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■妄想具現化通販ガム■
「妄想したものがなんでもそのままそっくりに実体化する風船ガム……？」
瀬名雫は、退屈凌ぎにネットサーフィンをしていて、その通販サイトを見つけた。
なんでも、その「オマケつき風船ガム」はこのサイトで今、一番の売れ行きらしい。
通販をして「体験」した者のコメントも載っている。
『具現化したものは、気をつけないと風船ガムを膨らませたみたいに割れちゃうけど、そうでなきゃすっごく画期的だぜ！ 俺なんか自分のダミー作って授業サボッちまったし』
『彼氏を嫉妬させるために架空のカッコいい人ガムで作って、デート見せ付けたら彼氏焦っちゃって、プロポーズにまで漕ぎつけられたわ♪』
その他、食材にもちゃんと具現化して、店の「品物のメニュー」などに使われたりしているらしい。
ただし、想像したものに忠実なため、想像力が貧困な者が風船ガムにして作ると、そのまま具現化され、見るも無残なものが出来上がったりするらしい。
「おっもしろそー♪ 友達にもしらせてあげよーっと♪」
雫は自分の分も通販を申し込む前に、知人友人にこの通販のことを報せるメールを打ち始めた。
■風船ガム捕物帳■
雫からメールを受け取ったシュライン・エマは、少し首を傾げていた。
教えられた通販サイトに行ってみたが、そんなに怪しげな雰囲気はしない。
「売ってるの、生野さんだったり、とか思ったんだけれど……」
シュラインがそう思うのは無理もない。彼女はいつも、草間武彦で遊ぶ生野・英治郎（しょうの・えいじろう）に手を焼いているのだから。
しかし、値段も１個３０枚入り２５０円とお得だし、物は試しとシュラインは「カートに入れる」のボタンをクリックしたのだった。
◇
品物が届けられたのは、それから３日後のことだ。
小さいのに宅配で届けられたのだが、新製品で送料全国無料キャンペーン中だったので、実にサービスがいいと思う。
「ものも良ければ言うことなしね」
どことなく楽しい気分になって、包装を解いていく。
一見何の変哲もない、白いガムの袋に「妄想具現化ガム」と書かれている。成分表を見ても、「虫歯になりにくいキシリトール配合」等色々書いてあった。
どうやら害にはならない、と判断してシュラインは、さて何を作ろうかと考え始めた。
と、その時。
「あー、日曜だってのに朝から誰だったんだ？ ん、シュライン来てたのか」
パジャマ姿で、興信所の主である草間武彦が、まだ眠そうに立っている。
もちろん、武彦も興味を持ったこともあってシュラインと一緒に購入、ということで届け先を興信所に指定したのだが、合鍵を渡されていて、既に朝食の準備も掃除も一通り終えたシュラインに引き換え、髪の毛もボサボサで出てくる武彦も武彦だ。
「おはよう、武彦さん。やっと起きたのね。それに、『ここ』に土曜も日曜も祝日もないでしょ」
依頼がある時はね、とシュラインはつい微笑む。
「ただいま帰りましたー」
折りよくというか、朝早くから、最近ボランティアで、老人たちの集まりでのタオル渡しや飲み物の調達等やり始めていた草間零が帰ってきた。
「あ、シュラインさん！ 例のガム、届いたんですね」
早速こちらも目を輝かせる、零。
「ああ、さっきのチャイムはこれが届いた音か」
微妙に日本語がヘンだが、まだ寝ぼけているせいだろう。洗面所に顔を洗いに行く、武彦。
「ね、シュラインさん、早く使ってみましょうよ」
「私も考えているのだけど、イマイチどんなものがいいのか分からないの」
耐久性がないのが悩みどころなのである。
「事務所の観葉植物とかも考えたけれど、割れちゃうとガムが周りについて困りそうだし……」
シュラインが言っているうちに、零は３０枚のガムを自分、シュライン、武彦にそれぞれ１０枚ずつ配る。
やがて武彦が戻ってくると、何か画期的な使い方はないかと相談になった。
毎月のように赤字ギリギリや赤字そのものになっている興信所では、あまり夢のない意見ばかりが飛び交ったが、結局は「誰が何を望むかお楽しみ」として内緒で作ることにした。
