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【アサシン】
「○月○日○時、草間武彦の命を貰い受ける」
草間零は集まった者たちの前でそれだけの言葉を読み上げた。手紙を持つ彼女の手は小刻みに揺れていた。
「探偵っていうのは命を狙われるくらい、危ない橋を渡ることもある。そんなことはわかっていますが、いざ来てみると……やっぱり怖いですね」
草間興信所に殺害予告状が届いたのは今朝のことである。零はこのことを彼に知らせてはいない。ここ最近の武彦は連日に渡りろくに休まず仕事をしていたようで、今は別室でいびきをかいている。もう太陽が南天する頃だが、当分は起きそうにない。明日まで眠っていることもありうるだろう。
「この予告状に書いてある日時は、今夜です。心配をかけたくありません。どうか兄の知らないうちにこの刺客を倒してください」
「こんなものを送りつける意味が、さっぱりわからないわね」
シュライン・エマは不思議そうに予告状を眺める。本気で殺したいのであれば、わざわざ目立つような行動は取らないはずである。
「殺しをやる人間の思考などなどわからん。理由も含め、締め上げたあとで吐かせればよかろうよ」
泰山府君・―が無表情に言う。シュラインはそうね、と納得した。
「あの武彦を殺そうってんだから、きっと敵も能力者か魔物ネ。ミーが裏社会情報網で探査しておくヨ。――でも、もっと早いうちに呼んでくれれば色々調べられたのに」
ジュジュ・ミュージーが零に文句を言う。零は動転していたので、と答えた。
「草間のおじちゃんがどうなろうが僕には関係ないんだけどぉ。ま、協力はするよ」
瀬川蓮が可愛い顔をして笑った。そうは言うものの、当然死なれたくはないと思っている。
「お願いします」
零がもう一度頭を下げて頼み込んだ。
何の心配もなく戦闘に集中できるように、武彦を守るために、事前の対策は充分を極めた。泰山府君が呪符で付近に結界を張れば、シュラインが興信所に眠っていた守護、身代わりの札などを探し出して、武彦の寝ている部屋の窓や壁、さらには本人にまで貼り付けた。ジュジュはすでに武彦の体に毒などが仕掛けられてはいまいかと、『テレホン・セックス』を使って体の機能を調査した。幸い彼に何の問題もなかった。
時間はさっさと過ぎていき、月の出る夜が降りてきた。
「敵の位置を確認するならボクにまかせて」
蓮がそう言って偵察用の悪魔を呼び出したのは20分ほど前。それらしき影は着実に近づいているという。彼は自身が乗る飛行用、数多の戦闘用の悪魔をも召喚して準備は万端。
ジュジュは武彦の側で息を潜めて待機している。その手には消音機をつけた拳銃。脇にはデーモンを憑依させるための拡声器が置かれている。
シュラインは建物内に一般人が聴き取れない音を流した。少しでも揺らぎがあれば、そこに敵がいるというわけだ。
泰山府君は外にいた。通りの物影に隠れ、五感を澄ましている。
その時、上空の蓮が声を上げた。
「来たよ!」
泰山府君が躍り出るのと、激しい衝突音が響いたのは同時だった。敵が結界に突入した音だ。
目の前には強引に結界を突破しようとする暗黒の影が見える。泰山府君は愛用の赤兎馬を突きつけて鋭く威嚇する。
「貴様か、草間の命を貰い受けると予告した愚か者は」
黒装束の暗殺者は止まらない。ついに結界を通過して突進してくる。右手には大型のナイフ。
「そうか、来るか。いかなる理由であろうと人を殺めるのは大罪! 成敗してくれる!」
泰山府君が赤兎馬を勢いつけて振り下ろす。キンと響く金属音。暗殺者はナイフ1本で受け止めた。両者はいったん間合いを取って、敵意を研ぎ澄ました。
と、夜闇よりもさらに黒い悪魔が4匹、暗殺者に忍び寄っていた。
「――潰せ」
主であるデビルサモナーは上空から残忍に告げる。悪魔たちは魔力のこもった拳を次々と叩き込む。
暗殺者は豪快に吹き飛ばされ、側にあった電信柱に激突した。だが次の瞬間、彼は柱を蹴って、一気に興信所の入口まで飛んでみせた。防御力といい敏捷力といい、実力のほどを物語っている。
建物の中にはまだジュジュとシュラインのふたりがいる。心配する必要はないが、手放しで安心もできない。泰山府君はすぐに後を追い、蓮は悪魔たちを向かわせた。
所内を無音で移動する暗殺者は仕事部屋に至る。そこに立ちすくむ人影を見つけた。
それは暗殺者の知識にある草間武彦の姿形と一致していた。そして彼は何事か独り言を言っている。声も同一だ。
間もなく接近した暗殺者のナイフが、武彦の延髄に深々と突き刺さる。
――手ごたえがおかしい。
バラバラと崩れ去る武彦――ではなく、物から後ずさる。暗殺者は舌打ちした。
