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<あけましておめでとうパーティノベル・2005>


歌う門には福来たる?



<-- prologue -->

 草間興信所のくたびれたソファに、明らかにソファより年代もの――というか古代のものと思しき衣服と鎧に身を包んだ男性が座っている。その端正な顔は滑らかな白色。黒い眉は形が良く、今は黒い睫毛が影を作っていてよく見えない瞳は鮮やかな黄金色である。筋の通った鼻と少し薄い唇、整った卵形の輪郭は端正でありながらも不思議と可憐な雰囲気を漂わせる。
 彼は悲痛な面持ちで顔を手で覆うと「ああ」と声を漏らしながらため息をついた。彼の髪型は古代の美豆良をベースとしているが、真っ直ぐに伸びる前髪は中央で分けてそのまま垂らし、耳の後ろで残りの髪を二つに分けて束ねている。その、真っ直ぐ垂らした前髪が彼の横頬をさらりと撫でた。それはまるで映画のワンシーンのようであった。

 しかし草間・武彦はそんな彼を実に冷ややかな目でもって見つめていた。ソファに寄りかかるを通り越して寝そべるような体勢をとりながら、ふう、と口から煙を吐き出す。そして目の前で悲劇の主人公を演じている彼をじいと見遣った。
 悔しいが実に整った顔をしている。いわゆる『イケメン』という奴だ。ちなみに武彦にとって『イケメン』とは敵である。たまたま顔が良く生まれただけなのにいい気をしやがって。全くもって解せん。世の中すべて不公平だ。
 武彦は思う。きっと目の前の彼は寝顔だって端正なのだろうと。いびきや歯軋りなど論外、寧ろいびきや歯軋りの意味すら知らないかもしれない。何と羨ましい、いや嘆かわしいことなのだろうか。いくら顔が良かろうと、物事を知らない奴は駄目だ。その点彼は失格である。いびきや歯軋りすら知らないのだから。

 さて。これ以上独白が続くとイケメンへの妬みのオンパレード&俺様理論による全く筋の通っていないイケメン批判オンパレードになることこれ必死なので、武彦は次の任務を考えることにした。
 その任務とは、ずばり目の前のイケメンを厄介払いすること。
 武彦はイケメンを忌々しげに見遣った。悲劇の主人公面がまた一段と憎憎しく感じられる。こいつを一体どうやって厄介払いしてくれようか。
 考えにふけりつつ煙草を燻らせていると、外の階段を登る靴音が聞こえてきた。普通に歩くよりも著しくゆっくりなこのペースには、武彦も覚えがある。
 武彦は内心ほくそ笑んだ。彼らなら厄介払いに最適な人材だからだ。何故なら彼らもまたイケメンだからである。目には目を、歯には歯を。そしてイケメンにはイケメンを。これが武彦のモットーなのである。
 やがて重い鉄の扉が開かれ、武彦が予想していた通りの二人の人物が姿を現した。



<-- scene 1 -->

 草間・武彦が訪れた彼らに片手をあげて「おう」と挨拶してみせると、片方の男性――金髪を後ろで束ね、いつも余裕めいた笑みを浮かべているモーリス・ラジアルは、呆れ顔で辺りを見回しながら口を開いた。
「新年の挨拶も無しですかここの所長は……というか。一体何ですかこの有様は」
 彼が立っている興信所事務所スペースは、たくさんの人間たちが所狭しと眠る姿で埋めつくされていた。
 そう。実はこの興信所では、年越しから新年にかけてタダ食い狙いに訪れた常連たちにより飲む食う歌う踊るのどんちゃん騒ぎが繰り広げられたのである。そしてその後興信所を支配したのは祭りのあとの静けさ。騒ぎ疲れた彼らは好き勝手に思い思いの場所で眠りこけてしまったのであった。
「毎年のことだよ。こいつら、うちを何だと思ってやがるんだ。くそっ」
 武彦はたまたま近くに転がっていた人物の背中をどすっと蹴った。しかし起きない。別に起こすつもりはなく、ただ気晴らしに蹴っただけだったとはいえ、いざ起きないと腹が立つ。武彦は先ほどよりも強い力で、靴のかかとをその人物の頭に落とした。
 するとさすがにかかと落としは堪えたらしい。落とされた彼はというと、渋い外見に似合わぬ子供のような口調で「痛いですう」と呟き、蹴られた頭を撫でさすりながらのろのろと上半身を起こした。
 彼は床に雑魚寝するような人物とは思えないような、いかにも仕立ての良さそうな黒いスーツに身を包んでいる。そしてその傍らには垂れた耳をしたうさぎがちょこんと座っている。興信所を訪れる数多くの人間の中でも、こんな男は滅多に、いや一人しか居ない。

 その男、シオン・レ・ハイは、周囲のまだ状況を把握していないようで、半分眠っているような顔つきで辺りを見回している。しかし武彦と目が合った瞬間、その動きが止まった。彼は、きわめて据わった目をしている。
 これはマズイかもしれない。武彦はあらん限りの智謀(そんなものは彼の脳内には存在しないのだが)を張り巡らせ、この場をどう乗り切るべきか考えた。しかしもともと無いものが急に生まれるわけは当然なく。
「あ、えーと。その。俺は何も」
 しどろもどろにそう言い訳するのが精一杯であった。
 一方の被害者シオンは、相変わらず据わった目で武彦を見ている。一言も発さないままに。
 武彦は思った。もしかして自分は、あの温厚なちょっと(いやかなり)抜けたところのある紳士(だけどびんぼーにん)を切れさせてしまったのだろうかと。だとしたらどうやって繕おうかと。
 武彦が必死こいてない頭で解決策を考えはじめたとき、シオンが動いた。彼は垂れ耳うささんを抱き上げ、両の腕で抱きしめるなり、こう言ったのである。
「あのう。おなかがすいてすいて倒れそうです……朝御飯が食べたいです」
「め、メシぃ?」
 シオンが「はい」と頷いた。彼の腹からは絶え間なく空腹音が鳴り響いている。
 武彦は先程の心配が杞憂に終わったことからこっそりと安堵のため息をつき、台所へと続く暖簾を指差した。
「メシならいくらでも……って昨日の残りもんだがな。台所に片してあるから好きなだけ食えばいい」
 そう言うなり。先程まで据わりに据わっていたシオンの目がぱっと見開かれた。先程までのあれは何だったのかと突っ込みたくなるほど笑顔全開。「バンザーイ!」と両腕に抱えていたうささんを「高い高い」して喜ぶ始末である。
「それではお言葉に甘えて朝御飯いただいちゃいまーす!」
 シオンはビシっと片手を挙げて元気良く武彦にそう言うと、うささんを抱えて台所スペースへと駆け出して行った。

 さて。シオンの件は丸く収まった。あとはあのよくわからないイケメンを厄介払いするだけだ。
「いやあ、まさかこんなところでお会いできるとは思っておりませんでした」
「私もだよ。もう何年ぶりになるだろうか」
「お互い長生きしてますからねえ」
 ふと耳に入ってきた和やかな会話。ぎょっとして振り向くと、そこには先程までと変わらぬ様子でソファに腰掛けている正体不明のイケメンと、その傍らで彼と昔話に花を咲かせている巨大財閥の総帥、セレスティ・カーニンガムの姿があった。
「お、おい。お前ら知り合いなのか? いやその前に。そいつは一体何なんだ」
 武彦が挙動不審な動きをしながらイケメンを指差し尋ねると、セレスティはにこりと笑いながら「ええ」と頷いた。
「この方は『大黒天』殿です。もう何年前になるかわかりませんが、ドーバー海峡のあたりで出会いましてね」
「ドーバーぁ?」
「ええ。何でもそのとき宝船が遭難、漂流してしまったそうでして。その彷徨っていた彼を私が助けて日本まで送り届けて差し上げたという。まあそんなことが昔あったのですが……まさか宝船ごとあのアンティークショップに引き取られていたとは思いも拠りませんでしたねえ」
 セレスティが正体不明のイケメン――本名大黒天を見遣ると、彼は大きくため息をつきながら頷くと、その理由を語りはじめた。
「実は、『恵比寿』の小童があの船で釣りばかりするものだから、上の者が少々ご立腹してしまわれてな。それで私たち七福神は小さな人形の姿にされ、あの骨董屋でただ時を過ごす羽目になったのだ……とばっちり、というものだよ」
「それは災難でしたねえ。しかし、それがどうして今はこちらへ?」
「年に一度、元旦のみ、骨董屋の主人から与えられる任務があってな。それを遂行するために、私たちは一時的に神格を取り戻し、こうして本来の姿を得ることができるというわけだ」
「その任務の遂行のために、草間興信所を訪れたのですか?」
「いや……実は、その」
 セレスティの問いに、大黒天は返答を激しく渋った。彼にとってはとても言い辛いことであるらしい。
 しばしの沈黙が場を支配する。

「わかりました! 大黒天さま、船から落ちてしまわれたんでしょう!」
 唐突にその沈黙を破ったのは、空腹バロメータマックス元気復活! 両手にお重の包みを抱えたシオンであった。どうやら空いた重に余りものを詰め込んで勝手に自分の弁当にしたらしい。食料を確保した彼は今や満面の笑顔を浮かべている。彼は探偵俳優の如くポーズを取ってふふりと笑うと、人差し指を立てて更に言葉を続けた。
「それで船がどこかに行ってしまって、帰れなくなった! わわ、それはたいへんですっ。一刻も早くお探ししないと!」
 シオンはソファに投げ出してあった愛用のコートにさっと身を包むと、お重の包みと愛しのうささんを抱えてダダダダっと興信所から飛び出して行った。
 誰も、訂正するどころか止める暇すらなかった。



<-- scene 2-->

 夏野・影踏は辺りが騒がしくなってきたな、と思い、うっすらと目を開いた。
 彼も例のどんちゃん騒ぎに加わっていた者の一人である。この興信所は人が多く集まる場所だから、うまくすればお友達――欲を言うならイケメン希望――もゲットできるかもしれない。もっとうまくいけば酒池肉林も思いのままかもしれない!? と己の欲望に忠実に参加してみることにした。
 しかし残念ながらイケメン認定できるような客が訪れなかったことと、集まった連中のあまりのハイテンションっぷりについていけず、酔いも手伝って早々リタイア、特等席の長ソファに陣取って今まで眠っていたというわけである。
 頭が微妙に重い気がする。水が飲みたい。影踏はゆっくりと身体を起こし、一先ずソファに座り直した。そして目に飛び込んできた光景に仰天した。

