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霊感少女アリサの事件簿〜事前の事件
「暇だ……」
年明け早々事件を持ち込む人はそう多くない。松の内が明けたばかりのこの時期誰もが大抵正月ボケなどを体感している。当然、ご近所で有名な怪奇探偵、草間武彦とて例外ではない。すっかりと正月ボケをしている。
――その平穏を破る者がやってきた。盛大な足音付きで。
だだだだっ、ばたんっ。
「草間さん大変です! 三日後が大変なんです!」
どんな日本語だ、それは。一瞬そう突っ込みたくなる。が、当人が大真面目である事は表情からも経験からも良く判っている。判っているのだが――少し日本の国語教育に不安を抱いたりもした。
「どうでも良いが、梅子、何故着物なんだ?」
「着道楽のおばちゃんが最近着せる方に目覚めたからです!」
無意味にテンション高く言い切るとアリサは、はっとした。
「じゃなくて、梅子じゃなくて! アリサなんですケド!」
「何だ、今年も本名はトップシークレットか」
「永遠にトップシークレットです!」
本名有佐梅子(ありさ・うめこ)、芸名(?)霊感少女アリサは今日も健在だった。三日後が大変だと言うなら予知夢も健在だ。
「それでですね! 三日後に小包が届くんですよ。これくらいの」
アリサは手で30センチほどの幅を作ってみせる。切手は普通ので宛名はマツダクミコでしたと付け加える。
「何故三日後だと?」
「カレンダーに〇がついてるのが三日後でそこまでの日付が全部バツつけてあったんです。で、日付の横に『グリフォ 4時集合!!』って書いてありました」
「なるほど、それで?」
「ミサキちゃんって子へのプレゼントだったみたいなんです。ちゃんと間に合ったとかって言って開いたら……あのナイフが出てきたんです」
あのナイフというアリサの言葉に心当たりは一つしかない。
「前の事件で使われていたあれか?」
「ええ。それでですね、それを手にした途端その女の子の表情が変わったんです。『高瀬くんを好きだったのは私もだったのに許せない』ってすごい真面目な顔でナイフ見てて……これって絶対危ないですよね!?」
危なくないとはとても言えなかった。危なくないと放置して事件が起これば後味が悪い所ではない。草間は机を示した。
「俺が人を集めている間に夢の内容を思い出して書き出せ。……絵には注釈つけとけよ」
「りょーかいです……ってどうせあたし、美術の成績は2でしたけど、それはあんまりじゃないですかーー!?」
いっそ俺は2をやった教師を褒めたい。そう言わしめる腕前のアリサだった。
□常識人は何を見る?
アルバイトを探しにきて巻き込まれた海原みなも(うなばら・)の視線は、ひたすらにそれに注がれていた。
茶色くてすべすべで、会議室とかホテルとかにありそうなそれはスリッパだった。
なんであんなものを持っているのかしら。そう思いつつも海原は聞けずにじっとそれを見る。晴れ着にそれは不似合いだというのに彼女はしっかりとそれを握っている。
不意にそれを握り締めていた少女が視線を合わせた。
「何ダ?」
「……あ。えぇっと、どうしてスリッパを握ってるんですか?」
「コレ?」
右手に握ったスリッパを掲げるミリア・Sは、こっくりと頷いた海原ににっこりと微笑んだ。
「悪いナイフを油虫ミタいにスリッパでべベんと成敗すルんダ」
「……あぶら」
その言葉にシュライン・エマがぴたりと動きを止めた。油虫、即ち台所なんかに出没する『ご』から始まるアレである。件のナイフが茶色い羽をつけて、足も6本ついてたりしてぶーんと飛んで逃げるのを追いかけるミリアの図。そんな妙な連想に思わず片手で口元を覆う。
ナイフはナイフでアレではない。
とりあえずミリアのスリッパがアレに対して使用済みかどうかだけが最後の気がかりだった。
