コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<あけましておめでとうパーティノベル・2005>


冬色・夕日・紅茶な新年


 1月1日。元旦。除夜の鐘を聞いて、一度寝て、でも初日の出はしっかり拝んで。藤井蘭の新年はそんなふうにして始まった。
「あけましておめでとうなの〜」
 しっかり正座して持ち主にご挨拶する蘭の頭の上では、すっかり定位置になったらしい新緑クマが三つ指ついて頭を下げている。
 そんな彼らの目の前に、何かがひらりと舞い降りてきた。
「ふに?」
 拾い上げてみれば、ソレは冷たくもなければ融けもしないハガキサイズの雪の結晶だった。
 首を傾げる蘭と、同じく覗き込んで首を傾げる持ち主。
 いくらじぃっと見つめても何も見えてこない。
 ただただキレイなままだ。
 けれど、冬色の半透明な小鳥が綿ぼうしをこぼしながらくるりと回って結晶に止まると、
「あ!」
 ぽわんと光って文字が浮かび上がってきた。
 それも、蘭にもちゃんと読めるようにと、難しい漢字がまったくない文章で。
 一生懸命に字を追っていく蘭の表情が、じわじわと輝きを増して行く。
 そうして、
「持ち主さん、持ち主さん!僕ね、僕ね、興信所に行ってくるなの〜!」
「え?ちょっと、蘭?何!?」
 全部読み終わると同時にバタバタと雪の結晶を持ったまま大急ぎでコートを着込み、お供にコクマと小鳥を引き連れて、そのままぎゅいんと草間興信所へ向かって走り出す。
 残されたこの家の主は、ただただ呆然と翠の少年の後ろ姿を見送っていた。


