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<あけましておめでとうパーティノベル・2005>


彼女たちとの二年参り


 雪が降っていた。
 神主は社務と雪かきに追われていた。
 夕方には雪もやんでいる。やがて歌合戦も演歌ばかりになってくる頃になれば、二年参りの参拝者たちがやってくる。
 明治神宮には及びもつかない小さな神社だが、最近は、「ここのお守りはよく効く」という話が広まっているようで、大晦日から三が日にかけては、混雑するようになってきていた。奉られている神は饒速日命――物部氏の、祖神だ。
 今年は去年の倍ちかく、恋愛成就と合格祈願のお守りを用意した。去年は二年参りの参拝者が予想以上に多く、元旦にお守りと破魔矢を切らしてしまうという緊急事態に陥ったのである。
 そこは、この神社の神主のこと――同じ過ちは二度と繰り返さない。
「そろそろ……年が明けるな」
 冷えた、雪景色の外に出て、神主はそう呟いた。顔には、うっすらとした笑みがあった。


 風太は、鼻血を噴いた日のことを思い出した。あれはいつだったろう。時期は思い出せないが、シチュエーションは昨日起きた物事のようにはっきりと思い出せる。
 みさとは漆黒の夜の中から現れた。彼女は振袖だった! 漆黒の中に浮かぶ水中花だ。そして風太にとっては嬉しいことに、みさとは、口紅をさしていた。死人のような顔色の中で、唇だけが生きているようだった。風太は、プレゼントを見繕ってくれた妹に深く感謝した。
 山岡風太の誘いを、蔵木みさとが断ることはなかったのだが、ひとつだけ条件がつけられた。それは、夜に行く、というものだった。風太はその条件を訝ることもなく、それなら、と初詣の予定を少し改めた。二年参りにしよう、と言ったのだ。
 何故、冷えこむ夜にしか外出できないのか――風太は特に、疑問を抱かなかった。みさとはイギリス人の厄介になっている少女だ。新年という概念に、日本人ほどこだわりを持たない欧米人のことだから、元旦に仕事でも入っているのだろうと前向きに考えたのである。

 ――二年参り……?
 ――大晦日の夜に神社に行ってお参りして、年が明けたら、すぐまたお参りするんだ。どうせ夜行くなら、と思って。
 ――わあ、あたし、初詣って初めてなんです。二年参りっていうのも、初めて聞きました。去年は、先生が忙しくって。
 ――初詣、行ったことないんだ? 珍しいなあ。宗教の関係とか……?
 ――あ、……えっと、宗教は……。
 ――……。
 ――……。
 ――と、ともかく、大晦日の夜11時に集合だね。場所は……

 そうして大晦日、夜の中に現れた彼女は、振袖だった!
「先生、原稿料が思ったより多かったって、買ってくれたんです! どうですか、似合います?」
 癖毛はまとめられていて、彼女がおどけてくるりと回ると、青褪めたうなじが風太の目に飛び込んだ。風太は目を点にして、何度も何度も小刻みに頷くしかなかった。
「それと……プレゼント、ありがとうございました」
 彼女は、紅の唇を噛む。
 ふたりの姿は、大晦日の雑踏と、夜の中にある。
 冷えきった空気の中で、花が揺れている。


「またはぐれた……。去年もはぐれたのよね……」
 きらびやかな揚羽もまた、冴えた夜の中にひらめく。振袖は、ここにも在る。
 彼女は白い溜息をつきながら、きょろきょろと同伴者の姿を捜していた。しかし、境内は二年参りの参拝者で溢れかえっていた。光月羽澄の想い人は、その波の中にとけてしまったのだ。
 彼女は、はあ、と今度は大きく溜息をついた。そのとき、彼女の目に、ふと見知った顔が飛び込んだ。想い人ではなかったが、偶然に会えば嬉しくなるほどには、親しい間柄の人間だ。
「偶然ですね、レイさ――」
 雑踏に負けないような声で呼びかけると、神社には不釣合いな灰色の白人男性は、慌てた素振りで振り返った。見開いた目に紫の光が宿っていた。彼のあまりの焦りように、羽澄は呆気に取られた。
「どうかしました?」
「しいっ! わたしはここにいないことにしてくださ……」
「おや、レイさんに、光月さん。奇遇ですね」
「ええい!」
 普段なら、街角でばったり出くわすようなことがあれば、笑顔の挨拶が交わされる3人だ。慌てるレイに追い討ちをかけ、偶然に拍車をかけたのは、神酒の盃を手にした九尾桐伯だ。手編みのマフラーを首に巻いて、ミトンをはめ、完全防寒スタイルだった。
「あなたもここに来ているとは思いませんでしたよ。うっかり何か引き起こしたりはしないで下さいね、レイさん。心配になってきました」
 うっすらとした笑みを浮かべる桐伯の声は、一応控えめだった。羽澄は事情が飲みこめず、桐伯とレイの顔を交互に見やった。


