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三河動乱記参 水滴
静かだ。音が無い空間……いや、正確に言えば音は有る。
だがしかし、静かなのは違いない。葉が擦れる音だけが、さらさらと響く。
「部活……か」
久々に出ようかという気もしたが、直ぐに止めた。出ても疲れる。
それに元々、他生徒とは仲が良くないし、喧嘩沙汰も時々やっている。楽しいのは身体を動かすというその一点程度だ。
「オーノー、元気が有りませんネー」
ぎょっとして暫し言葉を出せなかった。
突然、目の前に女の子が二人、顔を出した。その片方、金髪の髪が目立つ女の子が、やれやれと言った仕草を見せる。
「やっぱりこの聡志君は、元気が無いままのようデスネー」
「……叩きのめせば諦めるかもしれませんね」
もう一人の女の子が、しれっと、聡志を無視して喋る。
「……おい」
呆気に取られながらも、つい、聡志は声を上げた。
「そうハードじゃ、余計落ち込むんデハ?」
「男相手なんて、厳しいくらいで丁度良いとおもいますけど?」
聡志の声を無視し、会話は続く。
「おい、誰だオマエら!」
「静かにしてなさい!」
一人が、ぴしゃりと言葉を放つ。ガキ!、聡志は叫ぶと同時に起き上がろうとする。殴るわけじゃない。だが、寝転がったままで居られるとも思えなかった。ただ、彼は起き上がる事は出来なかったのだが。
「……?」
無様な格好でひっくり返る。上から、再び金髪の女の子が顔を覗かせた。
「聡志サン、無用心ネー」
「突発事態への即応能力も無いようね」
だんだんと、腹が立ってきた。
「誰だオマエ等は! 答えろガキ!」
ひっくり返ったまま、彼は叫んでいた。
とっても格好悪いが、それは言わない方が良いだろう。
「そうだよ、野郎、喧嘩ン時も手加減ってのをしねぇんだ」
茶髪の男は、ぼそぼそと喋りながら相手の顔を見た。
「へぇ、それで、結局てめぇは協力してくれんのかよ?」
「当たり前だってんだ。俺は、根本的に嫌いなんだよ、聡志の野郎がな」
成る程、解り易い野郎だ。
菱・賢は、心の中で呟き、男を見た。こいつは使える、足がかりを手に入れられるかもしれない。
一人、拳を握り締める。
「ミーは何処にでも居るDOPESTER(情報屋)、ローナ=カロイッツェルネ」
「私は飛鷹・いずみ」
一旦言葉を切って、ローナを見る。
「……何処にでも居る軍師よ」
「はァ?」
大人しく正座した聡志が、不満そうな声を上げる。
情けないと思わないでもない。だが、身体中あちこち、芝生の草や泥に塗れている。もう、幾度となくひっくり返されている。何かの力が有るのだろうが、それが解らない。お陰で先程から何度もひっくり返され、結局言う通り正座で座らされる羽目になった。
「……胡散臭ェよ、二人とも」
「オーゥ、少しは人を信用したラどうデスか?」
ローナは、やれやれと言った風に首を振る。
聡志は怒りの反論をぐっと堪えた。
先程からの言葉を聞く限り、二人は御霊だろう。となれば相手が自分より長く生きた修羅かもしれない。落ち着け、相手は年上だと思っておけ、だから落ち着くんだ。
聡志は自分に言い聞かせつつ、黙って言葉を聞いた。
「私は、近江に居る彼女の所から来ました。同盟者視察にね」
「アイツか?」
暫く前、色々見て回っているのだと言い、来ていた奴か。
聡志はそれを思い出し、溜息を付いた。とりあえず、ならば敵ではないだろう。
「ところで、聡志サン? 随分元気が無いみたいデスがー?」
「どうせ、負け戦を何時までも引き摺っているんでしょう」
聡志はむっと唇を曲げる。
「言ってろ。今に勝つさ……」
言葉を聞き、ローナといずみは同時に溜息を付いた。
馬鹿を相手に出来ないとでも言いたそうに、いずみが腕を組む。対するローナは、やれやれと、面倒くさそうに聡志を見る。
「聡志サンね、敗因考えた事、ありますカ?」
「そんなもの……」
言いかけて、空気が揺らいだ。
何かが、領域の中で起こっている。それを感じ取った。それとほぼ同時だ、部下(後輩とも言う)が一人、聡志の近くへ走ってきた。
「野郎、先輩に負けたのをそうとう恨んでやがった! とうとう行動に起こしたぞ!」
聡志は、古刀を握って立ち上がり、ローナといずみが、互いに目配せをした。
「聡志ィ! 出て来いやぁ!」
男が地蔵の首を踏みつけた。転がり、砕けた地蔵の首は、彼の足の下で泥に塗れている。
それを、賢は覚めた目で見ていた。
「幾らでも相手をしてやる!」
路地から、聡志が飛び出す。飛び出すや否や、聡志は、地を蹴って走り出す。
「待ちなさい、何度言わせるんですか。罠ですよ、これは」
横をいずみが走りながら、静かに聡志を諭す。
「うるさい、俺のやり方を見てろ!」
なら勝手にすると良い。いずみは言葉にこそしなかったが、呆れて近くの木へと飛び上がる。その横へ、ローナが座った。観戦も立派な情報収集だと言いたげだ。
「貴様、死にに来たか!」
男の念を弾き、聡志は古刀を横に薙いだ。それは男の腹を掠め、打撃を受けた男は壁に叩きつけられる。刀を還し、頭上へ振るおうとする聡志の横面めがけ、光が走った。
瞬間、辛うじてそれを避けた聡志が、地に手を付いて構えた。
「前世の誓いをここに果たす。悪ぃが、北条、お前は俺の糧となれ!」
「オマエ、あの時の!」
男がとっさに身を翻して逃げる、追おうとする聡志の行く手を、賢が遮った。
「どけぇ!」
聡志の叫び声が響く。
強烈な古刀の一撃を、賢は錫杖で受け止める。以前よりも一撃が重かった。だが……
(コイツは戦い方に進歩が無ぇ……!)
