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春の運び手
薄っすらと庭を覆う雪が、元旦の陽光(ひかり)を浴びてきらきらと輝いている。
雲一つない晴天、とは言いがたい空ではあったが、雪の正月というのも悪くないと高台寺孔志は思う。
「白」に覆われた庭。
華やかさに欠けているが、あと一月(ひとつき)もすれば椿は咲き誇り、沈丁花も花を開き始める。
目には明(さや)ねども。
冬の寒さの中で木々たちは春の女神を出迎える準備を徐々に始めているのだ。
「今年も宜しくな」
そんな庭を見つめながら孔志は口元に笑みを浮かべると、小さな声で呟いた。
「彼女」は店の木戸を開け、元旦の薄曇りの空を見上げると、一つ溜息をついた。
「新しい年を花に囲まれて過ごすってのも粋じゃねえか」
店長であり従兄妹でもある孔志の一言で、花工房「Nouvelle Vague」は年末年始も営業を行っていた。
そして、「新しい年を花に囲まれて過ごしてみませんか」というキャッチフレーズで花の特別配達を承ったのだが、これが孔志や「彼女」が思っていた以上に好評だった。
店舗と配達と、いつになく目まぐるしい年の瀬ではあったが、「彼女」はそれ自体に対しては特に不満はない。
常連のお客様からも喜ばれたし、新しいお客様もいらっしゃってくださった。
けれど、と「彼女」は思う。
年が明けて元日。
お正月といえば「彼女」にとっては「初詣」や「お雑煮」、「お年玉」や「おせち」といった単語が頭に浮かぶが、孔志にとってはそうではない。
孔志は酒類であれば銘柄を問わないという程の無類の酒好きで、昼間から公に御酒の飲める正月は彼の好きな季節でもあるのだ。
「お兄ちゃん、仕事中は絶対駄目よ。お客様に勧められても駄目」
口をすっぱくして注意しているが、どれほどの効果があるのか、言った「彼女」自身も怪しく思っている。
「ご迷惑をおかけしなければいいんだけれど」
今日の配達リストに目をやって「彼女」は再度小さくと溜息を零した。
1 先導
ピンポーンと鳴り響くインターホンに、赤星壬生は雑煮の入っていた椀をテーブルへと静かに下ろした。
「誰よ、もう」
時刻は午前十一時を過ぎていて、人の家を訪ねて不躾になる時間帯ではないが、本日は元日である。
さらに料理上手の兄の手料理を食するのは、壬生にとって至福の時間である。
心静かに過ごすべき元日、さらに自分の食事を邪魔するとは迷惑千万と、壬生は眉を顰めた。
「はい、どちらさま」
ぶっきらぼうにインターホンに応えると、向こう側からはとても愛想のよい声が返ってくる。
「明けましておめでとうございます。花の配達に参りました」
「……花? 花なんて頼んでないはずだけど」
所属するサッカー部の催し物に呼ばれて家を空けている兄も、そんなものが届くということは一言も言っていなかった。言外に間違いではないかというニュアンスを含ませると、インターホン越しの青年は慣れた様子で贈り主の名前を告げた。
彼が告げた名前は壬生の母のもので、兄宛だという。壬生は内心首を傾げる。
今日は兄の誕生日ではないし、いったいどんな理由で母は兄に花を贈ろうなどと思ったのだろうか。
「今ドアを開けるからちょっと待ってて」
判子を取り出し玄関のドアを開けると、背の高い美丈夫が黄色い花を抱えて立っている。
その姿は花屋というよりは夜の世界の住人に見えなくもない。
「どうも、おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。Nouvelle Vagueです。花の配達に参りました」
爽やかな笑顔、朗らかな声音。にもかかわらず何かに引っかかりを覚えて、壬生は青年の顔をまじまじと見つめる。
「あ、あんたは、高台寺孔志っ」
小さく叫ぶや否や、壬生は孔志の背後に鋭い視線を走らせる。
「あれ、そういう君は……赤星壬生ちゃん。どうしたのさ、怖い顔しちゃって」
「今日はアレは一緒じゃないのね?」
「アレ? アレって言うと?」
「この間の事件の時に一緒にいたアレっ!」
壬生の警戒心むき出しの表情に、孔志もああと得心をし、大丈夫と頷く。
「今日は俺一人。今日の俺は本業の花屋の店長さんだ。っということで、コレ、お届けものです」