 年の暮れも迫る頃、私用で月刊アトラス編集部を訪れた桐伯は、エレベーターホールで立ち話をしているふたりを見止めた。
 山岡風太と蔵木みさとの、仲むつまじい、そして微笑ましい姿だ。耳のいい桐伯は、盗み聞きの趣味はないが、ふたりの会話の肝心な部分を聞いてしまったのだった。
 ふたりは、二年参りの約束をしていたのである。
 桐伯は通りすがりに――


「ここの神社が穴場だって教えたのね」
「穴場? ……かなりの人出ですが……」
「何年か前までは穴場だったのですがねえ。まあ、明治神宮よりはよっぽどましですよ。それにここは、お二人や蔵木さんもよくご存知の方が神主さんですしね」
「あら、私は知ってるわ、桐伯さん」
 笑って、羽澄は肩をすくめる。
「だから毎年ここに来るのよ」
「そうでしたか。お守りも、よく効きますしね」
「ええ」
「……ところで、レイさんは何故ここに? おひとりで初詣ですか?」
「英国人が初詣というのは奇妙でしょうか」
「ルーマニア人の間違いですよね」
「だまれ」
「――お探しの方は、手を清めているようですよ」
「えっ?」
 桐伯が指し示した先には、主水舎があり、山岡風太と蔵木みさとの姿があった。風太は山吹のダウンジャケット、みさとは黒の振袖だ。
 リチャード・レイは、世界各国の風俗に詳しいが、その土地土地で宗旨を変えるほど神経質ではない。彼は初詣に来たことがなかった。ただ彼は、最近ボーイフレンドが出来たという、身柄を保護中の少女の身を案じているのだった。
「いいところあるじゃないですか。あの振袖、すごくお似合い。レイさんが買ってあげたんですか?」
「ええ、まあ……日本人には和服だと思いまして。コウヅキさんも、お似合いですよ」
「ありがとう。――いいパパになれそうですね、レイさん」
「しかし、こそこそ陰から見守るというのは――」
「堂々と見張れと仰るのですか?」
「いえ。私もご一緒します。……まあ、まずは、お神酒でもいかがですか?」
 桐伯はにこやかに、イギリス人に盃を差し出した。
 そのときだったろうか。
 あまりにも唐突に、レイの視界から桐伯と羽澄の姿が消えた――。
「先生! 来てたんですか!」
 なるほど、ふたりとも逃げたか隠れたかというわけだ。レイは口に含んでいた神酒を噴いた。振り返れば、嬉しそうな振袖姿のみさとと、複雑な表情の風太がいた。
「え……ええ。明日の仕事が、昼過ぎになりましてね……」
「なぁんだ! だったら先生、一緒に初詣しましょうよ。そろそろ来年なんですよ!」
「そうですね、皆さんでお祝いしましょうか。コウヅキさんとキュウビさんもご一緒に」
 ふっ、とレイが狛犬に流し目をくれた。
 みさとと風太は、『阿』の狛犬の陰に隠れた桐伯と、『吽』の狛犬の陰に隠れた羽澄を見つけて、あっと声を上げたのだった。
「……やれやれ、レイさんに売られましたね」
「ひどいわ、レイさん……」
「ふ、一世紀も生きとらん若造に、これ以上大きな顔はさせられぬ」
 幸いというべきか――灰色の男の小さなかちどきは、境内の一角で上がった大声に重なった。みさとが聞くことはなかったのだ。
 酒混じりの大きな歓声は、次の年がやってくるまでのカウント・ダウンだった。
「7!」
「6!」
「5!」
「4!」
「3!!」
「2!!!」
「1!!!!」
 歓声は生まれ、そこかしこで新年の挨拶が交わされる。鐘の音も、聞こえてくるようだ。そして人々は、ゆっくりとだが一斉に動いた。これが二年参りなのだ――皆、もう一度拍手を打つ。
「……行こうか、みさとちゃん。なんか人すごいけど」
「はい! ……あれっ、先生? 光月さん?! 九尾さーん!」
 風太とみさとの見知った顔は、動き出した人の波にたちまちのまれてしまっていた。いや、風太とみさとがのまれたのかもしれない。
 どちらにせよ、風太は手を伸ばす。伸ばして、みさとの振袖を掴んだ。
「ね、みさとちゃん」
「はい」
「はぐれるとあれだから、ほら、その……手、つないでいこう」
「はい!」
 みさとは大きく頷いたあとに、軽く唇をかんだ。


