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<あけましておめでとうパーティノベル・2005>


桜塚蘇芳の或る1日

 ――初詣は、どこも人で溢れかえっているようだった。
「ふむ、眼福眼福」
 華やいだ女性達の振袖姿に目を細めつつ、渋い色合いの羽織り袴姿に、風呂敷包みを片手に持つ桜塚蘇芳が我知らず声を出す。
 男性が着物を着ると言うのは、今では日常としてはあまり見当たらないのかもしれないが、蘇芳の老翁と言った雰囲気にそれはしっくりと似合っていた。普段からこうした和服を着る事が多いだけに、着こなしも決まっている。
「冬と言うのに、寒さも忘れそうじゃの」
 人の波が溢れ返る敷地内は、人々が発する熱のせいか、それとも見た目のせいか、微妙に温かく感じる。そんな中を、自分もお参りを済ませてしまおうとゆるり歩き出した時、彼らの姿が目に入った。
「――ほう」
 これだけの人がいても、その中に混じって見分けが付かなくなるなどあり得なさそうな3人の姿。蘇芳と同じく初詣に来たのだろうが、3人共蜂蜜色の髪をし、整った顔立ちの人目を引く風貌をしているため、周囲からそこだけがくっきりと浮き上がっている。
 自分もこの場に来ている癖に、周りの人間を邪魔そうに見ては顔をしかめているのは蘇芳の可愛い甥っ子の桜塚金蝉。隣で僅かに苦笑しつつ、宥めているのか何か声を掛けているのは少年と見紛う雰囲気を持ち、今日もぴしりとした袴姿の少女、蒼王翼。日本に戻って来ていると金蝉から聞いていたのだが、その姿を目にしてうむうむとひとり嬉しそうに頷く蘇芳。
 そして、その隣で無愛想に立っているのが、金蝉と良く似た顔立ちの少年、冷泉院蓮生。皆、蘇芳にとって身内のような者だった。
 声を掛けようとしたがその前に立ちはだかる人の壁に遮られ、仕方ないと拝殿へ向かい、小銭を投げ入れる。
 周りのざわざわと言う声が一瞬聞こえなくなるくらい祈りを捧げ、用事は済んだとばかりにくるりと踵を返した。
「――破魔矢は買わないのかい」
「いらねえよ。あいにくカミサマを信じるほど酔狂じゃねえからな」
 その帰りがけ、透き通るような声にふとそちらに目を向け、にんまりと笑う。
 おみくじ、御守りなどを売っている近くを歩いていた3人の姿に気付いたからだった。
「相変わらず偉そうじゃのう」
「――!」
 途端、金蝉が、ざっ、と砂利音を鳴らしながら蘇芳から距離を取り、警戒心を露に蘇芳を睨み付ける。
「おうおう、翼も蓮生も揃っておるの。元気そうで何よりじゃ」
「あけましておめでとうございます、蘇芳さん」
「あけましておめでとう」
「うむ、おめでとう。翼と蓮生は良い子じゃなー。………そっちのでかいのは悪い子か?挨拶くらいせんかい、ほれ」
「…うっせぇ、じじい。何で人前で新年の挨拶なんかしなきゃならねえんだ」
「ならば物陰に連れ込むとしようかの」
 きらん、と目を光らせる蘇芳に、ううっ、と唸った後で聞き取り難い低い声で新年の挨拶をする金蝉に、にこにこと笑みを浮かべた蘇芳が満足そうに頷いた。
「ところで、今日はこれから用事でもあるのか?」
「ええ、月霞の家に年始参りに行こうかと話をしていた所です」
「月霞と言うと、以前話に出ていた彼の事か。ほうほう」
「……何だよ」
 距離を取った金蝉が戻って来、3人の側から蘇芳が離れようとしないのを不機嫌そうに見やる金蝉。
「行くの?行かないの?」
 何か緊張状態にある金蝉をちらと不思議そうに見ていた蓮生が、立ち止まったままの3人にじれったそうな声をかける。
「もちろん行くとも」
「なんで手前が答えやがるんだじじい」
 思い切り不満気な金蝉ががあっと口を開けて軽く吼え、まあまあ、と翼が苦笑いしながら宥める。
「いいじゃないか、全く知らぬ仲ではないじゃろう?お前の事だ、私の悪口でも吹き込んでいるだろうしな。さ、行くよ――蓮生も」
「ああ。金蝉もそこで止まってないで行こう」
 それだけを言うと、盛大に不満そうな青年ひとりを置いて、3人は談笑を交えつつゆっくりのんびりと歩き始めた。後から付いてくるであろう金蝉がすぐに追いつけるように。

