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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 『命の水、砂時計のお茶』

< オープニング >
 チリリと銅のベルが鳴った。サリー姿のウエイトレス・シャクティが水とメニューを持参して店内を見渡すが・・・客は見当たらない。
「も〜う!誰かピンポンダッシュでもしたの!」
 眉間に皺を寄せると、紅いビンディも一緒に動いた。
「こ、ここに居ます・・・」
 テーブルの向こうに、髪の毛のてっぺんがちょこっとだけ覗く。高くて軽やかな幼女の声だった。
「あら失礼したの。今、お子様用の椅子、持って来るの」

 背もたれが象の絵になった高い椅子に座った少女は、巫女装束に身を包んでいた。長い豊かな髪を後ろでゆるく結ぶ。くるりと丸い瞳の可愛いコだった。
『七五三?・・・にしては時期外れなの。お正月の晴着でも無いの。巫女サンのバイトにしては、若過ぎるの』
 シャクティが「一人で来たの?」とメニューを置く。
「きょーり、大人になるお茶を飲みたいです!10歳大きくして下さいませ」
 きょうりと名乗る子供は希望のみを述べた。ここインドカレー専門店『アムリタ』では、『七福猫堂写真館』から借りた不可思議ティーポットでのサービスを行っている。水だし紅茶で一杯飲むと5歳若返り、熱湯で煎れた紅茶だと5歳加齢する。効果は12時間。子供はそのことを言っているのだ。
「ええと、それはランチタイムのサービスだから、一緒にカレーも頼まないといけないの。食べられるカレー、あるかしらなの」
 いくらナッツや果実入りの甘口カレーがあると言っても、カレーはカレーだ。5、6歳の子供が食べられそうなメニューは置いていない。
「きょーりは、好き嫌いは無いです!」
 いや、好き嫌いの問題では・・・。

 シャクティは厨房の姉に相談する。
「スーパーで、レトルトのお子様カレーでも買って来い」
「やっぱりそれですか、なの・・・」
 子供は、レンジでチンしたお子様カレーをおいしそうに平らげた。お茶は、カフェインレスのカモミール・ティーを2杯。冷めるのを待ち、ジュースのようにゴクゴクと飲み干した。
 ところで。
「おうちは近いの?10分位で体が大きくなるの。そのお着物、着られなくなるの。おうちには、着られるお洋服はある?靴は?下着も必要なの。おねえさんになると、ブラジャーっていうのも要るの。金具があるから、小さい子では付けられないかもなの。おうちの誰か、付けてくれそう?」
 子供に、いっぺんに色々な質問をしてはいけない。それでなくても、自分で判断できない事柄に出会うと・・・答えられない出来事に遭遇すると、子供は泣き出すものだ。
 顔の半分は目だろうかという大きな瞳。子供は、目を見開いたまま、大粒の涙をぼとぼととこぼした。
「うわあ!・・・わかったなの。服も靴もあたしのを貸すの。パンツは新品をあげるの。全部やってあげるの〜!」

< * >
 16歳の外見になり、シャクティからワンピースやらGジャンやらを借りた神宮路・馨麗(じんぐうじ・きょうり)は、『アムリタ』を出ると商店街をスキップしながら駅へと向かった。そして、躓いて転んだ。6歳位の子供は、3日に一度は転ぶ。たかが2センチとは言え、慣れないヒールを履いていれば尚更だ。
「・・・。」
 おねえさんになっているのだから、泣いてはいけない。馨麗は歯を食いしばると立ち上がり、スカートの汚れを払った。
 ピンクのアンゴラのワンピースは、丸首でストレートなラインだ。シャクティが着るとそれなりに胸や腰が強調されるのだろうが、小柄な馨麗にはあくまでもストレートラインのワンピだった。裏にボアの付いたGジャンは、コート無しでも十分暖かい。
 アクセサリーも無く化粧もしていないが、可愛い高校生がちょっとおめかし、という感じだ。商店街のガラスに映る自分は、デートにでも出かける少女のように思えた。
 嬉しくてワクワクする気分とは別に、寂しいこともある。16歳になると、地面が遠くなった。背が高くなったのだから当たり前だが、今まではっきりと見えていた道のタイルの模様や、アスファルトの亀裂で咲いていた黄色い小さい花が、もう自分のもので無いような気がした。散歩するシーズーともチワワとも、もう目は合わなかった。
 
