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<東京怪談・PCゲームノベル>


恋する君へ 〜like a butterfly〜

 グレーのスーツに身を包んだ長身の青年が、冬の冷たい空気を裂くように閑静な住宅街を歩いていた。
 彼の名はモーリス・ラジアル。
 現在はリンスター財閥所有庭園の管理に主に従事している――が実際には、庭園管理だけでなく彼が敬愛する財閥総帥の手足としても活躍中の身の上。
 ともすれば野暮ったく感じさせる色のスーツを颯爽と着こなすその気品は、どこか現代社会に生きる同年代とは趣きを異にしている。それは、モーリスの職業ゆえだけではなく、彼の生きる年月にも端を発しているのかもしれない。
 527。
 彼にこれは何の数字かと問えば、聞く資格のある者には『自分の年齢』という応えが返るであろう。そう、つまり彼は常人より長く生きる事の出来る『長生種』と呼ばれる存在だった。
 そんな彼がこんな早朝に、しかも微妙に場違いな場所を闊歩している理由はと言えば。
「確かこの辺り……でしたよね」
 呟きは白い靄となって中空にとける。
 彼は少し前に主から聞いた話の真相を確かめるべく、彼の人が通ったであろう道程を記憶を頼りに歩いていた。
 確かめる――とは言っても、主の弁を疑っているのではない。というよりむしろ、この手の話題で彼が主を疑う事などありえないのだが。
 つまり、少々興味を惹かれた――そんな所。で、その話題とは。
「あら、今日もこんな早くからお散歩する方発見だわ」
「此方こそ、朝早くからブランコに揺れる方を発見です」
 主が出くわしたという、火月と名乗る『恋愛談義』を聞きたがる女性。出社時間にはまだ早いだろうに、ピシッと決めた真紅のビジネススーツ姿まで聞いたまま。
 どこまでも空気が澄んだ朝。都心の一角を浮き上がらせるように差し込む朝陽が、モーリスの金の髪を鮮やかに煌かせる。
「火月さん、とおっしゃるのですよね?」
「あらやだ、既にバレバレ――っていうか、総帥さんのお付の方だからそれも当然かしら。モーリス・ラジアルさん、よね?」
 「あらやだ」と言っている割に、顔には全く焦った様子はない。どちらかというと、事態を楽しんでいる節さえあるようにモーリスには見受けられた。
 悪戯がバレた子供のように、小さな笑みを浮かべつつ、火月が無言で自分の隣のブランコをとんとんと軽く指先で弾く。
 それを「ここに座って」と理解したモーリスは、一歩公園の中へ足を踏み入れた。
 アスファルトの大地から、都会では珍しい土の世界へ。踏み下ろした靴底が、出来立ての霜柱を砕いたのか、しゃくりとした感触が伝わる。
 と、その瞬間。
「―――!?」
 突然、湧き上がった第三者の気配にモーリスがスーツの内ポケットから素早くメスを構えた。
 白い日差しに、鋭利な切っ先が硬質な輝きを放つ。
「誰ですか」
 口調だけは普段通りのまま、けれど纏う気配を一転させたモーリスが、火月と自分のちょうど間くらいを注視する。
 『誰』という問いに答えが返るほど、それはまだ人の形を成してはいなかったが、僅かに歪む時空の壁の向こうに、確かに人間の気配。
 慎重に事態を見守っていたモーリスは、それに気付いた瞬間、構えていたメスを音もなく放つ。
「あーぶーねーっ。いきなり何すんだよ」
 モーリスが観止めたのは『武器』のシルエット、人間の等身大はあろうかという鋭利な刃。
 空を走ったそれは、確実に現出しようとしている相手の腕に突き刺さる予定だった――万が一、致命傷を及ぼすようなことになってしまっても、相手に敵意がないと分かった段階で、『元』の『形』に戻せば済むのだから。
 しかし、結果は。
「幼稚園で習わなかったか? 人にむけて刃物は投げたらいけませんって」
「生憎、私の幼少期にはそのような物はありませんでしたから」
 無機質な色を帯びた巨大な刃に、メスは吸収されてしまった。視覚を音で表現するのなら、まさに「ずぶり」と埋め込まれるように。