そう言って笑いながら孔志が差し出したのは桜に似た形の、黄色い花の花束だった。
花は白と鶯色の和紙で包(くる)まれた上にセロファンで覆われ、元の部分は朱と白、二色の太めの組紐で編みこむように結ばれている。正月を意識した包装だ。
険しかった壬生の表情がその花束を見て和らぐ。
「お兄ちゃんは今留守なんだけど。……綺麗な花だね。それにいい香り」
壬生が花に注ぐ柔らかな眼差しに孔志も眦を下げる。
「そうだろ」
壬生は枝の間に添えられたメッセージカードへと手を伸ばす。
そこには母の字で、成人おめでとうと一言書かれていた。
「この花はな、素心蝋梅っていうんだ。冬に咲く花で、花言葉は「先導・先見」。お母さんはこれからもお前のいいお兄ちゃんでいてくれって思いもこめて、この花を選んだのかもな」
我がことのように嬉しそうな表情をする孔志に、壬生は少し頬を膨らませながら、
「今でも充分いいお兄ちゃんだよっ」
と、照れを隠すように怒ったような口調で告げた。
2 褪せない花
「待ってたわ」
艶かしい声とともに、来城法律事務所のドアが開く。
てっきりいつもと同じシックな服装の彼女を想像していた孔志は、目に飛び込んできた来城圭織の装いに一瞬息を飲んだ。
「……こりゃまた、艶やかだねえ」
「そう? 有難う」
その姿に負けないほど艶やかな笑みを浮かべる女性の姿を不躾とは知りながらも孔志はまじまじと見つめてしまう。
彼女が身に纏うのは、深い緋色……ワインレッドの地に真っ白い大輪の牡丹が花開き、その脇を色鮮やかな菊や杜若が彩る、豪華な柄の着物だった。
普段背に流している長い黒髪は今日は上げられ、鼈甲の簪で飾られている。
「すごいいい女っぷり。いつにも増して」
「褒めても何もでないわよ」
そういつつも圭織は上機嫌だ。
「あら、でも残念。お連れは可愛らしいお嬢さんなのね。明けましておめでとうございます。ここの所長の来城圭織といいます。なにか困ったことがあったら、お気軽に相談してね」
そういいながら壬生に向って胸元から名刺を取り出し差し出す。
「……おめでとうございます。赤星壬生です。今日はちょっと配達の手伝いなんですけど。……なるべくお世話にならないように気をつけます」
両手で名刺を受け取りながら、壬生はペコリと頭をさげる。
「あ、悪い悪い。驚きのあまり年始の挨拶を忘れちまった。明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。ご注文頂いた品をお届けに参りました。……門松はここでよかったかな。あとは……」
そう言って手に抱えていた真紅の薔薇と霞草をあしらった花束を恭しく差し出した。
「ローテローゼの中でも良い花ばかり見繕っておつくりしました。気に入っていただけると幸いです」
「えっと、あとこっちが、お正月用アレンジメント……だっけ……です」
壬生が差し出したのは竹の器に松や薔薇、ガーベラが飾られたフラワーアレンジメントだった。
柔らかな曲線を描く水引がアクセントになっている。
「正月カラーの花だけだとちょっと硬すぎる雰囲気になっちまうんで、華やかさを出すのに色々な種類の薔薇を使ってみた。この赤がパサディナ、黄色がパレオ。こっちはプリザープトフラワーって云って特殊加工を施しているんだ。だいたい日本の気候でも1年から3年は持つ。もう少し季節が下ったら、松や器を変えて、それにもう少し華やかな花を加えると春向きな感じに出来るぜ」
楽しそうに花について語る孔志を圭織は面白そうに見つめる。
「孔志さん、本当に花が好きなのね。それに素敵なアレンジだわ。有難う」
薔薇の花束を抱え、笑みを浮かべる圭織に、孔志はどういたしましてと笑顔を向ける。
「壬生ちゃん、悪いけど、その花をこっちに持ってきてもらえる? 孔志さんはちょっと待っててね」
事務所の奥に消えた二人を待つこと三分。
戻ってきた圭織の手にはラッピングされたワイン、壬生の手にはミニ重箱がある。
「お酒好きの孔志さんに。ヴィンテージもののワインと、ミニおせち」
「うわぁ」
ワインを受け取りながら孔志が歓声をあげる。
「圭織さん大好き」
「いい男は軽々しく女に好きだなんていわないものよ」
そう告げながら圭織は艶めいた微笑を浮かべる。
「お互い、今年はいい年になると良いわね」