*****

「ああ、良く来てくれたね。あけましておめでとう」
 紋付袴姿で出迎えた家の主、月霞紫銀が笑顔を浮かべて金蝉ら3人を出迎え、4人目の見知らぬ老人にちょっと不思議そうな顔をする。銀の髪と目に羽織袴姿と言うあまりお目にかかれない容姿だが、現役のファッションモデルだからか見事な着こなしを見せていた。
「…伯父だ。途中で行き会ってな、着いて来やがった」
「会うのは初めてじゃな。桜塚蘇芳と申す。紫銀さんの事はこの甥から聞いていたが、実物も偉い美人じゃのー」
 渋い顔をする金蝉の紹介に応えて好好爺のようなほっこりとした笑顔を見せる蘇芳に、
「ありがとうございます」
 営業スマイルとも何とも付かない笑みを浮かべ、
「玄関で立っていても仕方ない、どうぞ中に。あと2人来るって連絡があったから、もうすぐ着くと思うけど」
 今日は年始の訪問客が既に何人かいると言った口ぶりの紫銀が他にも何か言おうとした途端、
「紫銀、お客様なの?」
 とてとてぱたぱたと軽い足音を響かせ、小さな女の子が春らしい色合いの振袖に真っ白い足袋を履いて現れた。
「そうだよ、立花。ちゃんとご挨拶しなさい」
「はーい。えと、あけましておめでとうございます、ことしもよろしくおねがいします」
 玄関先でちょこんと座り、どこで覚えたか三つ指付いてぺこんと頭を下げる。綺麗に結い上げた銀の髪には、赤い鹿の子絞りの花が咲いた簪が飾られていた。
「おうおう、可愛い嬢ちゃんじゃのー。どれ、おじいちゃんがお年玉あげような」
 何だかその様子にご満悦の蘇芳。頭を上げてぴょこんと立ち上がった立花がにっこりと笑って、隣で立つ紫銀の裾をきゅっと握り締める。
「ありがとうございます、でも良いですよ、申し訳ないです」
 ごそごそと懐からポチ袋を取り出した蘇芳に、紫銀が遠慮する風を見せ、そして結局は押し付けられるようにして受け取った。
「さあ、どうぞ」
 改めて中へ促す紫銀に、ぞろぞろと上がる4人。
「――全く、いい顔すんなってんだ」
「そう言う事は言わないものだよ。しかも本人が近くにいるのに」
「後で金蝉も貰えばいい。身内なんだろ?」
 ぶつぶつぼやく金蝉に、どことなくおかしそうな顔で翼が言い、その後を蓮生が引き取った。何、とその言葉に金蝉が目を剥いたが、真後ろでにやりと笑う蘇芳が居るのを思い出して、それ以上の言葉はぐっと呑み込んで堪えた。
「何してあそぶ?」
 今までは紫銀と遊んでいたのか、いろはかるたが散乱している居間で立花が目を輝かせていると、
「はーい、おせちできましたよー」
 黒塗りのお重と取り皿を手に、花鎮豹燈と緑皇黎の2人が現れ、新たに増えた4人の姿を見てちょっとびっくりしたような顔を見せつつ、新年の挨拶を口にした。
「なんだ、いたのはお前達だったのか」
 さっさと1人分の席を確保していた蓮生が翼や金蝉に習って挨拶を返した後でそんな事を言う。
「黎さんと一緒に台所を借りておせち作ってたの。黎さんの味付けだから味は保障するわ、いっぱい食べて下さいね?」
