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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


バウンティ・キャット


 ネットにあふれかえる情報。
 星の数程もあるサイト。
 『それ』は都市伝説にしか過ぎない筈の物だった。

 曰く、ネットのどこかに賞金稼ぎサイトが存在している。
 曰く、そこでは本当に物や人に賞金か賭けられている。

 もちろんそんな物騒なサイトが東京に、この日本に存在する訳がない。
 噂にしか過ぎないはずのサイトは、ある日突然真実となってネット世界に広がり現実へと牙をむいた。
 サイト名は『J・J(ジャック・ジョーカー)』
 賞金首として乗せられる写真も実在する人。
 顔が乗せられた人が居なくなったのも事実。
 誰かに大金が転がり込んだのも事実。
 紛れもなく現実の出来事。
 異常としか言いようがないそのサイトは、怪異ともいえる程の早さで広がりを見せ、ウイルスのように蔓延していく。
 一度発せられた情報の波は留まる事を知らなかった。
「………」
 青白く光る画面の前に置かれた手がブラウザを更新する。
 新しいターゲットは二人。
 金茶の髪に紫色の瞳をした少女と黒髪黒目の少女。
 かけられた賞金は今までとは桁違いの最高額。
 きっと騒ぎになるとは誰もが予想出来たはずだ。
 賞金稼ぎを気取る人数は不明。
 事の成り行きを監視する目の数は、正確に把握する事すら出来ないだろう。
 この後どうなるのだろうかを思い浮かべ、監視者の中の一人は口元に笑みを浮かべた。


 切っ掛けはゴーストネットの掲示板に書き込まれた『J・J』のサイトのアドレスと情報。
 本当に犠牲者らしき人が居る事と賞金を手にした人が居るとの話。
 事実を確かめるために、いつものように個室を一つ借りて、喜々として調べ始めようとした雫を何か嫌な予感がするとメノウが待ったをかけた。
 リリィも何とか危ないから手を引くように止める事に成功し……説得のために最後の確認をとサイトを見に行き驚愕する。
 乗せられている写真は紛れもなく自分達だったのだから。
「………やられた」
「ええっ、なに……これ? どうして二人が」
「静かに雫ちゃん。リリィちゃん、今どうなっていますか?」
「えっと、待ってね」
 解りやすい作りだから直ぐに情報の確認する事が出来た。
「ここにいるって事はもうばれてる見たい……」
 同時に画面の、情報ではない所を見ていたメノウが眉を寄せる。
「道理で……背景に思考を壊しすように仕込まれてます。あまり長時間は見ないでください」
 賞金稼ぎを気取る愚かな人間がどれほど近くにまで来ているか解らない。
 捕まったらどうなるか考えたくもなかった。
 だが危険だと言う事だけは解る。
「直ぐにでも移動した方が良さそうですね、時間さえかせげば気付いてくれると思いますから」
「うん、雫ちゃんは隠れてれば問題ないと思うから、みんなにいまの事知らせて」
「姿が見えないように結界を張りますから。安全だと思う人が来たら声をかけてください。それまでは絶対に喋らないで」
 机の下に一時的に隠れて貰い、体中に呪札を貼り付けていく。
 口元を抑えながら雫はこくりと頷いた。
「後は……」
「ねえ」
 同じように結界を張りつつ逃げようとしたメノウに、リリイが耳打ちする。
「どう?」
「……いいですね、それ」
 頷いてから地面や壁に術を書き込んでいく。
「あ、りょうから電話」
「今はちょっと……携帯は術に影響が出てしまうので」
「……解った」
 何か誤解を受けるかも知れないけれど直ぐに誤解はとけるはずだろう。


 一分後。
 静かなノックの後に見ず知らずの男が入ってくる。
 術で姿を隠して、机の下に潜り込んだ三人の前であからさまに舌打ちをしてから、更に数人の仲間らしき男達を招き入れる。
「おい、出たの見たか?」
「見てない、情報も出てないし」
 付いたままのパサこんの画面を確かめ始める男や部屋の中を確かめ始める男。
 机の下をのぞき込んだ男が振れそうになったのはばれないと解っていてもドキドキした。
「誰だよ、子供二人だから簡単だって言ったの」
「それとも先に誰かに持ってかれちゃった?」
「そんな事無いって、オレらが一番でしょ」
 相手が助けに来た訳ではない事は明らかだった。
「捕まえたらなに買う?」
「そんな事よりとっとと捕まえに行けよ」
 その後交わされる会話からも、彼らが賞金稼ぎ気取りで二人を捕まえに来ているのは決定的である。
 目を合わせて頷きあい、メノウが最後の一文字を床に書き込みトラップを発動させた。

 ドンっ!! バンッバンッバンッッ!!!

