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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


バウンティ・キャット


 ネットにあふれかえる情報。
 星の数程もあるサイト。
 『それ』は都市伝説にしか過ぎない筈の物だった。

 曰く、ネットのどこかに賞金稼ぎサイトが存在している。
 曰く、そこでは本当に物や人に賞金か賭けられている。

 もちろんそんな物騒なサイトが東京に、この日本に存在する訳がない。
 噂にしか過ぎないはずのサイトは、ある日突然真実となってネット世界に広がり現実へと牙をむいた。
 サイト名は『J・J(ジャック・ジョーカー)』
 賞金首として乗せられる写真も実在する人。
 顔が乗せられた人が居なくなったのも事実。
 誰かに大金が転がり込んだのも事実。
 紛れもなく現実の出来事。
 異常としか言いようがないそのサイトは、怪異ともいえる程の早さで広がりを見せ、ウイルスのように蔓延していく。
 一度発せられた情報の波は留まる事を知らなかった。
「………」
 青白く光る画面の前に置かれた手がブラウザを更新する。
 新しいターゲットは二人。
 金茶の髪に紫色の瞳をした少女と黒髪黒目の少女。
 かけられた賞金は今までとは桁違いの最高額。
 きっと騒ぎになるとは誰もが予想出来たはずだ。
 賞金稼ぎを気取る人数は不明。
 事の成り行きを監視する目の数は、正確に把握する事すら出来ないだろう。
 この後どうなるのだろうかを思い浮かべ、監視者の中の一人は口元に笑みを浮かべた。


 切っ掛けはゴーストネットの掲示板に書き込まれた『J・J』のサイトのアドレスと情報。
 本当に犠牲者らしき人が居る事と賞金を手にした人が居るとの話。
 事実を確かめるために、いつものように個室を一つ借りて、喜々として調べ始めようとした雫を何か嫌な予感がするとメノウが待ったをかけた。
 リリィも何とか危ないから手を引くように止める事に成功し……説得のために最後の確認をとサイトを見に行き驚愕する。
 乗せられている写真は紛れもなく自分達だったのだから。
「………やられた」
「ええっ、なに……これ? どうして二人が」
「静かに雫ちゃん。リリィちゃん、今どうなっていますか?」
「えっと、待ってね」
 解りやすい作りだから直ぐに情報の確認する事が出来た。
「ここにいるって事はもうばれてる見たい……」
 同時に画面の、情報ではない所を見ていたメノウが眉を寄せる。
「道理で……背景に思考を壊しすように仕込まれてます。あまり長時間は見ないでください」
 賞金稼ぎを気取る愚かな人間がどれほど近くにまで来ているか解らない。
 捕まったらどうなるか考えたくもなかった。
 だが危険だと言う事だけは解る。
「直ぐにでも移動した方が良さそうですね、時間さえかせげば気付いてくれると思いますから」
「うん、雫ちゃんは隠れてれば問題ないと思うから、みんなにいまの事知らせて」
「姿が見えないように結界を張りますから。安全だと思う人が来たら声をかけてください。それまでは絶対に喋らないで」
 机の下に一時的に隠れて貰い、体中に呪札を貼り付けていく。
 口元を抑えながら雫はこくりと頷いた。
「後は……」
「ねえ」
 同じように結界を張りつつ逃げようとしたメノウに、リリイが耳打ちする。
「どう?」
「……いいですね、それ」
 頷いてから地面や壁に術を書き込んでいく。
「あ、りょうから電話」
「今はちょっと……携帯は術に影響が出てしまうので」
「……解った」
 何か誤解を受けるかも知れないけれど直ぐに誤解はとけるはずだろう。


 一分後。
 静かなノックの後に見ず知らずの男が入ってくる。
 術で姿を隠して、机の下に潜り込んだ三人の前であからさまに舌打ちをしてから、更に数人の仲間らしき男達を招き入れる。
「おい、出たの見たか?」
「見てない、情報も出てないし」
 付いたままのパサこんの画面を確かめ始める男や部屋の中を確かめ始める男。
 机の下をのぞき込んだ男が振れそうになったのはばれないと解っていてもドキドキした。
「誰だよ、子供二人だから簡単だって言ったの」
「それとも先に誰かに持ってかれちゃった?」
「そんな事無いって、オレらが一番でしょ」
 相手が助けに来た訳ではない事は明らかだった。
「捕まえたらなに買う?」
「そんな事よりとっとと捕まえに行けよ」
 その後交わされる会話からも、彼らが賞金稼ぎ気取りで二人を捕まえに来ているのは決定的である。
 目を合わせて頷きあい、メノウが最後の一文字を床に書き込みトラップを発動させた。

 ドンっ!! バンッバンッバンッッ!!!

