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<あけましておめでとうパーティノベル・2005>


スティルインラヴ正月チャリティコンサート!

「え?一日署長?」
 それは、一本の電話から始まった。
「あ、いや…」
「婦警のカッコとかするのか?アレは気をつけないとスカートの中写真撮られるぞ」
 一体どこで仕入れてきた情報やら真顔で注意事項を述べるはサックス兼ヴォーカル、八重咲 マミ(やえざき まみ)。
 普段の姉御肌な性質から本気で気をつけろと言ってくれているのはわかるが、間違っている。
「そうじゃなくて、正月の警視庁主催のチャリティコンサートに出演してくれないかって話よ。」
「おおー!警視庁からの挑戦状かぁ!そっくり受けて立ったぁー!」
 自称リーダーでメインヴォーカル兼パフォーマーの松田 真赤(まつだ まあか)は本日もハイテンション。
 その名前と赤い髪通り、いつでも燃えている女である。
「…挑戦状じゃなくて出演依頼。」
 溜息と共に額を抑える宮本・まさお(みやもと まさお)はギター兼ヴォーカル…そして唯一のリアリストで実質的なリーダー。
 長く伸ばした金の髪を一つに束ねた長身の、どこか凛とした印象の…豊満な身体付きながら女性的な印象の薄い女性である。
「警察?……まぁ、ライブには変わりないからいつも通りテンション上げてくけどさ」
 …そういいつつも、どこか嫌そうなベース兼ヴォーカル村沢 真黒(むらさわ しんくろ)。
 何か後ろめたいことでもあるのか…。
「あそっか。よっし、去年は災害とか多くて辛気臭かったからな、今日はぶっ飛ばすぜ!」
「しっかし正月からチャリティーとはいえライブ(仕事)たぁ、こいつは春から縁起がいいや!」
 マミと真赤は完全ノリノリである。
「警視庁の依頼ですか、凄いですねぇ〜」
「ほんまやなぁ〜」
 ドラムス兼ヴォーカル兼作詞担当、本谷 マキ(もとや まき)、キーボード兼ヴォーカル兼作曲担当の飯合 さねと(めしあい さねと)は凄いといいつつもいつもと変わらぬほわほわテンション。
 二人ともロックバンドのメンバーにしてはほあほあ、所謂可愛い系。
 特にマキの方は小学二年から全く変わっていない体型の為か九割九分九厘、小学生に間違われる超童顔である。
 その癖ハードなドラム担当…ちなみに普通のドラムだと足が届かない為特注品である…の酒豪と恐ろしく外見を裏切っている。
 以上六人がスティルインラヴ…全員が神名木高校卒業生の女性ばかりで構成された人気ロックバンドのメンバーである。
 始めはマミを除く五名のバンドだったのだが、メインヴォーカルの真赤が一時期声帯結節を患いバンドを離る危機があり、その間に一人で歌手をやっていたマミがヴォーカルとして参入。
 真赤の復帰後も残留し現在の六人体制となっている。
 中には霊視能力者や気の使い手も含む、かなり、相当にアクの強いメンバーである。
「で、どうする?受ける?」
「受けるに決まってるでしょ!」
 そんなわけで、スティルインラヴは二〇〇五年、正月一日から仕事になったわけである。



