コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


泡沫の夢〜陽炎の森の怪〜



 漆黒の闇の中に浮かぶ、月と星。
 淡い光を地上へと降らせ、人々の夢をやさしく見守る。
 瞳を閉じて。
 何も考えずに・・引き込まれて。
 真っ暗な闇を通り過ぎればそこは夢の世界。
 さぁ、楽しんで。
 貴方の夢を・・・。


□オープニング

 そこは何処かの城の前だった。
 真っ白な城壁に囲まれた・・大きなお城。
 中世ヨーロッパを彷彿とさせるようなお城だった。
 「ほら、そこのお前!何をやっておる!さっさと受付で貰った紙を出さないか!」
 直ぐ真横から、怒鳴るように投げつけられる言葉にはっとすると、翔子はそちらを振りむいた。
 鎧を着て、長い剣を持っている・・日本風の武士の姿。
 なんだかチグハグで合っていない。
 「ほらほら!後がつかえてるんだ!さっさとしろ!」
 男はそう言うと、目の前の長机をドンと叩いた。
 そうは言われても、翔子は受付で貰った紙なんて知らない。そもそも・・ここは何処なのだろうか・・?
 「袖に入れてある紙ですよ。それを受付に提示してください。」
 戸惑う翔子の後から声がかかる。
 慌てて袖元を探る・・・。
 あった。白い紙が一枚入っている。
 「こっ・・これは葵さん。こんな所にどうして・・!?」
 「いや、今日は人民の登録日だと聞いて・・少し様子を拝見しに来たんですが・・。」
 翔子は振り返って声の主を確認した。
 黒の髪と・・金の瞳の男だった。着ている服は、昔本で読んだ忍者そのものだった。
 「仕事熱心なのは良いですが、まだ不慣れな人々が多い。もう少し優しく・・。」
 「スイマセンでしたっ!これから気をつけますっ!」
 男はそう言うと、立ち上がって深々と頭を下げた。
 ・・・そんなに偉い人物なのだろうか・・?
 「それでは、任命式の時にでも会いましょう。」
 葵と呼ばれた男は翔子にそう言うと、城の中へと入って行った。
 翔子は袖から白い紙を取り出すと、男の前に差し出した。
 男はいそいそと座りその紙を取ると、なにかの手続きをしているようだった。
 「あの・・さっきの男の人って・・。」
 「あぁ?お前、なんも知らないのか?あれはこの国の忍頭の葵様だ。」
 「ふぅん。忍ねぇ・・。それで、ここは?」
 「・・お前、どんだけ田舎から出てきたんだ?ここは夕霧国夕霧城前。」
 男はぶっきらぼうにそう言うと、翔子の前に紙を差し出した。
 「ほらよ、任命式が始まるぜ。お前の番号は97番。ほらほら、行った行った。」
 しっしと手を振られ、翔子は仕方なく城の方へと歩いていった。
 まじまじと自分の姿を見てみる。・・どうやら着物か何かを着ているらしい。
 裾が足元に絡みつく。
 それにしても、リアルな夢だ・・・。
 翔子はそう思うと、たて看板通りに道を進んだ。
 夢ならば・・楽しまなければ損と言うものだ・・!