 パソコンの画面が、床に書かれた文字が一斉に爆発し始める。
「成功ッ! 弁償はりょうによろしくって言っといてね」
「今です、いきましょう」
 メノウの手を引いて走り出すリリィに、雫は首を縦に振ってから逃げ出す。
 もはや使い物にならない部屋に残されたのは、返り討ちにあって呻いている男達だけだった。

■月見里・千里


 賞金稼ぎサイト『J・J』
 黒背景の西部映画をモチーフにしたかのようなデザインや小物の数々。
 急激な成長を遂げていくそのサイトは見ていて楽しかったし、何時来ても何かしら更新されていて千里にとって暇つぶしに通うのにうってつけだった。
 物や場所やペットそれから……人までもを探しに賞金がかけられているのは逆オークションだとでも思えば解る。
 初めはそんなサイトだったのだ。
 変わったのは、ここ数日の事。
 依頼ページにあげられたまるで冗談だとしか思えない書き込み。
「……嘘」
 人捜しの依頼に貼り付けられた男性の写真と、その下に書き込まれた『生死問わず』の文字は冗談だとしか思えなかった。
 達の悪い冗談だという人。
 冗談だと思っている人。
 面白半分にからかう人。
 それでもこの時は信じていない人のほうが圧倒的に多かった筈だったのだ。
 その男性の写真に依頼完遂とアップされるまでは。
 浴室の新聞に小さな記事になっていた男性の特徴と、サイトにあげられた男性の名前や情報が酷似しているとサイト内で騒ぎになり始めたのである。
「本当なの?」
 何か怪しいとは心の何処かで思っていても、サイトを見るのを止めることは出来なくなっていた。
 真偽が確かめられない間に、また同じく生死不明と書かれた次にあげられたターゲット。
 今度はその友人とやらが『友人がいなくなった』と直接書き込んできたのだ。
 真偽は不明。
 サイトのアドレスがばらまかれたのはその日の夜の事。
 大騒ぎになりこれからどうなるのだろうかを見ていた千里は、唐突に酷い眠気を感じ始めた。
 考えてみれば最近やたらと眠い。
 何時からだろう……考え、思い当たったのは一つ。
 サイトを見るようになってからだ。
 頭の中が沢山の情報を注ぎ込まれているように考えがまとまらなくなり、重くなっていく。
「行かないと……」
 このままベッドに倒れ込みたいのと同時に、何処かも解らない目的の場所を目指すようにふらりと椅子から立ち上がった。



