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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


運んでいくだけ。


 特別な人間のみがたどり着けるという不思議な店、『アンティークショップ・レン』。そこに風変わりな客がやってきた。今回の客は警察官である。彼は警視庁に籍を持つ小柳巡査部長だった。腰の低い態度と頭からつま先までかっちり制服を着こなしているのが印象的な三十路の男である。彼はいつも店の扉を開けた後、その場で敬礼をしてから入店するのだ。おかげで店主の蓮は誰が来たのかすぐわかる。彼女は店の奥からゆっくりと姿を現すと、いつものように話を始めた。小柳の視線が蓮のスリットに行っているのはご愛嬌である。
 お察しの通り、彼女が小柳との話すのはこれが最初ではない。もはや彼は顔なじみになりつつあった。

 「あの〜、まだあの球体は……」
 「あんたのご推察どおりさ。店の奥でおとなしくしてるよ。だけどなんとかして運んでいってもらえないものかねぇ?」
 「はぁ。しかし夜中とはいえ、あんな騒動がまた起こったら周辺住民の皆さんに余計な不安を与えかねませんので。」
 「あんたを運搬係にした上司の気持ちがよくわかるよ。人がいいのも行き過ぎるとあれだね。」

 何の打開策もないまま店に訪れた警官を前に、蓮は呆れた顔を見せる。しかしその球体はそれだけの難物であることは確かだ。彼女もヤケクソ気味にタバコを吹かす。


 ある日、蓮は不思議な球体を手に入れた。直径3メートルほどでメタリックなフォルムをしており、まるでそれは巨大化したパチンコ玉だった。ほどなくしてその話が警視庁の科学捜査研究所に伝わり、それを購入するとの打診があった。小柳巡査部長とはその時からの付き合いである。ところがこれを運ぼうと小柳たち警察官がトラックを店の前に止めると、突然球体に変化が生じた。彼は玄関まで転がされていくと、目の前にあったトラックへとぐにゃぐにゃと変形してしまう。別に変形するくらいなら構わないのだが、この変形したトラックは自走しないのだ。さらに押しても引いてもまったく動かないため、その日は持っていくことができなくなってしまった。実はこの時、この球体に関することを知らないのは小柳たちだけで、科捜研も蓮もこの球体の本質をちゃんと理解していた。そして「予想通りだねぇ」と溜め息混じりに蓮がつぶやく。小柳は彼女に詰め寄り、その話を聞いた。
 実はこの球体、自分の意志を持っている。彼は外の風景が珍しいらしく、自分の身体に映りこんだものに変形してしまうという困った癖の持ち主なのだ。おとなしく球体のままでいてくれたら転がして持っていけるのだが、何かに変身されると車の荷台を壊したりする可能性がある。さらに彼には大きさの概念がまったくなく、小さな道具に変形するのでもデカい図体のままでいるのでたちが悪い。そして興味がどんどん移っていくというオマケ付き。なんとも赤ん坊よりも手のかかる厄介な商品なのだ。

 小柳の話では、科捜研までは大きな上り坂と下り坂があるという。さらに科捜研の入口が狭いため、普段の球体のままでは中に入れることができないらしい。蓮はすでに金を受け取っている以上、この件に関して黙ってはいられなかった。考え抜いた末、彼女はある手段を思いついた。

 「仕方ないねぇ……じゃあこっちで運び屋を探すよ。」
 「それは本当ですか?!」
 「先払いしてもらってる訳だし、サービスするよ。あいつに居座られてもあたしが困るだけだしねぇ。夜中に運ぶんでいいのなら、なんとかするよ。」
 「お心遣い、感謝いたします!」
 「まぁ、運んでる最中に何も起こんなきゃいいんだけどねぇ……」
 「は、何かおっしゃいましたか?」
 「なんでもないよ。」