 美人が三人、反対側のソファに腰掛けて談笑している。横の一人掛けのソファには所長の姿があるようだったが、そんなものはどうでもいい。いつでも会える普通の男より目の前のイケメンを取るのは当然の心理である。
 真ん中の、銀色の長い髪に絶世の、としか形容し難い美を持つ彼は、あの巨大財閥リンスターの総帥だ。その横には、彼の従者で金色の髪をした、これまた美しい顔をした男性が。そして反対隣には「今は何時代だったろう」と思わず遠い目をせずにはいられないほど古風な衣服と銀色の綺麗な鎧に身を包んだ黒髪の男性が座っていた。彼は顔が端正であるのは言うまでもないが、その表情はどことなく憂いを帯びていて、それが影踏の心を妙にくすぐった。
「おい影踏。仕事だ仕事」
 そう言って、目の前の美人にすっかり魅入られ夢心地だった影踏を現実へと引き戻すという無粋なことをしたのは、言うまでも無く草間・武彦である。影踏はむっと口を結んで武彦を見た。
「正月なのに仕事? やだよ、どうせまた怪奇事件なんでしょ。俺専門外だもん」
 そしてぷいと横を向く。しかし武彦はそれをまるで気にしない様子で、しかも影踏の気を思い切り引くことを言いやがったのである。
「そこのイケ――いや、男性が、大切なものを落としてしまって探しているらしい」
 そう言って武彦は黒髪の美人を指差した。影踏も瞬時に反応し、美人のほうへと振り返る。美人と目が合った。黄金色の瞳はどこまでも鮮やかで美しく、影踏の目を捉えて離さない。
 ふいに美人の顔が少し曇った。悲痛な面持ち。美人が困った顔というのもまた堪らない。影踏は傍から見たなら明らかに怪しい挙動で美人を見つめていた。美人はそのうち涙を零すのではないかというほどに顔を歪めながら沈黙していたが、やがて重い口を開いた。
「私の名は大黒天。実は今日私は、私にとって無くてはならない『小槌』を無くしてしまったのだ」
「こ、こづ、こづち……です、か」
 影踏が緊張で呂律の回っていない台詞を発すると、美人は「うむ」と頷いた。そこへ、リンスター財閥総帥が補足の台詞を挟む。
「こう、両手に収まるくらいの大きさで、色は黄金――大黒天の瞳と同じ色ですね。アンティークショップ・レンからの移動中に無くされたとのことですから、範囲的にはこの興信所から大体半径五キロメートル内と思われます。大黒天の小槌は様々な福をもたらすためになくてはならないもの。万が一心無い者の手に渡ったならたいへんなことになります。ですからその捜索を、あなたにも手伝っていただきたいのです」
 総帥が柔らかな微笑みで影踏を促す。影踏はその美しさに圧倒されてただひたすら首を縦に振っていた。すると今度はあの金髪の従者が口を挟んできた。
「ああそれから。他の七福神たちは大黒天主催の鬼ごっこで遊んでいるとのことです。大黒天はここにいるのですから見つかるわけはない。要はカモフラージュです。大事な小槌を無くしたなどと知られたならば何を言われるかわかりませんのでね。そういうわけで、鉢合わせすることもあるかと思いますが、彼らには大黒天が小槌を無くしたことは言わないであげてくださいね。可哀想ですから」
「は、はいっ。わかりました」
「よろしい。それでは捜索、よろしくお願いしますね」
 総帥と従者がにこにこと影踏に頭を下げた。大黒天も一言、
「よろしく頼む」
 悲痛な面持ちでそう言うと、影踏の瞳をじいと見つめた。
「が、頑張りますっ!」
 美人のために。
 影踏はコートと愛用のポットを手に取ると、しゅたたたっと興信所から駆け出して行った。



<-- scene 3 -->

 綾瀬・瑛浬は既に小槌の捜索を開始していた。「年始だしとりあえず所長のアホ面拝みに行くかあ」と何となく訪れた興信所で面白そうな仕事を頼まれたので、即行で承諾したのである。
 そして今彼は、同時刻に興信所を訪れていた男性の後ろをくっついて歩いているところである。
「ねね、壮司さん。小槌ってさあ、どんくらいの大きさなんかな? 『ちっこすぎて見つかんねーよ!』 なんてことないよねえ。そこらへん大丈夫なんかなあ。ねね、壮司さんどー思う?」
 大丈夫かなあ、と言いつつその声からは不安のかけらすらも感じられない。むしろ瑛浬は、これから起こるであろう楽しいことに思いを馳せているのだ。
 「ちっこすぎて見つかんねーよ!」的状況、これもまた一興。物事は試練が大きければ大きいほど燃えるもの。ゆえにこの場合、小槌が小さければ小さいほど燃えるということになるわけだ。瑛浬はわくわくを隠そうともしない輝いた瞳で、目の前を往く男性の後姿を見遣った。
 しかしその彼――幾島・壮司は、先程の瑛浬の発言に同意も否定も返さない。瑛浬はそれを全く意に介さず、彼にまた別の質問を投げかけた。
「ねね壮司さん、七福神ってどんな奴らなんかな? 七っていうからには七人居るわけっしょ。あ、でも興信所に一人居るから残りは六福神かあ。六福神ってなんか変だよねえ。いっそ赤福神だったらさ、あかふく食べ放題のゴホービくれるかもしれないのに。俺そっちのがいーなあ。ねね、壮司さんあかふくって知ってる?」
 瑛浬が餡と餅の絶妙なコンビネーションがたまらない地方銘菓『赤福』に思いを馳せながら壮司に問うも、壮司は相変わらず何も反応を返さなかった。

 幾島・壮司は、現在自分が置かれている状況に対し激しい疑念を覚えていた。
 自分はただ、新年の挨拶がてら興信所を訪れてみただけなのだから、元々この妙な依頼(と呼ぶべきかは謎だが便宜上そう呼ぶことにする)に関わる必要など全く無かったわけだ。しかし七福神と接する機会など滅多に無いことだし、別段用事があるわけでもなかったので引き受けてやることにしたのである。
 壮司は事前情報として大黒天の移動経路と、もう一つ大黒天の霊子的特徴――すなわち、『気』を、自身の持つ『左眼』に記録した。また、他の七福神と呼ばれる者たちの大まかな特徴なども聞いておいた。
 移動経路を押さえるのは基本なので特筆すべき点は無い。霊視的特徴については、きっと小槌に大黒天が持つそれの痕跡が残っているに違いないと踏んだのと、他の七福神との接触をなるべく避けることができるようにと記録した。何といっても彼らは同じ福の神の名を持つ者たちである。それゆえ外見はともかく『気』には何かしら共通するものがあるかもしれない。それを感じ取ることができれば他の七福神と遭遇せずに捜索を進められるだろうし、小槌を見つけた後も、例えば他の七福神に盗っ人扱いされるというような厄介ごとに巻き込まれずに済むだろう。

 そういうわけで壮司は単独で、捜索に適した能力を使いながら小槌を探す、つもりだったのだが。
 何故か、たまたま同時刻に興信所を訪れていた少年が自分の後をついてくる。彼は妙に元気でテンションが高い。それだけでなく、興信所で依頼主たちから説明済のこと――小槌の形状やら「七福神がどんな奴らか」やら――を唐突に尋ねてきたりするのだ。
 「あんた聞いてなかったのかよ!」と突っ込んでやろうとも思ったが、少年のあまりのわくわくっぷりに突っ込む気も削がれてしまう。しかもそのうち七福神から菓子の話になってしまっているではないか。
 実は『赤福』ならば壮司も知っている。食べたこともある。たしかにあれは美味い。
 美味いが。
 もし少年にそんなことを言おうものなら彼のテンションはますます上がるに違いない。しかも捜索とは全く違うベクトルに向かって。それは良くない。
 そんなわけで壮司はその少年――綾瀬・瑛浬の発言をスルーしつつ歩を進めている。
「あ! ねね、見て見て壮司さん。あそこに真っ赤な顔して変な甲冑着たオッサンがいるんだけどさ、あれって何のアトラクションかな。正月にあんなの着込む風習なんてあったっけ?」
 また背後からわくわくした声が聞こえてきたので、壮司は例によってスルーを決め込んだ。振り向きもせず、ひたすら目的の小槌に宿っているであろう大黒天の気を探るのに集中しつつ歩き続ける。今のところそれらしき形跡はこの辺りからは感じられない。この分だと別の地域を当たってみたほうがよさそうだ。
 ここで壮司は、いつの間にか同行者となっていた瑛浬をどうするべきか考えた。
 自分としては目立つ行動は避けたいのである。しかし彼は始終何か喋っている。しかも七福神やら小槌やら、あまり周囲に聞かれたくないようなことを喋る。つまり同行者としてはあまり好ましくない。いっそここで別行動を提案したほうが捜索のためには良いのかもしれぬ。
「おい、こっから二手に分かれるぞ」
 壮司はそう言いながら背後を振り返った。実はこれが壮司から瑛浬に対しての初めての発言だったりするのだが、しかし。
 振り返った先には誰の姿もなかった。



<-- scene 4 -->

 その頃。興信所では美人三名による和やかな対話が繰り広げられていた。
「ときに、他の福の神様方はご健在でいらっしゃいますか?」
「ああ。ご老体連中も小童も……まあ他の皆もそれなりに健在だ」
「そうですか。『弁財天』殿は一段と美貌に磨きがかかっていらっしゃるのでしょうね」
 セレスティ・カーニンガムがやや含みを帯びた口調でそう言うと、大黒天は突如として思いっきりむせて咳込んだ。その姿にすかさず突っ込むのはモーリス・ラジアルである。
「おやおや。大黒天殿が弁才天殿に横恋慕とは」
「よよよ横恋慕など!」
 あからさまにうろたえる大黒天に、モーリスはいつもの意地の悪い微笑みを浮かべて見せる。
「だってそうでしょう。大黒は、大きい国と書き表す『大国』と通ずるもの。ゆえにあなた様は出雲の大国主命(おおくにぬしのみこと)の側面も持っていらっしゃるお方。そしてその大国主命には、たしか素敵な奥方様がいらした筈ですが」
「そ、それはそうだが。しかし今の私は大国ではない。七福神の大黒だ。だから横恋慕にはならぬ筈」
「まあどちらでも構いませんが。とにかくあなた様は弁財天殿に惚れていらっしゃると。そういうことですね」
 モーリスが得意の話術でばっさりと切り捨てると、大黒天は頬を赤く染めて俯いてしまった。それを見たモーリスが手を口元に当ててクスクスと笑う。
「これはまた可愛らしい御人で」
「モーリス。あまり大黒天殿を苛めてはいけませんよ。彼は真面目な方なのですから」
 二人のやりとりに耳を傾けていたセレスティが、苦笑気味にモーリスを諌めた。
「しかしご主人様。そうなると大黒天殿は私のライバルとなるわけですよ。やはり七福神といえば美貌の弁才天殿。ですから当然、私もいずれお目にかかりたいと思っていたわけです……まあ、お目にかかるだけで満足するつもりはありませんがね」
 彼のその台詞にセレスティが苦笑する。かたやそれまで俯いていた大黒天ははっと顔を起こし、モーリスの顔を凝視した。そしてしどろもどろに言葉を紡ぎだす。
「ままま満足するつもりはないとはどういう」
「それはご想像にお任せします」
 モーリスはいつにも増して意地悪な微笑みを大黒天に返すと、セレスティの方へと向き直った。
「さて。私もそろそろ出発するとしましょう。私の欲する甘い甘い蜜のためにね」
「甘い……蜜?」
 大黒天がわけがわからぬといった表情でぽつりと呟く。それを耳にしながらモーリスは、意味深な笑みを浮かべつつ「それではまた」と言って興信所から姿を消した。

「セレスティ殿。彼は一体何を言っていたのだ」
 モーリスの後姿を見送った大黒天が、不安を露にした声で旧友に尋ねる。すると彼はこう言った。
「彼は気紛れですから、気にする方が損というものです」
 そして微笑む。それはつまり、気にするほどのことでもない、という趣旨なのだろう。しかしどうにも引っかかる。
 彼は自分を恋敵だと言っていた。そんな彼――しかも類稀なる美を持つ彼がもし弁財天と出合ってしまったならどうなるだろうか。大黒天の脳裏を最悪のシチュエーションが過ぎっては消え、過ぎっては消え、延々繰り返される。
 大黒天はまたその端正な顔を両手で覆って「ああ」と嘆いた。
 そんな彼の姿に、セレスティは気取られないようにこっそりと、楽しげな笑みを浮かべた。
 そう。人の不幸というものは、他人からすればとても楽しいものなのである。
 それはまさに、蜜の味。



