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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 転生せし知略


 人には大抵、幾つかの長所が有る。それは、同時に短所であったりもしよう。
 過ぎたるは糾える…ではないものの、過ぎるは足りぬに近いとは言える。勇気が過ぎれば蛮勇となり、慎重が過ぎれば臆病となる。煩悩が過ぎれば人心が離れ、潔癖が過ぎればこれもまた人心が離れる事となる。
「今すぐ出て行けば、危害は加えないわ」
 水鏡千剣破は、ペットボトルのキャップに手を掛ける。
 学校帰りだったのであろうか、制服を着た彼女は、鞄をゆっくりと地に落した。ペットボトルのキャップは、まだ開ききらずに手を掛けたままだ。
「うるせぇ、くたばってから喚いてろ!」
 金髪を掻き揚げる男は、木刀を握り直した。同時に地を蹴り、正面から袈裟懸けに木刀を振り下ろす。
 肩に食い込むと思われた瞬間、ペットボトルの水が溢れ、弾けとんだ。木刀が粉々に砕け散り、男の目の前に刃が掲げられる。だが、そえれは水で造り上げられた刃だ。水鏡千剣破は、しっかりと男を見据えて、口を開く。
「出て行くよね?」
「……」
 男の顔が、悔しさに歪む。
「くそっ!」
 折れた木刀の残骸を掴み、男は一気に駆け出してその場を後にした。
 隠れるようにしていた数人のギャラリーから、ざわめきが上がる。動きも悪くなく、それにスマートだ。相手を問答無用で殺すような事もしなかった。
 だが……唯一人、小さな子供が、それを覚めた目で眺めていた。


「……はぁ」
 一人、溜息をついて町並みを見渡す。夕暮れ時ともなれば、学業を終えて家路に急ぐ影が、ぱらぱらと見える。本来は自分も、その影の一人であった筈だ。だが、己の活動が活発になるにつれ、元より学業からは離れがちになっている。なのに、それに加えて先ほどのような無思慮に暴れまわる手合いも多い。
 再び溜息を付く。相手を殺したら気分が良い訳が無く、自然と手加減が増える。領内の妖魔や階の類は優先的に駆逐しているが、追いつくわけも無く、その上、増加し続ける外部からの介入……。もう何人か、自分の分身が欲しいと思えてしまう。
 ふと、自分と同じ力を持った友人を思い出す。
「余り御霊へとのめり込まない方が良い、か」
 それはそうなんだが、と検討はする。確かに、普通に考えれば相手よりも自分が大切なのだから、侵入者相手に手加減したり、階駆逐を最優先にしたり、そんな事をする必要は無い筈なのだ。
「でも、目覚め悪いしな……」
 もしかすると、相手の善意に期待している所も有るかもしれない。
 自分の態度次第では、相手が変わるのではないか……そう思える事も有るからだ。
「けど、皆善人って訳じゃないし……」
「そうですよ」
 突然の声に、ふと目線を上げる。
 小学生くらいの女の子が、自分の目の前に立っている。
「先程の侵入者だって、優しいものです」
 声が同じだ。今の声の主は、やはりこの女の子らしかった。
 千剣破は、小学生を相手にする時と同じ感覚で、誰なのか問う。どう見ても小学生か、よっぽど大きく見積もっても、中学生程度に見えるか見えないか程度だったのだから。
「飛鷹いずみと言います」
 千剣破はぎょっとした。外見からは想像出来ないくらい、落ち着いている。言葉遣いでは無い。声の質感、仕草の一つ一つから受ける印象が、とても大人びて感じる。御霊の事を知っているくらいだ、よっぽど大人びているのではないか、一瞬そう考えたものの、考えは直ぐに別の結論を引き出した。

