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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狼少女と冬の向日葵

 オープニング

 その日、ノックもせずに興信所の扉を開いたのは目の冴えるような金髪の少女だった。
「興信所って、人探しとかして貰えるんだよね?」
 草間は室内を見回し、自分以外に質問に答える者がいないのを確かめてから頷く。
「あのさー、名前とか住所とかわかんなくても見付けられるもんなの?」
「出来ないこともないが難しい。他の情報にもよるな」
 少女は招かれてもいないのに中に入って扉を閉めると、ソファに腰を下ろして草間に首を傾げて見せる。
「年齢とか外見とか?」
 草間が頷くと、少女は暫し考えて言った。
「えーっとぉ、背が高くってぇ、眼鏡掛けてたと思うんだー。ジジイでー」
「他には?」
「すっごい人の良さそうな顔してんの。ってゆーかジジイって大体人良さそうじゃない?」
「いや、そうじゃなくて。何時何処で会ったとか」
「会ったのはぁ、一昨年の年末でー、この近くだけど、あたしこの辺に住んでないからよく分かんないな」
 草間は頭を抱えつつ煙草に火を付ける。少女が嫌そうな顔をしたが、こう言った客から話しを聞き出すには煙草がなければ。
「どんな状況で会ったのか、何故探しているのか、その老人の特徴……言葉遣いや衣類、荷物。近所に住んでいるなら身軽だったろうし、遠方に住んでいて用事があってこの辺を歩いていたなら、荷物があっただろう。人を訪ねるならそれらしい服装だっただろうし、散歩なら普段着だろうし……」
「えー、ちょっと待って、そんな一気に喋んないでよー。難しいコト聞かれたってわかんないしー」
 少女は頭を抱えたが、果たしてそんなに難しい質問をしただろうか。草間は深い溜息を付き、依頼を受ける場合には誰に押し付けようかと考えつつ話しを促す。
 少女は途中に奇声と悲鳴を交えつつ、どうにか次のような話しをした。
 一昨年の冬、少女は東京に家出をしていた。友人達には遊び目的であると告げたが、実のところは両親の不仲や友人関係、進路の悩みがあり、軽く現実逃避をしていたのだと言う。
 資金はほんの数万円の通帳一冊とその月のお小遣い五千円。泊まる場所がなく、ナンパしてきた男の部屋に転がり込み、その男の友人と一緒に数日遊び歩いた結果、少ない資金はすぐに底をついてしまった。金がなくなると男はアルバイトを紹介すると言ったが、いかにも怪しげな様子に、流石に身の危険を感じ、少女は逃げ出した。
 逃げ出したものの、金がないことに変わりはない。家に電話をして迎えに来て貰うのは何だか悔しく、空腹を抱えて宛もなく歩いていた。男の部屋にコートを忘れて来た所為で、酷く寒かった。財布にはジュース一本買う金もなく、心細かった。情けなさが募り、泣きたいような気持ちで夕暮れを迎え、自動販売機の横に腰を下ろした時、その老人が現れた。
 怪我でもしているのかと問われたので、違うと答え、家に帰る金がないのだと告げる。すると老人は何も言わず1通の封筒を差しだして去って行ってしまった。封筒には3万円と向日葵の種が一つ、入っていた。
「それでー、折角の好意だしーって思って、そのお金で家に帰ったんだけどさ、向日葵の種をね、植えてみたんだ。世話なんかなーんにもしてないのにさぁ、夏にすっごくでっかいのが咲いたんだ。それ見たらぁ、じじい思い出してさ、お金返さなきゃいけないと思ってー、バイトしてー、やっとお金貯まったから、返しにきたんだけどさ、わかんないから、ここで探して貰えないかなと思って」
 ここまでの往復料金と老人に返す3万円以外に、2万円の余裕しかない。2万円で引き受けて貰えるかと訊ねる少女に、草間はあからさまに頭を抱えた。
 果たして、無償に近い仕事を引き受けてくれる物好きがいるだろうか……。

「あら、それなら私が行くわ、武彦さん」