 パソコンの画面が、床に書かれた文字が一斉に爆発し始める。
「成功ッ! 弁償はりょうによろしくって言っといてね」
「今です、いきましょう」
 メノウの手を引いて走り出すリリィに、雫は首を縦に振ってから逃げ出す。
 もはや使い物にならない部屋に残されたのは、返り討ちにあって呻いている男達だけだった。

■綾和泉・汐耶


 事件を知ったのは直接連絡が入ってからだった。
 手早く持っていたノートパソコンで汐耶がチェックを入れると、確かにネット上で大きな騒ぎになっている。
 何が起きたかは、情報に既にあげられていた。
「無事なの? 怪我はない?」
『今のところは大丈夫です。私とリリィちゃんで対応できてますから』
 簡単にどうなっていたかを聞く。
 虚無の境界の可能性がある事。
 長時間サイトを見ると危険な事。
 電話の向こうから聞こえる声は冷静で、焦っていたりする様子は感じられなかった。
 何か起きる事は予想は出来ている。
 大切なのはその何かが起きた時に、どう対処するかだろう。
 まずは……。
「移動手段は?」
『今は徒歩です、特殊能力者を相手にした時に力を取っておきたいので』
「あまり移動するのも大変でしょう、知り合いの所に連絡取っておくから、そこで休めるように頼んでおくわ」
『はい……良かった』
 ポツリと小さく聞こえた声は、そろそろ付かれ始めている証拠だろう。
「そのまま向かってて、進行方向に一件在るからこえかけて貰うように頼んで置くわ」
 店の住所と名前を告げた後、公衆電話から店側に連絡を入れておく。
「さてと、次は……」
 電話を切った直後にかかってきたのはIO2からの電話。
 会話中に既に何度か連絡を取ろうとしていた事は記録からすぐに解った。
 内容は事件の事。
 手短に解った事を聞き……。
「また盛岬さんは慌ててるんですか?」
『今さっき危ないからと呼び戻されている所です』
「その方が良いでしょうね」
 りょうもナハトも狙われている可能性があり、それは汐耶も同じ事が言える。
「念のため単独行動を取らせて貰いますが」
『誰か護衛付けた方が良いのでは?』
 単独行動は危険だと言いたいのだろう。
「大丈夫ですよ、ここは私一人ではありませんから」
 現在地は汐耶しか入れない要申請の書庫。
 傍には、本達が居るのだから。
「さてと……何かあったら知らせてくださいね」
 ザワリと返される応え。
 パソコンを起動させてキーを叩き始めるた。