 運搬を引き受けたはいいが、本当に運べるのかどうか……蓮は誰にこの仕事を頼もうか真剣に悩んでいた。


 「オー、これが宇宙の神秘ネ……」
 「俺、ジュジュさんが神秘に思える。」

 蓮を中心に扇のように広がって運搬する相手を観察する依頼人たち。その右側にいるのはいつものスタイルのままで店にやってきたジュジュ・ミュージー。彼女は今、少女マンガのように目をキラキラと輝かせていた。今は黙って鎮座しているこの得体の知れない物体が気に入ったのだろうか。それを呆れ顔で見るのは馴鹿 ルドルフ。彼はどうしてもこれが素晴らしいものに見えない。『毎年子どもたちに運んでいるプレゼントの方がよっぽどいいものに見えるんだけどなぁ』とひとりで納得し、ひとりでうんうんと何度も頷いていた。
 反対側にいるのは鈴森 鎮とシュライン・エマである。自分が湾曲して映るのを難しい表情で見ながら、ふたりはこれの輸送方法を考えている。特にシュラインは事態を深刻に受け止めていた。こんなことをしているうちに巨大な自分に変形されたらと思うと気が気ではない。相手には意志があるらしいから勝手に動き出されてはそれはもう大変困る。さらに一番重要なのは、相手が人間の日常的な動作をするかどうかという点だ。自分に化けた巨大生物があり得ないポーズを取れば、周囲は『実際にシュラインさんがおかしな行動をしている』と認識して笑うはずだ……それだけはイメージダウンに繋がるので絶対にやめてほしい。彼女の心中は穏やかではなく、溜め息の大きさもそれはもう尋常ではなかった。

 輸送する人間が見つかったことを聞き、小柳が数人の部下を連れてやってきた。その時、彼らはたまたま店内で物色していた壮年の男性と入れ違いになった。だが、蓮はその客に対して何の言葉もかけなかった。もしかしたらこの店の常連なのだろうか……普通ならあり得ない光景を見てシュラインはふと首を傾げたが、「今はそれどころではない」とすぐに気持ちを切り替えた。
 さて謎の物体に話を戻そう。今のこの形状……巨大なパチンコ玉状態なら転がして運べるはずだ。しかし、この形状でもいくつかの難所で引っかかってしまうという。そこで小柳はさっそくいい知恵を皆々様からお聞きしようと遠慮気味に咳払いしてから帽子を正し、期待のこもった声を響かせた。

 「それではですね、皆様のお知恵を拝借したいと存じます。」
 「失礼は承知で言うわね。そっちはマジメに講釈を受けるつもりかもしれないけど、こっちはあんまり自信がないのよね。あんまり期待しない方向で聞いてもらえると嬉しいわ。」
 「了解しました!」

 シュラインの前置きを聞いても、小柳の声はかなり踊っていた。彼女は心の片隅で輸送に失敗した時のいいわけを考えつつ、ゆっくりとした口調で自分の案を発表する。店内は大勢いるのにシーンと静まり返った。

 「まずはこの物体をこの形状のまま床以外の面を鏡の板で囲んで、トラックか何かの丈夫な荷台まで押して鏡を固定する。要するにこの球体の形状を維持したまま移動させられればいいってことね。科捜研に入る時は別の案があるから、それはそこまでたどり着いたら改めて話すわ。もしかしたらそこまで行けないかも知れないんだしね……ただ問題は、鏡を準備するのは今からでは時間がかかるってことね。これを運ぶトラックが必要なことくらいは誰でも思いつくことだから、おそらくジュジュさんあたりは用意はしてくれてると思うけど、どう?」
 「ちゃ〜んとコンテナを牽引する大型トレーラーを用意してるネ!」
 「あら、じゃあその件に関しては問題なしと。」

 まずはホッと一息。これがなければ話にならない。そして次に背の低いふたりが形状を維持するための案を説明するため、なぜかマジックの真似事をしていた。ルドルフがそれっぽい音楽を口ずさみながら黒い布をさっと下ろすと、中から鎮が「じゃーん!」と言いながらポーズを取って出てくるではないか。どうやらこれが打開策らしい。

 「じゃーーーん、ここにあるのは光も遮断する黒い布〜っ! 実は俺も同じことを風呂敷で考えたんだけどさ、唐草模様かなんかに変化したら困るなぁって思ってたんだよね。そこでルドルフがこういうのを用意してたってわけ。」
 「これなら真っ黒だから変化のしようがないしね。鏡の代わりに使えるんじゃないかな。大きさはちゃんと蓮さんに聞いて作ったから大丈夫。これですっぽり隠して、転がして運搬すればいいんだよ。ここには大人がいっぱいいるしね。」
 「あ、なんだ。これってオトナの仕事なんだ〜。あんた、頭いいな〜。」

 愉快なマジックショーは一瞬にしておとぼけ漫才へと変わる。まぁそれはともかくとして、これは使えそうだ。小柳もひとまず拍手でふたりを称える。シュラインもジュジュもそれしかないかと頷き、さっそく店にある椅子を使って布を覆う準備を始めた。制服をバッチリ着込んだ警官たちがルドルフの指示を受けながら黙々と作業している最中、女性陣は蓮を捕まえて『あること』を聞いていた。

