指示により超常現象対策本部絡みの人員が集まってはスライドの説明に聞き入っていた。それによれば、発見された被害者達は皆、どうやら遺棄された場所と本当の殺害現場が別らしく、その現場もまだ知られていないと言う状況だった。
「里見さん、何悠長な事やってるんですか。犯人はもう彼女を連れて逃げ回ってるんですよ?あの子に何かあったらどうすんですか」
 事件記録の分厚いファイルを捲りながら、自ら本部長として警察側の指揮を取る事を宣言した俊介の様子に痺れを切らしたか、自分に渡されたファイルを握り締めて萩が小声で詰め寄って行く。
「青島刑事」
 俊介が椅子に座ったまま、開いた資料のページにぐ、っと手の平を押し付けながら萩を見上げ、
「事件は現場で起こっている事くらいは分かっている。だが、解決の糸口は現場にだけあるとも限らない」
 鋭い――冷たいと取られてもおかしくないような視線を向けた。
「どちらにせよ、市民に逮捕権は無いのだから、我々が動く事は問題では無い筈だな。――という訳でもういいぞ、青島刑事。向こうに戻ってその資料を見せてやるといい。それから草間の事情聴取も任せた」
 表に流れている情報だけでは難しい筈だ、と未だ説明の終わらない中で、周りに聞こえないよう言うと、
「何か分かっても分からなくても定期的に連絡は送ってくれ。それから君達に彼の潜伏先が分かった場合はこの番号に。私に直接通じているから」
 捜査に協力出来るのも、市民の権利だからな――そう言い終えると、ひらひらと周りには見えないよう手を振った。
「わかりました。…里見さんも頑張って下さい」
 緩やかに敬礼のポーズを取ると、他の者の邪魔にならないようこそこそと後ろから出て行く。手には今までの捜査で分かった、全ての情報を持って。