 居並ぶ人々に緊張した様子の豹橙がそれだけ言うと、着慣れない振袖姿でうっとりと翼、金蝉、蓮生に見とれ、少ししてはっと我に返り、
「ほ、他にもおめでたい料理があるのよー」
 とそれらを置いてまた台所へ下がろうとする豹橙に、勢い良く立ち上がった立花が「立花もお手伝いするー!」と、たくさん客が来て嬉しいのかはしゃぎつつ豹橙に付いて行った。
「騒がしくてすまないな」
 言いつつ、散らかったままのかるたを片付ける紫銀に、
「子供は元気が一番、ですよ」
 穏やかに微笑みつつ黎が言って、各人の取り皿を予定人数分テーブルの上に広げて行く。動くたびに緑色の髪がさらさらと流れ、その奥から大きく尖った耳が現れる。が、本人は気にする様子も無く、またその何気ない所作や雰囲気には違和感はまるで無かった。
「ささやかなものですが、どうぞ召し上がって下さい」
 祝い箸を同じく配り終えると、またすっと立ち上がる黎。
「後は、お酒ですね。御屠蘇と普通のものとを持ってきますね」
「おう、任せる。御屠蘇だけじゃ甘すぎるからな」
 酒と聞いて金蝉が頷き、分かりました、と微笑んだ黎が静かに下がって行った。
 それから少しして、おかしら付きの塩焼きにした鯛やエビ、オードブル風にあしらった大皿等を持ち込んで来た丁度その時、
「こんにちは、あけましておめでとうございまーす♪」
 玄関から元気の良い声が居間に届き、
「来たみたいだ」
 紫銀がそう呟くと、すいと立ち上がって部屋を出て行った。
「――おお、すまんな」
 料理には手を付けず、早速と酒を豹橙に注いで貰い、くいくいと美味そうに飲んではご満悦な蘇芳が、ふいと其処に集まった人々を見やる。
 豪華な料理が並んでいるせいか、それともこれだけの人数が集まったせいか、正月という独特の日のイメージか、その場に居る皆は誰もが楽しげに笑いあっていた。普段、あまり笑顔を見せることの無い金蝉や蓮生まで。
「うむ、よき事じゃの」
 立花に懐かれつつ、その手にお年玉を渡している翼を目ざとく発見しながら、更に猪口からくいっと酒を飲み下す。
 そこに、からりと居間の扉を開け、
「あけましておめでとうです」
「おめでとう」
 にこにこと笑う晴れ着姿の佐々木杏里と、やや穏やかな表情を浮かべている佐々木皇が紫銀の案内に導かれて、既に暖房と集まった人々で暖まった室内に…主に豪華に盛り付けられた料理に目を見張りながら中へ入り、改めて晴れ着の裾を揃えて座りながら挨拶の言葉を繰り返した。
「あけましておめでとーです」
 そして気付けば、同じく着物での挨拶の仕方を覚えたばかりの立花が翼の膝から抜け出し、杏里の目の前でぺこんと真似をして挨拶をしている所だった。
「まあ、可愛いですね」
「そうだな」
 杏里の言葉に、隣にいた皇が同意してかすかに頷く。
「さあどうぞ、遠慮は無しでもっと中に。席はちゃんと用意してあるから」
 紫銀の言葉に「はい、じゃあ遠慮なくお邪魔します」と嬉しそうな笑みを浮かべ、杏里はちょっと窮屈そうな動きのまま料理が並んだテーブルへと着いた。