 何処をどう通ったかは覚えていない。
 まるで夢でも見ているような、ふわふわと朧気な意識に届く会話。
「付いてるよ、能力者が引っかかるなんて。一人減った所だったし」
「それでもやる事は変わらない、計画通りだ」
「はい、マスター」
 数は三人。
 少年と男の人と少女が一人。
 どうしてここにいるのかがはっきりしない千里の前に、男の人が歩いてくる。
「さあ、時間がない。始めよう。これを見なさい」
「…………なに?」
 ジャラリと目の前にかざされるシルバーアクセサリー。
「名前は?」
「……月見里、千里」
「千里、俺が誰だか解るか?」
「わか、らない……」
 首を振る千里にゆっくりとした口調で男が続ける。
「千里の大切な人なのに、忘れたのか?」
「…………二三矢」
 ポツリと呟いた名前、それは千里の愛する人の名前。
 大切な、大切な………愛しい人。
 小さく呟いた名前に、笑みを浮かべ手に持っていたアクセサリーをしまう。
「頼みがあるんだ、聞いてくれるな」
「もちろん……あたし、なんでもする」
 なにもかもおかしいはずなのに、不思議とそれを不自然だとは感じなかった。
 今は傍にいてくれる事が、名前を呼んでくれる事が嬉しくて堪らない。
「ありがとう、千里。今から言うことをしっかり聞くんだ」
「うん」
 頷いた千里にモバイルを渡し、色々な事を説明していく。
「これで解った事があったら知らせるんだ、ターゲットの情報も載っているから見るといい」
 起動させた画面を千里に向ける。
 魔術めいたデスクトップの壁紙は、さっき千里が見たシルバーアクセサリーと同じ物だった。
「タフィー、データをここへ」
「はい、マスター」
 転送されたデータを起動させる。
「この中には霊力や魔力をサーチできる機能も入っているから、サイトに出ている以上の情報以上が解る。きっと千里の役に立つはずだ」
「コール、あんたは詐欺師になった方が良いよ」
「五月蠅い。仕置きをされたいのか、ディドル?」
「冗談」
 少年、ディドルをピシャリと黙らせてから千里の方へ振り返った。
「必要な事はいつでも聞いてくれ、二人を……どちらか一人だけでも良いからここに連れてくるんだ。手に負えなくなったら誰かに任せればいい」
「誰か……?」
「俺とディドルととタフィーがいる。いまの千里なら何でも出来るはずだ。リミッターは外したから制限無く力を使えるだろう」
「うん、行ってくるね」
 扉を作り、千里は情報を頼りに、最後に二人を見かけたという場所までの扉を作り移動する。
 最後に二人を見たのがここ。
 今ならまだ追えるかも知れないとモバイルを起動させサーチする。
 その間に確認のために見た掲示板は酷く荒れていて、普段なら何かあった可能性を考えるのに今はほんの少し眉を潜めただけだった。
 画面が何かおかしい気がする。
 そこに酷く違和感を感じてサイトを更新してみたが上手くいかない。
「あれ?」
 モバイルがとても重い。
 何か故障だろうか?
「だったら」
 同じ物を作り出し、起動させる。
 上手くいった、壁紙も中身も全く同じだ。
 再度調べ治し、今度こそ二人の位置を調べ始めた。
 壁も封印すらも透過してしまう扉を作り。覗き窓から向こうの様子をうかがう。
 何処か畳のある部屋で、リリィとメノウの二人。そして悠と也の二人。
 人数が考えていたよりも多いのは厄介だったが……どうやら今は腰を落ち着けて休んだり、電話をかけているようだった。
 ちょうど良い。
 ドアを開き、メノウの腕を引っ張りドアのこちら側へと引っ張り込む。
「―――っ!?」
「メノウちゃん!!!」
「大変ですっ!」
 向こう側から聞こえたのはリリィの声と呪文めいた言葉。
 慌てて扉を閉めて切り離す。
 これで時間稼ぎが出来る。
「離して――っ、あなたは!?」
「ダメ、一緒に来てもらわないと」
「大人しくしててね」
 抵抗するメノウを作り出した手錠で壁に固定し、その間に扉を作ろうとするが上手くいかない。
 妨害されているらしい、とにかくここから離れないとならないようだ。
「行かなきゃ」
 振り返りドキリとする。
 携帯でどこかに連絡を取っていたようだった。
 知らせたのだろうか、周りが騒がしくなってきた事に気付き、メノウの戒めを解除し走り出す。
「千里ちゃん!?」
「どうしてここに!」
 驚いたような声を上げるシュラインと啓斗の二人もまた、よく知った相手だったのだ。



