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◆jeweler's shop−榴華−へいらっしゃい◇
開店準備は燐華の仕事だ。
箒を持って、ちりとりを用意して。
店の中を掃いたら次は店の外。
通勤、通学途中の人々に間延びした挨拶と笑顔を向けて、燐華はのんびりマイペースに掃除をする。
そのうち起きてきた柘榴が陳列された品物の埃を羽根箒で払い、柔らかい風を起こして壁に掛かったアクセサリーの小さな埃を払う。
店の二階では時折お茶会が開かれたり、ブレスレットやネックレスの手作り教室が開かれたりする。
石にも色々意味や力が宿っている。
店に来たお客に逆に教えられたりして、燐華と柘榴は経営している。
「燐華ー、掃除終わったー」
「こっちも水撒き終わったわ」
開店準備も一段落、後ははお客様が来るのを待つだけだ。
── チリン
来客を知らせるベルが鳴った。
「いらっしゃ〜いっ」
「いらっしゃいませぇ。ようこそ、『jeweler's shop−榴華−』へ」
◆◇ ◆◇ ◆◇
煌びやかな立て看板は店らしく人目を惹き、顔を横へ向ければ店内の様子が見えた。
「……」
普段は穏和な表情を浮かべている高峯弧呂丸だったが、今日は少しばかり違っていた。
不機嫌そうな顔つきで、店のドアを開ける。
＋＋ ＋
「いらっしゃ〜い」
来客を知らせるドアベルに、柘榴は顔を上げた。入ってきた人物の和服姿に目を丸くする。
和装の男性を見たことのない柘榴はそれにばかり気を取られ、何となく不機嫌そうな弧呂丸の様子に、気付いていない。
「お前、珍しい服装だな。面白い」
「お前……？」
無遠慮にじろじろと眺めてくる柘榴に、弧呂丸の片眉がぴくりと跳ね上がった。
「私とあなたは初対面のはず。礼儀作法としては如何なものか」
凛と澄んだ声音で注意され、柘榴は弧呂丸をきょとんと見上げる。
「柘榴はそういうの知らないけど、何か気に障ったなら謝る。ごめん」
何が悪かったのかちゃんと理解する前に、柘榴は頭を下げた。
それから上目遣いで弧呂丸を見上げる。
「少し触ってみてもいい？」
期待のこもった眼差しを向けられ、弧呂丸は嘆息する。謝ったのだから、という横柄な態度ではないものの、何故叱られたのか理解してくれなければ言う価値がない。
しかし、ここで礼儀作法等についてうんちくを垂れるわけにはいかなかった。何せこの少女とは初対面である。
「少しだけなら……」
「ありがとうっ」
許可を貰い柘榴は嬉しげに手を伸ばした。
物珍しげに弧呂丸の衣服に触れてくる柘榴は子供じみている。見た目より精神年齢が低いのだろうかと思う反面、何となく、普通の人ではないような特殊な気配が……。
するようなしないような。
「あら、お客様ですかぁ？」
ドアベルが鳴り、買い物に行っていたらしい燐華が弧呂丸を見つけて笑みを浮かべる。
「はい。実は相談がありまして。
──申し遅れました、高峯弧呂丸と言います」
居住まいを正して弧呂丸は一礼する。目の前の少女より新たにやってきた少女の方が話が通じるようだ。
「ご丁寧にありがとうございます。柘榴の相手もしてくださったようで……。
櫻居燐華と言います、よろしくお願いしますねえ」
「柘榴だ」
弧呂丸に倣って一礼する燐華と違い、柘榴はえへん、無駄に胸を張って名乗った。
保護者らしき少女が来たというのに、柘榴という少女の態度に変貌は見えない。もともとこういう性格なのだろうと、弧呂丸は悟る。
恐らく敬語や礼儀について長々と語っても、きっとこの少女には子守歌程度にしか聞こえないだろう。
＋＋ ＋
立ち話は何ですし、と二階へ通された弧呂丸の眉根がだんだんと寄っていく。
階段を上りながらどれから話そうかと思案しつつ、不機嫌の元を思い出したのだ。
「紅茶ですが良いですか？」
「お気遣いありがとうございます」
出されたカップとソーサーの存在に丁寧に礼を言い、一口口を付けた。
「それで、ご相談とは？」
「……実は、兄のことなんです」
弧呂丸の双子の兄は放蕩が原因で勘当され、今はシルバーアクセサリーの店を経営しているらしい（シルバーアクセサリーの店、と聞き燐華は小さく手を叩いて目を輝かせた）。
高峯家は歴史ある旧家だ。先祖代々続く家業を受け継ぐことは誉れであり、大切なお役目である。
本来ならば弧呂丸の双子の兄も後継者候補に名を連ねていたはずが、今は勘当されて顔見せすらしない。
周りの迷惑を顧みず、自分の好きなように──弧呂丸から見ればそれは無謀で短慮的だ──生きる兄の行く末が心配で、弧呂丸はよく兄の元へ出向いて考えを改めるようにと説教していた。
そして今日も説教をする弧呂丸に対して兄は全く聞き耳を持たず、結局喧嘩別れしてきたのである。
「それで、真面目で大人な思考能力を持てる……そんな力を持った石はありませんか？」
呆れと憂いを籠もる眼差しを向けられ、燐華はおっとりと微笑みを零す。
「大変兄弟仲が宜しいのですねえ。私は一人っ子なもので、羨ましいです」
「……喧嘩ばかりしているのに？」
「喧嘩するほど仲が良い、と言いますよぉ。それに高峯さんはお兄さんが心配だから口煩く言ってしまうのでしょう？
お兄さんの方も本当にお嫌なら、会うこともなさらないでしょうし」
