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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜霧幻〜



 自分の息遣いが、遠く聞こえるような錯覚。
 自分の足音が、ひどくもどかしく感じるような……違和感。
 霧の深い朝方。火宮翔子は『敵』を追っていた。
(……逃がさないわ)
 霧が濃いからといって、そう簡単に逃がすほど自分は甘く見られているのだろうか? だったら、失笑、だ。
 逃がすわけがないのに。
(それにしても)
 異常なほどに霧が濃いことに、翔子は少し怪訝そうにする。まやかしの中にでもいるような感触さえした。
 唐突に、その耳元で音がしたことに翔子はびくりと反応を示す。祭事に使う鈴の……「しゃん」という音が聞こえた気がしたのだ。そんな馬鹿なことがあるわけない。こんな深い霧では、音でさえきちんと伝わってこないはずだ。
 だが。
 やけにハッキリと聞こえ――――。
「もし」
 声がして、翔子はおののいてしまう。一体いつの間に後ろをとられたのかと睨みつけたが、すぐに疑問符を浮かべた。
 立っていたのは、濃紺の制服を着た少女だったのだ。しかも、見るからにおっとりしている美少女だ。
 武器一つ持たない少女は翔子と微妙な距離を保ったまま、静かに尋ねた。
「もし、少々お尋ねしたいのですが……」
「? え、ええ」
「ありがとうございます」
 少女は翔子の返答に無表情で頭をさげ、すぐに切り出す。
「この周辺で、何か怪現象は起こってませんか?」
「怪現象?」
 同業者? こんな、見るからに戦いに不向きな女の子が?
 翔子は周囲を警戒しつつ質問を投げた。
「そんなこと知って、どうするつもり?」
「……憑物なら、封じます」
「ツキモノ?」
 憑依をする妖魔や、妖怪のことを言っているのだろうか?
 不審そうな翔子を見つめ、少女は続ける。
「私は、己の呪われた業をなんとかしたくてこの地までやってきました。あなたも魔を屠る方だとお見受けしました。何か知っていることがあれば、教えてください」
「呪われた業?」
「私には、四十四の憑物をこの地で封じれば呪いが解けるのだと教えられているだけです……」
「……なんだかよくわからないけど、ただ事じゃないってことはわかったわ」
 そして、少女が只者でもないことも……わかった。あの距離は、攻撃の間合いのすぐ外だ。かろうじて攻撃が届かない位置に彼女は立っている。
(やるわね)
 薄く笑ってしまう自分に、翔子は嘆息する。
「そのツキモノっていうのは、具体的には?」
 見るからに悪そうな子ではない。嘘を囁いて自分を惑わすような子には見えない。
 だから、気まぐれを起こしたのだ。
 少女は無表情なまま告げる。
「人が妖怪や、悪霊、妖魔などと呼ぶ――――人に害なす存在を、私はそう呼んでいます」
「なるほどね……。じゃあ、私が追っているのも、その『ツキモノ』っていうのに入るのかしら?」
 少女が目を見開くかと思いきや、表情を一切崩さずに口を開いた。
「……周辺で何か感じると思っていましたが、あなたの獲物でしたか……。それはすみません。では、私は早々に退散します」
「え!?」
 す、と足を後ろにさげようとする少女を見て、翔子は驚いて引き止めた。
「帰るの? そのツキモノを封じるためにここまで来たんじゃないの?」
「……縄張りというのがあります。郷に入れば郷に従え。…………私は、その範囲外で憑物を封じればいいだけですから。ご心配くださり、ありがとうございます」
「……呪いを解くんじゃないの?」
「それは私の問題ですから……。お手数をおかけしました」
 軽く頭をさげる少女だったが、ふいに表情が変わった。翔子がハッとする。
「すみません……どうやら、私がご厄介をおかけしたようです」
「……」
「あなたの追っていた魔は……私に惹かれてここにやってきます」
「どういうこと?」
「私の呪われた業とは、憑物が私を喰うために集まってくることを指しています」
「……!」
 目を軽く見開いた翔子に、彼女は薄く微笑む。
「少し……人と話をしすぎました。あまり長い間、無防備に出ていると寄ってくるので警戒はしていたんですけど」
「あなた、名前は?」
 問う。
 翔子は淡々と言う少女に、ふっ、と笑ってみせた。
「私から名乗ったほうがいい? 私は火宮翔子よ」
「……火宮さん、ですか」
「あなたは?」
「……私は遠逆月乃と言います」
「遠逆さんね。OK。事情を聞いた以上、私の追ってるヤツはあなたに譲るわ」
 月乃は今度こそ驚き、軽く首を傾げる。
「あなたの敵じゃないんですか?」
「でも、遠逆さんの敵でもある。違うかしら?」
「……否定はしませんが、いいんですか?」
「いいわ」
 これも修行の一環と思えばいい。
 月乃は少し探るような目つきで翔子を見たが、すぐに視線を逸らす。
「感謝します、火宮さん。一つだけ、お約束していただきたいんですが」
「なにかしら」
「私は憑物を『封じ』ます。――――決して、滅しないようにお願いします」



 霧の中を並んで歩きながら、翔子は月乃に尋ねる。
「よく見れば、目の色が違うのね」
 月乃は左右の目の色が完全に違っていた。白のような色と、焦げ茶。そのあまりにもかけ離れた色合いに、誰だって目がいく。
 月乃はちらりと翔子を見遣ったが、瞳を伏せた。
「あまり凝視しないでください、火宮さん」
「……」
 気に障ったかと翔子は自分の発言を後悔した。だが、月乃がすぐさま言葉を続ける。
「あの、気を悪くしないでください。私のこの右目……少し物騒なんです」