■任命式

 着いた先は大きなホールのような所だった。
 数人の人物がそこに座り、舞台の上では細身で銀髪の中世的な面立ちの人が目の前で跪く人々になにやら言っている。
 舞台の奥には、妖艶な容貌をした少年と、赤い髪と瞳をした美少女・・そして、先ほど会った葵と言う男性と、くノ一衣装に身を包んだ女性が座っている、
 「次、97番!火宮 翔子!」
 高らかに名前を呼ばれ、翔子は慌てて舞台の上へと上がった。
 舞台中央に立つ人物の前に、跪く。
 男性なのか女性なのかは外見からではまったくわからない。
 その紫色の瞳は、全てを見透かしているかのように微笑んでいる。
 「火宮翔子。人種、民。そなたを我が夕霧城の女と認める。顔を上げなさい。」
 翔子は素直に顔を上げると、真っ直ぐにその紫色の瞳を見つめた。
 「私の名は葉鳥 碧(ようちょう へき)。翔子、私に忠誠を誓うか?」
 「・・誓います。」
 翔子はそう言うと、頭を下げた。
 その頭を、碧が優しく撫ぜる。
 「面を上げなさい。初音、翔子を今回の“任務”に連れて行け。」
 「了解いたしました。さぁ、翔子ちゃん。こっちよ。」
 初音と呼ばれたくノ一衣装の女性は、翔子を手招きすると一緒に舞台から降りた。
 「ようこそ、夕霧城へ。女任命早々の任務で大変かもだけど・・私と葵も精一杯フォローさせてもらうからね。」
 初音はそう言うと、翔子の肩をドンと叩いた。
 「それで初音様。今回の任務と言うのは・・。」
 「やぁだ!翔子ちゃんまでそんな呼び方〜。初音で良いわよぉ。」 
 「しかし・・。」
 「分った、ここは譲歩する!せめて初音さんって呼んで。様付けされると、どーもこー・・むず痒くって!」
 「・・分りました。初音さん。」
 「そもそも、翔子ちゃんの方があたしや葵くんより年上なんだから〜。」
 ぷーっと頬を膨らませながらそう言う初音の顔は、確かに幼い印象を受けた。
 「葵様はおいくつなんですか?」
 「葵くんは18よ。あたしは21。翔子ちゃんは23でしょう?」
 「はい。」
 翔子が頷いた時、後から走ってくる人影があった。
 「葵くんだわ。ふふ、大急ぎね。それじゃぁ翔子ちゃん。ちょっと走りながらお話しましょーか!」
 初音はそう言うと、翔子の手を取って走り出した。
 背後で葵が叫んでいるのがかすかに聞こえる・・・。
 「あの、初音さん・・?」
 「いいのいいの。それで、今回の任務の件なんだけど・・はいこれ。」
 初音はすっと“どこからか”白い紙を取り出した。
 何処から取り出したのかは見えなかった・・否、見た時には既に指の間に挟まっていたのだ。
 翔子はそれを受け取ると開いた。
 
 速報〜援軍要請〜

 友好同盟を結んでいる大国、宿木(やどりぎ)から援軍要請が届いております。
 場所は夕霧の隣国、浮船(うきふね)国の領土内の陽炎(かげろう)の森の中。
 昨今浮船と宿木間の対立が激化し、宿木が浮船城に奇襲をかけようとしたところ、陽炎の森の中で敵と出くわし現在宿木が劣勢の状態です。


 「これ・・?」
 「そう、陽炎の森に入って宿木を助ける事。これが今回の任務。でも・・ちょっとヤバイのよねぇ。」
 「ヤバイ・・?」
 「陽炎の森・・そこにはヤツがいるから。」
 初音の瞳が鋭く光った。
 “ヤツ”・・・?
 「今回は大きな部隊が出せないから、行くのはあたしと葵くんと翔子ちゃん。たったの3人。ヤツから宿木と浮船の兵を守り抜くのは3人じゃぁ結構辛いわね。」
 初音がそう言った瞬間に、後からガシリと肩をつかまれた。
 「はぁ〜つぅ〜ねぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜っ!!!」
 まるで地獄の底から響いてくるかのような低い声に、翔子はぎょっとした。
 その声の主が、城の前で助けてくれた葵とは到底思えぬほどだった。
 「あは☆葵くんって・・やっぱからかいがいがあって好き!」
 「この、馬鹿〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」