 大掃除も無事に終わり、ぴかぴかに磨かれた興信所の応接用テーブルには、シュライン・エマ特製のお節料理が重箱に詰められて並んでいる。
 これから押し掛けてくるだろうここの常連達のために、量はうんと多めだ。
 華やかな着物に身を包み、更に割烹着に腕を通して、彼女は実に楽しげにお雑煮の仕上げに掛かる。
 シンクタンクの中では、夕日色のクマが一生懸命野菜を洗ってお手伝いをしていた。
「武彦さん、お餅はいくつ?」
 給湯室から顔を出して、ソファで背を丸めている草間武彦へ声を掛ければ、
「ん〜?ああ、とりあえずみっつで頼む」
 背中越しに手を上げて、指を3本。
 完備されているとは言えない暖房設備では、雪の降る新年は身体に堪える。
 クリスマスにシュラインがプレゼントした青いパッチワークのひざ掛けをブランケット代わりにして、武彦はずっと煙草を吸っていた。
 辛うじてまだこの贈り物に焦げ跡はついていないが、それも時間の問題だろう。
「お兄さん、煙草には気をつけてくださいね?」
 シュラインに着付けてもらった振袖で忙しそうにぱたぱたと立ち回っていた零が、ふと足を止めてちゃんと釘を刺すけれど、返ってくるのは「ん〜」という生返事。
「もう、お兄さんたら」
 2人のやり取りにシュラインは肩をすくめて小さく笑みをこぼしながら、給湯室へ戻ろうとした。それを引き止めたのは小さな驚きの声。
「あ」
「あら?」
「年始のご挨拶まわりに参りました」
「マリオン君?」
 零と同じく目をまるくして、まじまじと彼を見つめてしまう。
 一体いつのまに。
 大きな風呂敷包みを両手で抱えた渋い和装のマリオン・バーガンディが、紅茶色の小鳥を連れて、にっこり笑って立っていた。
「あ〜マリオンか」
 もそもそと動いて、武彦も顔を玄関へ向ける。
「明けましておめでとうございます。昨年はお世話になりました。今年もどうぞよろしくお願いいたします」
 深々とお辞儀をし、彼が差し出したはお手製のお菓子だ。
「あけましておめでとうなの〜!ねんがじょうが来たなの〜!いそぐなの〜っ!」
 だがちゃんと挨拶が終わらないうちに、扉はもう一度、今度は体当たりよろしく勢いをつけて開け放たれた。
「うわあ?」
「きゃ」
 間一髪。
 零と一緒に何とか激突は逃れるマリオン。
「あんまりはしゃぐなよ……ドアが壊れるからなぁ」
 盛大な音に、武彦がソファからのんびり声を掛ける。
 目の前のご馳走はまだお預けだ。そろそろ空腹で眩暈がしてくる。
「あら、蘭くん?」
 給湯室から顔を出したシュラインが目を丸くする。
「あけましておめでとうなの〜でねでね、お願いなの。行くなの。冷蔵庫なの〜」
「明けましておめでとう、って……え?どうしたの、蘭くん?」
 子供特有のまっすぐさで、蘭は一度頭を下げるとすぐにシュラインの手を握って、ぐいぐいと給湯室へ押し戻す。
「何かあるんですか?」
 その後を不思議層な顔でマリオンと零が追う。
「冷蔵庫?」
「行くなの〜ごしょうたいなの!ごアイサツなの!」
 よく分からない説明を展開する蘭の横をすり抜けて、興信所の住人と化している夕日クマがちょいちょいとシュラインの着物の袖を流し台から引っ張る。
 そして、ちょいちょいと冷蔵庫を指し示した。
「ん〜何かしら?」
 蘭とクマとマリオンと零。4名の視線を受けながら扉に手を掛けたシュラインの目に映ったのは、
「あら、年賀状?」
 融けない雪の結晶に、小鳥が止まる。
「私の所にも届いているでしょうか?」
 ドキドキと覗き込むマリオンの頭上で、紅茶色の小鳥が応えるようにコロンと鳴いた。
「しょうたいじょうなの〜新年のごあいさつなの〜」
「素敵ですね。うん、すごく魅力的です」
「マリオン君も気になる?」
「はい。もう一度お会いしたいとすら思っています」
「ん〜じゃあ、新年のご挨拶しに行っちゃいましょうか?」
「一緒に行こうなの〜!マリオンさんもシュラインさんも零さんもいっしょするなの〜」
「あ、じゃあこのお年賀も手渡しにしようかしら」
 夕日クマに配達してもらうつもりだった年賀状を手にする。
 もふもふでふかふかなクマ達を思い切りぎゅっと抱きしめたい。
 うっとりとしつつも、シュラインは大量に作った御節の一部を別の重箱にしっかり取り分けて、風呂敷で包んでいった。
 割烹着を脱いで、夕日クマを帯の上に乗せてあげれば、お出かけの準備はあっという間に完了する。
「あ、ちょっと待って頂けますか?私も」
 何を思いついたのか、マリオンは大急ぎで興信所の扉を開けて(バタン)閉めて(バタン)戻ってきた。その間僅か一分足らず。
 張り切ったせいか少し頬が上気している彼の手には写真が1枚。
「あら、それは」
「はい。クマさんたちへのお土産です。喜んでいただけるといいのですけど」
 気付いたシュラインに、マリオンはにっこり笑って頷いた。
「じゃあ、レッツゴーなの〜!おいでおいでってしてるなの〜」
 居ても立ってもいられず、蘭が冷蔵庫のまで今にも走り出しそうに足踏みしながら全員を呼ぶ。
 彼の横では新緑クマが同じく元気に飛び跳ねていた。
「零ちゃんと武彦さんも行く?」
「ええと、いいんですか?」
「ちょっとくらい留守にしても大丈夫よ、きっと。ね?武彦さんも」
「い、いや……俺はいい。俺はここで」
「行きましょうよ。草間さんも零さんもきっと気に入るはずですよ」
 マリオンが後押しし、
「行こうなの〜行くなの〜レッツゴーなの〜!」
 待ちきれなくなった蘭がバタバタと走り寄って武彦の腕を掴み、
「せーの!」
「―――――っ!!?」
 かくして、過去最高を誇る人数が一気に冷蔵庫を通過した。