大抵の物は平気なエマの弱点を知らずについたミリアが不思議そうに、海原はやはり同じような想像をしたのか困ったような視線を向けていた。
「叩いてどうにかなるもんなのかな……」
ミリアをじっと見つめていた水無瀬麟凰(みなせ・りんおう)が口を開いた。その言葉にセレスティ・カーニンガムが首を傾げた。
「ただのナイフなら叩いても取り落とす程度ですみそうですね」
「ただのナイフならね。……実際、そのナイフが本当にどんな物なのかはわかっていないのよね」
青年の言葉にエマが軽く肩を竦める。水無瀬がエマの言葉に頷いた。
「あの時消えてしまったから……、あれは一つだけじゃなかったんだ。元凶がある限り終らないって事なんだね」
かつての事件を振り返り沈痛に呟く少年を見て海原が胸元で拳を握った。目の前で知人が落ち込んでいるのはどうにも嫌なのだ。
「でもまずは元凶よりも判ってる事の方を何とかしなくちゃいけませんよね!」
「そうダナ。罪のナい娘さンガ罪ノある娘サんにナる前にナイフ虫退治にレっつドンなのダ!」
「……お願いですから、虫扱いは止めてください」
自分の励ましの言葉に口添えするミリアに思わず呟く海原。ミリアは何がいけないのか判らずにきょとんと視線を返すばかりだ。
「そうね、まずは三日後を考えましょう。梅……」
言いかけてエマは小さく咳払いをする。アリサの視線が梅子じゃないと訴えている。
「アリサちゃんの予知夢によればミサキさんへの贈物からナイフが出て来るのよね」
「高瀬さんってミサキさんの彼氏さんとかでしょうか? グリフォはライブか待ち合わせ場所っぽいですよね。プレゼントって事は誕生会かもしれない。」
海原の言葉に全員が頷く。待ち合わせ場所ならビルの名前は飲食店辺りだろうか。
「夢に出てきたクミコ嬢はいくつくらいでしたか? 学生なら学校を当たればある程度は範囲が限定されますし、調査もしやすいでしょう」
アリサの書き出した夢の情報の中に大まかな住所もある。しかし、交友範囲を調べるとなれば住所よりはそちらの方が調べやすい。カーニンガムの言葉にアリサが首を傾げた。
「あたしと同じかちょっと上くらいですね。制服は着てなかったし、見える所にかかってなかったからちょっと学校とかはわかんないです」
「住所かラナら、アタシがちョチょいッと調べテくルゾ。アト、小包なラ配達記録トかアりソウだナ」
「それは私も考えたのですが……三日後ならばこれから発送されると考えた方がいいかもしれません。都内であれば前日出しても時間によっては着く可能性もありますし」
ミリアの言葉にカーニンガムが異を唱えた。エマが頷く。
「そうね。どうもぎりぎりに着いたみたいだし。年末年始で遅れが生じてる可能性もあるんだけど……」
「小包の配送記録がちゃんと残っているものなのかも問題ですよね。ただ郵便みたいにポストに入ってるだけかもしれない」
魔術的な物が関わってないとも言い切れないと思い水無瀬は言う。
「そうだったら反対に家の近くで張ってれば良いような気もしますね。あ、もし調べられるなら注文した記録はどうでしょう?」
「ソレくライなラ調べラレる。デも、どウシて?」
海原の問いかけにミリアが頷き、そして首を傾げた。
「小包で届くんなら電話かネットで通販したんじゃないかなって」
「ああ。そうね。お店に取り寄せを頼んだんならそこへ行けばすむ話だもの。クミコさんの目に止まるような場所にカタログがあったか、ネットで探した可能性が高いわね」
「ナイフをですか? それは最初から殺意があったようにも思えますが」
エマの言葉にカーニンガムが眉を寄せた。確かにナイフを取り寄せると言うのは言われてみれば妙な気もした。
「ソレなんダケド、ホントにクミコはナイフを頼ンだノカ?」
「え? どういう事?」
ミリアの言葉に水無瀬が首を傾げる。ナイフがそこに届く事が問題であって、ナイフが何故届くのかと言う事をあまり問題視していなかったのだ。
