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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


目覚めの時

 ズキズキと、怪我をした足が痛む。
 すぐ目の前には、行方不明の話を聞いてからずっと探しまわっていた少女が、少女らしからぬ空気を纏って立っている。
「姫宮さん……」
 姿は樹沙羅であるけれど、その中身は樹沙羅ではない殺戮を好み、狂気を宿す者である。
「アンタの探し人はここにはいねぇよ」
 ニヤリと口の端をあげた彼女は、スラリとした刀を虎太郎へと向けて構えた。
 制止は一瞬。
 彼女はそのたおやかな外見とは裏腹の鋭い動きで迫ってくる。
 さきほど足を怪我したばかりの虎太郎では明らかに不利だったが、ここで引くわけにはいかなかった。
 虎太郎は、樹沙羅を連れ戻すためにここまでやってきたのだ。このまま『彼女』に樹沙羅を奪わせるわけにはいかない。
「まずはテメェを倒して、次はそいつだ」
 太陽の光をキラリと映し、刀が閃く。
 素早く移動することのできない虎太郎は、その全てをその場から動かないままに弾いて見せた。
 しかし痛みは容易く集中力を奪い、動きが次第に鈍くなっていく。
「……姫宮さん……」
 甲高い鍔迫り合いの音の合間を縫って、虎太郎は彼女と、そして彼女の中で眠っているはずの樹沙羅へと声をかける。
「帰りましょう、日本へ」
 樹沙羅だけにではなく『彼女』へも呼びかけたその言葉に、彼女の動きが一瞬鈍りを見せた。
 一秒にも満たないそれだが、そんな隙を見逃す虎太郎ではない。

 キィンッ!!

 一際高い金属音とともに、彼女の持つ刀は弾き飛ばされ石畳の上へ落ちて乾いた音を立てた。
「あの人は、最期の瞬間まで貴方を気遣っていました……。あの人は、わかっていたんだと思います。貴方も、姫宮さんの一部だと言う事を」
 纏う気配が違っていても。
 見せる表情が違っていても。
 傍目には、同じなのは姿だけのようにも見えるけれど。
 だけど彼女は紛れもなく、樹沙羅自身の一部なのだ。


† † †


 彼女は、戸惑っていた。
 虎太郎の目的は樹沙羅だけだと思っていたから。
 まさか自分にまで声をかけてくれるとは思っていなかったのだ。

 帰れない。
 帰れるわけがない。

 憎しみと狂気に満ち、破壊欲を持つ自分。
 ……いや、それだけならば帰れないだなんて思わなかった。

 あの時――剣客の家で親の仇である殺し屋と出会った瞬間、自分は眠りから目覚めた。
 憎しみと共に繰り出した剣を、あれは……あの剣客は、自らの体で受けとめたのだ。
 正直、あの時のことはよく覚えていない。
 剣客を殺してしまったあの瞬間、自分の心はひどく乱れて、それから後のことはあまりよく思い出せなかった。

 ひとつだけ、確実にわかっていることがある。
 自分にはもう違う道など選べないということだ。
 剣客を殺してしまった以上、このまま進むしか道は残されていないのだ。
 血の雨が降るこの道を、ひたすら歩きつづけるしかない。
 ……どうして、日本を離れたのかは、自分でもよくわからない。
 ただ、イタリアに来たのは表の人格――樹沙羅の影響だ。幼い頃に両親から聞いた思い出話に出てきた地なのだ、イタリアは。

「大丈夫ですよ。一緒に帰りましょう、姫宮さん」
 にこりと。
 虎太郎は穏やかに笑いかけてくる。
 しばしの沈黙ののち、答えない彼女に向けられた笑みが少しだけ歪んだ。悲しげな瞳で、微かに笑う。
「……私も昔、大切な人を手にかけてしまったことがあります。ですから多少は、貴方の気持ちも想像できます」
 虎太郎は決して、貴方の気持ちが理解りますとは言わなかった。
 いくら似たような経験をしたと言っても、まったく違う人間が同じことを考えるわけがない。だから、理解ではなく、想像。
 おそらく虎太郎自身、誰にも自分の気持ちはわからないと思っているのではないのだろうか。同調も同情も求めずに、ただ自分を責めるだけしかできない……それほどに、辛い出来事だったのではないだろうか。
「うるさい」
 浮かんだ思考を無理やり頭の隅に追いやって、ギラリと虎太郎を睨みつける。
「誰が、大切だって? オレにとっちゃあ他人なんてなんの意味もないんだ」
 虎太郎に向かって言った言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているような気がした。
 続けて怒鳴りつけてやろうとしたその時。
 道の端に倒れていた男――虎太郎が気絶させた殺し屋であり、樹沙羅の両親の仇――の手元でキラリと何かが光を放った。

 考える暇など、なかった。

 咄嗟に体が動いて、飛んできたナイフと虎太郎の直線状に体を滑りこませる。
「樹沙羅っ!?」
 驚きを顕にした虎太郎の声を最後に、周囲の音が遠のいて行く。
 そして。
 意識は完全なる静寂と暗闇のなかに落ちていった。


† † †


 ひととおりの治療を済ませた樹沙羅をベッドに寝かせ、虎太郎はただひたすらに待っていた。
 次に目覚めた時、あらわれるのは樹沙羅だろうか。それとも、彼女だろうか……。
 こればかりはその時が来なければわからない。
 樹沙羅の目覚めを待ちながら自分自身の怪我も治療して、それからさらに待つこと一昼夜。
 ふ、と。
 眠る樹沙羅の睫が震えたのを見て、虎太郎は思わず樹沙羅の顔を覗きこんだ。
 ……ゆっくりと、その瞳が開かれる。
「神谷、さん……?」
 不思議そうに問い掛けたその声音は優しげで、それは間違いなく樹沙羅のもの。
「目が覚めましたか、良かった」
「え? どうしてここに……?」
 戸惑う樹沙羅に、虎太郎はふわりと優しい笑みを浮かべる。
「事情はあとで。とにかく今は、日本に戻りましょう」
「……でも……」
 怯えるように俯いた樹沙羅の手をとって、虎太郎はしっかりと樹沙羅の方を見つめた。
「大丈夫ですよ」
 たった、一言。
 理由もなにも告げない言葉にこめた思いは、樹沙羅の心にしっかりと届いたらしい。
「……はい……」
 戸惑うように、けれど樹沙羅はこくりと小さく頷いた。