 犯罪被害者遺族への生活援助義捐金を募るチャリティコンサートの企画が持ち上がったのはまだ冬になる前のことだった。
 コンサートが成功するか否かの半分はこの前準備にかかっているといっていい。
 警視庁側の責任者に任命されたのは警視庁超常現象対策本部長、里見 俊介(さとみ しゅんすけ)四十八歳。
 テロ事件で妻子を失った過去を持つ彼は人情深く、判断力指導力に優れていた為チャリティコンサートの責任者としては最適と判断されたのである。
 コンサートや芸能関係に詳しいものも少なかった為、通常業務の他に情報収集に始まり出演者への交渉、会場やチラシ公告の手配etc。
 大きなトラブルも無く無事コンサートの当日を迎えられたのは彼とその部下の奔走あってのことである。
 今回特にありがたかったのは、会場のTIアリーナを借りられたことだろう。
 TIアリーナは医療器具から核ミサイルまで扱う米国の超巨大企業テクニカルインターフェイスの日本支社が運営する多目的ホールである。
 本来は正月と言うこともあって巨大多目的ホールのレンタル料は目玉の飛び出る価格であって叱るべきなのだが、今回は特別にテクニカルインターフェイス・ジャパン社長、貴城 竜太郎(たかしろ りゅうたろう)の好意により最低限の必要経費のみで借りることが出来たのである。
 チャリティなのだから私達が利益を得ることはできないと申し出てのことなのだが…当然、見返りがないわけではない。
 スポンサーとなりコンサートのテレビ中継を手配、会場にはさり気無く…だが普段以上にTI社の宣伝広告が設置されている。
 当然抜かりなくTV中継の際にはその名前がでかでかと映るよう、だが最低限ライブの邪魔にならぬよう計算された配置である。
 その程度のことでタダ同然で借りられるのだから資金の無い公的機関にとっては僥倖か。
 本日は当の貴城氏も二階席より更に上に配置される個室のVIP席の一つにてライブを見学することになっている。
 ちなみに他の個室には警察庁のお偉いさん方、TV関係者等に貸し出されることになっている。
 見通しは最高だが少々距離があるので望遠レンズは必須といった所か。
 さて、まだ彼が会場する以前…会場時間五時間前からITアリーナは大騒ぎであった。
 前持って依頼は受けていたものの今回のコンサートの最高責任者、里見とは初顔合わせのスティルインラヴである。
「責任者の里見 俊介です。」
 かつての警察庁一の切れ者と言われたやり手は隙無く着こなしたスーツ姿で警視庁側の責任者、そして本日の警備責任者としてこの場に足を運んでいた。
「おうっ、よろしく頼むぜっ!」
「よろしく」
「よろしくお願いします〜。」
「…………。」
「しま〜す。」
 これから大観衆を前にライブを行うというのに緊張の欠片も無く微笑むさとね。
 長く伸ばした銀の髪に濃い色のサングラス、黒い口紅が近寄りがたさを感じさせる真黒は無言のままどこかそわそわしているし、他のメンバーより頭一つ分小さなマキはどこもかしこも薄いぺったんこの身体付き、目は大きく手足は細くどこからどう見ても小学生と言った風貌。
「それにしても凄い広い会場よねぇ、ITアリーナって収容人数ものすごいんよ」
「流石にこの大きさの会場は初めてだな」
「…喫煙スペース、どこだっけ?」
 思い思いに話し始める女の子達。
 女三人居れば姦しいとはいうが、六人居ればいっそうか。
「…………。」
 …この子達に任せて大丈夫だろうか?
 と、不安になったところで。
「宜しくお願いします。今日も精一杯頑張りますので」
 ぎゃあぎゃあわいわいのほほんと思い思いに騒ぐメンバーを尻目に一礼する長身。
 髪は鮮やかな金、化粧ばっちり今時の若者ながら礼儀正しく、どこかクール。
 ああ、彼女が取り纏めているのかと思えば一気に安心感は募る…がしかし。
 よくよくみれば何故かその頭には何故かその容姿にそぐわぬ可愛らしいふあふあ兔の耳当てが。
「…………。」
「…何か?」
「ああ、いや…よろしくお願いします。」
 不躾になりかけた視線を落として何でもないと緩く頭を振る里見。
 …この子達に任せて本当に大丈夫だろうか?
 そんな不安をひしひしと感じたとしても、仕方がないことかもしれない。
 とは言え彼女達、トラブルメイカー体質ではあるが実力では不安を感じる要素はまったくない。
 そろそろ五十代に手が届こうかと言う里見はライブ活動等見に行く機会もなく、知らぬことではあったが。



