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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


最高の羽根布団

 トイレから戻ってくると、さっきまで起きてたはずのディオシスは、いつのまにやらぐっすりと眠りこけていた。
 確かに、先に寝るとは言っていたけど、もう少しくらい待っててくれても罰は当たらないだろうと思う。
 まあ、寝ているものを起こしてまで文句を言う気はないけれど。
「……俺も寝よ」
 ひとつ大きな欠伸をして、布団に入ろうとした時だった。
 うつ伏せに眠っているディオシスの背から生えている鳥翼にふと手が触れた。普段はしまっているのだが、どうやら今日は出しっぱなしで寝てしまったらしい。
 さらさらと触りごこちの良い翼をしばし撫でて、灰司は思い立ってごそごそと翼の内側へと潜りこんだ。特に羽の柔らかい部分はさっき触れたところよりもずっと気持ち良く、暖かい。
「…………」
 なんとなく零れる笑みが嬉しくて、灰司はそのままそっと瞳を閉じた。


 翌朝。
 カーテンの隙間から射し込んで来る陽射しに目を覚ましたディオシスは、体と頭を起こすべくべッドの上で大きな伸びをした――途端。
 ころんっ、と。
「灰司?」
 背中から灰司が転がり落ちてきた。
「おまえ、なにやってんだ……?」
 眠そうな目を擦りながら、それでも起き出してきた灰司はにこりと笑ってディオシスを見上げる。
「おはよう、ディオシス」
「おはよう、灰司。……で、なんでそんなとこから落ちてくるんだ?」
 答えよりさきに来た挨拶に挨拶を返し、再度同じ問いを繰り返した。
 灰司はひょいとまだ出しっぱなしになっていたディオシスの背の鳥翼に手を伸ばして、その羽を撫でる。
「さわりごこち良いし、あったかいから、そこで寝てたんだよ」
 言われてみればまあ納得。
 だからこの時ディオシスはただ、そうかとだけ答えて朝食の準備を始めた。



 問題が起こったのは、その日の昼過ぎ頃だった。
 何故だか大きな布袋を引っ張り出してきた灰司は、のんびりとダイニングで過ごすディオシスに笑いかけた。
「なんだ、その袋?」
 なにをするつもりなのかと振り返ったが、灰司は袋の用途を告げることなくディオシスの背後に回り込んだ。
 次の瞬間。
 ――ブチッ。
「〜〜っ!」
 背中に痛みを感じて慌てて灰司の方に視線を向ければ、灰司の手には数枚の羽。間違いなく、ディオシスの鳥翼の羽だ。
「灰司っ!」
 どなると灰司はぴゅっとディオシスから離れたが、だが灰司はそんなことで引き下がるような性格をしていなかった。


 以来、灰司はなにかとディオシスの羽を狙ってくるようになった。
 のんびりテレビを見ている時だとか、ごろんとリビングで雑誌を読んでいる時だとか、朝方寝起きを襲われたこともあった。
 最初の一回は触りごこちが良いと言っていたその延長線上だと思って見逃した。以降も注意はしたが、相手は子供だしとそれほど強くは言わなかった。
 ……だが、それにもいい加減限度と言うものがある。
 一枚二枚ならばまだしも数枚一気にぶちっと抜いていくもんだから当然かなり痛いし、毟られたところは無残なハゲになっている。
「灰司」
「なに?」
「なんでそんなに俺の羽を毟っていくんだ?」
 ある日真剣な表情で問い掛けたディオシスに、灰司は何故だか妙に楽しそうに答えてくれた。
「ディオシスの羽で羽根布団を作ったらすっごく寝心地よさそうだなって思ったんだ」
「…………」
 一瞬、目の前がぐらりと揺れたような気がした。
 いくら小さな灰司のサイズといえど、羽根布団になるだけの量を持って行かれたら……現状のところどころハゲではすまない。ヘタすると丸ハゲ……いや、そこまではいかないか。しかし半ハゲくらいは確実だろうか。
 がくりと肩を落としたディオシスは、灰司の羽毟り対策として作ったペンダント――自分の羽を一枚引きぬき、手先の機用さに任せて細工をした手作り品だ――を灰司の前に差し出した。
「貰っていいの?」
「ああ」
「うわあ、ありがとう〜っ」
 宝物が増えたと大喜びする灰司を一旦宥めて、ディオシスは灰司の肩にぽんと手を置いて告げた。
「それやるから。だから頼むから、もう毟るのは勘弁してくれ。痛ぇし、生え揃うのに時間掛かるんだよ……」
 溜息とともに吐き出した台詞に灰司はしばしディオシスの姿と手の中のペンダントを交互に見る。
「…………わかった」
 少々残念そうな様子ではあったがそれでも灰司は、コクリと頷いて承知した。


◆ ◆ ◆


 ディオシスに貰った羽ペンダントを見つめ、灰司はくすりと小さな笑みを零した。
 貰った手作りのプレゼントはとてもとても嬉しくて、それは今でも大事な宝物だ。
 ちらと、鳥翼を出しっぱなしで眠るディオシスに視線を向けて、灰司はそっとそこから一枚羽根を抜き取った。
 これくらいなら痛みはたいしてないようで、ぐっすり眠っている時なら起きてこない。
「羽根布団はしないって約束しちゃったし諦めるけど……」
 布団用のそれよりはずっと小さな布袋は、それでもそこそこの大きさがあって。ちょうど、頭より少し大きいくらいだろうか。
「布団は無理でも、枕くらいならなんとかなりそうだよな」
 ニヤリと楽しそうに笑ってから、灰司はごそごそとディオシスの隣に潜り込んだ。
 一日一枚じゃあたかが知れているけれど。一枚ずつ抜くなら、もうちょっと貰ってもバレなさそうだなと思う灰司であった。