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命がけの大掃除!
「この年末の忙しい時にだらだらするんじゃない!」
「…ッ!?」
今年は寝正月とばかりに大きめのクッションに寝転がって下らない特番テレビを見ていた守崎 北斗(もりさき ほくと)は、突然の兄にその背中を蹴飛ばされて畳の上を転がった。
一瞬何が起こったのかわからず目を瞬かせる北斗の目に移ったのは、仁王立ちでこちらを見下ろしてきている兄、守崎 啓斗(もりさき けいと)。
双子ではあるが互いに違う青と緑の瞳を持ち、背丈も拳一つ分程違う二人。
弟の北斗の方が背は高いのだが、頭は上がらない。
確かに兄は自分の部屋は掃除していたけれど、だがそれほど忙しかっただろうか?
「や、だって別に正月ってもなんかするわけじゃないし…」
別に正月誰が来るわけでなし、何をするわけでなし。
「年末に一年の穢れを払う大掃除をするのは当然のことだろう。」
男兄弟二人の正月なんてそんなもの、そんな風に考えていた北斗はどこか古臭い、真面目一本の兄の言葉に肩を竦めた。
「やー、でもさー…」
今時そんなの、そう続けようとした言葉は、だんっと、どこから取り出したものかその眼前に突き立てられた煌く白刃によって遮られる。
…ここ、畳なんですけど…。
畳にざっくりぐっさり10cm近くも埋まっている磨き上げられた刃。
勿論刺すつもりがないことはわかっているが、それにしたって空恐ろしい。
「………」
「…俺が帰ってくるまでに片付いてなきゃ年始迎えられると思うな?」
にこやかに、恐ろしい程ににこやかに微笑む兄。
その背中には修羅の姿さえ見える不穏さで微笑んだ彼は、忍者刀をしまうとその足で…足音のしない忍者特有の歩みで…その場を後にした。
呆然とする北斗の耳に届く、遠く細いエンジン音。
バイクで出て行ったのだと気付くまでに、数秒。
「ちょっ、兄貴っ…!」
慌てて追いかけるも、捕らえられたのは彼のバイクの残した粉塵のみ。
「………」
当然ながら、代々由緒正しい忍者の家系である守崎家は、広い。
広いのみならず建物も蔵も古いし、手の込んだ仕掛も隠し部屋も多い。
とどのつまり、一筋縄ではいかない。
「……お、俺一人でやんのかよーっ!!」
年末の寒空に、絶叫が響き渡った。
「あら、これ…」
草間興信所の台所、見慣れた、だがそこにあるはずのないものを見つけてシュラインは洗い物の手を止めた。
「どうした?」
「これ、北斗くんのマイお箸じゃない?」
見ればどことなく見覚えのある一膳の箸。
「ああ、忘れていったのか。」
「ないと困りますよね、届に行きましょうか?」
「必要ならそのうち取りに来るだろ」
この忙しい年末にわざわざ持って行ってやることもない、そんな意見もあったのだが。
「おせち作りすぎちゃったし、折角だから届けてお裾分けも置いてくるわ。あそこならこれも消費してもらえるでしょ?」
片付いたとは言えある意味片付いていない台所を見やり、シュラインは僅かに肩を竦めた。
おせちの作成と片付けは終わったのだが、そこにはまだ五段のお重を埋め尽くして尚、大皿や鍋に大量の煮物や焼き物が残されていた。
祝肴の一の重にはお屠蘇をくみかわす時に祝う肴を中心に。
まめ(健康)に暮らせるようにの願いを込めた黒豆は丹波産、重曹を加えてふっくらと仕上げ、上に色鮮やかな『ちょろぎ』を飾る。
子孫繁栄の数の子は一晩水につけて塩抜きをして、丁寧に薄皮を剥ぎ取って一晩漬け出しに漬け込んで鰹節とともに盛り付け。
イワシを田の肥料にしたことから名付けられた田作りは豊年豊作祈願。