 さて、これまでもサンタやメイド、色々な衣装を着こなして来た彼女達であるが今回は正月と言うことで、着物である。
 と言っても、そのままの振袖ではない。
 振袖では楽器の演奏が難しく、歩き辛くテンションも下がろうというもの。
 裾を裂いたり、膝丈にアレンジされたものに革のパンツやタイトスカートをあわせて正月らしく、尚且つ動きやすくファンキーにコーディネート。
 金糸銀糸の縫い取りはライトの下で映えること間違いないしの派手さである。
 舞台用の化粧は濃い目、広いアリーナは客との距離があるので濃い目でなければ顔立ちがや表情がはっきり見えない為である。
 某○塚の化粧が濃いのも一つはこの理由である。
 似合うにあわないは関係ない、大ホールでは舞台に立つものは濃く塗られるものなのである。
 スティルインラヴのメンバーはそれぞれメイクさんやら衣装さんの間を回され、そのトレードマークとも言える全員揃いの、色違いのジャケットと同色の着物…のアレンジ衣装を着付け終えた時点で次々に控え室へと送り込まれた。
 このあとはリハーサル、そして衣装化粧直し、本番と言うスケジュールである。
 真赤は赤い髪とその名前通りの真紅に朱金の糸を基本に極楽鳥をモチーフに飾り金の帯を飾ったもの。
 さねとは本名の「真桃」から、桃色に淡い桃の花を書き染め、藍色に桜柄の帯を締めたもの。
 マキは真黄…山吹色を基調に裾に大花を散らし緑の帯を締めたもの。
 真黒は黒地に銀糸の糸を主線で他色とりどりの煌く糸で鮮やかな蝶を縫い込み銀の帯を締め、マミは呼ぶと怒る本名の真緑から濃緑に金帯、赤い帯揚げをアクセントに。
 そしてまさおもその名、真青から青、暗い青に裾際に水色や白で小花を散らし、濃紺の帯を締め…髪を結い上げられている為流石に兔耳当ては外されていた。
「今日は集まってくれた皆さんの為にも頑張りますよぉ〜」
 一足先に着付けの終わったマキ、なにやらやたらとハイテンション。
 頬が仄かに高潮しているのは緊張と興奮の為だろうか?
 何気ない仕草で傍らに置いていたグラスを煽り、そういえばと席を立った。
「折角お正月ですしぃ、お弁当代わりにちょっと作ってきたんですよ〜」
 小柄でどう見ても小学生のマキではあるが料理上手で気配り上手。
 仕事の際にメンバー分のお弁当を作ってきてくれることがある。
 TV関係の仕事をしていると自然局の局弁や宅配物が多くなり、時間もズレがちで不健康な為、せめてものことである。
「うわぁ〜」
「ほぅ、今日のはまた凄いな。」
 いそいそと風呂敷包みを開いて広げられたお重にはちょろぎも鮮やかな黒豆、栗きんとんに出汁まき卵、キンピラゴボウに紅白かまぼこ、焼き海老に煮しめ、鰤の照り焼きと言ったおせち料理の数々が詰め込まれていた。
「お昼、お弁当代わりに食べましょうね〜」
「ええな〜、マキちゃん流石やな〜」
「これ、結構時間かかったろ?」
「えへへ〜そんなことないですよ〜ぅ。あ、渇いちゃうから閉めますね〜」
 そう言えば、少し空気が乾いているかもしれない。
 冬の空気が乾いているのは当たり前なのだが、喉を使うバンドメンバーの控え室、少々配慮して欲しいもの。
「そう言えば空気よくないな。加湿器がないか聞いてみる。」
 マキが内線でスタッフを呼び出し始めたが、改善されるにしてももう少し時間がかかるだろう。
「それにしても、家でのんびりしてないお正月なんて初めてやねぇ」
「そうですね〜。でもたまにはこういうのも良いですね〜」
「…マキ、ちょっともらうぞ」
 ポットやコップは備え付けられていたのだが、用意するのもめんどくさいと思ってか真赤はすぐ手元にあったマキのコップへと手を伸ばした。
 やけに温かい…白湯でも入れていたのだろうか。
 あるんだからめんどくさがらずにお茶入れれば良いのに、と自身を棚に上げて思う真赤。
「…ぶはっ!」
 ひょいと一口口に含んで、吹いた。
「なっ…なんだいこれっ!日本酒じゃないか!」
 一口口に含んで、すぐにわかった。
 見た目は水そのままの透明感だったが、水には有り得ない独特の匂い、風味がある。
 酒が駄目とは言わないが、だがしかし。
「暖房兼燃料ですよぉ。熱燗が身にしみますぅ〜」
「…あんた、酔ってるね!?」
「酔ってなんか無いですよ〜ぅ」
 どうやら顔が赤いのは、緊張や興奮と言った可愛らしいものではなく、アルコールの所為だったらしい。
「このくらいじゃ酔いませんってぇ〜」
 きゃらきゃらと笑う様は、どうみても酔っ払い。
 本谷マキ、こう見えても酒豪である。
 他のメンバーが来るまでに一体どれだけ飲んだのか…。
「おい水っ、いや烏龍茶だっ!」
 外見に反して確かな腕を持つマキのこと、酔っていたからと言ってミスるとは思わないが流石に不謹慎だろう。
「…今のうちにヤニ吸っとこ。」
 ばたつく一同を余所に、真黒は控え室を出た。
 ここは禁煙、禁煙スペースのなんと多いことか…否むしろ禁煙基本で喫煙スペースがあると言う感じ?
「昔はこんな世知辛い世の中じゃなかったのにねぇ」
 ライブが始まったら煙草は吸えない。
 今のうちにヤニを補給しておかなくては。
 ヘビースモーカーにとっては切実な問題である。
「あ、お疲れ様でーす」
 喫煙所にはもうもうと煙が立ち込め、スタッフらしき数人の喫煙者が屯っていた。
 同じ喫煙者としての肩身の狭さからか、生まれる共感があるのかもしれない。
「大変ですよねぇ…」
 揃いのツナギの男達の中に派手な衣装で混ざりつつ、真黒は深く紫煙を吸い込み、呟いた。
「…ホントに最近は愛煙家に厳しい世の中だねぇ」
 思うところでもあるのか、男達はそれぞれ、深々と頷いたのだった。