 初めは物や場所やペットそれから……人までもを探しに賞金がかけられている、さしずめ逆オークションだとでも言うようなサイトだった様だ。
 変わったのは、ここ数日の事だとザッと流していた場所で共通の意見である。
 依頼ページにあげられたまるで冗談だとしか思えない書き込み。
 人捜しの依頼に貼り付けられた男性の写真と、その下に書き込まれた『生死問わず』の文字は冗談だとしか思えなかったそうだ。
 達の悪い冗談だという人。
 冗談だと思っている人。
 面白半分にからかう人。
 それでもこの時は信じていない人のほうが圧倒的に多かった筈。
 その男性の写真に依頼完遂とアップされ、翌日のの新聞に小さな記事をみるまでは。
 男性の特徴と、サイトに名前や情報が酷似しているとサイト内で騒ぎになり始めたのである。
 真偽が確かめられない間に、また同じく生死不明と書かれた次にあげられたターゲット。
 今度はその友人とやらが『友人がいなくなった』と直接書き込んできたのだ。
 サイトのアドレスがばらまかれたのはその日の夜の事。
 真偽は………確かに事実である。
 行方不明の人間も、このサイトに乗っていた男性が亡くなった事も確かに事実だ。
 調べればすぐに解る事だからこそ、ここまでの信憑性を持って、情報が広まっているのだろう。
 肝心の『J・J』の方も次々に手をくわえる。
「他に犠牲者がでてるとしたら……」
 二人がどうなったかも確かめないと行けないと言う事はあるが、今はこれ以上情報が流出するのを止めた方が良い。
 IO2が知人達が動いていると予想するなら、この情報を見ている可能性は高い。
 同じように何処にいるかを調べたり……場何とかする可能性は高いとしても、調査の段階で必要になる筈だ。
 案の定。
 サイトの掲示板が酷く混乱し始めている。
 ターゲットの事と賞金の所為で騒がしいからこうなるのは当然にも思えるが、誰かが何かした可能性もある。
 いずれにせよ真偽は確かめておくべきだ。
「もしもし?」
『ちょうど良かった。現在サイトの方の情報にフェイクを混ぜたそうですから、気を付けてくださいと連絡する所だったんです』
 確認を取り納得する。
 情報を混乱させようと言うことだ。
 騒ぎになっているのならちょうどいい、この機に乗じて、相手に気付かれないように一部分ずつ慎重に封印していく。
「やっぱり」
 まだ必要なら封印するのは他のターゲットだけに留めて置いた。
「……あら」
 更新した途端、背景が少し変わったような。
 これまでが長時間見ているのは危険だったのに、今はその逆だ。
「反転させたのね」
 なるほどこれならば今精神支配されているサイト閲覧者も、程なく元に戻るだろう。
 そろそろ自分もやるべき事をやらないとならない。
「封印は出来たはずだから……」
 ネットという媒介を通して、大元にも封印の効果は届いたはずだ。
 サイトの更新する所にまで影響を及ぼさなければ、封印は出来ないのだから。
 封印のかけた場所をサーチする事自体は不可能ではない、自分の能力の痕跡を辿ればいいのだから把握できる。
 問題を提起するとすれば、気配を広範囲に広げなくてはならないと言う事だ。
「短時間であれば何とかなるでしょう」
 深呼吸を一度して、意識を集中させてから気配を探る。
 更新しているのは三カ所。
 動きながら更新しているのが二人。
 固定された場所で一人。
 一番はっきりと解ったのは………。
「ここって……」
 汐耶がメノウとリリィの二人を頼んだ古本屋の近く。
「いけない」
 連絡を取り、今どうしているかを確認する。
『………お姉さん』
「どうかしたのメノウちゃん?」
 携帯の向こうが騒がしい。
 何かあったのかと気付いた汐耶に、メノウが応える。
『もう、来てしまったみたいです。転移を使ったようですね』
 転移と言うことは、相手は特殊能力者。
「今から逃げられる?」
