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<あけましておめでとうパーティノベル・2005>


狸逃亡顛末劇




「そら、あれじゃ」
 集まった面々を前に、三上可南子は嘆息する。
三上が指差す方角には、巨大ロボならぬ、巨大な雪だるまの姿がある。
心なしか、雪だるまの顔が、ほんのりと色づいているように見える。
「まぁ放っておいてもいずれは解けてしまうのじゃろうが、それまでのんきに構えている暇もないのでな」
 告げて、中田のデスクに目を向ける。
座っているはずの中田の姿は、事務所のどこにも見当たらなかった。




 始まりは、三上事務所の近くにある神社から、狸が逃げ出したという事件だった。
「なるホド。それで、ああなってしまったワケですネ」
 うんうんと頷いたのは、デリク・オーロフ。
デリクは頷きながら、青をたたえた瞳に意味ありげな光を宿らせて、窓の向こうに目を向ける。窓の向こうでは、やはり、巨大な雪だるまが跋扈している。
「それで、ヘヤーがどうしたっていうの?」
 ウラ・フレンツヒェンは、雪だるまには興味があるようだが、現在姿を確認することが出来ずにいる中田には、これっぽっちの関心ももっていないようだ。
「じゃから、中田が、狸にとり憑かれおったのだ」
 神妙な表情で、三上が答えた。
狸と自分は相性があんまり良くないのでな、と、続けてため息を洩らす。
「それじゃあ、狸もそうだけど、中田さんという人を助けなくてはねェ」
 大徳寺華子が口を挟んだ。
用意された湯のみに手を伸ばすと、赤い花柄が織りこまれた和服の袖が、ゆらゆらと波打つ。
「すまんの。あれでもわしの大事な部下じゃからのう。いなくてはならぬ要員なのじゃ」
 華子に視線を向けて小さく嘆息し、三上が静かに頭を下げた。
「カナコが謝ることじゃないわ! まあ、面白そうだから、ちょっと行ってくるわね」
 ウラは三上の肩を叩いてソファーから立ちあがり、クヒッと笑って事務所を後にする。
その後を追うように、華子が腰をあげて三上に一礼をした。
「雪だるまには、雪だるまで応戦するんじゃ。気をこめれば、雪だるまを自在に動かすことが出来るはずじゃから」
 事務所を後にしようとしている華子の背中に、三上は呟くように話しかける。
それに引き止められたのか、華子はふと足を止めて顔だけで振り向き、黒い瞳を細ませて艶然と笑った。
「まァ、中田さんのコトは知らないワケでもないですシ」
 ソファーに腰掛けたままで湯のみを口にしていたデリクが、ついと笑って三上を見据えた。
「この年で雪だるま遊びっていうのモ、まァおつなものかもしれマセン」
 緑茶を飲み終えてから立ちあがる。
視線を向けた先では、雪だるまが転がっていた。
そのちょうど額にあたるであろう場所に、中田が、上半身だけ突き出した体勢で、姿を見せている。




 ちょっと。ほんのちょっとだけ、味見のつもりで、口をつけたのだった。
初詣にやってくる人間達に振舞うために用意されていたお屠蘇が、あんまりにいい匂いだったから。
一口、味見してみた。
いやいや、しかしこれが、一口では味の深みがわからない。
もう一口、飲んでみた。
いやいや、まだまだ。これではまだ、甘さだってわかりゃしない。
そしてもう一口。もう一口。
やがて巫女が確かめに来た時にはすでに、参拝客に出すための木樽の中には、一滴のお屠蘇も残っていなかった。




 狸雪だるまはなぜかほんのりと頬を染めていた。
なんとも不思議な表現かもしれないが、文字通り、頬にあたる部分が赤いのだ。
大きさは三階建ての建物くらいだろうか。
もちろん、某怪獣のように火を吐いたりするわけではないけれど、丸い体を一杯に使って、ごろんごろんと転がっている。
手足の代わりに枝がさしてはあるが、これは脅威となるようなものではないようだ。
つまるところ、かの雪だるまはただ転がっているだけではあるのだが、しかしこれがなかなかどうして。
道路はすでに遮断され、ほうぼうに止まった車からは、わらわらと人間達が逃げていく。
雪だるまはそういった人間達を眼下に眺めつつ、時々雪球をばらばらと放り投げてくる。
しかし。しかし、脅威なのは、その攻撃力云々ではないのだ。