 「自分たちが買いつけたんだから、今回の運搬に警視庁の人間が来るのは当然かもしれないけど……なんでこんなに応援が来たの?」
 「ん、ああ。それは……」
 「まさか警視庁のお偉いさんは私たちからいい案だけ吸い上げて依頼料を値切ろうとかしてるんじゃないでしょうね?」
 「オーマイガーッ! ノーよ、インチキよ! ミーの用意したトラックだけでも恐ろしいくらいのマネーかかってるヨ!」
 「んん。まぁ、シュラインが言うようなことはないさ。善意だよ、善意。」
 「善意ねぇ……」

 何かを隠しているらしい蓮を横目で見ながら、シュラインはまたまた嘆息した。これは何かある。そんな予感がした。ジュジュも儲けが減るかもしれないことに苛立ちを感じたようで、これを契機にずっと指の爪を噛んでいる。詳しい事情はうやむやにされたまま、疑惑の警官たちの手によって準備は整った。黒い布はすっぽりと謎の物体を包み込み、その頂点には結び目がちょこんとできている。そしてルドルフはまた何の気兼ねもなく警官隊に指示を出した。肝が据わっているというか、怖いもの知らずというか……

 「じゃあ結び目を横にしてみんなで転がしましょー。コンテナに乗せる時とかは勝手に転がらないように結び目を下にすれば止まると思うよ。後は用心のために誰かがいつも押えておけばオッケーでしょ。」
 「ユー、荷台にはミーが用意した輪止めがあるから使うネ〜。」
 「オー、イエスってか。じゃあ俺はしっかり手伝おっかな。一応、これでお小遣いもらうんだし。」
 「お小遣い……いいわねぇ、私なんかもらった報酬は生活費に化けるのよ。この辺がお子様とオトナの違いかしら。」
 「そーゆーこと♪」

 警官に混ざって球体を押そうとする鎮の隣にシュラインがやってきた。ルドルフは店内をふわふわと浮かんで指揮を取っており、ジュジュはトレーラーの運転手に段取りを説明しにいったん外に出る。そして「せーの!」の掛け声で未知なる物体は再び外界に姿を現した。今まで外に出れば間違いなくトラブルが起こるだけに、小柳は球体を押しつつも額から流れる冷汗を制服の袖で何度も拭う。
 いくら気まぐれな球体でも黒い布からは何も想像できないらしく、そのまま黙って転がってくれた。そしてそのままトレーラーの後ろまで転がしていき、息を合わせて球体を回転させることで結び目を使っていったん動作を止める。後部に設置されたリフトはすでに道路まで下りていたので、後はそこに乗せるだけだ。上から監視するルドルフや横から様子を伺うシュラインが、今のところ球体に何の変化もないことを確認した後でリフトの上にそっと転がす。

 「オウ、ノープロブレムね!」
 「衝撃を与えるとどうなるかっていう情報がないから安心はできないわ。ドライバーさんにもその辺の用心だけしてもらうように言ってね。」
 「オーケーよ。」
 「あそこにある黄色い三角の奴が輪止め?」
 「そうみたいね。」

 すでに荷台にはジュジュが用意した輪止めがガッチリとセットされている。リフトが上がり切って段差がなくなったのを確認してから一気に移動させた。そして輪止めまでたどり着くと、押していた方向からも輪止めを設置して準備万端。ここまではあまりにも簡単に作業が終わってしまい、鎮は拍子抜けしてしまったようだ。

 「なんかもう終わった〜って感じだね。」
 「な〜んかまだ終わってないって感じがするのよね……」
 「いろんな感想があるね。ま、人それぞれってことで。それじゃ出発進行〜。」

 ルドルフが能天気に話をまとめたところで車の向く先を指差す。向かうは科捜研だ。


 カメのようにゆっくりと走るトレーラーの荷台にはたくさんの人間が乗っていた。さっきまで謎の物体を運んでいた鎮とシュライン、そして小柳率いる警官隊である。何と言っても、相手は何をするかわからない。彼らはトレーラーの脇に立ち、万が一の事態に備えていた。ジュジュはトレーラーの助手席に座って、後ろの窓を開けっぱなしにして前方の状況を逐一伝える。頭上からはルドルフが球体に変化がないかチェックしていた。後ろからはパトカーがついている。まさに万全の構えだ。
 そしてトレーラーはいよいよ下り坂に差し掛かった。荷台からの落下を覚悟しつつ、命がけで球体を押える勇敢な警官隊。だが、球体はじっと輪止めに体を預けていた。普段なら気にせず通る下り坂でも、今日ばかりはそうもいかない。最後まで気が抜けない……長い長い道のりとなった。その間でもシュラインの不安は坂を下るのに比例してどんどん大きくなっていく。