 それでも、大人の体になって得意な馨麗は、商店街から駅までスキップを続けて来た。そして、切符売場で路線図と料金表を見上げ、凝固した。路線図は、『やあい、子供にはわかんないだろ』とあざ笑うかのように赤や青や緑の紐が複雑に絡み合い、どこをどう辿ればいいのかさっぱり見えて来なかった。わざと意地悪くゴチャゴチャに書き込まれているに違いない。
 馨麗は、隠れ里で生まれ、次期巫女長として教育を受けた。6歳になると、外界のことを学ぶ為に、一時期この世界で生活せねばならない。現在は、ゆかりの者の世話になりながら東京で暮らしていた。小学校低学年程度の読み書きや計算は出来る。小3くらいの理科や社会の知識もある。だが、一人で電車に乗るのは初めてであった。
 これが6歳のままなら、気のよさそうなおばちゃんや親切そうなおばちゃんやお節介そうなおばちゃんが、「どこまで行くの?」等と声をかけてくれるのだろうが。
「ええい!もう何円でもいいです。足りなければ降りる時に改札が閉まるし、足りていれば通れます!」
 真理である。
 馨麗は適当な小銭を入れて切符を買うと(ボタンに手が届くのには感激した)、自動改札に切符を挿入して通ろうとした。
 ガシッ!!
「えー?出る時ならわかりますが・・・」
 入口で既に扉が閉まってしまった。首を傾げながら、排出された切符を見ると、『小』の文字が刻印されている。うっかり子供用の切符を買っていたのだった。

『“ハタチから大人”なんて言うくせに。交通費は13歳から大人なんですか・・・。きょーりは納得できません』
 払い戻しをして、ついでに駅員に聞いて目的地まで正しく切符を買った。ブツブツと文句を呟きながら電車に揺られる馨麗だ。席は空いていたが敢えて座らなかった。つり皮を握れるのが嬉しかったのだ。

 神社へ行きたいという巫女らしい向学心と、オトナの社交場・イケナイ場所も覗いてみたいという好奇心と。両方の希望を満たす駅で降りた。
 東京で一、二を争う繁華街と言えば新宿・歌舞伎町。靖国通りを三丁目方面へ下りながら、歌舞伎町の入口をやり過ごし細い通りを二つ三つ過ぎると、明治通りにぶつかる前に低い鳥居と銅の唐獅子が見える。都内の神社としては明治神宮や靖国神社の方がずっと有名だが、原宿より、武道館より、歌舞伎町の方が『オトナの街』という印象が強かった。結局、馨麗は、神社そのものより、隣り合わせの街・・・『人の生きる場所』の方に興味があったのかもしれない。
 時間はまだ昼下がり。太陽は高い。歌舞伎町という場所に、少しくらいなら入ってみても大丈夫だろうか。馨麗は恐る恐る、通りを覗く。
『ええい、行きます!』
 安売り量販店の人だかりを避けるようにして、通りへと足を踏み入れた。夜の街と言っても、コンビニもファーストフードもある。映画館も劇場もある。劇場のうちの一つは中年や老人向けと思われる公演が多く、昼間に閑散としているわけでは無い。女子高校生らしい制服のグループもいる。もちろん、テレビで夜にうごめく街を見た時とは、人の数は大違いなのだが。
ただ、人が少ない方が怖い街というのもあることを、馨麗は空気で感じ取った。ピリピリと肌が痛い。
 道を歩く男、道端で佇むだけの男、店の入口で誰かを待つ男。外見は、スーツにコートの普通のサラリーマン風に見える。顔も日本人に見えた。早口の標準語は馨麗には聞き取りづらい。だが、日本語で無い言葉も、短い単語が行き交う。
夜にここへ遊びに来るのは外から来る者だ。いくら数が多くても怖いことは無い。昼間ここに居るのは、ここに巣喰う者。蟻地獄の主や蟻のしもべ達だった。
『きゃ。さすがに怖いです・・・』
 胸の併せに挟んだ和紙を取ろうと喉元に手を伸ばす。
『あ・・・!』
 式神でもいれば頼りになるかと思ったのだが、巫女装束は『アムリタ』へ置いて来た。今は丸首のワンピース姿で、式神の素材も無い。装束は、借りた服を明日返しに行った時に、引き取って持ち帰る約束だった。
 これは、自分一人で、泣き出さずに、きちんと歩いて、大通りへ出るしか無いだろう。それは右手と右足が同時に動き出しそうな緊張感だった。目の前のコマ劇場を横切って、隣の通りを靖国通りに向かって戻って行く。大人の足なら5分かからない。
 左右に灰色の薄汚い雑居ビルが並ぶ。まるで、見知らぬ森で狐に化かされたような気分だった。似たような、でも見覚えの無い高い樹木の群れに見下ろされ、石砂利に躓きそうになりながら、早足で通り過ぎる。
 枝から体を伸ばしたのは長い蛇。細い舌を出しながらこちらを見て笑う。――痩身の目の鋭い青年がこちらを窺って、唇をなめた。
 足元近くに大きなミミズがうねる。見ないようにしながら迂回して進む。――茶色のボロ布コートを纏った浮浪者が、歩道に屈み込み、ゴミのビニール袋を解いて、中身を物色していた。
 ガサガサと葉擦れの音は、鳥かムササビか。立ち止まってはいけない。両の掌をきっちり握り、とにかく前へ。あやかしの森の外へ。
 明るい小鳥のさえずりでは無く。自動車の騒音が近づき、馨麗はほっと肩の力を抜いた。ドーナツチェーン店の楽しげな看板の向こうに、開けた通りが見えていた。
 一人でちゃんとできた。泣かずに、通り抜けられた。
 振り向くと・・・そこは、区役所の建物の通りで。危険な道では無かったようだが。古いコンクリートの高い壁が続いている。本庁舎は8、9階くらいあるだろうか。旧時代のデパートのような重さのある建築物だった。細長い窓が、まるでマークシートの回答用紙のように整列していた。

