コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


「ひとときの温もり」



「そろそろ3時ですね・・・」
重厚なオーク材の机の上にそっと羽ペンを置いて、セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)は壁の大時計を見上げた。
彼の許に訪問客が訪れるのはそう珍しいことではなかったが、今日のお客様は突発的で衝動的な訪問が大半で、今日のように時間を告げての来訪など、本当に奇異なことだった。
たとえほぼ毎日のように同じ館内のどこかにいたとしても、彼の訪問は風のように気まぐれである。
セレスティはうれしそうに微笑むと、屋敷の者が丁寧なノックと共に扉を開け、彼を居間へといざなう間、今日のお茶は何にしようか、お茶菓子は、器は、と楽しい想像を胸に温めていた。
セレスティが居間に入り、ほんの少ししか時を置かずに、その華奢な訪問客が息を切らせて飛び込んで来た。
「セレスティ様、こんにちは!」
にこにこと愛くるしい笑顔で、マリオン・バーガンディ(まりおん・ばーがんでぃ)はセレスティに挨拶した。
「こんにちは、マリオン」
見れば、その腕には真っ白な雪と見紛うほどのふわふわした兎が納まっている。
セレスティはやや首をかしげ、その兎を眺めていたかと思うと、不意に微笑を浮かべて、マリオンに尋ねた。
「その兎さんをどこでつかまえたのですか?」
「庭でつかまえたんです!」
よく見ると小刻みに兎は震えている。
腕にそれが伝わるのか、少しだけ不安げな顔になって、マリオンは兎を見つめた。
「寒いんでしょうか・・・」
(あれはどう見ても・・・)
セレスティはふきだしたいのをこらえながら、心配そうなマリオンと怯える白兎を見やった。
(兎月くん、ですね・・・)
この状況から判断するに、どうやらマリオンは兎の姿になった池田屋・兎月(いけだや・うづき)を見たことがなかったようだ。
広いセレスティの屋敷の前庭で、普通に考えたら珍しいことこの上ない、真っ白な兎を見つけたのがよほどうれしかったのだろう。
入ってきた時に相当マリオンの呼吸が乱れていたのを見るに、かなり兎月は逃げ回ったにちがいなかった。
それでもつかまってしまったのは――――マリオンの方が数枚上手だったということか。
一度静かに青い瞳を伏せてから、セレスティはこう口にした。
「それは屋敷で飼っている兎さんですから持って帰っては駄目ですよ」
「そうなんですか・・・」
残念そうに肩を落とすマリオンから兎を受け取り、怯えを鎮めるようにその白い毛を撫でた後、マリオンに向き直った。
「外は寒かったでしょう?頬が真っ赤ですよ。もっと暖炉の近くに行きなさい」
「はーい」
マリオンはその黒い髪を弾ませながら、暖炉に一番近いソファに身を沈めた。
「時間も時間ですしね、お茶にしましょう」
そう言って、セレスティはひときわ茶目っ気を含んだ笑みを兎に投げ、窓の隙間から庭に兎を放した。
程なくして、銀の紅茶セットが運ばれてきた。
それを持って来たのは、兎月その人である。
また笑いたい衝動に駆られたが、努めて神妙な顔で、セレスティは兎月を見上げた。
「ご苦労様。今日のお茶菓子は何ですか?」
「はい、今日はチェリータルトでございます」
「綺麗な色ですね!おいしそう・・・!」
目を輝かせてマリオンはタルトを見つめた。
それを手際よく切り分け、兎月はセレスティとマリオンの目の前に、七色の光を表面に作るガラスの皿に乗せて置いた。
5分蒸らした琥珀色の紅茶も、その隣りへと置かれる。
そのまま立ち去ろうとした兎月を呼びとめ、セレスティは一緒にテーブルにつくよう言った。
「お茶の時間はたくさん人がいた方が美味しいでしょう?」
「・・・それではお言葉に甘えさせていただきます」