 と、正直に支払額の限りなく少ない依頼を誰か引き受けてくれないかと手当たり次第適当に呼び出した面々に頭を下げる草間に、シュライン・エマは言った。
 銀行に出掛けた帰りに買ってきた鯛焼きと8人分のお茶を並べながら、礼も断りもなく鯛焼きに手を伸ばした依頼人の顔を見る。17や18の少女に興信所への依頼額の相場を知れと言うのも無理な話しで、折角の少女の想いを金銭を理由に断るのはどうかと思う。
「あたしも一緒に探しますよ。いいお話じゃないですか。。記事にできたら人情話でウケるかな」
 と言うのは雨柳凪砂。突然の呼び出しにも関わらず丁寧に年賀の挨拶にと調味料の詰め合わせを持ってやって来た凪砂には、ネタになるならばバイト料など問題ではないらしい。
「武彦様、わたくしもお手伝いさせて頂きます」
 恐らく頭の中では老人を捜し出す方法を幾つかシュミレートしているのであろうマシンドール・セヴンが言い、その横では苦笑しつつ真名神慶悟が鯛焼きに手を伸ばす。
「人は見掛けによらんな。人の事を言えた立場でもないが……。義理を果たすのは善い事だ。1月だからと言ってお年玉を貰う年でもなし、寧ろ遣らねばならん年だ。口調はアレだが俺は別に構わん」
 この少女にお年玉をやったつもりで依頼を引き受けようと言い、鯛焼きの中身に少しいやな顔をした。
「新しいウェアが欲しかったんだ。今すぐじゃなくてもいいよ。スキーシーズンが終わる前に貰えれば」
 と、現物支給を申し出る梅成功。
 結局それが一番高いんじゃないのかと言いかけた草間は口を噤み、「分かった」と頷く。スキーシーズン終了寸前のバーゲンで一番安い物を買ってやろうと思ったからだが、口には出さないでおく。
 その思惑に気付いたのか、少し笑みを浮かべてモーリス・ラジアルが自分も手伝うと頷いてみせる。
「私へのアルバイト料はそっちの少年のウェア代に回して下さい。呉々も、センスの悪い安物を買わないように」
 草間が咳払いをするのを無視して、モーリスは2つ目の鯛焼きに手を出した少女に向かい、向日葵の種を持っているかと尋ねた。
「向日葵は、元気を分けて貰うにはとてもいい花ですね。今の季節ではその向日葵には辛いでしょうけれど、どの種類の向日葵でしょうかね。種があれば分かると思うのですが」
 少女は食べかけの鯛焼きを皿に戻し、バッグの中から1粒の種を取りだしてモーリスに渡した。モーリスはそれを全員に見えるよう、テーブルの真ん中に置く。
「向日葵に種類なんてあるの?」
「ありますよ。どんな花が咲きました?一般に見慣れた向日葵ですか?」
 小学校の頃に育てたことのあるような、極々普通の向日葵だと少女は答える。
「それじゃあ、『かがやき』でしょうか?」
 一般に多く流通している品種を挙げる凪砂に、モーリスは頷く。咲かせてみればすぐに分かるが、少女が持っている種がこれ1つならそう言う訳にもいかない。
「もう少しお話を聞いた方が良さそうね」
 種の方はあまり参考になりそうにないと判断し、シュラインは少女を見る。
「種はどんな封筒に入っていたのかしら。封はしてあったの?何か書かれていたとか、印刷されていなかったかしら?」
 現物を持参していないかと尋ねると、少女は封筒はすぐに捨ててしまったと言い、思い出せる限りでは、封はしておらず使い古した感じだったと答えた。何か書かれていたような記憶はないが、ピンクと緑の印刷がしてあったような気がする、と言う。
「それってさ、どんな封筒?大きさとか長さとか、形とか」
 成功が問うと、少女は頼りない溜息を付いて、一昨年の記憶を呼び起こす。
「えっとー、普通に手紙とか書くようなのじゃなくってぇ、これっくらいのぉー……」
 と、宙に指で形を作って見せる少女に、シュラインは思い立ってバッグから1通の封筒を取り出した。
「こんな感じかしら?」
「あ、そうそう。こんな感じ!ってゆーかそっくり!」
 シュラインは種に並べて封筒をテーブルに置く。少女が言った通りの形で、緑の野原とピンクの花が印刷されている。
「これは、近くの銀行で貰ったものよ。支店は沢山あるけれど、この付近は1軒だけ……」