「ライブぅ…?」
 第一印象、似合わない。
 何せこの池田屋 兎月(いけだや うづき)と言う男、名前も渋いが…漢字だけ見るとちょっと可愛いが…暗い青の髪をびっちり隙無く固め、物腰は丁寧優雅。
 顔立ちもどこか日本古来の美形を想像させる切れ長の瞳の渋い面差し、コック服以外のプライベートな服装といえば和装中心。
 外見的には二十代半ばの年齢ながら言い回しは古風、人を疑うことを知らぬ大らかさ、落ち着いた所作はどこか浮世離れした旧華族のお坊ちゃんの如く…。
 とどのつまりようするに、勇んでライブに通う現代の若者とは明らかに一線を画しているわけである。
 現在は某大財閥総帥直属の料理人の職に収まっているが…この辺もやっぱり一般人的ではなくハイソである…実はその正体は九十九神。
 江戸時代に作られた絵皿で、九十九神として目覚めた後は職の道、料理に全てをかけ探求の日々を過ごしていた、根っから料理とは切っても切れずの関係にある男である。
 一種の妖怪と言っても前述のように非常に人が良く、人に害を成す存在ではないのだが、そんなことは全く関係のない人外全て憎しの心無い退魔師によって封じられてしまっていた過去を持ち、現在の雇い主である某財閥総帥に買われ、その封印を解かれ現在に至るのである。
「スティルインラヴの方々が警視庁主催のチャリティコンサートに出演されるのですよ。」
 見てくださいと嬉しそうに差し出されたのはスティルインラヴ・ファンクラブ会員証…会員ナンバー600。
 偏見なのかも知れないが、やっぱり似合わないような気がする。
 勿論ライブ会場等、普段の彼であればあまり足を向けない空間であることは間違いない。
「犯罪被害者の方々のお力にもなれますし…」
「…その格好で行くのか?」
「何かおかしいですか?」
 そう言って持ち上げた腕、袖裾の長いそれ。
 紺の紬の裾は足元まで長く、上には今様色の羽織、足元は当然足袋に草履で差し入れ重に入れて風呂敷包み…よくよく見なくてもばっち頭の先から足の下まで和装、着物である。
「…服、貸してやるからやめとけ…」
 この格好で行ったら確実に浮く。
「…はぁ…」

