コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


 ― 忠 ―


 数日前から始まった高遠攻めは、互いにとって苦痛と成らざるを得なかった。
 頑強に抵抗を続ける城兵を前に、攻め手は徐々に損害を増やし、指揮官は攻防互いに焦りを募らせる。
「城兵で戦える者は、最初の半分にも達しませぬ。恐らく、もう一度攻撃を受ければ……」
「だから、降伏せよと申すのか?」
「い、いえ、それは……」
 部下が口篭もり、髭を振るわせる。
 神楽は、書状を握り締めた。汗に濡れて、字が滲み、歪んで行く。その文面は、降伏を迫る内容だ。
「城兵に伝えよ、死を以って忠義の証と為すと。私も共に死すと……」
 沈痛な面持ちで、部下は退き下がって行く。何と言う弱気な部下だ。彼は心の中で呟いた。全盛期に士官しておきながら、落ち目となると途端に気の弱い発言を繰り返している。
 確かに怖かろう。だが、耐えなくてどうする。
 彼としては、そう思わざるを得ない。主君への忠義のみを絶対の信条として、今まで生きて来たのだから。
「良いではないか、華々しく散るのも……」
 敵も手を焼いているだろう。そう思うと、少なからず愉快だった。この城を突破しようと考えた事を、後悔するが良い。玉砕してもただではすまさぬ。一人、胸の中に呟く。
 彼は、城の櫓から下を見下ろした。堀に敵兵の死体が浮いている。
 ふと感じた気配に、彼は振り向いた。
「榊船殿……」
 振り返る神楽の顔を見、まるで人形のように整った口元を、亜真知は軽く微笑ませた。
「越後様、どうしました?」
 彼女の言葉に、気付かず彼は苦笑した。確かに越後守の官位に在るのだが、越後国は主君の好敵手とも言うべき人物が国だ。そう呼ばれると、やはり、恥ずかしさを隠し切れない。苦笑しながら振り返る。
「ちと、物思いを……」
「何時も、物思いに耽って居られますね」
 言われてはっとし、思わず振り向いた。
「確かに、言われる通りやもしれませぬ」
 やや大袈裟に頷くように、彼は振り返る。それを見て、彼女は、それ以上に、遠くを見つめる事が増えたと指摘しようとして、しかし言葉を飲み込んだ。
 今その事を直接指摘して何になろう。彼女は、人並み以上に自制心が働くつもりだ。だが、全ての人間が、いや、精神と知性を持つ存在全てがそうであるとは限らない。自制し、感情を内へ内へと隠しきれる存在、制御しきれる存在は、そうそう居る訳ではない。今目の前で苦笑する青年もまた、そういった存在の一人だと思える。
「貴女には、普段から色々と御世話になりました」
「いえ、気に為さらないで下さい」
 彼女の、その嫌味さの無い、透き通った微笑みに心を洗われる。普段から時々、彼女はこの城へと足を運んでいた。茶を振舞いつつ、世間の風に乗る話や、対人関係における助言など、様々な会話を交わしてきた。彼女は、世間から一枚だけ浮き上がるような雰囲気を持っていた。だからだろうか、外見以上に、落ち着いた言葉と的確な助言を展開出来る存在だった。
 そして、何ら目立って利益を要求するでもない。それが彼には心地良かった。
 戦乱は長きに渡り、人々は少なからず利益を求める傾向が有る。やはり、そういった思惑を胸の内に置く相手と話をすれば、それ相応に疲れが出た。時には途中退席もままあり、交渉事といった場面からは、自然遠のいて居た。それを苦に感じた事もある。だが、彼女はそれで良いのだと諭した。
「……月が綺麗ですね」
 空を見上げ、小さく漏らす亜真知。彼女に言わせれば、彼のそういった潔癖的な面は、繊細なのだと感じられるのだ。繊細も過ぎれば脆弱となるが、転ずれば微妙な雰囲気を読める力でもあった。だから、彼女はそれを生かす事も可能だという事を、過去や名言を紐解き、ゆっくりと彼に諭した。
 そして、そう諭す彼女自身が、決して利益を要求する存在では無かった。
 だから心地良い。
 彼女が尋ねてくれれば、彼は大いに喜んで彼女を迎え入れた。向かえ入れ、茶を差し出して他愛の無い話に耽った。
「しかし……」
 見上げる彼女の横顔へ、ふと言葉を投げかける。
「何故……この城へ来られたので御座いましょう?」
 その真剣な雰囲気に気付いた彼女は、視線を月から彼へと向け直した。
「以前御約束した通り、着ただけですわ」
「確かに約束は致しました。しかし、その時は戦の渦中にあった訳では御座いませぬ。何故、このような危険な場へ……?」
「来ては迷惑だったのでしょうか?」
 いいえと、彼は首を振る。城内の負傷者を治療し、幾人も看取ってくれた。精一杯の看護によって一命を取り留めた者も居れば、看病のかいも無く死んでいった者も居る。だが少なくとも、前者後者共に、彼女の世話には大いに心を休められた。死んでいった者達も、せめて看取ってくれる相手が居て、野晒しに死ぬよりは幾らか幸せであったかもしれない。
「とんでもない。迷惑では御座いませぬ。ただ、何故でありましょうか?」
「苦しくなる時にこそ、人は他人と話をしたくは、なりませんか?」
 最後の機会であろうから、とは言えない。
 ただ、おそらくは、目の前の青年もそれを知って居るだろう。知っていて、敢えて口に出してはおるまい。
「……御心配なさらなくとも、全てが決する前に、私は此処を後にします。決して、死ぬ為に参ったのではありませんわ」
 そう言って微笑む亜真知に吊られて、小さく安堵感を見せる。
「確かに、最後まで居られては、客人を道連れにした、と言われてしまいまする」
 笑いながら言葉を漏らし、再び下を見下ろす。
「城兵皆討死、という事になるやもしれませぬ。私は、多くの人を道連れにしようとしている……ただそれだけなのでありましょうか」
「私は越後守神楽梅之雪輝信という人物を存じております」
「それに何の意味が?」
 やや荒れていたのかもしれない。或は求める答えに渇望していたのかもしれない。彼女のその言葉に、硝子を弾いたように反応する。
「人として生きてこられた方と存じております。決して神仏や畜生、餓鬼の類として生きておられたのではありませんでした」
「人であり、人として判断を下したと……?」
 その彼の言葉に、小さく、ゆっくりと首を振る。
「人として生きているからこそ、悩まれたという事です」
「よく、解りませぬが……」
「神仏は何ら悩みません。畜生や餓鬼も、迷う事はあろうと、悩みませんわ」
 きょとんとした目で、目の前に立つ人を見た。次いで、空を仰ぎ見る。
 じっくりと食い入るように月を見つめる。
「私は悩まなかったのかもしれませぬ。ただ忠義を盾として、何ら悩まず……」
「歴史にはただ、越後様の名が残るのみですわ」
「私に対する評価は、名ではないのでしょうか?」
「越後様が、自らを評する言葉の為に生きておられるのであれば、それもまた名の一部となりますわ。しかし……」
「しかし……?」
「自らに正直に生きるのであれば、それもまた、自ずと違って来る、私はそう考えていますから」
 今、目の前に佇む青年は月を眺めている。その頬を水滴が一筋流れている。だが、真上を仰ぎ見るその表情は見えない。
「貴方が如何なる道を進まれようと、私はきっと、貴方の事を覚えていますわ」
 整った顔が笑みを作り上げる。しかし、それは決して作り笑いではない。自然に現れた感情が、彼女に笑み作らせた。
「……私自身の我侭の為に、生きてみようと思います」
 ぽつりと呟く。
「たまには可愛い事も仰られるのですね?」
「からかわないで下さりませ。悩んだ末の答え、に御座いますよ?」
 顔を見合わせて笑う。亜真知は一人立ち上がり、奥へと消えていった。後は、彼自身が決める事だろう。ならば自分は口出しをしない。
「あら、満月でしたのね」
 月を見てふと呟く。
 極自然に、この城まで足を運んで良かったと思えた。