 右目を隠すように翔子から逸らす月乃。
「ちょっと特殊で……」
「そう……。大変なのね」
「…………」
 沈黙してしまった月乃が、自分の左側を歩く翔子を少しだけ見てからすぐに俯く。何かまだ問題がありそうな雰囲気だった。
 俯いたまま、月乃も口を開く。
「火宮さんは……退魔の血筋の……?」
「ええ。まあ、そうね」
 どうしても素っ気ない口調になってしまうので、翔子はちらっと月乃を見遣った。彼女はそれほど気にはしていないようだ。
(……最初の印象が問題だったわね。どう見ても、戦闘向きとは思えないけれど)
 だが、同業者なのは間違いない。
 月乃は何か問題があればすぐさま自分と距離をとれるように歩いているのだ。
 何か言おうと口を開きかけるが、翔子は閉じる。そして月乃と同時に後方へ跳躍した。
 じわ、と地面に広がる、緑色の液体。粘ついたそれは、異臭を放つ。
 ウラメシイ……と、ソレは囁いた。
 ニクイ……と、ソレは呟く。
 翔子は月乃を一瞥し、己の武器を取り出す。ひゅん、と空気を切り裂く剣先。
 本当に月乃が戦えるのだろうかと彼女を再度見遣り、翔子は軽く驚いた。
 月乃は敵を一瞬だけ鋭く睨みつけ、ゆっくりと己の足元の何かを空中へと導き、形を与えた。漆黒の大鎌だ。死神を連想させる出で立ちの武器。
(あれが……遠逆さんの武器)
 武器だろうか? 自分の剣とは明らかに異質で……どちらかと言えば、禍々しい印象を受けた。
 魔を祓うものではなく、魔を喰うためのもののような……。
 翔子はニッと笑みを浮かべて、囁いた。
「戦闘同業者、ね……。相手はそんなに手こずる程の強さじゃないけど、一緒に戦ってくれるのなら……」
 有難いわ。
 月乃に聞こえただろうか、今の言葉が。
 空気を切り裂く翔子の剣に、人のような大きさの、粘ついた液体の塊は悲鳴をあげて退散する。先ほどもそうやって逃げられたのだ。
 今度は逃がさない。
 だがどうしたことだ。逃げ出す準備に入っていたソレは、唐突に月乃に注意を向けると異常なほどに興奮し始めたのだ。
 砂漠で、やっと水を得たような。
 翔子ではなく月乃に向けて素早く移動するのを、翔子は先回りする。
「――邪魔なのよ」
 しゃ、と一振りしたその剣に、ソレは真っ二つに切り裂かれてのた打ち回った。なんとも気持ちの悪い光景だ。
 最後の一撃を与えようとしたが、翔子は手を止める。月乃と約束したのだ。決して滅しないと。
「火宮さんの力は、とても強いんですね」
 どこか感心したような声に、翔子が月乃のほうを振り向いた。刹那、翔子の視界から外れたソレが、一瞬で爆発する。
 鼓膜を叩く破裂音に翔子は思わず身構えてしまうものの、真横に月乃が来ているのに苦笑してしまった。
「あなたって……まるで音がしないのね」
「……よく言われます」
 今の爆発は月乃の仕業だろうことは、予想がついた。月乃は武器を手にしていない。
「気持ち悪くないですか……?」
 こちらを向こうともしない月乃の、小さな言葉。
 翔子は軽く肩をすくめた。
「そんなことないけど」
「…………火宮さん、物好きなんですかね」
「…………」
 一瞬だけ。
 翔子は目を丸くするが、今のが月乃なりの冗談のつもりだったのだと気づいてどう反応していいか……と、考えてしまう。
 月乃は一つの巻物を取り出すや、紐を素早く解いて広げた。巻物は輝き、その内に魔を吸収する。
「……今のが封印なのね」
「はい」
 月乃は翔子に巻物を少しだけ見せる。倒す前の敵の姿がそのまま、筆だけ使われたような見事な絵となって描かれている。翔子の与えた傷などは見当たらなかった。
 すぐさま巻物を紐で括り、月乃は後ろ手に隠す。
「ありがとうございました……助かりました」
「少しでもあなたの手助けになったなら、良かったわ」
「……火宮さ……あの」
「?」
 月乃は己の右目を右手で隠して、翔子を見つめた。
「また、どこかでお会いしましょう……」
「ええ。あなたが魔を追う限りは……またどこかで出会うわ」
「はい」
「月乃さん」
 名前で呼ばれたことに月乃が驚愕し、硬直する。だが、翔子は続けた。
「私、ハンターとして働いてるの。また今度会ったら、次も協力するわ」
「………………はい」
 月乃は深く頭をさげ、それから微笑む。
「またお会いしましょう――――翔子さん」
 ハッ、と翔子がした時には耳にあの鈴の音。その瞬間だけ気を削がれてしまって……。
 気づけば、月乃の姿はどこにもなかった。
 徐々に晴れていく霧の中で、翔子は軽く息を吐く。
(不思議な子……。遠逆、月乃か)
 あの鈴の音がすれば……きっとまた、会えるに違いない。翔子のそれは確信だった。
 朝日に気づいて翔子は目を細める。
「そろそろ帰ろうかしらね」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【3974/火宮・翔子(ひのみや・しょうこ)/女/23/ハンター】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして火宮様。ライターのともやいずみです。
 親密度は少しだけ上昇とのことでしたので、そのように書かせていただきました。さりげなく、最後のほうで月乃が火宮様に少し心を許した感じになっております。どうですか……?
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます〜!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
 楽しんで読んでいただけたら嬉しいです。