「自動販売機の横に座ったと言ったな。そこからどんな物が見えた?何か特徴のある建物があれば場所の特定がし易いと思うが……」
 慶悟尋ねると、自分が座っていたのは煙草の自動販売機の横だったと言い、周囲にはビルが沢山あったと少女は言う。
「それで、お金貰ってからすぐ駅に行ったんだけど、その途中にここの看板見たんだと思った。でも、もしかしたら違うかも。駅に行くのも結構迷ったんだー、方向音痴だしぃ」
 モーリスは少女に気付かれないよう、そっと溜息を付く。この付近にビルなど腐るほどあるし、駅だってそれなりに距離の差はあっても3つある。試しに駅の名を尋ねてみたが、少女は覚えていないと言った。
「よくここに辿り着けましたね……」
 セヴンが言うと、少女はにっこり笑って電話帳で住所を調べたのだと言った。
「でも住所見たって分かんないしー。色んな駅で降りて歩き回ったんだー。疲れちゃったし、お金使っちゃったし、最悪?みたいなー。タクシー使った方が安かったんじゃないのーって感じー」
 シュラインにお茶のおかわりを求めてから4つ目の鯛焼きに手を伸ばす少女を見て、7人は顔を見合わせる。
 草間は既に自分も協力しようと言う気を失っていた。

「プリンターをお借りします」
 と言って、セヴンは突然何かを印刷し始めた。
 5分ほどかけて何枚かの用紙を出力したセヴンはそれをテーブルに置き、東京都内の屋外自販機の位置を興信所付近に絞ったものだと言った。
 地図の中の赤い点々が野外設置の煙草自販機の位置で、横に青い星印のついているものが少女が老人と会った夕暮れに稼働していたもの、黄色で囲った場所が興信所、赤で囲った場所が銀行、青で囲った場所が付近3つの駅だと説明をする。
「随分沢山ありますね……」
 煙草の自動販売機に限ってもこんなに沢山あるものなのかと感心する凪砂。
「それからこちらが、ビルの多い場所に限ったものです」
 と、2枚目の地図を見せるセヴン。
「それでもこんなにあるのかー、へぇ……。そう言やさ、道路とか分からないの?人や車の通りが多かったとか、細い路地だったとか」
 成功が尋ねると、少し迷ってから少女は大きな通りがあったと答えた。
「大きな通りと言うとここか?この通りなら5つか。……銀行の近くにもあるな」
 地図を指差しながら慶悟が言い、シュラインと凪砂が再び老人の容姿と服装を尋ねる。
 もし老人が地図に記された銀行を利用しているのであれば、かなり場所の特定が出来る。
「えーっとぉ、荷物みたいなのはなくって、黒いバッグ持ってて、服は普段着って感じでぇ、茶色いコート着ててぇ、別に、どっか出掛けるような格好じゃなかったと思うケド」
「黒いバッグ?どれくらいの大きさか分かりますか?その中から封筒を出したんですか?」
 大きさと形を簡単に説明してから、少女は暫し視線を泳がせ、下を向いてからぼそりと言った。
「えっとぉ……、封筒はその、バッグから出してくれたんじゃなくって、」
 何か口ごもる少女に、シュラインは尋ねてみる。
「自分で出した?」
 少女は顔を赤くして、少し涙の浮かんだ目でシュラインを見る。
「ウン……。あの、最初に言ったのは嘘で……、ホントは無理矢理って言うか、その、ジジイに貰ったって言うか……」
「取ったのね?」
 少女は頷き、銀行に近いこの自動販売機の横に座っていたのだと、地図を指差した。
「本当のコト言ったら、警察に連れて行かれると思って。でも、警察とか行くのいやだし。だから、ここでジジイ探して貰って、家が分かったらお金だけポストにでも入れとこうと思って……」
「つまりあれか、銀行から老人が出てくるのを狙って、バッグを取ったのか?」
 軽く怒りを含んだ慶悟の言葉に少女はしょんぼりと頷き、突然思い立ったのだと言った。
 ナンパして来た男が紹介すると言ったアルバイトをするのは怖い。かと言って、未成年を雇ってくれるバイト先などそうそうないだろうし、今日の宿も生活費もない状態では仕事を探すのも無意味だ。即お金になる方法がない訳ではないが、自分の体を傷付けるのもいやだ。