 一瞬の沈黙。
 緊張と戸惑いによる降着場ほんの一瞬で終わりを告げた。
「見つけたっ!」
 飛び出してきたヴィルトカッツェは、躊躇無く手にした刃で斬りかかろうとする。
「――っ!? まって!」
 切ってしまってはまずい相手だと咄嗟に呼び止めるまえに、千里がメノウを前に付きだし盾にする。
「なっ!!」
 このままじゃ止めきれない。
 そう判断した啓斗が咄嗟にヴィルトカッツェの前に飛び出し小太刀で刃を受け流し、反動そのままに体を反転させメノウを奪還しようとするが……。
「だめっ、下がって」
「えっ!?」
 思いも寄らぬ待ったをシュラインがかけ、慌てて啓斗が後ろに飛び退く。
 その立ち位置の上を千里が作り出した刀が横一線になぎ払うが……止めた理由はそれではない。
「一体……」
「シュラ姉!?」
 何故という疑問を顔に浮かべる啓斗とヴィルトカッツェは、それでも千里を挟むように立ち間合いを測っている。
「理由は……」
 目線がメノウの方へと向けられた。
 腕を後ろへと回され、それだけでも動くのが苦労していそうな様子なメノウの口が僅かに動く。
 それに気付いた千里が作り出した紙テープで口を塞ぐ。
「んんっ!」
「ごめんね、でも来てもらわないとならないの」
 抗議の声を上げるメノウに謝る千里。
「みんなもごめん。そうしないとあたし……っ!!!」
 両側に鉄の壁を作り、前に屋根へと続く階段を作り上げそれを駆け上がる。
「シュラ姉!?」
「追いかけないと………!」
「二人は周りをお願い」
 判断しかねる二人に、シュラインが唇に静かにと言う合図を送ってから、よく通る声で屋根の上に立つ千里に話しかけた。
「何があったの?」
「………連れてきて欲しいって言われたの」
 切羽詰まったような声は酷く不安定で、気分が悪いのかかしきりに頭を振っている。
 原因は……力の使いすぎ場ある事は確かだ。
「誰かに頼み事でもされたの?」
「連れてきて欲しいって……だから」
 言葉を選びながら、それを感じさせない口調での問に千里が頷く。
「具合が悪いようだけど、大丈夫」
「……頭が、いたい」
「それは良くないわね、いつからなの?」
「いつ………少し前、から」
 傍目には何気ない会話に思えるが、実に上手く話を聞きだしている。
 会話を重ねるたびに、視線がふわりと頼りない物にと変わっていく。
 原因を察するのなら、暗示をかけられていると判断するには十分だろう。
 気付いていないのは、本人だけ。
「だったらなおの事今止めた方が良かったんじゃ?」
 考えている合間を縫って小さく耳打ちする啓斗に、シュラインが同じく小声で返す。
「捕まってる本人たっての希望よ。大丈夫だという確証はあるから、直接行きたいんですって」
「………なるほど」
 短く会話を終え、視線を戻す。
「何時………サイトを見てから、それから」
「それから……誰かにあったの?」
「………あった」
 事実をより確かな物にする言葉に、より強い緊張感が辺りを包み込む。
「誰に……」
 言葉は、そこまでだった。
「危ないっ!」
 声が重なり、啓斗とヴィルトカッツェが動いたのはほぼ同時。
 シュラインを守るように身構えた啓斗の前に立つのは一人の少年。
 赤い髪の、猫のような目はコンタクトか何かのようだった。
「そこまでにして貰おうか……っ!」
 割り込んできた声が言葉を終えるよりも早く、啓斗は間合いを詰めて斬りかかっては横に飛び慎重に間合いを計る。
 隙あらばもう一手と思ったが……流石に2度目は危険なようだった。
「物騒だなっ!?」
 赤毛はトンッと猫のように身軽に飛び上がり千里の横に立つ。
「間合いにはいるのが悪い」
「ハッ、言うね。続きは追ってきたら聞いてやるよ!」
 千里に合図を送り、ドアを作らせてその中へと飛び込む。
 一瞬の出来事だった。



 戻ってきた場所は都内にあるホテルのスイート。
「連れてきたよ」
「お帰り千里、待っていたよ」
 パソコンを何か操作しようとしてから椅子から立ち上がる。
「コール、今さらリジーボーデンを呼んできてどうするんだよ?」
「私に勝手に名前を付けないでください」
「今はメノウだったな。あまり近づくなよディドル、噛みつかれるぞ」
「へっ?」
 言葉通りの意味だった、千里が抱き留めていたメノウが体を前に乗り出しむき出しになった手に噛みつこうとする。
「なっ!」
「下がらせろ千里」
 言われるよりも早く、驚いて後ずさる事で噛みつくのは避けられた。
「後少しでしたのに」
 悔しそうに告げるメノウに、コールが溜息を付き油性ペンを千里に渡す。
「お前には返して貰う物があるんだ。千里、背中と両手にこの模様を描いといてくれ」
 渡された紙を受け取り、ジッとそれを見つめる。
 何か魔術的な模様のようだったが意味までは解らない、 何故という考えが頭に浮かんでも頼まれたのだという考えの方が先に浮かび疑問はかけらも残らなかった。
「抵抗されたらどうするんだ」
「術を封じておけば問題ないだろう、タフィーが帰ってくる前に済ませるように……やってくれるね、千里」
「うん、任せて」
 疑問は浮かばない、言われるままに千里は動き始めた。
「服は……?」
「脱がせればいいだろう、とにかく任せた」
 やる事があると部屋を後にしてから、千里は言われた通りに動き始める。
 シャツを脱がせた後。
 両腕を前で組ませてうつぶせに寝かした後、背中に教えられた図形を描いていく。
「離してください」
「動かないで」
 パタパタ動とく足は、さして気になるものではなかった。
 後もう少しで終わる頃になって、扉が軽く3度ノックされてからひらかれる。
「終わったか」
「もう少し」
「そうか、なら始めてくれ」
「はい」
「千里も頼むよ」
「うん、解ってる」
 一緒に模様を描き終えてからタフィーが背中の模様へと手を乗せ、始めたのは長い長い呪文の詠唱。
 何をするのだろうと見守っていた千里の前で、背中に描いた模様とタフィーの手に浮かび上がった模様が呼応しあううように光り始めた。
「まさか………っ!」
「動かないでっ」
 何かに驚くメノウの体を押さえつけて固定させる。
「やめ……て、くださいっ!!」
 今までとは段違いの暴れように、何故こんな事をしているのだろうと思うとずきりと心が痛む。
「来たようだな」
「え?」
 遅れて千里も辺りが騒がしくなってくる事に気付く、何かが始まりそうだった。
「……千里、頼みをを聞いてくれるな」
「うんっ、何すればいいの?」
「状況が解るようにするから、手伝ってくれたらいい」
 それが彼の願いなのだから。