『やっぱり、きょーりは、神社が一番落ち着きます』
 裏参道から鳥居を三つくぐり、拝殿を参拝する。鉄筋コンクリートのお社というのも珍しい。立派な本殿とは別に、木花之佐久夜毘売を祀った芸能浅間神社という小さなお社もある。
 朱塗りの小さな鳥居がまるで公園の遊具のように十数個並ぶ場所には、威徳稲荷大明神も祀られていた。
『うわあ、面白いです!鳥居がウンテイみたいに!』
 少し傾きかけた陽と低い鳥居の羅列が、石畳を行く馨麗の足元に光りと影の縞模様を作り出す。影を一本おきに飛んで渡る。さらにぴょんと、二本おきに。
「あ、そういえば」
 里の下働きの女性達から聞いた下世話な噂。確かめたくて、稲荷神社の鳥居を仰いだ。鳥居の横木に沿って掲げられ、横木と長さを争い太さはどう見ても勝っている黒い大木。
「ふーん・・・」
 OMCでは絶対描写してはいけない、アレの偶像である。馨麗が16歳なら『きゃあ!』や『いやーん』と思うのかもしれないが、精神は6歳の女児。耳や足の指と変わらぬ、体の一部という認識であった。里の女があんなにニヤニヤと楽しげに話すから、もっと面白いものかと思っていた。威徳稲荷大明神は子宝を授ける神様なので、こういうモノが奉られているわけだ。

 この神社には、空を仰ぐほどの大鳥居が聳える表参道と、銅の狛犬が睨む裏参道があるが、実はもう一カ所、ゴールデン街へ抜ける裏門がある。ゴールデン街は、昔の赤線・青線。廓街だった地域だ。
 ここは酉の市で有名な神社だが、東京にはもう一軒、浅草に鷲神社がある。馨麗は、都内の神社については詳しく勉強していた。鷲神社の裏門は、吉原へと続く。酉の市の夜だけ、この門が開かれたらしい。景気よく熊手を購入した旦那や若旦那衆がそのまま遊びに出たのだろうか。普段は遊ばぬ者たちも、祭り気分でこの夜ばかりは花街へ繰り出したのか。
 この道を。逃げた格子女郎もいたかもしれない。祭りの人込みにまぎれることを祈りながら。だが裸足の女は石畳で爪を割る。寒空に、襦袢姿は目立ち、すぐに追手に連れ戻される。斬りつけられた女もいたかもしれない。16歳の娘もいたかもしれない。16歳より幼い娘もいたかもしれない。

 自分の足の爪が割れたわけでも無いのに、馨麗は疲れた足を引きずり新宿駅へ向かった。信号待ちでも、ぶつかったりこづかれたりして、少し哀しくなった。
「・・・。」
 6歳は6歳なりにつらいことも多いけれど、大人はもっと大変みたいだ。早く6歳に戻って、しくしくと泣きたい気分だった。6歳なら、それも許されるだろう。
 夕方が近い。低くなったオレンジ色の陽の在り処は、高いビルの陰に隠れて見えない。濁った光りの筋だけが、空に放射状に伸びていた。

< END >

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

4575/神宮路・馨麗 (じんぐうじ・きょうり)/女性/6/次期巫女長

NPC
シャクティ

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございます。ライターの福娘紅子です。
6歳児の女の子の可愛さも意識しながら、巫女や神社の持つ『湿度』も感じさせる作品を目指してみました。
『大人の場所』は、6歳なので、道を歩くだけにしておきましたが、それでも大冒険だったことと思います。お疲れ様でした。