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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

「呆れるくらい、いい天気ね」
甲板の上で来城圭織は皮肉めいた顔のまま独り言を呟き、長く伸びた足をゆっくりと組み替えた。陸の上ならのどかに聞こえるものが、海でも同じとは限らなかった。
 実際、雲ひとつない青い空が広がっていた。大海の真ん中で、四方を見渡すと真っ直ぐな水平線が円の形で圭織の乗る船を包み込んでいる。まるで巨大なドームに閉じこめられたようだった。
 船には大きなマストが三本立っており、そのどれにも白い帆がいっぱいに張られていた。しかし今日は風が吹いていないので、全てだらりと垂れてしまっている。おかげで船は立ち往生、つまり、圭織の言うとおり呆れるくらいの凪だった。
 自然の力を前にして、人間は実に無力である。延々と広がる大海原を目の前にすると、どこかで聞いたような言葉をあらためて口にせずにはいられない。電車や飛行機が事故で止まるのとは違う。船がいつ動き出すか、誰にも予想できないのだ。
「気長に待つより仕方ないのかしらね」
凪になった直後は、さばさばと割り切って甲板で読書でも楽しもうと決めたのだが、三日続くと段々焦りと苛立ちが胸の底をちくちくと刺すようになってきた。
 伊達でかけている眼鏡のフレームを、左手の中指で押し上げる。本当は瞼を揉みたいような倦怠感だったが、退屈に倦んでいたのだ、自らそれを認めてしまうと癇癪を爆発させてしまいそうだったので、無理矢理に押さえ込んだのである。ため息をつきそうになるのも、その度小さなテーブルの上に乗せたポテトフライをつまむことで、ごまかしている。
 圭織はまた、読みかけの本に目を落とした。船の中にある本は大概読み尽くしてしまって、これが最後の一冊だった。読む本がなくなるというのは、なんとなく心もとない感じがする。だから、簡単には読み終わらないようゆっくりと文字を追っているのだが、それでも残りページ数はわずかになっていた。
「これが終わったら、どうしよう」
自分で小説を書くしかないのかしら、と圭織は自分の独り言に思わず笑ってしまう。昔から名作と読み継がれているものは、作者が
「読むものがなくなったから自分で書くしかなくなった」
と告白するものが多い。そんな文豪たちもやはり残り少ない読み物を前に、焦燥感を味わったのだろうか。

 圭織以外の船員たちは、皆船室にこもって昼寝をしたりカードゲームで時間を潰したりしていた。甲板の上に出ているのは圭織と、マストの上の見張り役だけだが、この見張り役の男は無口で、自分の役目以外でしゃべるところをほとんど見たことがない。波の音もない今はまったく静かであった。
 しかしそんな静寂を突然打ち破る、けたたましい鳴き声が東のほうからやってきた。
「グワーッ」
文字を追うのに真剣になっていた圭織は、激しく驚かされる。
「な、なに?なんの音?」
栞を挟む心の余裕もなく本をばたんと閉じると、辺りを見回した。すると、圭織から見て左手の船縁に大きな鳥が羽を休めているのを見つけた。全身の色は真っ赤で、目の周りだけ黄色に縁取られている。黒い嘴は大きく鉤型に曲がっていて、そこからさっきの
「グワーッ」
というけたたましい鳴き声が飛び出したらしい。鳴くのと同時に、その翼をせわしく羽ばたかせるものだからなおさら騒がしい。
「っさいわね・・・・・・どっか行きなさいよ」
追い払うつもりで圭織は手近なところにあったポテトフライを一本、赤い鳥へ投げつけた。だが鳥はその大きな嘴で、器用にポテトフライをすくい取る。さらに、餌を与えてもらったと勘違いしたのか得意そうにまたグワーッと鳴くのだった。
「この・・・・・・」
今度は、食べ物ではなくテーブルの上のフォークを振り上げた。さっきまでフルーツを食べるのに使っていた、小さなフォークである。途端に鳥は、危険を察知して船縁から飛び上がった。
「グワーッ」
抗議のつもりか、圭織の手が届かないところでしつこく鳴きつづけている。本当に投げるわよ、と意思表示してみせると、ようやくどこかへ飛んで行ってしまった。
「これで静かになったわね」
満足そうに圭織は頷いて、フォークをテーブルに置いた。見張り台から一部始終を見下ろしていた男は、呆れたように肩をすくめていた。

