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夜にも奇妙な悪夢 〜鏡ノ中の私〜
●オープニング
「あ。それ、西銀座のミラージュ・ヒルズで言われている例の怪談ね？」
アトラス編集部を来訪していた夢琴香奈天に、編集長の碇麗香は「そうよ」と答えた。
「もう一人の自分が現れて、分身に襲われた人間はそのまま姿を消してしまう――どうかしら？ 次号の記事にはぴったりの企画じゃない？」
もう一人の自分に襲われるという噂の場所とは、東京の新名所・銀座ミラージュ・ヒルズ。
新しい開発地には大抵この手の噂が流れるものなんだけどな、と思いながら二人の会話に同席していた 梅 成功（めい・ちぇんごん） は、少し考える。
あ。消えちまったら誰ももう一人の自分を見たかなんてわからないじゃん。
なんてことに思いを馳せながら麗香の話を聞く限りでは、この妖しげな怪談の舞台こそが銀座ミラージュ・ヒルズだそうだ。
巨額の費用をかけて外壁の窓ガラスに全面ミラーコーティングで鏡状にした超高層ビルディング。都会の只中に作られた硝子の塔。
その最上階フロア全てを使用して、全面鏡張りで造られた豪華絢爛な大広間――《サンクチュアリ・オブ・ミラージュ》と呼ばれる場所にもう一人の自分は現れるという。
これは一夜限りの悪夢。深遠の淵――。
●鏡ノ中のワタシ
自分が消えると言う意味について、梅 成功はもう一度考えてみた。
難しいことは嫌いだが、気になることはどうしたって気になってしまうものだ。
つまりこの事件、もう一人の自分が現れると自分自身が消えてしまうらしい。
真っ先に思い出すのはドッペルゲンガーという怪奇現象なんだけど。ドッペルゲンガーがどういう現象かといえば、もう一人の自分に会った人間はやがて命を失い死んでしまうという怪奇話だ。抜け出した魂だとか単なる都市伝説にすぎないなど諸説様々に憶測は存在してるが真相は神様にでも聞いてくれ。とにかく、俺がそのとき考えていたのは、全く関係の無い、自分とは何なのだろう？ という疑問だった。なんか俺らしくないけどな。
簡単に言うと。ここにいて、今を感じているのが自分だとしたら、もう一人の自分が存在する――という話は意味がわからなくなってしまう。ＯＫ？
ここにいない別の自分ってのは、それは最早『自分』と呼ぶに当たらない存在ではないだろうか？
別の自分、もう一人の自分という単語自体が、実はすでに矛盾してるわけで、あり得ない状況なんだからデタラメな戯言っていうか、あるいは単なるそっくりな外見をしただけの全く別の赤の他人だろ？ ――とまあ「もう一人の自分」なんていう馬鹿らしい矛盾した言葉の正体なんぞそんなものかもしれないな、と思った。うん。今日の俺は冴えてる。激冴え。
なんて無駄で意味のないことばかりをずっと考えていたら、いつの間にか目的とする場所に辿り着いていたので、思わず苦笑してしまった。
とうとう来た。
扉に気配を殺しながら手をかける。
ここが鏡の間。人を消失させる魔域。
――《サンクチュアリ・オブ・ミラージュ》――
鏡に囲まれた闇の中で、
得体のしれない見知らぬ誰かはまるで怪物のように立っていた。
人の形をした怪物は闇の奥で、親しげに笑顔を浮かべている。
コツ、コツ、コツ。
動けない俺は影の足音を聞く。
コツ、コツ、コツ。
怪物が近づいてくる。
コツ、コツ、コツ。
ゆっくりと。笑みを崩さずに。近づいてくる……
コツ、コツ、コツ。
自分とまったくそのまま同じ姿をした人間が。
「……これが、俺……か――？」
背が高く、癖のある黒髪と愛嬌のある笑顔の持ち主。
けっして自身では見ることができず、鏡や水面を通してしか知ることのできない不確かな存在。自分の姿こそ最も近くて遠い他人だ。
もう一人の自分が実体をともない、邪悪な笑みで攻撃の意思をあらわにしている。
いや。
邪悪というよりも、純粋な透明を形にした、そのまま消えてしまいそうなくらい無垢な笑顔、かもしれない。