 いまや完全に実体を成したのは、白銀の衣服――どこか非現実めいた、まるで電脳空間を意匠したような――を身に纏った長身の男性だった。年の頃は、モーリスの外見年齢とそう違わないだろう。
 がっしりとした体躯に、軽々と振るわれた大刀がよく似合う。
「へぇぇ……ってことは何。見たまんまの年齢ってワケじゃないんだ」
「突然湧いて出るような方にお答えする義理はないかと思いますが?」
 一触即発の雰囲気。奪われたメスとは別の新たな光が、モーリスの掌中に宿る。
 軽く息を吸い込み、体の重心を下に移す。安定度を増す事で、より狙いが確かになる――今度は防ぎようのないほどのギリギリの角度で。
「はいはーい、面白いから見守ってたけど、朝から流血沙汰はちょっと遠慮ね」
 鼓膜が痛みに震えそうなほどの緊張感、それを破ったのは暢気に明るい火月の声だった。
 パンパンっと、両手を叩きながら二人の間に割って入る。
「モーリスさん、驚かせてごめんなさい。大丈夫、物騒に見えるけどコレは私の知り合いだから。名前は天城・鉄太って言うの」
 軽く飛ばされたのは小さなウィンク。さり気なく流された視線が、モーリスが手にしたメスが既に不要なものだと告げている。
「へ? は? 火月?」
「おはよう、鉄太。いきなりの登場、彼でなくても驚いたわよ」
「あー……なるほど、そーゆーこと。いやぁ、いきなりこんなトコに飛ばされたから、おかしいなとは思ったんだけど、そうか、火月がいたんじゃ仕方ない」
 緊張して損した、とばかりに鉄太が色素の薄い金茶の髪を、いつの間にか空になっていた手で無造作にかきあげた。
「悪かったな。ほい、これは返す――けど、いきなり投げんなよな」
 大股で歩み寄った鉄太が、先ほどモーリスに投げつけられたメスを、ほいっと持ち主に返却する。その瞳にはまだ剣呑な色が浮かんでいたが、それは既に演技に類するものだとモーリスは判断する。
 気配が全く違うのだ、先ほどまでと。
 ここまであからさまに態度を変えられると、モーリスも肩の力を抜かざるをえない――否、むしろ緊張感を維持する方が困難に違いない。
「話がよく見えませんが――天城さんは、そういう特技の持ち主で?」
 手渡されたメスを内ポケットに仕舞いながら、モーリスは首をやや傾げてみせる。少しだけわざとらしい仕草ではあったが、絵になるほど似合うのは彼の美貌ゆえだろう。
 萌える緑を映した瞳が、ややおどけたように細められる。
「あーいや、特技って言うかだな――まぁ、媒体があって可能になる技なんだけど。その媒体に近い火月がこんなとこにいたもんで、間違っちまったんだよな」
 敢えてぼやかそうとしているのか、それともこれが彼なりの精一杯なのか。微妙に判断しにくい状況だったが、モーリスはその説明で納得する事にした。
 このご時世、この程度のことくらい出来る人間は案外結構いるものである。更に付け加えるとしたら、怪奇事件に数多く関わる現状、そういう人間に遭遇する率は異常に高い。
 つまり、いまさら驚くことでもないのだ。普通に安穏な人生を送っている人々からすれば、常軌を逸してはいるのだろうが――そもそも、彼自身が『普通』の概念からは大きく外れているわけだし。
 やや恨みがましい視線を火月に向けていた鉄太は、「そーゆーワケで、驚かせて悪かったな」と片手を後頭部に当てて、ぺこりと頭を下げる。
 それに反し「私が悪いんじゃないもの。間違うそっちが悪いんでしょ」と堂々と胸を張ったままの火月。
「お二人は漫才コンビか何かですか?」
 確か今の日本は若手お笑いブームとか言うんじゃなかっただろうか。
 別段、流行に振り回されるような性質ではないが、やはりこの時代に生きる者として必然的に身に付く知識もある。
 そんな中のものをふっと掬い上げ、モーリスは目の前の二人をそう例えた。
「………すげー例えかもしんない」
「あらやだ、貴方の相棒は緑子じゃない」