 だったら、自分が傷付かない方法を選べば良いんだ。
 そう思った時、丁度すぐ近くの銀行から一人の老人が出て来た。背は高いがひょろっとしていかにも貧弱そうに見える。他に連れはいないようで、小さな黒いバッグだけを大事そうに両手で持っている。人の通りは多いが、だからこそ逃げやすいに違いない。
 あの老人のバッグを取ったからと言って、すぐに捕まるとは思えなかった。足に自信があったし、何よりも自分は東京の人間ではなく、お金さえ手に入ればすぐここを離れられるのだから。
 老人が近付いてくるのを待って、突然飛びかかりバッグを奪った。
 老人は転び、驚いて声も出なかったようだ。周囲の通行人が少し騒いだが、転んだ老人に気を取られている隙に思い切り走って、走って、走って、あちこち走り回ってから地下鉄に飛び込んだ。
 トイレでバッグの中を見ると、真新しい銀行の封筒と使い古した封筒があり、一方は空で一方には3万円入っていた。それだけあれば家へ帰るには十分だ。財布には手を付けず、バッグ毎ゴミ箱の奧に捨てた。封筒も、中を抜き出してから丸めて捨てた。
「その中に種があったのはホント。何で種なんか入れてんだろって思ったけど、そのままポケットに入れて」
 ずっとどきどきしていた。
 無事自宅に帰ってからも、何時か警察が来るんじゃないかと怯えた。お金はすぐに使い切ったが、残った向日葵の種を見る度にあの老人の驚いた顔を思い出して泣きたいような気持ちになった。目を逸らそうと庭に放り投げた向日葵が芽を出した時には、何度も抜いてしまおうと思い、足で踏みつけたりもした。
 けれど不思議なくらい丈夫に向日葵は育ち、やがて夏が来て、大きな花を咲かせた。
「『あなたを見つめる』って花言葉があって、それって、あたしがやった悪いことを誰かが見てるってことだって思ったんだ。向日葵ってぇ、太陽に向かって咲くでしょ?あたし、このまんまじゃ向日葵みたいに上向いてらんない。絶対、あのジジイにお金返さなきゃって思って」
「お金を返すだけですか?」
 モーリスに言われて、少女は顔を上げた。
「老人があなたにお金を渡したと聞いた時点では、あなたと何か関わりのある人ではないかと思っていましたが、そう言う事情でしたら話しが違います。あなたは、その老人にお金を返すだけで良いと思っているのですか?お年寄りと言うのは四肢が随分脆い。転んだ老人が怪我をしたとは考えませんか?怪我が元で寝付いた老人が冬に風邪を引き、亡くなる可能性だってあります。そうは考えませんか?」
「…………」
「別に泣かせる為に言ってるんじゃないと思うけどな、俺。本当に悪いと思うんだったらさ、お金を返すよりも謝る方が先なんじゃないの?」
 泣きだしてしまった少女に、成功は言ってお茶を勧める。
「自分の体を傷付けないようにと選んだ方法で、自分の心を傷付けてしまったのですね。一度犯してしまった過ちは取り返しが付きませんが、精算することは出来るとわたくしは思います。泣かないで、早く老人を捜し出しましょう。銀行の近くまで行ってみましょうか?」
 セヴンが言うと、少女は頷いたがどうやって探そうかと小さな声で言った。
「顔の特徴や様子が分かれば、周辺で聞き込みが出来ます。似顔絵描いてもいいですけど、絵は得意って訳でもないですから……」
 それならば、と成功は鏡を一つ作り出した。
 突然湧いて出てきた鏡に少女が目を丸くしたが、問われるままに老人の顔の特徴を答え、やがて鏡の中に確かに見覚えのある老人そっくりの顔が映し出されると喜びの声を上げて成功の能力を褒め称えた。

「ここからどっちの方向に逃げたんだ?」
 成功の作り出した鏡と、セヴンの出力した地図を持って銀行近くの自動販売機横に来てから慶悟が尋ねる。
 少女は暫し辺りを見回してから、「こっち」と興信所方向に指を向けた。
「老人もこっちに向かって歩いてきていたんだな?老人が何処に向かっていたかが問題だが……、うん?何してるんだ?」