「だッテ、貰うナらアタシはもッとカワイイモノがいイノだ」
「あ。そうか。プレゼント、なんだよね。しかもその待ち合わせを楽しみにするような相手へのもので、しかも女の子なんだ」
「確かにそういう好みの相手でもなければナイフなんてプレゼントしないわよね」
あのデザインならばアンティーク好き辺りでもありえそうだが、高校生程度の年齢の少女の趣味としては少し特殊なものになるだろう。エマはナイフを思い出してそう思う。
「しかしそうなると、クミコ嬢は最初からナイフを頼んでいない事になります」
カーニンガムの言葉に海原が頷く。
「でも、そうだったら本当にお祝いしようと思ってたのが、ナイフのせいで変わっちゃった事になりますよね。そして止めなかったら高瀬さんやミサキさんを傷つける事になるかもしれません。……そんなの許せません」
許しちゃ駄目ですよね。そう繰り返した海原に全員が頷いた。
■使用法
エマは昨日、一昨日と歩いた道を一人歩いていた。松田久美子と飯山美咲、そして高瀬宏典。彼らの住む場所を突き止めたのは三日前の事だった。
探偵は足で稼ぐ。刑事だったかもしれないがその意味は探偵でも代わらない。地道に通い聞き込むのが一番だ。
久美子と美咲が幼馴染である事。明るい久美子が大人しい美咲の面倒を見ていた事。高瀬と美咲が最近付き合い始めた事。そう言った事が二日間の成果だった。
やはり二人は恋人で、久美子の失恋が引き金になっていたのかと思う。しかし、そもそも美咲が嫌いならば贈物等そもそも用意しない。おそらく久美子にとって二人は大切な相手なのだろう。ならば許せないというその感情だけに惑わされて欲しくなかった。
「ナイフを手にさせないのが一番だったけれど、梅子ちゃんの予知夢で手にしている以上、手にはしちゃうんだろうし。それならいかに先手を打つのかよね」
アリサがいない為、誰も彼女の呼称にツッコミ入れない。エマは彼女の夢が当たる事を前提として計画を立てていた。夢はナイフを手にする場面まで――ならば。
あの男より前に接触すればいい。手にした期間が短いのなら、それだけナイフに魅入られる部分も少ないかもしれない。
久美子のいる部屋をエマは目指す。既にグリフォにもある場所にも出来るだけの手はうっておいた。素人でも手順さえ踏めばある程度の効力のある結界を敷ける。ましてや見習いとは言え陰陽師も一人いるのだからそれなりの効力に仕上がっている筈だ。
電話ボックスに入ると調べた番号にかける。コールの音を数えて彼女が出るのを待つ。
≪……もしもし≫
「松田久美子さん?」
応えは躊躇いの後に返った。果たして小包は開かれた後だろうか。そう思いながらエマは言葉を続ける。
「それの効果的な使い方を知りたくない?」
≪これの? 教えてくれるの?≫
少女の言葉にエマは少し胸を撫で下ろした。
「椿公園を知ってる? そこで待っているわ」
半分は嘘だ。エマは彼女の家の近くにいるのだから。しかし待っている人間がいるのも事実である。少女がすぐに行くと返答し電話を切った。
エマは静かに彼女が出て来るのを見守っていた。
□届いた物は
久美子はテーブルの上にある小包を見て笑顔になった。どうやらギリギリで間に合ったらしい。
美咲にプレゼントしようと散々悩んで選んだのは幸運のお守りだった。勿論デザインも可愛くて使いやすそうなのを選んだ。すぐに見てそうと判らないように散々探したそれを久美子はとても気に入っていた。
「あたしも同じの今度買っちゃおうかな。……高瀬くんに嫉妬されたらどうしよう、なーんてね」
くすくす笑いながらお揃いのネックレスをした自分と美咲を想像する。うん。いいかもしれない。
美咲には高瀬くんとの幸運な未来が。自分には新しい今度は幸せな恋が待ってるといいな。久美子はそう思った。大好きな二人なのだから仕方がない事なのだ。
でも、もしも美咲よりも早く好きだって言ってたら?