「へぇー、モーリスって今は好きなヤツいないんだ」
「今は、というわけでもないですけどね。なんとなく、本当に愛する人を探すのはまだ早いかな、と」
 一時の緊迫感はどこへやら。すっかり馴染んだ鉄太が、モーリスの名を呼び捨てにしながら、ほほう、と曰くありげに頷きを繰り返す。
 彼が体重を預けているのは、モーリスと火月が揺れるブランコの鉄柱。定員2名の遊具に自分の席を発見できず、どこか所在なげに長身を持て余していた。
「本当に愛す人……ねぇ。案外蝶のようにひらひらしてんじゃねぇの? んでもって、そっちが居心地がいいとか」
「おや、バレましたか?」
 含みのない笑顔が、鉄太の軽口が真実であると嫌味無しに肯定する。
「……バレた――って……くはー、モテる男はこれだからヤだね」
 はー、やってらんねぇ。
 そんな風にそっぽを向いてお手上げポーズを作った鉄太に、モーリスの隣で二人の会話を静かに聞いていた火月が小さく吹き出す。
「なんでかしらね。普通だったらムカッ腹の一つでも立ちそうだけど、モーリスさんが言うと納得できちゃうわ」
「くそー、イイ男は敵だ、敵!!」
 すっかり臍を曲げてしまった鉄太が、びしっとモーリスに向かって指を差した。あまり褒められた行為ではないが、それを軽く受け流すくらいの余裕は十分にある。
 事実、モーリスは非常にもてた――男女問わず。本人は男女間の方に積極的ではあるが、その時の気分が合えば、どちらでも構わないという主義の持ち主なので、その幅はおそらく鉄太の想像を凌駕していることだろう。
 恋愛とはその時の雰囲気を楽しむもの。
 軽やかに人々の間を縫い踊る様は、まさに蝶と例えるに相応しい。
「でも、『早い』ってことはないんじゃないの?」
 行儀悪く地団太を踏む鉄太を横目に、火月が興味深そうにモーリスの顔を覗き込む。こっそり胸中で「本当、綺麗な顔だこと」と値踏みをしていたのは、当然男性陣は知る由もない。
「いえ、これで案外不器用なんですよ。自分が上手くあしらえないような出来事に遭遇すると本当に困ってしまうのです。だから尚更、かな」
「どこが不器用なんだよ。その顔があれば十分だろ!」
「恋愛、顔だけでするものではないですよ」
 鉄太の僻み半分のツッコミもサラリと微笑で躱し、モーリスは柔らかな笑顔を火月に向ける。見る者の心を一瞬で篭絡させるその甘やかな表情に、火月でさえ長めの溜息を一つ零す。
 少しずつ高くなる日差しに比例して、柔らかさを増す周囲の色合いが、尚一層にモーリスの美貌を浮き立たせた。
「それに……ですね。今の私にとって最優先すべきは『守るべき人』ですから。だから、恋愛感情での一番、というのはそうそうできるものではないのですよ」
 ゆっくりと白い目蓋を落とす。
 脳裏に思い描くのは、彼にとっての至上の存在。主であり『契約者』である、美しき水の化身。
 大地を蹴る足が、静かに止まる。
 余韻のみで動くブランコは、まるで揺り篭のような優しさでモーリスを包み込む。
「なので、個人的には自分の事に対してしっかりと自立した人が良いとは思うのですけれどね」
 閉ざしていた瞳をすっと開き、緑の視線で鉄太の赤い目を眺めてそう笑う。
「……なんだ、でも結局は蝶々なんだろ……?」
「否定はしません」
「っかー! 少しは遠慮してみろってんだ……」
 わざと含んだ意地の悪さに、鉄太が頭を抱えて深々と項垂れる。
「チクショウ、『守るべき人』が最優先だっつー考え方に同調した俺が哀れだ! 俺の共感を返せ!」
「返せって、勝手に同調したのは天城さんでしょう。私としては逆に手数料を頂戴したいくらいです――って、天城さんにも守るべき方がいらっしゃるのですか?」
「モテ男には教えてやらんっ」
「鉄太のトコには、可愛らしいお姫様がいるのよね。それはもう、目の中に入れても痛くないような」
「なるほど、お姫様、ですか」
「がーっ! 見せんぞ、やらんぞ! 俺の全身全霊をかけてモーリスはうちの姫君に目通り禁止、断固阻止!!」
 火月の容赦ない援護射撃に、大げさに興味を惹かれたフリをするモーリス。
 明らかに自分より役者が二枚も三枚も上手な二人組に、すっかり事態を諦め切った鉄太は過剰反応でせめてもの抵抗を示す――いや、単純に子供のように駄々をこねているだけかもしれないが。
 全く、騒がしい人ですね。
 最初に受けた印象とは全く異なる評価を胸に、モーリスは心の中だけで笑う。
 こういう風に切り替えられるのは、それなりの経験をつんできた者だけだと分かっていたから。
 しかし、そんな風に敏いモーリスもただ一つ、瞬きのような刹那の出来事は見逃していた。
 わざとらしく足を踏み鳴らしていた鉄太が、たった一回、何かに狙いを定めて大地を強く蹴りつけた事――その先に、わずかばかりの新たな第三者の気配の揺らめきが生まれ始めていた事に。