 銀行での用を終えた老人がそのまま自宅に向かっていたのか、それとも別の場所に向かっていたのかと考える慶悟の横で、成功が何やらキョロキョロと周囲を見ている。
「いや、鏡みたいなものがないかと思って。あったら、俺の力を使ってその後の老人の姿が映し出せるんだけど……」
 交差点に鏡があるが、それは少し離れすぎているし、左右の建物にもそれらしいものはない。自動販売機の透明なプラスチックが鏡になることはなるが、正面しか映さないので役に立ちそうにない。
「ご老人でしたら、習慣的に散歩などをなさっている場合も多いでしょうから、この辺りが散歩コースなら直ぐに見つかるのではないかと思うのですが……」
 言いながらモーリスは腕時計を見る。
 少女に聞いたところによれば、老人と会ったのは夕暮れ。冬の日のかげりの早さから考えれば、4時以降と言うことになる。今は3時前。もし老人が散歩のついでに銀行に寄ったのであれば、待ち時間は長いがここで会える可能性も高い。
「向日葵の種はどうした?持って来たのか?」
「種ならここにあるけど……」
 少女が出した種を受け取り、慶悟は鳶の式神を打った。
「縁とは何かしらで繋がっているものだ。名やその肖像、記録、物だけでなく個人の念や記憶に至るもの全てに。出逢ったという事実と向日葵が、お前と老人を繋ぐ。その種が老人の持っていたものではないにしろ、元々は老人の種だ。縁は繋がっているだろう。向日葵の種を式に乗せ、縁を手繰って主の許へ導く」
 言って、慶悟は鳶の式神に小さな種をのせる。
「他人である俺の打つ式では引き合う力が弱い。だから、お前の逢いたいという思い、謝罪したいと言う思い、感謝の念が必要だ。信じろ。鳶の姿をした式は間違いなく向日葵の老人の許へと飛んで行く。今年は酉年だからな、祈って力を貸して貰え」
 祈れと言われて、少女は飛んでいった式神に向かって手を合わせた。
「クサイ科白ねぇ」
 シュラインに言われて慶悟は笑った。
「新年と言う事で赦してくれ」
 そして、言われる前に言っておく。
「因みに酒は入ってない」
「さて、真名神様の式神が老人を捜している間にわたくし達は何をしていましょう?」
 シュラインと慶吾のやり取りを少し笑ってからセヴンは少女を見る。
「私と成功君で銀行に行ってみましょうか?」
 ここが散歩コースではなく、銀行も偶々通りがかりに利用しただけと言う場合を考えて、シュラインは窓口で老人に見覚えがないか尋ねてみようと言った。窓口には親しくしている銀行員がいるので本来なら教えて貰えないことも、事情を話せば教えて貰えるかも知れない。
「そうですね、それでは私達はこの辺で向日葵を育てている老人がいないか尋ねてみましょう」
 シュラインと成功が銀行に入って行くのを見送ってモーリスは地図を見る。
 銀行を中心に住宅の多い方に慶悟、マンションの多い方にモーリスとセヴン、老人が通りかかった時のことを考えて、少女と凪砂が銀行前に残ることして1時間後の合流を約束して3手に別れた。

「それにしても、どうして向日葵の種と3万円を一緒に入れておいたんでしょう」
 3時を過ぎてシュラインと成功が戻り、あとの3人の帰りを待ちながら凪砂は言った。
「普通、種とお金を一緒に入れるでしょうか。それも1つだけなんて。何か意味があるのかしら……」
「そうねぇ……。普通、種を1つだけなんて持ち歩かないわね」
 一緒になって首を傾げるシュライン。
「向日葵ってのにも何か意味があんのかな?花言葉、何て言った?『あなたを見つめる』?」
「それと、『敬慕』だったと思いますよ。」
「確か、『憧れ』『光輝』もそうじゃなかった?」
 花言葉と3万円。何の関係もないような気がする。
「新しい封筒も一緒にバッグに入っていたんですよね?誰かにあげるつもりだったんでしょうか?」
 凪砂が言うと、少女の顔に不安気な様子が浮かび始めた。
 誰かにあげるつもりだった、或いは何かの支払にあてる筈だったお金を自分が取ってしまったのだと言う罪の意識が更に強まったらしい。
 その時になって、通りを慶悟が歩いてくるのが見えた。