セレスティとマリオンの斜め向かいのソファに座り、兎月は自分の分の紅茶を注いだ。
そこまで見終えてから、セレスティは何事もなかったかのような表情で、兎月に言った。
「さっき、マリオンが屋敷の庭で真っ白な兎をつかまえたんですよ。珍しいと思いませんか?」
「兎、ですか・・・」
「そうなんですよ!兎月さんも見たことはありますか?!」
得意げなマリオンにどんな表情を返していいものやら、困った顔すら出来ずに兎月は無表情にマリオンを見つめ返す。
「いえ・・・」
どうやらセレスティはマリオンに、白い兎の正体を、今すぐに明かすつもりはないらしい。
にこにこと楽しそうにする主人に、兎月は返す言葉が見つからなかった。
「また会えるといいなあ・・・」
「会えますよ。会えますよね?兎月くん」
「そうですね・・・」
兎月は複雑な瞳でふたつめのチェリータルトを切り、紅茶のおかわりを淹れた。
芳しいお茶の香りが部屋中に満ちる。
暖炉の炎が緩やかにはぜて、薪の崩れる音がする。
外は厳寒の季節だが、ここは優しさと温もりにあふれていた。
チェリータルトを口に運びながら、マリオンはふと、先日あったことを話し出した。
「たまたまだったんです。こっそりドライブに出かけて、その骨董品のお店を見つけたのは」
「骨董品ですか?」
「はい。あんまり売るつもりはないのか、裏の方の細い路地に本当にひっそりとあったんですよ。そこでこれをもらいました」
マリオンはかばんの中から大事そうに、真っ白な布に包まれたものを取り出した。
受け取ったセレスティが布を開くと、そこには少し黒ずんだ銀製の砂時計が現れた。
「昔の古い日記の真ん中がくり抜かれていて、そこにはめ込まれてあったんです。でも、どんなに頑張っても、その場所に埋め込まれてしまったみたいに取り出せなくて・・・そうしたら、そのお店のおばあさんが出て来てこう言ったんです。『それはやさしい祈りがないと時を刻まない』って」
セレスティはその砂時計を逆さにした。
しかし、落ちるはずの中の砂は一向に落ちず、重力に逆らったまま、時を止めていた。
兎月はマリオンに視線をやり、言った。
「それでも・・・マリオン様がこれをお持ちだということは、『やさしい祈り』の正体は判明したということでございましょうか?」
「はい、そうなんです」
マリオンはこくんとうなずいて、その砂時計を指先で弾いた。
すると、さらさらと音をたてて、中の銀の砂が下に落ち始めた。
「これは、『愛する人の平穏』を祈った時、その祈りをたった3分間だけかなえてくれるそうです。愛すること、愛されること、それを知らない、気付けない人には、この砂時計を日記から出すことすら出来ないんだそうですよ」
「たった3分、されど3分の平穏、ですね」
心休まる暇のない「人」という生き物に、愛の力で一瞬だけでも安らぎをと願うその気持ちに対して、この砂時計は応えてくれるのだろう。
セレスティは砂の落ちきったその砂時計を逆さにした。
今度はたゆまなく、砂時計は安堵を紡ぎ出す。
「ならば・・・」
砂の落ちる様を眺めながら、兎月はつぶやくように言った。
「世界中の人の平穏を祈りながら、この砂時計を逆さにしたら、そのほんの一瞬だけ、世界中の争いがやむのかも知れませぬ・・・」
「ええ、兎月くん、そうですね・・・」
セレスティはもう一度砂時計をひっくり返した。
小さな小さな平和の使者は、マリオンに見つけてもらうまで、世界の荒れ様に心を痛めながら日記の中で眠っていたのかも知れない。
「いいものを見つけましたね、マリオン」
「ありがとうございます」
敬愛する相手に誉められて、マリオンは先ほどと同じくらいに頬を染めた。
照れ隠しにふと外を見やると、空から別の使者が舞い降りて来ていた。
「あっ、セレスティ様、ほら、雪ですよ!」


外は白く白くかすんでいく。
季節はまだ冬――――春までは、まだ遠い。

〜END〜