□陽炎の森の中

 「それじゃぁ、任務方法は分りましたね?」
 「はい。」
 翔子は葵の問いに短く返事をすると、目の前に広がっている木々へと視線を向けた。
 服装は着物から着替えて、初音と同じ女衣装になっていた。
 黒いピッシリとした服は、かなり動きやすい。
 「私が右から、初音が左から、翔子殿は真っ直ぐ行ってください。」
 葵は言いながら順々に方角を指差した。
 どうやら、この森の中では集団で行動する事はリスクが大きいらしい。
 「翔子ちゃん、この森はヤツの領土内よ。気をつけて!」
 「・・それで、そのヤツって言うのは・・。」
 「傀儡子ですよ。またやっかいな傀儡子でしてね。人形だけではなく、虫まで操ってるんです。」
 「って言っても、その虫も人形が変化したものなんだけどね。」
 「大勢でまとまっていると、相手の思う壺です。傀儡子は固まっている所を狙うのが得意なんです。」
 「まぁ、それはじっくりナマで見れば良いわよ。」
 「傀儡子と会うことはまず無いでしょう。彼女はあそこから出てきませんからね。」
 「そう、人形と糸。どちらか片方でもい見たら直ぐに教えてね!」
 初音はそう言うと、キッと陽炎の森を見つめた。
 「行きましょう。傀儡子が動き始めたわ。多分・・両軍に向かってる。」
 それだけ言うと、初音は陽炎の森の中に身体を躍らせて行った。
 「急がないといけませんね。」
 葵はそう言うと、翔子の肩をぽんと叩いた。
 「大丈夫です、何かありましたら駆けつけますから。」
 穏やかな微笑だけを残して、葵も初音同様陽炎の森の中に飲み込まれて行ってしまった。
 目の前に広がる陽炎の森からは、陰鬱な雰囲気が漂ってくる。
 鬱蒼と生い茂った木々は、一寸先ですらも見せまいと枝を伸ばしている。
 翔子は僅かばかり考えた後に、その身を森の中へと躍らせた。
 地面からボコボコと出ている根を飛び越え、枝を避け、草花をなぎ倒す。
 地面がぬかるみ、足が取られる事を察すると、翔子は木々の上へと登った。
 枝枝を伝い、真っ直ぐ先に進む。
 途中で枝の先が、露出した腿をかすり、頬もかすった。
 しかし翔子はそんな事を気にする風でもなく、ただ先へと進んだ。
 ・・・それにしても、何故葵と初音はあれほどまでに傀儡子を警戒しているのかが分らなかった。
 そして・・傀儡子の事を彼女と言った葵。知っているのだろうか?
 初音は“人形”と“糸”を警戒しろと言った・・何故・・?
 今回の作戦も、そもそももう少し人がいたはずだと聞かされた。
 10数人の小部隊を5つ配置して、宿木の援軍に向かう予定だったと。
 それを捻じ曲げたのは葵と初音だったそうだ。
 碧に何かを説明し・・その数分後、葵と初音の意見通り少人数・・それもかなり少人数で行く事が決まったのだ。
 どれほどまでに力のある傀儡子なのだろうか。
 そして・・この森。何かがおかしい。
 翔子は辺りを見渡した。自分が進む方向とは逆方向に流れていく風景は、別段他の森と変わった点は無かった。
 しかし、確実に何かが違うのだ。
 「それにしても・・何か宿木の尻拭いをさせられているような気がするけど・・。」
 翔子ははたと足を止めた。
 “ソレ”が聞こえたからだ・・。
 「・・任務だし、仕方ないか。」
 ふっと力を抜く。全神経を耳に集中させる・・・!!
 何かが這い回る音・・それは、段々と大きくなって行く。
 翔子は息を潜めた。
 ぬかるんでいる地面。そこに生えた膝丈ほどの草の間で何かが蠢いている。
 それは段々と数を増やし・・草が揺れているようにさえ見える。
 「な・・なに・・?」
 翔子は目を凝らした。そして・・宙に張り巡らされた幾筋ものピアノ線のようなものを見た。
 それはキラキラと七色に光り輝き、上から下へと伸びている。