「やっぱり去年より増えてるな」
 参道の混雑ぶりを見、賽銭が奏でる音を聞き、祭服の準備を整えた神主は外を見やる。人々の熱気か、或いは彼らが吐く息か、冷えた空気は白く濁り、境内にいつもよりもさらに幻想的で厳かな様相をもたせていた。
 きっとこの人込みの中に、九尾桐伯や、光月羽澄といった『常連』の顔もあるのだろうと思うと、混雑を見守る武神一樹の顔もほころぶ。
 この神社の神主としての務めを果たしているものは、そう――
 『常連』の知る顔、武神一樹なのだった。ここは物部の祖神の膝元、守るは物部の血をひくものに他ならない。
「ん?」
 彼が偶然、はじめに見つけた知人は、灰色のイギリス人だった。初詣の知識はあっても、実際に体験するのは初めてなのだろうと、一樹は踏んだ。レイは不思議そうな面持ちでいたのだ。彼の傍らに目を向けると、『常連』の――九尾桐伯と光月羽澄の姿が見えた。
 一樹は毎年必ず、人込みの中から知人の顔を見出すことが出来る。これは、『縁』が成せる技なのだと、彼は思っていた。
 ――む、待てよ。リチャードがいるということは……。
 一樹は、さっと視線を動かす。彼は、『縁』を頼りにした。
 『縁』はしかと一樹に応えた。
「……やっぱりな」
 人込みの中、こちらも、不思議そうにしている――しかし嬉しそうでもある、みさとがいたのだ。振袖を着て、髪を上げて、口紅をさしている。
 ただ、一樹は首をひねった。彼女は、保護者のレイとずいぶん離れたところにいる。この人込みで、はぐれてしまったのだろうか。
 ――そのわりには、こまっているようには見えないな。
 幸い彼女は石段の端にいた。声でもかけようかと前に出た一樹は、ふと、挨拶を飲みこんだ。
 みさとの隣にいるのは、山岡風太だ。
 ふたりは、手を繋いでいる。
 きっと、はぐれないようにと、
 そして、きっと……。
「……」
 一樹はそっと微笑んだ。初めて自転車に乗れた子供を見たときの顔だ。彼はみさとの視界から外れると、人込みに紛れ、こそこそとふたりに近づいた。
 参拝を終えた和装の集団に紛れ、一樹はみさとに近づくと、つん、と肩をぶつけた。
「あ、」
よろめいたみさとを、
「ああ、大丈夫?!」
 風太がしっかり支えた。
「悪かった」
 すれ違いざまに謝るその声は、神主のものなのだ――。
「ごめんなさい!」
 みさとが、その声に謝った。
「……ありがとう、風太さん」
 それから彼女は、小さな声で風太に礼を言い、照れ隠しに微笑んでみせた。
 風太は、支えたみさとの背中が恐ろしく冷たかったことに気がついた。彼女は寒いとも何とも言っていなかったが、骨の芯まで冷えている。慌てて彼は、みさとに自分の山吹のダウンを着せた。
「え?! そんな、いいですよ……風太さん、寒いでしょ?」
「俺は大丈夫。それより、みさとちゃん、そろそろお賽銭の準備したほうがいいよ」
「あ……はい。…………あ、れ……?」
 巾着を引き寄せたみさとが、小首を傾げた。
 巾着の口から、この神社のお守りが顔を出していた。帰りに買おうと思っていたはずなのだ。赤い生地に銀の刺繍のお守りは、恋愛成就のものだった。