 手で×印を作り、成果が得られなかったことを知らせる。
「当たってみた限りでは老人を知る人も、老人らしい人もいなかったな。夏場なら向日葵が咲いて手がかりになったかも知れないが」
 そっちはどうだったのかと尋ねる慶悟に、シュラインは首を振った。
 役に立てなくて申し訳ないと頭を下げてから、窓口嬢は顧客情報は絶対に口外出来ないのだと言った。それが例え、顔を見たことがあるかないかと言う質問だけでも答えられないらしい。
「2人はまだ帰っていないし、式神もまだだな。どちらかが情報を得ていれば良いが……」
 言いながら慶悟は自販機に小銭を入れる。手持ちの煙草が少なくなっていたことを思い出したのだが、買ってもすぐに吸えないのが辛いところだ。
 と、マンションを回っていたモーリスとセヴンが早足で帰って来た。
「分かりましたよ!」
 待っていた7人の表情を見れば成果がなかったのだと分かる。モーリスは笑みを浮かべて少女に言った。
「すぐ近くのマンションに住んでいるご老人でしたよ」
「訪ねてみましたが、生憎お留守でした。この時間は何時も散歩に出られていると隣の部屋の方が教えて下さいました」
 この道は老人の散歩コースなのだと言う。待っていればいずれ通りかかるだろう。
「そろそろ4時だな。老人を見付ければ式神も戻ってくると思うが……」
 鳶の姿を探して空を見上げると、そこに確かに1羽、慶悟の放った式神がいた。
 その位置から視線を下ろすと、周囲よりもやや突き出た白髪頭が見えた。
 少女は歩道に出て、行き交う人の間からその姿を探す。
「いた!あれ!」
 と、少女が指をさすその先には、頭上を飛ぶ鳶を気にしながらゆっくりと歩いてくる老人の姿があった。

 近付いてみると、確かに少女が言う通り人の良さそうな老人だった。
 ひょろりと背が高く、茶色いコートを着込み、同じ茶色の手袋を嵌めた手には杖を握っている。
「おや、」
 と、老人は突然前に飛び出してきた7人の男女の中の少女を見て声を上げた。
「あ、あのぉ……」
 言いながらもシュラインの影に隠れようとする少女の肩を押して、セヴンは老人の前に立たせる。
「突然で失礼致します。こちらの少女を覚えていらっしゃいますか?」
 老人が頷く前に、少女はバッグから封筒を取りだして差し出した。
「ごめんなさいっ!一昨年、あたしおじーちゃんからお金を取りました。バッグとか捨てちゃって、もう返せないけど、お金だけはアルバイトして貯めて、ちゃんと3万円にしました。だから、これで許してください!」
 それから少女は学生証を取り出し、警察に連絡するようにと言った。
 老人は封筒の中を確認した後、学生証を少女に返して不思議そうな顔をした。
「種が入っていなかったかね、向日葵の種が」
 言われて少女は慌てて慶悟から返して貰った種を差し出す。
「同じのじゃないんだけど……、あの種から出来た種で……、これじゃ駄目かなぁ?」
 受け取った種を掌で転がしたあと、老人は「立派な種だ」と言ってそれを少女に返す。
「あの種は、役に立たなかったかね?」
 首を傾げる少女と6人の男女の前で、老人はあれは実は魔法の種なのだと言った。
「幸福の種と言っても良いでしょうな。受け取り、育てた人の元に幸せを運ぶ種なのですよ」
 3年前の夏、長年連れ添った妻が死んだ。
 一人で暮らすマンションは広く静かで、どうしようもなく寂しく、惚けたように1日中ぼんやりと過ごす日が多くなってしまったある日、孫娘が訪ねてきて1粒の種を渡してくれた。
 何の変哲もない、ありふれた向日葵の種だったが、幼い孫はそれを魔法の種なのだと言い張った。花が咲けば必ず幸せが訪れるのだと。
 幸せを心から欲した訳ではないが、折角の孫の心遣いを無にするのも可哀想だと思い、狭いベランダのプランターに種を植えた。
 毎日何をするでもなくただ水をやり眺めていると、やがて芽が出て太い茎が伸び、太陽のような大きな花が咲いた。