 ようこそ。新しい年を迎える不思議の国へ。



 雪の『結晶』がガラス細工のようにキラキラキラキラ舞っている。
 緑の森に降る白の欠片。
 幻のように何かに触れると消えてしまうけれど、少しずつ少しずつ、この世界を薄い光で覆っていく。
「やっぱり空が凍るのね……」
 浮遊感から解放されたシュラインの第一声は、空を見上げての一言だった。
 水面として揺らいでいた空が、今は微妙な波紋を残したままガラスのように制止している。そのうえ何だかとても暗い。
 割れたりしないのかしらと少し心配になったが、ここはクマの森。たぶんきっと大丈夫だろう。
 それよりも、気になるのは空の時間帯だ。この森の夜は一瞬で終わる。文字通り瞬きしている間に。けれど今は黄昏よりも宵に近い。
「キレイなの〜スゴイなの〜!!」
「お兄さん。すごくキレイですよ?」
「な、なんなんだ?どういうことだ、これは?お前ら、ちょっと落ち着けって」
 じっくりと辺りを観察していくシュラインに対し、蘭と零は戸惑う武彦を引っ張って降り注ぐ結晶の中をグルグル走る。
「あ、あちらからどなたかいらっしゃいますよ?」
 マリオンの指差す道の向こうから、とてとてと何かがこちらへ近付いてくる。それも沢山の仲間を引き連れて。
「あら、アレは」
「あ!みんな来てくれたなの〜!」
 懐かしさに顔をほころばせる彼らの前に、息せき切ってやってきたのは、
「ああ、よかった。無事招待状が届きましたか」
 礼儀正しい歌って踊れる茶色いクマのぬいぐるみ、ロドルフだ。
「ようこそ、クマの森へ」
 そう言って両手を広げてみせれば、まるでソレが合図であるかのように、
「お。客人だ客人だ」
「こんにちは〜」
「よぉ!よく来たな、救世主の兄ちゃんたち」
 更にどこからかクマたちがわらわらとやってきて、蘭たち全員を取り囲むが、3人はもうここはどういう場所なのか心得ている。
「招待状を送ってくれたのは、ロドルフなのね?有難う」
「みんなで来たなの〜いっぱいいっぱいよろしくなの〜」
「お久しぶりです、皆さん」
 ぎゅっと抱きしめたり、もぎゅっと握手を交わしたり、久しぶりのもふもふを思い切り堪能する。
「みんな元気そうね」
「空色クマさんも元気なの?」
「もちろんでございます。それはもう元気に我々と我々の1年を守って下さってます」
「ああ、コクマやコトリたちも元気に育ってますねぇ」
「いつも楽しませていただいてますよ。この小鳥、少しずつ色が変わるんですね」
 マリオンが嬉しそうに報告する。紅茶色の小鳥は、光の加減やちょっとした時間帯、ついばんだものによって、ゆらりゆらりと色を変化させて目を楽しませてくれる。
「もっともっと楽しんでくださいね」
「もちろんです」
 マリオンがにっこり笑う。ロドルフもにっこり笑う。
 零と武彦にとっては初めての世界。
 報告書の中での見知る不可思議なモノたちが、今はしっかり目の前に広がっている。
「紹介するわね。この人が草間武彦さん。探偵事務所の所長。こっちは草間零ちゃん。武彦さんの妹でね……」
 シュラインが丁寧に紹介している間も、クマたちは興味津々で、ぽふぽふと背中を触ってきたり顔を覗きこんできたりする。
 ロドルフ以外とは面識のない武彦は困惑の色を隠せないが、零は早くも彼らに馴染んでしまっていた。
 とにかく立ち話もなんだから、と、ロドルフ達は5人の客人たちを自分たちの村までいそいそ案内する。
「ここの雪は光るんですね。なんだかホタルみたい」
 零がふと思いついたことを口にすると、
「新年が生まれますからね。雪が降らないと真っ暗で歩けなくなりますよ」
 赤と白のストライプ模様のクマが、横からすっと近付いてきて説明してくれた。
 それ以外にも沢山の目に付く不思議たちを丁寧に解説しながら、クマたちはまるで観光バスの添乗員よろしく先導していく。
「荷物、お持ちしましょうか、お嬢さん」
「あら、お嬢さんだなんて呼んでくれるの?」
「もちろんですとも。さ、その重そうな荷物を私へ。和装の素敵な女性に重いものは持たせられません」
「ん〜そうね。じゃあ、お願いしようかしら」
 ナイトを気取ったクマがシュラインから御重の風呂敷を恭しく受け取って、ぴたりと隣について歩きだす。
「あ、ずるいぞ、お前。シュラインさんに自分ばっかり」
「私も私も」
「手伝います手伝います。ぜひぜひ手伝います」
 あっという間にシュラインとナイトクマを取り巻いた一団が出来上がる。
「ロドルフ……アレは一体なんなんだ?」
 武彦の不審そうな視線を受けつつも、茶色のクマは親切丁寧に説明してくれる。
「あ〜実はシュラインさん隠れ親衛隊です。前回助けていただいた時に結成されまして、ひそかに隊員が増えているようです」
 視線を巡らせれば、今度は嬉しそうに先陣切って歩く蘭を取り巻く一団が目に止まる。
「ロドルフ、アレもか?」
「あ〜蘭さんからはとてもいい香りがするんですよね〜この森と同じ、ホワホワとしたのが。で、ホワホワ好きのクマたちで出来た親衛隊ですね〜」
 更に別の場所では、様々な花柄の小さなクマたちがマリオンに群がっていた。
「じゃあ……アレもか?」
「あ〜マリオンさんから、そちらの世界にある芸術作品について講釈を聞くのが好きというモノたちが取り巻いておりますねぇ。本当にお詳しくていらっしゃいますから」
「…………そうか」
 そのうち零の周りにもぬいぐるみの固まりが出来そうだと考えながら、武彦は溜息をつきつつ空を見上げた。