3 花待ち
「明日ね!」
明るく楽しげな笑い声をたてた甥に、柏木アトリも「楽しみにしているわ」と告げて受話器を置いた。
そして机の上へと目を向ける。
そこには色とりどりの和紙が広げられ、その片隅には手触りの異なる和紙を重ねて作られたポチ袋が数種類置かれている。水引や飾りをつけた、アトリ手製のお年玉袋だ。
元気な甥には若葉をイメージして萌黄を基調としたものを。
可愛らしいものの好きな姪には薄紅梅を基調としたものを。
そして桜に思い入れのある「あの人」には桜柄のものを。
みんなお年玉の中身だけでなく、袋の方も気に入ってくれると嬉しい、こういったものに興味を持ってくれると嬉しいな、と思う。
あとはお年玉と一緒に入れる花の種の到着を待つばかりだった。
年末年始もお店を営業するのだと云った友人とその従兄弟であるNouvelle Vagueの店長に、甥と姪に贈る花の種を選んで欲しいとアトリが頼んだのは十二月も半ばを過ぎた頃だった。
新しい年の始まりに花の種を届けるってのも悪くないなと、店長──高台寺孔志はとても張り切って引き受けてくれた。
まっすぐな眼差しをした、少しやんちゃな甥。
人の気持ちを思いやることのできる、心優しい姪。
アトリの語る二人のエピソードを孔志も「友人」もとても熱心に聞いてくれた。
少し軽薄な印象の孔志だが、花やそれを愛する人々に対する態度や眼差しは真摯であり温かいものだった。そんな孔志をアトリはとても好もしく思う。
孔志の仕事ぶりを見ていると、花が好きなのだな、というのがとても伝わってくるのだ。
(私もあんな瞳をして和紙に向ってたなのかな)
そうであるといいと思いつつ、アトリは壁にかかった時計へと視線をむける。
一時半。
そろそろ孔志がやってくる時間だ──そう思った途端、インターホンが鳴る。
「あら、もしかして」
なんともいえないタイミングに笑みを浮かべながら、アトリがインターホンを取ると陽気な孔志の声が聞こえてくる。
「はーい。今開けます「
ぱたぱたと廊下を走り、明けましておめでとうございます、といいながらアトリがドアを開くと、
「「「明けましておめでとうございます」」」
と、三重の声が返ってきた。
目を丸くするアトリに、孔志と壬生、圭織が楽しそうに笑い声をたてる。
「明けましておめでとう。アトリさん。花の種をお届けに参りました」
そう言って孔志が胸元から取り出したのは、可愛らしいポチ袋だった。いずれも白地で、橙色と淡いピンクのアクセントが各々付けられている。
「あら……お手製、ですか」
一目でそれと気付いたアトリに孔志が笑いながら頷く。
「アトリさんの作ったものとは比べようもないがな、こっちの橙色の方が俺で、こっちのピンクの方がアレの作った方」
「とてもよく出来ています」
アトリの言葉に孔志は照れたように笑う。
「で、散々どんな種にしようか二人で考えたんだけどな」
孔志は片方の手の上に袋をのせ、アトリへと差し出しながら、もう片方の手で「こっちは……」と橙色の方を指し示す。
「元気な男の子ってことだったから、日に向って咲く向日葵の種。花言葉は輝き。ピンクの方は、コスモスの種。花言葉は真心。そんなに珍しいって花じゃないけどさ、二つとも強い花だから子供でも育てやすいと思うんだ。種から花が咲くまで結構な時間がかかるからさ、手間のかかる種だと面倒臭くなってしまうかもしれないし、途中で枯れてしまうかもしれない。まずは花が咲く、ということの喜びを感じてほしいなって思ってさ」
そこで孔志はにっこりと笑う。
「もしこの種たちを綺麗に咲かせてくれたら、来年はもっと別の花の種を用意しよう。これをきっかけにアトリさんの甥御さんと姪御さんが少しでも花を好きになってくれると嬉しいな」
「有難う、孔志さん」
アトリは目を細め、愛しげに袋を見つめながらそっと自らの手の内にそれらを納める。
「すごくよく考えてくれたんですね。とても嬉しいです。……今日のお礼と云ってはささやかなものですけれど、これを受け取っていただけますか?」
アトリは作り置いておいた桜柄のポチ袋を取り出した。
「お庭にも桜があるし、桜は孔志さんにとって特別なお花だってお聞きしたことがあったので、一足早いですけれども桜の便りを」
孔志はそれを丁寧な仕草で受け取りながら、小さな笑みを口元に浮かべた。