 そんな訳で、兎月は慣れぬジーパン姿でライブ会場、TIアリーナへと向かった。
 慣れぬ人込み、身体にぴったりとしたジーパンは慣れぬ人間には少々歩き辛い。
 とは言え奇異の目で見られることも無く、着物の袖を巻き込まれたり、裾を踏まれることを考えればいくらかはましだったのかも知れない。
 風呂敷に包んでいた差し入れは紙袋へ移し、準備万端。
 数メートル先にはそれぞれ思い思いの晴れ姿に身を包んだ若者達がごった返している。
 ロックバンドのコンサートだからか、じゃらじゃらと音を立てる鎖を引き摺った者、身体の線も露わな黒光りする革の衣服を身に纏う者、裾の破れた際どい露出の女性、重力を無視するかの様に真直ぐ立ち上がった頭の男性。
 金や銀には納まらず赤やら青やら緑やら、色とりどりの髪…ふと、その中の人に目が止まった。
 黒いシャツに銀の鎖を編み込んだような服を着た女。
「……鎖帷子」
 どこかで見たような、と思って思い出した。
 まだ九十九神になる前の時代に、点々とした屋敷で見たような気がする。
「…あに見てんのよ」
「あ、いえ、すみません…」
 視線に気付いた女に怒鳴られて、兔月は慌てて頭を下げた。
 警視庁主催のチャリティコンサートと言うには、あまりに派手な集合体である。
 チャリティコンサートだから、と足を運んだものも居るには居るのだろうがその殆どはスティルインラヴのファン…純粋にロックやパンクを愛する若者達である。
 悪気がないのはわかっている、あるのは純粋なFAN心理だけだ。
 だがしかし、慣れぬ者には正直…怖い。
 だがしかし、ここまで来たのだから引き下がるわけには行かない。
 自分だってスティルインラヴのファンなのだ。
「………頑張りましょう」
 真冬の寒さを吹きとばす熱気に気圧されながら、兔月はぐっと拳を握った。



 さて、差し入れを持ってスティルインラヴに会おうとした兔月。
 だがことはそう簡単には運ばない。
 スタッフパスを持っているわけでもなし、実際知り合いなのだがスタッフにそんなことを言ったって信じてもらえるわけがない。
「ほらほら、ファンは表に回って」
 他多数の関係者を騙るファン達と共に裏口でもみくちゃにされることとなった。
「あの、わたくしめはさねと様やまさお様の知り合いなのですが…」
「知り合いぃ?ああ、花だったら受付で預かるから」
 揃いの制服に身を包んだ警備のおっちゃん達は厳しい。
 この道何十年、あの手この手で芸能人に接触しようとするファン達との戦いに勝利してきたツワモノ達なのである。
「あ、あの差し入れを持って参ったのですが…」
「名前書いといてくれれば届けるよ」
 結果、おざなりな扱いで追い出されそうになったのだが。
 その時、ちょうど喫煙スペースから控え室へ戻ろうとする真黒が通りかかった。
 通路の奥からちらりと騒ぐファン達を見やった所、見覚えのある珍しい青い頭が目に入ったのだ。
 青と言っても、色を抜いて染めたような安っぽい青ではなく、生まれながらの青。
 確かどこかで見たような…そうして、さねととまさおの友人にそんな男が居たことを思い出した。
 和服…じゃないけど。
 なんかどっか泰然とした、浮世離れした感じがそれっぽい。
「……なあ、ちょっと…」
「あ…」
 真黒の口利きで、兔月はどうにか無事、TIアリーナの裏側へと足を踏み入れることが出来た。
「うわ〜、兔月ちゃん来てくれたんやね〜」
「はい、あけましておめでとうございます、さねと様」
「洋服、珍しなぁ、似合うとるやん。」
 いつもの和装ではなくジーパンを履いた今時若者スタイルの兔月に物珍しげな視線が注がれる。
「…いつもの格好だと浮くと友人が貸してくれたのです」
「へぇ、似合うじゃないか」
 そうしていると普通の青年に見えるかもしれない。
「皆様のコンサートと聞きますれば、この池田屋兎月、ファンとして何もせずにはおられません。少しでもお力になりたいと思いまして差し入れを持ってまいりました。」
 口を開けば漏れ出る言葉は非常に古風なのであるが。
「おー!」
「お菓子?兔月ちゃんのお菓子美味しいんよね〜」
「はい、クッキーやパイ、手軽に摘める焼き菓子を持参いたしました。ライブの合間にでもお食しください」
 紙袋から取り出されたケーキ箱の中、真っ先に目に入ったのは綺麗に交互に並べられたプレーンとココアの丸型クッキー。
 他にもジャムをのせて焼いたもの、チョコレートでコーティングされたもの砂糖衣を振り掛けて狐色に焼けかれたリーフパイ等色とりどりの焼き菓子が所狭しと並んでいる。
「うわ〜すごいですねぇ〜」
「兔月ちゃんありがと〜、皆で食べるねっ」
 開き時間にしばし会談を楽しみ、兔月は客席からライブを楽しむべくその場を後にした。