<-- scene 5 -->

 シオン・レ・ハイは、満腹によるテンションの高さから、残り物をかき集めてそこらへんに置いてあった空の重に詰め込みそれを包み、いち早く興信所を飛び出したはいいものの、その後のことをまるで考えていなかった。
 宝船とは元来、空中を飛ぶ船であるらしい。だからきっと空を見上げながら歩いていれば、そのうちそれらしいものが見つかるに違いない。
 また、それは元々アンティークショップ・レンにあったものらしい。そうなると他の七福神たちが落ちてしまった大黒天を探している可能性もあるだろうし、レンに戻って待機する可能性だってある。
 そんなわけで、シオンは常に頭を上空へと向けながら、お重とうささんを両腕に抱え、宝船を探している。時折上空に夢中になるあまり人はおろか電柱、国会議事堂の壁面にまで激突して身体中に痣を作っていたが、シオン的にはさほど気にならない様子である。そのとき。
「ひゃあ!」
 突如、シオンが短い悲鳴をあげた。
 実はこの年の元旦は近年稀に見る豪雪で――といっても所詮東京ゆえ雪国のそれと比べればこの小さなうささんのふんみたいなものであろうが――とにかく地面は白い、しかも少し溶けてベチャベチャになった雪で覆われている。
 シオンの靴のクォリティは高い。しかしその滑らかな靴底は積雪部分を歩くには適さない。
 ずるっぽーんぱちゃん。
 哀れシオンは、足元を滑らせ雪でベチャベチャの地面に思いっきり尻餅をつく羽目になってしまった。
「うううお尻が冷たいですぅ」
 半べそ顔のシオン。尻をさすりながらもとりあえず立ち上がると、辺りの惨状が目に入ってきた。
 なんと、先程こけたときに腕から飛び出したのであろう、折角用意してきたお重が分解され食材があちらこちらに落ちてしまっているではないか。
「あああ私のお弁当がぁ!」
 本気で泣いてしまいそうなシオン。しかしさすがはびんぼーにんを生業とする身。すかさず地に這いあらん限りの食材を重に詰め込みはじめた。様々な人間たちの足跡に汚れた雪に塗れたそれらは一般人にとっては食えた代物ではないだろうが、しかしそれに怯んでいるようではびんぼーにんなど務まらぬ。シオンは御飯一粒すら見逃さずに愛用のお箸で掬い取り、そして何とかお弁当の復旧に成功した――筈だったのだが。
 ふと視線を落とすと、お弁当の姿が見当たらない。というか、お弁当が何者かの集団に覆い尽くされている。
「ね、ねこさんが!」
 ねこさんである。たまたまそこいらに居た野良猫たちが、食料の匂いを敏感に察知し群がってきたのであろう。彼らはお重に顔を埋めて一心不乱にお弁当を食べている。
「まあ、ねこさんもお正月くらいはおせち料理食べたいですものね」
 シオンはそんなねこさんたちの姿を穏やかな顔で見つめていたが、ふとあることに気付いた。
「あれ、うささん?」
 そう。お重と一緒に抱えていたはずのうささんの姿がない。
「ど、ど、どうしましょう。はぐれちゃったのでしょうか!?」
 おろおろおろおろ。シオンはいよいよ本気で涙を流してしまい、パニックのあまりとりあえずねこさんたちの集団の中に顔を埋めてみることにした。



<-- scene 6 -->

「うわぁ、寒い……」
 コートの袖からちまりと覗いた両手を口元へと添えて、はあと息を吹きかける。だがそれは気休めにしかならない。マリオン・バーガンディは、両手をポケットへと突っ込むと「うううう」と身体を震わせながら首を竦めた。
 こんな寒空の下、しかも積雪の上をとぼとぼ歩かなければならないなんて。車でもいいなら良かったけれど、今回の任務上そういうわけにはいかなかった。高速で運転する車の中からではターゲットを見落とす可能性が高いからだ。
 マリオンは肌触りの良いマフラーに顔を埋めながら、主人の微笑む顔を思い出していた。今頃彼の主人は、安普請とはいえ一応屋根くらいはある興信所の中で客人とぬくぬく談笑しているに違いない。

 ――『私は捜索には適していませんから……だからあなたに、私の足になっていただきたいのです』

 あのとき彼はそう言って自身の足元を指差し、少し悲しそうな顔をした。
 しかしそれは演技だとマリオンは確信している。だってあの方は、自分が興味を持ってしまった事柄ならばそんなこと関係無しに歩き回って周りを心配させるタイプだから。
 つまり今回の場合、単に動くのが億劫だったと。それゆえ自分を召喚し、厄介ごとを押し付けたのだ。
「……意地悪」
 マリオンはこそりと毒づいた。
「誰が意地悪ですって?」
「ひゃっ!」
 突然肩をつんと突かれ、悲鳴をあげつつくるりと振り返る。
 するとそこには馴染み深い上司――モーリス・ラジアルの顔があった。
「……なあんだ、モーリスさんかぁ」
 その姿を認め、マリオンは思いっきり安堵のため息をついた。するとモーリスの眉が少しばかり上がった。
「ほう。ということは、あなたが今『意地悪』と評した対象は私ではないということですか」
「あ、当たり前じゃないですかぁ。私がモーリスさんを意地悪だなんて思うわけないじゃないですかぁ」
 大嘘であった。主人よりこの上司のほうが余程意地が悪い、というかはっきり言って性悪だとマリオンは心から思っているのだから。
 モーリスは何ともつかない微笑みを浮かべていたが、やがて口元に手をやりクスリと笑うと、言った。
「まあそんなことはどうでもいい話ですがね。でもあなたにはここで一つ忠告しておいたほうが良さそうなのでお話しておきます。思ったことをぽろりと口から漏らすのはもちろん、寧ろありありと顔に出すことこそ控えたほうが懸命ですよ。あなたの愛らしいお顔は口よりも雄弁に物事を語るタイプみたいですからね」
 そう言いきると、彼は「では失礼」と一言残して身を翻し、その場を立ち去った。
 マリオンはぽかんとその後姿を見送っていたが、やがて彼が言い残したことを思い返し、顔をぷうと膨らせた。
 そして。
「……セレス様よりモーリスさんのほうが意地悪!」
 もうすっかり姿の見えなくなった上司へと向かって、思いっきり本音をぶちまけてやったのである。



<-- scene 7 -->

 興信所の美人は一人減員になっていた筈だったのだが、気付くとまた三名になっていた。
 勿論、草間・武彦を仕方なくその美人の一員に加えたわけではない。というかそれでは虚偽罪である。
 残るもう一人の美人は、金色の髪をした美人が出ていって間もなく興信所を訪れた、金色の瞳をした青年であった。

 その新たな美人、一色・千鳥はこの東京の一角で小料理屋を経営している若主人であった。
 金色の瞳に真っ直ぐ伸びた黒髪という容姿は大黒天と通じるものだが、大黒天がどちらかというと硬質な印象を与える顔立ちなのに対し、千鳥の場合はその人当たりの良さが顔にも滲み出ているのであろうか、どことなく柔らかな雰囲気が感じられる。そして彼の声や口調もまた、柔らかで落ち着いたものであった。
「しかし、新年早々そんな災難に見舞われるとは、大黒様もお気の毒でしたね」
 千鳥の言葉に、大黒天は言葉も無く神妙な面持ちでただ頷いた。どうやら相当落ち込んでいるらしい。
 そんな大黒天を見て、千鳥は諭すような口調で語り始めた。
「しかしご安心ください大黒様。私は最近になってこちらへと出入りさせていただくようになった者ゆえ、残念ながらこの辺りの地理には詳しくありません。ですが、生業が生業ですからそれなりに人脈はございます。そういった地味な聞き込みが意外と効果を発揮することもあるとも言いますし、それ以前に他にも沢山の方々が捜索に協力してくださっているとのこと。きっとお探しのものも見つかることでしょう。ですから大黒様、どうかあまり気を落とさずに」
 真摯な響きを帯びたその台詞は、少なからず大黒天の心を打ったらしい。大黒天はゆっくり顔を上げると、千鳥の瞳をじいと見つめた。黄金色の瞳と黄金色の瞳がかち合う。そして大黒天は、ふいに表情を緩めて口を開いた。
「ありがとう、友よ……今日この場でそのように私を心配してくれたのは貴方だけだ」
「え、そうなのですか?」
「うむ」
 大黒天は確信を持ってそう頷いた。

 確かに彼の言う通りであった。捜索に出ていった者たちからはどちらかといえば他の七福神との邂逅のチャンスや小槌を探すことへの純粋な楽しさのほうが見て取れたし、先程まで居た金髪の優男などは自分を恋敵と言い放って出ていった。
 そしてその後主人に召喚されたと言って入ってきた少年に至っては、「ええっ、こんな寒い中歩いて探すんですかぁ? 嫌です。セレス様が探してきてくださいよ」と包み隠そうともせずそう言い放ったのだ。しかし彼は結局主人の命令には逆らえず、傍から見てわかるくらい嫌モード全開で出ていったのだが。
 いずれにせよ心から自分を心配してくれている、というのが滲み出ている人物は千鳥くらいであった。(註:正確に言うなら夏野・影踏だって同じくらい、ある意味それ以上の心を大黒天に寄せて捜索に協力しているのだが、心配よりも美人とお近づきになりたいという下心のほうが大きいと思われるのでここでは除外した)
「いえ、そんなことないと思いますよ。ほら、セレスティさんだって心配してらっしゃいますし」
「それは彼が私の旧友であるからだよ。しかしあなたは初対面にも関わらず、あんなに私のことを真に想い、心を砕いてたくさんの言葉をくれたのだ。私は感動したのだよ」
「そ、そうですか……」
「うむ。ついては、貴方に私よりの『福』を捧げたい。さあ、遠慮はいらぬ。何なりと申してくれ」

「福を、いただけるのですか」
 大黒天の言葉に、千鳥は多少動揺していた。まさかこんな展開になるとは思っていなかったからだ。千鳥は考え込んだ。自分は小料理屋の主人という身。となると、望むべき福といえばやはり商売繁盛だろうか。
「それではお言葉に甘えまして、商売繁盛をお願いしたいのですが」
 千鳥が言うと、大黒天は先程までの様子からは全く想像がつかなかった、じつに生気に溢れた顔で笑った。
「よかろう。商売繁盛だな。ふふ。私の得意分野だ」
 彼はおもむろに腰へと手を遣った。
 そのとき。それまで黙って二人のやりとりを聞いていたセレスティ・カーニンガムが唐突に口を開いた。
「大黒天殿。小槌が見つからなければあなたの福の力などまるで無力なのではなかったですか」
「はっ! そ、そうだった。小槌が!」
 セレスティが微笑みながら紡いだ言葉は、大黒天の心に深く鋭く突き刺さったらしい。大黒天はまた例の調子で顔を両手で覆い「ああ」と嘆息した。どうやら暫く立ち直り不可能といった様子である。
 セレスティは千鳥のほうへと向き直った。
「千鳥さん。大黒天のことは私が面倒を見ておりますので、申し訳ありませんが……」
「わかっております。私にできる限りの助力はさせていただきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
 セレスティの微笑みに見送られながら、一色・千鳥は興信所から去って行った。

 去り往きつつ先程のやりとりを回想して、ん? と思う。
 セレスティは、大黒天が小槌をなくしており、それが無ければ福の力は発揮されないということを知っていたようだ。そして自分と大黒天の話も聞いていた。それなのに最後の最後まで何の助け舟も出さなかった。
 つまり。セレスティもどちらかというと大黒天をからかって遊んでいるだけに過ぎず、もしかすると大黒天をそれなりに心配しているのは本当に自分ひとりなのかもしれない……。
 大黒天を哀れみつつ、千鳥はまず、よく仕入れへと出向く商店街へと向かってみることにした。