*****

「あー…確かに濃くとは言ったが…」
 ずっしりと重いコーヒーカップは、逆さにしても中身が落ちて来る気配が無い。だが振ると中身がコーヒーカップの形のまま出て来そうで、ごとん、と飲む事を諦めて皿の上に置かれたティースプーンでひと匙すくい、口に入れて悶絶した。
「濃茶を目指したんだけど…駄目?」
 凛の言葉にシュラインがかたんと立ち上がって、給湯室に向かい、最近開けたばかりのインスタントコーヒーが半分に減っているのを見つけてやっぱり、と溜息を付く。
「なんやなんや、だらしないなぁタケチャンは。そないなモンであっさり負けをみとめへんで、男なら最後までがーっと食べるもんやで?せっかく淹れてくれたその気持ちを大事にせなあかんよ」
 腕組みしながら涼香がにやりと笑い、
「ならお前も食べてみるか」
 コーヒーを『食べる』と言う時点で何かが激しく間違っているのだが、涼香の言うように凛が淹れたものをその場で捨てると言うのもしづらく、また濃いのをとリクエストしたのが自分と言う事もあって、文字通り苦い顔をしつつ再びスプーンですくって口に運んだ。
「すまん。俺が見張ってるつもりだったんだが」
 お茶の方は問題無い淹れ加減なだけに油断した、と海月が小声で呟いて苦笑した。
 やれやれと肩を竦めつつ、ついでだからとお茶菓子、それから後からやって来たシオンにも新しいお茶を淹れてシュラインが戻って来た。パソコンの方は汐耶が作業の続きを行っていたが、流石にニュースで一時期流れていた以上の事は分からず、被害者のひととなり等も調べようの無いままで半分以上頓挫していた。
 分かったのは、鈴木一郎が指名手配を受ける直前までは普通の会社員…それも外回りの多い営業マンだったらしいと言う事、親元を離れずっと1人暮らしをしていた事くらいだった。
 また、被害者は皆10代後半から20代前半の女性ばかりで、主に学生であり、会社員は1人もいなかった、と言う事までは分かった。ついでにどこかの大学の心理研究家からは、鬱屈した子供時代を過ごした者には往々にしてこう言う事が起こるものだと言う、こうした事件の時に良く語られる言葉が画面の中に散りばめられていた。
「遅くなってすまん!」
 その時、ばたんと勢い良く開いた扉から萩が飛び込んで来て、飾り気の無い大きな茶封筒から分厚い紙の束を取り出してテーブルの上に置く。
「これが一連の事件の資料だ。里見さんが手配してくれていたらしい。あ、現場写真は無いから安心してくれ」
 焼き増しされた被害者の写真、そして武彦と萩以外は初めて見る鈴木の写真。
「……似てるわね」
「似てるわ」
「なんや…零ちんそっくりやん。そら連れて行きたくもなるわ」
 街なかですれ違ってもほとんど気づきそうにない、どこと言って特徴の無い中年男性と言った鈴木の顔とは対照的に、被害者の顔はどれもひと目見て『見た事がある』と思わせる同一の印象があった。
 すなわち――零の顔、雰囲気にそっくりだったのだ。
 彼女程色白…と言うか、血の気のあまり無い顔ではないにせよ。
「管轄が違うから、俺も気づかなかった」
 そしてまた、鈴木が犯行を行った範囲が異様に狭い事にも気づく。各被害者の家から近い訳でも無く、鈴木の家の近くでも無い。まるでわざわざ危険を冒してまでその周辺で犯行を重ねているように見えるのだ。
 だからこそ、警察側も同一犯の仕業だと早い時期に分かっていたのだったが。
「と言う事は、今回も零ちゃん…この辺りに連れて行かれてる可能性が高いって事?」
 汐耶が、資料に挟まれていた地図の丸が書かれた付近を指で押える。
「断定は出来ないけど、多分な。その辺は里見さんも手配してるだろうけど」
「…被害者は偶然選ばれただけなのかしら」
 ふと、シュラインの口を付いて出たのはそんな言葉だった。
「この資料によれば、連続で犯行を重ねたにしては時期が近いですよね。何か強い接点でも無ければ、この短期間に何人も、なんて難しいと思いますけど」
「あれやないの?ほら、目的のお姉ちゃんが何人か揃うまで待ってから一気に…とか」
 シオンの言葉に涼香が返すが、それもまた理由にしては弱いと考え込む皆。そこに、
「…メイク?……整形?」
「何だって?」
 語尾が上がっている割には誰かに質問している様子の無い、凛の声が響いた。その言葉にがばと顔を上げた萩が鋭い目を向けた。
「ん……」
 さり気なく伸ばした手で湯飲みのお茶をこくりと一口飲み、それからふーと息を吐いて、
「…何か言った?」
 初めて気づいたような顔で萩へと顔を向けた。ちょっと勢いが付いていた萩が少し前にのめりながら、
「いや、だからその言葉。メイクとか聞こえたから、何か分かったのかと思って」
「ああ」
 凛がゆっくりと首をかしげると、
「目と鼻の形、そっくりだな…って。僕の知ってるバンドでも、有名バンドメンバーに似せたメイクとかするから、そう思ったんだけど」
 もう一口お茶を口にし、口を湿らせた後で、
「後は整形かな、と」
「…整形?」
 半分コーヒーを食べ終えて、お湯で割ってようやく液体らしくなったどろどろのコーヒーを苦そうに啜っていた武彦が急に声を発した。
「どうした、武彦。何か思い出したのか?」
「いや…気のせいかもしれないんだが、そういやあの時消毒薬みたいな匂いがしたな」
「――鈴木一郎の職場は何処?何の営業をしていたの?」
 何か思いついたのか、シュラインが声を上げた。「待て待て、確かここに」とばさばさ資料を捲り始めた萩が、指でその部分を追ってぴたりと手を止める。
「……医療メーカーの営業……だ。おいおいおい、何だよこれ!それじゃ被害者は過去に整形した可能性があるってのか!?」
「全員とは限らないけど、あり得ない話じゃないわね。それに、整形していた事実なんて本人も家族も言いふらしはしないでしょうし、捜査線上に上がらなければ共通点として見つかる訳無いわ。――家族からの事情聴取の時、本人の通っていた病院の話なんて聞いて無いの?」
「待ってくれ――いや、鈴木が医療関係だと言う事で『行きつけの病院』の情報は聞いてる。そこに鈴木との接点が無かったんでそれ以上突っ込んで調べて無い――何てこった」
 萩が慌てて携帯から、里見のいる本部へ連絡を飛ばしている間、鈴木の犯行地域の詳細マップをネットで調べてみる一同。
「ああもしもし、里見さんですか。今ちょっとこっちで情報ひっくり返してたらですね――」
「この辺での病院はこれだけね。――じゃあ、整形専門は?」
「ええっと」
 絞り込み検索で美容整形関連の病院を探すも、検索には浮かび上がって来ない。
「この辺の土地とは関係無いのかしら」
 もう一度詳細マップを広げ、倍率を上げて調べて見る。