 藍色の世界をやわらかな光が包み込んでいく森の中を、長い長い行進は続く。

 新年の飾り付けだという、六角水晶のようなものを数珠繋ぎにしたのれんをくぐって、蘭たちはかまくら型の集会所へ。
 異様に小さい入り口前でまたしても武彦が『本当に通れるのか』などと難色を示したが、有無を言わさず引っ張り込まれてしまった。
 相変わらずここは外観と中身が一致しない。
 やたらと広い部屋を見上げると、雪の結晶が天井をすり抜けて舞い降りてくるのが見えた。
 マリオンはその光景をしっかりと目に焼き付ける。
「それじゃあ、まずは年始のご挨拶から」
 年賀状のお礼も兼ねて、シュラインは御節と一緒に丁寧に作りこんだ年賀状をクマたちに手渡ししていく。
「キレイだ〜キレイだ〜すごいすごい」
「シュラインさん、有難うございます〜」
 和紙で作られた年賀状の束は瞬く間にクマたちに渡り、シュラインの手からソレ等はすっかり消えてしまった。
「一応あの巨大魚への年賀状も用意してきたんだけど……」
「あ!では生姜ハチミツで」
「僕も手伝うなの〜呼ぶなの〜」
 一瞬たりとも動きを止めない勢いで、親衛隊のクマたちと蘭がバタバタと集会所を抜け出していった。
「あ、私からも皆さんへ」
 お年玉代わりも兼ねて、と、マリオンが写真を取り出す。
「あ」
「あ!」
「ああ!」
 花柄クマを筆頭に、ワクワクドキドキと期待に満ちた視線が集まる。
「ご期待にそえるといいんですが」
 写真の表面がまるで水面のように揺らいで、触れたマリオンの手をするりと飲み込む。
 そして、取り出したものは、
「こ、これは」
「マ、マ、マリオンさん、有難うございます」
「うわ〜うわ〜花柄クマに聞いてずっと憧れていたんです〜」
 ひとりにひと箱『犬用ビスケット』。ぱくんと開ければ香ばしくておいしそうな香りが漂い、クマたちを虜にしていく。
 感激の声に包まれて、マリオンの心がほわんと温かくなる。
「すごく喜んで下さってますね」
「ええ、正直皆に喜んでもらえるかちょっと心配だったので、すごく嬉しいです」
 零の言葉に、クマたちへ優しい視線を向けたまま頷いてみせる。。
 彼らは揃いも揃ってしっかりと箱を抱え込み、隣同士で形や色つやを見せ合いながら、もぎゅもぎゅごくん、もぎゅもぎゅごくんと飲み込んでいく。
 ぽろぽろクズをこぼしたり、口の周りに食べかすをくっつけつつ、それはもう幸せを絵に描いたように無心に食べるクマ達を、マリオンは同じくらい幸せな気持ちで眺めた。
 ものを食べてるクマたちの姿は本当に可愛い。
 ああ、持ってきて良かったと、心の底からうっとり思う。
「マリオンさん、有難うございます〜」
「ありがとうです〜」
「兄ちゃん。アンタ、いいなぁ」
「いえいえ」
 キュ〜っと抱きついてきたクマたちと、幸せな抱擁を交し合うマリオン。
「おいおい!こっちはシュラインさんのお土産だ!」
「すごいぞ!すごい芸術作品だぞ」
 重箱の色とりどりの美しい御節に舌鼓を打ち、わんこビスケットを分け合い、クマの森特製の『冬茶』とお菓子で身体を温め、のんびりゆったりほんわりとした時間を過ごす。
「シュラインさーん、シュラインさーん、あのね〜」
「シュラインさーん」
「あら、蘭君たち、どうしたの?」
 その合間に、巨大魚捕獲隊がシュラインを取り巻いた。
 そうして、巨大魚は無事に年賀状を受け取ったこと。でも、美味しく呑み込んであっという間にまた森の向こうで行ってしまったことなどと身振り手振りで報告してくれた。
 たっぷり食べた後には、身体を使った遊びに発展。
 折角だからと零からベイゴマを習ったり、羽根突きを教えてあげるマリオンに群がってみたり、果てはコクマと小鳥を巻き込んで蘭と一緒に鬼ごっこにカクレンボと走り回る。
 草間興信所に負けないくらいの盛大なお祭り騒ぎとなった。
「そろそろですね」
 そんな中、不意にロドルフが立ち上がる。
 いつのまにか、雪の結晶がやんでいる。
「ふに?これから何がおこるなの?」
 きょとんとした顔で蘭が問いかけた。
「新年が来るんですよ」
「長い長い新年です」
「ものすごーく長いので、明ける瞬間を皆さんとご一緒できたらいいなぁと、空色クマ様にお願いをしたんです」
 空色クマの魔法はいつでも驚きと幸せと運んでくれる。
「あら。また何か生まれるの?」
「はい。空色クマ様のように一年の吉凶を占っていただくタマゴとは全然違うものなんですが、生まれます」
 新年を迎えるというコトは、新しい年が生まれるというコトなのだとクマは言う。
「お祭りはするなの?おまいりは?神社は?」
 あれは?これは?それは?