<-- scene 8 -->

 とある道場の前で、二人の男が闘っている。
 かたや見事な甲冑に身を包んだ巨漢。それに対するは、巨漢と比べればまるで赤子のように小さい華奢な少年。
 この両者が、道場の中ではなく外で、闘っている。一体何故、こんな事態になったのか。

 妙な甲冑を着込んだオッサンが気になった綾瀬・瑛浬は、同行者の幾島・壮司にそれについて尋ねてみたものの、彼からの応えはなかった。腕を引っ張ってでも返事を聞こうと思ったそのとき、そのオッサンが別方向へと歩き出したのだ。瑛浬はオッサンへの興味からその後を追うことにした。
 オッサンが訪れたのは、とある小さな道場であった。規模や看板の様子からしてどうやら子供向けの武術道場であるらしい。そんな道場が元旦から開いているわけは勿論なく、門は堅く閉ざされていた。
 こんなところを訪れて何をするんだろう、と瑛浬が思った、そのとき。オッサンがいきなり門をこじ開け、扉を両拳で叩きはじめたのである。
「道場破りじゃあ! 道場破りにつかまつったあ! この道場の主はおらんか!」
 そう叫びながら、扉を叩く力をより一層強める。このままでは門だけではなく扉までが破壊されてしまいそうだ。瑛浬はあわててオッサンの傍へと駆けつけた。
「ねね、そこのオッサン! オッサンってば!」
 オッサンの反応は無い。どうやら扉を叩くのに必死で声が届いていないようだ。
「オッサァァァァァァン!」
 瑛浬はこれでもかという程大きい声でオッサンを呼んだが、相変わらず反応はなかった。どうも今日は自分が相手にされていないことばかりな気がする。瑛浬は何となくむっとしたので、オッサンの無防備な背中に「ていやっ!」と飛び蹴りを放ってみた。
「ぬほっ!」
 さすがのオッサンもこれには気付いたようで、ようやく瑛浬の方へと向き直る。
「何だ。お主も道場破りに来たのか?」
「いや。そうじゃなくてさ。この道場――」
 子供道場だから今日はやってないみたいだよ? と言葉を続けたかったのだが。
「なぬ! 貴様がこの道場の主とな。成る程。それなら先程の攻撃も納得がいくというもの」
 オッサンは瑛浬の言葉を遮って一方的に喋ると自らの一方的理論にすっかり納得してしまったらしい。
「よかろう。我が名は『毘沙門天』。お主の名は?」
「え、俺? 綾瀬・瑛浬、だけど」
「瑛浬とな。ならば瑛浬、今からわしと勝負じゃあ!」
「えぇぇぇぇぇ!?」
 オッサンこと毘沙門天は、背中に背負っていた三又の矛をぐるりと回しながら手に持つと、
「いざ、勝負!」
 そう言うなり、いきなり瑛浬に向けて鋭い一撃を放ってきたのであった。

 そんないきさつがあり、瑛浬はわけのわからんオッサンと闘う羽目になってしまった。しかし分が悪すぎる。相手はごつい甲冑に身を包んでおり、得物まで持っている。加えて瑛浬よりはるかにデカい。そのデカイ身体から繰り出される矛の一撃を受けようものなら、最悪元旦から訃報(しかも自分の)ということにもなりかねない。今のところは一応身のこなしにはそこそこ自身がある瑛浬だからこそ、とにかく避けまくることにより何とか無傷で済んでいるが、長期化するとなると目も当てられない。思わず瑛浬は叫んでいた。
「ちょっ、待ってよ、オッサンずるくない!?」
 叫びつつも、毘沙門天から横薙ぎに振るわれた矛をぴょいんと跳躍してかわすことは忘れない。
「ずるいとはどういうことか」
 そう問う毘沙門天も、矛をすぐ持ち直し大きく一歩踏み出して左脇腹への攻撃を繰り出すことは忘れない。
「だってさ、オッサンにはそんな武器とか鎧とかあんのにさ。俺には何も――あ」
 身体を捻らせからくも先の攻撃を避けながら、瑛浬はあることを思い出していた。
「あのさ。俺、能力使っていい?」
 そう問いながら、真上から振り下ろされた矛を蹴りで逸らす。
「よくわからぬが、構わぬ。確かに我らの武装には差がありすぎるのでな」
「言ったね。じゃあ俺の勝ち決定!」
「なぬ!?」
 瑛浬は軽い身のこなしで場所を移動し、毘沙門天との間に十分な間合いがあるのを確認すると、両の掌をぐっと前方――毘沙門天が立っている方向へと突き出した。

「お主……何をした?」
 毘沙門天は怪訝そうな顔で瑛浬を見ていた。彼の動きが何を意味しているのか解らない。瑛浬の両の掌からはエネルギーも、波動も、気も、掌から発生する可能性のあるものが発動された様子はない。それならばその両掌は秘術の発動のための印か何かなのか。いや、違う。印であるならば同時に何らかの詠唱が始まっていてもおかしくない、寧ろそれが普通の流れだからだ。ならば彼は、何をしたというのか。
「さあ、何でしょう?」
 とぼけて見せる瑛浬。瑛浬は先程までとは全く違う余裕のある表情で、塀にもたれていた。
「このっ! わしを怒らせてただで済むと思うな――なっ!?」
 激昂から一気に瑛浬に向かって突進しようとした毘沙門天だったが、彼はぴくりとも動かない。いや、動けなかったのだ。毘沙門天の顔が驚愕のそれに変わる。
「お主……何を、したというのだ」
「能力を使ったのさ」
「能力だと?」
「うん。コレ使ってね」
 瑛浬はニヤリと笑うと、両手をひらひら揺らして見せた。その手首で揺れているのは、一対の腕輪。
「コレで『霊糸』を紡ぎ出して、オッサンの身体をがんじがらめにしちゃったってわけ。つってもいくら目ぇ凝らしても見えないと思うけどね、その糸は」
 毘沙門天はしばらく身体中のあちこちを見ていたが、やがて豪快に笑い出した。
「はっはっはっ。確かにわしにはまるで見えん。しかし、てっきり掌を主体としての能力かと思いきや、実はその腕輪が主役だったとはな。一本取られたわい」
「んじゃ俺の勝ち決定、取り下げなくてオッケ?」
「うむ。わしの負けじゃ。いやあしかし、何年ぶりに負けたものか」
「そうなん? 俺より強い奴らなんて、この東京じゃごまんといるのに――あ、そうだ! オッサンにいい場所教えてあげるよ。そこさ、ほんっと色んな奴ら集まるとこだから、きっと闘うの好きな奴も来ると思うんだ。どう、行ってみない?」
「おおお! 行く行く! 行くぞい!」
「じゃ、行こーぜ!」
 瑛浬はすっかり気を良くして軽快なステップで歩き出した。その彼に「おーい」と声がかかる。
「あ」
 慌てて振り向くと、そこには相変わらず『霊糸』にがんじがらめにされたままの毘沙門天の姿が。
「わりぃわりぃ!」
 瑛浬は毘沙門天を『霊糸』から解放すると、改めて彼と共に目的の場所を目指した。



<-- scene 9 -->

 夏野・影踏は通りすがりの公園のベンチに腰をかけて、ため息をつきながら虚空を見つめていた。
 美人に気をとられるあまり何も考えずに飛び出してきてしまったが、いざ小槌を探せと言われても、こんな広い範囲をいったいどうやって探せば良いのか。途方に暮れながら、常備している水筒からホットココアをコップに注ぎ、ごくりと飲んだ。甘さと熱がじわりと口内に広がる。
「しかしなぁ……」
 水筒の口を締めながら、影踏は曇りがかった空を見上げて、一人呟いていた。
「鬼ごっこでカモフラージュできちゃう七福神って……一体何なんだろうねえ」
「本当、何なんでしょうねえ」
「大黒天は美人さんだったけど、他はどうなんだろってのも気になるし」
「話によると豪快なオッサンとか釣りキチ小僧とか、あとお爺さんが二人いるらしいです」
「何だか見込みないなぁ……」
「何の見込みかよくわかりませんけど、そうですねえ」
「何のって、酒池肉林だよ」
「酒池肉林ですかぁ。そういうのだったら、私よりも上司のモーリスさんのほうが詳しいですよ」
「そうなんだ。だったら今度聞いてみようかなぁ」
「うんうん。それがいいと思います。ところであの。私にもホットココア一杯いただけませんか?」
「あ、いいよいいよ」
 影踏は水筒の蓋をくるくると開け、それにホットココアをたっぷり注いだ。
「はい、どうぞ」
「うわあ、ありがとうございます。私寒いの苦手なんですよぅ」
 隣から水筒の蓋に向かって手が伸びてくる。ここで影踏は違和感を覚えた。
 あれ? 俺ひとりで座ってなかったっけ……。
 影踏はぎょっとして隣を見た。
 するとそこには、自分より幾分年下に見える可愛い顔の少年が腰掛けていた。
「い、いつのま、に?」
 少年の品定めよりも状況を把握したい気持ちが勝っているほど、影踏は動揺していた。
「つい先程からです。寒いなあって思いながら歩いていたら、あなたが暖かそうなものを飲んでたから、つい」
 そう言って少年はにこりと微笑んだ。かなり可愛い。影踏の胸がきゅんと高鳴る。
「ええと。あなたは夏野・影踏さんですよね。私はマリオン・バーガンディ。リンスターに携わる者で、セレス様――いえ、主人に強制的に呼び出され――いえ、召し寄せられてしまって」
 リンスターに携わる者、と聞いて納得がいった。何に、とは勿論この少年の可愛らしさに、である。何故なら興信所に集っていた主人も従者も美人だったから。きっとリンスターは美形の宝庫なのに違いない。
「それで小槌を探すお手伝いをしていたんですけど、飽きちゃって」
 マリオンの発言に、影踏は思わず座っていたベンチからずり落ちそうになった。
「あ、飽きた……んだ」
「飽きましたよう。だって歩いても歩いても小槌なんて見つからないし、しかも寒くて寒くて。私もう限界です。あなたはまだ飽きてないんですかぁ?」
「ああ……言われてみると、飽きたかも」
 確かに。自分も飽きたからこそ、この公園にふらりと入り込んでいたのだ。
 しかしここで、影踏の脳裏を大黒天の悲痛な面持ちがふと過ぎっていった。
「あ、でもっ。やっぱり小槌は探してあげないと! あの人困ってたし」
「ええっ。じゃあ、まだ探すつもりなんですかぁ?」
 マリオンはあからさまにやる気のない顔をしていた。正直なところ影踏も今からまた歩き回るのなんてとてもじゃないが嫌だと思っている。思っているのだが。
「……小槌、このへんに落ちてないかなぁ」
 影踏はぽつりと呟くと、公園内を一応探してみることにした。マリオンも何となくその後ろをついて行く。



<-- scene 10 -->

 自分と一緒に重箱に顔を突っ込んでお弁当を食べていたねこさんたちが、一斉にある方向へと駆け出した。
「おや、どうしたのでしょう」
 シオン・レ・ハイはお弁当の残りを平らげると、ねこさんたちの後をついていくことにした。ねこさんたちの走りがあまりにも見事で見失うかと思ったが、しかし今回ばかりは地面のべた雪もプラスに作用した。ねこさんの大群の足跡がこれでもかというくらい見事に残されていたからである。シオンはその足跡をひたすらに追いつづけた。
 地面へと視点を集中するあまり、たまに無断駐車の自転車の列にぶつかりドミノ倒ししてしまったり(それを全部元に戻したり)、屋根から落下してくる雪の餌食になって全身雪まみれになってしまったり、道端にまりもらしき生命体を発見して「何奴!?」とついそれの後を追ってしまい肝心のねこさん軍団の足跡からだいぶ逸れてしまったりしたのだが、それでも何とかねこさんたちの行く先へと辿り付くことに成功した。