「ところで、火月さんはなんであんな場所で人の恋愛話を聞き集めているのですか?」
 ずっと疑問に思っていた事、それをモーリスが口に出したのは「楽しいお話をありがとう」と笑う火月と児童公園で別れを告げ、進行方向が同じだから、と鉄太と肩を並べて歩き出してから。
 ちなみに、モーリスの向かう方向が自分と同じと知った時、鉄太が思いっきりイヤそうな顔をしたのは、見間違いではあるまい。
 通勤や通学に動き始めた日常が、二人の周囲を取り巻き始める。
 彼らとすれ違いざま、モーリスに視線を奪われ頬を朱に染めたOLの姿に、フンっと鉄太が鼻を鳴らす。
「そんな態度じゃ、寄ってくる女性も寄って来れなくなりますよ?」
「大きなお世話。俺は俺の良さを分かってくれる人で十分、お前らみたいに蝶々のようには生きる予定なしだし」
 何気なく漏らした鉄太の言葉に、ピクリとモーリスの耳が反応する。
「お前『ら』ですか?」
「あー……火月の旦那のこと……かな。あいつも火月と出会うまではかなーりふらふらしてたからなー。おかげで今の火月の苦労があるわけだ」
 しまった、と顔をしかめたのはほんの一瞬。しかし、これくらいは許容量の範囲内だろうと判断したのか、先に投げかけられたモーリスの問いにも答を返しつつ、鉄太はぽりぽりと自分の鼻の頭をかいた。
 意外といえば意外なような、でも納得と言えば納得のような。火月が既婚者であるというのには少々驚きはしたものの、鉄太の言葉にモーリスは小さく頷きを返すだけに留めた。
 人には、人それぞれの事情があるのだ。
 自分にも自分の事情があるように。
「ま、蝶々やってりゃ色々出会いもあんだろうけどよ。いつか出会うかもしれない人のことは大事にしろよ」
 それは現在のモーリスに向ける言葉ではなく、いつか来るかもしれない未来への言葉。実直な男らしい――ある意味損な生き方をしているようにも見える人生の後輩の言葉を、モーリスは足を止めてゆっくりと噛み締めた。
 いや、言われずとも充分に承知していたことなのだけれども。
「そうですね。確かに多い出会いは数々の想いを私に教えてくれます。それはとても興味深いことであり、素晴らしいことだと思います。だから私は今のスタンスを変えられないでいるのかもしれませんね」
 見上げた視線の先、裸の枝に宿った霜が温かな光に溶かされ、きらきらと眩しく輝く。それはモーリスの過去に在る、様々な恋愛の記憶にも似ていて。
 どんな出会いであろうと、その人々とモーリスの人生が交わる確率はほんの僅か。そこから想いが芽生えるのは、まさに奇跡。
「恋愛が楽しい間は今のまま、かもしれませんが――もしも『蝶々のような』私でもいいと、言ってくれる方と出会ってしまったら……」
「出会ってしまったら?」
 いつか、今の延長線上のどこかで。
 もしも出会ってしまったら。
「……その時は、逆に躊躇してしまいそうですね」
「うわっ――いや、なんつーか……蝶々も可愛いトコあるな!」
 破顔し自分の背中を力任せに叩く鉄太の手を軽く振り払う。
 留めていた歩みを再会しながら、モーリスは高い空を見上げる――そんな未来がいつか訪れることもあるのだろうか、と少しだけ首を傾げながら。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名】
  ≫≫性別 / 年齢 / 職業
   ≫≫≫【関係者相関度 / 構成レベル】

【2318 / モーリス・ラジアル】
  ≫≫男 / 527 / ガードナー・医師・調和者
   ≫≫≫【鉄太+2 / NON】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの観空ハツキです。
 この度は『恋する君へ。』にご参加下さいましてありがとうございました。

 というわけで、モーリスさん個人様としては初めまして。
 なんだか微妙に『恋する』というより『漫才する』になっているような気もしないのでもないのですが……す、すいません(謝)
見た目だと同年代の男性にご指名頂けたのが、友人少な気な鉄太には非常に嬉しかったらしく――の割りに微妙な出会いと化してしまいましたが。
 余談ではありますが「2」「5」「7」という数字には何か所以があられるのでしょうか? 総帥さま、元キュレーターの方と数字繋がりだな〜と今回気付いてドキドキしておりました。
 何はともあれ、少しでも楽しんで頂ける部分がありますことを祈っております。

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回は本当にありがとうございました。