『相手は、知ってる子です。強い暗示をかけられているようで……直接解きに行ってきます』
「大丈夫なの?」
『はい、考えがあります。お姉さんが私にかけた封印を探してくれれば、何処にいるかも解りますから』
 大丈夫、信じよう。
「解ったわ」
 そこで電話が切れる。
「急がないと……」
 直ぐに意識を集中させる。
 メノウの封印を辿り解ったのは、先ほど調べたサイトの更新源の一つと一致すると言う事。
 間違いなくここだ。
 居場所を連絡している汐耶にザワザワと本達がざわつき始める。
 気を付けてと。
 パソコンを通じて『声』が聞こえたのはその直後だった。
『……聞こえるか?』
 パソコンから三歩分だけ距離を取り、結界を張ってから話し掛ける。
 部屋の外から中へは探査できないから、外からここに汐耶が居ると解った訳ではない。
 あくまでもかけた封印を辿ってここに来たに過ぎないのだから、こうしてパソコンの周りを囲めばそこで調べようとする効果は遮断される。
「なんの用ですか?」
 接触を取られた分危険は高いが、それは相手も同じだ。
 慎重に言葉を進めていけば……何かしら情報が得られる可能性は高い。
 相手も同じ事を覚悟して話し掛けた事は解っているから、選ぶ言葉も慎重だった。
『何の用とはまた無愛想だな、このサイトの管理人だ。封印してくれたお礼にと思ってな』
「それもそうですね、許可の一つでも取りに行った方が良かったですか?」
『そうだな、もうそろそろリジーボーデンが来る頃だ』
「………リジーボーデン」
 メノウの事だろう。
 向こうではその名で定着しているらしい。
 知りたい事は多々ある。
 今何処にいるのか、規模はどれぐらいか、目的は何なのか……。
 メノウを連れて行って何をするつもりなのかも知りたい。
 急ぐ気持ちを抑えてパソコン越しに会話を交わす。
「連れ戻すつもりだったの?」
『さあ、どうだろうな?』
 今は冷静でなければならない。
 サイトを作った相手を率直な言葉を述べる事も、すべて後回しだ。
 こういう時の会話は先に冷静さを欠いたり、下に見られた方が不利になる。
 知らない事を悟られてはならい。
 知らな過ぎる事を問う事は足下をすくわれる……推測と憶測の境界は酷く近くて曖昧だ。
「それとも、呼んでいるのは他の誰か?」
『質問ばかりだな』
「そう思うなら、何か聞いてみたらどうです?」
 問に答えてもらうよりも、問い掛けられる方が多くの情報を得られる場合もある。
 手持ちのカードを少しずつ開いていくような状況の難点は、ひたすらに話が進まない事だ。
『最初の問だが、来て貰えるならぜひとも来てもらいたいな』
「……許可を取りに? 場所を言ってくれるか、誰かが案内してくれないと行けそうにないですね」
『そうだな、迎えでも出そうか』
 露骨すぎたかとも思ったがそうでもなかったらしい。
 相手にとってもこの会話を続ける事意味があると言う事だろうか?
 封印を強め、相手が何かしても対処できるようにしておくが、同時に浮かんだのは相手も情報が必要である可能性。
 考えてみればそれも納得できる事に思えてきた、知っている事は他の人とっては全く知らない事もあるのだ。
 解った事は、相手は一人ではないと言う事と……話していた間ずっと繋げていられた御陰で何処に居たかも大体判明している。
『そろそろ時間のようだ』
 急に騒がしく……違う、封印の気配が一カ所にまとまったのがはっきりと解った。
 メノウもそこにいる。
 連れて行った理由が話を聞くためだとしたら、しばらくは無事だ。
 急いだ方が良いのもまた事実。
 無事かを問い掛けたくなるのを何とか堪える。
 ここまで解っている事は相手に知らせないままの方が有利に進められる事だ。
 今はメノウは無事だと……解る。
 不自然さを感じさせないように問い掛ける。
「時間?」
「……リジーボーデンが来たんだ」
 そこで会話は一方的にうち切られた。