 ここ数日、東京は交通が麻痺するほどの積雪を記録した。
今日は眩しい陽が照っているとはいえ、それでも辺りには積もった雪が広がっている。
――――つまり、雪だるまは、ころがればころがるほど、どんどん大きさを増していくのだ。
「これは、つまり、早めに対処しないとってことだねェ」
 華子が雪だるまを見上げて頷くと、
「面倒だけど、人助けってやつよね」
 ウラが恨めし気に雪だるまを見上げ、憑かれた中田を確かめて舌打ちする。
「私は後方にまわることにしますヨ」
 遅れて事務所から出てきたデリクが、二人の会話に割って入る。
見れば、その横には、すでにいくつかの雪だるまが出来あがっていた。
「弱い箇所から攻めていくっていうのハ、基本だと思うのデネ」
 ニヤリと笑いながら片手を揮う。
空間にファスナーがあるかのように、その手をゆっくりと下げ降ろす。
と、その場がぐにゃりと歪み、空間の隙間が姿を見せた。
「じゃ、お先ニ」
 華子とウラに軽い挨拶を残すと、デリクはさっさと姿を消したのだった。
残された二人は互いに顔を見やって、言葉なく頷く。
「私は前から仕掛けることにしようかね。雪だるまはいくつかあるようだし」
 告げて、デリクが残していった雪だるまを眺めた。
つ、と睫毛を伏せて、雪だるまに精神を向ける。
雪だるまは、確かにのそのそと動きだした。
「……こんなところかね……じゃァ、私も行くとするよ」
 着物の裾をひらりと揺らし、華子が足を進める。
その後ろを、雪だるまが三つほど飛んでついていく。
「じゃ、あたしも行こうかしら」
 ウラは華子の背中を見送ると、残された雪だるまの内、一つに視線を向けた。




 木樽の中のお屠蘇を全部飲んでしまったはいいが、そこからが悪かった。
うっかり眠ってしまったのだ。
気持ち良く寝てしまったその場所は、賽銭箱のすぐ傍だった。
バイトで雇われた巫女が狸を見つけ、悲鳴をあげる。
悲鳴などとは失礼な。
目を開けてそう述べようとしたが、巫女が自分を見るその目を見て、狸は思わず逃げ出したのだ。
それから少し経ってから神社へと戻ろうとしたが――狸は、ふと足を止める。
自分が自由に遊びまわっていた時代とは、まるで様相が変わってしまった町並み。
帰り道を、見失ったのだ。




 頬を赤く染めた狸雪だるまの眼前に、三つの雪だるまが飛んでいる。
大きさは比較にならないが、動くスピードは断然に速いようだ。
華子は狸雪だるまを一望出来る場所にあるビルの頂上に立ち、舞いでも踊るかのように、悠然と手を動かしている。
 華子が御する雪だるまによって、狸雪だるまはその動きを制され、立ち止まっている。
右に転がろうとすると、右に飛び、
左に転がろうとすれば、左にまわる。
しびれを切らしたのか、狸雪だるまは突然勢いをつけて前に転がり出したのだったが。
「なぜ逃げ回るんだい?」
 雪だるまの一つが華子の声を発した。
残る二つは、やはり忙しく動き回り、狸雪だるまの行く先を邪魔している。
「良かったら私にその理由、話しちゃくれないかい」
 飛びまわっていた別の雪だるまが、華子の声を発した。
「見たところ、特に悪さはしちゃいないようだしねぇ」
 残りの雪だるまが発した。
狸雪だるまが、不意に動きを緩める。
その瞬間を狙っていたように、デリクが御する雪だるまが、狸雪だるまの足元を削り取る。
デリクの術によって氷状になった雪だるまは、俊敏に飛びまわって、どんどんと雪を削り取っていく。
削り取られていく度に、狸雪だるまはバランスを崩していく。
支える手足があるわけでもないから、バランスを崩せば、あとは倒れてしまうだけだ。
よたよたとする巨大な雪だるまを見やり、デリクは妖しく笑んで、メガネの位置を押し上げた。
「一度に終わらせてしまってハ、つまらないですからネ」
 口の端をゆらりとあげる。
狸雪だるまはバランスを失いかけつつも、なんとか体勢を保ち、倒れずにそこに立っているのだ。
片側だけではなく、実に絶妙なバランスで、雪を削っていくからだ。
ダルマ落としのように段々と崩れていく巨大な雪だるまは、速さを保ちながら行く手を阻む三つの雪だるまと、削り取られていく足元によって、進行を防がれてしまったのだった。
――と、そこに突撃してきたのは、ウラが御する雪だるま。
ロケットのように突撃してきた雪だるまは、狸雪だるまの腹を貫通し、華子が御する雪だるまと合流を果たして動きを止めた。