*****

「ああ、そこの…黎さんだったかの?ちと頼みがあるのじゃが」
 宴たけなわ、と言った雰囲気の部屋で、おせちをつまみに美味そうに酒を味わっていた蘇芳が、ほんのり赤らんだ顔で給仕に徹していた黎へ声をかける。
「なんでしょうか?」
「すまんの、小用じゃ。案内してくれるか」
「ええ。私も向こうへ行こうと思っていましたから丁度良いです、ご案内しましょう」
 ゆるりと立ち上がる蘇芳が僅かによろけかけるのを支えるように黎が側に立ち、
「そろそろデザートを用意しようと思うのですが、宜しいですか?」
 皆へと声をかけた。口々に賛意を表する皆の中で、
「あ、それなら私もお手伝いします」
「立花もー」
 豹橙と立花の2人が元気良く立ち上がって、先にぱたぱたと台所へ移動して行った。
「さ、参りましょうか。足元に気を付けて下さいね」
「何から何まですまんのー」
 さり気なく、来る時に持っていた風呂敷包みを手に、労わられて嬉しそうな蘇芳がちらと奥で翼や蓮生と穏やかな表情で会話している金蝉を見、その様子にも嬉しげな顔を浮かべると黎に言われるままに廊下の先へと付いて行った。
「ねえねえ、金蝉さん。あの方が伯父様なんですか?」
「ああ。全く、紫銀の家に来るなんて言うんじゃなかったぜ。当然のような顔して付いて来やがって」
 け、と横を向きながら毒づく金蝉。
「金蝉は自分もお年玉を貰えなかったから僻んでるらしいよ」
 何やら翼から耳打ちされた蓮生が、そんな事を言って翼と目を合わせ、くすと笑う。
「そうなんですか?」
「…俺とそう変らないように見えるのにな」
 杏里と皇が驚いたような、特に皇などは信じられないと言った顔をする。
「ま、待て待て、何で俺があのじじいに金を貰わなきゃいけないんだ、じゃねえ、あのじじいからんなモン貰った日には何をさせられるか分かったもんじゃねえんだぞ!?」
 大声で否定しながら、蘇芳が出て行った先を鋭い目で見る金蝉。
「そうかな?お正月なんだから、いくら金蝉の言うような人だったとしてもそんな無体な事はしないと思うけどね」
 その言葉にしれっと返すのは翼で、それを聞いて杏里や紫銀がくす、と微笑を浮かべた。
「お前らはアイツの本性を知らねえからそう言う事言えるんだ。あのくそ意地悪いじじいがそんな殊勝な事考える筈がねえじゃねえか。きっと何か罠仕掛けてるに決まってる」
「罠って言うのは穏やかじゃないな。仮にも身内なんだろ?」
「そうだなぁ。血族は…その上お年寄りなんだからもっと大事にしないといけないと思うがな。例え金蝉が言うような人だったとしてもだ、相手の方がずっと年齢も経験も上なんだから敬わないと駄目じゃないか」
「そうですよ。きっと、金蝉さんの事を思っての事なんですから」
 いつもなら、こうした発言を嗜めたり宥めたりするのは翼の役目なのだが、今日ばかりはそうもいかないようだった。それぞれが自身の体験に合わせて口を挟んでくるのだから。
 特に、血族と言う言い方をした紫銀の口ぶりは、何か自分でも考えている部分があるらしく、ほんの少し遠い目をしながら言われてしまうと、色々と無理難題を言って来るものの決して不可能な事をさせた事が無い蘇芳だと言う事が分かるだけに、それ以上何も言えずむっつりと黙り込んでしまう。
 とは言え、自分が間違っているとは露ほども思っていないことが、その表情から伺えた。
「おまたせなのー♪」
「ああ、やっぱりこの部屋は暖かいですね。丁度良かった」
 小さな身体には大きすぎるかもしれないお盆。
 その上に、この暖かな部屋には丁度良いかもしれない冷たいデザートを載せ、立花と豹橙がやって来る。