 そこは、小さな広場だった。広場の中央には一人の少年がおり、ねこさん軍団は彼に群がっている。
 少年は釣り竿を抱え、片手には大きな大きな鯛を持っていた。ねこさん軍団は、どうやらその鯛に惹かれてここに集まったらしい。シオンはあんな大きな鯛など当然食べたことはないし、食べる以前に見たことすらなかった。シオンは好奇心から、ねこさん軍団に混じってその大きな鯛へと手を伸ばした。
「うわっ!」
 肉球付きのたくさんの可愛い手の中にごつい中年男性のそれが混じっていたものだから、その少年も驚いたらしい。その場から一歩下がってシオンの顔を驚きの表情で見つめた。
「な、何でオッサンがこんなとこにいんだよ! 猫に混じってさ!」
 もっともな疑問である。
「だって私はこのねこさんたちと一緒のお重で御飯をいただいた仲ですし、それにそんな立派な鯛を見たのも初めてですし、かぶりついたらどんなに美味しいだろうと思うとつい手を伸ばさずにはいられなくて」
 シオンの傍からすればわけのわからない弁明は少年にも半分くらいしか伝わらなかったようだが、伝わった部分――立派な鯛、という言葉に、少年は一気に得意な面をして胸を張った。
「へへ、そうだろそうだろ! なんせ俺様は神界最強の釣りキチ様だからなっ!」
 そう言い、元々張っていた胸をより一層張ってみせる。何だかラジオ体操の背中の運動をしているみたいな格好だ。
「それはそれは! 釣りがお得意だなんてスゴイです! 釣りができたら食べ物にも困りませんものね!」
 シオンがきらきらした目で少年を見るので、少年は「へへっ」と鼻の下を擦りながらもますます胸を張った、もとい背中を逸らした。ここまでくるとブリッジ状態である。
「うわあ、身体もそんなに柔らかいなんてスゴイです!」
 またしても褒めるシオン。褒め殺しである。しかしシオン的にはこれは純粋な賛辞で、他意は何もなかったりする。
「だろ、だろ! こんなこともできるぜ〜」
 少年は今度はヨガのポーズを取ってみせた。両足を首の後ろでクロスさせている。
「おぉぉぉぉ! わ、私も!」
 シオンも負けじと同じポーズを取ってみようと試みるが、クロスどころかまず足が頭まで届かない。そんなシオンを見て少年は「ちっちっ」と指を横に振った。
「ダメダメ、オッサン。こーゆーのは日頃の訓練の賜物なんだからさ。七福神だって一応鍛錬くらいしてんだぜ?」
「なるほど、そうですよねえ。付け焼刃でできるものではないですよねえ……ってええええええええええ!?」
 シオンが突如絶叫した。突然のそれに少年が先程のポーズのまま床に転がる。
「ちょっ。いきなり何騒いでんの、オッサン!」
 そしてポーズを解いて地べたに座り込んだ。
「だってだって! もしやあなた今、福神漬けって仰いました!?」
「言ってねぇよ!」
 少年が思わず突っ込む。
「じゃあ何と!」
「だーかーらー。七福神だって。七福神。俺さ、七福神の『恵比寿』っつーの」
「なんですとぉぉぉぉぉ!? ということは、大黒天様のことも知っていらっしゃるわけですかぁ?」
「知ってるぜー。つーか、あいつニガテなんだよ俺。女々しいしさ、そのくせ説教になるとやたら偉そうだし……あ、そういやあいつ、今日何か変だったんだよ。普段は絶対しないくせに、いきなり『鬼ごっこをしようではないか』なんて言い出してさ。メンドイから俺は探さないで釣りしまくってたけど」
 恵比寿天の話に、シオンは「あれ?」と思った。彼の話が自分が把握していた状況と異なるからだ。
「あのう。こちらの話では、大黒天様は宝船から落ちてしまって、戻れなくなって困っていたはずですが……」
「え、ソレ違うって! だってあいつ普通に船から降りて逃げてったんだよ? ホラ、鬼役だからさ。もし落ちて云々言ってたんだったらそりゃウソだね、ウソ」
「そ、そうなんですかぁ」
 シオンはがっくりと項垂れた。宝船を探して散々な目に遭ったというのに、探さなくて良いものだったなんて。その落ち込み振りを見た恵比寿天が、シオンの背中をぽんぽんと叩く。
「オッサンも可哀想だなぁ。あいつのウソに騙されて苦労したんだろ? その分たっぷり福貰いなよ。あいつそういうの得意分野だからさ」
「そ、そうですね……福でおなかをいっぱいに……ってああああああああああ!!!」
「どどどどうした今度は!」
 またのシオンの絶叫に恵比寿天が身を竦める。
「うささんが、うささんがいなくなっちゃったんです!」
 そうだったのだ。パニックでねこさん軍団に顔を突っ込んで以来(その時点で既に混乱極まりないが)すっかり混乱していて、シオンは肝心なことを忘れてしまっていた。
「探さないと、探さないと!」
「待ちなって」
 シオンがその場から駆け出そうとしたそのとき、恵比寿天がひょい、とシオンのコートの裾を掴んだ。振り向いたシオンを、恵比寿天が上目遣いで見上げる。
「ウサギだろ。なら心配いらないと思うぜ」
「どうしてですか!」
「大黒の奴はさ、ウサギも得意分野なんだよ」
 恵比寿天がニヤリと笑った。



<-- scene 11 -->

 この公園で見つからなかったら、絶対帰るんだから。
 そんな固い決意のもと、マリオン・バーガンディはとぼとぼと歩を進めていた。
 少し前方には夏野・影踏の後姿が見える。マリオンは彼の後ろをついて歩いているだけなので、ここだけの話周辺の探索などまるでしていなかった。自分が歩いているルートはすべからく影踏が探し済みである筈だからだ。
 マリオンは影踏の背中をぼんやり見つめながら、小槌を見つけた者が貰えるという『福』について考えていた。確かに七福神から直々に『福』を頂戴できるなんて機会は滅多にない。自分がいくら長生種であってもこの先そうあることではないだろう。現に今までそんな機会に恵まれたことはなかったわけだし。
 しかし今日は寒すぎる。何処にあるかわからない、見つかるかわからない小槌を追ってこの寒空の下を奔走するよりも、さっさとあの興信所に戻って主人に「隅から隅まで一生懸命探したのですが見つかりませんでした」と報告、ぬくぬくと他の捜索者たちの帰りを待つほうが建設的なのではないかという気がしてならない。

 ぴゅうと吹く、風。
「寒っ」
 マリオンはたまらず全身を竦めた。駄目だ。自分は寒いのは駄目なのだ。先程誓った固いつもりの決意は呆気なく崩れ去ろうとしている。
「影踏さん、私もう駄目です。帰ります」
「えええ!?」
 マリオンのお手上げ宣言に、影踏が驚き仰天といった表情で振り返った。
「そんな。あとちょっとなのに、この公園」
「でももう我慢できないんです。寒すぎて」
「それなら俺が暖めてあげるって!」
「モーリスさんみたいなこと言わないでください」
 どさくさ紛れの影踏の良くわからない文句を軽くかわしつつ、マリオンは草間興信所のイメージを脳裏に浮かべていた。いや、直接屋敷か自宅に帰ってしまっても良いかもしれない。主人には電話で伝えれば良いだろう。それで済まないようならまた召喚されればいいだけの話だ。
「え、待って、待ってよ! じゃあさ、ほら。あのお爺さんたちに聞いてみよう?」
 影踏は一人で探すのがどうしても嫌なのか、マリオンの腕を掴みながら先程自分たちが掛けていたものとは反対側に設置されているベンチを指差した。そこには老人が二人座っており、何やら談笑している。
「ええっ。お爺さんたちの長話に付き合うっていうんですかぁ?」
「いや、老人だからって長話とは限らないじゃん。何なら俺がさくっと話つけるし。ね?」
 そう言いつつ、影踏は既に歩き出していた。マリオンの腕を引っ張って。マリオンはその場に留まろうとしたが、しかし影踏の力は意外と強かった。一体何が彼をそこまで掻きたてるのか。結局マリオンは、流されるままにずりずりと彼の後をついて歩く羽目になってしまった。というか、引き摺られている。
 そして引き摺られるままに、老人たちの前へと辿り付いた。

「あの、すみません」
 影踏が声をかけると、彼らは話を中断してこちらを向いた。
「えっと。俺たちこのくらいの大きさの、金色の小槌を探しているんですけど」
 そう言って、影踏は両手で直径十センチメートル程の円を作って示してみせた。すると老人のうちの一人が長くふさふさとした眉をぴくりと上げて反応した。
「金色の小槌、とな」
 長い眉の下で、瞳が鋭く光っている。マリオンは直感でこの爺さん、カタギじゃないなと思った。影踏も何やら感じ取ったのか、老人の迫力に気圧されたかのようにこくこく頷いている。その老人はマリオンと影踏の顔を暫くの間見比べていたが、やがて二人を試すように言った。
「その小槌の持ち主は、大黒という名ではないか?」
 突然出てきた名に言葉に思わず目を丸くする二人。すると老人は「やはりな」と呟きながら腕を組んだ。
「あの若造め。やはりわしらを騙していたのだな」
 そして忌々しげに舌打ちをし、隣のふくふくと丸い顔をした白髪の老人を見遣った。
「おい『寿老人』よ、聞いたであろう。やはりわしの読み通りだったわい」
「何の話だったかの?」
 寿老人と呼ばれた老人が首を傾げる。するとカタギじゃない老人は激昂してベンチから立ち上がり、寿老人に向かって怒鳴りだした。
「もう忘れたのか、この老いぼれめ! 大黒の若造が何か隠し事をしとるに違いないとさっき話したばかりであろう!」
「おう、おう。そうじゃそうじゃ。この爺の読み通りであったということじゃな。ふぉっふぉっふぉっ」
「お主がいつ何を読んだのだ! この耄碌め! 宝船から降りて黄泉へと旅立ったほうが懸命かもしれぬな」
「んー? 爺は耄碌などしちょらんぞえ? うーんと、お主の名は……何じゃったかの?」
「耄碌しまくっとるがな!」
 寿老人の肩にもう片方の老人の裏拳による突っ込みがずびしっと決まる。
「いいか、わしの名はふ・く・ろ・く・じゅ。『福禄寿』だ。二度と言わぬぞ。いいか、福禄寿だからの」
「二度と言わぬと言いつつまた言うておるわい。ふぉっふぉっふぉっ」
「余計な突っ込みは要らぬ!」
 福禄寿と自称していた老人の突っ込みがまたも寿老人へと炸裂する。
 その光景に、マリオンと影踏は思わず目を見合わせた。
「あのさ。さっき七福神には『お爺さんが二人』居るって言ってなかった?」
「言いました言いました」
「そのお爺さんたちの名前って」
「福禄寿と寿老人です」
 そして二人は、目の前に居るどこからどう見てもただの老人にしか見えない彼らを、呆然と見つめた。



