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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


[ お前となら死ねる ―この世で一番好きな奴― ]


「兄さん、それは惚れ薬です」
「……は?」

 それは冬の寒さが身にしみる長閑な昼のこと。
 草間・零の言葉に、草間・武彦は飲んでいた栄養ドリンクの瓶から口を離す。
「いやぁ、何の冗談だ零? これはどう見てもいつも俺が飲んで――……」
 しかし見慣れた瓶のはずだったそれは、正規のラベルの上から違う何かが貼られており、確かにでかでかと惚れ薬と書かれていた。
「……いや、これこそ何の冗談だ。上から貼ってあるだけで単なる悪戯だろ? 馬鹿も程ほどにしろよ」
 一瞬躊躇いながらも、武彦は瓶の中身を一気に飲み干し……同時出るしゃっくり。
「――‥…な、んだ?」
 もう一度しゃっくり。そして感じる倦怠感。
「やたら……ぼうっと」
「……やっぱりあの荷物は曰く付きの荷物だったのですね!」
「やっぱりって…あの荷物って何だ零!?」
 武彦が言うなりキッチンの方から零はいかにも怪しげな一つの木箱を持ってきた。
「差出人不明、ただ皆さんで召し上がってくださいと、沢山のお荷物が届きました」
「そ、んな訳の判らないもん開けて、挙句俺が実験台か!?」
「別に試すつもりではなかったのですが……でも説明書によるとこの惚れ薬は少し特殊なようですよ」
 言いながら零は、冷静に同封されていたらしい一枚の紙を見た。しかし沢山というからには他にもこんなわけの判らないものがあるのだろうか……。
「説明書って……惚れ薬に説明もクソもあるのか?」
「えーっと、この薬は服用後四番目に見た相手を好きになります。因みに相手は兄さんに惚れるわけではないみたいですね」
「四番目って何だよ……」
 武彦のツッコミに零はただ目の前の文書を読み続ける。
「そしてその相手と無理矢理の心中を図るドリンクです」
「…………意味がわかんねぇよ!!」
 長い沈黙の後、武彦は机を叩き椅子から勢いよく立ち上がる。しかし零はそんなことには動じず、淡々と続けてみせた。
「でも、もしこれが本当だったらどうしますか? 此処に届いた荷物として考えると、100%嘘だとは言い切れませんよね」
 その言葉は確信犯的言葉なのか、素で言っているのか……武彦は頭を悩ませる。
「とにかく……そこまで零が言うしよくは判らない以上、俺は暫く誰にも会わないぞ。いいか!? 別に信じてるわけじゃないからな、でもこの効力が切れるまで誰にも会わない!! 零、効力はどれくらいで切れるんだ!?」
「えーっと、場合によっての移動時間と、この世への未練も考慮されているのか四日間と書かれています」
「――――」
 零の言葉に、武彦は静かに沈み、内心呟く。
『移動時間に未練ってなんだ? やたら四に拘ってることと言い、なぁ……?』
 しかし、このことを知るのは今まさに世間で零一人であり、此処を普段訪れる人間は誰一人待ってはくれない。そしてどういうタイミングか、響くブザーの音に武彦の肩が大きく跳ね上がり、その後ガタガタと震え始めた。その表情は、まるで狼に追い詰められかけられている羊やヤギのようにも見える。
「れ、零……俺は居ないと言ってくれ」
「こんな狭い興信所で居ないも何も無理だとは思うんですけどね……」
 しかし零は武彦に頷いてみせると「はーい」と返事し、机の下に隠れる武彦を横目で見、微かに笑いながらドアを開けた。