「アトリさん、このあと予定ある? よければみんなと一緒にちょっと付き合わない? こんな素敵なものをもらったら、是非ともアトリさんにもアレを見て欲しいな」
4 先触れ
そして一時間後。
孔志と三人は常緑樹の並木が美しい、その植物園の入り口に立っていた。
「孔志さん、見せたいものって何なの?」
アトリの問いかけに孔志は見てのお楽しみと笑顔を向けるばかりである。
「この先にあるんでしょっ」
気の急いた壬生が赤い花をつけた山茶花の生垣を横目に石畳の上を駆け出す。
「ちょっと壬生ちゃん、転ばないようにね」
その姿を艶然とした笑みを浮かべつつ見送りながら圭織が声をかける。
「大丈夫よっ」
壬生が背の高い椿の壁を曲がると、開けた視界の先にあったのは──。
「わぁ……」
壬生があげた歓声に、後に続く女性二人も小走りになる。
「あら」
「あっ」
そこで花開いていたのは、桜、だった。
青く晴れた空を背景にして、石畳の両脇に並ぶ木々が一斉に薄紅の花を咲かせていた。
小振りではあるものの、可憐な八重の花が元日の空にむかって花開いている。
「冬桜っていってな。晩秋から初春にかけて咲く桜なんだ。ソメイヨシノほど煌びやかじゃないけど、綺麗だろ? 手元における花もいいが、自然の中にある花もいいもんだよな。それに──やっぱり日本人にとって桜って特別な花だし」
素敵な元日を過ごせたお礼に見せたかったのだと、桜を見上げる三人の顔を見渡しながら孔志が笑う。
「お正月に桜なんて素敵じゃない」
「ええ、本当に。有難う孔志さん」
「うん、本当に綺麗。ありがとう。……お兄ちゃんにも見せてあげたいな」
「いえいえ、どういたしまして。みんなのその笑顔が見れて、俺もすごく嬉しい。……今年もよろしくな」
孔志の言葉に、それぞれから花のような笑みが返ってきた。
END
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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 2936 / 高台寺孔志 / 男性 / 27歳 / 花屋 】
【 2200 / 赤星壬生 / 女性 / 17歳 / 高校生 】
【 2313 / 来城圭織 / 女性 / 27歳 / 弁護士 】
【 2528 / 柏木アトリ / 女性 / 20歳 / 和紙細工師・美大生 】
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■ ライター通信 ■
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明けましておめでとうございます、というには憚られる季節になってしまいました……。
寒中お見舞い申し上げます。ライターの津島ちひろです。
この度はご発注いただきまして、有難うございました。
遅くなりまして申し訳ありません。
皆様に少しでも楽しんでいただけると幸いです。
高台寺孔志さん
お久し振りです。この度は素敵な御題を有難うございました。
花屋の高台寺さんを今回全面に出せて、とても楽しかったです。
高台寺さんの花や花を好きな人に対する優しい眼差しを少しでも描けているとよいのですが。
本当に有難うございました。
赤星壬生さん
初めまして。巨漢なアレ(失礼)とのエピソードを絡ませていただきました。
壬生さんの反応が書いていてとても楽しかったです。
今回は「妹」の部分の壬生さんを強調させて頂きました。
来城圭織さん
初めまして。綺麗で格好のいいお姉さんが大好きです。
上手く圭織さんの艶やかさが表現できていると良いのですが。
いい男が一人しか出せなくてすみません。(笑)
柏木アトリさん
初めまして。相関図を拝見して孔志さんとの関係に思わず笑ってしまいました。
和のお師匠さま、という位置づけで今回描かせて頂きました。
孔志さんの従兄妹さんともご友人でしたので、そちらも少し書かせて頂いてます。
皆様今回は本当に有難うございました。
機会がありましたらまたよろしくお願い致します。
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