<-- scene 12 -->

 幾島・壮司の捜索対象は、いつしか黄金の小槌ではなく一人の少年へと変わっていた。
 一緒に歩いていたはずの綾瀬・瑛浬が忽然と姿を消した。しかも彼はその直前に妙なことを言っていた。
 ――『あそこに真っ赤な顔して変な甲冑着たオッサンがいるんだけど』、と。
 あのときの壮司は彼の発言はスルーと決め込んでいたので全く気に留めていなかったが、よくよく考えてみると、七福神のうちの一人『毘沙門天』の外見的特長がそれに当てはまる。そして大黒天は、毘沙門天をこう評していた。
 すなわち、彼は『鬼神』であると。七福神の中でもその気性の荒さと武力は他の追随を許さず、万が一彼が憤怒の形相になったなら、彼の進む後には屍の山ができあがるという。もし仮に瑛浬が毘沙門天の機嫌を損ねるようなことでもしたなら(しかもかなりの確率でやりかねない)、正月早々訃報を聞く羽目になってしまう。
 そういうわけにはいかないと、壮司は捜索対象をすぱっと切り替えたのである。もしあの少年に何かあったならそれは完全に自分の責任だ。自分の迂闊さが腹立たしく思う。
 壮司は交差点を駆け抜け、通りを左へと曲がり――もちろんその間も『左眼』による周囲の解析は怠らない――、やがて小さな商店街へと足を踏み入れた。

 商店街は晴れ着姿の女性や初売り客で賑わっており、駆け抜けるのは難しそうだった。一刻も早く抜けたいがそこは堪えて、人の波をすり抜けながら移動する。こういうときの人ごみというのはいつも以上にもどかしい。
 そろそろ商店街を抜けそうだというとき、
「あの、すみません」
 突然ぐいと腕を掴まれ、壮司はニ、三歩後退した。
「うおっ、何だ!?」
 苛々を隠そうともせずに振り返ると、そこには長い黒髪に黄金色の瞳をした男性が立っていた。その外見的特長に一瞬大黒天の姿が頭を過ぎったが、しかし纏う『気』の感じがまるで違う。それによくよく見ると全然顔も似ていないし、服装も異なる。焦りというものはここまで判断力を鈍らせるものなのか。
「すみません。お聞きしたいことがありまして、呼び止めさせていただいたのですが」
 彼は柔らかな微笑みを浮かべながらそう言った。しかし「呼び止める」のと「強引に腕を掴んで足止めをする」ではまるで違うと思う。思うが、それを突っ込むと話が長くなりそうだったのでやめておくことにした。
「聞きたいことって、何? 俺、急いでんだけど」
「ああすみません。お時間は取らせませんから。ええと……って、あれ?」
 その男性が、壮司の顔をまじまじと見つめる。そして何を思ったか、突然壮司がかけていたサングラスをすい、と取ってしまった。予告無しの行動に一瞬面食らった壮司だったが、すぐさまその男性に怒鳴りかけた。
「てめぇ何すん――」
「あなた、もしかして幾島・壮司さんではありませんか」
「へ?」
「ああやっぱり。小槌の捜索をされているのですよね。私は一色・千鳥。あなたと同じく捜索隊の一人です」
 呆気に取られている壮司に、千鳥と名乗った男が頭を下げた。
「……いや。あんた、どうして俺の名前知ってんの」
「興信所でどんな方々が捜索に協力なさっているかをお聞きしていたものですから」
「それで『眼』を見たわけか」
「そういうことです」
 千鳥がにこりと微笑む。壮司は腑に落ちない点がとりあえずすっきりしたので少し安堵した。が。
「いや。つーか、それどころじゃないんだよ。綾瀬・瑛浬っていう奴が居なくなっちまって」
 そう。まだ一番重大な問題が残ったままであった。壮司が状況を説明しようとすると、その前に千鳥が口を開いた。
「瑛浬さんですか。彼なら既に興信所へと戻られているそうですよ。毘沙門天殿と一緒に」
「はぁぁぁぁあ!?」
 予想だにつかなかった展開に、壮司は思わず絶叫していた。
「意味わかんねーっつーの!!!」
 更に絶叫したそのとき、人の多かった商店街に変化が起きた。人々が一斉に同じ方向へと歩いていくのである。
「ん? 何かあるのか?」
 壮司が怪訝そうな顔をする。千鳥も「うーん」と考え込んでいたが、やがて「あっ」と声をあげた。
「確か今日、伝説のロックアーティスト? なる人のゲリラライヴが行われるとか。聞き込みのときに八百屋のおばさんがそんなことを言っていた気がします」
「伝説のロックアーティスト、ねぇ。何て奴だろ。あんた覚えてない?」
「うーん。あまり音楽は詳しくないのでちょっと……あ!」
 千鳥がふいに大きな声をあげた。
「おっ。思い出した?」
「はい。珍しいお名前の方でしたので、何とか」
 千鳥は少し思案していたが、やがて口を開いた。
「伝説のロックアーティスト、その名は『HOTEI』……つまり、七福神の『布袋和尚』と重なるお名前なのですよ。これが只の偶然なのか――」
「或いはそいつが七福神の『布袋』なのか……行ってみる価値はありそうだな」
 壮司の台詞に千鳥が頷く。そして二人は、人の流れを追って『HOTEI』のゲリラライヴ会場へと向かった。



<-- scene 13 -->

 草間興信所では、すっかりお馴染みになった大黒天が手で顔を覆う姿があった。
「小槌はまだか……」
 一向に耳に入ってこない吉報に、大黒天は沈みきった様子で嘆息している。草間・武彦はそれをちらと一瞥すると即座に目を逸らした。朝からずっと彼の悲劇の主人公面に付き合わされていたのでもうオナカイッパイなのである。よって彼もまた嘆息した。
「そんな大黒さま、元気出してください。残り物には福があると言います。ということはつまり、吉報もあとからのほうが嬉しさ倍増! そうに決まってます」
 シオン・レ・ハイが雪に濡れた衣服を着替えて住居スペースへと干しながら、大黒天へと話し掛けた。彼の理論は合っているのだかそうでないのかいまいち掴めないものだったが、それでも大黒天は納得したらしい。
「そ、そうだな。うむ。ありがとう」
 そう言って顔を上げる。やがてシオンは応接間へと戻ってくると、テーブルの上にちょこんと座っていたうささんを抱き上げ、大黒天のほうへと向き、そして頭を下げた。
「しかし大黒天さま、うささんを保護してくださって有難うございます。もしうささんに何かあったらと思うと居ても立ってもいられずねこさんと一緒におせち食べたりまりもさんを追いかけたり私も落ち着かなくて……」
「いや、私は何もしていないのだよ。大国を名乗っていた頃の名残か、どうも自分は兎を引き寄せるらしくてな。そして今回はたまたま、その兎が私のところへ寄ってきただけのことに過ぎないのだ」
「それでも。もし大黒天さまがいらっしゃらなければうささんは今頃迷子になって泣いていたかもしれません。うう。大黒天さまは私の命の恩人です!」
 語るシオンはいつしか目尻に涙を浮かべている。余程うささんのことが気がかりであったらしい。その横では釣りキチ小童こと恵比寿天が、シオンの発言に何か突っ込みたいのか微妙な表情をして立っていた。

 興信所の外では綾瀬・瑛浬が毘沙門天直々の武術指導を受けていた。
 瑛浬が毘沙門天に言っていた「闘うの好きな奴が来るいい所」というのは、実はこの草間興信所のことを指していたのだが、生憎今日は武術マニア連中の姿はなかった。
 それで毘沙門天が落胆してしまったものだから、瑛浬がつい「じゃあ俺に武術教えてよ!」と提案した途端、毘沙門天のテンションは急上昇。赤ら顔を思いっきり破顔させ、一日師匠になることを承諾したのである。
 毘沙門天は先の一件にて瑛浬に負かされて以来、すっかり瑛浬を気に入ってしまったようだ。
 瑛浬が見せた自己流ケンカ拳法に、
「いかんいかん! 基本がなっとらんぞぉ!」
 と大声で怒鳴るも、その後基礎からしっかり教えてくれるあたり、豪放で戦好きな男であるが、これでなかなか面倒見のいいオッサンなのかもしれない。
 瑛浬もこういうオッサンは嫌いじゃない。むしろ頼れるオヤジって感じで好ましいとすら思うくらいだ。
 七福神たちは、元旦だけ本来の神格を取り戻せるらしい。それならば来年もこのオッサンと会いまみえることができるのだろうか。
 だとしたら少しは腕上げとかねーとな。
 瑛浬はできるだけ多くの技を吸収しようと、改めて毘沙門天の指導に耳を傾けた。

 所変わって再び室内。いつの間に誂えてあったのか、事務所スペースの一角には小さなテーブルセットが据え付けられてあった。
「マリオンも、影踏さんも、ご苦労でしたね。寒かったでしょう」
 セレスティ・カーニンガムがにこりと微笑み、二人への労りの言葉をかける。すると、
「いえ、全然そんなこと」
「ほんっと、寒かったです。もう二度とやりたくないです。次はセレス様がやってくださいね」
 腕を振り振り否定する夏野・影踏に、本音丸出しのマリオン・バーガンディ。
 両者のまるで異なる反応に、セレスティは思わず小さく声をあげて笑ってしまっていた。
「笑い事じゃないですよぅ。ほんっと寒かったんですから」
 そう言いながらアッサムを口へと運び、用意されていたクッキーをまぐまぐ食べるマリオン。一方の影踏はというと、愛用のココアを一口啜ると、何だか落ち着かない顔をした。セレスティがそれに気付き、声をかける。
「何か心配事でも?」
「あ、いえ。だって、結局小槌見つからなかったから、やっぱり気になって」
 そう言うなりしょぼんと項垂れる影踏。
「大丈夫ですよ。やがて他の捜索協力者たちも戻ってくるでしょうし。彼らの報告を待ってまた作戦を考えましょう」
 セレスティは影踏を元気付けるように、肩をポン、と軽く叩いてやった。

「おうい、打つぞい、打つぞい。メンツはおらんのかーメンツは」
「お主のような耄碌が今更麻雀など打てるものか!」
「んー? 爺は耄碌などしちょらんぞえ? うーんと、ここは……どこじゃ?」
「く・さ・ま・こ・う・し・ん・じょ! と。先程教えたばかりであろう! この老いぼれめが!」
「草間興信所とな。しかし雀荘の割には卓がまるで見当たらないのう。福禄寿や。さては道を間違うたのではないかの? この爺を老いぼれ呼ばわりしておるお前さんも随分とまた立派な老いぼれじゃのう。ふぉっふぉっふぉっ」
「わしはお主を雀荘に連れてきた覚えはこれっぽっちもないわ!」
 背後からは、福禄寿と寿老人のずれた対話が聞こえてきている。ごの老人たちは昔からずっとこの調子である。何だかんだと仲の良い二人の老人に、セレスティの口元が綻んだ。