 シュラインに電話をかけ連絡を取る。
『汐耶さん、実はメノウちゃんが……』
「ええ、その事ならもう知ってます。連絡してくれましたから。もう場所も解りましたから」
 調べた事を告げ、向こうでも何があったかを教えて貰う。
 メノウを連れていった相手は月見里千里。
 強力な暗示をかけられているという事だったから、付いていったのはそのためだろうと言うことだった。
 今動いているのは千里や他にも多々操られてる居る人間をのけば、人だと言う。
 そこに不可抗力であるだろうが千里も加わっている事になる訳だ。
『助かるわ、場所は?」
「……場所が込み入ってますから、私も行きますので、図書館によっていただけますか」
『解ったわ、すぐに行く』
 電話を切り、深呼吸を一つ。
 動いているのはそれほど多くはない。
 逆に少人数だからこそ、こんな手を使っているのだ。
 一人を見張る程の人数は裂かれてはいない。
 そう判断しての行動。
 相手の居場所を知らせるのも、直接行った方が良いと考えたのである。
「よしっ」
 そろそろ、大切な妹を迎えに行く時間だ。



 見つけた場所へと向かいながら連絡を取り合い、あった事をまとめ始める。
 まず現在本部に居るのはリリィとりょうと悠と也と夜倉木。
 リリィとりょうは外に出るのは危険だと言う事で待機。
 悠と也は護衛。
 夜倉木は引き続き連絡役。
 メノウは連れて行かれてはいるが、無事である事は汐耶の能力と偵察をしていた悠也が確認済み。
 羽澄と悠也と汐耶がそれぞれパソコンを使い、結果解ったのはサイトの更新に関わっている人間は3人以上いるという事。
 拠点としている場所にいる相手は不明。
 羽澄と裕也達が出会ったのは、ショートカットの眼鏡をかけた赤い瞳の少女。
 彼女もまたりょうと同じく触媒能力者だったそうだ。
 マスターと呼ぶ存在に絶対服従でもしてるかのような行動で、何故向こうにいるかは不明。
 シュラインと啓斗達が出会ったのは二人。
 赤い髪で猫の目のようなコンタクトをした少年と……もう一人。
 月見里千里。
 彼女は興信所でもよく顔を見る顔である。 何故向こうにいたのかと言えば、強力な暗示をかけられているという事だった。
 向こうに行ってしまっているという点に置いてのみは、メノウとよく似た立場である。
 現状はこんな所だ。



 都内にあるホテルのスイートルーム。
 そここそが拠点として一致した場所だった。
 現場に来たのは羽澄、裕也、シュラインに汐耶に啓斗。
「話が出来れば良いんだけど……何かあった場合は考えた方が良いわね」
「注意を牽く救出とね」
 場所が場所なだけに荒事を避けたいのは事実だが、場合によってはそれもやむ無しだ。
 ナハト、ヴィルトカッツェ、ディテクターには、ホテルのロビーや周りの確認をして貰う。
「彼女は?」
 目線がヴィルトカッツェに向けられる。
 知らないのだから無理もない。
「普段リリィちゃんとメノウちゃんが学校にいる時の連絡係と護衛をしてるのは彼女だそうよ」
「なるほど……」
 いまだに辺りを操られたままの人間が居る事を考えれば、どうしても必要な事だ。
 もう話は通してあったのか、特に咎められる事もなく部屋のある階へと付く頃に、汐耶が眉を潜める。
「急いだ方が……メノウちゃんに何かあったみたいです」
 何かを察した汐耶が小さく告げる。
 ここからは更に時間との勝負だ。
「強行突破?」
「そうですね、この先はサーチがかけられていますから、一気に行きましょう」
 悠也の言葉に頷きあい、扉へと続く通路へと一歩を踏み出した。
 目指すべき扉は一つ。


 足音が立たないような絨毯も、シンと静まりかえった廊下を走る事も大した意味をなしては居ないのだろう。
 ここにいる事が気付かれている。
 誰かに監視され、見えない目に見られているとはっきりと解るのだ。
 中に踏み込んでしまえば、明るいはずなのに霊的感覚だけが夕闇の中にいるかのように見通しが利かなくなる。
「そのまま真っ直ぐ行って下さい」
「結界は?」
「一つですが……」
「なら、斬る!」
 強く踏み込み、啓斗が扉を空間事結界を両断しドッと雪崩れ込む。
 入って最初の部屋にいたのは一人だけ。
「あいつだ!」
「気を付けて……千里ちゃんと一緒にいたのはあの子よ」
 目線が赤髪の少年へと集まるなり、じわりと間合いをはかり出す。
「二度も斬りかかられるのは堪んないからなっ」
 叫ぶなり、太刀筋を避けてトンッと後ろに跳躍。
「まてっ」
「駄目ッ!」
 室内で何処に居げるというのだと後を追いかけた啓斗を、羽澄が手で制して鈴の音を振るわせる。
 こんな風に待ちかまえているような相手に、近づく必要すらない。
「―――っ!!!」
 鈴の音と歌声に耳を塞ぐが、あまり効果はないようだった。
「今の内に……」
 歌声が響く間に気配を探っていた汐耶と悠也の二人が奥の部屋へと踏み込んで行く
 それを見送ってから、シュラインが距離を保ったままで問い掛けた。
「後二人は奥の部屋?」
「……何だ、どうしてこんな事したか聞かないんだ?」
「それも聞かせて貰うわ」
「捕まえられたらどうぞ?」
 耳を塞ぎながらの言葉に、逃げるつもりなのかと警戒した次の瞬間。
 猫のような目をしたコンタクトの意味に羽澄とシュラインが気付いたのはほぼ同時。
「下がって!」
「………っ!?」
 猫の目のようなコンタクトが外れた瞬間に、赤毛の少年はどろりとカーペットの上で土塊へと変わっていった。
「…………なっ!」
 驚く啓斗に応えたのはシュライン。
「ゴーレムだったのよ、コンタクトの模様は【emeth(真理)】ってあったの」
 eの文字を削るその代わりに コンタクトを外したのだろう。
「本体は初めからここにいなかったのね」
「後でこれも回収して貰うように頼んでおきましょ」
 連絡を取ってから、三人も奥の部屋へと追いかける事にした。