 志羽 翔流(しば かける)は神聖都学園に通う高校三年生である。
 髪は日本人によくある黒髪なのだが、瞳は少し変わっていて銀色で、それ以上変わっているのがその素性である。
 幼い頃から祖父に宴会芸を叩き込まれ、その後も全国各地を転々としながら大道芸武者の修行をしてきたと言う経歴の持ち主で、将来の夢はチンドン屋になり、全日本チンドンコンクールで優勝して日本全国にチンドンの素晴らしさを広めること。
 日本文化を守るという点では非常に素晴らしいことなのだが、なんともはや。
 現在は神聖都学園に在学中で、路上でのパフォーマンスで日銭を稼ぐ日々である。
 自称、日本一の流離い大道芸人。
 熊胆円、六神丸、赤玉はら薬等の富山の薬、おまけの四角い紙風船、愛用の金色鉄扇『風閂(かんぬき)』等大量の大道芸用具を常に持ち歩いていると言う、飛行機に乗ろうと思った間違いなくら金属探知機に引っかかって足止めされるタイプである。
 そんな彼がライブ会場へ辿り着いた時に、ライブは既に始まっていた。
 翔流は実は彼女達の結構熱烈なファンであった。
 湧き上がる興奮、熱気。
 回りの超ハイテンションに触発されて日の丸扇子と鉢巻を取り出した。
 繰り返し記述させてもらうが、現在はロックバンドのライブ中である。
 八〇年代のアイドルのコンサートでもあるまいに、ダサい日の丸鉢巻等付けるやつがあるかとものいいたげな視線が集中する。
「ま、っあかさーん!」
 ノリノリ超ハイテンション、前席の背凭れに足をかけて身を乗り出す翔流にロックを愛する若者達も殺気立つ。
「お前ちょっといい加減にしろよ」
「なにおう!?俺はファンクラブ会長だぞ!」
 隣の神経質そうな男に突かれて、翔流は大音量の音楽に負けない声で叫び返した。
「はぁ?何言ってんだ、お前見たことないぞ!」
「ファンクラブ入ってんの?あんたなんか知らないわよ!」
「まっあかさーん!!」
「ちょっとアンタ、聞きなさいよ!」
 喧喧諤諤、睨まれ

「へぇ、元気な子が居るね」
 舞台の上、擦れ違い様に囁かれる声。
 向けられた視線の後を辿れば、一際ハイテンション、鉢巻に姿で日の丸扇を振り回している少年が居る。
 ロックパンクな人達の中にあると、正直言って目立つ。
 否、普通の人達の中にあっても十分目立っただろうが。
「まっあっかー!!」
 この広い会場内、はっきりとそれとわかる大音量で響いてくる声。
 かつて某高校でのライブで阿鼻叫喚の地獄を作り出した真赤に負けずとも劣らない声量である。
「うわー、元気だねぇ」
「歌えるかな?」
 あの声量で歌えたら凄いだろうと舞台の上、密やかに交わされる会話。
 …だがしかし。
 志羽 翔流、傍迷惑なことに大音量の音痴であった。

「ちょっと、いい加減にしなさいよ!」
「聞こえねえんだろタコ!」
「お前らこそうるせぇっ!」
 ガツンと殴られたかのような声量に耳を塞ぐ付近の観客。
 運が良いのか悪いのか、翔流の席は中央中部、最も人気のあるあたりだった。
 たまたま空きが出たところにキャンセル待ちで転がり込んだのである。
 それだけを聞けば運がいいと言える。
 だがしかし、問題は周りにあった。
 回りは全てスティルインラヴファンクラブ、親衛隊で占められていたのである。
 当然一般の観客は溶け込みにくく、一人浮いた格好で騒いでいる翔流は、ファンクラブ会長の名を騙ったこともあって相当睨まれることとなった。



