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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


ナイフの切っ先

 その日、あやかし荘は朝からいつも通りの一日をおくる――はずだった。

 天気は晴天。空気は冷たいが、太陽からの光線はぽかぽかと暖かかった。
 ぴょんぴょん、とあやかし荘の庭で縄跳びをしながら、遊び相手を橋姫は待っていた。昨日、通りがかりの人が遊んでくれると約束してくれたのだ。
 さあ、早く来ないかな、と思っていた矢先、通りから声が聞こえてきた。
 「きゃああああ」
 と、空を裂くような甲高い叫び声――とともにあやかし荘を囲う塀の上から影が飛び降りてきたのだ。影は、細身の男だった。片手にナイフを握り締めているのもそうだが、その姿は――赤かった。
 ナイフにも、手にも、身体にも、顔にも、足にも腕にも――全身に狂ったように鮮血が染みていたのだ。
 それは、橋姫を見てにや、と哂い――消えた。いや、跳んだのだ。それに気づいて橋姫は空を仰いだ。が、遅かった。それは既に背後に――。

 男はナイフの切っ先を橋姫の首にあてがった。その時だ、門に人影が見えたのは。
 「助けてぇ!」
 橋姫は影に向かって叫んだ。
 遊びに来てくれた、あの人に向かって――。

++

 昨日の夕暮れのことだった。橋姫はあやかし荘の庭でいつもどおり一人で遊んでいた。遊び相手はボール一つ。もうじき日も暮れる、そう思いながら赤くなった空を仰いだ。
 ふとした拍子に、ころころとボールが転がっていった。門を抜け、通りに出たそれは偶然そこを通った人に当たった。黒いドレスの裾を掠めて、細い足にこん、と当たったボールは、細く白い指先に持ち上げられた。
 「あなたの?」
 とボールを両手で抱えながら橋姫に近づいた彼女は、黒く艶やかな髪を揺らし、赤い瞳で橋姫を見た。
 「はい」
 橋姫の身長に合わせて屈んでそれを彼女は橋姫に渡した。
 「ありがとう、お姉ちゃん」
 「いいえ」
 無表情に見えるその顔は、どこか微笑んだように感じられた。
 「お姉ちゃん、暇?」
 ボールを抱えながら、爛々と輝く橋姫の瞳で見つめられて、いや、とは言えなかった。探し物をしていて時間などないと言うのに、
 「明日にしましょう、今夜はもう遅いから」
 と、遊ぶ約束をしてしまったのだ。
 わーい、と無邪気に喜ぶ橋姫に、彼女は――黒榊魅月姫はそれを後悔しなかった。