黄金色が財を成すこと、或いはかちぐりの勝つの説を持つ栗は裏漉ししたサツマイモと一緒に栗きんとんで。
有頭海老はうま煮ではなく対象となる若者向けにちょっとアレンジ、鮮やかな赤に焼き上がったところでマヨネーズとパセリをふりかけてオーブンで焼き色を付けた。
地に根を生やすようにとの願いを込めたたたきごぼう、おめでたい紅白のかまぼこは包丁で切り目を入れて見目鮮やかに細工する。
、よろこんぶの昆布はニシンと巻いてかんぴょうで整えて甘辛く煮付けて昆布巻きに。
二の重は酢の物、見通しの酢レンコンは飾り包丁で花レンコンに、大根と金時ニンジンの紅白なますは柚子を繰り抜いた器に盛って。
その他焼き物の三の重、煮物の与…四は忌み数字の為こう書く…重には一晩漬けた鰤の照り焼き、鰆の西京焼き、鳥の照り焼きにワカサギの南蛮漬け、根野菜の煮物、お得意の里芋の煮っ転がしetc。
…幾らか張り切りすぎた感があるかもしれない。
だが正月には興信所を訪れる人間も多い。
一年に一度のことなのだからこれぐらいやってもいいだろう。
年末の大掃除の傍ら、零をアシスタントに三日間を費やした大作である。
「じゃあちょっと行って来るわね」
詰めなおした三段の重箱と、北斗のマイ箸を詰めた紙袋を片手に興信所を出たシュラインは。
だがちょっと、どころではない時間に帰宅することになるのだった。
「…それは大変ね」
「だろー、こんな広い屋敷を一人で一日や二日で掃除できる訳ないじゃん。」
だだっ広く使われていない部屋も多い、使われていない部屋には当然埃も積もっている。
訪れたシュラインを迎え入れて、北斗は大袈裟に溜息を吐いた。
真面目一本、まして北斗に対しては非常に厳しい…表向きではあるが、はっきりきっぱり容赦がない…兄のこと、掃除が終わっていなければどんな目に会うかは想像したくもない。
愚痴を言っている間があれば少しでも掃除を進めればとは至極冷静な突っ込みか。
すっかりやる気をなくしている北斗に、シュラインはふうと肩を落とし溜息を吐いた。
「…仕方ないわね。少しなら手伝うわ。」
「マジ?さんきゅっ!」
エプロンと三角巾で武装すれば掃除の準備は完璧、鎧戸を開け外の空気を入れると共にその寒さに身体を震わせる。
「掃除機はないの?」
「あるある、ちょっと待って」
「雑巾借りるわね」
北斗が掃除機を取りに言っている間に電気の傘を拭こうと手を伸ばしたシュライン、だがしかし数歩歩いたところで足元で何かカチリと小さな音が聞こえた。
「…?」
極微かに、常人ではわからぬような細さで歯車の回る音がする。
下、上、繋がっている音。
次の瞬間、嫌な予感にはっとして飛び退った彼女の頭上の天板が開いた。
ガタンッと音を立てて落ちてきたのは、木製の…檻?
「何かしら、これ…?」
歩み寄るシュラインの眼前数センチのところを、何か黒っぽいものが走り抜けた。
タタンっと軽い音を立てるそれ、目で追えば先の柱に細い棒手裏剣が数本突き刺さっている。
「な……」
「あ、ごめんうち色々カラクリが…」
掃除機を探し出してきた北斗が慌てて走り寄ってくる。
「…先に言ってちょうだい。」
「すぐ切る、すぐ切るから!」
早くも疲れた気分で額を押さえ視線を落としたシュラインの視界に入った木製の檻。
その中に、彼女は先程までなかったものを見つけた。
「…だ?」
黒曜石の如く煌く二つのつぶらな瞳。
猫っ毛と言っていい柔らかな栗色の髪、ふっくらほっぺに頼りない小さな身体。
紅葉のような小さな手が、木製の檻を押し掴んでどうにかそれを押し退けようとでもするようにもがいている。