 奥の部屋はベッドルームになっていて、予想していなかった光景に言葉に詰まる。
 話には聞いていたが……。
 操られているらしい千里と触媒能力者だという少女。
 千里と少女の二人の少女があばれるメノウの体をうつぶせにして乗りかかり、もしくは押さえつけてシャツを脱がせていた。
「離してくださいっ」
「ごめんね、ごめんねっ。お願いされたの」
「マスターの命令です」
 意味が、解らなかった。
「………」
 一瞬の沈黙の後、二人に気付き後ずさった千里に、やるべき事を思いだした汐耶がメノウに駆け寄る。
「奥の部屋を見てきます」
「……そうね、大丈夫なの」
「何とか……」
 困った様子で告げるメノウに怪我はなかった……最も、背中や腕に書かれた模様は消すのに少しばかり手こずりそうではあったが。
「しっかりして」
 千里に声をかけるが反応がない、まだ催眠状態にあるのだろうか?
 今は応急処置として、封印をかけて眠っていて貰う事にした。
「彼女とメノウちゃんをどうしたの?」
 メノウに上着を掛けてから、ようやく少女に尋ねる。
 少し考えた後、かえってきたのは小さく首を傾げただけだった。
「ええと……」
 瞬時に悟る。
 この子とこれ以上話していたらペースに巻き込まれてしまいそうだ。
「奥の部屋にも居ませんでした」
 確認をしていた悠也が戻ってきて来てから、落ち着いたらしいメノウに尋ねる。
 この中で一番まともに話が出来そうなのメノウだけだったのだ。
「何されたの?」
「以前に盗った能力を取り替えされただけです。御陰で少し負担が減りましたけど」
「……何の能力ですか?」
 少しだけ言いにくそうに、メノウが言った。
「ゾンビ使いの能力です」
「そう……それが狙いだったのかしら」
「ついででしょう」
「何か目的あっての事だと」
「あの」
 何故と考え始めた汐耶と悠也の思考少女の声に止められる。
「マスターは屋上のラウンジに居ます」
 ふと疑問に思った汐耶が少女に尋ねる。
「行かなかったらどうするの?」
 メノウと千里がここにいる以上、要求をのむ事は絶対ではないのだ。
「私が同行しない場合は、私は死ぬようにと命令されています」
 淡々と告げる言葉に、悠也がさっきもこの様子だったのだと説明を付け加える。
 本気で実行されると一番厄介な手だ。
 そろそろ止める方法を考え始めた二人に、淡々とした声が続けられる。
「私だけではなくラウンジにいる人間も同じく人質だそうです」
 内容とは裏腹のぼんやりとした声に脱力しそうになりつつも、遅れて入ってきた三人にもあった事を説明する。
 答えは、決まっていた。
 何かあると解っていても、みすみす返す訳には行くまい。
 後を追わないと言うことは、何をするか解らないと言う事なのだ。


