コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


奇兎−狩−
「うー、また迷ったぁ」
まだ冬の残る午後。人気の無い路地で一人の女性が地図を広げていた。名前を皆瀬綾というその女性は背格好からしてまだ高校生に見えるほど若いが、実際の年齢はもう少し上である。幼く見られることは彼女自身の中であまり深く問題にしていないが、一番のコンプレックスである低い身長を兎にも角にも気にしている。莫迦にしようものなら容赦なくキレるため、彼女の知人の間では禁句となっていた。
「この地図、駄目じゃん」
綾は手にした地図との睨めっこを止め、ぺたりと地面に尻を付けた。それでも慌てていたり、いらついていたりする様子はなく、落ち着いた様子で一連の動作を繰り返している。もう既に慣れきった行為なのだろうか。ややもして、綾は力一杯伸びをした。そして、のんびりした様子で再び地図を開いた。
「迷ったのか?」
ふいに頭上から聞こえる声に、綾は視線を送ることなく否定した。
「まあ、関係ないか」
続けざまに、声の主の男は吐き捨て、綾の体はぴくりと反応する。……関係ない? それってどういうことなんだろう? その言葉が気になって、綾は顔を上げた。
「それ、何のつもり?」
男の手にしているものを指差しで、綾の表情は次第に強張っていく。男は一向に構わない様子で、答える。
「多分、思っている通り」
無言で綾は立ち上がり、一歩後退した。
「“狩る”のね」
その呟きに、男は無言で肯定した。殺すつもりだと、躊躇なく肯定したのだ。
綾はじろりと男の全身を見る。男のエモノは剣。一般的な思考からして、それは接近戦を最も得意としている。体格も良く、身長も高いので、リーチもそれなりに長いと考えて間違いないだろう。対する綾の攻撃も、接近しなければ力は上手く行使できない。離れていても可能であることは事実だが、それでは反撃の隙を与える可能性が高い。しかし逆にあまりにも近付いてしまえば、逆にこっちか仕留められてしまう。……さて、どうしたものだろうか。
「疑問には思わないんだな」
男はそのようなことを口にした。
「このような日が来ると知っていたのか?」
「まあ、普段“狩る”方の人間だから、逆に“狩られる”ってのも大体予想はつくわよ。でも、こうも堂々と来るとは思わなかったけど」
金髪にサングラスをかけた男は溜息をつく。肩に剣をとんと乗せ、それが戦闘態勢なのか休止を表すものなのかは定かではないが、綾に向けて問うた。
「で、どうしたい?」
……この男は莫迦か? 綾は口を開けたまま、男を上目使いで睨み付ける。
「あんた、莫迦? 普通、“狩る”相手の同情を買ったりしないでしょ?」
「それもそうなんだが、一応聞いておこうかと」
「……やっぱり莫迦だ。もんの凄い莫迦だ」
言って、綾は一歩男に近付いた。攻撃に距離は一メートルもあれば誤差も含め充分だが、出来るだけ近い方が好ましい。手を伸ばして掴めるくらいまで近付ければ好都合だが、腕を斬り落とされてしまっても意味がない。今は口を動かして時間を稼ぐ。それが一番だ。
「どうするも何も、殺そうとするならこっちが殺すよ。殺される理由は、過去の行いを振り返ればない訳でもないし」
「自分が特別だって話は聞いたことあるか?」
「特別ってこの異能のこと? あたしは物質爆破能力者……デトネイター、それだけ」
「本物の異能者なんだな」
「本物も偽者もないと思うけど」
「いるんだよ、極稀に。俺は今回そいつを捜してたんだが、人違いだったようだな」
「偽者ってペテン師ってこと?」
「いや。人伝の話だが、後天的な異能者だ。いるらしいよ、どうも話では」
「それで、あたしは勘違い?」
「勘違い」
「本気で言ってる?」
「ああ、本気だ」
 男はそう言って肩を竦めてみせた。そのキザな行為と、あっさり殺気を失わせた行為に腹を立てたのか、綾は頬を引きつらせながら男との距離を一気に縮めにかかった。全く疑われることなく長いコートの裾を握り締め、男の目をきっと睨み付ける。
「……ねえ、あたしの能力って憶えてる?」
 問いに、男は肯く。
「なら、あたしが何をしたいのかって……」
 綾の顔が笑顔に歪む。
「当然、分かるわよね!」
 その言葉に男は慌てたように綾の手を振り解きにかかるが、既に遅い。一瞬早く攻撃を仕掛けた綾の周囲で爆発が起こり、同時に高熱気を伴った爆風が広がるが、男の持っていた剣が盾へと姿を変えたために男自身には然程ダメージは与えることは出来なかった。それでも間接的なダメージは強く、熱風に顔を覆いながら男は後退する。
「ざまあみろっ」
親指を下に向けて、綾は駆け出す。反撃が怖い訳ではないのだが、なんとなく逃げた方が勝ちのような気がした。後ろを振り返ることもせずに、走るスピードを緩めることなく綾は路地を抜けていった。
暫く道を適当に走って、綾はゆっくりと歩きに移行させる。はあはあ、と息は多少切れ気味ではあったが、幾分かは心地の良いものであった。
「“異能者狩り”、か。面白そうね」
愉しそうに一人呟き、笑う。
“狩る”ことを愉しむのではない。“狩る”対象にひどく興味をおぼえていた。後天的な異能者とは、一体どういうことなのだろうか。実験動物として作られ、逃げ出したのか。或いは、何か環境の変化によってその性質を変えてしまったのか。いずれにせよ、興味深いことであることには変わりはない。
……しかし、だ。問題はもっと現実的でもっと重大で深刻なこと。
「ここ、どこよ?」
綾の周囲に広がる風景はどこまでも見たことのない風景で、一体地図上でもどこに立っているのかを指し示すことが出来ない。誰かに訊く、という手もあるが、綾はただ前へ歩き出した。
どうにかなる。
道にしろ、彼らにしろ、どちらにせよ、どうにかなるだろう。
頭の隅でぼんやりと考えながら、綾は使い慣れた地図を広げた。平面は立体を表すことは到底不可能であったが、それでも人を導く。例え予知が不可能であっても、肌で感じた小気味の良い音だけは捉え逃すことはなかった。





【END】

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3660/皆瀬綾/女性/20歳/神聖都学園大学部・幽霊学生】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

“奇兎”という“異能者”狩りの話でしたが、如何でしたでしょうか?
本編では“奇兎”が何なのかは殆ど述べられませんでしたが、それでも断片的な情報は不明瞭なままに散りばめられています。
しかし、彼らを“狩る”側のバックに付いている人間の正体は、依然として全く見えないままです。
話の表舞台には出きませんが、その勢力を様々な場所で及ぼしています。
今回、“狩る”側として登場してきた男が、“狩られる”側の居場所を得ていたのもその一つです。
細かい位地まで判明する技術の凄さを実感すると同時に、その技術があれば道に迷うこともなくなるのだろうな、とふと思った次第です。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