だがしかし、その手の小ささと力不足により大した抵抗にもならず。
「…ねえ、これもカラクリ?」
しゃがみ込んで覗き込む。
それは明らかに、生後一年前後の愛らしい赤ん坊だった。
「……なんだこりゃ!?」
「…赤ん坊に見えるわね。」
「…………」
シュラインに見詰められて、その赤ん坊は暫し呆然。
右を向いて、左を向いて。
そこが自身にとって全く見覚えのない場所であると思ったか突然、爆発した。
「ふぎゃああぁぁあぁんっ!」
「あっ、ちょっ…」
「あああぁあぁん、ふえぇえぇぇぇッ!」
突然泣き出した赤ん坊、慌てて木製の檻を取り払い抱き上げようとするが泣き喚いて抵抗されてはなかなか抱き上げることも叶わず。
だが赤ん坊は、北斗が釣られて覗き込んだ瞬間ぴたりと声を止めた。
「…ぱぁぱ?」
不思議そうな声、だがどこか安心したように呟いて、赤ん坊は抱っこ、とでも言うように北斗へと両手を伸ばす。
「ぱぱ!?」
「……北斗君の子供?」
「ち、違う違うッ、俺の子供じゃないっ!」
「ぱーぱ。」
ぎゅ、と足にしがみついてくる子供を無碍にも出来ず、思わず抱き上げてしまってから慌てて頭を振る北斗。
「でもパパとか呼ばれてるわよ?」
「違う違う、俺まだ高校生ですってば!」
と、玄関の方でから高いチャイムの音が響いた。
「お手伝い部隊、到着いたしましたぁ〜。」
玄関に立っていたのは、全員小柄ながら全く違う印象を持つ三人の少女達。
「柘榴、掃除は好きじゃないけど、でも折角だからちょっとならやってもいいぞ!」
黒髪にヒトとは思えぬ鮮やかな赤い瞳、透き通るような白い肌という人間離れした外見の少女、柘榴(ざくろ)はその正体は齢237歳を数える柘榴石の宝精で、右耳に雫型のピアスをしているのが特徴だ。
「はーい、俺も手伝うぞっ!守崎家の大掃除の手伝いをするとお年玉を貰えるんだろうっ?」
どこで聞いたものか、そんな話聞いてねえぞという北斗に頬を膨らませるは梛沙(なぎさ)。
北斗より幾らか年下で、黒髪に鳶色の瞳をしている…実は北斗と同じ忍者、のくノ一である。
「村でも毎年一週間前ぐらいからバタバタしてましたねぇ。なんとなくわくわくいたしますよねえ。」
最も落ち着いた様子なのは袴姿で艶やかに伸ばした黒髪に柔らかな茶色の瞳、神宮路家次期頭領で外界の事を学ぶ為に下界に降りてきたどこか浮世離れした童女、神宮路 馨麗(じんぐうじ きょうり)である。
聞けば彼女達は草間興信所に遊びに行ったところ、ここに行くよう言われたと言う。
ここで掃除を手伝えばお年玉がもらえるとか、古い屋敷だから何か面白いものが見つかるかも知れないとか言葉巧みに言いくるめられたらしい。
なかなか帰らないシュラインに、おそらくあの大屋敷の掃除でも手伝わされているんだろうと考えた武彦が、折角掃除した興信所を再び散らかそうとするちびっ子ギャングどもを追い払う意味も込めて送り込んだものだった。
「…ところでその赤ん坊はお前の子か?」
と、梛沙に指差されて北斗は今更のように自分が腕に赤ん坊を抱えたままであることに気付いた。
「違うっ!」
「ぱあぱ。」
違うと叫んだ声に、赤ん坊の甘ったるい声が重なる。
「どこからか突然現れたのよ。理由はわからないんだけど…」
不思議なことはよくあるもので、それ程珍しくはない。
だが対象が身を守る術なき赤子とくれば話は変わってくる。
なるべく早く保護者の元に返さなくては、何かあってからでは遅い。
「まずは警察にこの子を届けてからかしらね…」
「やーあ、やーぁ!」
引き剥がされると思ったのか、赤ん坊は渾身の力で北斗の腕にしがみつく。
これを剥がすのは流石に酷か?