『分かった、すぐに確認を取らせよう。現地で捜査中の面々にも通達しておく。――それにしても、消毒液の匂いがした?鈴木は仕事を辞めている筈だぞ。今も病院…もしくはその関係の所に出入りしていると言う事か?』
 携帯の向こうの俊介が、自問するように語尾を上げる。
『――そうだ。鈴木が興信所から出た後の足取りだがな、やはりあの場所へ向かっていたらしい。今そちらに捜査員を投入している所だが、まだ発見には至っていないようだ。青島刑事もここと思えるポイントに向かってくれ。ああ、それと鈴木を見つけたら無理せずこちらに指揮権を回す事だ、いいな。私も今から現地に向かう』
「里見さんもですか。了解しました――当たりを付けてそっちに向かいます」
「青島さん!」
 電話が終わると同時に…いや、終わるのを待っていたらしいシオンが、こっちこっちと手まねきするのを、机にぶつかりそうな勢いで萩が近寄って行く。と、
「興味深い情報が入ってます」
 パソコン画面にはいくつかの窓が開いており、今トップにあるのは――ホラー系情報サイトだった。
「詳細地図が最新じゃなくて助かりました。この地区にですね、一軒廃病院があるんです」
 シオンがほらここ、と掲示板にある病院名を上げる。
「廃病院と言えば怪談話のメッカや。それで調べてみたらどんぴしゃやった。けどな、これ見てみい」

 ――最近あの病院時々人がいるっつー噂なんだけど

 ――マジ?つーかそれホームレスじゃねえの?

 ――それこそありえねえよ。だってこの病院マジヤバだぜ?ホームレスだって寄りつかねえよ

 人魂が飛んでるっていう噂、もしかしてその人の懐中電灯だったりして…

 チャレンジャーだな、そいつ…俺近くまで行ったけどマジ怖えーってあそこ。シャレで中に入りかけたヤツ熱出して入院しちまったよ

 そりゃご愁傷様。誰か中入ったってヤツいない?デジカメ画像アップ希望ー

「どう思う?」
 シュラインの言葉に、じっと掲示板の投稿文を読んでいた萩が顔を上げて、
「可能性は高いな。犯行現場がここで、そこからこの範囲で捨てて行ったって事になればあり得ない話じゃない」
 うんうん、そう頷いた萩が「よしっ」と顔を上げて、
「行こう。里見さんも近くまで移動中だし、そっち方面に鈴木が行ったっていう情報も来てる。さっさと行って零ちゃん助けて、宴会にしようぜ。このまま新年会にさ」
「悪く無いな」
 海月が、返事無くゆらっと動き始めた凛に添うように動きながら萩へ返事を返し、
「おー、宴会やな?うちの料理の冴え見せたるわ。ほな行こか」
 にっ、と楽しげに笑う涼香がぱたぱたと移動して事務所の扉を開ける。
「草間さんはお留守番ね。大丈夫よ、だって零ちゃんなんだもの」
 汐耶が立ち上がりながら、シュラインと頷きあって武彦に声をかけ、
「そうよ。帰りには鍋物の材料やお酒も買って帰るから…大丈夫よ、武彦さん」
「ああ…分かってる。分かってるんだがどうもこう、落ち着かなくてな」
 既に満杯の灰皿の中は、中途半端に吸って消した長い煙草でぎっしりだった。