「――遅いな、じじい」
 そのデザートを、蓮生の分までぺろりと平らげて、立花が持って来たかるたやトランプの神経衰弱でわいわいやりながら、ふといつまでも戻って来ない蘇芳が気になったのか、金蝉が顔を上げた。
「そうだな。そう言えば黎も遅い。何やってるんだ?」
 紫銀もその言葉に、デザートを取りに行った筈の黎が、豹橙や立花が戻って来て居ると言うのにまだ姿を見せない黎の事に気付いて、廊下に通じる襖に目をやる。
「そうですね…時間かかってるんでしょうか」
「うーん、どうかなぁ」
 その2人は2人で、何かぼそぼそと顔を近づけて言葉を交わしており、
「まさか、トイレで倒れているなんて事は無いですよね?」
 蘇芳の見た目も考えてちょっと心配になった様子の杏里が、
「見てきます」
 と、立ち上がった。
「あ、俺も行くよ。何かあれば力のある奴が付いて行った方がいいだろ」
「そうねお願い」
「いや、何かあれば黎が知らせに来るだろうから、その辺は大丈夫だと思うが」
 中腰になった皇と立ち上がった杏里に座ったままの紫銀が言いかけ、止めようとしたその時、
「やれやれ。私はそこまで耄碌しておらんぞ」
 陽気な笑みを浮かべた蘇芳が、からりと襖を開いて顔を出した。
「おお寒、外は冷えるの。――さ、こっちに来なさい」
「え…で、でも」
 囁くような声が蘇芳の隣から聞こえ、
「新たなお客様が来ておったのでな、応対しておったのじゃ。遅れてすまんかったの」
「――客?」
 紫銀が、それなら私が…と立ち上がった時、蘇芳に手を引かれながらおずおずと中に入ってきたその女性客に、皆が一瞬息を呑んだ。
 艶々しく結い上げた穏やかな緑色の髪に、目も綾な寒椿を刺し、黒に近い紫地に桜をあしらった振袖。――血のような紅にさっと刷いた薄化粧姿のその人が、蘇芳に言われるままにその場に座って小声で挨拶しながら頭を下げる。
「どうじゃな、金蝉。綺麗な人であろうが」
 かかか、と嬉しそうに、何処となく悪戯っぽい目で笑う蘇芳に訊ねられ、
「う、――あ、まあ、な。じじいの知り合いなのか?」
 そうしどろもどろに答えた金蝉に、面映そうに顔を俯かせる女性――そして、何とも言えないその場の雰囲気に、きょろきょろと金蝉が周囲を見る。そして、ちょっと呆れた顔の蓮生が口を開いた。
「本気で言ってるのか、それ?どこをどう見ても黎じゃないか」
「やれやれ、あっさりばれてしまったか」
 蘇芳がそう言ってからにやりと笑い、
「どうだ、美人じゃったろう?しかしまあ、その年でちょっと見た目を変え化粧をしただけで見分けが付かなくなるとは情けないことじゃの。修行が足らんわい」
「ぐ…」
 蘇芳の手にあるものが、綺麗に折りたたんだ風呂敷分かって、全て最初から目論んでいたのだろうと思ったが、実際に見間違えた上見惚れてしまったのも事実で、喉の奥を押し潰したような声を上げてぷいと横を向く金蝉。
 そんな中、
「良く御似合いですー」
「…黎、キレイだ…」
 杏里がうっとりとした顔で、自分の振袖姿に思わず引き比べてしまい、紫銀もその似合い過ぎる姿に驚いてか心の篭った言葉を口に乗せ、それを聞いて恥ずかしげに首を振りながら、困ったような笑みを浮かべる黎がいた。
「そんな、恥ずかしいですよ。何だか乗せられてしまった気もしますし…」
「きれいきれーい。わーい、立花とおそろい♪」
 ぎゅー、と何やら足元が定まっていない様子の立花が黎の裾にしがみ付く。
「いいなぁ…私も抱きついてみたいです」
 そんな立花の様子に、豹橙がちょっぴり羨ましそうに呟き…そして、あら?と首をかしげた。
「立花ちゃん、何だか様子が…」