 都内にあるホテルのスイートルーム。
 そここそが拠点として一致した場所だった。
 現場に来たのは羽澄、裕也、シュラインに汐耶に啓斗。
「話が出来れば良いんだけど……何かあった場合は考えた方が良いわね」
「注意を牽く救出とね」
 場所が場所なだけに荒事を避けたいのは事実だが、場合によってはそれもやむ無しだ。
 ナハト、ヴィルトカッツェ、ディテクターには、ホテルのロビーや周りの確認をして貰う。
「彼女は?」
 目線がヴィルトカッツェに向けられる。
 知らないのだから無理もない。
「普段リリィちゃんとメノウちゃんが学校にいる時の連絡係と護衛をしてるのは彼女だそうよ」
「なるほど……」
 いまだに辺りを操られたままの人間が居る事を考えれば、どうしても必要な事だ。
 もう話は通してあったのか、特に咎められる事もなく部屋のある階へと付く頃に、汐耶が眉を潜める。
「急いだ方が……メノウちゃんに何かあったみたいです」
 何かを察した汐耶が小さく告げる。
 ここからは更に時間との勝負だ。
「強行突破?」
「そうですね、この先はサーチがかけられていますから、一気に行きましょう」
 悠也の言葉に頷きあい、扉へと続く通路へと一歩を踏み出した。
 目指すべき扉は一つ。


 足音が立たないような絨毯も、シンと静まりかえった廊下を走る事も大した意味をなしては居ないのだろう。
 ここにいる事が気付かれている。
 誰かに監視され、見えない目に見られているとはっきりと解るのだ。
 中に踏み込んでしまえば、明るいはずなのに霊的感覚だけが夕闇の中にいるかのように見通しが利かなくなる。
「そのまま真っ直ぐ行って下さい」
「結界は?」
「一つですが……」
「なら、斬る!」
 強く踏み込み、啓斗が扉を空間事結界を両断しドッと雪崩れ込む。
 入って最初の部屋にいたのは一人だけ。
「あいつだ!」
「気を付けて……千里ちゃんと一緒にいたのはあの子よ」
 目線が赤髪の少年へと集まるなり、じわりと間合いをはかり出す。
「二度も斬りかかられるのは堪んないからなっ」
 叫ぶなり、太刀筋を避けてトンッと後ろに跳躍。
「まてっ」
「駄目ッ!」
 室内で何処に居げるというのだと後を追いかけた啓斗を、羽澄が手で制して鈴の音を振るわせる。
 こんな風に待ちかまえているような相手に、近づく必要すらない。
「―――っ!!!」
 鈴の音と歌声に耳を塞ぐが、あまり効果はないようだった。
「今の内に……」
 歌声が響く間に気配を探っていた汐耶と悠也の二人が奥の部屋へと踏み込んで行く
 それを見送ってから、シュラインが距離を保ったままで問い掛けた。
「後二人は奥の部屋?」
「……何だ、どうしてこんな事したか聞かないんだ?」
「それも聞かせて貰うわ」
「捕まえられたらどうぞ?」
 耳を塞ぎながらの言葉に、逃げるつもりなのかと警戒した次の瞬間。
 猫のような目をしたコンタクトの意味に羽澄とシュラインが気付いたのはほぼ同時。
「下がって!」
「………っ!?」
 猫の目のようなコンタクトが外れた瞬間に、赤毛の少年はどろりとカーペットの上で土塊へと変わっていった。
「…………なっ!」
 驚く啓斗に応えたのはシュライン。
「ゴーレムだったのよ、コンタクトの模様は【emeth(真理)】ってあったの」
 eの文字を削るその代わりに コンタクトを外したのだろう。
「本体は初めからここにいなかったのね」
「後でこれも回収して貰うように頼んでおきましょ」
 連絡を取ってから、三人も奥の部屋へと追いかける事にした。