*****

「嫌な雰囲気やなー」
 捨てられた建物に付きまとう、いかにも廃墟と言った建物が目の前にあった。見える範囲のガラスはほとんど割れ、塗装は剥げてスプレーの跡がちらほらと見える。
「…雰囲気じゃいだろ、これ…」
 うわ、とかおお、とか目をある場所に向ける度に思わず声を上げている萩がやや猫背になりながらぼやく。
「…心霊写真取り放題ね…」
「そらお得やわーって違うやろ」
 てい、と手の甲を凛に向けつつ突っ込みを入れる涼香。
「ここで間違いないのか?」
 途中廃病院へ向かう事を告げ、合流した俊介が萩に聞く。
「これだけの大きさですからね、鈴木がいるのかどうか確認は出来ませんが、可能性は高いですね」
 ちらと振り返ると、覆面パトカー数台と捜査員数名が遠巻きに眺めている。
「…困った事に、捜査員が近寄りたがらない。機動隊でも呼ばないと包囲は難しいな」
 遠目で見ても捜査員の顔が蒼白なのを見れば、無理からぬと言ったところか。萩にしても、そのまま回れ右をしたい気分で一杯なのだから。…この異様なプレッシャーに。
「…式に探らせる?」
「やってみるか。人の気配と、人じゃない気配があれば突入しても構わないだろ」
 ぼそぼそ、と言葉を交わした凛と海月が、懐からごそごそと何枚かの札を出して、ぼそぼそと何事かを呟くとふっとその紙を敷地の中へ落とした。途端、小さな…鼠のようなものがちょろちょろっと動き出して病院の中へと走り込んで行った。
「あ、そうだ青島さん」
 こそっとシオンが萩へ近づいて行く。「?」と何かと首を傾げる萩に、
「捕まえる時、一度でいいから手錠をかけてみたいんですが、どうでしょうか。駄目ですかねー」
「……えーと」
 ちらと俊介を見、ちょっと悩み。
「………一緒にって事でいいなら」
「構いませんとも!」
 そうと決まれば早く出てこないですかねー、そんな事を言うシオンに萩が苦笑する。そこへ、
「青島さん、里見さん、間違いないみたいよ。彼女が言うには、男と女の子とが中にいるらしいわ。2階の手術室だそうよ。そこから動いている気配はまるでないと」
 急いた様子のシュラインが、早口にまくしたてた。
「そうか。よし、私はここに残って捜査員で全ての出口を押えて置く。この様子では中に入っても役に立つまい。君達に任せよう…内部の指揮は青島刑事に任せるといい」
「分かりました。行きましょ、青島さん」
「ああ」
 シュラインに急かされ、緑色のコートを翻しながら中へ駆けて行く萩達を見送って、俊介は覆面パトカーの元へと戻って行った。他へ散っている捜査員を集め、この病院の出入り口全てを封鎖するために。

*****

「いい加減にせいっちゅうねん、あんまりしつこいと消してまうで」
 どろりとした――武彦が飲んでいたコーヒーのように濃くて暗い空気が中へと入った皆の肩にのしかかる。涼香などはぱたぱたと手で弾きながら、周囲に纏わり付く何かに文句を言っている。
「…動いてる様子は無いの?」
 これで何度目になるか、上に上がる階段の前で汐耶が凛と海月に訪ねると、
「2人とも座っている様子だが」
 海月がどこか遠くを見る目付きで言い、
「向かい合ったまま…だよ。男が壁にもたれて、女の子はその目の前にいる」
「あんまり、人質を取って立て篭もっている感じではないわね?」
 不思議そうにシュラインが呟いた。
「――そこ。一番奥の扉だよ」
 薄暗い廊下の奥。侵入者を拒むかのような雰囲気の扉が、そこにあった。――物音は無いようだが、あったとしてもこの位置からでは聞こえない。
 皆で目を見交わし、そーっと、足音がなるべく響かないようにしながらじりじりと進んで行く。
 と。
『うあああああああああーーーーーーん!』
 突如、一番奥の部屋から――手術室の中から、廊下中に響き渡る泣き声が聞こえてきた。…男の。
「何だ――行ってみるぞ、もう足音殺してる場合じゃなさそうだ」
 尾を引く泣き声に目をぱちぱちっと何度か瞬きしたものの、気を取り直した萩がこう言って、急ぎ足で扉の前に駆けて行く。遅れまいと付いて行く皆、そして、