*****

「…そう言えばさっきからずっと気になってたんだけど」
「ん?どうかしました?」
「いや、何でそんなに食べてないのかなーってさ」
 一通り食べ、飲み、そしてひと息付いた皇が、ちょっぴりとしか手の付けられた様子がない杏里の取り皿にしげしげと見入る。
「な…なななんでもないです、気にしないで!」
 実は普段着る事など無い着物をきっちりと着込んでいるため、胴回りがいささか厳しく、とても美味しそうな料理に手を付ける事が出来ずにいたのだが、そんな事は恥ずかしくて言える訳も無く。
「ほ、ほら、あの人だって食べてないじゃないですか」
 そう言いながら目を向けるのは、さっきからからかわれてばかりの金蝉達の席。彼と同じ顔立ちの…従兄弟だと紹介してもらった蓮生の目の前の取り皿は空で、その脇に置かれたコップも伏せたまま、何ひとつ口にしている様子は無かった。
「いやだってほら、あっちの人の事情は俺知らないし。その分杏里の事なら知ってるけど…大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですってば。ちょっとこう、お行儀良くしているだけなんですから」
 ふーん?とまるで信じていない口調の皇。
「もしかしてダイエットでも始めたのか?杏里の事だから今日我慢しても明日は倍食べそうだな」
「皇っ、なんて事言うんですかー!」
 ふんっ、とちょっと怒ったように頬を膨らませ、はっしと掴んだグラスを勢いに任せくーっとあおる。
「あ、おい」
 ――何だかジュースと味が違うと気が付いたのは、ごくごくと数度飲み下した後だった。ことんと置いたグラスの中身はほぼ空になっていて、
「おい、それは俺のグラスだ」
「あ、あら、すみません」
 慌てて手元を見れば、確かに自分のすぐ近くにジュースが入ったコップが置いてある。杏里が手に握っていたのは、透明な液体が注がれていたものだった。
「おーい、酒空になっちまった、注いでくれ」
「分かりました、お酌させていただきます」
 空のコップを振る金蝉の前にしんなりと座ったのは、まだ振袖姿のままの黎。彼は、請われて蘇芳に酌をしつづけており、ついでにと金蝉の側へと向かったのだった。
「…お酒だったんですね、あれ…どおりで、頭がふわふわします」
 室内の熱気もあり、一気に桜色に染まった頬を手で押さえながら、杏里がにっこりと皇へ微笑んだ。
「あ、杏里?大丈夫か?」
「大丈夫です〜」
 へろへろ。
 本人は大丈夫なつもりのようで、手を振り上げた気になっているのだろうが周りから見るとへろへろと頼りない動きをしているようにしか見えない。
「きゃははははは〜♪わー、お花っぱーい〜〜〜♪」
「あら、どうしよう…立花ちゃん酔っちゃったみたい。誰かお酒飲ませてないですよね?」
 その向こうでは、豹橙や翼にべたべたと纏わり付く立花の姿があった。
「甘酒なら、さっき飲んでたみたいだけど」
 翼が言い、立花の座っていた席に置かれている湯飲みを指差す。
「…甘酒で酔っちゃうんですね」
 きゃふー、とかあははー、と笑っている様子を見れば、どうやら立花は笑い上戸のようだった。その内、熱いと言い出して帯や紐を頼りない手つきで外そうとし、慌てて紫銀が止めに入る。
「だめー、脱ぐのー。紫銀もじゃましちゃだめーー。え、えーい、こうなったら〜」
 じたばたと紫銀の腕の中でもがく立花が、大きく一度身をぶるんと震わせたかと思うと、紫銀の手の中に体の形がそのまま残った振袖だけが残され、

