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<東京怪談・PCゲームノベル>


奇兎−狩−
ぼう、と炎が周囲に広がり、周囲の酸素を燃やし尽くす。
背中からは血が止めどなく流れ続けている。
人間ってこんなに血が沢山流れているんだ、と冷静に考えてしまう。頭には血すら昇っていないのは分かっている。だが、不思議と抗う気持ちが生まれない。
壊れてしまったのだと思った。体が傷付くのはただ「体を壊す」のではなく、精神をも「壊し」ていくのだと思った。
「大丈夫、殺しはしないから」
銀と名乗った少年は申し訳なさそうに、そう呟いた。これは確保の手段であり、殺害の手段ではないということだろう。しかし、それは誰の耳にも届かなかった。
どちらにしろ、結局のところ大差はない。
火宮翔子は途切れていく意識を繋いでいる精神の限界に気付き、仕方ないように口元を緩ませた。
それにしても、どうしてこのようなことになったのだろうか。



出会いは深夜、コンビニでの帰りだった。
一人の少年が電柱の傍らで、誰かを待っているような素振りをしていた。
待つこと数分。少年は行動を開始する。
お使いに行くような足取りで丁度出てきた女性に向けて掛けていき、愉しそうに地を蹴った。

少年は、翔子に近付くと屈託のない笑みで一言問うた。ただ一言。だが、それでも翔子の足を止めるには充分な一言だった。
「お姉さん、“奇兎”?」
本能的にそれが翔子の何かに引っかかった。聞き慣れない単語ではあったが、何かが気になってしょうがない。

キトとは何のことだろうか?

気付いたときには、思考と同時にはたらく反射神経に困惑しながら翔子は少年の鮮やかな蹴りを腕でガードしていた。見かけの割に威力の強いそれを受け、続けざまに放たれる空中からの蹴りを流す。呆気に取られたまま攻撃の途切れた一瞬に間合いを取るが、それも少年の一歩で一瞬の内に詰められる。放たれる小さな炎に髪の端を焼かれながら翔子も反撃を行うが、少年は容易く軽いステップで避けた。舌打ちをし、翔子はそのまま間合いを取ることを保ち続けた。
「誰?」
短く問う翔子に、少年は
「銀」
と短く名乗った。
「ある人からの依頼でね、“奇兎”ってのを捕獲しなきゃいけないんだ。協力して、お姉さん」
「誰がするか」
翔子は細身の剣を取り出し、静かに構える。幸い時刻は深夜。人通りは全くといってない。時折酔っ払いの人間がふらふらと脇を通っていたようだが、一向に構う様子もなく二者は対峙する。
既に二十歳を超えた翔子と違って、銀の外見がまだ幼い。人間で言うと六歳ほどだろうが、人間以外と対峙する経験の多い翔子にとっては銀の年齢が外見に比例していないのだと本能的に感じていた。行動の機敏さや、技の使役性、その全てを取っても銀の年齢は限りなく高いのだろう。
「なら、いいや。実力行使」
再び屈託のない笑みを銀は浮かべ、両手を広げてみせた。その周囲を沢山の狐火が取り囲み、主人の命令がいつ為されるのか待ち侘びているかのように、その身をふよふよと宙に舞わせていた。「行け」との命令ですぐにでも翔子を攻撃する態勢にいるのだろうが、今はただ銀を取り囲むように浮いていた。
翔子は攻撃にも防御にも移らず、代わりに言った。
「私は“キト”って奴じゃないよ」
反応はひどく簡素なものだった。
「だろうね。でも、仕事だから」
「和解する気は?」
質問に、銀は首を横に振った。
恐らく、というのは実際に銀は全く言葉を発していないからなのだが、その動きに反応して炎らは動きを開始した。
動きはひどく緩慢なものだった。翔子は人目に付かないよう狭い路地へと誘導するが、彼らは何の疑いも持たずに後へ後へと付いてくる。狭い路地を攻撃場所として得手としている訳ではないが、剣で相手をするのならば一対複数よりも、一対一の方が勝機は高いものとなる。人数の多さによっては例外もあるが、今回の相手は小さい。体力の消耗もさして計算に加えなくて良いだろう。
銀を攻撃する理由は、翔子にはない。幾度目かの防御、転じての攻撃の際に翔子は思考を走らせる。しかし、攻撃をされるからには防御をしないという理由は存在しない。故に、こうやって刃を振るっている。しかし、だ。

この戦闘にまったく何の意味がある?

ふいに背中に痛みが走った。
熱い、痛みだった。痛みというよりは、皮膚が焼けている感覚だった。
視線を少しだけ後方にやると、感覚の示していた通り背の辺りの衣服が少し焼けている。
「……炎、だと?」
迂闊だった。最初の銀の攻撃は単なる蹴りではなく、蹴りと同時に放った狐火を、全く感付かれないものだったのだ。その炎の行き先は、狭い路地裏。
火はあっという間に巨大化していき、大きな壁となっていく。
炎の合間から見える少年に、女性は訊ねた。
「 」
言葉はおよそ言葉となって聞き取れなかったが、銀は頷いて何事かを呟いた。
翔子は苦笑して、壁に手を当て体を支えていたが、間もなくして地に膝を付いた。

そして炎は全てを包み込んでいった。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3974/火宮翔子/女性/23歳/ハンター】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

“奇兎”という“異能者”狩りの話でしたが、如何でしたでしょうか?
物語はひどく中途半端に終わってしまっています。
彼女は果たして銀によって連れて行かれたのか、或いは別の方法で助けられたのか?
“依頼者”が一体何者かが分からないため彼らには手段がありませんが、“奇兎”と語られる“異能者”でないため、すぐに解放されるでしょう。
その際、彼女は“依頼者”について知ることになると思いますが、その話は後の機会に。
見せ場(勝ち場)がなかったため私個人としては少し残念でしたが、“別の機会”では思い切り活躍させてみたいですね。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