「…せめて名前がわかればねえ…喋れる?」
「にゃまえ?きーら。」
「…きーら?」
「きあ。」
「…きら?」
「あぅ。」
彼の名は月見里 煌(やまなし きら)。
未来より突然、現代ではまだ高校生でしかない母親の元に時空を越えて現れた奇跡の赤ん坊である。
過去へと繋がるワームホールを作れる特殊能力を持っており、それによってここに現れたのだがそんなことは大人たちは知る由もない。
「そのうちお母さんが迎えにくるかも知れないし、下手に動かさない方がいいんじゃないか?」
「…そうね…じゃあ掃除が終わるまで、預かりましょうか。終わっても保護者が迎えにこなかったら警察に連れて行くでいいかしら?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ北斗君、背負っててね」
「何で俺!?」
「北斗君から離れたくないみたいだから。」
「あう。」
言えば煌はしっかと頷いて、意思表示。
頼りないぽよぽよの手で再度ぎゅっと北斗の服を押し掴んだ。
「さーぁ、はりきってやりましょー!」
「おー!」
そういってすっと馨麗が足を踏み出した瞬間、カチリと微かな金属音が聞こえた。
「危ないっ!」
ばさっと頭上から落ちてきた網。
何で網!?
捕らわれそうになる馨麗を北斗が突き飛ばしてその下から逃がす。
「きゃっ…」
だがふらついた彼女は歩道の方へと数歩よろめいて。
倒れ込みそうになったところを、通りかかった長身の男に抱き止められた。
「…大丈夫ですか?」
柔らかな茶色の髪と瞳ながら黒いスーツを隙なく着こなし、どこか堅物そうな雰囲気を漂わせる男だった。
「も、申し訳ございません、ありがとうございます」
「いえいえ、怪我がなくて何よりです。それにしても危ないですね…」
「あ、いやすいません、まだスイッチ全部切ってなくて…切ってくるっ!」
馨麗が着物の袖を襷がけにする為に持ってきた布紐で赤ん坊を背中に括りつけられた北斗は、赤子を背負ったまま慌てて中へと走り出した…。
ある意味子供ばかりの集団。
大人一名で彼らを引率して掃除を行うのは大変だろうと申し出たお人好し、通りかかっただけの黒スーツ、十ヶ崎 正(じゅうがさき ただし)も加えて改めて大掃除の開始である。
「掃除はね、上から下に順にしていくのよ。」
「え、どうしてですか?」
「埃が落ちるでしょ?下から掃除すると二度手間になっちゃうのよ。」
「成る程、シュラインは良く知っているなあ。」
感心しきり、頷くのは齢237歳ながら掃除なんて数えるほどしかやったことがない…精霊には、そんなの必要ない…石榴。
「よし、じゃあ石榴が高いところを拭くっ」
そう言ってふわりと浮き上がる。
体重がないというのはなんとも便利。
「あなたはそれが飛べるんですね、すごいですねえ」
「すごくはないぞ、宝精であればこのくらい当たり前だ。」
言いつつもえっへんと胸を張ってみせる石榴、免疫があるわけでもあるまいに全く動じる様子のない正はある意味大物か。
確かに普通であれば手の届かない場所に手が届くのは便利だが…。
「天井裏にも埃が溜まっているぞ」
「そこまで掃除せんでいいっ!終わるものも終わんねーだろ!」
「なあなあ、このスイッチ何?」
「わー、馬鹿無闇に押すなッ!」
壁に備え付けられたスイッチ、電気のそれにしてはあまりにも不自然に下の方にあるそれに気付いた梛沙。
北斗が止めるより早く好奇心に負けそれを押してしまっていた。
途端、足元に開く奈落。
「うわっ!」
ぽっすん、足元には一応クッションが引いてあったもののまんまと罠に嵌って、くノ一にも関らずそんな古典的な罠に引っかかってしまった自分に涙。
「待ってろ、今助けるから。」
そう言って、落とし穴を覗き込み手を伸ばしてくる北斗、だがその背中に。