俺、こんな性格悪そうな笑いなんて知らないし、できないってば。
戦闘態勢を取りながら納得した。
――――噂によると犠牲者の数がすでに十数名にも上るともいわれている。
「全くな、鏡を使って悪趣味な事をしやがって」
なあおい、聞いてるか。俺はおまえに言ってるんだけど？
と話し掛けてみるが反応なし。こいつ性格悪そうだな、と自分そっくりな誰かさんに対してまた評価を下げた。
自慢じゃないが一応、鏡使いの端くれたるこの俺だ。
鏡を使う能力で、同じ鏡が関わった不思議な出来事とやらを体験してみたいのと、自分の力でこの出来事を打ち破ってみたい――そんなイタズラ心溢れる挑戦心を抱いてしまうのは健全な若者として当たり前の発想だろう。
だから、俺はこの事件に首を突っ込んでみることにした。
カレイドスコープのような全面鏡張りの内装は、傲慢な笑みの俺と、似合わない微笑をする俺というふたりの俺を上下左右に映し出している。
虚ろな瞳に口元だけをかすかに歪ませたソレは、死んだような微笑を万華鏡のように壁に、床に、天井に、鏡の広間一面を埋め尽くして、ゆらりとゆれながらこちらへと近づいてきた。
振り返った。
部屋に入ってきた入り口――この異空間からの出口は、ない。
正確には迷宮化した鏡の風景からは、わからない。判別が最早つかない。本当になくなっちまったのかもしれない。
雰囲気に飲まれながらも頭の冷静な部分が、ソレとの間合いを計算して警戒レベルを急激に引き上げていく。はぁ。と小さく息を吐いた。
さあ、覚悟を決めるか。
――――今から、自分という最悪な怪物との戦いがはじまるんだからさ。
「よう、あんたも色男だけど、俺の方がもっと色男だな。ま、末っ子で、上の兄姉には苦労してるけど、そっちはどうだい？」
俺の軽口に奴は応える。
「は、余計な心配は必要ないさ。その内どうせ兄貴も姉貴も殺されちまう。この場所で、自分の“影”にな」
「しらけることいってくれるぜ、偽者さんよ」
こいつはやっぱり俺なんかじゃない。たった今決定した。
「決めた。おまえは俺の鏡に速攻閉じ込めてやるよ」
自分との対決では、自らが出した鏡に相手を閉じこめる。はなっから決めていた方法だ。
能力で鏡を出すと、瞬間、自分の分身を出現させた。
相手を翻弄し、その隙に対象を封印の鏡に写して閉じこめ――――。
「な、馬鹿な！？ 畜生まさか‥‥」
俺のいくつもの自分の分身を出現させたように、ヤツの周りにも俺――いや、ヤツ自身の分身がいくつも現れていた。きっかり同数。
「なにを驚いてるんだか。見物はこれからだろ？」
もう一人の俺は、駆け寄ると見せかけて、近くも鏡に手を突っ込む。同時に俺はつんのめるように前に転がり、そのすぐ頭上を俺の側にあった鏡の表面からあいつの拳が通過していく。今度は《次に俺が行おうとしていた戦術》を先にやられた。
「俺はおまえだよ。おまえの使える技、術、能力は全部俺も使える。それが道理だろ？」
周囲では、俺の分身の一体がヤツの分身と交戦状態に入った。
拳と蹴りが交錯し、互いが触れ合った瞬間。
パァン‥‥。
泡が弾けるかのように二体とも分身は消えてしまった。
「消え、た‥‥？」
「ああ。使った力は、こちらの反転した同じ性質の力とぶつかる。それは消滅を意味するんだぜ？ 対消滅の法則だよ」
まちがいない。こいつは正真正銘――怪物だ。俺は距離をとって身構える。
自分お姿をした怪物は警戒する俺に構わず近づき、両手を広げた。
「人は自分で常に自分を否定するもう一人の決して表には出ない自分を抱えている。それが俺だよ。シャドウといってさ、人はけして鏡ノ中ノ自分には勝てないわけ。ＯＫ？」
シャドウ――それは“影”だ。
ユング心理分析で用いられる専門用語として有名だが、その自分の姿をした怪物が語るシャドウは、また別の意味を持ったニュアンスの単語のようでもある。
「は！ 今時ユングかよ」