 さて、そんな騒動を全く気にする様子もなく、雑音の入らぬ快適空間でライブを干渉していたのはテクニカルインターフェイスの日本支社長、貴城氏。
 彼はVIPルームの身体が沈む程柔らかなソファで、色鮮やかな朱色の液体の満たされたグラス片手に眼下のティルインラヴと、なにやら妖しげなモニターを見つめていた。
 モニターに映し出されているのは、公告と一緒に設置した隠し霊波計の波長である。
 これで霊能力者の存在を探すことが出来るのである。
 テクニカルインターフェイスは東京に頻発する超常現象の軍事利用を目的としており、貴城はその社長である。
 霊能者を探し出し、監視、研究することは重要な任務の一つ。
 今回のコンサートとて、当然慈善事業ではない。
 表向きの理由はコンサートのTV中継による全国規模での公告、そしてチャリティコンサートのスポンサーを行う優良企業であると言う企業のイメージアップ。
 そしうて裏の理由は、こうやって集めた人間達のデータを得ることである。
 魔都東京だからこそ有効な手段だ。
「…ほう…意外だな。」
 感想、意外と粒揃い。
 グラスを揺らして薫り高い芳香を放つワインを一口。
 鼻腔に抜ける薫りに満足げに溜息を吐く。
「…ここと、ここと…」
 スティルインラヴのメンバーまずその大半が霊能力者であった。
 気の充実が半端ではない。
 他にもぽつりぽつりと反応を見せているものが居る。
 大きなもの、小さなもの…まさかこれほどとは思わなかったというのが正直なところ。
 座席の位置とチケットの購入歴を照らし合わせて名前と個人データをピックアップする。
 電脳ネットワークを駆使すればその殆どの住所、カード、経歴等の個人データを引き出すことは可能だ。
 守られているはずの個人データではあるが、貴城にとっては意味がない。
 日本TI社のデータで彼に覗けぬものはないからだ。
 TI社以外のデータのハッキングも、東大からハーバードに留学し博士号と2つの修士号も持つ超エリート、コンピュータに関する知識、操作能力は半端ではない貴城に取っては造作もないことだ。
「松田真赤、宮本まさお、村沢真黒、飯合さねと…八重咲マミも奇妙な反応を示しているな…」
 四人は一種の霊能者に間違いない。
 とは言え、人気ロックバンドのメンバー、下手に手を出してはリスクの方が高いか。
「…例えばTI社のマスコットキャラになってもらって…」
 そうすれば距離を縮められるか。
 宣伝塔としての実力、能力も問題なさそうだ。
 些か騒がしいが…何故それを知っているのか。
 部下からの報告、及びTIアリーナ中に設置されている盗聴器のお陰である。
「…ふむ…」
 さてどうしたものか。
 貴城はライブに熱血する若者達とはまったく違う、冷えた冷静な眼差しで舞台を見下ろした。


 幾つかのトラブルはあったものの、コンサートは無事、終幕を迎えた。
「お疲れ様でした、無事終わりましたね」
 集客、集った金額ともには過去のチャリティコンサートの中でもトップクラス。
 警察のイメージ向上にも繋がるだろう。
 いろいろ…とにかく不安があったのだが流石はプロ、一見普通の女の子達でも舞台に上がればその勢い凄まじく、広い会場を埋め尽くす人数を一気に引っ張っていってくれた。
 熱烈なファン同士でトラブルを起す者、裏口から入り込んでスティルインラヴと直接接触を図ろうとする者、色々な者が居たが警備の手によって全て事無きを得た。
「お疲れ様でした、こっちの報告書なんですが…」
「里見本部長、こっちの…」
 忙しく事後報告を受けながら、里見は満足げに頷いた。



 とりあえず、コンサート無事成功!

−END−

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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛゜

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3072/里見・俊介(さとみ・しゅんすけ)   /男性/ 48歳/警視庁超常現象対策本部長
1865/貴城・竜太郎(たかしろ・りゅうたろう)/男性/ 34歳/テクニカルインターフェイス・ジャパン社長
2849/松田・真赤(まつだ・まあか)     /女性/ 22歳/ロックバンド
2865/宮本・まさお(みやもと・まさお)   /女性/ 22歳/ロックバンド
2866/村沢・真黒(むらさわ・しんくろ)   /女性/ 22歳/ロックバンド
2867/飯合・さねと(めしあい・さねと)   /女性/ 22歳/ロックバンド
2868/本谷・マキ(もとや・まき)      /女性/ 22歳/ロックバンド
2869/八重咲・マミ(やえざき・まみ)    /女性/ 22歳/ロックバンド
2951/志羽・翔流 (しば・かける)     /男性/ 18歳/高校生大道芸人
3334/池田屋・兎月 (いけだや・うづき)  /男性/155歳/料理人・九十九神

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■         ライター通信          ■
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 たくさんのご参加ありがとうございました。
 ぎりぎりの日程になってしまって申し訳ございません。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 それでは機会がありましたら、また…。