次は横薙ぎが来る。……予想通り、そしてもう一度縦に……来る。
聡志の振るった古刀が髪を散らせる。
「おらァ!」
賢は潜り抜け、聡志の腹部へと、錫杖の強烈な一撃を叩き込んだ。吹き飛ばされるも、辛うじて踏み止まり、再び駆け出す聡志。賢は十分に距離が有るのを見て、手を結んだ。
金剛索……一時的に動きを封ずる法。
「法!」
「……なっ」
身体が重い事に、愕然とする。賢が気を込めた直後、聡志の身体は鎖にがんじがらめにされたかのように、動きを衰えさせる。賢は軽く息を吐くと、錫杖を構え直して一直線に突き進む。
「トドメだ、北条!」
確実な一撃が決まる、筈だった。一直線に突き進む筈の錫杖は、寸前で、バランスを崩したかのように地へと突き刺さった。気が付いて、上を見る。今まで静観していた筈の少女は、静かに戦いの場を見下ろしていた。飛び退る賢は、足元にあった石ころを軽く投げつけた。石ころは途中で完全に逆方向へと、飛んでいく。
だが、彼女は回りに有る石や枝を動かすこと無く、こちらを見ている。
(成る程、力を直接行使するのとは違うって事か……)
賢がいずみを睨む。
(錫杖に金剛策……随分と仏法を駆使するのね)
いずみが、冷静に、賢を見る。
静かだ。だが、両者の冷静な観察は、大声によって遮られる。
「おぉぉぉっ!」
金剛策から抜け出した聡志が、古刀を叩き降ろした。
それを即座に払う賢。小さく、彼は舌打った。またあと一歩で邪魔に入られるとは、思いもよらなかった。二対一だ。後で呆然としている、この男は役に立つと思えず、計算に入れなかった。
「退くのも、勇気の内だな……!」
追撃する隙も与えず、確実に、賢は後退していった。
その姿が見えなくなって初めて、聡志は膝を付いた。
声が聞こえる。子供らしい声ではあるが、その言葉の内容は辛辣だ。
忠告を何ら聞かない事に始まり、醜態を一つ一つ数えながら指摘する。
「今回も、前回も、ミスの理由は結局同じです、解りますか?」
学生服の土ぼこりを払いながら、聡志が黙って聞く。いずみが、冷たく聡志を睨んだ。
「仕方ありませんネ、ミーがステイしてあげまショウ」
コンクリ塀の上から、ローナがクスクスと笑う。
「解りマせんか? 今回も前回も、ユーにとってミスだったのは、情報を軽視した事ですヨ、聡志サン?」
「情報だと? 戦う時にそんなもの……」
「ノンノン、良いから聞きなサイ」
聡志の言葉を遮り、ローナが手を振る。
「今回に関して言えば、ユーの部下の反乱が発端デスネ? そのプロジェクトを未然に把握出来てれば、先手を打つ事が出来た……そうでショ?」
「ム、だが、いざ戦闘になれば……」
「それでも負けてます」
いずみがぴしゃりと断言する。その言葉に聡志は振り向き、ローナはうんうんと頷く。
「そもそも御霊の戦いは、己の特殊な力同士の相性に依存する傾向が有ります。だのに、アナタはその事を考えたことすらない」
「ロスの理由を、ユーが自分に求めるのは正しいネ、でも、ロスの理由が間違ってるヨ」
ローナはコンクリ塀から飛び降り、人差し指びしっと聡志へ向けた。
「彼女は戦いへの迷いを乗り切りました。けどアナタは、このままでは戦う方法すらままならないまま、消えますね」
いずみの言葉は容赦無い。
暫く放つ言葉すら無かった聡志は、とうとう、溜息を付いた。
「情報に、戦術か……なら、俺はどうすれば良い?」
「それはアナタが自分で見つけるんですよ」
いずみは肩の力を抜くと、ふと笑った。真っ直ぐには違いないのが、微笑ましいとも思えたからだ。
「ミーは、必要があれば情報をユーに売ってあげますヨ? けど、そのタイミングは、ユーが自分で判断するんデス」
ローナも笑う。顧客リストに、一名顧客が追加出来そうだったし、そしてそれ以上に、素直に言葉を聞き、反省している聡志が可笑しかったのだから。
空き地の真中で、男は腕を組んでいた。見る方角は、長篠神社の方角。