 木々が生い茂り、枝を伸ばし・・空を隠す。
 隠された空からは光る筋が無数に地面にたらされているのだ。
 ・・これが・・傀儡子の・・?
 翔子はじっと地面を見つめた。わさわさと動き回る小さなモノ・・。
 見つめる翔子の直ぐ隣に、誰かがザっと降り立った。
 思わず戦闘体制に入ろうとする腕を、パシリと取る。
 「あ・・葵様・・?どうしてここへ・・?」
 「虫の音が聞こえたんですよ。この、地面を這い回る音。」
 葵はそう言うと、地面を指差した。
 カサカサと言う音が響いている。しかしそれはほんのささやかな音でしかなかった。
 丁度風が梢を揺らすような、それくらいの小さな音。
 「聞こえるんですか?」
 「えぇ。それより・・厄介ですね。虫が動き始めていると言う事は、既に包囲されていると言う事です。」
 「どう言う事なんですか?」
 「宙に糸が見えるのが分りますか?傀儡子が操っているのですが・・。」
 「あの、ピアノ線みたいなのですよね?」
 「・・・ぴあの・・・?」
 葵は少しだけ小首を傾げた後に、小さく一つだけ頷いた。
 どうやらこの世界には“ピアノ”と言う言葉が無いらしい。
 「あれに触れると、溶けます。」
 「そうなんですか!?」
 「はい。もちろん、人の身体だけですが・・。」
 宙に光る糸が、急に恐ろしいもののように見えてくる・・。
 「傀儡子はまず糸を人々の周囲に張り巡らします。そして、どんどんと幅を狭くしていくんです。中央へ中央へと追い詰めて・・最後にその中に虫を入れます。」
 「虫を入れるとどうなるんですか?」
 「虫は・・。」
 葵は少しだけ翔子の瞳を覗き込んだ後で、真顔でさらりと言った。
 「人を食べます。」
 まるで、彼らの好物は野菜なんですよとか、彼らの動きは秒速2メートルなんですよとか、そんな取り止めのない事を話すかのような調子で・・サラリと言ってのけた。
 「それはまずいじゃないですか・・。」
 「まずいです。ですから、早々に虫の行く先を突き止めて先回りしなくてはなりません。」
 言いつつ、葵に動こうと言う気配はまったくと言って良いほど見られない。
 段々と遠ざかりつつある虫の姿を、翔子はハラハラとした心持で追っていた。
 「葵様・・?」
 葵には何か案でもあるのだろうか・・?
 「葵様・・?」
 しかし、葵はただ沈黙を守っている。既に虫の姿は無い・・。
 「追いかけなければならないんじゃないんですか?!」
 「大丈夫です。今、追いかけていますから。」
 ・・そうは言っても、誰も追いかけてなんかいないではないか。
 葵はここにいるし、翔子だってここにいる。
 「もしかして、初音さん・・ですか。」
 「えぇ。・・どうやら虫達に追いついたようですね。では、私達も参りましょうか。」
 葵はそう言うと、枝の上で立ち上がり・・虫が去って行った方とは反対の方向へと枝を飛び移っていく。
 翔子は慌ててその後に続いた。
 「葵様?!虫達が去って行ったのは・・」
 「大丈夫です。あっちは初音殿に任せるといたしましょう。私達は、傀儡子に会いに参りましょう。」
 「傀儡子に・・?」
 「えぇ。もしかしたら帰れなくなるかも知れませんが・・・。」
 葵はそう言うと枝から降りた。
 そこは日の光が溢れる場所だった。ぽっかりと開いた空が見え、白い雲が何処へ行くとも知れぬ旅を続けている。
 「さぁ、翔子殿。ココが傀儡子の住処です。」
 指し示されたそこには巨大な穴が口をあけて翔子達を待っていた。。
 「ここが、傀儡子の・・?」
 「そうです。さぁ、中は滑りますから気をつけてください。」
 先に葵が中へと吸い込まれて行く。
 翔子は見えなくなるまでその背を見つめた後で、後へと続いた。


