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<東京怪談・PCゲームノベル>


ゆうげの部屋

■本番前
「ふう……やっぱり緊張しちゃうな……」
 早まる胸にそっと手を乗せ、奉丈・遮那(ほうじょう・しゃな)は大きく深呼吸をした。
 電話で確認した内容のメモを片手に、遮那はそっとスタジオの鉄扉を開けた。
 重い扉の音がやけに大きく響き渡る。上の階まで筒抜けの高い天井には、コードやスポットライトが順序良く整列している。ほの暗いスタジオ内のわずかな明かりを反射させ、それらは重くのしかかるように遮那を見下ろしていた。
「ああ、来た来た。えーっと、奉丈・遮那……さん?」
 スタッフジャンバーを羽織った男性が遮那のもとに駆け寄ってきた。遮那は「はい」と返事をし、丁寧に頭を下げる。
「遅くなり申し訳ございません。ここに来るのは初めてでしたもので、迷ってしまいました」
「はは。テレビ局はわざと迷子になりやすいよう作ってあるからなぁ。俺も、新人の頃はよくスタジオを間違えたもンですよ」
 それより早く準備をするように、と男性は遮那をセットの方へ案内する。
 部屋を区切るつい立ての向こうでは、ゆうげの部屋の最終リハーサルが行われていた。
 入念にライトとカメラの位置を確認するスタッフに紛れて、司会である草間武彦の姿が見える。本日の衣装は、珍しくしゃんとしたスーツ衣装だ。どうやらジャケット撮影の後、そのままスタジオの方へ出向いてきたらしい。
 窮屈そうにネクタイを緩めながら、武彦はふとつい立ての方を見た。
 視線が合い、遮那はぺこりと一礼をする。それにつられて武彦も手を振りながら、軽く挨拶を返した。
「奉丈さん、こっちです」
「あ、はい」
 入り組んだセットの隙間を通り抜け、遮那は案内されるままに、スタジオの奥へと歩いていった。
 
■テーブルの宝石
 セットの確認をしていた武彦は、ふとテーブルに見慣れない物が置いてあるのに気が付いた。
「……水晶球?」
 丁度、両の掌で包める程の丸い水晶だ。透明度も高く、いっさいの不純物も見当たらない。結晶体である水晶で、これほど純度が高く大きいものは珍しい。
 興味半分で、武彦は水晶に触れようと手を伸ばした。
「あっ、TAKEさん! それに触らないで下さい!」
「えっ……。触っちゃだめなのか?」
「はい、それはゲスト様からの借り物ですから、指紋1つ付けないようにって言われてるんです」
 持ち運ぶときも、手袋をした手で取り扱い、基本的には直接触れず、台座を持って移動させる。極力他人の手が触れないよう、スタッフ全員に注意がなされていたようだ。
「なるほどな……俺にはただの石っころにしか見えないんだが、そんなに高価なものなのか?」
「高価というより、汚れたりして曇りが出来ると問題なんだそうですよ。良くは分かりませんけど」
 スポットライトを浴びた水晶は、四方から浴びる光を屈折しながら反射させ、その存在感をさり気なく出していた。
 その神々しい姿を見ていると、妙に心が落ち着くのは水晶のなせる技なのだろうか。
「占い師の持ち物なら、何か中に潜んでいるのかもしれないな」
 そんなことを武彦はぽつりと呟いた。
 