 昨年持ち主から正月行事について色々教わった蘭は、もう気になって気になってこれでもかと言わんばかりに質問を重ねていく。
 それはもう圧倒されるくらい沢山、だ。
「おうおう。興味満載だな。よしよし、しばし待てい。口で説明するより、一個一個確認しようじゃねえか。なあ?」
 蘭よりも少し大きいチョコレート色のクマが、まあ落ち着けと肩をぽむぽむ叩く。
 そうして仲間を振り返り、
「どうだ?俺らで案内してやらねえか?」
 うおおんと賛成の雄叫びを上げるクマたち。
 どこまでも体育会系のノリである。
「あ〜……お前らだけで行って来い。俺はここに残るから」
「あら?武彦さんは見て回らないの?滅多にないチャンスかもしれないのに」
「シュラインさんの言うとおりですよ、お兄さん」
「あのな、シュライン、零。俺は正月はコタツでみかん、酒、御節で過ごすと決めているんだ」
「あ、では草間さんは我々がお相手を」
 いつのまにか用意されたコタツで、迷彩柄の渋いクマが留守番を申し出る。
 ハードボイルドを目指す探偵の発言とは思えなかったが、とりあえずそこにツッコむのはやめにして、蘭たちだけで新年が生まれるという冬の森を冒険することにした。
 楽しい時間。
 ドキドキする時間。
 この世界に溢れるトキメキは、驚きと期待と優しさに溢れている。
 仄かに灯る冬色の結晶に覆われた道を歩いて、祭壇の組まれた丘の上を目指す。
 小鳥が歌っている。
 花も歌っている。
 森全体が、ガラスのように繊細なメロディを奏でている。
 そうしてようやく辿り着いた丘の上。
 高く高く組まれた櫓の上には、真っ白なビロードがふわりと掛かっていた。そのうえには空色クマが沢山のお供え物と一緒に座っている。
 キラキラキラキラ、光るやぐらの上に座って、何かを一生懸命祈っている。
「さて、少々お待ちくださいね」
 特等席を用意するからちょっと待って欲しいと言われ、それでも大人しくじっとしていることなんて出来なくて、何やかやと彼らの手伝いを買って出る。
 櫓の周りを取り巻くように立てられた大きな椅子と、そこに置かれた大きな座布団。
 勧められるままにちょこんと全員並んで座ると、いよいよ何かが始まるという期待感が膨れ上がっていく。
「では、空色クマ様、お願いいたします」
「お願いいたしまーす!」
「空色クマ様、お願いしまーす」
 ロドルフたちの声に応えるように、祭壇で空色クマがその小さな両手をうんと広げた。
 その瞬間。
 ぱぁあっと光が弾ける。
 藍色を越えてどこまでも深くなった夜色の空に、まるで星屑を巻くように、小さな光の粒たちがばら撒かれ、そして―――
「さあ、新年が生まれますよ」
 パリンと響く、ガラス細工の鈴が鳴る音。
 そして、彼らは驚きと感嘆で息を呑む。
 目が眩む。
 薄氷に覆われた世界がぴしりとヒビ割れ、弾けた途端に、薄紅色の漣が森も空も空気も何もかもをさぁっと撫でていった。
 何もない世界に月が生まれる。
 お日様が生まれる。
 星が生まれる。
 緑が生まれる。
 花が生まれる。
 色が生まれる。
 何もかもが生まれ変わる。
 空がまた水面のようにゆらゆらと波打つ。
「今年もどうぞよろしくお願いします」
 惚けて空を見上げたままの蘭たちに、にっこりとロドルフが笑う。
「ええとええと、うんなの!今年もよろしくなの」
「ん、よろしくね」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
 甘く心地よく新しい香りに包まれて、キラキラと乱反射を繰り返す結晶の囁きと淡い光の中で、まるで自分達も生まれ変わったような気持ちを抱きながらにっこりと頷いた。
「では、次は御宮参りに行きましょうか。空色クマ様がご案内してくださいますから」
「一個一個確認するってぇ約束だからな」
「うわ〜いなの!おみやまいり、レッツゴーなの〜!」
 拳を上げて蘭が嬉しそうに号令をかければ、それに応えてクマたちも拳を高く掲げる。
「お宮とはどんな装飾を為された場所なのでしょうね」
「あら。マリオン君、絵画以外にそういうのにも興味があるの?」
「もちろんですよ。この世界の造型は本当に興味深くて」
「本当に素敵ですよねぇ。お兄さんも来ればよかったのに」
「武彦さん、勿体無いことしてるわよねぇ」
「ねぇ?」
 ご機嫌なクマたちの後ろで、彼女たちがくすくすと言葉を交わす。
 まだまだ新年のお祭りは続く。
 いっぱいの不思議がまだいくつも自分達を待っている。
 丘の向こうで光る虹色の池を目指して、今度は空色クマと蘭を先頭にした行進が始まった。