 空の見えるラウンジ。
 備え付けられたテーブルに座っている人達の誰を見ても、傍目から不自然な人間は誰も居なかった。
 客の内の一人が立ち上がる。
 身長のわりには細身の、ひょろりと縦に長い印象の男だった。
「タフィー、戻ってこい」
 声に反応して、ショートカットの少女が顔をあげ、歩き出そうとしたのを当然のように一斉に阻止される。
「………?」
 表情らしい表情はほとんど無かったが、止められるのが以外だとでも言いたげな表情だった。
「彼女を帰して貰おう、さもなくばここにいる人間の暗示は解けないままだ」
「解けると言ったら?」
「そもそも本当に解く確証すらもないわよね」
 確認のような悠也とシュラインの言葉への返答は直ぐに返される。
「そこにいる彼女……タフィーと千里の二人。後このラウンジにいる人間すべてが……同時に自殺を図った場合、流石に手が足らないだろう」
 瞬時に室内の人数に目配せをする。
 数は14人。
 確かに手が足りない。
「返してくれたら、血は流さないと約束しよう」
「信じろと?」
 この会話が平行線である事は解ってはいる。
 単純に人数では勝っているが、人質となりうるのはここにいる人間だけではなく
 長引かせたれば、包囲する時間が出来るだろう利点と、人質がどうなるか解らないと言う欠点を含んでいる。
 条件としては、さして変わりはない。
 後は小さな所から切り崩していくような
「なら、こうしよう……タフィ!」
 ぼんやりと制止されて居るままだったタフィーが、眠ったままの千里に手を伸ばし体に触れる。
 動けないようにしていたのだが、術を中和してしまったのだろう。
 こういう使い方もあると言うことだ……もっともそれを論議している時間は皆無だったが。
「起きて」
 囁く、ただそれだけで良かったのだ。
 体に模様が浮かび上がり、目覚めた千里の背に羽根が作り出され飛翔しかける。
「しまっ……!」
「止めてっ」
「周りも―――っ!」
 一斉に席を立ち初めたラウンジの客達への対処は、一瞬だった。
「さがって下さい」
 こうなってしまえば、躊躇はかえって命取りになる。
 指揮者のように滑らかな動作で悠也は腕を上げ、数個の保冷剤を媒介に放り呪文を唱える。
 ゴウと風が吹き、ラウンジが白く染まった。
 上手い手だ。
 凍らせてしまえば身動きは取れないし、扉も物理的、霊的な意味で同時に塞いだから逃げ場もない。
「千里ちゃんは?」
「眠らせた」
 今度こそ、しばらくは目が覚めないだろう。
「おいたがすぎませんか?」
 今の騒ぎの間に転移を使ったのだろう、長身の男の横に寄り添うようにタフィーが立っている。
「直ぐに返してくれれば手間をかけずに済んだ物を……必要ないかも知れないが。ワクチンだ」
 ぽんっとCD−Rを投げて寄越し、受け取ったシュラインが羽澄に渡しながら男を見据える。
「やけに素直ね」
「今回は様子を見と、つまみ食いをした子供の為だった」
「つまみ食い……そう言う事」
 サイト名の『J・J』のジャックは、少しばかり前のハンプティタンプティ事件の時の彼の名だ。
「システムを作ったのはあいつなんでな。言う機会をくれた事に感謝しよう」
「遠慮しないでください、一緒に来て貰えたらいくらでも話せます」
「それは遠慮しよう」
 パタとモバイルを閉じ、ディスクの中身をチェックしていた羽澄が顔をあげる。
「本物みたいね」
 データを送信してから、まだ余裕を崩さない男に羽澄が告げた。
「残念だけどもうお祭り騒ぎはお終いよ、外にいる人達もそろそろ落ち着く頃だろうから」
「手際が良いな……そうか、サイトも……」
 流石にここまでとは予想していなかったのだろう、くっと言葉を濁す。
「逃げ場は無いわよ」
「………」
 この人数差で囲まれてしまえば単純計算ではどうしようもない。
 周りには結界。外からの助けも……恐らく無い、この状況でどうしようと言うのだろう。
 それでも尚、まだ何か無いかと注意を払う。
 だからこそ気づけたのだ。
「…………え」
 耳を澄ませていたシュラインが信じられないとでも言うような声を上げる。
 遅れて羽澄達もその音に気付きだした。
 ヘリが近づいてくるような音。
「……うそ」
 ようなではなく、実際に来ているのだ。
 真っ直ぐにこっちに向かってくるヘリが天上の硝子窓の外に見え、乗っているのが赤髪の少年だという事すら解る。
「何考えてるんだあの馬鹿!!!」
 叫んだのは、長身の男。
 予想外の事ではあったのかも知れない、それ以前にやるべき事はある。
 ここにいるのは自分たちだけではない、動きを出来ない人間が居るし、はじき飛ばせば何処に墜落するか解らないのだ。
「やめさせてください」
「止まれっ、ディドル!! 今日はそのために来たんじゃない」
 汐耶の制止が聞こえたが解らないが、手を振り上げ止めにかかる。
 傍目にも暴走なのだと解っては、どうなるかはまだ解らない。
 壁ぎわに寄り、または何処まで出来るか解らないが結界を張り、ラヴンジに居る人達に害が及ばないようにして衝突に備えた。
 固唾をのんで見守る前でヘリの足が窓にのし掛かり、大きくひしゃげて硝子が割れ……降りそそぐ硝子が下に落ちる前に空中で止まる。
「結界が間に合って良かった……」
 ほっと悠也が告げた通り、格子のように張られた結界と天井部分と止まっていた。
 絶妙なバランスで乗っかかっているヘリはまるで悪趣味なオブジェのようで、ホテルの外から見たらもっと滑稽なのだろう。
「…………」
「むかえに来たー」
「なんて事を………っ」
 ヘリから赤毛の少年、ついさっきディドルと呼ばれた彼が顔を出し手を振ったた途端に、グラグラとバランスを崩しそうになった機体にヒヤリとさせられる。
 あれが落下してきたらここは大惨事だ。
 手荒な方法を取るにも程がある。
 最も、一番この状況に頭を痛めているのは長身の男のようにも思えた。
「苦労してるみたいですね」
「………ああ」
「一緒に来てもらいましょうか?」
 どさくさ紛れのシュラインの言葉に眉を寄せる。
「それは出来ないな。これで引くから……」
「見逃せと?」
「サイトはもう使えない、同じ事件はもう二度と起きない」
「詭弁ね、他の事件は起こすかも知れないわ」
「そうだな……盛岬に伝えてくれ、父親のようになりたくなければ、諦めろと」
「なっ……」
「どうして? 彼女も同じ能力を持ってるのに」
「タフィーは不完全なんだ」
「え……?」
 後を続ける事は出来なかった。
 さっと上を見上げた師ゆんかんにヘリが大きく傾いてきたのだ。
 向き立ての卵のようにつるりと……何か結界を向こう貸させる力が働いたのである。
「危ないっ!」
「……っ!」
 今度こそ粉々に砕け散るのを予想したが、ギリギリの所で落下速度が遅くなり、ゆっくりと羽根が床へと突き刺さった。
「さっきの……タフィーって子がやったみたいです。一時的にだけど封印したから」
「それで止まったのね」
 顔をあげる。
 二人の姿も、ヘリに乗っているディドル少年の姿はもう無かった。
「逃げられた……」
「そうね、でも今は出来る事をしましょう」
 治療に状況の把握。
 あのサイト『J・J』が機能を果たさなくなったとしても、やる事はまだまだ残っている。