「おーやびん、ちょっと一休みさせてもらうよー……って、あれ? 人がいっぱいだぁ」
 そう、当たり前のように興信所のドアを開け中へと入る一人の少女――鬼丸・鵺(おにまる・ぬえ)。視界に入る人の数は四人。草間・武彦、草間・零、そしてシュライン・エマにジュジュ・ミュージー。
「あっ、ダメですっ!!」
 同時、零の声が事務所内に響くが既に全てが手遅れで。
 突如机の下から出ると立ち上がる武彦に二人は驚き、思わずその手を引いた。
 そして鵺の許へと近づく武彦の目は虚ろで、しかしそれに気づく者は誰一人居ない。当の鵺はのろのろと近づく武彦に疑問を持ちながらも、気は早くも違う方向へと逸れていたからだ。
「ん、おやびんどうした? ぁ、そーそー。鵺今買い物帰りでね、面白いもの持っ――」
 鵺の言葉はそこで途切れる。静止させられたわけではない。ただ、何が起こったのかと一瞬言葉を失った。今確かに鵺の目の前には武彦が居て、寧ろ彼に抱きしめられているのは多分気のせいでは無いと思う。
 零はその通りの武彦と鵺を横から直視してしまい、思わず立ちくらみを覚えた。
「キミ……こんな気持ちは初めてなんだ」
「お〜、おやびんどーしたよ? こうしてると暖かいんだけど、ちょっと鵺苦しいよ」
 真剣な武彦の声とは裏腹に、鵺の呑気な声が辺りに響く。
「ちょっ、と武彦さん?」
 声と同時、シュラインはゆっくりと武彦へと歩み寄る。それはジュジュも同じである。彼の名を呼びながら、二人そっと武彦の背に触れた。しかしそれに気づいていないのか、武彦は鵺の肩へと頭を埋める。
「キミを見たときの胸の高鳴り、そして抑え切れないこの想い……もう俺は、キミをこうして抱きしめるだけじゃ足りない」
 シュラインとジュジュの手が同時に遠ざかる。どう考えても"草間武彦"の口から出る言葉でも行動でもないそれに、流石に二人の表情も同時に引き攣っていた。
「どうか俺と……ごぎゃっ――!!」
 しかしシリアスな場面から打って変わり、情けない断末魔にも似た声を上げ武彦は床へと落ちる。否、その前に鈍い音が響いたのは確かだと思う。ゴンッと、小さくも鈍い音が。
「――っ、はぁはぁはぁ……ご、ごめんなさい兄さん」
 武彦の後ろ、つまりシュラインとジュジュの先に立ちはだかるは零の背中。肩で息する零の手には今、武彦愛用の灰皿が握られていた。勿論吸殻は事前に捨て、何を考えたのか素手ではなくハンカチ越しに灰皿を持つ零の姿は、ドラマ内の殺人現場を思い出させる。勿論鵺はそれを正面から見てしまい、これは笑い飛ばすどころではなくなってしまう。
 そして三人の言葉にならぬ声が同時響く中、零は冷静に額に流れる汗を拭い鵺を見、二人を振り返り更に冷静に言った。
「厄介なことになりました……兄さん、死んでしまうかもしれません」