 ばたん、と扉を開けたそこに、2人はいた。

「あ――皆さん、どうしてここに?」
 埃っぽい部屋に居るせいか、少し薄汚れた服ではあるがいつもの零が不思議そうに振り返って首を傾げる。
「どうしてって…大丈夫だったの?何かされてない?」
「ええ、大丈夫です。真っ直ぐこの病院に連れて来てくれたので」
 助けに来てくれたんですか、ありがとうございます――そう、座ったままで皆に向かって笑顔で頭を下げる零。
 そしてその奥には、おんおんと声を上げて泣いている、写真の男――鈴木一郎がいる。
「ここに来てからずっと皆さんで説得していたんです」
「説得?」
「はい。悪いことをしたんだから、ちゃんと償わないといけませんよって」
 くるりと――皆とは別の壁に向かって、ね?と笑いかける零。
「何や。もう説得されてもーたんか」
 やれやれやねー、と肩を竦めながらも、連れてこられた零が元気そうなのを見て安心したように笑いかける涼香。
「こわ、怖かったんですよおおおおお。まさかこの病院にそんなに大勢人が居るなんて知らずに…彼女達が俺の後ろにずっとくっ付いて来てるなんて…」
 反省なのか、それともずっとこの病院を利用していた事の恐怖に今更ながら気付かされたのか、鈴木は縋りつくように刑事だと分かった萩の手を取った。
「け、刑事さん、わ、悪かったから、償うから、俺に取り付いてる彼女達何とかしてもらえませんか!?」
「――お前な――そんなの、自業自得だろうが!!」
 振りほどきはしないが、怒った顔そのままに、萩が鈴木を怒鳴りつけた。
「お前がやった事なんだぞ!?彼女達が死ななきゃならない理由なんてこれっぽっちも無かったんだ、取り付かれて当然だろうが!!――償うって言うんだったら、刑務所に入るだけじゃない、お前の後ろにいる彼女達がきちんと成仏出来るように、心残りをなくしてやれよ!」
 まあったく、と呟きながら、ごそごそと上着の中から手錠を取り出して、一瞬考え込んでからシオンに手渡す。
「鈴木一郎。――殺人容疑及び、誘拐の現行犯で逮捕する」
「では手錠をかけさせていただきますね――わっ」
 萩の声に合わせてシオンが手錠を鈴木の手首にかけた、と思ったのだが、かちゃんかちゃん、と鈴木だけでなく自分の手にも嵌めてしまって情けない顔をし。
「何やってんねん。ま、いこか――ほんまにな、心を込めて償わんと、彼女ら上がる事も出来へんで。悪霊化してもーたら、取り殺されるわ。それが嫌ならきちんと償いや」
 ええっ、と情けない声を上げる鈴木が、あたふたと周囲、そして自分の後ろを見る。
「……生きてる人間なら…塀の中までは付いて来れないけど、ね…ご愁傷さま」
「ええええっっ」
 ちらちらと鈴木の背後を意味ありげに見た凛と、ふん、と鼻を鳴らしてじろりと睨み付けた海月がさっさと部屋を出て行く。
「とにかく、無事で良かったわ。でもどうして付いて行ったの?」
 ぱたぱたと零の身体の埃を払いながらシュラインが不思議そうな声を上げると、
「だって。――そっくりな方達が、この人の後ろで悲しそうに見ていたんです。逃げて、って言われましたけど、何だか他人事に思えなくて。兄さんには悪いことしました、ごめんなさい」
 零が素直に付いて行ったのは、鈴木の脅しに乗ったと言うよりは、その背後が気になって仕方なかったかららしい。そしてこの場所に付いてから、彼女達を慰めがてら鈴木の説得に当たっていたのだろう。
 建物の外に出て、その異様なプレッシャーから解き放たれた皆がほーっと息を吐いた。

 ――シオンが鈴木と一緒に連行されかける一幕はあったものの、無事にシオンは解放され、鈴木は身柄を拘束された。余程あの病院で体験させられた事が効いたのか、妙に怯えた様子の鈴木は素直にそのまま何でも自白しそうな勢いで、パトカーがサイレンを鳴らし消えていくのを皆で見送る。
「それでは、私もこれで失礼しよう。捜査本部の解散や今後の手続きもあるのでね」
「あっ、里見さん。今日これから興信所で宴会やるんですけど、どうですか?」
「宴会か」
 俊介が、萩の誘いににこりと笑い、
「少し遅くなるかもしれないが、夜には参加出来るだろう。喜んで混ぜてもらうよ」
「よおし、そうと決まれば凱旋の前に買出しや。とびっきりの料理作ったるでー!」
 連絡を待ち侘びている武彦へ零が直接電話した後で、ぞろぞろと移動して行く皆は、一仕事を終えた満足感でいっぱいになっていた。