男は自分の領域に一旦戻り、腰を落ち着けていた。尤も、元々聡志の領域の一部だったのだが。しかし、反乱を起こしておいて、最初の一撃で聡志を倒せなかったのは残念だと思えた。
「くそっ、聡志の野郎……だが、アンタが居れば次は勝てそうだ。そうなれァ、ここ一帯は俺ンものだって事だな」
喉を鳴らしながら、後に居る賢へと振り向こうとする。
だが、その首に、金属の冷たい感触が触れた。振り向こうとして、首が何かに当たったらしかった。
「なぁ、てめぇよォ、地蔵の首踏んでた時の気分はどうだい?」
その金属は、錫杖だった。賢が、錫杖を掲げ、男の背中を睨んでいる。
「は? 何言ってんだ? 聡志の領域の一角じゃねぇか、潰したって構わねぇだろ?」
賢が頷く。
「成る程な、特に何にも感じねぇって訳だ……」
「おい、それより、次はどうやって攻める?」
錫杖を払いのけ、男が振り返る。
男がもう少し利口であったなら、彼の人生はもう少し長かったかもしれない。
「てめぇに次は無ぇよ」
男の顔が、驚愕に歪む。
「おい、そりゃどういう……!」
「黙って消えろ!」
一撃で、彼は視界が真っ暗になるのを感じた。
息を抜いた賢が、歩いて空き地の中心に立つ。視界の隅どころか、あちこちを小さな霊が過ぎっていく。この空き地は霊の溜まり場になっているらしい。霊域としては、不安定かもしれないが、その分、恐らく強力な霊域だ。
「まずは足場にさせて貰うぜ」
一言呟き、賢は男の事を直ぐに頭から追い出した。
さぁ、これからが勝負だ。三河はまだ小豪族ばかりだ。当面の問題は、三上と、北条だ。どっちから潰すか、或は同盟でも結ぶか……自由度は広い。
これは契機になる。
菱賢が傭兵沙汰から抜け出す、その第一歩に。
そして、三河動乱への、更なる加速に。
― 終 ―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC1217 / 飛鷹・いずみ(ひたか・いずみ) / 女性 / 10歳 / 小学生
PC1936 / ローナ・カーツウェル / 女性 / 10歳 / 小学生
PC3070 / 菱・賢(ひし・まさる) / 男性 / 16歳 / 高校生兼僧兵
NPC / 北条・創志(ほうじょう・そうじ) / 男性 / 16歳 / 高校生
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■ ライター通信 ■
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そろそろ新米から抜け出したいライター、斑鳩です。
今回も御参加有難う御座いました。
戦闘自体は、引き分けだったかもしれませんが、結果としては、聡志は大敗という事になります。
元々自分のものだった領域を、一部とは言え奪われてしまった形になったのですから。
ローナさんの喋り方(偽アメリカン)は書いてて楽しかったです。
ただ、もう少し私が英語に詳しければ、もっと色々パターンを混ぜられたかと思っております(汗)
あと聡志はおそらく、良い顧客になってくれるかと思います。
飛鷹さんの発注は、前後して発注されたノベルとの関係から、やや台詞等を変えています。
毒舌っぷりと、冷静な読みと言葉を可能な限り再現しようと頑張ってみましたが、どうだったでしょうか?
菱賢さんは今回、領域を持つ事を目的とされていましたので、こういうストーリーになりました。
聡志の領域を手に入れた場合の事も書かれていましたが、完全入手ではなかった為、今回は保留しています。
ですが、これで事実上三上は三つ巴か、或は四つ巴状態。
その中での有力な一人、となると、色々と選択肢は広いかと思います(笑)
それでは、有難う御座いました〜
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