    □■□

 死因が殴ったことではなく、おかしな薬のせいであると聞かされたのは、それから間も無くの事だった。
 今武彦は頭に大きなコブを作ったものの、ほぼ無傷のままソファーに横たわっている。
「さて……困ったわね。とりあえず零ちゃん、怪しい物はもう飲ませず飲まず保管ね」
 そう言うシュラインに、零は机の上に置いてあった木箱を持ちキッチンへと消えていった。途中カチャカチャと聞こえた瓶の音は相当の数だと思う。まさかとは思うが、此処数日飲み続けていたとすると相当厄介なことになるかもしれない。もっとも、それは後に零により否定されるのだが――
「クスリのせいとは言え、武彦がアンナコト言うなんて……ミーは……ミーはッ」
「まーまー、鵺はおやびんと死ぬ気なんてないから安心してくださいよー」
 半泣き状態のジュジュに鵺がそっと声を掛けた。勿論その言葉にはれっきとした根拠がある。
「――んっ?」
 しかしそこで武彦が声を出し、そっと目を開けた。
 誰もが息を呑む瞬間。
「ぬ……ぇ――っ、もうダメだ!」
「おっ、一体何がさ〜?」
 鵺はあくまでもいつも通り言葉を返し、武彦の反応を待つ。
「俺と一緒になろう!!」
「武彦さん!」
「武彦っ!!」
 その言葉にシュラインとジュジュの声が、やはり同時に響いた。既に状況が判っていようとも、例え今の武彦が別人だろうが、声は変わりないもので、どうしても反応してしまう。そしてシュラインに関しては、必死で武彦を止めようと声を掛け続けた。
「えーっと、おやびんは惚れる相手を間違ってるよ。だってさ、エマさんやミュージーさん差し置いて鵺じゃおかしいでしょ〜?」
 言いながら鵺は、足元に置いてあった買い物袋をゴソゴソと漁り、そこからでっかいクマさんぬいぐるみを取り出す。次にもう一度その袋を漁り新品の白いマフラーを出すとくまに巻き、「ちょっと借りるよー」と武彦の眼鏡を抜き取った。
「どうせなら…ほ〜ら、世のおばはん共のアイドル、某ヨン様だよ! コレに思う存分惚れるがいいさっ」
 そう、武彦の眼鏡も装着したクマのぬいぐるみを彼の前に差し出す。その姿は無く某貴公子に見える。表情はぬいぐるみゆえどうしようもないのだが……。
 しかしその言葉はことごとく無視されたのか、今度はそのクマごと抱きしめられてしまった。鵺の腕の中でパキッと、レンズの終われる音が響いたが、肝心の武彦は全く気にしていない。
 遂にその行動にシュラインが武彦の肩を何気なく叩き、後ろへと引き離そうとした。しかし予想以上に武彦の力は強く、後ろから引き剥がす所では済まないようであった。そしてそんなことは気にせず口にされる武彦ならざる者の台詞。
「キミの代わりなんてこの世界中何処を探したって居ないんだ。鵺、一緒になろう。俺と……一緒に死のう。死んで俺達は永遠に一緒だよ」
「いやいやいや」
 その瞬間、即答と同時流石に鵺の表情も引き攣った。言っていることが既に人の考えを逸脱している。
「……確かにおやびんの事は嫌いじゃないしぃ、一緒に死んでくれるってのも結構悪くは無いんだけど」
 そう言う鵺に武彦は「ならどうして!?」と言葉で迫った。それに鵺は「一緒には死なない」と、ジュジュに言った根拠を言葉にする。
「鵺、もう売約済みなんだよねー、残念!!」
 つまりの所、婚約者が居るということだ。とは言え、この無防備さが少しだけ事をややこしくもしている気がした。
「婚約が何だ!? キミはまだ若すぎる、そんなもの関係ぬぐぁ――っ!?」
 しかし鵺をギュッと抱いたまま、武彦は突然に硬直した。同時、ゆっくり鵺から離れていく。
「おやびん?」
 そして鵺の腕の中、くまのぬいぐるみに掛けられた自分の眼鏡――案の定割れている――を取ると、何事もなかったようにソファーから立ち上がり、鵺から遠ざかった。ついでに部屋の隅で直立不動、今はジッと壁を見つめている。
「……ドウやら、成功みたいネ」
 ふと視線を向けた先、そこには拡声器を持ったジュジュが居た。それが意味するのは、ジュジュの能力であるデーモンが今、武彦の意思をどうにかしているという事だ。
「一先ず安心、なのかしら?」
「ウーン、一応今のところは薬の効果よりデーモン能力の方が上みたいネ」
「にしてもおやびん怪力だったなぁ。鵺、絞め殺されるかと思ったね……」
 僅かにゲンナリ鵺が言うと、シュラインとジュジュが苦笑いを浮かべて見せた。