■傀儡子の穴

 中は湿った香りが充満していた。
 どこかで水が落ちる音がし、奥からは冷気のようなものが漂ってきている。
 葵の姿は既に無かった。
 しかし、穴は一直線に進んでおり・・翔子は迷う事無く真っ直ぐに道を進んだ。
 滑る道に苦心しながら、着いたそこは湖だった・・・。

 『青の水面に浮く小島
  波紋が広がり波立たせ
  歌うはこの世の終わりの言葉
  全てを哀しむ終わりの言葉・・』

 少女は何かを歌っていた。
 赤の着物を着た、小さな少女だ。この子が傀儡子なのだろうか・・?
 「翔子殿、こちらへ・・。」
 直ぐ近くの岩の陰から、葵が手招きしているのが見えた。
 そーっとそちらへと向かう・・・。
 「葵様、あの子が・・。」
 「傀儡子です。ほら、手を見てみなさい。」
 そう言われて少女の手元を見ていると、その手には無数の糸が絡まっていた。
 少女はそれを器用に動かしながら、何かを歌っている。

 『一人で遊ぶは人形遊び
  小さな小島で空を見上げ
  小さな洞窟
  秘密の小部屋
  それでも私は外が分る
  全て教えてくれるのはお友達』

 もう、それは歌ではなかった。
 既に旋律は無くなり、ただ呼びかけのようにポツリポツリと吐き出される。
 「ここで、サクっと倒してしまっても良いのですが・・。」
 「何か不都合があるんですか?」
 「森が消滅します。」
 これまた、先ほど同様に良い天気ですね〜とでも言いたげな調子でさらりと恐ろしい事を言った。
 「な・・なんでですか・・?」
 「あの子の名は陽炎と言います。傀儡子の、陽炎。」
 陽炎・・この森と同じ名前だ・・。
 「森自体があの子が作り出した世界なんですよ。ですから、あの子を倒してしまうと・・。」
 「森が消えてしまうんですね。でも、何か不都合でも・・・?」
 「えぇ、よってここにいる私達も消滅いたします。」
 「葵様・・。」
 ガクリと肩を落とす翔子。
 しかし葵はそれにはまったく気がついていない様子で、そっと傀儡子・・陽炎を見つめている。
 「可哀想な子です。傀儡の才能があるばかりに、浮船に利用されて・・。」
 「そうなんですか・・。」
 「えぇ。しかし・・陽炎の事は浮船の幹部達しか知りません。ですから、ここに来た兵はほとんど捨て駒のようなものなんでしょうね。」
 葵は小さなため息をつくと、腰から1本の小刀を抜いた。
 「翔子殿は、ナイフ投げは得意ですか?」
 「それなりには。」
 「ココからナイフを真っ直ぐに投げ、陽炎の手元の糸を切る自信は・・?」
 翔子は思わず陽炎の手元を見た。
 ほんの数ミリのズレですらも許されないほどだ・・。はたして、自分に出来るのだろうか・・?
 「それでは、私がここから陽炎に向かってナイフを投げます。翔子殿は、ナイフが陽炎の手元の糸を切った瞬間にココから出て、陽炎の意識を飛ばしてください。」
 「つまり・・」
 「頭を殴るでも、鳩尾でも、なんでもどうぞ。」
 葵はさらりとそう言うと、ナイフを構えた。
 その構え方は丁度サーカスのナイフ投げと同じ構えだった。殺傷力は弱いが、確実に狙いを定められる構え。
 葵が手を引き、ナイフが宙で回転をしながら真っ直ぐに陽炎の手元へと吸い寄せられ・・絡まる糸を断ち切った。
 翔子は糸が切れるほんのコンマ前に岩陰から飛び出ると、驚いて目を丸くする陽炎の鳩尾に拳をのめりこませた。
 陽炎は直ぐにグッタリと全体重を翔子に預け、目を閉じた・・。
 手の中の陽炎は遠めで見たときよりも小さく、軽かった。
 華奢な手足は真っ白で、赤い着物に良く映える。
 葵はひょいと翔子の手から陽炎を取り上げると、翔子に手を差し伸べてきた。
 翔子はその手を取って立ち上がると、服の裾を叩いた。
 「さぁ、翔子殿。ここより出ましょう。」
 「あの・・陽炎はどうするんです?」
 もしかして、途中で殺してしまうのではないかと言う考えがフイと翔子の脳裏をよぎった。
 先ほどまでは倒す事だけを考えていたが・・少女の身体を持ってみて分った、その弱弱しさ。
 翔子には陽炎を殺すことなんて出来なかった。
 浮船に利用されていると言う少女・・。
 「陽炎は、夕霧で保護しますよ。もちろん。」
 さらりと言う言葉に、翔子はぱっと顔を上げた・・・。
 「あぁ、そうだ。翔子殿。なぜ私と初音が少人数での行動を進めたのか、分りますか?」
 葵はそう言って翔子の方を振り返った。
 動きやすいからなのだろうか・・・?
 「少人数で動けば、糸はソレだけ小さな場所をピンポイントで囲わなければなりません。・・糸が、絡まるでしょう?」
 言いながら笑う葵の顔はどこか悪戯っぽかった。
 翔子はそれに苦笑いを返した後で、その背を追った。