◇
シュラインは興信所の外、ちょっと近くにある空き地に行き、誰もいないのを一応確かめてからガムを取り出し、口に入れた。
よく噛みながら具現化したいものを想像するのだという。
（色とりどりの……）
至って簡単なものだったこともあり、やがてシュラインはガムを膨らませ、普通のガムよりもかなり大きく膨らんだかと思うと、その中に風船が一個、ぽむっという音と共に現れた。現れたと共に、包んでいたガムの膜は消え去る。
そういう風にしてシュラインは、色とりどりの風船を１０個作った。もちろんひもつきの風船で、束にして散歩してみるつもりだ。
とりあえずその辺りを、とひも付きの色とりどりの風船を片手に束にして持ち、歩いていく。
あっという間に、シュラインの周囲に子供達が群がった。
「おばちゃん、あかいふうせんちょうだい」
「ぼくにはみどりの！」
休日ということもあるのだろう、どこかに遊びに行く途中だったようなのだが、すっかり風船に夢中になっている。
今時でもまだこんな子供達がいるのね、などとホッとしたような微笑ましいような気持ちになったシュラインは、特に「おばちゃん」と呼ばれたことに腹も立てず、一人一人に望む色の風船を渡してやった。
「この風船特別製でね、割れるとべたべたするから気をつけてね」
「「はぁーい！！」」
渡された子供達は、声をそろえて風船を眺めたり風船を透かして空を見上げたりしている。
やがてはしゃぎながら、どこかに行ってしまった。
シュラインはさっきよりももっと楽しい足取りで進んでいく。
───が。
「スリよ！ 誰かその男捕まえて！」
女性の悲鳴が上がった。
途端、表情を引き締めるシュライン。
この時期、スリやかっぱらいが増えているから気は抜いていなかったつもりなのだが、子供達のおかげでちょっと和んでしまっていた気持ちを改めて引き締めなおし、悲鳴が上がった方向から逃げる男を見つけ、追いかけた。
追いかけながらも、異常なまでにいい耳を使うことを忘れない。
男の足音を辿り、逃げ道を推測する。シュラインは角を曲がり、先回りに向かった。この道ならば、男の足が速くても先回りしてガチンコになるはず。
シュラインの推測どおり、彼女が先回りして道をその身でもって塞いだ途端、男がつんのめるようにして走ってきた。ぶつかりそうになるところをひょいと避け、かわりにフライパンで叩くがごとく、持っていた束の風船を男の顔面に思い切りぶつけた。
「うわあ！」
パァン、と派手な音がして風船たちはガムそのものになり、べとべとになって男の顔面を覆いこむ。目潰しになってくれているその間に、シュラインは男を地面に足をひっかけて倒し、取り抑えた。
「スッたもの出しなさい。それから警察に行くわよ」
男は持っていた、スッた鰐皮の財布を地面に落とすと、
「待ってくれ」
と弱々しく言った。
「俺は風船ガムから出来た、本物のスリが作った偽者だ！」
「───え？」
一瞬虚を突かれたように目を見開いたが、考えられないことはない。風船ガムはこうして悪用することも出来るのだ。だが一応、念の為。
シュラインはいつも持ち歩いているソーイングセットを取り出し、比較的大き目の針を、注射でもすかのようにぷつんと男の腕に刺した。
途端、ばちんと男が弾け、慌てて避けはしたが、ガムの残骸をかぶってしまった。
「……もう少し離れたところでやればよかったかしら……でも、本物のスリじゃなかったのね」
色々な意味でため息をつき、不可抗力とはいえ自分にかぶってしまった部分のガムを見下ろす。
一度興信所へ戻り、お風呂を借りよう。
「銭湯でもいいけど、少しでも節約しなくちゃね」
少しの努力が実を結ぶ───ということなのかもしれない。いやこの場合は「塵が積もれば」か。
どちらでもいいが、シュラインは興信所のほうへと向かう。
その時また、
「泥棒！」
と、さっきより若い女性の声が聞こえてきたと思った瞬間、シュラインの横をさっきの偽者のスリと同じ顔の男が通り過ぎようとした。
逃げるのに必死のスリは、スッと出したシュラインの足に見事にあっさりと引っかかって倒れてくれた。