    ■□■

 ――二日目を向かえ三日目を無事やり過ごし四日目の朝。
 武彦の状況はデーモンのお陰で押さえつけられ、実に平和な日々だった。
 結局三人は事の終わりを見届けるまでは事務所での寝泊りとなり――特に鵺に関しては、武彦が彼女を探しに何処までも暴走する恐れがあるため――その間シュラインは今日この日に備え食事調整を始めていた。
「さて、鬼丸さんは今のうちにこれを食べていて頂戴」
「いつも思うんだけど……鵺、お手伝いじゃないですかー?」
 そう、シュラインから出された食事に鵺は首を傾げる。
「それは名目。それに武彦さんと同じ食事を同じ場所でとってもらうのはね……」
 苦笑いを浮かべながらシュラインは手鍋で暖めるお粥に目を向けた。確かに同じものを食べていては力が出なさそうだ。その後すぐ目の前に移した視線は、美味しそうなご馳走を捉え「頂きまーす」と小さく声にする。その後シュラインはお粥を皿へと移すとキッチンを後にした。これから武彦に付き合いお粥を食べるのだろう。
「大変だねぇ〜」
 まるで他人事のように言うと鵺はハンバーグにフォークを刺す。やはり優先は食事。色恋事より食べ物、食事が好きな年頃の女の子だ。
 おまけにシュラインが出してくれた料理は、ここ数日メニューが重なることも無く美味しく食べられるのがなんとも嬉しいと鵺は思った。とは言え、あのお粥も美味しいのだろうと思うと空になった手鍋も気になってしまう。
「……およ?」
 しかしフォークにナポリタンを絡ませ考えていたところ、それ邪魔する誰かの声。刹那、大きな音にシュラインとジュジュが声を上げた。
 その声と音にキッチンに居た鵺は何事かと思わず顔を出す。しかし「どうした〜?」の声もなく目の前に現れた武彦に、軽々とその身を抱えられてしまった。それはお姫様ダッコなどと可愛いものではなく、肩に背負うもの。そしてそのまま武彦に運ばれた。
「武彦さん早まらないで! 一緒になりたいって言うけれど、仲が清いままじゃないとあの世で結ばれないのよ」
 シュラインの声を聞きながら、武彦はキッチンの戸をバタバタと開け閉めしながら包丁を見つけ踵を返す。
「…………だから?」
 そしてそれを手にしたまま冷たい反応を返した。
「あのね、嫌がる鬼丸さんを無理矢理引っ張り心中なんてしたって、きっと一緒になれないわ。それにそれじゃ私だって……」
「でも鵺は『一緒に死んでくれるってのも結構悪くは無い』と言った。でもダメなのか?」
 シュラインの声を遮り武彦が言う。
「武彦、少し落ち着いて考えヨ。先ずはホラ、ソファーに……ミーがとっておきのコーヒー淹れてあげる」
 そんな彼に、ジュジュは刺激を与えぬようソファーへと誘導するとキッチンの方へと消えていく。そして誘導された武彦は素直にソファーに座るが、鵺はすぐ隣に下ろし、片手には物騒な刃物を持ったままだ。
 そんな彼にシュラインは溜息を吐くと、向かい合うようソファーに座った。
 暫しすると、それは恐らく武彦の好きな、豆から挽いているコーヒーの香りが漂ってくる。それはどこか心落ち着かせるような――
 しかし突然武彦の手から包丁が零れ落ち、体が前へと倒れていく。よく見ると、武彦の後ろにはその手に拳銃を持つジュジュの姿。どうやらその台尻で殴ったらしい。恐らく灰皿を使い勢いで殴るよりはマシだろう。
「武彦さん、頭大丈夫かしら……」
 非常時とは言え、二回も頭に衝撃を受けてしまったことに、シュラインは不安を抱きながらも立ち上がり、近くから持ってきた布団を武彦の上に掛けた。勿論それだけではなく、更に新聞を縛るような、荷造り用の紐も持っている。
「それじゃ、武彦巻こっか」
「ぁっ、鵺もおやびん巻く〜。お手伝い、お手伝いー」
 言いながら三人は武彦を布団と紐で巻いていく。此処までは最悪の事態を考えて計算済みだった。
 鵺は慌てず騒がず、シュラインは武彦を止めに入ると同時少しでも引きつけておく、そしてジュジュがタイミングを見計らい彼を伸ばす事が作戦の一つにあったのだ。
「とは言え、本当に包丁を出すなんてね。交換しておいて良かったわ」
 言いながらシュラインは床に落ちた包丁を手に取り、その刃の先を人差し指で押す。案の定刃は柄へと入ってしまい、それが偽物だと示していた。
「サテ、今から知り合いの事務所連れてってもイイケド、もうすぐクスリ切れるならココに居た方がイイカナ?」
 縛り上げた武彦を見ながらジュジュはシュラインに問う。
「今やたらに動かすのも怖いわよね……きっとあと数時間だから、この場所で何とかしましょう」
「じゃあおやびんは隅っこに〜」
 言いながら鵺は武彦を引きずりながら部屋の隅へと移動した。
「気を失ってる間に薬の効力も消えてくれてれば良いんだけど」
 呟きシュラインは視線を泳がす。そこでぶつかったジュジュの視線も、何となく同じことを物語っている気がした。