 完全にバランスを失った巨大な雪だるまは、狸に憑かれた中田が放つ咆哮と共に、音を立てて崩れていった。




「……どうも、すいやせん」
 中田の口を借りた狸は、しょんぼりと肩を落として呟いた。
「街を壊そうだとか、そういうつもりは全くなかったでやんす」
「やんす?」
 ウラが狸の言葉に頬を緩ませる。
と、それを制して、華子が目を細ませた。
「破壊目的でなければ、何で社を飛び出したんだい」
 狸は宿主にしている中田の顔を借りて、ひどくしょげた表情をする。
「……あっし、社のお屠蘇を全部飲んじまいまして」
「ハァ」
 間延びした声音で相槌を打ったデリクは、そのまま出された緑茶をすすった。
「ぐうすかと寝ちまいまして。それを、巫女さんに目撃されちまったでやんすよ」
 恥ずかしそうに視線を落として、狸はほんのりと頬を染めた。
「ふぅん。で?」
 テーブルに頬づえをついた姿勢で、ウラが目を輝かせている。
「巫女さん、あっしを見ておののいていましてね。それであっしもびっくりして、思わず」
「思わず逃げてしまった、っていうわけかい」
「……すいやせん」
 華子の問いかけに、狸は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ふぅん」
 頬づえを解き、ウラが立ちあがる。
「逃げたはいいものの、帰り道が分からなくなってたなんて、ドジな神さまもいたもんだわね!」
 腰に両手をそえて狸――中田――を見下ろし、何やら勝ち誇ったような顔をしている。
「いいわ、あたし達がおまえを戻してあげる。感謝なさいよ、ハゲ狸」
 鼻先で笑うウラに続き、華子が着物の裾を正しながら立ちあがった。
「暴れてみたところで、神社への帰り道を見出せなかったのだから、なんともしようのない話ではあったわけだねぇ」
 艶のある黒髪を揺らし、艶然とした笑みをのせる。
華やかな柄の着物がその笑みを際立たせ、ゆったりと髪をかきあげるその癖が、妖艶さを強調させた。
「まぁ、放置したところで、どうにも解決はみないだろうしねぇ」
 狸はウラと華子の言葉に安堵の表情をみせ、
「ありがたいこってす」
 何度も頭を下げた。
しかしその笑みは、デリクが発した言葉で、ものの見事に打ち砕かれる。
「狸汁っていうものを、一度食してみたかったんデスよネ」
 フフと小さく笑いつつ、狸の顔を真っ直ぐにとらえる。
凍りつき、強張った狸の表情に、デリクは一瞬だけその青い瞳を輝かせたが、すぐに爽やかな笑みを浮かべて、
「なーんてネ。冗談ですってバ。そもそも実体のない狸を、どうやって鍋にするっていうんデスか」
 笑って首を傾げてみせた。
「実体があれば、話は別だったってことかしら?」
 ウラが問いかける。
しかし狸は、その時、確かに見た。
笑っているデリクの目が、獲物を狙うような眼光を、宿らせていたのを。

 


 その後狸は無事に神社に戻された。
寝ている狸を目撃してしまった巫女は、申し訳なさそうに首をすくめ、
「少し、驚いてしまって」
 弱々しい声でそう告げた。
 跋扈していた巨大な雪だるまの件は、マスコミや野次馬といったものを呼び寄せていた。
三人は神社からの帰り道にそういった集団とすれ違ったが、素知らぬ顔で通りすぎることにした。

「世話をかけて、すまんかったの」
 戻ってきた三人を迎え入れた三上は、そう言って小さく頭をさげる。
「中田さんとやらは、どうなったんだい?」
 ソファーに腰をおろしながら華子が訊ねた時、奥の部屋から中田が姿を現した。
手には盆を持っている。
「あれ、いやいや、これはこれは皆さん。どうも今回はとんだご迷惑をおかけしてしまったようで」
 中田はそう笑いつつ、運んできた椀をテーブルの上に並べた。
それは温かそうに湯気を立てているお汁粉で、中田はそれを順に差し伸べると、自分が一番に箸をつけた。
「お汁粉ね。気がきくじゃないの、ヘヤー!」
 椀に手を伸べながら、ウラはふと首を傾げる。
「違うわね。……ハゲ狸のほうがいいかしら。クヒヒヒッ」
「は、ハゲ狸ィィ?」
 中田が素っ頓狂な声を張り上げた。
「私はお汁粉よりハ狸汁のほうがいいデスねぇ」
「私はどっちでも構わないけどねぇ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよォ、なんですかそれは。ちょ、ちょっとデリクさん、その笑い方やめてくださいよォ」
「お汁粉に狸汁ね。なかなかいいじゃないの! ぜひそうしましょう! クヒヒヒッ」
「お茶のおかわりをもらえるかしら」

 三上が小さな嘆息をついた。
「年明け早々、騒々しいのう……」


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【3427 / ウラ・フレンツヒェン / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【2991 / 大徳寺・華子 / 女性 / 111歳 / 忌唄の唄い手】
【3432 / デリク・オーロフ / 男性 / 31歳 / 魔術師】

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■         ライター通信          ■
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すでにお正月どころではなくなっていますが(汗)。
ようやくお届けできます。
当初はロボっぽい感じをイメージして構築していたのですが、
このような感じにまとめてみました。
少しでもお楽しみいただければと思います。

今回はPC様の能力などはあえて用いず、雪だるま合戦(?)のみとさせていただきました。
狸の口調は、多少遊んでみました。

相関、一人称等、何かありましたら、どうぞ何なりとお申しつけください。
それでは、またお声などいただけることを願いつつ。
ご発注、ありがとうございました。