「いいや？ これは人の構造っていうかな、自然にあるものは全部そうあるように創られているだけなんだ。シャドウに出会った運命を呪うしかないんだから、おまえは悪くない。ただ運が悪かっただけさ」
「だー、認めない。こんな小難しいことをゴチャゴチャ話してんのが俺だなんて、絶対死んでも認めねー！！」
しかし、怪物の勝利条件＝俺の消滅かよ。
こっちの力は全てを無効化されて、一方あいつはシンプルに表現すればこちらに触れるだけで対消滅で、勝利確定？ ちょい待てよ。
――――卑怯な勝負じゃないか。
と愚痴を零すくらいは許されそうな場面だと思った。こぼさないけど。
鏡の中の俺は、歌うように言葉を紡ぎながら近づいてくる。
おまえは、自分を殺せない。
おまえは、自分を殺したがっている、もう一人の自分を飼っている。
俺は、自分を殺したい。
俺は、自分の身の程をわきまえない、もう一人の自分を飼っている。
おまえは、俺を知らずに生き続ける。
おまえは、俺を知らずに生を謳歌し続ける。
自分が全ての苦しみも喜びも引き受けていると勘違いを抱きながら――――。
それこそが、おまえの犯し続けている耐え難き許されざる罪だ。
これがもう一人の自分か。もう一人の自分と向き合うという意味か。
胸の奥に激しいムカツキを覚えた。飲まれるな。手を、足を動かせ。
あいつと戦え。
「は、違うな。だったらなぜ、この場所を訪れたヤツは例外なく自分のシャドウと出会い、消えているんだよ？ おまえの話はどっかおかしい――」
もう一人の自分は、“影”は嬉しそうに笑った。
「ああ、そうだ。ここは鏡の結界を形成することで、人工的にシャドウを発現させる異空間だ。自分ながら良くここの仕組みに気づいたなって、褒めてやりたい気分だな」
生と負は触れ合ってしまうことでエネルギーを放出して、消滅する。
対消滅の概念。
鏡に潜って空間を跳躍すると怪物も同じようについてきた。周囲ではいくつもの鏡から生み出された俺が、もう一人の俺に消滅させられるそんな光景で埋め尽くされる。鏡と鏡の相反射で虚数的に膨れ上がった無限の空間が、俺とヤツの創造と消滅だけで埋め尽くされているなんて狂気。
ひどい悪夢だ。
戦いが長引き打ち合い続けるたびに、交錯する度に奪われ消えていく自分という“存在”――。
きえる。消えていく――体も、能力も、意思も、意志も――全てを喰われて、消えていく――。
成功は笑っていた。
もう一人の自分と比べてそれは存在感に溢れた好戦的な笑み――。
「いいぜ。おまえは俺の扉を開いた」
着地した瞬間に、成功はくるりと迎え撃つように反転し、自分という怪物に向けて手を差し向けた。攻撃するでも防御するでもない、ただふれようとするかような動作だ。
意外な動きに、怪物は腕を両腕を交差させて身を守ろうとしたが勢いづいた体は止められず、対峙して同じように手を突き出した。
成功と怪物の手が触れた瞬間、鏡使いはにやりと笑った。
「俺の鏡は有象無象全てを写す。ほら、鏡の中に本当のアンタがいるぜ」
成功の体をピシピシと空間から現れた鏡が閉じ込めていく。
いや、鏡は“自分を写し出した鏡”として存在していた。鏡の向こうで笑っていた成功が自分の――自分という怪物の姿に変わっていた。
自分の写った鏡が完成すると同時に、彼もまた鏡の中に閉じ込められ、同時に無限に広がった鏡世界が上下左右を自分の姿だけで埋め尽くす。
光が無限に乱反射される鏡の世界の中で成功は一人きりで立っていた。
「生き残った俺が虚像か実像かなんて、鏡使いには意味ないぜ」
未来永劫、おまえはこの鏡の世界に封じられる。
永遠に独りきりだ。
成功として怪物は永遠に鏡の中で生き続けるしかない。
――おまえは、俺を殺したいと願い続けることで、存在を望むもう一人の自分‥‥。
自分を消滅させてまで、俺を消したいと願うおまえは、偽者なんだよ――。
●永遠に眠る
―――は！！
目が覚めた。顔を上げるとそこはよく見知ったアトラス編集部の室内だった。
夢か‥‥。