 しかし圭織の安息はほんのわずかで、再び
「グワーッ」
と、打ち破られる羽目になった。あの赤い鳥が、いなくなったと思ったのにまた戻ってきたのだ。それも丁寧に、また東のほうから来て左舷の船縁へとまるのである。自分の指定席はここだと言わんばかりだった。
「なんなのよ、もう」
鳥は何度追い払っても戻ってきた。その真っ黒な瞳は、犬や猫以上に感情というものを表面に出さないので、一体鳥がなんのつもりで船にとまるのかはわからない。とにかくしつこくて、圭織は羽ばたきが聞こえるだけで眉間に皺を寄せるようになった。
 大人しく羽を休めているだけなら、圭織も許そうと思う。だが、鳥はうるさく鳴くのだ。この声、都会のざわめきに紛れればたいした音ではないのかもしれない。電気製品の音、雑踏の中の話し声、自動車のクラクション。すべてのない船の上では、鳥の声だけがやたら耳にうるさいのだった。
「いいかげんにしておけ」
無口なはずの見張り台の男が口を挟んでしまうくらい、鳥もしつこければ圭織もしつこかった。お互い、似たもの同士なのかもしれない。
「いいかげんにするのは向こうのほうよ」
だが圭織は男に耳も貸さず顎を尖らせると、一段と声を張り上げ
「今度来たら捕まえてコックに突き出してやるから」
鳥へ最終宣告を送る。当然本気ではないけれど、鳥のほうは圭織の中に眠る炎の力を危険に感じ取ったのかもしれない。今度こそは西のほうへ羽ばたいていって、そのまま戻ってこなくなってしまった。

「・・・・・・本当に、行っちゃったのかしら」
昔から圭織は熱しやすく冷めやすい。友人とケンカをしても、絶交を言い放った瞬間は本気なのだが別れて三分経つと撤回したくなることがしばしばだった。今も、鳥が戻ってこないと思うとなんとなく惜しく感じられるのである。戻ってくれば戻ってきたで、また怒り出すに決まっているのに。
「あいつ、なんの用で船の周りをうろついてたんだと思う?」
見張り台の男を見上げ、圭織は訊ねた。だが男は、圭織には目もくれずじっと東のほうを睨みつけていたかと思うと、
「嵐が来る」
低く、鋭く叫んだ。
 最初、その予言は圭織にとって凪が止んだとしか感じられなかった。長い髪がふわりと揺れ、帆がばたばたと騒ぎ出した。これで船が出せるのねと思った直後、突風が吹きつけて圭織の本を吹き飛ばした。数分後には船を襲うような黒雲がわっと湧き出し、さらに強烈な雨までも降り出したのである。
「ちょっと、なに」
慌てる圭織を尻目に、今まで船室で息を潜めていた船乗りたちが甲板の上に次々と姿を現し、機敏な動作でマストから帆を下ろしたり、甲板の上に出しっぱなしの荷物を船内へ運び込んだりしはじめた。ついでに、圭織も邪魔だと言わんばかりに船室へ押し込められる。
 そこから先は、見張り台の男が宣告したとおり嵐であった。激しい雨に吹きつけてくる風、船はおもちゃのごとく弄ばれ、おまけに雷の音で圭織の耳は痺れた。甲板の上で叫んでいる、男たちの声は全て嵐にかき消されている。ときに自然は、凄まじいばかりの轟音を人間に振りかざしてくる。
 嵐は翌日の朝方まで続いた。雨が止み、どうにか風も和らいだときには船の乗組員たちは全員骨までずぶ濡れ、披露困憊という態であった。全員に体を温めるワインを配って、その後圭織は一人で甲板へ上がってみた。
 東の空からは太陽が昇り始めていた。その燃えるような赤い色は、昨日見た鳥の色に似ていなくもなかった。圭織は髪の毛をかきあげ、微笑んだ。
「本当、自然って」
そこから先の言葉は、あまりにも使い古されているので飲み込んだ。
 こうして、圭織の物語は終わった。

■体験レポート 来城圭織
 生き物っていうか、自然ってすごいわね。ちょっと感動しちゃったわ。普通に面白くて、だらけきった今の生活にカツが入れられた感じ。
 シリーズ化、希望しとくわ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2313/ 来城圭織/女性/27歳/弁護士

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
なんだか、最初に考えていたよりも圭織さまが短気な性格に
なってしまったような気がします。
鳥と真剣にケンカをしてみたり・・・・・・。
個人的に髪の長い綺麗なお姉さんは大好きなので、
とても楽しかったです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。