 IO2本部。
 あの場にいた全員の傷をいやし、後始末は本部がすると言うことで先に戻ってきた。
「具合は?」
「重かった分が抜けて楽になったぐらいです」
「ならいいんだけど……」
 実際。怪我はしてなかったし、おかしな所場度もない事は確認済みである。
「容量が開いた分、もう少し上手く見つからないように出来ます」
「対策色々練り直さなきゃね……見張りが付いてたのは」
「正確にはリリィちゃんの護衛だそうです。私は…」
「そう、私はメノウちゃんも含まれてると思うけど」
 距離で言えば、メノウの方が近いぐらいだ。
「………何かあった時に、一緒に行くためだと思ってました」
「今度それも含めて聞いてみましょうか?」
「……はい」
 予想が正しければ、きっと彼女が思っている以上にメノウを気にかけている人は多い。
「さてと、問題はこっちね」
「………」
 体に描かれた模様を落とすのは、少しばかり苦労しそうだった。
 どれが一番効果的で肌を傷めないかを考えている汐耶が、ふと思い出す。
「そうだわ……」
「?」
 インターネットカフェやらで壊した物の弁償を半分受け持つつもりで居た事の話をまだしていなかった。
 その事も一緒に聞きにいく事にしよう。



【バウンティ・キャット 終わり】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0165/月見里・千里/女性/16歳/女子高校生】
【0554 /守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23歳/司書 】

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
九十九一です。

今回は大まかに分けて
電脳編
羽澄ちゃん・悠也君・汐耶さん

リアル編
シュラインさん・啓斗君

虚無の境界編
千里ちゃん

で別れてます。
他細々とした所とオープニングとエンイディングは個別です。
あわせて読んでいただければ幸いです。

それでは、ありがとうございました。