汗ばんだ手を見つめてから、額にも浮かんでいた汗を気だるそうに拭った。編集室の打ち合わせでどうやら俺は、恥ずかしながらうたた寝をしてしまったようだ。
それにしても嫌な夢だったな、と思いながら、あれ？ どんな夢を見ていたんだっけ‥‥と悩んでいる自分の心にも気がついた。おかしいな‥‥。
「何を寝ぼけてるの？ 話、勝手に続けるわよ」
「あ、悪い。疲れが溜まっていたみたいだ‥‥」
麗香に注意されてしまった。悪いと繰り返し謝った俺に、同席していた夢琴香奈天が「別に気にしていないから、よろしければ少し休んできたら？」と言った。有難い言葉なんだけど、流石にそこまでは甘えられないので丁重に辞退する。
「で、例の消失事件についてなんだけれど」
「あ。それ、西銀座のミラージュ・ヒルズで言われている例の怪談ね？」
アトラス編集部を来訪していた香奈天が何かを話している。まだ明瞭ではない頭で、その話に耳を傾けた。好奇心を刺激でもされたのだろうか。
――――意味もなく、話に耳を傾けてはいけないような気がした。
編集長の碇麗香は香奈天に「そうよ」と答えた。
「もう一人の自分が現れて、分身に襲われた人間はそのまま姿を消してしまう――どうかしら？ 次号の記事にはぴったりの企画じゃない？」
もう一人の自分に襲われるという噂の場所とは、東京の新名所・銀座ミラージュ・ヒルズ。
新しい開発地には大抵この手の噂が流れるものなんだけどな、と思いながら俺は、少し考える。
あ。消えちまったら誰ももう一人の自分を見たかなんてわからないじゃん。
なんてことに思いを馳せながら麗香の話を聞く限りでは、この妖しげな怪談の舞台こそが銀座ミラージュ・ヒルズだそうだ。
巨額の費用をかけて外壁の窓ガラスに全面ミラーコーティングで鏡状にした超高層ビルディング。都会の只中に作られた硝子の塔。
その最上階フロア全てを使用して、全面鏡張りで造られた豪華絢爛な大広間――《サンクチュアリ・オブ・ミラージュ》と呼ばれる場所にもう一人の自分は現れるという。
コーヒーに口をつける。
ふと上がった視線。
瞳の中に映ったのは、編集室の壁にかけられたどこにでもある鏡。
鏡の中のもう一人の俺が、小さく嗤った気がした。
――――やあ。今夜もまたヨロシクな。
写し鏡のように繰り返される時間。
時間も空間も飲み込んで反転させては立ち現れる
鏡という怪物。
もう、この世界からノガレラレナイ。
また、殺し合いの一夜が始まる……。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【3507／梅・成功（めい・ちぇんごん）／男性／15歳／中学生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、雛川 遊です。
シナリオにご参加いただきありがとうございました。
新年の黒き夢にて永遠に繰り返される素晴らしき宴を手に入れました。夢から覚めるも永遠に沈むも、すべてはあなたが望まれるままに――。
なーんて。本編は一夜の夢でして、描写はされていませんが「いやな夢を見たなあ‥‥」と汗かきつつ本当の朝日の光を浴びながら起きてるはずですのでご安心をー。‥‥多分ね。（え？）
それと行間が大目なのは演出なのでご理解くだされ。ペコリ。
それでは、夜にも奇妙な悪夢《ナイトメア》から無事目覚めることを祈りつつ‥‥。
＞成功さん
一夜限りの悪夢へようこそ。
半定型形式ということもあり一風変わったシナリオになりましたが、悪夢のお味はいかがでしたでしょうか。
それにしても鏡使いのご参加という魅力的なシチュエーションに胸躍りましたですよ。決着はかなり悩みましたがこういう形にしてみました。
しかしこのオチ、永遠に続く一夜だとしたらそれは覚めないに等しいのでは？ という無粋な突っ込みは考えぬが吉でございます。よろしくー。
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