先程まで居た筈の赤ん坊の姿がない。
「…おまえ、赤ん坊はどうした?」
「へ?」
指された指に視線を背中に向けて、今更のように赤ん坊がいないことに気付く。
「うわ、どこいった!?」
極小ワープホールで北斗の背中から抜け出した赤ん坊、元気良くあたりを這いまわる。
当然、罠のなんのと気にする様子もなく。
あっちで網に嵌って鳴き声を上げたかと思うとこっちで鳴子を鳴らし。
かと思えば今度は当り構わず侵入者向けのスイッチを押して手裏剣やら煙幕があたりに溢れ出す。
「っばか、何やって…ッ!!」
「あうー…う?きゃっきゃっ!」
げほごほ咳き込む北斗の頭に、どこから降ってきたものかカナダライ、命中。
煌は嬉しそうにぱちぱちと手を打ち鳴らす。
悪意がないのはわかっている。
わかってはいるが憎たらしい時もある。
無邪気に嬉しそうに笑う赤ん坊が、憎い。
「頼むから大人しくしてくれ…」
「…こっちも早く助けろよ!」
足元から響いてくる高い声。
「ああ、大丈夫ですか?」
「ありがとう、すまん」
そうこうしている間に長身の正に助け出される梛沙。
「危ないですから気をつけて下さいね。それにしてもここは凄いですねえ…作るの大変だったでしょうねぇ」
「面白いなっ、てーまぱーくとか言うのみたいだ!」
テーマパークと違って下手をすると命に関りかねない罠もあったりしますが。
気付いているのかいないのか、突っ込むものはただ一人としていない。
「あっちにカラクリ扉があったぞ。くるくる回って面白いんだ」
「いいな、俺も見たいっ!」
「こっちだ!」
きゃいきゃい高い声を上げながら掻け去っていく女の子達。
女三人寄れば姦しいとか言う言葉があった気もするが、二人でも十二分に姦しいかもしれない。
「手伝いっつーより邪魔だろこれじゃ…」
「まぁまぁ、僕も手伝いますから」
「さっさと掃除、終わらせちゃいましょう」
「私も手伝います。精一杯頑張りますからっ!」
馨麗はやる気はあるのだが少々からまわりしがち…好奇心旺盛なお年頃だ、仕方あるまい…石榴と梛沙は遊ぶ気満々、煌は問題外。
北斗、シュライン、正…この三名が主力であることは間違いない。
悪気のない破壊魔、煌の手伝い(?)もあって、掃除は一行捗らない。
あっちを片付ければこちらが散らされ、こっちを片付ければあっちが散らされる。
「よっし、次は台所だ!」
今度は掃除に遊びを見出したのか、襷がけ姿でする気だけは満々、石榴がはたきを片手に号令をかける。
効率化の為に庭の草刈を男性陣に任せて、女性陣は台所を片付けることになったのである。
「…………」
流しを開いて、シュラインは硬直した。
小指の爪先程の、極々小さな。
だがしかしはっきりとそれとわかる凶悪な姿をした所謂チャバネ、Gちゃんがこちらを見ていたからだ。
「ゴキブリだっ!」
「誰かスプレー持ってこいっ」
「はいっ!」
怖いもの知らず、子供たちの手によってそれはあっけなくあの世に送られてくれたのだが。
「一匹みたとなると百匹いるというのが世の常なのだそうだぞ」
「へえー、そうなんですかぁ」
「…………ご、ごめんなさい。台所は任せるわ。」
ふらふらと、青い顔でシュライン退出。
残った子供達は台所を片付けるには余りに…経験不足か。
「なんか面白いものないかなあ…」
「駄目ですよ、真面目に掃除しないと。」
馨麗は真面目に掃除をしようと思ってはいるのだが、如何せん幼い。
流しには背が届かず、刃物を握らせるのはあまりに危険。
「…折角だからお寿司とっとこう」
と、台所で店屋物屋の電話番号が載ったメモを見つけて梛沙はにっと笑った。
「へ?」
「さっき落とし穴に落とされた腹いせだ。」
自分で罠を発動させたにも拘らず、逆恨み?