 そのとき。ドアが開く重々しい音が響いたのでその場の全員がそちらへと注目した。
 最初に入ってきたのはモーリス・ラジアル。そして彼に恭しく手を取られ入ってきたのは――。
「べ、『弁財天』殿!」
 大黒天がその名を呼びながらがばっと立ち上がる。
 その名前の主――弁財天は、容姿端麗で芸術や学問を掌る神であった筈だ。インド神話のサラスヴァティと同一視されるとも言われている、筈だ。
 しかし目の前に居る弁財天は金髪碧眼ボンキュッボンダイナマイツボディ、派手な化粧にきわどい衣装と、どう見てもただのお色気ムンムンの西洋人にしか見えなかった。
 弁財天は暫くモーリスの腕に自らの腕を絡ませ、自慢のボディを惜しげも無く密着させ媚び媚びの上目遣いでモーリスを見ていたが、この場に大黒天が居ることに気付くなり、その形相が一変した。
「大黒! 何でアンタがこんなとこに居るってのよ!」
 そう言いながらテーブルをガン、と蹴飛ばす。そしてつかつかと大黒天へと歩み寄った。
「こ、これはこれは弁才天殿。ご機嫌うるわしゅう」
「はぁ? 誰の機嫌がウルワシイって? 戯言ぶっこいてんじゃないわよ! ハッ。オメデタイ頭だこと」
「そ、それは光栄です。オメデタイ頭とは、福の神にとって最大に誉れ高い言葉ではありませぬか」
 大黒天のアホ発言に、弁財天はジトっとした視線を彼に浴びせ掛けていたが、そのうち口の端を上げて、言った。
「ま、いいわ。アンタのアホ極まりない言動のおかげで、素敵な殿方にも出会えたことだし」
「いいい今、何と!?」
 弁財天は大黒天を無視してモーリスの傍へと戻って行くと、モーリスの身体にしがみついた。
「だって、アナタみたいなイイ男と出会えたんだもの。ね、モーリス」
「褒めても何も出ませんよ」
「嫌ね。本気で言ってるのよ。だってアナタ、スゴクヨカッタし」
「ふふ。貴女こそ素敵でしたよ、とても」
 べたべたいちゃいちゃと会話を交わす二人。大黒天は単に見ていられなくなったのか、それとも二人の発言の節々から伝わってくるあまりの際どさに大きなショックを受けたのか、「ああ」と顔を覆うと住居スペースへと駆け込んでしまった。
「あっ、美――じゃない、大黒天様!」
 その後を影踏が追っていく。やがて住居スペースからは、大黒天がすすり泣く音が響いてきた。



<-- scene 14 -->

 『HOTEI』のゲリラライヴ会場とは、そこらへんの変哲のない広場であった。
 幾島・壮司の持っていた知識によると、『HOTEI』は今や伝説と呼ばれるロックバンド『BOY』の看板ギタリストを務めていた男であったという。そして『BOY』解散後はソロとして活動していたが、昨年一月に突如活動を停止してしまった。それ以来彼は音楽シーンに一切姿を表しておらず、ファンやマニアの間で様々な憶測がなされていたという話だ。
「幾島さんは『BOY』や『HOTEI』の音楽をご存知なのですか?」
 一色・千鳥が尋ねると、壮司は頷くような、首を振るような、微妙な反応を返してきた。
「ファンでもマニアでもないけど、有名な曲は知ってるっつーくらいかな。例えば『♪ベビベビベイビベイビベイビベイビベイベエ〜♪』みたいな感じの曲とか」
「あ、それならば、私もどこかで聞いたことがあるかもしれません」
「インパクト高ぇもんな、あの曲」
 壮司がクックッと腹を抱えて笑う。そのときだった。

 まるでライヴハウスの照明を全て落としたかのように、広場全体が暗くなったのである。
「何だ?」
「何らかの能力なのかもしれませんね」
 警戒する壮司と千鳥。壮司は辺りが暗くなったのをいいことにサングラスを外し、辺りをくまなく見回した。
 すると前方に、ぼうと光る何かが見えた。距離が遠いので形状までは確認できないが、それが放つ『気』には覚えがある。何せ今日の午前中に会ったばかりの奴が放っていたそれとまるで同じなのだから。
「おい千鳥。良くわかんねーが、探し物は見つかったぜ」
「本当ですか! 一体どちらに」
「多分、ここがまた明るくなったとき、明らかになる筈だ」
 壮司が前方にあるターゲットから目を逸らさずにそう言った途端、強烈なギターサウンドが耳に突き刺さった。一気に周りのファンらしき連中の声援が大きくなる。やがてドラムのスティックがカウントを取る音が高く響き、演奏が開始された。それと同時にライヴハウスの照明が一斉に点灯されたかのように、色とりどりの光が広場を照らし始める。会場のボルテージは上がる一方であった。壮司と千鳥を除いてだが。
 そのとき。空から一人の男が登場した。彼は黒地に白い線と角で構成された模様の入ったギターを肩から下げており、そして同じ柄の衣装に身を包んでいる。そして集まったファンたちに向かって何やら叫んだ。会場のボルテージは上がりに上がっている。
 その間に壮司はターゲットを改めて確認しようと前方に目を遣り、絶句した。
「……何だありゃあ」
 呆れた声が漏れる。その声は周りの歓声にかき消されて千鳥の耳までは届かなかったようだったので、壮司は千鳥の肩を叩くと、ターゲットを指差してみせた。すると千鳥の目が見開かれる。
 ターゲットはマイクスタンドらしきものの上にちょこんと設置されていた。そして上空から降りてきた男がその前に着地する。それと同時に前奏が終わりを告げ、その男の歌声がターゲット――すなわち『小槌』から響いた。

「♪ベビベビベイビベイビベイビベイビベイベエ!♪」

 会場のボルテージはまさに最高潮を迎えていた。やはり壮司と千鳥を除いて。
「ありゃあ……確かに『HOTEI』だ」
「ええ……そのようですね」
 唖然と『HOTEI』と『小槌』を見つめる二人。
 『HOTEI』が『小槌』を持っていた。ということは、この『HOTEI』は『布袋和尚』なのか。
 それとも七福神でも何でもないただの伝説のロックアーティスト『HOTEI』が『小槌』をたまたま拾っただけなのか。
 その謎が解けるのは、もう暫く先の話――ライヴが終了してからのことになるであろう。
「……意味わかんねーっつーの」
 ぼそりと呟く壮司に、千鳥が苦笑しながら頷いて同意を示した。



<-- scene 14 -->

 数時間後。
 遂に、草間興信所に今回の事件に携わった全ての人間(七福神含む)が集結した。

 まず、セレスティ・カーニンガム、モーリス・ラジアル、マリオン・バーガンディのリンスター組。それから依頼内容を勘違いしてかっ飛ばしたシオン・レ・ハイに、依頼内容は知っていたもののそのうち忘れてしまっていたらしい綾瀬・瑛浬。更にイケメンとの出会いを希望していたのに会えた七福神は老人二人と戦績芳しくなかった夏野・影踏と、今回の失せ物『小槌』を見事発見した幾島・壮司と一色・千鳥。ちなみに草間・武彦は飽きてしまったらしく爆睡中だ。

 一方の七福神側は、今回の騒動の全ての責任者である大黒天(それについては後述する)。久しぶりに一本取られてすっかりご機嫌の毘沙門天。今日も相変わらずの大漁だった恵比寿天。ゆきずりの男とひとときの情事疑惑の弁財天。老いぼれコンビ(と言ったら福禄寿に裏拳食らうこと間違いなし)の福禄寿&寿老人。そして……『布袋和尚』。

 興信所内を沈黙が支配する。その沈黙を破ったのは、セレスティであった。
「皆さん今日はお疲れさまでした。大黒天が無くした小槌も見つかって一件落着ですね。壮司さん、千鳥さん、遅くまでの捜索ご苦労様でした。あなた方の助力がなければ今頃もまだ皆で小槌を探していたかもしれません。後で大黒天に、望みの『福』を貰うと良いですよ」
「福ですかぁ……残念です。福でおなかをいっぱいにしたかったのですが……ねえ、うささん」
 シオンが心底悲しそうな顔でうささんを撫でる。すると瑛浬がシオンに話し掛けた。
「ハラいっぱいならそこらへん漁ればいーんじゃん? なんか今日差し入れ来てたみたいだし」
 そして台所スペースを指差す。二人で駆け込むと、そこには綺麗な中身入りのお重が置かれていた。
「す、素晴らしい!」
 目を輝かせるシオンに、
「所長寝てるみたいだしさ、食うなら今のうちだよね、今のうち」
 そう促す瑛浬。そして二人はお重荒らし事件の共犯となった。

 一方、千鳥と壮司はいささか複雑な表情をしていた。
「どうかなさいましたか?」
「いえ……今回は、我々が見つけたというより、布袋和尚が持ち出していらしたのが原因のようですから」
「ぶっちゃけ捜索しなくても普通に戻って来たんじゃないかっていう噂もあるよな……」
「ええっ。じゃあ骨折り損のくたびれ儲けですかぁ? やっぱりセレス様ばっかり得してるじゃないですかぁ」
 すかさずマリオンが、クッキーを口にしながら不平不満を口にすると、
「おやおや。お菓子を頬張りながら喋るなどとんでもない。あなたとてそれなりの歳なのですから、そのくらいはわきまえねばというものですよ」
 背後からモーリスがクッキーをひょいと奪い取り、食べてしまった。
「ああっ。やっぱりモーリスさんの意地わ――」
「何か仰いましたか?」
「……いいえ、何も!」
 マリオンは頬をぷうと膨らませると、つんと横を向いてしまった。辺りからくすくすと笑い声が聞こえる。

 そのとき、突然の怒声がその笑い声をかき消した。
「布袋和尚。一体何故、私の小槌を持ち出すなどという真似をしてくれたのだ! しかも良くわからぬ『まいく』などという物の代わりにするとは。神器を愚弄するおつもりか!」
 大黒天であった。彼が、『HOTEI』こと布袋和尚に向かって明らかな怒りをぶつけている。
「理由によっては只ではおかぬぞ」
 腰にかけた剣にまで手をやっているところを見ると、相当怒っているらしい。果たしてそんな大黒天に、布袋和尚がどんな弁明をするのか。一同の視線が布袋和尚へと集中した。
 すると布袋和尚は言った。
「なんだい? そんなにみんなでオレを見て。アンコールならもう終わったぜ!?」
 そしてギターをかき鳴らしてポーズを取る。その態度に、大黒天は一層殺気だった。
「布袋!」
「おお! そりゃまさしく『HOTEI』コールじゃねえか! まさかてめえの口から聞けるとは思ってなかったぜ!?」
 布袋和尚は一層ノリノリでギターを高速で弾きはじめた。
「あああ、もうっ!」
 頭を押さえてうずくまる大黒天。それを見た影踏が「大丈夫ですか!?」とすかさず彼の元へと駆けつけようとしたそのとき、思いがけない声がその場に響いた。

『てゆかさぁ。宝船で布袋が『ライヴやるから小槌貸してくんない?』って大黒に頼んでなかったっけ』

 その声の主は、弁財天であった。彼女は壁にもたれて煙管の煙をくゆらせている。すると恵比寿天も「あっ!」と思い出した顔をした。
「そうだそうだ、言ってたよ! 大黒の小槌だったらハデだし縁起良さそうだし復活ライヴにはもってこいだから貸してって頼んでたじゃん。大黒も承諾してたと思うけどな」
 他の七福神たちも次々と「そうだったそうだった」と口にする。
「……そうだった……っけ?」
 呆然と立ち尽くしていた大黒天が布袋和尚にぽつりと尋ねると、布袋和尚は大きく頷いた。
「そうさ! 何しろ俺様のライヴはレンから請け負った年に一度の大任務なんだぜ? どうせならサイコウのステージにしてえじゃねえか! だからてめえに見目良し縁起良しなあの小槌を借りたんじゃねえか。覚えてねえのかよ!」
 大黒天はすっかり混乱していた。混乱しつつも宝船での出来事を思い返す、思い返す……。

 いつしかその場に居る全ての者の視線が大黒天へと集まっていた。
 大黒天は、まだ思い返す、思い返す、思い返す、思い返す、思い返す、思い返す、思い返して……。
「……思い出した」
 そう呟くなり、「ゴメンナサイ!」とその場で土下座した。



<-- scene 16 -->

 結局「全ての責任は大黒天にあった」ということで話はまとまった。
 また、それによって一般人をも巻き込んだ捜索活動が行われたことの重さを考えた七福神たちによって、今回携わった全ての者たちが『福』を得られることとなった。