 その時になって、向日葵は妻の好きな花であったと思い出した。昔、向日葵を育てては花が咲いたと喜んでいた笑顔を思い出し、妙に幸せな気分になった。確かに、孫の言う通りあれは魔法の種だったのだ、と思った。
「一輪の向日葵から取れた種を、私は友人達に配りましてね。あの封筒に入れてあったのが最後の1粒でしたよ。お嬢さんがバッグを取った時、私は思った。あの少女こそが、最後の1粒を必要としているのかも知れない、と。あの種は、お嬢さんの役には立たなかったかね?」
「とても役に立ちました」
 泣きだしてしまった少女に代わって、成功は老人に少女がここに来るまでの経緯を簡単に話した。
「ほうほう、興信所に頼んで……、それは大変でしたね。しかし、役に立ったのならば良かった。生活費を取られてしまった時はどうしようかと思いましたが」
 と、老人は笑ってシュラインに封筒を差しだした。
 足りない依頼料を自分が支払おうと言う。
「どうぞお仕舞い下さい。とても受け取れません」
 勝手なことをして、とは草間も怒らないだろう。シュラインがやんわりと断ると、老人はポケットから向日葵の種を取りだした。
「それでは、皆さんにもこれを差し上げましょう。きっと幸せになれますよ。さあ、お嬢さんも泣くのは辞めなさい。警察へ連れて行ったりはしませんよ。反省してくれたなら十分です」
 そう言うと、少女は益々泣いてしまい老人は暫し幼い孫をあやすように少女を励まさなければならなかった。

「で、これがその向日葵の種?」
 6人に全てを押し付け、一人興信所で怠惰を満喫していた草間は、向日葵の種を受け取って胡散臭そうな顔をした。
 勿論、老人からお金を貰えば良かったのに、と文句は言わなかったが、もしかしたら内心はそう思っているのかも知れない。
「武彦さん、折角の頂きものなんだからそんな胡散臭そうな顔しないで頂戴」
 少女を駅まで送り、すっかり冷え切った体を温める為にシュラインはお茶を用意しながら苦笑した。
「確か何処かに似たような話しがありましたね……、これじゃ記事には出来そうにないですね」
「試しに植えてみてはどうですか?もしかすると、記事の花が咲くかも知れませんよ」
 溜息を付く凪砂に、モーリスは笑いながら掌の小さな種を見る。
 ここで咲かせてみようかとも思ったが、少し無粋な気がして辞めた。
「一輪の向日葵からどれ程の種が取れるものでしょうか。1粒の種が多くの幸福を作り出すと思えば、素敵なことだと思いますが」
「ああ、そうだな。俺も植えてみるか」
 それなりに満足そうな顔のセヴンと慶悟とは反対に、何とも納得のいかない顔をする草間に、成功は植えることを勧める。
「ほら、向日葵の種って食用にもなるんだろ?いざって時の保存食にさ」
「俺はハムスターじゃないぞ」
 草間は憮然とした顔で言ったが、成功は草間が小さな向日葵の種を食べている姿を想像して思わず笑ってしまった。




end




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1847 / 雨柳・凪砂     / 女 / 24 / 好事家(自称)
0086 / シュライン・エマ  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527 / ガードナー・医師・調和者
3507 / 梅・成功      / 男 / 15 / 中学生
4410 / マシンドール・セヴン/ 女 / 28 / スタンダート機構体(マスターグレード) 
0389 / 真名神・慶悟    / 男 / 20 / 陰陽師


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■         ライター通信          ■
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 2005年初の納品です、新年早々ご参加下さった皆様、有り難う御座います。
 今年も地味に頑張りたいと思います。
 また何かで見かけた際には、どうぞ宜しくお願い致します。