 修羅だ。

 前世の記憶を持つ修羅で有れば、外見と一致しない事も有り得る。そう考え付いた途端、千剣破はやや探るような目で相手を、いずみを見た。
「もう気付いたでしょうけれど、私は修羅です」
「……その修羅のアナタが、何か用が有るの?」
「領域の住民を、皆殺しに来ました」
「なっ!」
 立ち上がろうとして、脚を踏み出す。しかし、その脚を下ろした瞬間、千剣破は天と地がひっくり返ったかのように、その場に尻餅を付いた。
「……と言ったら、どうしますか?」
 転ぶ千剣破を目の前に、いずみと名乗る少女はあくまで冷静だ。
 そして、当の千剣破には、今何が起こったのかも把握出来なかった。踏み出した足が、宙から地へ向かうにつれて、脚が上へ持ち上がり、ひっくり返ってしまった。
「子供だと思って、侮らない方が良いですよ。トリックは、秘密ですけどね」
「……」
 千剣破はやや顔をむくれさせて、起き上がった。ひっくり返され、その上嘘でからかわれたのでは、気分が良くない。
「先程の戦い、拝見させてもらいました」
 しれっと、いずみは口にする。その胸の内で世評どおりの人物かと呟く。
「それで、さっきの御霊が優しいって、どういう意味?」
 単刀直入に、疑問を投げかける千剣破。その質問を受けたいずみは、瞬き一つしなかった。
「私であれば人質を取る策も考えつきます。人質を餌にして貴女を誘き出して、捕らえる事も出来ました」
「そんな……!」
「そんな卑怯な事、ですか?」
 声を上げかけた千剣破を前に、機先を制するいずみ。小柄な身体から、彼女は重厚な存在感を放っている。
 目を千剣破へと向け、睨むように語り掛ける。
「死して何を残すつもりですか?」
 千剣破は、黙っている。突然表れ、熾烈な言葉を放つ少女を前に、口を結んでいた。
「人質を取られ、そして貴女が罠にはまって死ぬ事を喜ぶのは誰ですか?」
「私を罠にはめた御霊……?」
 ぽつりと口にする。確かに、そうかもしれないと思えたからだ。
 だが、いずみの言葉は千剣破の想像を遥かに越えて投げかけられる。
「いいえ、違います。貴女が死んで喜ぶのは貴女の敵だけでは無く、周囲の同盟者、周囲の他勢力、果ては遠くに離れた大勢力もそれを喜ぶかもしれません」
 言葉は、止まらない。
「勢力の敗北とは、それだけの影響を周囲に与えるものなのです。当事者同士の問題では、ありません。そして、相手は自分では有りません。貴女と違う考えが、世には数え切れぬ程存在します」
「だからって、あたしに卑怯な事をしろとでも言うの?」
 気を奮い立たせ、千剣破は目線を正した。正面から顔を見て、問う。その言葉を表情を前に、いずみは何ら怯む事も無く、再び口を開く。
 自分に関係無く、相手には選択の自由が保障されている事。その事実を徹底的に説いた。
 千剣破には、もう反論の言葉も無い。確かに、認めたくは無くとも、それは事実だと思える。計略、謀略、調略、世には智に依存する知略という存在が有る。そして、汚い手段も選択肢としては存在する。
「けど、私はそれでも……」
 いずみは、顔を曇らせる千剣破を見た。
(やっぱり……似ている)
 かつて己の夫だった人物。冷静で現実的な人物であったが、現実を理解した上で尚、己の考えを貫き通した人。
 喧嘩もし、意見の言い合いをした事はあっても、自分には過ぎた夫だった。ならばこの機会は、天祐かもしれない。彼女は生まれ変わったこの現世で、地元では夫に会えぬと知り、地方を動き回ってきた。時に女性の御霊へ助言などをしながらも、決して一所に落ち着く事無く動き回ってきた。
「私は、そういった事はしたくない……」
 今目の前で呟く、千剣破の小さな声。
 肩を落としながらも尚、己の言葉を捨てては居ない。やや頼りない気もするが、己を変えぬ事、それは清々しい。これなら、今少し、居てもいいかもしれない。言葉を残して立ち去るつもりで居たが、もう少し居てみようかと言う気になる。
「しかし、その思いを貫く事は、何時しか貴女自身に被害を与えます」
「有難う」
 ぽつりと言い、笑顔を見せる。
 落していた肩を持ち上げるように胸を張り、千剣破はいずみへと向けていた目を逸らした。
「いずみさん……だよね? アナタのお陰で定まった気がする。私は、己のやりかたを貫き通す。アナタの言う通り、私は死ぬかもしれない。けど、それで良い。私は解って、敢えてその道を進む」
 そう、答える。
 自分は自分として、自分なりの道を見つけていく。決して気が晴れたわけでも無かった。だが、暗い闇の中に一筋の光が差している。今会話の中で見えてきた、覚悟をした上での、己の道だった。
 だから、千剣破は決心した。
 ただ、光を頼りに心を決めた。
 だがその決心は、もう一つの決心を引き出す。それは決心とは言えぬ程の気紛れだったのかもしれない。しかし、それでもその決心は、千剣破の決心によって引き出された答えだった。
「しかし、相手の悪意を汲み取る事が出来れば、自分なりの理想を通す事も出来るでしょう」
 もしかすれば、こうった人物を探していたのかもしれない。
 少しだけ、もう少しだけ、彼女に付き合っても良い。
「暫く、此処へ居てあげます」
「え……?」
 疑問を返す。
 そうではないか。今しがた会ったばかりの小学生に、誰がこう言われると想像するだろう。
「私は、人の機先を読む事が出来ます」
「人の機先を読む……」
「水鏡千剣破、私は、貴女の補佐をしましょう」
 鋭い目が、答えを問う。外見からは想像も付かぬ知識、そして態度。真面目な話であった筈なのに、千剣破は思わず笑いを漏らした。笑うなら帰るという彼女の言葉を聞いて慌てて引っ込める。けれど、可笑しさが消えなかった。
 小学生の子に、私は補佐をしてもらう事になる。
 情けないとは思わない。きっと、彼女の方が経験も知識も豊富なのだろうから。
 ただ、小さな女の子に頭が上がらないという、そのギャップが可笑しかっただけ。
(変なの……)
 だから、少しだけ、笑った。
 ばれないように、少しだけ笑いを漏らした。それくらいは、許されると思えた。





 ― 終 ―