 奥の部屋はベッドルームになっていて、予想していなかった光景に言葉に詰まる。
 話には聞いていたが……。
 操られているらしい千里と触媒能力者だという少女。
 千里と少女の二人の少女があばれるメノウの体をうつぶせにして乗りかかり、もしくは押さえつけてシャツを脱がせていた。
「離してくださいっ」
「ごめんね、ごめんねっ。お願いされたの」
「マスターの命令です」
 意味が、解らなかった。
「………」
 一瞬の沈黙の後、二人に気付き後ずさった千里に、やるべき事を思いだした汐耶がメノウに駆け寄る。
「奥の部屋を見てきます」
「……そうね、大丈夫なの」
「何とか……」
 困った様子で告げるメノウに怪我はなかった……最も、背中や腕に書かれた模様は消すのに少しばかり手こずりそうではあったが。
「しっかりして」
 千里に声をかけるが反応がない、まだ催眠状態にあるのだろうか?
 今は応急処置として、封印をかけて眠っていて貰う事にした。
「彼女とメノウちゃんをどうしたの?」
 メノウに上着を掛けてから、ようやく少女に尋ねる。
 少し考えた後、かえってきたのは小さく首を傾げただけだった。
「ええと……」
 瞬時に悟る。
 この子とこれ以上話していたらペースに巻き込まれてしまいそうだ。
「奥の部屋にも居ませんでした」
 確認をしていた悠也が戻ってきて来てから、落ち着いたらしいメノウに尋ねる。
 この中で一番まともに話が出来そうなのメノウだけだったのだ。
「何されたの?」
「以前に盗った能力を取り替えされただけです。御陰で少し負担が減りましたけど」
「……何の能力ですか?」
 少しだけ言いにくそうに、メノウが言った。
「ゾンビ使いの能力です」
「そう……それが狙いだったのかしら」
「ついででしょう」
「何か目的あっての事だと」
「あの」
 何故と考え始めた汐耶と悠也の思考少女の声に止められる。
「マスターは屋上のラウンジに居ます」
 ふと疑問に思った汐耶が少女に尋ねる。
「行かなかったらどうするの?」
 メノウと千里がここにいる以上、要求をのむ事は絶対ではないのだ。
「私が同行しない場合は、私は死ぬようにと命令されています」
 淡々と告げる言葉に、悠也がさっきもこの様子だったのだと説明を付け加える。
 本気で実行されると一番厄介な手だ。
 そろそろ止める方法を考え始めた二人に、淡々とした声が続けられる。
「私だけではなくラウンジにいる人間も同じく人質だそうです」
 内容とは裏腹のぼんやりとした声に脱力しそうになりつつも、遅れて入ってきた三人にもあった事を説明する。
 答えは、決まっていた。
 何かあると解っていても、みすみす返す訳には行くまい。
 後を追わないと言うことは、何をするか解らないと言う事なのだ。