「さっきはよくも騙してくれたわね」
抑えつけながら半眼になるシュラインに、男は言う。
「お、俺はスリの偽者だ、風船ガムで作られ」
言葉の途中が、悲鳴に代わった。
シュラインが、先刻の恨みとばかりに既に取り出していたソーイングセットの、さっきよりももっと大きな針で男の腕を突き刺していたのだった。
じわ、と小さく血が男の腕に赤い玉を作る。
「今度は本物みたいね」
にっこりと言うシュラインの顔から、何故かスリの男は物凄い恐怖感を覚え、素直に警察に同行したのだった。
◇
警察に引き渡して帰る途中、ふとシュラインは、聞き覚えのある声が聞こえたような気がして、そちらのほうへ向かっていった。
どうやら喧嘩をしているらしいが───武彦の怒鳴り声と、もう片方はどうも、生野・英治郎（しょうの・えいじろう）の飄々とした声に似ている。
やがてその場、公園に行き着くと、思ったとおり。
武彦が英治郎をつかまえて、やいのやいのと言っているのだった。
「生野さん、こんにちは。武彦さん、何をしているの？」
それで武彦は我に帰ったように、ゼエゼエと息を切らしつつシュラインを振り返る。
「い、いや……日頃の恨みを晴らすのにストレス解消にもなるかと思ってな、英治郎の偽者をあのガムで作ってみたんだが……」
あまりにイメージが近すぎたため英治郎そのものと言ってもいいくらいに出来上がってしまい、恨みを晴らすどころかいつも通りの本体としているような口論となり、武彦がやられっぱなしでいるのだという。
シュラインは思わず、頭を抱えた。
「ん、どうした？ シュライン。英治郎の顔を見たから気分が悪くなったか？」
「私の顔は結構イケていると思うんですけどねえ」
「お前は黙ってろ！」
武彦が吼える。
ガムで偽者を作って恨みを晴らそうとする武彦が、シュラインには何故だかとても不憫でならなかったのだ。
「武彦さん……もう夕方近いし、興信所に帰りましょ」
「いや、まだ決着は」
シュラインはため息をつき、武彦の言葉をひったくるようにソーイングセットの一番大きな針を、思い切りふりかぶってダーツのように英治郎の肩の辺りに見事命中させ、弾けさせた。
今度はガムの残骸をひっかぶることはなかったが、武彦は非常に残念そうだった。
（こんな場面、幾ら偽者とはいえ生野さん本人がどこかで見ていたら……あとで仕返しされるかもしれないけど、ね）
なんだかとても疲れたような気持ちで、ぼんやりシュラインは、そんなことを思った。
◇
シュラインと武彦が興信所に戻ると、零がにこにこと、小さなシクラメンの鉢植えをテーブルに乗せ、ソファに座っていた。
「あら、零ちゃんはそれをガムで作ったの？」
「はい。前からシクラメンの鉢植え、ほしくって」
いそいそとこちらもテーブルに置いてある小さな如雨露から水をやる本当に嬉しそうな零に、自然とシュラインの心も穏やかになった。
「弾けないように、大切に育てましょうね」
「はい！」
零がそう答えた途端。
ふと何かの光が宙に浮かび上がり、中から小さな小さな、ファンタジーの世界に出てくるような妖精が現れた。身体よりも大きな透き通った美しい、なんともいえない色の羽をぱたぱたと羽ばたかせ、シクラメンと零とをじっと見ている。
「お、おい。お前誰だ？」
三人ともあまりに突然のことだったので言葉が出なかったが、さすが、「怪奇探偵」と異名がつくだけのことはある。一番早くに順応し、声をかけたのは武彦だった。
すると妖精は微笑んだ。
「わたしは夢妖精と呼ばれる種族です。何を隠そう、この妄想具現化風船ガムを作ったのはわたしたち夢妖精なのです」
妖精の美しさと、ガムの名称とのあまりのギャップにシュラインは一応意見を出してみる。
「あの……もうちょっといい名称に変えたほうがいいと思うのだけれど」
「えー、どうしてですかー？ わたし達、たくさん話し合って、この地球のこの日本という国にピッタリそうでウケそうな名前をって選出されたステキな名前じゃないですか」
───妖精の感性が、よく分からない。