 ――たん、と天井に小さな足音がして、すたんとそのまま部屋の床に降り立つ。

「わう」
 ふさふさの柔らかそうな毛をした、金色の瞳の――狼がそこにいた。大人ではなく、どこか寸詰まりな体の子狼だったが。
「わああ、かっわいいいい〜〜〜〜♪」
 途端、だっと駆けてあっという間に捕まえ、ぎゅぅっと抱きしめたのは直前までふわふわと頼りなく動いていた杏里。皇が止める隙も無かった。
「やーん、やぁーん」
 鳴き声とも嫌がっている声ともつかない声が、狼化した立花から漏れ、流石に拙いだろうと皇が立ち上がって杏里の肩に手をかけた。
「おい杏里、駄目だよ、嫌がってるじゃないか」
「何よぅ〜いいじゃないの、こぉんなに可愛いんだし〜。邪魔するなら、皇も――」
「え、わ、やめてくれ――」
 何をしようとしたのか分かったのだろうか。皇が慌てて杏里の口を押えようと飛び掛るも遅く。
 ぽふ、と柔らかな布に包まれた前足が杏里の膝を押すに留まってしまった。
「ほーら、狼さん、お友達ですよー」
 くしゃくしゃと脱げた服の中からもこもこと顔を出したのは、コーギーに良く似た風貌の一匹の犬。それが杏里をどこか恨めしげに見上げると、抗議なのかぽすぽすと前足で彼女の膝を叩く。その犬に、杏里が小さな狼を差し出した。

 ――互いに見交わす目と目、そして。

 きらーん。
 面白いモノを見つけたとばかりに目を輝かせたのは、子狼の方だった。杏里の手を蹴って、ちょっとよたつきながら犬に飛び掛っていく。
「仲が良いですね〜」
 急に動いて酔いが回ったのか、ゆっくりと部屋の隅に移動して壁にもたれかかりながら杏里がそんな事を呟き。
「――やれやれ、困った事だ」
 皆の注目を集めつつどたばたと跳ね回り駆け回る二匹の生き物を、紫銀が困ったように笑いながら見詰めていた。