■緊張の一瞬
 明るい音楽がスタジオ中に流れた。いよいよ本番開始である。
 しばらくの間奏の後。キューの合図と同時に、武彦はカメラに向かって台詞を告げる。
「お茶の間の皆さん、こんばんわ。司会をつとめさせていただきます『NOZARU』のTAKEです。このコーナーでは、毎回素敵なゲストをお招きし、お仕事の内容をご紹介していただきます。それではご紹介いたしましょう、本日のゲストはこの方です……!」
 いつもの調子で、武彦はカメラを扉に誘導するよう手を振った。
 セットの奥に設置された扉が開くと、ゲストが登場……のはずなのだが、カメラが向けられた先には誰もいなかった。扉は開けられたまま、何もない向こう側を見せている。
「……おい……」
 一瞬、スタッフ達に緊張が走った。
 だが、ひと呼吸置いた後、ガチガチに緊張した遮那がゆっくりとスロープを降りてきた。
「えー……本日のゲストは若くして一流の技術を身に付けている腕利きの勤労占い師、奉丈・遮那さんです」
「こ、こんにちは……」
 びっと背筋を伸ばしている遮那の肩に、武彦はそっと手を乗せる。
 マイクに声を拾われないよう注意しながら、彼は耳元でささやいた。
「大丈夫……話するだけだから、普段通りにしていればいいさ。人と会話するのは仕事で慣れてるだろう?」
「で、でも……こういう場所はあんまり……」
「なに、興信所に来たとでも思ってくれ。一応、あそこにだって監視カメラというカメラがついているらしい、からな」
 らしい、と付け加えたのは、武彦は一度もその姿を確認してないからだ。
 事務の女性いわく、最近ビルの事務所を狙った空き巣が増えたため、その警備のためにセキュリティ会社に依頼して取り付けたのだそうだ。
 だが、興信所のあるビルに空き巣が興味を持つとは思えない、そんな高級な設備が取り付けられるとはちょっと考えにくい話である。
 とりあえずは、と武彦に案内されて、遮那はゲスト席へ腰掛けた。
「あ……この水晶」
 見慣れた備品を見つけ、遮那は安堵の笑みをもらす。
 なるほど、このために用意したのか。と、武彦はちらりとプロデューサールームに視線を向けるのだった。
 
■きょうのゆうげ
 蓋を開けると、優しいだしの香りと湯気がスタジオの中に広がった。
「お……こりゃ旨そうな親子丼だな」
 半熟卵に包まれたとり肉は、箸で簡単にちぎれる程に柔らかく。口の中に放り込むと、しっかりとしたダシと肉の風味が溢れんばかりに広がった。
「僕の知ってるお店の親子丼なんでけど、卵とだしがとても美味しいんです」
「うん、確かに。固過ぎず、かといって生じゃない絶妙な火加減もいいな。これなら何杯でも食べられるよ」
 よかった、と遮那はにこやかな笑顔を向ける。
「親子丼は丼ものの基本という話も聞くから、この店のは他のも旨いんじゃないかな」
 丼の中でも、親子丼は老若男女を問わず人気の高い料理である。しかし、意外に調理が難しく、火加減ひとつで味が如何様にも変わってしまう料理でもあった。
「ちょっと湯気に蒸されてる卵がポイントなんだと思います」
 固まりきっていない卵はだしと上手に絡み合い、ご飯の上でとろとろと広がっている。まさに黄色い宝石のような輝きは、誰の目も奪ってしまうことだろう。
「うん、今度は店で直接食べたいな。また一味違うだろうし。その時は案内してくれ」
「はい、喜んで」
 笑顔を見せながら、遮那はそう返事をした。
 