「残念、それはダミーよ」
デスクの下に隠れていたシュラインが飛び出す。音の揺らぎから計算したそのタイミングは完璧だった。すかさず音波弾丸を見舞うと、敵は体を痙攣させる。
ナイス、と声がする。武彦の部屋から拡声器を持ったジュジュが出てきた。
拡声されたジュジュの声が暗殺者の耳に入る。彼は苦しそうな声を絞り上げた。ジュジュのデーモンに憑依されたものは身の自由を奪われ、為すがままになる。ところが彼は違った。鈍くなっているとはいえ、少し動いている。
「……オー? 完全には操れないかな。なかなかやるネ。ま、関係ないけど」
「さよう、頑張ったようだが多勢に無勢。王手だ、神妙にするがいい」
泰山府君と蓮の悪魔もやってきて、四面楚歌の完成である。
暗殺者は雄叫びを上げた。ふらつく足取りで泰山府君に体当たりして押しのけ、そのまま入口まで戻り外に出た。どうやら殺しは諦め、逃れようとしているらしい。道に降り立った彼は緩慢な動作で跳躍の姿勢をとった。
「そこまでだ、止まれ!」
泰山府君はダメージもなく、当然苦もなく追ってきた。額の宝玉が黒に変色すると、彼女の周りから恐ろしい寒風が吹きすさぶ。暗殺者はその場に立ち止まった。玄武の力が足を凍らせたのである。
「逃げようなんて無駄ヨ!」
さらに追いついたジュジュが拳銃を撃つ。弾丸は敵の肩口に当たって血が噴出した。膝をつく。
「そんじゃあ、トドメはボクにやらせてね」
可愛げな声は神託じみていた。空から青白い衝撃波が滝のごとく押し寄せる。上空に浮かぶ蓮の肩で、小さな悪魔が顎を開いていた。
ここまで耐えてきた暗殺者も、ついにものも言わず倒れた。
「あなた単独の犯行? それとも依頼主がいるの?」
シュラインは静かに聞いた。この先もこんなことがあるんじゃないかと気が気でならない。
「事前の調査によると、依頼人はいないヨ」
ジュジュが言って、暗殺者はフッと笑った。
「ああ、俺ひとりで画策したことさ。安心しろ、このあとは続かんよ」
「一応聞こうか、何ゆえに武彦を狙った。わざわざ予告状を送りつけた理由は何か」
拒否を許さない強い怒気をもって泰山府君が尋ねる。
「草間武彦は最近特に有名になった。だからだよ。有名な奴は殺したくなる。予告状にもちゃんと意味はある。そうすると達成感が増すんだ」
「反省はしているのか」
泰山府君が再び聞く。暗殺者はおぞましいほどの笑みを浮かべた。
「話すことはもうない。じゃあな」
――失敗したからには死あるのみよ。
彼は奥歯を噛んだ。途端に血を吹き、首がガクンと落ちる。蓮は呆然とした。
「うっわ……毒を仕込んでたんだ。こいつなりのケジメってやつ?」
4人は自害した暗殺者をしばし見つめていたが、やがて警察に向かった。後味はよくないが、終わったのだ。
■エピローグ■
明けて朝。
「それにしても有名だから殺すって何ですか、もう」
昨夜、事の顛末を聞いてから、零はずっと呆れ気味である。
「いわゆる快楽殺人狂であったということか。我には理解できぬ」
「イエス。理解不能で不要。今回のことは忘れヨ」
泰山府君とジュジュは深々と息をつく。その時、蓮が声を上げた。
「あ、おじちゃん」
武彦が起きてきたのだ。寝ぼけ眼でさらにはあくびをしている。
「……んん? 雁首揃えてどうした。何かあったのか」
呑気なものである。けれども一同はホッとした。この呑気な顔を見るために、命を張ったのだから。
「おはよう。朝ごはんできてるから」
シュラインが言う。ややあって、武彦はおはようと返した。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1790/瀬川・蓮/男性/13歳/ストリートキッド(デビルサモナー)】
【3415/泰山府君・―/女性/999歳/退魔宝刀守護神】
【0585/ジュジュ・ミュージー/女性/21歳/デーモン使いの何でも屋(特に暗殺)】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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担当ライターのsilfluです。ご発注ありがとうございました。
普通、暗殺者って忍びに忍んで事に及ぶイメージですので
予告送ったらまずいじゃん! って後から焦りました。
でも『暗殺予告』で検索してみたら結構出てきたので
ホッとしました。めでたしめでたし。
それではまた。
from silflu
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