END

 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛

【2163/藤井・蘭(ふじい・らん)/男/1/藤井家の居候】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4164/マリオン・バーガンディ/男/275/元キュレーター・研究者・研究所所長】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 とっくに明けてしまってからの納品で申し訳ありません(あわわ)
 こんにちは。ちょっと素敵に「麦ふぁ」(ウェハース菓子)とマシュマロに嵌り込んでいるライターの高槻ひかるです。
 この度は、あけおめパーティノベルにご指名下さり有難うございました!
 そ、そのうえ『クマの森』ネタで!(ドキドキ)
 もうもう本当に、PL様とPC様のクマたちへの愛を感じながら執筆させていただきました!
 新年を迎える瞬間の幸せで特別な時間を楽しんでいただければ幸いです。

<藤井蘭PL様
 いつも有難うございますvvご指名頂けた上に、クマの森での新年というコトで、こんなお話となりました。
 出来事アレコレはお任せとのことで、のんびり過ごすだけじゃないイベントを少々追加させて頂きました。
 バッチリ楽しんだ後は、持ち主さんの待つ暖かな部屋で、冬色の小鳥と新緑色のコクマと一緒に素敵な初夢がみられますように。
 蘭くんの今年初めての絵日記を素敵に彩れたらと思います。

<シュライン・エマPL様
 PTノベルへのご参加有難うございますv
 冬verの森を色々想像していただいたので、その辺をめいっぱい盛り込んでしまいました。
 年賀状と御節をご用意くださって有難うございます!クマたち、大喜びです。巨大魚は……たぶん喜んでます(笑)
 なお、今回の訪問でシュライン様の親衛隊数は確実に増えているかと(笑)

<マリオン・バーガンディPL様
 ご参加有難うございますv
 クマに囲まれて幸せそうに微笑むマリオン様を想像して、こちらまでほんわか幸せな気持ちになりました。
 わんこビスケットに釣られて、あるいはマリオン様の研究に興味を持って、いつかお屋敷の冷蔵庫からクマたちがわらわらとやってくるやも知れません(笑)

 それではまた、東京怪談のどこかでお会い出来ますようにv