    □■□

「俺は鵺と共に永眠し……何もかもから解き放たれる――」
 ぼそぼそと響くは武彦の声。
「お前となら死ねるって、それくらい好きなのに。何時の時代も俺の想いは届かない……な」
「武彦、まだ戻らないネ」
 部屋の隅でぶつぶつと呟き続ける武彦の背を見、ジュジュはそっと呟いた。
「というかー、おやびんさっきとキャラ違うよ。言い方が大人しくなったねぇ?」
「そうね……それにしても気になることがいっぱいだわ」
 言いながらシュラインは隣に座る零を見る。まさか今回の事態、彼女の悪戯なわけは無いと思いつつも問い、首を横に振った零に「やっぱそうよね」と溜息を吐く。
 この症状がたかがドリンクから引き起こされているらしい現状。贈り主はどうして武彦の飲むドリンクを知っていたのか。
 しかしそう思考をめぐらせていたところでジュジュが何かに気づき声に出した。
「アレ、武彦寝ちゃった?」
 タッと鵺が駆け寄ると、規則正しい寝息が聞こえてくる。そっと顔を覗き込めば、そこには涙の跡を見つけ、その目が開く。そして唐突に起き上がろうとするが、勿論布団に巻かれており起きることが出来ずにいた。
「――ん……ぁ。もう、あいつらは居なくなったか?」
 しょうがないのでゴロゴロと自力で転がり、誰にとも無く問うがその意味は誰かに理解できるものではない。
「アイツら? ミー達と武彦達以外最初カラ他は誰も居ないヨ」
「あえて言うなら、おやびんの人格がいっぱいだったけどねぇー」
「完全に治ったの? もう鬼丸さん見てもおかしな気にならない? もし覚えてるなら今までのこと教えて頂戴、武彦さんっ」
 三人は一斉に武彦へと言い寄るが、彼は突如視界に入り込んだ三人に苦笑いを浮かべた。
「全部俺が悪かった……んだろうな。が、まずは三人ともこれをどうにかしてくれ」
 そう、武彦は顔だけしか外へ出ていない自分の状況からの脱出を静かに願う。
「兄さん、本当に戻ったのでしょうか?」
 不安そうに零が声に出すが、武彦は弱弱しく言葉を口にした。
「あぁ、いくら俺でも婚約者居る奴に迫る度胸は無い。それに……まぁ、なんつうか変な飲み物のせいとは言え色々悪かったと思う」
 そう、武彦は明後日の方向を見る。その様子は、鵺しか見ず、鵺の事しか口にしなかったここ数日とは明らかに違っていた。

 二度殴られ、デーモンにまで操られ、それでも彼の記憶は鮮明に残っていたという。
 曰く、鵺と目が合った瞬間フェミニスト人格山田さん(仮名)が何処からとも無く武彦の意思を乗っ取り、キザな台詞を吐かせていた。そして最終日、今度は一途な想いを両親の手により引き裂かれた佐藤さん(仮名)が一時的に武彦の意思を乗っ取ったらしい。
 武彦はドリンクを二本飲んでいたことが判明。その二本の空き瓶を片手に、何か言おうとしている零の言葉を待った。
「……えっと、説明書の続きを読みますね」
 そして徐に、零が手に持った冊子の一部を朗読する。
『成分:一瓶(100ml)中 遠い昔純愛の末心中しようとしたものの未遂、若しくは彼女に裏切られ最後は独り逝った男等の魂魄(瓶により内容は異なります) 効果:人により異なりますが、三十歳代独身男性は80パーセント程度の効果があります 使用目的:パーティに合コン、その罰ゲームなどに・恋人同士の盛り上げに・本当に心中を考えている男性に・霊の駆除練習に』
「要するに憑かれていた訳ね? 佐藤さんは少し可愛そうだけど、それを武彦さんの体で実行して無事成仏させるなんてことは絶対出来ないしね」
「ミーなら恋人同士の盛り上げでデモ死ねないヨ……敵わぬ恋の末転機が周ってきたなら別カモ、だけど」
「でも鵺は、おもろかったよぉー」
 三人が口々に言う中、事務所のブザーが激しく数度鳴らされドアが叩かれた。その応対に零が出ると、ドアの向こうには黒尽くめの人物が立っていた。正確には占い師なのか、片手に水晶を持ち必死で何かを訴える。
 皆がさほど気に止めぬ中、零はその人物を玄関に待たせたままキッチンへと走っていく。そして帰ってきたその手には、問題のドリンクが入っていた木箱があった。そのまま零は箱を手渡し頭を下げる。
「すみません、まさか上の方の荷物だったとは! 確かにこの住所、違いますね。きちんとお預かりできなくてすみませんっ」
 その台詞に部屋の奥でガチャンと瓶の割れる音が二つ響いたのは言うまでも無い…‥


