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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆jeweler's shop−榴華−へいらっしゃい◇


 開店準備は櫻居・燐華の仕事だ。

 箒を持って、ちりとりを用意して。
 店の中を掃いたら次は店の外。
 通勤、通学途中の人々に間延びした挨拶と笑顔を向けて、燐華はのんびりマイペースに掃除をする。

 そのうち起きてきた柘榴が陳列された品物の埃を羽根箒で払い、柔らかい風を起こして壁に掛かったアクセサリーの小さな埃を払う。

 店の二階では時折お茶会が開かれたり、ブレスレットやネックレスの手作り教室が開かれたりする。

 石にも色々意味や力が宿っている。
 店に来たお客に逆に教えられたりして、燐華と柘榴は経営している。

「燐華ー、掃除終わったー」
「こっちも水撒き終わったわ」
 開店準備も一段落、後ははお客様が来るのを待つだけだ。

── チリン

 来客を知らせるベルが鳴った。

「いらっしゃ〜いっ」
「いらっしゃいませぇ。ようこそ、『jeweler's shop−榴華−』へ」

◆◇ ◆◇ ◆◇

 その石が見つかったのは、奇跡的なことだった。

 深い緑に優しい透明感のあるそのモルダバイトという名を持つ石は希少価値が高く、そうそう手に入らない。
 燐華と柘榴の経営している『jeweler's shop−榴華−』にも、今まで一度も入っていない。加工前に入手して、自ら研磨やカットを出来るのは僥倖と言えるかもしれない。
 そうして漸く手に入ったモルダバイトの原石は薄っぺらで、期待した厚みが無かった。
「ん〜……」
 一枚板のそれをためつすがめつしながら、柘榴は思案に暮れている。
「どうするのか、決まった?」
 珍しく眉根を寄せて考え込んでいる柘榴にくすくす笑いながら、燐華は石の向こう側から声を掛けた。
「一応……。もうちょっと丸みとかあれば一連ブレスが作れるけど、これじゃあペンダントトップくらいしか作れない」
 残念そうに、柘榴は息を吐いた。
「今度入荷したときにはブレスレットが作れるかも知れない。て、期待出来て良いんじゃないかしら」
 燐華の言い分に不承不承納得しつつ柘榴は頷く。
「……あら?」
 モルダバイトが包まれていた布を片付けようと手を伸ばし、燐華はきらりと輝く物を見つけた。
 モルダバイトの欠片だ。
 しかし、研磨済みである。
「変ねぇ?」
 この店では研磨もカットも細工も、柘榴が担当している。
 今日初めて入荷したばかりのモルダバイトで、しかも今まで頭を捻っていた柘榴がたった一つだけ磨いてカットしたとは考えられない。
 けれど現に燐華の手の平にあるのは、指輪として直ぐに細工できる大きさで。
「………柘榴?」
 どうしたものかと燐華は柘榴を呼ぶ。
「あぁそれ、紛れ込んでたんだ。何か探してるみたい」
「何かって、何を? もしかして、他のアクセサリーに付いていたのが取れちゃったのかしら?」
「違う。何かを探してるんだ」
 欠けたわけでも取れてしまったわけでもなく。
 『何か』を探して紛れ込んで来た石。
「よくわからないけれど、お店の前のショーウィンドウの方に飾っておきましょうか。
 その『何か』さんも、見つけられるでしょうし」
 うふふ、と小さく笑い燐華は一つ頷く。
 運命の人でも探しているのでしょうかぁ、と軽口を叩きながらそっと石をテーブルの上に置いた。



* * *

 お金をほとんど使うことなく楽しめるもの。
 休日の余暇を楽しむのなら、ウィンドウショッピングなんてものも良い。稀に掘り出し物を発掘したりして、幸せな気分が味わえるのだ。
 四方神結は、そうしていつも無駄使いなどする必要のない休日を満喫していた。
 ガラス窓の向こう側を垣間見て、何となく興味をそそられたら立ち寄ってみる。そうして幾つかの店を通り過ぎていく。

 何気なく除いたガラス窓の向こうに、未だアクセサリーとして加工されていないパワーストーン達が鎮座していた。
「っ、」
 綺麗だな、と眺めていたその中、ある一つの石に結の目が釘付けになる。
 緑色の、小さな石だった。
 優しげな光を称え、まるで結を誘うようにそこの在る……。
「すみませんっ」
 居ても立ってもいられず、結は店内へ飛び込んだ。頭の上で来客を知らせるベルの音が鳴っている。
「あの、あのっ。外に飾られた石、もっと良く見てみたいんですけどっ」
 石の在ったショーウィンドウを、指差した。
 店の中は煌びやかに光と色彩が同居していて、結を歓迎してるようだ。
 丁度お客の相手をしていたらしい女性が、目を瞬かせてきょとんとする。
 店員らしいその女性に、結は近付く。
 そして第三者の存在に今更気付いて頬に朱を差した結に、一拍置いて店員の燐華がにこりと笑った。
「いらっしゃいませぇ」
「あ、はい。どうも」
 ありがとうございます、と慌ててお辞儀する。
 頬の赤みを隠すように両手で覆い、接客中の女性の邪魔にならないようにと結は商品を見て待つことにした。