「門を開け!」
 正装。城内から掻き集めた水で身を清め、たった一度着た限りの甲冑を蔵から出し、そして刀は佩かずに、彼は身を固めている。
 彼は辺りを見回し、亜真知の姿を認めると、俄かに身を乗り出した。
「桜に御座います。受け取って下さいませ」
 そういえば、城内には桜が咲いていた。その枝の先であろうか、小さな小さな桜の花が、花びらを散らせながら開かれている。
 亜真知は黙ってをの桜を受け取った。
「お陰で、空が澄み渡っております」
 周りの兵が皆、合点の行かぬ顔をした。今にも雨の降りそうな曇り空ではないか。何が澄み渡っているというのか。
「思い切り、我侭をなさって下さい」
 亜真知が笑う。互いの言葉の意味は、二人にしか解らぬものであったろう。
 その言葉に、珍しく、神楽は満面の笑みを浮かべた。彼は馬の脚を進める。腰に掛かる長髪が、ふわりと揺れ動く。
 誰もが声を立てず、静かにそれを見送った。


 同日午後、同高遠城兵降伏。
 数週間の後、主家は一族郎党皆自害し、滅亡。
 越後守、以降橘家に仕える。

 しかしその数年後、自害。


 亜真知は一人、山道を歩いていた。
 雨が降り始めた。何もかも洗い流そうという、そういう心なのだろうか。全身一杯に雨水を浴びる。
 特に思うところは無い。
 物事は雨に打たれて流れる。人も変わりなく雨に打たれ、流れる。
「桜が、散ってしまいますわね」
 手に持つ枝から、花びらが雨に打たれ、はらりはらりと離れて行く。


 高遠城の攻防記録に、榊船亜真知の名は、記されては居ない。





 ― 終 ―



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 PC1593 / 榊船・亜真知 / 女性 / 999歳 / 渡り巫女

 NPC / 神楽・龍影   / 男性 / 19歳? / (前世名・神楽梅之雪輝信)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


 最近すっかり滑り込み納品を繰り返しております。
 言い訳は有るのですが、言い訳の言葉もありません(汗)

 今回は前世の話し、それも城攻めの話でした。
 しかし、会話メインという印象のプレイングを頂いた為、戦闘は無く、会話を中心にストーリーを構成しました。
 裏切り者と呼ばれる所以までには特に踏み込ませんでしたが、次回以降、機会が有れば追々触れられればと思っております。
 今回は価値観といったものにも若干踏み込んだ会話となりましたが、やはり本格的に踏み込むにはまだまだ表現力が未熟のようです、反省。
 一回で短く纏める自信も有りませんし、少しずつ、ゆっくりと掘り下げたいと思います。

 今までの神楽は基本的に前世の話でしたので、次回辺りは現世の話の予定です。
 ではでは、有難う御座いました。