*****

「よおし、餅投下だー」
「むむ、負けませんよ。この餅も食べ尽くしてみせます!」
 温かな湯気が室内いっぱいに広がり、ガラス窓は既に真っ白に曇っていた。
「はい、お疲れ様でした、武彦さん」
「おお」
 少し奮発して買って来た吟醸酒を、武彦の持つ器に注ぐシュライン。零は今日の主役だからと無理に座らされていたが、手持ち無沙汰なためか鍋奉行を自ら買って出て、にこにこしながら器に盛り付けていた。
「やあ遅くなってすまない。…ほほう、鍋か。悪く無いな」
 そこへ、今後の手配や様々なごたごたを片付けてきた俊介が到着し、歓声と共に中へ引き込まれる。
「しかし何やね。タケチャンは零ちんがいないとなーんも出来へんちゅう事やね」
 鍋の他、店で出すような煮物を作っては運んで来る涼香がそんな事を言って笑い、「うぐ」と飲みかけの酒を器官に入れてしまって激しく咳き込んだ武彦が皆の笑いを誘う。
「駄目ですよ、兄さん。自分の出来る事は自分でしないと」
 めっ、とそれを聞いた零が真面目に返すのにも、笑い声が広がって行く。
「ま――なんだ」
 げほんと最後力を込めて咳払いした武彦が、
「…今年の、事務所の目標と言う事で」
「違いますよ。今年はもっとリッチーに、バイト君達にも報酬たっぷりを目指さないと」
「あら、それはいいわね」
「ほんとね」
 汐耶とシュラインが顔を見合わせて笑い。
「俺は報酬アップでも受け取れないけどな…だが、この事務所が繁盛していい情報を引張って来れるなら、それは歓迎だ。ですよね、里見さん」
「まあ、そう言うことだ。だからしっかり頼むぞ、草間」
「――はいはい」
「そう言う事なら、禁煙はともかく、節煙していただきませんとね。それに余分なお買い物も控えてもらいますよ」
「新年早々それは勘弁してくれ、零」
「駄目です。そうじゃないと、今日こうして私の事を助けに来てくれた皆さんに申し訳ないじゃないですか」
 にっこりと笑う零に、ううう、と情けない唸り声を上げる武彦。

 いつの間にか今年1年の抱負を強制的に決められてしまった草間興信所は、本日も夜更けまで灯りが消える事は無かった。
「寝かせてくれー」
「駄目です、ちゃんと節煙するって約束して下さい。それに、きちんと出先で領収書を書いてもらうことも。後はですね…」
 食べきれずに鍋の中身を持ち帰り容器にせっせと詰めるシオン、まだまだあるでーと次々に新しい料理をテーブルに並べて行く涼香、後半ほとんど洗いものに回っていた汐耶、そして興が乗った凛と海月による即興ライブ――その中で、のらりくらりかわそうとしてかわし切れない武彦に約束を迫る零。
 ――ある意味、いつもの事務所の姿がここにあった。
「良かったな。…やっぱり、零ちゃんはこの事務所にとって無くてはならない存在だ」
「そうね、本当に」
 心持ち酔った萩の言葉に、心底しみじみ頷きながらその様子を眺めるシュライン。
「それに――去年から我々を悩ませていた犯人を捕まえる事も出来た。幸先良い事だ」
 緊急呼び出しに備え、酒を断わった俊介も、昼間見せた仕事の顔とはまるで違う穏やかな表情になっていた。

「兄さんは我慢が足りません!それしきの事で音を上げてどうするんですか」
 そう言いつつ迫る零の声は止む事は無かったが、それでもどこか穏やかな響きが混じっていたのは、気のせいではないだろう。


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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1570/青島・萩/男性/29/刑事(主に怪奇・霊・不思議事件担当)】

【0086/シュライン・エマ/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449/綾和泉・汐耶/女性/23/都立図書館司書】
【3014/友峨谷・涼香/女性/27/居酒屋の看板娘兼退魔師】
【3072/里見・俊介/男性/48/警視庁超常現象対策本部長】
【3356/シオン・レ・ハイ/男性/42/びんぼーにん(食住)+α】
【3604/諏訪・海月/男性/20/ハッカー&万屋、トランスのメンバー】
【3636/青砥・凛/女性/18/学生&万屋手伝いとトランスのメンバー】

NPC
草間武彦
  零
鈴木一郎

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■         ライター通信          ■
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長々とお待たせいたしました。パーティノベルをお届けします。
お正月ならではの風景とはちょっと違い、事件を絡めた物語となりました。いかがでしたでしょうか。
…書いている間中、とあるBGMが頭の中を巡っていました(笑)

尚、登場人物の並びは主宰PCのみトップに置き、後は番号順に並んでおります。ご了承下さい。

それでは、遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年が皆様にとって良い年でありますよう、願っております。
今年も宜しくお願いいたします。
間垣久実