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【釣り堀の怪魚】
「怪魚か」
「そうなんですよ。おかげでうちの釣り堀は噂が広まって繁盛してくれた。そこまではいいんですが、魚の数がだんだんと減っていきやがるみたいで。いい加減退治しないとまずいかなって」
武彦の元にやってきたのは、釣り堀屋を営む中年の男だった。ある日、客のひとりが1メートルほどの魚を釣った。黒くギザギザし、見たこともないような形の魚だった。主人にそんなものを入れた記憶はない。怪魚は客の釣り糸を強引にちぎって逃れたという。そこから噂は広まり、幾人もの客が怪魚釣りに挑戦したが、ことごとく失敗した。
「たぶんありゃあ、幽霊か化け物の類だ。ここはそういうの専門に扱っているって聞いたんで」
「全然違う。その話は間違いだ」
武彦は腕を組んで眉をひそめた。
「……まあ、普段は怪奇の類はお断りなんだが、釣りを楽しむと思えばいいか」
ここで武彦は、興信所にたまたま来ていた者たちへ視線を向けた。
「俺ひとりじゃ捕まえられないかもしれないし、ちょっと手伝ってもらっていいか?」
そこにいた3人は、怪魚釣りを快く引き受けた。
「ちょうどよかった。私は釣りが大好きなので」
蜂須賀大六がニヤリ、と笑ってみせた。
「楽しみだなあ。あ、申し遅れたけど初めまして。俺は志羽翔流、よろしくっす!」
銀の瞳を瞬かせる志羽翔流。大道芸人は珍しいものが好きなのだ。
「でも、どうやって捕獲したものかしらね。零ちゃんにも協力してもらおうかしら?」
シュライン・エマは隅で事務をしていた零に言った。彼女は頷いて快諾した。
「一緒に頑張りましょ、兄さん、皆さん」
翌日。準備万端の草間兄妹と依頼請負人たちは主人の案内で釣り堀屋に到着した。今日は怪魚退治のために店を閉めたそうで、客は誰ひとりとしていない。
この釣り堀屋には生簀が3つあり、怪魚は一番大きい生簀に住み着いているという。それは学校の25mプールくらいの規模だ。
「んで、どうやって釣り上げなさるんで? あんまり他の魚に影響があるような方法は勘弁なんだが」
「ご安心を。ターゲットだけを集中的にぶっ叩きます」
平凡な釣り青年の格好をした大六が答える。
「んじゃ、お先にいっちょやってみるぜ」
まずは翔流が腰を下ろし、糸ミミズをくっつけた釣り糸を垂れた。ダメもとで普通に釣ってみようというのである。
生簀の中は不透明で怪魚の姿は見えない。のんびり構えよう――そう思った矢先。
ポチャン。水音が跳ねた。翔流が短く呻く。
腕ごと持っていかれそうな、尋常でない力で引っ張られる。これがただの魚であるはずがない。
翔流は立ち上がって腰に力をいれた。歯を食いしばる。釣り糸はピンと張り、縦横に移動する。
数秒の攻防のあと、敵が水から浮かび上がった。
「うっはあ、来た来た!」
話に聞いたとおりの大きな黒い姿。縁はやたらとギザギザ尖っており、到底魚とは思えない。その力もやはり魚のものではなかった。
ブチっと音がした。釣り糸が切れたのだと理解するのと同時に――怪魚は、水の中へと戻っていった。気のせいではなく、顔があざ笑っているかのように感じた。あえて釣られてみせて、糸をちぎることで力の違いを見せ付けたのに違いない。
「やっぱ無理かよ」
しょぼくれる翔流。
「では、今度は私たちね。零ちゃんお願い」
シュラインが視線を向けると、零は目を閉じて念じた。
音もなく現れたのは怨霊で具現化した竿と釣り糸。当然、強度は一般のものとは比べ物にならない(というよりは傷つけることがそもそも不可能なのだが)。それを武彦に手渡す。
「兄さんが竿を持って、シュラインさんが音波を伝わらせて、弱らせていくんです」
「そういうことか」
竿の感触を確かめる武彦に、シュラインが厚めの手袋を差し出す。
「手を傷めないように、一応つけておいて」
そうして武彦は突っ立ったまま針を水に投げ入れる。一同は見守るようにして糸の先を凝視した。
シンと待つこと1分。武彦の体が急に前のめりになろうとする。怪魚が食いついた。全身を硬直させて耐える武彦。一瞬たりとも気を抜けば、水の中に吸い込まれてしまうだろう。
「ったく、予想以上の力だな。頼むぜ」