「……失恋けってーい」
首を振ってそう呟くとその包みを持って部屋に入る。待ち合わせ時間に遅れないように着替えなくちゃ。
着替える前にと机に置いた包みを開く。ちゃんと可愛いラッピング用品も用意してあるのだし、先に包んでしまおうと思ったのだ。卓上カレンダーの丸印を見ながら久美子は封を切っていく。『グリフォ 4時集合!!』待ち合わせの時間まで後30分しかない。
「ちゃんと間に合ってよかったー」
誕生日プレゼントが誕生日に遅れるのはちょっと格好が悪い。
封を開けるとそこにあったのは注文した筈の物ではなくてナイフ。カクカクして棒みたいなものが合わさって出来たような文字が掘り込まれていて、柄の所に赤い石がはめ込まれていた。
注文したものじゃない、そう驚いてもいい筈の久美子はじっとそれを見つめていた。だんだんとその表情が変わっていく。笑顔はいつの間にか消えていた。沈黙したままそっと彼女はナイフに手を伸ばした。
「高瀬くんを好きだったのは私もだったのに許せない」
呟いた言葉は先程から比べると随分低く、そしてその面は酷く真面目なものだった。引き結んだ唇から繰り返し漏れるのは『許せない』と言う言葉ばかりだ。
――許せないならどうすればいい? また元のように帰るにはどうすればいい?
答えはその刃が教えてくれる気がした。
リリリリリ。
電話のベルが鳴る。久美子はナイフを手にしたまま電話を取った。名を確認した相手は静かに問い掛ける。
「それの効果的な使い方を知りたくない?」
久美子は深く頷き、そしてナイフを手に指定された場所へと向かった。
□椿公園
足早に久美子はその場所へと入った。普段なら子供が何人か遊んでいるのにその日に限って誰もいない。しかし、彼女はそれを不思議だとはちっとも思わなかった。
「……呼び出したのはあなた?」
彼女の問いかけに銀色の髪の青年は小さく頷いた。
「それを渡してくれますか?」
静かな問いかけに彼女は戸惑った。これを手放すなんて考えられない。このナイフが彼女に幸せをくれるのだ。
久美子はただ首を振った。
「何故渡せないんですか? 方法が知りたくない?」
男の問いかけにもただ首を振るばかりだ。彼女の背後から声がかかる。それは電話で聞いた声だった。
「それは贈物じゃなかったの? 少なくとも今日小包を見た時、その為に頼んだものが着たって思ったんじゃない?」
エマの言葉に久美子は彼女とカーニンガムの間で視線をさ迷わせた。周りをよく見れば何人かが久美子をじっと見ていた。青い髪の少女が口を開く。
「美咲さんも高瀬さんも本当は傷付けたくないんじゃありませんか? 昨日三人でいるの見かけたんです。楽しそうで、許せないって思ってるようには見えなかった」
「久美子さんは美咲さんも高瀬さんも大好きだったんだよね。だから美咲さんの背中を押した。そうじゃないかな? 辛いけど、大好きだから応援したのに、その思いをナイフに押し込められちゃ駄目だよ」
二人の言葉に久美子はじっとナイフを見た。本当に許せないと思っている筈なのにその思いが揺らいでくる。それに追い討ちをかけたのは茶色い髪の元気な少女だった。
「クミコが買ッタのはペンダントだヨな? カワイイデザインでアタシも欲しクなッタ! カワイイのッて探シテも中々すグには見つカラナいのに頑張ル位、ミサキが好キなんダヨね」
「……あ、たし」
その瞬間黒いものがナイフから噴き出した。久美子を襲おうとしたそれの動きが一瞬止まった。エマが手順に従って作った結界の影響だろうか。その隙を狙って浄化の力を素手で握った水無瀬が駆け寄り、海原が蛇口から流れる水に力を加え、ナイフを狙う。カーニンガムはエマから預かった神酒の栓を開き、それを海原の水流に合わせる事で力を注ぐ。
「きゃあっ!」
久美子が悲鳴と共にナイフを落とし座り込む。
水無瀬は彼女を背中に庇うと瘴気を浄化する符をナイフに投げつけた。
水流がそれを包み込むようにナイフを芯に据えた球体を形どる。
「悪いコはオシオキだァ!」
ミリアがスリッパを水球に叩き下ろす。スリッパから雷がほとばしり水球を覆う。そうやって使うつもりだったんだと納得したのが数名。そしてカーニンガムが逸早く気付き叫ぶ。
「何かきます!」