□エピローグ

 「んもぉ〜!どーしてそんな楽しそうな事にあたしを呼んでくれなかったのよー!!」
 初音が頬を膨らましながらプイとそっぽを向く。
 「そうは言っても、あの場は初音以外には抑えられなかっただろう?陽炎の糸のせいで現場は随分混乱していたと聞くが・・。」
 「葵ちゃんだって抑えられたわよー!ちょーっと痛い目にあわせてやれば、あんなへなちょこ連中なんて黙るんだからー!」
 ・・現場で何が起きたのか、想像はたやすかった。
 しかし、世の中には知らなくても良い事は山ほどある。確実にその一つがこれだと思う・・。
 「陽炎をとっ捕まえて、夕霧に連れてきちゃうなんて面白い事、あたしもやりたかったー!!」
 ジタバタと両足をばたつかせる・・この光景は以前にどこかで見たことがあった。
 近くのスーパーの玩具売り場の前で、コレかってー!と絶叫する男の子・・それにそっくりだった。
 「ま・・まぁ、あの場で両軍を救った事によって宿木からは感謝の印として次に夕霧が危なくなった時は援軍を出すと約束をしてくれたし、浮船からは感謝状が届いたし。」
 「今後1年半はうちに手を出さないって言う約束もしたわよ。」
 初音はそう言うと、ピョンと飛び起きた。
 「なんだって・・?」
 「碧様が無理無理取り付けたみたい。紫紺様の隣に陽炎を置いてね・・。」
 つまり、ソレは脅しだ。
 浮船は外からの侵略をあの陽炎の森によって防いでいるのだ。
 いくら陽炎がこちらのものとなり、傀儡子としての役目が出来なかったとしても、あの森が無ければ浮船はまるで無防備だ。
 「それでも、あの穴での暮らしよりは幾分ましなんじゃないですか?」
 「そーかもねー。こっちだったらそれなりに優遇されるし。」
 翔子はあの森の事を思い出していた。
 みっしりと空を隠すように枝を張る木々。そして、地面に伸びる膝丈ほどの・・・。
 「あ・・あれ・・?」
 「どうしました?」
 「あの森の中、太陽の光が届かないわりに地面の草木が伸びていた気がするんですが・・。」
 翔子の問いに、初音と葵はしばし目を合わせた後で、小さく噴出した。
 「翔子殿、陽炎をご存知かな?」
 「えぇ・・。春、晴れた日に野原などに見える色のない揺らめき・・。地面や大気が熱せられて空気密度が不均一になったためにそこを通過する光が不規則に屈折するために見られる現象の事です・・よね・」
 「そー!ご名答。科学的根拠も付け加えられてて、100点の回答ね!・・陽炎はね“形は見えてもとらえる事のできないものの例え”よ。」
 「え・・。でも、木々に乗ったり・・。」
 「信じているものにしか、見えないし触れられないんです。陽炎のまやかしは・・。」
 葵はそう言うと、ふっと微笑んだ。
 「・・その存在自体も陽炎。」
 「陽炎自体も・・?」
 翔子はあの穴の中で抱きとめた彼女の身体を思い出していた。
 軽く、華奢な重み・・・。
 「物の怪や、妖怪など・・特殊なものを知っていて信じている人には見えるんです。」
 「つまり、それを知らない草木には見えないと?」
 「そうです。」
 翔子はこんがらがりそうになる頭を抱えた。
 窓の外は既に暗くなり始めていた・・・暗く・・・。

 グラリ

 視界が揺れ、その身体はどこかへと引っ張られた・・・。









 ・・・・・目をあければ、そこはいつもの寝室だった。
 「あれ・・?なんか、今まで夢を見ていた気がするけど・・。」
 何かが浮かび上がりそうになるが、それは直ぐに真っ白な世界へと吸い込まれて行ってしまった・・。
 「ま・・いっか。」
 翔子はカーテンをあけた。
 窓から降り注ぐ朝日がまぶしい・・・。


 
 さぁ起きて。
 貴方は向こう側の世界を忘れて。
 貴方は貴方。
 夜だけしか現れぬ世界の事は、忘れてしまって・・・。
 朝日を浴びて
 普段の貴方へ・・。


    〈END〉



  陽炎の森の怪 
   データ:火宮 翔子
 
   *陽炎:捕獲
   *浮船:不可侵条約
   *宿木:援軍許可条約
   *葵 :良きパートナー
   *初音;凄腕の女
 
   *翔子:女部隊期待の新人


 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
 □■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター


 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 ■         ライター通信          ■
 □■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 この度は泡沫の夢〜陽炎の森の怪〜にご参加いただきありがとう御座いました!
 ライターの宮瀬です。
 人種:民、職業:女、前衛と言う事で・・結果的にこのようになりましたが如何でしたでしょうか?
 陽炎を捕獲した事によって、夕霧城には陽炎が追加されました。
 葵と初音とはそこそこ仲が良くなりましたが、その反面碧の黒い部分が最後に目立ちました。
 傀儡子の陽炎は今後何かとお役に立てることと思います。

 それでは、またどこかでお逢いしました時はよろしくお願いいたします。