 奥は作業場になっているようだった。
 カーテンで仕切られている向こう側から幽かに何やら物音が聞こえる。
 意識していたわけではなかったが目の端で揺れるカーテンを捉え、結は顔を上げた。
 ひょいと顔を出した少女が結を見て目を瞬かせる。
「飾られてるのって、どれ? 同じ石なら作ったものあるよ」
 まるで先程の会話を一言一句聞きかじっていたかのように、黒髪の少女、柘榴は笑う。
 見る? と手招きされて見せられたのは、結が見ていたのと同じ種類の石で出来たアクセサリーだった。
 ワイヤーやシルバーで作品として完成された緑色の石は、やはり結の気を惹く。
 深く神秘的な濃さの緑、けれど清々しい透明感は目を奪われる。
 が。
 並べられた商品を一通り眺め終えると、結は首を横に振った。
「いえ、同じ石なんですけれど……」
 何かが違うように感じる。しかし『何が』違うのかは、判らない。
 すまなげに眉尻を下げる結に、柘榴は笑って手を振る。
「同じ種類の石でも、波長が合う合わないはあるよ」
「おまたせしましたぁ、こちらが展示していたパワーストーンですよぉ」
 燐華が相手をしていたお客はいつのまにか店を後にしており、展示してあった石を持って結ににこりと笑った。

* * *

 気兼ねなく商品を見比べられるようにと案内された二階。
 結の前に敷かれた布に一つ一つ、現れる石は青や桃色など色鮮やかだ。
「わ……。こんなにあったんですか……」
 一目で心を奪われてしまった石以外印象は薄く、結は目の前に並べられる数種類の石に驚きを隠せない。
 大きな瞳を瞬かせ、自分の探している石を目で追う。
「アメジストの原石や、水晶のクラスタが手に入りましたのでぇ」
 興味を惹くようにとディスプレイしたばかりだった燐華は、早速の効果に嬉しそうだ。
「あ、これです」
 指先で抓んで手の平に載せ、結は漸く見つけた小さな石に破顔した。
「目利きだな、結は」
 たった一つ、しかも加工前の小さな石を見つけて喜ぶ結の様子に、柘榴は自分事のようににんまりする。
「ここまで緑の色が濃くって透明感が高いと、かなり値が張る代物だぞ」
 何せパワーが強いからな、と柘榴はそのモルダバイトという名を持つ石について語り始める。
「そう、なんですか?」
 柘榴の壮大な話を聞いて結は少し怪訝そうに眉根を寄せた。
 力を感じたわけではない。ただ直感が働いたのだ。この石だ、と。
 手の平に載る小さな石をしみじみ眺め、結はそっと握り込んだ。
「あのっ、これ、おいくらですか?」
 逃がしたくない。何故かそう思う。
「小さいですけど、少ぉし、お高いですよぉ?」
 希少価値があるので他の石に比べると高い。
 そして結は知らなかったが、この店にモルダバイトが入荷したのは今日が初めてだったのである。漸く入荷する事が出来た、その一つ。
 大丈夫ですかぁ、と心配げに首を傾げた燐華に、結は深く頷いた。
 きっと今日を逃がしてしまえば、後悔しそうだ。
「……それでは四方神様、お買いあげ、ありがとうございます」
 真摯な結の眼差しを真っ正面から受け止め、燐華は嬉しそうに笑った。

+++

 小さな布袋に入った石を、結は大事そうに両手で包み込む。
 指輪にう加工した方が良いのではないかという柘榴の申し出を結はやんわりと断る。
 この石は自分で手を加えたい気持ちが押さえきれなかった。そうして持つのが一番自分にとって良いように思える。
「ずっとこの石を探していたような気がします」
 現実感の強い夢を見た、あの時のように。
 望郷にも似た深い想いが胸中に宿っている。
「石が結を呼んだのかもな」
「──え?」
 虚を突かれ、結は瞠目した。
「結に見つけて欲しかったのかもしれない。結が探していたように、その石も結を探していたんだと思う」
 パワーストーンにもそうした意思が宿っているのかと問い質そうとして止めた。
 柘榴が言うと、他の誰が言うよりも真実味がある。
「そういう考えも、良いかもしれません」
 真偽のほどは誰も知らない。
 だが、何れにしても結は出会えたのだ。



■登場人物〜thanks!〜□

+3941/四方神・結/女/17歳/学生兼退魔師++


NPC
+櫻居・燐華/女++
+ー・柘榴/女++