 ――そして
「その、本当に悪かった……」
 特別頭を下げるでもない、手を合わせるでもない。それでも謝罪の言葉らしきものを口にした武彦に、鵺は一瞬キョトンとしたものの、次にはもうへらっと笑って見せていた。
「別に鵺は気にしてないからさ、おやびんも気に病むなよ。とは言え、おやびん意外に怪力だったんだねぇ。鵺それはビックリだったよー」
「……悪かった、本当に悪かった! だが本当に俺の意思じゃなかったんだっ、だから――」
「むぅ、そこまで言われるのもちょっと寂しいんだけどねー、まぁいいさっ。今回のことは証人もたっぷり居るし……ね、おやびん?」
 余りにも否定をするものだから、それはそれで少しばかり悲しくなり武彦の言葉を遮り鵺は言った。挙句語尾の問いかけは何かの企みを含んだものだった。何かこう、武彦は鵺から凄まじい混沌を感じた。しかしそれは根に持っている、というよりは半分は楽しんでいる方向にも思える。
「……頼むから夜道をグサリとかは勘弁だからな? ――いやぁ、それにしても今回は貴重な経験をした」
 不安を抱えながらも最後は俯き呟いた言葉に、鵺はただ疑問の表情を見せた。おまけに言えば今回最初で最後に見た武彦のシリアス場面だ。
 ただ次の瞬間、顔を上げた武彦と目が合い、そんな彼の表情に笑みが浮かぶと、鵺も思わずつられ笑う。
 そして何処か……ガチャンと、瓶の割れる音が聞こえた気がした――…


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 [0086/ シュライン・エマ /女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員]
 [0585/ジュジュ・ミュージー/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)]
 [2414/   鬼丸・鵺   /女性/13歳/中学生/面打師]

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、亀ライター李月です。この度は長タイトル話、ご参加有難うございました。
 寒い日が続く中風邪も引かず絶好調だと思いきや、循環障害とやらのお陰で右人差し指を使い物にならなくしてしまいました……。
 ただでさえ遅筆だと言うのに、ギリギリ納品で申し訳ありませんでした。
 毎度の事ながら、何かございましたらお気軽にお申し付けください。今回は普段より変化部分や個別部分は少ない仕様となっていますが、少しでもお楽しみいただけていれば幸いです。
 武彦氏を巻く案が前二人で一致したのと、ジュジュさんの打撃+デーモンが比較的大人しく事を終えた鍵でした。にしても、個人的にいろいろな方向性から書けるPCさまが集まってくださったこと、とても嬉しく思いました。有難うございます。

【鬼丸・鵺さま】
 初めまして。ご参加有難うございましたと同時、四番目でおめでとう御座いましたか残念でしたか……。
 ともあれ元気な女の子でとても楽しく書かせて頂きました! 目の前の色恋事よりもとりあえず食い気、今起こっている事に動じず楽しんでもらいましたが大丈夫だったでしょうか?
 イメージの方は、顔も声も記憶にあるのですが完全には思い出せずすみません。少しでも近ければ…と思います。
 楽しいプレイング有難う御座います。最後がやや黒い部分を出してみたりもしましたが、不都合等ありましたら何なりとどうぞ。

 それでは、又のご縁がありましたら……
 李月蒼