■ゆうげの一枚
「さて、今日の一枚は……」
 ボードをめくると、大きな家の写真が飾ってあった。森の中にある大きな建物で、あちこち増築が施されているのだろう、少々いびつな形をしている。
 写真の中央には若い女性の姿があった。どうやらこの建物の管理人らしい。箒で懸命に玄関を掃いている姿は愛らしさも伺えた。
「いつもお世話になっている管理人さんです。面倒見がよくて、よくご飯を作ってくれます」
 にこやかに話をする遮那。だが、それとは反対に武彦の表情が少しづつ曇りはじめていた。
 髪に隠していたイヤホンマイクを引き寄せ、会話の合間に誰かと連絡を取っている。
「……どうかしました?」
「あ、いや。何でもありません。へえ……そうすると独り暮しですか? 学校行きながらだと、結構大変じゃないかな」
「不便な時もありますけど……早く親から自立したかったっていうか……いろんな経験を身に付けて仕事に生かせるんじゃないかと思いまして……」
「占いの仕事に?」
「占いの技術そのものというより、お客様とお話をするカウンセリングの方での経験です。ここにお世話になってから、たくさんの人にお会い出来て、色んな体験を聞かせてもらっています。それを今度は迷ってる方の道しるべにと、お話することもありますね」
「なるほど、カウンセリングの幅の広さは結局人とどれだけ接しているか、だそうですからね」
 ぱたん、とボードが閉められた。
「あれ……」
 と、目を瞬かせる遮那に、武彦はそっとささやく。
「すまん……次の1枚に三下が映っているんだ。写真の真ん中で妖怪もどきに襲われてる男、あれ……三下だろう?」
「……えっ、はい……」
「一応、あいつ……この局の看板役者だからな。あんまり変な写真を公開出来ないんだよ。あと……あれだと、奴の住所があやかし荘だってバレてしまうし、後々問題なんで……今回はダメになったんだ。ごめんな」
 そう。
 NOZARUチームの一員である、三下・忠雄(みのした・ただお)は、あやかし放送の看板ドラマの主役男優をつとめている。
 この「ゆうげの部屋」はローカル放送のため、もし公開しても、大混乱は起きないだろう。が、万が一訪れるかもしれない、週刊誌の取材などの恐れを考慮して、今回は取り止めになったらしい。
「……芸能人って大変なんですね……」
「まあ、TVに出るといろいろと、な……。そっちの占いの仕事も、放映後2週間位は指名とか変な取材とかあるだろうから、忙しくなるだろうけど……頑張れよ」
 そう言って、武彦はさりげなく遮那の背をぽんと叩いた。
 
■ゆうげのしつもん
「占い師について、ですか?」
「はい、よければご紹介願いたいんですが。内容のこと、とか……大変だったこと、とか」
「そうですね……占い師のことは皆さん分かりますよね。ご相談頂いた内容なんかを占って、その占いの結果を元に、将来や悩み事についてアドバイスしたりしています。でも、話す技術がまだまだみたいで……相手の心情を考えて話すようにしてるんですが、難しいですね」
「確かに、伝えたい通りのことを言葉で説明するのは難しいですね……そう考えると、占い師ってのはものすごく大変な職ですね」
 人の「心」という見えない部分を扱う職なのだ。もろく、扱いにくいものだけに、必要とする技術は並大抵のものではないだろう。
「自分から好きになった職ですから」
 にこりと遮那は微笑む。
「最後に……占い師を目指す方へ、アドバイスがあったら教えてもらえますか?」
「そう、ですね……」
 カメラがすっと遮那の顔に寄せられた。
 気付いた遮那は精いっぱいの笑顔をカメラに向けた。そして、少し考えた後、遮那はゆっくりと話しはじめる。
「辛い話も多いかもしれませんが、どんな小さな悩みでも、相手の思いやりは忘れないようにしてもらいたいですね。相手を思いやって、初めて相手の心が見えてきますから」
「なるほど。今日は面白い話をありがとうございました」
「こちらこそ。呼んで頂きありがとうございました」
 そう言って最後に、2人は互いに握手をかわした。
 
 おわり
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0506 /奉丈・遮那/ 男性 / 17 /占い師
 
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■         ライター通信          ■
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 この度は「ゆうげの部屋」にご出演頂き、ありがとうございました。
 
 当異界の背景設定の関係により、一部、行動内容が採用できずに申し訳ございませんでした。
 どうぞご理解頂けますよう、お願い申し上げます。
 
 占い師という職業は精神面に関わる仕事ですので、気苦労やストレスも多いでしょうね。
 そんな中でも思いやりを忘れない遮那さんの心構えは、素敵なことだと思います。
 
 それでは、また別の物語にてお会いできますことを楽しみにしております。
 
 文章執筆:谷口舞