いや、こんな感性を持っているのは、「夢妖精」だけなのかもしれないが。
「それで、ですね」
夢妖精は、本題に入るようにじっと零を真正面から見詰めた。
「純粋な意図でなおかつ、自分が作り出したものがいつまでも残ればいいと心の底から思った人の具現化したものにのみ、本当に『ものとしての命』を与えるサービスつきなのです」
と、持っていた小さなスティックのようなものを小刻みに踊るように動かすと、光の粉がシクラメンの上に降りかかり始めた。
「わあ」
「綺麗……」
思わず、その美しさに目を輝かせる零と、感嘆のため息をつくシュライン。武彦も興味深そうに見入っている。
やがて光の粉の乱舞が終わると、夢妖精はひとつお辞儀をした。
「これでこのシクラメンに『本物の命』が宿りました。それでは、わたしのここでの役目は終わったので、またいつかお会いしましょう」
あ、とシュラインが「せめてお茶でも」と思って手を伸ばしかけた時には、夢妖精は本当に夢幻のように消えていた。
「……もしかして、これって」
シュラインは、「このシクラメンは宝物のひとつです」と抱き抱えて喜ぶ零を見ながら、呟く。
これって───もしかしたら、「わたし達人間」がどれだけ純粋な心を維持しているかの試験、みたいなものなのかしら、と。
そう思うと、夢妖精はもしかしたらどこかの神様とやらの使いなのかもしれない。
「おーいシュライン、風呂沸いたぞー」
風呂場から呼ぶ武彦の声に、シュラインは清々しい気持ちになって、
「今行くわ」
と、微笑んだのだった。
───皆さんが、今一番心の底からほしいものって……なんですか……？
《完》
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0086/シュライン・エマ （しゅらいん・えま）/女性/26歳/翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、東圭真喜愛（とうこ まきと）です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。去年の７月２０日まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますｖ また、ＨＰもＯＭＣ用のものがリンクされましたので、ご参照くださればと思います（大したものはありませんが；）。
さて今回ですが、シチュノベ風味のＮＰＣつき、そして参加者様によって内容もオチもプレイング次第で全て変わる、という、東圭にとっては珍しい「完全個別作品」になりました。完全個別のため＋５００円とさせて頂きましたが、皆様が満足して頂けたかとても心配です； なにしろ、完全個別ものは苦手中の苦手で（シチュノベはまた別で書いていてとても楽しいのですが）、まともに試みたのが今回初めてでしたので……。
■シュライン・エマ様：いつもご参加、有り難うございますｖ 今回はプレイング全てを引用させて頂きまして、ちょっとそれに色をつけた感じとなりましたが、お気に召しましたでしょうか。途中、スリのギミックは予想されていたかもしれませんが（笑）、シュラインさんの「ガム体験」はこんな感じのほのぼのとしたものになりました。
「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は主に「夢」というか、ひとときの「和み」を書いてみましたが、それを入れ込むことが出来てとても嬉しいです。ありがとうございます。……実際生野氏が「自分の偽者が弾ける現場」を見ていたかは、謎のままで、ということで（笑）。また余裕がある時にでも、需要がありそうでしたらこのネタ、サンプルＵＰさせて頂こうかなとも思っております。
なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>
それでは☆
2005/02/06 Makito Touko
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