「さあさあ、欲しいモンがあるなら言っちまいな! 早いモン勝ちだぜ! な、兄ちゃん?」
 布袋和尚がたまたま近くに居た幾島・壮司に話を振ったので、壮司はしぶしぶ思い口を開いた。
「いや……俺はこれといって別にいらないかな、って思ってんだけど」
 というか。欲しいものならばそれはごまんとあるが、果たしてどれだけのものを望んで良いものやら。あまり欲をかいては後で何かあるのではないかという気がして、いまいち進んで何かを望む気分にならないのである。
「謙虚だなぁてめえは。んじゃコレでもやっとくかぁ?」
 シャキーン!
 布袋和尚は、身に付けていたサングラスを外した。そして壮司の手に無理矢理握らせる。
「え、何で、コレ……?」
「いやあ、てめえもグラサン仲間だし、大体てめえ、この『HOTEI』のファンなんだろ? 何せシークレットライヴに来るくらいだからな。いやあ、いい趣味してると思うぜ。これからもロック魂を忘れんなよ?」
「あ、ああ……」
 壮司は強引に手渡された布袋和尚着用済みのサングラスを見つめて、内心「これのどこが福なんだよ!」と思いっきり突っ込んでいた。

 綾瀬・瑛浬は毘沙門天のところへと寄って行き、彼に声をかけた。
「ねね、オッサン。年に一度任務があるってことはさ、来年もまた来るってことっしょ?」
「おう。そういうことになるのう」
 毘沙門天がうむ、と頷く。その瞳にほんの少し寂しげな色を見てとった瑛浬は、それを打ち消してやる勢いで、前もって言おうとしていた台詞を投げかけた。
「じゃさ、そんときまた勝負しようぜ! それまでに俺ちゃんと腕上げて、『霊糸』ナシでやるからさ、だから福の代わりに勝負の約束みたいな感じでさ。ダメ?」
 瑛浬のその言葉に、毘沙門天が一瞬呆気に取られた顔をした。やがてそれが破顔へと変わる。
「おう、おう、おう! 勝負とな! 良かろう良かろう! せいぜい腕を上げておけい! 鍛えが足りんようだったら説教だからの。覚悟しておけい!」
「へっ! うーんと強くなってびっくりさせてやるっつーの!」
 少年の小さな手と、巨漢の大きく分厚い手が、固く交された。

「大黒天さまはどちらへ?」
 一色・千鳥が恵比寿天に問うと、彼は住居スペースの奥を指差した。
「あっちでヒッキー中」
「おやおや。それはまたどうして」
「よくわかんないけど、多分弁財天のババアが原因だと思うぜ。あのババアがさ、ほら、さっき一緒にいた金髪の男。アレと一緒にまたどっか行っちゃったんだよね。それでヒキってる訳」
「そうでしたか……それは困りました。大黒天様に商売繁盛の福を授けていただこうと思っていたのですが」
「ん、商売繁盛? それだったら俺様の方が適任だぜ? 任せときなって」
 恵比寿天はそう言うと、両手を合わせて精神集中し、何やら唱え始めた。その両手がぽうとした淡い光に包まれる。
 その光が消失したとき、そこには一枚の御札が現れていた。恵比寿天がそれを千鳥へと差し出す。
「はいこれ。商売繁盛の御札。目立つとこにでも貼っとくといいよ……あ。あんちゃん、もしかして料理人?」
「ええ、そうなんですよ。今日も仕入れのついでにこちらに寄った次第でして」
「んじゃ、これもやるよ。今日いっぱい釣れたからさ」
 恵比寿天はそう言うと、千鳥の足元に大きなキャリングケースをどん、と置いた。そして蓋を開けてみせる。
「へへっ。鯛大漁〜」
「これは素晴らしい……こちらまでいただいてしまってよろしいのですか?」
「いいよいいよ。あの御札とこの食材がありゃもう敵ナシって感じだからね」
「ありがとうございます。最高の料理をお約束いたします」
 気風の良い小さな神に、千鳥は心からの礼を込めて深々と頭を下げた。

「シオンさんは何か望むものはないのですか?」
 セレスティの問いに、シオンは穏やかな表情で首を横に振った。
「今日一日、楽しい思いをしましたし。それにうささんも無事だったのですから。もう、福は貰い済みなんですよ」
「しかし、一番災難な目に遭ったのもあなたでしょう?」
「いいんです。さっき美味しいお重にありつけましたから!」
 シオンが満腹モードのポーズを取る。一方のセレスティは不思議そうな顔をした。
「お重ですか。はて、そんなものがこちらにありましたっけ」
「お台所にありました!」
「それは……明日、草間さんがどこぞへ持っていくと言っていたお重のような気が」
「ええっ!?」
 衝撃の事実に、シオンが一気に青褪める。
「どうしましょう、どうしましょう。セレスティさん、どうかどうかご内密に!」
 慌てふためくシオン。そのあまりの動揺ぶりに、セレスティの口からついクスクスと笑みが零れる。
「冗談ですよ」
「……ほへ?」
「あれは私が屋敷から持って来させたものですから、食べていただいて差し支えないものなのですよ」
 セレスティはそう言って、いたずらな瞳でシオンの顔を見て、それから今度はマリオンの方へと顔を向けた。

「マリオン。あなたは何かないのですか?」
「え、私ですか? 別にないです」
 あまりに潔い返答に、セレスティは思わず身体を支えていたステッキを滑らせそうになった。
「ない……ですか。まあどうしてもとは言いませんけれど、折角ですから何か所望してみてはいかがです?」
 セレスティがそう言うと、マリオンは「うーん」と考え込んだ。そして、
「あ。そうだ。冬を寒くない季節にしてほしいです」
 そう言ってにっこり笑った。その屈託の無い笑みに、セレスティが思わず苦笑する。
「しかしそれでは、四季のバランスが崩れてしまうではないですか。折角の四季それぞれの美しさを味わえないのは寂しいものですよ?」
「うーん。言われてみるとそうかもしれません」
 セレスティの言葉にマリオンがまた考え込む。するとセレスティがくすりと笑った。
「でもね、私も同じようなことを考えていたのですよ」
「同じようなこと?」
「ええ。『今日だけ春日和で過ごしやすい日に』とね。しかしもう夜になってしまいましたから……明日以降ということでお願いしましょうか」
「あ、じゃあ私もセレス様と同じで」
 マリオンがにっこり微笑むのにつられ、セレスティもまた微笑んだ。



<-- epilogue -->

 住居スペースの奥から、誰かがむせび泣く声が聞こえてくる。
 それは言うまでも無く大黒天のものであった。

 小槌を無くしたと周りを混乱に陥れ、知り合いはおろか初対面の一般人にまで協力してもらったこと、それだけならまだ良かった。しかし小槌は無くしたのではなく貸していただけ、しかもそれを自分が忘れていたことがそもそもの原因であったことが判明してしまったのである。
 しかも、しかもだ。小槌を無くしたことを悟られぬようにと提案した鬼ごっこ。きっと他の七福神たちは血眼になって自分を探しているだろうと思っていたのに、実際は誰一人として自分を探してなどおらず、好き勝手歩き回っていたというではないか。何という虚しさか。
 自分はひとりぼっちだ。『福』を与えることのできる神などごまんといる。誰も自分のことなど求めていないのだ。孤独感と自己嫌悪に苛まれ、大黒天がむせび泣く。
 その肩に、ふいに暖かな掌が乗せられた。

 大黒天が顔を上げると、一人の青年の顔がそこにはあった。柔らかそうな黒髪に、大きな瞳。
 その彼が、じいと自分を見ている。やがてその口がゆっくりと開かれた。
「あの……大黒天様。忘れたり間違ったりって、誰にでもあると思うんです」
 青年の口から言葉が紡がれる。
「俺、神様とかって良くわからないんですけど。でも神様にだって、そういうのあっていいと思うんです。いや、あったほうがいいと思うんです。だってそういう神様の方が、人間のこと、理解してくれそうじゃないですか」
 青年は一旦言葉を切ると、一瞬視線を逸らしたが、やがてまたその大きな瞳をこちらへと向けた。
「えっと。俺、そういう神様のほうが……いや。大黒天様みたいな神様が、好きです!」
 そう言いきった青年の顔は真っ赤だった。その真っ赤な顔のまま、しどろもどろに言葉を紡ぎだす。
「だって大黒天様美人だし。今日すごく目の保養になったっていうか。俺今日一日ハッピー!? みたいな。大黒天様と知り合っちゃった俺ってラッキー!? みたいな。もう福貰っちゃったよね!? みたいな。あの。えと。その。とにかく、こういう奴もいるってことなんで、自信持ってください!」
 青年は一気に捲し立てると、しゅたたたたっと住居スペースから出ていってしまった。

 ――これが、『福』を授かったときの気分というものなのだろうか。

 ふとそんなことを思ったとき。
「大黒天殿。そろそろ私にも『福』を授けていただけませんか?」
 ふいにかけられた声に振り返ると、好奇心に満ちた瞳でこちらを見ている旧友の姿があった。
「……望みは何かな?」
 顔をくしゃりと歪めながらそう問うと、旧友はその美しい顔に、ふわりと穏やかな微笑みを浮かべた。



<-- end -->






 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★あけましておめでとうPCパーティノベル★┗━┛

【整理番号:PC名/性別/年齢/職業】

【1883:セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】

【2309:夏野・影踏(なつの・かげふみ)/男性/22歳/栄養士】
【2318:モーリス・ラジアル(もーりす・らじある)/男性/527歳/ガードナー・医師・調和者】
【2969:綾瀬・瑛浬(あやせ・えいり)/男性/15歳/学生】
【3356:シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α】
【3950:幾島・壮司(いくしま・そうし)/男性/21歳/浪人生兼観定屋】
【4164:マリオン・バーガンディ(まりおん・ばーがんでぃ)/男性/275歳/元キュレーター・研究者・研究所所長】
【4471:一色・千鳥(いっしき・ちどり)/男性/26歳/小料理屋主人】



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■         ライター通信          ■
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はじめまして&お世話になっております、こんにちは。
執筆を担当させていただきました、祥野名生(よしの・なお)と申します。
あけましておめでとうパーティノベル・2005『歌う門には福来たる?』にご参加いただきまして、ありがとうございます。

まず、期日を大幅に過ぎての納品まことに申し訳ありませんでした(土下座)
理由は色々ございますが一言で表せばスケジュール調整ミスで、全くお恥ずかしい限りです。
今後はこのような失態を起こさないよう、気を引き締めて活動してまいります。

今回はわたしにとって過去最大数のPCさまをお預かりすることとなったのに加え、パーティノベルという初めての商品だったこともあり、試行錯誤の連続で、自分にとって非常に良い経験となりました。
また、NPCである七福神たちの性格付けや、彼らとPC様方とのやりとりを描写するのはとても楽しかったです。
そのおかげで文章量がだいぶアレなことになってしまいましたが…(吐血)
なお、小槌を見つけたお二人様には『形のある福』を贈らせていただきました。

ともあれ、皆様にとって、いっときの楽しみになれば、幸いです。

もしご意見、ご感想などございましたら、お気軽にお寄せくださいませ。
また、誤字や誤表現などを発見なさいました場合は遠慮無くリテイクをお申し付けくださいませ。
オフィシャルからの指示があり次第、即時修正対応させていただきます。
それではまたの機会がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します(ぺこ)



執筆担当の機会を与えてくださったセレスティPL様に最大級の感謝を。ご指名有難うございました!

2005.02.05 祥野名生