 空の見えるラウンジ。
 備え付けられたテーブルに座っている人達の誰を見ても、傍目から不自然な人間は誰も居なかった。
 客の内の一人が立ち上がる。
 身長のわりには細身の、ひょろりと縦に長い印象の男だった。
「タフィー、戻ってこい」
 声に反応して、ショートカットの少女が顔をあげ、歩き出そうとしたのを当然のように一斉に阻止される。
「………?」
 表情らしい表情はほとんど無かったが、止められるのが以外だとでも言いたげな表情だった。
「彼女を帰して貰おう、さもなくばここにいる人間の暗示は解けないままだ」
「解けると言ったら?」
「そもそも本当に解く確証すらもないわよね」
 確認のような悠也とシュラインの言葉への返答は直ぐに返される。
「そこにいる彼女……タフィーと千里の二人。後このラウンジにいる人間すべてが……同時に自殺を図った場合、流石に手が足らないだろう」
 瞬時に室内の人数に目配せをする。
 数は14人。
 確かに手が足りない。
「返してくれたら、血は流さないと約束しよう」
「信じろと?」
 この会話が平行線である事は解ってはいる。
 単純に人数では勝っているが、人質となりうるのはここにいる人間だけではなく
 長引かせたれば、包囲する時間が出来るだろう利点と、人質がどうなるか解らないと言う欠点を含んでいる。
 条件としては、さして変わりはない。
 後は小さな所から切り崩していくような
「なら、こうしよう……タフィ!」
 ぼんやりと制止されて居るままだったタフィーが、眠ったままの千里に手を伸ばし体に触れる。
 動けないようにしていたのだが、術を中和してしまったのだろう。
 こういう使い方もあると言うことだ……もっともそれを論議している時間は皆無だったが。
「起きて」
 囁く、ただそれだけで良かったのだ。
 体に模様が浮かび上がり、目覚めた千里の背に羽根が作り出され飛翔しかける。
「しまっ……!」
「止めてっ」
「周りも―――っ!」
 一斉に席を立ち初めたラウンジの客達への対処は、一瞬だった。
「さがって下さい」
 こうなってしまえば、躊躇はかえって命取りになる。
 指揮者のように滑らかな動作で悠也は腕を上げ、数個の保冷剤を媒介に放り呪文を唱える。
 ゴウと風が吹き、ラウンジが白く染まった。
 上手い手だ。
 凍らせてしまえば身動きは取れないし、扉も物理的、霊的な意味で同時に塞いだから逃げ場もない。
「千里ちゃんは?」
「眠らせた」
 今度こそ、しばらくは目が覚めないだろう。
「おいたがすぎませんか?」
 今の騒ぎの間に転移を使ったのだろう、長身の男の横に寄り添うようにタフィーが立っている。
「直ぐに返してくれれば手間をかけずに済んだ物を……必要ないかも知れないが。ワクチンだ」
 ぽんっとCD−Rを投げて寄越し、受け取ったシュラインが羽澄に渡しながら男を見据える。
「やけに素直ね」
「今回は様子を見と、つまみ食いをした子供の為だった」
「つまみ食い……そう言う事」
 サイト名の『J・J』のジャックは、少しばかり前のハンプティタンプティ事件の時の彼の名だ。
「システムを作ったのはあいつなんでな。言う機会をくれた事に感謝しよう」
「遠慮しないでください、一緒に来て貰えたらいくらでも話せます」
「それは遠慮しよう」
 パタとモバイルを閉じ、ディスクの中身をチェックしていた羽澄が顔をあげる。
「本物みたいね」
 データを送信してから、まだ余裕を崩さない男に羽澄が告げた。
「残念だけどもうお祭り騒ぎはお終いよ、外にいる人達もそろそろ落ち着く頃だろうから」
「手際が良いな……そうか、サイトも……」
 流石にここまでとは予想していなかったのだろう、くっと言葉を濁す。
「逃げ場は無いわよ」
「………」
 この人数差で囲まれてしまえば単純計算ではどうしようもない。
 周りには結界。外からの助けも……恐らく無い、この状況でどうしようと言うのだろう。
 それでも尚、まだ何か無いかと注意を払う。
 だからこそ気づけたのだ。
「…………え」
 耳を澄ませていたシュラインが信じられないとでも言うような声を上げる。
 遅れて羽澄達もその音に気付きだした。
 ヘリが近づいてくるような音。
「……うそ」
 ようなではなく、実際に来ているのだ。
 真っ直ぐにこっちに向かってくるヘリが天上の硝子窓の外に見え、乗っているのが赤髪の少年だという事すら解る。
「何考えてるんだあの馬鹿!!!」
 叫んだのは、長身の男。
 予想外の事ではあったのかも知れない、それ以前にやるべき事はある。
 ここにいるのは自分たちだけではない、動きを出来ない人間が居るし、はじき飛ばせば何処に墜落するか解らないのだ。
「やめさせてください」
「止まれっ、ディドル!! 今日はそのために来たんじゃない」
 汐耶の制止が聞こえたが解らないが、手を振り上げ止めにかかる。
 傍目にも暴走なのだと解っては、どうなるかはまだ解らない。
 壁ぎわに寄り、または何処まで出来るか解らないが結界を張り、ラヴンジに居る人達に害が及ばないようにして衝突に備えた。
 固唾をのんで見守る前でヘリの足が窓にのし掛かり、大きくひしゃげて硝子が割れ……降りそそぐ硝子が下に落ちる前に空中で止まる。
「結界が間に合って良かった……」
 ほっと悠也が告げた通り、格子のように張られた結界と天井部分と止まっていた。
 絶妙なバランスで乗っかかっているヘリはまるで悪趣味なオブジェのようで、ホテルの外から見たらもっと滑稽なのだろう。
「…………」
「むかえに来たー」
「なんて事を………っ」
 ヘリから赤毛の少年、ついさっきディドルと呼ばれた彼が顔を出し手を振ったた途端に、グラグラとバランスを崩しそうになった機体にヒヤリとさせられる。
 あれが落下してきたらここは大惨事だ。
 手荒な方法を取るにも程がある。
 最も、一番この状況に頭を痛めているのは長身の男のようにも思えた。
「苦労してるみたいですね」
「………ああ」
「一緒に来てもらいましょうか?」
 どさくさ紛れのシュラインの言葉に眉を寄せる。
「それは出来ないな。これで引くから……」
「見逃せと?」
「サイトはもう使えない、同じ事件はもう二度と起きない」
「詭弁ね、他の事件は起こすかも知れないわ」
「そうだな……盛岬に伝えてくれ、父親のようになりたくなければ、諦めろと」
「なっ……」
「どうして? 彼女も同じ能力を持ってるのに」
「タフィーは不完全なんだ」
「え……?」
 後を続ける事は出来なかった。
 さっと上を見上げた師ゆんかんにヘリが大きく傾いてきたのだ。
 向き立ての卵のようにつるりと……何か結界を向こう貸させる力が働いたのである。
「危ないっ!」
「……っ!」
 今度こそ粉々に砕け散るのを予想したが、ギリギリの所で落下速度が遅くなり、ゆっくりと羽根が床へと突き刺さった。
「さっきの……タフィーって子がやったみたいです。一時的にだけど封印したから」
「それで止まったのね」
 顔をあげる。
 二人の姿も、ヘリに乗っているディドル少年の姿はもう無かった。
「逃げられた……」
「そうね、でも今は出来る事をしましょう」
 治療に状況の把握。
 あのサイト『J・J』が機能を果たさなくなったとしても、やる事はまだまだ残っている。