 ――おまえは見守られている。縁がある限り、おまえには幸がある。凍りついた幸だとしても、俺は、いつだっておまえを探しあててみせよう。

「見つけた!」
 参道を歩くふたりの背中に、明るい声がかけられる。風太とみさとは手を繋いだままで振り返り、あっと声を上げて手を離した。
 そこにいたのは、羽澄と桐伯、レイである。桐伯と羽澄はにこにこ――いや、にやにやか――とした笑顔で、レイは額を押さえてむっつりしていた。
「あら、気にしないで繋いでたらいいのに。私だったらもっと堂々としてるわ、たぶん」
「い、いや、あの、えっと」
「……」
「まあ、風太君なら安心して蔵木さんを預けられますよね、レイさん?」
「き、九尾さん!」
「……あの、先生……ところで、そのおでこ……どうかしました?」
 話をそらそうとするのと、実際に気になったのとで、その質問だ。みさとの問いかけに、レイは大きな溜息をつき、羽澄と桐伯はふきだした。
「投げたお賽銭が跳ね返って当たったのです」
「リチャード・“うっかり”・レイの真骨頂ですよ」
「あれはうっかりの結果といえますか?」
「むしろミラクルですね」
 レイが手をどけると、白い肌によく映えた赤い痕があらわになった。申し訳ない、とは思いつつも、風太とみさとは笑ってしまった。
「さ、今年も信じられないうっかりで始まったことですし、厄除けのお守りでも買ってお帰りになっては?」
「山岡さんとみさとちゃんも、お守り買うでしょ? ここのお守り、効くのよ」
「いえ、もう……ありますから」
 みさとが微笑んで、それだけ言った。
 桐伯が拝殿を振り返る。いま一行がいる辺りは人手もすこし落ち着いていたが、拝殿と授与所は混雑していた。
「……お二人とも、神主さんにはお会いしましたか?」
 赤い視線を人込みの中に巡らせながら、桐伯は風太とみさとに尋ねた。ふたりはきょとんとした顔でかぶりを振る。
「いえ……?」
「おや、それは残念でしたね。ここの神主さんは――」
 桐伯が言いかけたとき、羽澄があっと声を上げた。彼女の目は、授与所の前に向けられている。次いで彼女は、その方向に向かって手を振った。
「やっと見つけたわ。すみません、今日はここで。――今年もよろしく!」
 深々と頭を下げ、羽澄は夜の中を駆けていった。
 そうだ、それまで一行は、いまが冴えた夜だということを忘れていた。
 羽澄が、はぐれてしまっていた想い人の腕に、しっかりしがみつくのが垣間見えた。
「……本当に、堂々と、ですね」
 桐伯が微笑み、赤い目を細めた。
 その視界には、微笑む神主の姿もしっかりおさまっている。
 レイと桐伯の後ろで、風太とみさとが、だまって目配せをした。今のうちだ、と――

 そうして、今年もどうかよろしくと――

 手をつなぐものたちと、走っていくものたちがある。
 彼女たちは、振袖だった!




<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0173/武神・一樹/男/30/骨董屋『櫻月堂』店長】
【0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー】
【1282/光月・羽澄/女/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【2147/山岡・風太/男/21/私立第三須賀杜爾区大学の3回生】

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               ライター通信
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 あけましておめでとうございます! モロクっちです。もうすっかり世間からもお正月気分が抜け落ちましたが、皆さんは、どんなお正月を過ごされましたか?
 しかし、わ、わたしがこんなほのぼのとした話を書(以下略)
 手をつないだり、にこにこしたり、うっかりしたり、こんな話だけで終わる1年ではないでしょうが……今年も何卒よろしくお願いします。
 なお、今現在陸號は<猫>事件のあとで調子が悪く、八百万の神を迎える「門」が開いたこの場に連れてきたら、問題が起きるのは間違いないため、留守番ということで、ご了承下さい。
 それでは、また!