弟に小言を言われて嬉しいのかもしれませんよ、と燐華は小首を傾げた。
仕事場へ出向くのだから嫌が応にも合うのだろうと渋い顔をする弧呂丸に、燐華は小さく笑う。
「照れ屋さんなんですねぇ」
燐華の物言いに弧呂丸がふと眉を潜めた時、柘榴が幾つか石を持って来た。
「これは、フローライト。火の中に入れると、ホタルみたいに光るから「ホタル石」ても呼ばれる。
こっちのアメジストに似た紫色のはパープルフローライト。思考力と判断力を高める力を秘めている」
淡い緑色の色の小さな玉を見せ、同じ種類石で作られた薄紫色のブレスレットを弧呂丸へ差し出す。
「ブレスにすることで目的意識や美意識を刺激して、冷静沈着な判断能力が身に付くし自分自身の新たな魅力と人間的成長を発見出来るぞ」
「ヘマタイトも、地に足の着いた考えをもたらすと言いますねえ」
そう言って、燐華は黒く不透明な石で出来たペンダントトップを手にする。
「でもヘマタイトは女が持つ方が良いぞ。冷え性とかにも良いから」
『血』の意味を持つヘマタイトは女性的悩みにおいて助力をくれるので、そう言う意味でも女性の方が持つ割合は多い。昔は戦争に行く兵士へのお守り代わりに持たせたりしていたらしいが、今はそういう意味で贈られることはないだろう。
「それで、高峯さん自身は何かお探しではありませんか？」
フローライトのブレスレットをためつすがめつしていた弧呂丸は問い掛けられ、顔を上げた。
「あ、はい。術式を使う際に精神統一が必要で、集中力を高める石があれば欲しいのですが」
そうして手に入れた石で数珠が作れたら肌身離さず持ち歩ける。
「ルチルクォーツなんてどうだ？ 集中力を高めて感性を研ぎ澄ませる効果があるぞっ」
水晶に針の入ったパワーストーンを喜々として弧呂丸に差し出し、柘榴は自慢げに笑った。
「しかし、これは数珠にはちょっと……」
ピアスとして完成されてしまっているルチルクォーツだ。
小さくて数珠玉には向かないし、第一弧呂丸にはピアスホールは開いていない。
困る弧呂丸に、燐華はそれでは、と別の石を探し出した。
茶金に縞模様。丁度良いことにブレス用の穴が開いている。
「虎の目のようですね」
「はい、タイガーアイと呼ばれる石です」
手の平の上でころころと転がる玉は、弧呂丸が現在使っている数珠の玉と同じくらいの大きさだ。
「昔から護符として身につけられたもので、この石を身につけていると不思議と心が集中すると言います。洞察力や知覚力のサポートもしてくれますし、高峯さんにぴったりだと思うのですけど……。どうでしょう？」
「そうですね……」
転がる玉を見ていても、違和感は感じない。触れる表面は冷たいのに、なんとなく暖かな波動を感じ取れる。
「こちらとこちら、頂いても良いでしょうか」
「はい、毎度ありがとうございます」
兄への手土産にパープルフローライトで作られたブレスレット、自分用にはタイガーアイの玉を購入することに決めた。
＋＋ ＋
「高峯さん」
帰り際、店の外まで見送る為に弧呂丸と共に外へ出た燐華が何か思いついたようににこりと笑った。
「今度、お兄さんの経営するお店の場所を教えてくれませんかぁ？」
「興味がお有りですか？」
そういえばシルバーアクセサリーの店をしていると言った時、何処か嬉しそうな顔をしていた燐華を思い出す。
「お話を聞いて、高峯さんのお兄さんの破天荒ぶりを確かめたくなりましてぇ」
「櫻居さん……。私の兄は見せ物ではありません」
目的が違うのではないか、と弧呂丸は僅かに眉を寄せた。
燐華が見たい物には自分と兄の対峙も含まれているのだろうと勘ぐり、弧呂丸は首を横に振る。
「見学に行くのではないですよぉ？ 高峯さんとお兄さんの仲の良さを、見せつけて貰おうと思いまして。兄弟喧嘩というものに縁が無くて、混ぜて頂けるのでしたらとても感激するのですけれど」
血が繋がってないから無理ですよねぇ、と残念げに息を吐く燐華のそれは確実に『見学』である。しかし口調にはからかう響きは含まれず、本当に残念そうなのが弧呂丸にも伝わる。
「それに、シルバーアクセサリーは見ているだけで楽しいと思いませんか？ 店にある加工前の石との組み合わせを考えるのもきっと良い刺激になると思うんです」
同じ人間が作るのだから似たり寄ったりのデザインになってしまうのは仕方がない。いろんな店を見て廻り、新たなデザインを思いつくのも良い。
「高峯さんのお兄さんの作品とのコラボレーションとかも、良いですよねぇ」
楽しげに笑う燐華を見て、弧呂丸も表情を和らげる。兄の腕が他の人に認められるのは、やはりどんな意味でも嬉しい。
「では、今度都合の良い時にでも」
「はい。ありがとうございます」
燐華が居ようと居まいと関係なくまた兄と衝突してしまう可能性は高かったが、それはそれでいつものことだ。
僅かでも共通の話題が出来れば、それだけ長く兄と対話出来る。
今度兄の元へ向かう際に忘れないようにと買ったばかりのブレスレットと自分用の数珠玉を、大切そうにそっと袂へしまった。
■登場人物〜thanks！〜□
＋4583／高峯・弧呂丸／男／23歳／呪禁師＋＋
ＮＰＣ
＋櫻居・燐華／女＋＋
＋ ー・柘榴／女＋＋
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