シュラインがぶれる竿に手をやってヴォイスを放つ。
「……っ」
目には見えない音波と振動が竿、糸、針へと伝わっていく。武彦は若干糸の引きが弱まるのを感じた。それでもまだ力で勝ち釣り上げるには至らない。
「これだけじゃ不十分だ。何とかならないか?」
「了解。いよいよ俺の出番ですね!」
大六が叫ぶ。空中に彼のデーモン『ホーニィ・ホーネット』が出現すると、生簀の中にダイブする。
「うわ、何かすげえことになってるみたいだけど?」
翔流が驚嘆の眼差しを送る。映像が頭の中に送られてくる大六以外には確認ができないが、ホーニィ・ホーネットは小型の蜂型戦闘機を次々と生み出して、怪魚に向けて霊的機関砲による一斉射撃を加えている。水面が泡立ち、凄まじい撃射音が水の中から聞こえてくる。どんな怪物だろうと無事で済むはずがない。
もう少しだ、と呟く武彦。これで相当に衰弱したと糸の引きからわかる。
「やられっぱなしじゃ癪だからな。俺の水芸、とくとご覧あれ♪」
お決まりの言葉とともに翔流が鉄扇をぶんと振るう。するとたちまち、生簀に小さな渦潮が生じたではないか。その中心から見るも鮮やかな糸状の水が湧き上がり、まるで生き物のように動いて網の形を作った。光を受けフワフワと浮かぶそれは実に網目が細やか。まさしく芸術だった。
翔流は今一度扇を振って、針の先へと水網を潜らせる。もとから水であるので何の抵抗もなく水中へ消えていき、のた打ち回る怪魚へと近づく。
「そうら!」
腕を交差させる翔流。この瞬間、網が怪魚を捕らえた。
シュラインの音波と大六のホーニィ・ホーネット、そして翔流の網という三重攻撃に、とうとう怪魚は微弱と言っていいほどに動きを静止させた。
武彦のこめかみが震える。堪える腿の筋肉が最大限に膨張する。グイと腕を上げる。
ザパアアン! 豪快な音を立てて、怪魚が釣り上げられた! 今度は糸を食いちぎることはなかった。
すかさず大六がかねて用意の巨大クーラーボックスを持ち出す。あとはここに入れてしまえば完了だ。だが陸に上がるや、怪魚は激しく体をバタつかせて抵抗する。
「ああもう、おとなしくしろっての!」
翔流がスパーンと扇を食らわせると、怪魚は気絶した。
■エピローグ■
それから彼らは怪魚と一緒に写真を撮影し、大六がヤクザの幹部に頼まれたという魚拓を取った。怪魚が産卵してないかどうかも大六と零が霊的調査したが、杞憂だった。シュラインの用意したコーヒーで体を温めると、ようやく人心地がつく。
「いやはや、ありがとう。お礼といっちゃ何だが、無料券10枚」
主人はホクホク顔で全員に握手し、それを握らせた。
「毎度どうも。気が向いたときに来るんで」
「今度はふたりでのんびり楽しみましょうね、兄さん」
草間兄妹はすっかり機嫌がいいようである。
一方、これ以上暴れたら殺されると判断したのか、クーラーボックスの中の怪魚はとてもおとなしくなっていた。
「武彦さん、こいつ、高峰研究所に持っていこうと思います。いったい何なのか調べてもらいますよ」
大六が怪魚に目をやる。見れば見るほど怪奇な魚。好奇心をそそられずにはいられなかった。
「そうか、んじゃ頼む」
でもその結果、厄介事が判明しても俺は知らないぜ。武彦はそう付け加えた。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0630/蜂須賀・大六/男性/28歳/街のチンピラでデーモン使いの殺し屋】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2951/志羽・翔流/男性/18歳/高校生大道芸人】
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■ ライター通信 ■
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担当ライターのsilfluです。ご発注ありがとうございました。
ほのぼのとしたバトルってとこでしょうか。
シリアスばかりやっているとこういうのが書きたくなります。
それではまた。
from silflu
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