「! あいつだ!」
その黒い気配に少年が叫んだ。エマとミリアが駆け寄り、久美子を守るようにして示された方向を見つめた。
□名無しの男
黒い瘴気に海原が息を飲み、そしてカーニンガムがあの時とは大きく違うその気配に戸惑うように呟いた。
「相変わらず水の気配がありません」
「音も、よ」
「……気だけが感じられる。それも人の気じゃない」
エマと水無瀬の言葉に反問するものはない。元より特殊な能力の持ち主の集まりなのだからそれは当然の事といえる。ただ彼らはその訪れを待つのみだった。
「……まさか、こんな事になるとは思いませんでしたよ」
黒いコートを着た壮年の男がゆっくりと公園に入ってきた。口の端にはわずかばかりの笑み。それが友好的なものだと受け取れる人間はその場にいなかった。
「残念だったわね。彼女はナイフを使わなかった」
「残念なのは彼女のほうでしょう。望む事は叶えられないのですから」
エマの言葉に彼は軽く肩を竦めた。水無瀬は静かにその様子を伺っていた。ナイフに関わるのは二度目とはいえ彼に会うのは初めてだったからだ。海原が怒りに任せて叫んだ。
「望むことって! ナイフを渡して叶えられるような望みなんて叶えてどうしようって言うんですか!?」
「さあ。私は望みに答えるだけですから。それにナイフは誰も傷付けなかった。それ以上の結果がご入用ですか? まあ、私としては大損ですが」
せめてナイフぐらい回収しないとやっていけません、返してもらえますね。
そう続けた男に返ったのは沈黙の拒絶だった。しかし彼はそれに構う事なく歩を進めた。ミリアが手にしていたスリッパを投げつけた。
「損も何モ悪イコトすル奴が悪い! 行ッけーーーっ!」
落ちる所か雷を伴い加速するスリッパに一瞬気をとられる男。それを見て水無瀬が飛び出し、彼に手を伸ばした。少年の目的は攻撃ではなく情報の奪取。その為に彼は手袋を外していたのだ。
――何処かの路地裏にある古ぼけて歪んだ鏡
それの奥で何かが嗤うのを感じた。振り払われて水無瀬は咄嗟に受け身をとる。次の攻撃に備えようとして彼は男を見た。
雷電と水に襲われた男は踏み込み高く飛び上がっていた。体重のないもののような動き。それに惑わされる事もなくカーニンガムは水流を操り、男を取り巻く。
「これはこれは。なんとも物騒な方々だ。退散するとしよう」
「大人しく退散させるとお思いですか?」
「そうです! 大体あなた誰なんですか!?」
冷ややかな視線を向けるカーニンガムと問い掛ける海原。その様子を見て男は高く笑った。
「私に名などありません。名付けるものがなければ名は存在しない。そして名も存在せずにいるものなど存在しないも同じ。そして存在しないものを捉える事など誰も出来はしない」
途端、彼の姿はかききえた。後には水流と雷だけが残る。
「逃げ足の早い……魔力はまだあるの?」
「いえ。どこにも」
エマの言葉にカーニンガムが首を振る。海原は悔しげに宙を睨んでいた。
「デモ良かッタ。こレデ久美子はナイフを使わナクてスみそうダ」
ミリアが明るく断定し、地に膝を付いたままの水無瀬に手を差し出した。
「ホラ、ずット座ってルと冷エルぞ」
「ありがとう」
素直に伸ばした手は素手のまま。ミリアが記憶にかすかにある何かに引っかかっているような気がしていた為だろうか、触れた先から力が発動した。
――数多の光の明滅。数字の羅列。そして暖かな何か。
大量のデータを受け止めきれずすぐに彼の中からそれは消えうせた。呆然とする少年をミリアが睨みつけた。
「何スルんだヨ!」
データにアクセスされた事を感じて怒ったミリアに水無瀬は真っ赤になった。
「す、すいません」
「……どうかしたんですか? 手を触っただけですよね」
状況がわからない海原が首を傾げて言う。そして小さく声をあげた。
「ナイフが……!」
ナイフの輪郭がぼやけて消えようとしていた。そこから漏れ出す黒い気は水から逃げようと足掻いているが外に出られない。
「お神酒、効いているようですね」
カーニンガムの言葉に頷きエマはとっておいた神酒をさらに水球にかける。黒い気が残らず消えたのは程なくの事だった。
「相変わらず証拠は消えちゃうのね」
エマは小さく苦笑した。
□終わりよければ?