*****

「すっかり馳走になってしまったようじゃの。まあ、こう賑やかなのも悪くは無い。今度は良ければうちに来なさい、私の家も駆け回って遊ぶには丁度良い家じゃからな」
 返してもらった着物を再び風呂敷包みに仕舞い込み、最初から用意されていたらしいお年玉を今度は皆へ配った後で、蘇芳は一足先に帰る事となった。
「そんな事はありませんよ。こちらこそ、まさか私にまでお年玉をいただけるとは思いませんでしたから」
「なあに、今日の歓待に比べれば微々たるものじゃよ。――本当ならばほれ、翼さんに着せてみようと思ったのだがな…その様子では喜んでと言う訳にもいかなさそうだったのでな。来年は晴れ着を期待しておるぞ」
「期待に添えますかどうか。まあ来年着なくても、再来年、そのまた先と長生きする希望は沸いて来ますしね」
「なかなか言うのう。…不肖の甥だが、頼んだぞ。翼さんのような方がおればあやつもそれほど道を踏み外す事はないだろうしな」
「そんな事は…でも承っておきます」
 酔いが回り、ほんのり赤らんだ顔で蘇芳が玄関を出て行くのを見送っていた何人かが、酔いの回った人や疲れた者が横になっている居間へと戻って行った。
 中では、着物と服を布団代わりに、まだ獣化したままの立花と皇が仲良くすやすやと寝入っている。その向こうでは、まだ酔いが覚めずにうとうとしている杏里が豹橙に介抱され、帯を緩めてもらったり、酔い覚ましの水を飲ませてもらったりしていた。
 見送りに出なかった金蝉は、蓮生が注いでくれる酒を静かに飲み続けていた。
 その隣に翼がすいと座る。
「じじい、何か言っていたか」
「特には何も。ああ、そうそう。僕にあの着物を着せたかったらしいよ」
「けっ、何ふざけた事を抜かしてやがる。…全く、油断も隙もねえな。お年玉だけ置いてさっさと帰っちまえば良かったんだ」
「そう言う事を言うものじゃないだろう?」
「いいんじゃないか?それだけ言い合うって言うのは仲がいい事のしるしなんだろ」
 蓮生の言葉に、更にぶすっと顔をしかめた金蝉が、懐に入れたポチ袋を引っ張り出して中を見る。と――出て来たのは薄い2枚の紙。不審気な顔をしてそれを開いた金蝉がきっと外を睨み付け、勢い良く立ち上がると外へ飛び出して行った。
「――どうかしたのか、彼」
 立花の背を撫でていた紫銀が、その様子に驚いて顔を上げる。
「さあ」
「何だろうな」
 原因はあのお年玉と思われた中に入っていた紙だろうが、それごと金蝉が握り締めて出て行ってしまったため、戻ってくるのを待つ他無かった。
「あの、くたばりぞこないが」
 やがて戻って来た金蝉が、苦々しい顔でどさりと席に付く。
「どうしたんだ?」
「…何がお年玉だ、ふざけやがって」
 まだぶつくさ言いつつ、翼と蓮生に投げ出した2枚の紙。
 1枚目は、銀行小切手だった。…無論、翼の受け取った袋の中身とは違う。第一、桁がお年玉のような物ではなく。
 もう1枚目には、蘇芳のものらしい達筆で、
『お年玉代わりじゃ、しっかり務めるようにな』と言う一言の後に、今年最初の依頼内容が書かれていた。
「気付くと知って逃げやがったんだ、あのじじいは」
「――やるねえ」
 蓮生がそうした蘇芳のやり方に感心したような声を上げ、説明を聞いた紫銀と豹橙がなるほど、と納得した声を上げる。
「…ふーん」
 そして、相場から微妙に多い小切手の金額の理由に思い至った翼だったが、その事を金蝉には伝えないでおいた。わざわざ指摘すれば却って拗ねてしまうだろうし、それに――気付いていない筈が無かったからだ。

 何だかんだと文句を言いながらも、蘇芳から回された仕事で手を抜いたためしは無かったのだから。
 だから、今度もきっと、文句を言いつつきっちりこなすのだろう。

 ――そしてまた、それを見越した上で、蘇芳はこうした洒落を効かしたに違いなかった。


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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3894/桜塚・蘇芳 /男性/72/陰陽師            】

【2863/蒼王・翼  /女性/16/F1レーサー兼闇の狩人    】
【2916/桜塚・金蝉 /男性/21/陰陽師            】
【2938/佐々木・杏里/女性/18/退魔師&『トランス』ヴォーカル】
【2948/佐々木・皐 /男性/19/使い魔&『トランス』ベース  】
【3012/月霞・紫銀 /男性/20/モデル兼、美大講師      】
【3026/緑皇・黎  /男性/21/オペラ歌手兼私立探偵     】
【3092/月偲・立花 /女性/ 8/巫女見習い兼、武器庫     】
【3626/冷泉院・蓮生/男性/13/少年             】
【3658/花鎮・豹燈 /女性/17/女子高校生兼私立探偵助手   】

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■         ライター通信          ■
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長々とお待たせいたしました。お正月パーティノベルをお届けします。
年を召された方のPC様は初めてでしたので、やや緊張気味でしたが、如何でしたでしょうか?
楽しんでいただければ幸いです。

尚、登場人物の並びは主宰PCのみトップに置き、後は番号順に並んでおります。ご了承下さい。

それでは、遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。今年が皆様にとって良い年でありますよう、願っております。
今年も宜しくお願いいたします。
間垣久実