 IO2本部。
 目覚めてみれば、沢山の人に囲まれていた。
「………!?」
 頭はスッキリしている。
「大丈夫?」
「え、あ……はい………っ!!」
 ギシリと、全身が錆びついた鉄で出来ているかのように痛む。
 骨が、筋肉が……体中が軋み始め、痛みを堪えるように体を抱えるようにうずくまる。
「いた、いたたたた・・なに、これ!?」
「どうしたんですか!?」
 自分が出す声も、医者の声すら疎ましく……。
 そんな苦痛の中、千里の具合を確かめた医者が納得したように頷いた。
「筋肉痛ですね」
 日に3度の能力をあれだけ酷使したのである。
 この程度で済んだ事は……幸運だったのかも知れない。痛みはどうにもならなかったが、そう……思う事にした。
「大丈夫ですか」
「………っ」
 様子を見に来たらしいメノウに、痛みを堪え顔をあげる。
 何があったのかを尋ね、それから思いっきり謝る事になった。
 尋ねた人は、千里が何をしたのかをキッチリ教えてくれたのである。
 何をしたのかを全部。
「あああっ、ごめんねーーー」
「いえ、無事で……?」
「いた、いたたた……!」
 数日間の間だ、筋肉痛と事情の説明をするのは地獄のような時間だったとは後の千里の言葉である。



【バウンティ・キャット 終わり】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0165/月見里・千里/女性/16歳/女子高校生】
【0554 /守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23歳/司書 】

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
九十九一です。

今回は大まかに分けて
電脳編
羽澄ちゃん・悠也君・汐耶さん

リアル編
シュラインさん・啓斗君

虚無の境界編
千里ちゃん

で別れてます。
他細々とした所とオープニングとエンイディングは個別です。
あわせて読んでいただければ幸いです。

それでは、ありがとうございました。