家の中に落とし穴がある方が悪いというのが言い分か。
こっそり上寿司をオーダー、勿論支払いは守崎家付けである。
お陰で夕飯を作る手間は省けたのだが…またもやエンゲル係数を上げたことで間違いなく兄を怒らせる結果となるだろう。
気がつけば夜はたっぷりふけて…否、除夜の鐘が鳴り始めている。
「…ごめんなさいね、私そろそろ帰らないと。」
事務所の整理も終わっていない、もともと長居をするつもりはなく、折角だから一緒に年を越したいと言うシュラインが離脱、掃除は一行に捗らない。
「…ああ、僕もこれから用事があるんでした。途中ですがすみません、失礼致します。」
「あ、すいません。見ず知らずの人に手伝ってもらっちゃって…」
「いえいえ、ああそうだ。これを。」
と、正が取り出したのは、キャラクターものの色とりどりのポチ袋に納められたお年玉、だった。
「年が明けてから明けてくださいね?」
子供と会った時のことを考えて予備に用意してあったものである。
「本当にもらえたな、お年玉っ」
「ああ、やったなっ」
無邪気に喜ぶ梛沙と石榴。
「初対面の馨麗にまでお年玉をくださるなんて…ありがとうございますっ、大切にいたしますっ!」
目を輝かせて礼儀正しく頭を下げる馨麗。
「それじゃ、無駄使いしないで下さいね。」
にっこり穏やかな笑顔浮かべて、正は夜の闇へと消えていった。
「よし、今度はあっちのカラクリで遊ぼう!」
「よしっ!」
「遊んでちゃ駄目ですよぉ」
「だうー」
石榴と梛沙が駆け抜ける。
馨麗がその後を追い、煌はどこからか引っこ抜いたカラクリの部品らしき捻子をしゃぶるのに余念がない。
「…………。」
そうして、てきぱきと掃除をこなすことのできる人間はこの場に一人としていなくなったわけである。
啓斗が新年初日の出と共に帰宅した時。
室内はまだ煌々と灯りが灯っていた。
鍵のかかっていない玄関を開けて室内へと足を踏み入れた彼を待っていたのは。
居間で疲れ切って眠っている赤ん坊…煌と童女…馨麗、ありとあらゆるカラクリが発動した後かのように荒れまくった室内だった。
掃除されているどころか、むしろ啓斗が出て行ったときよりも尚、散れている。
畳は捲れ、落とし穴はあけっぱなし、床には檻やら網やらが落ちていて、壁には手裏剣が刺さっていたりする。
「兄貴っ、もう帰ってきた、のか…」
「兄上か?お邪魔してるぞ」
啓斗の背中のおどろに気付く様子もなく、能天気な声を上げる石榴。
「へーぇ、よく似てるなあ。」
「………」
梛沙の無邪気といっていい笑みに返される笑みは極上。
張り付いたようなものではあったけれど。
「…俺が帰ってくるまでに片付いていなければ、年始を迎えられると思うなと、言ったな?」
「…い、言ったなぁ…」
「いい、覚悟だ…」
ゆらり、と兄の影が揺れた。
カカカッと音を立てて、背面の壁にどこから取り出されたものか無数の手裏剣が突き刺さる。
「ま、まて話せばわかる。話せばわかるっ!」
「え?え??」
何がなんだかわからないといった様子で北斗と啓斗を見比べる梛沙と石榴。
「問答、無用。」
「うぎゃあぁぁぁーっ!!」
「な、何をするっ!」
「うぎゃーっ!」
新年早々、守崎家に怒号が響き渡った。
今年も、笑顔般若が活躍するかもしれないという暗示…なのかもしれない。
「さ、初詣にでも行きましょうか?」
「寒いぞ。」
「お正月の定番なんだから、めんどくさがらないの。」
「………。」
溜息と共に灰皿に押し付けられるマルボロ。
うって変わって、武彦と零、シュラインの三人だけの興信所は珍しく穏やかに、静か。
今頃北斗君達、どうしてるかしら?
無事に大掃除が終わっているといいけれど…そんなことを考えつつ防寒装備を整える。
「今年もいい年になるといいですね。」
「ええ、そうね。」
どこか嬉しそうに言う零に頷いて、草間兄妹と三人で初詣に向かうシュラインは。
まさか北斗達が手裏剣で追いまわされている等とは想像もしないのだった。
−END−
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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0568/守崎・北斗(もりさき・ほくと) / 17歳/男性/高校生(忍)
0554/守崎・啓斗(もりさき・けいと) / 17歳/男性/高校生(忍)
0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/ 26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3233/―・柘榴 (ー・ざくろ) /237歳/女性/宝精
3419/十ヶ崎・正 (じゅうがさき・ただし)/ 27歳/男性/美術館オーナー兼仲介業
3652/ー・梛沙 (ー・なぎさ) / 15歳/女性/佐々木八武神
4528/月見里・煌 (やまなし・きら) / 1歳/男性/赤ん坊
4575/神宮路・馨麗(じんぐうじ・きょうり)/ 6歳/女性/次期巫女長
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■ ライター通信 ■
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お申し込みありがとうございました。
ちゃんと全員の方に満足いただけるか不安なのですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
機会がありましたら、また…。
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