佇む一行に元気の良い声がかかった。
「皆さーん、大丈夫ですかー!!」
「あ、ウメコだ」
「誰が梅子ですか! アリサです、アーリーサー!」
ミリアの言葉に文句を言うアリサ。グリフォで待機していたものの作戦が成功したようだと悟り草間を引き連れてやってきたのである。路上駐車する気がないのか草間の顔は車の中にある。
「デモ、ウメコはウメコだゾ。安心シてイイ」
何故か自信たっぷりなミリアに笑いながらカーニンガムが問い掛ける。
「美咲嬢と高瀬君は、無事ですか?」
「はい。ちょっと待ちくたびれてるかも」
「……あ。こんな時間。でもどうしよう。プレゼントが……」
「これ、使ってください。本当のプレゼントは後から用意してあげてくださいね」
海原が小さなラッピングを差し出す。誕生日プレゼントだと確信してから探したビーズのブレスレットが綺麗にラッピングされていた。礼を言う久美子にエマが笑いかける。
「色々疑問があると思うけど、とりあえずグリフォに向かったらどうかしら。武彦さんが車で送ってくれるわ」
連絡先はこれねそう差し出した名刺を受け取り車に駆け出そうして、久美子はもう一度振り返った。
「あの、皆さん一体誰なんですか?」
「怪奇探偵と霊感少女と……」
「マ、まトメて正義の味方ダナ!」
指折り数えたアリサの台詞を横取りしてミリアが胸を張る。その様子に水無瀬がふきだした。
「シンプルだな、それ」
「そうですね、でもいいかも」
海原もエマと視線を交わして笑い出す。カーニンガムもやわらかく微笑を浮かべた。
「正義の味方は零細企業でしてね、あまり言いふらさないでくださいね」
すまして人差し指を口元に当てた言葉にさらに笑いがこぼれる。
――嫌な顔をしたのは怪奇探偵一人だったという。
fin.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1147/水無瀬・麟凰(みなせ・りんおう)/男性/14/陰陽師(見習)
1177/ミリア・S(・えす)/女性/1/電子生命体
1252/海原・みなも(うなばら・)/女性/13/中学生
1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥・占い師・水霊使い
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■ ライター通信 ■
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依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
小夜曲と申します。
今回のお話はいかがでしたでしょうか?
もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。
霊感少女アリサ再びでございました。いかがでしたでしょうか?
お友達同士で三角関係って学生時代ならありそうですよね。
久美子は黙って身をひきましたがそれでもやはり心に残るものがあったようです。
本来なら些細な出来事の筈が頼んだ物の為に大騒ぎになってしまいました。
お楽しみいただけましたら、幸いでございます。
エマさま、十四度目のご参加ありがとうございます。
細かい所にも配慮してある作戦に流石だな、と思いました。今回の作戦のベースとさせていただきました。確かにつけていないと連れ去られる可能性もゼロではありませんでした。
そして久美子の心情についての下りがとても好きでした。感情の一方面というのは全くその通りだと思います。
今回のお話では各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
では、今後のエマさまの活躍を期待しております。
いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。
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