 が、実際に遊びに来てみれば、「助けて」と叫ぶ橋姫と、その首先にナイフをあてがう血まみれの男だった。
 「何をしているのですか?」
 と言った。無表情に見えるが、彼女をよく知る者が見れば冷や汗ものになるに違いない。そうでなくとも、感じるだろう。『彼女は怒っている』と。そして――それに恐怖するのだ。
 「それ以上近づくな!それ以上近づいたらこいつを殺すぞ!」
 ぎり、とそのナイフの刃は橋姫の首の肉を押していく。それ以上力を加えたら、間違いなく血が出るだろう。
 魅月姫は足を止めて様子を伺った。とりあえず、これ以上近づいては橋姫が危険だ。さて、どうする――と、まずは今の状態を再確認する。今、下手に近づくのはいけない。では、やはりこれしかありませんね、そう思って魅月姫は男と橋姫の影を見た。太陽の光は二人の影を二人の背後に落としていた。
 「…わかりました」
 そう呟くと、ふ…と魅月姫は二人の前から姿を消したのだ。
 「な?!」
 「お姉ちゃん?!」
 どこに行った、と男が慌てて頭を左右に降ると、
 「そちらにはいませんよ」
 と、男の背後から姿を現したのだ。
 驚いて男は振り向くが、魅月姫はバシン、と男の手首に手刀を叩き込み、するとナイフがからんと音を立てて地面に落ちた。さらに、橋姫の腕を引き、抱え込んでさっと今度は二人いっぺんに姿を消した。
 「ど、何処へ行った!」
 男は手首を押さえながら、地に落ちたナイフを拾い上げ、それを構えた。
 何処へ、何処へ行った?!オレの、オレの――獲物!!
 そう思いながら彼はあたりを見回した。すると、木の影から、二つの影が浮かび上がり、それが実体となったのを彼は見た。そう、魅月姫と橋姫の二人に。魅月姫は影を媒体にして移動を行っていたのだ。
 「大丈夫?」
 「うん、お姉ちゃん」
 「もう少し待っていてくださいね、この野蛮な輩を退治してから遊びましょう」
 「うん」
 すると、魅月姫は思いっきり地面を蹴った。フリルのついた黒いドレスがひらひらと翻り、彼女の細い足を見せる。男はナイフを構えるが、彼女の素早い動きに対応できるはずも無く、気づけばそのナイフは魅月姫の手の中にあった。
 「危ないですよ、こんなもの」
 ドレスをふわり、とさせ魅月姫は優雅に着地した。そしてそのナイフをかちゃん、と地面に落とした。
 「貴様!」
 逆上した男は、血まみれの腕を魅月姫に向かって振るってきた。が、魅月姫はそれをいともたやすくよける。ふわりと舞うドレスと軽やかな魅月姫のステップは、とても今殺人鬼と戦っているとは思えない優雅さだった。何度その男の拳が飛んでも、魅月姫は軽やかにそれをかわしていく。そう、まるで舞っているかのように。ドレスを両手でつまみながら、ふわり、ふわりと跳んでくる拳を、蹴りだって軽やかにかわしていく。
 「例えあなたが普通の人間以上の力を持っていても、私には勝てません。諦めなさい」
 「黙れ!」
 ひうん、と空気が唸った。それは、今までのただひたすら殴りつけようとする拳とは違った。
 一瞬の判断で魅月姫はそれを交わした。紙一重――あと少し反応が遅かったらもしかしたら彼女の顔に一筋の傷を残していたかもしれない。
 「殺す、殺す、殺す…」
 ぶつぶつと物騒な言葉を呟く男の手には糸が握られていた。鋼鉄製のワイヤーに、それの先には円形のナイフ。ワイヤーに触れても肉が切れるだろう。その先のナイフに触れても皮が裂けるだろう。それ全体が武器となったものを、その男は隠し持っていたのだ。これで首を絞められたら皮も、肉も、骨も断ち、あっという間に首を落とされるだろう。くるくるとそれを回しながら魅月姫を睨みつけるも、
 「なんて危ないものを…。でも、もう終わりにいたしましょう」
 きらり、と魅月姫の赤い瞳が金色の輝いた。
 すると、ぴくりともその男が動かなく――いや、動けなくなってしまったのだ。
 「な、何を…」
 かろうじてその唇からつむがれた言葉も、もはや何の意味も成すまい。最初から、そう――魅月姫を相手にした時点でこの男は終わっていたのだ。吸血鬼の真祖である彼女を敵に回して、多少普通の人間より強いだけの人間がそもそも勝てるわけが無い。
 「さようなら」
 無表情、いや――微かに微笑んだ彼女の唇からその言葉が紡がれると、闇がその男を襲った。叫び声をあげるまもなく、断末魔の悲鳴をあげる時間さえ許されず、男は闇の中に永遠に封じ込められてしまった。
 さぁぁ、と闇は四散すると、そこに男の姿は無く、いつもどおりの平穏があやかし荘に戻った。
 「お姉ちゃん!」
 たたた、と橋姫が魅月姫に走ってきて抱きついた。ぎゅう、としがみついて「お姉ちゃん大丈夫?」と魅月姫を見上げた。
 「大丈夫ですよ」
 微かな変化、だが確かに魅月姫の顔は優しく微笑んでいた――。

++

 「あのね、お姉ちゃん」
 あやかし荘の一室で、オセロ盤を挟んで魅月姫と向かい合っていた橋姫は言った。
 「何?」
 「よくよく考えたらね、あたし一回死んでるから、あのまま切られても大丈夫だったの」
 「あら……」
 パチン、とオセロの駒を盤上に置き、挟んだ白を黒く変えていく。
 「でも、貴方が無事でよかったわ」
 「あ、お姉ちゃん変えすぎだよ!白が無事じゃないもん」
 盤上に置かれた駒はほとんどが黒に姿を変えていた。
 「あら、じゃあ次は何をして遊びましょうか?」
 「トランプやろう、トランプ」
 「ええ、わかりました」
 やったー、と全身で喜びを表現するこの少女に、彼女の表情がかすかにだが楽しそうに見えた。
 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4682/黒榊・魅月姫/女性/999歳/】


【NPC/橋姫/女性/7歳/】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして。皇緋色と申します。楽しんでいただけましたでしょうか?
バトルではありますが、うまくバトル描写できてればいいのですが…。
魅月姫さんが強烈に強いので、ただの一方的なバトルじゃ面白くなかろう、と反撃もさせてみましたが、やはり魅月姫さんにはかないませんでした。
吸血鬼大好きなので、しかも美少女!たまりません(笑)。
後はイメージが崩れていないことが心配です。
一見無表情だけど、ちゃんと表情がある、というのがうまく描写できてるといいのですが…。

またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。