 「あっけなさ過ぎるわ。こんな簡単に行けちゃっていいの?」
 「いいとも〜〜〜! 気楽でいいじゃん。ほらほら、下り坂も終わったよ。」

 ルドルフの言う通り、トレーラーはすでに下り坂をクリアーしていた。次は上り坂である。こうあっさり事が進むと、ノリノリになってしまうのは仕方のないことだ。ジュジュは助手席でリズムを取りながら、運転手に勢いよくゴーサインを出す。

 「このままゴーよ!」
 「ゴーゴー!!」

 鎮もかなりノリノリでジュジュの掛け声に乗るほどだ。『楽して儲ける』とはまさにこのことだ……と思った瞬間、勢いを裏切るかのように車がピタッと止まった。なんとトレーラーは坂道を一歩も上がることなく、そのままずるずると滑り落ちる!

 「……ホワット?」
 「まさか……」
 「そんなにすんなり行くわけがないと思ったのよね〜。悪い予感だけはよく当たるから困るわ。」
 「残念っ! 上り坂で大失敗っ!!」

 呆然と状況に流される者、まるで他人事のように騒ぐ者、予想通りの展開になったことを安心しつつも現実に起こってしまって困る者……まさに十人十色である。警官隊の面々も今まで順調だっただけにショックだ。その中でも一番困った顔をしているのは、何回もこいつのトラブルに巻き込まれている小柳だった。

 「ど、ど、ど、どうしましょう〜?!」
 「下れたのに上れないなんて……なんだろうねぇ。」
 「ドライバー、アクセル全開でゴーのゴーのゴーよ!」
 「ちょっと待って。下る時、みんな前の輪止めに向かって物体を押えてたのね?」
 「そうだと……思いますけど。それがどうかしましたか?」

 警官のひとりがそういうと、シュラインは腕組みをして考え始める。その間、小柳は無線で誰かに状況を報告していた。その相手は誰かわからないが、どうやら彼の上役らしい。それくらいのことは生真面目な性格の彼の口調ですぐにわかる。そんな彼が急に納得したような表情を浮かべたかと思うと、声を上ずらせながらシュラインに駆け寄る。どうやら妙案が出てきたようだ。

 「シュラインさん、球体は下り坂で前に押されることを意識したのかもしれません。」
 「それは……なんでなの?」
 「今まで球体は平面ばかりを転がされてきました。ところがさっきの坂道で回転以外の、言わば『重力変化』を覚えたんです。トレーラーが下り坂を進む際、彼は前に向く力を意識した。だから上り坂になってもそれを意識して前にバランスを向けてしまう……いや、おそらくはその重量を増しているのでしょう。形状はそのままでも重さが変化している可能性があります。」

 ずいぶん自信ありげに話す彼を見て、シュラインは首を傾げた。さっきまでのあたふたした姿からは想像もつかないほど理路整然とした話し振りである。これではまるで別人だ。いったい彼は誰に話をしたのだろうか。

 「ですから重さを感じさせないよう、上り坂を行く時はその場でずっと球体を回転させておきましょう。上る直前から始めれば何の問題もなく行けるはずです。」
 「……すごく適確な処置だと思うわ。私もそれに賛成。でもその前に聞きたいんだけど、その案は誰が考えたの?」
 「えっ……あっははは。もちろん私じゃないですよ。」
 「誰が考えたか、って聞いてるの!」
 「さささ、やりましょう。早くしないと時間が……」

 責任者にそこまで言われては仕方がない。シュラインは不満げな表情を隠そうともせず、さっきと同じポーズのまま立った。警官隊は荷台に球体を乗せた時と同じようにコロコロと回し始め、運転手に再チャレンジを依頼する。するとあら不思議、小柳の言う通りあっさりと上り坂を攻略したではないか。球体を回している鎮や警官隊から歓喜の声が響く。

 「ヘイ、シュラインさん。これでオールオーケーね!」
 「いったい誰がこんな適確な指示を出したのかしら……興奮してる小柳さんの報告だけで今の状況を全部把握したっていうの?」
 「あんまり長いこと眉間にシワ寄せてるとそんな顔になっちゃうぞ〜。」
 「鎮くん、子どもでよかったわね。オトナだったらヒドい目に遭ってたわよ?」
 「子どもって便利〜♪ 子どもって便利〜♪」

 ルドルフのアドリブソングを聞きながら、気分よく坂道を上がっていくトレーラーとご一行。理由は変わったが、シュラインは相変わらず唸っていた。


 坂を登り切ると、あとはフラットな道だけだ。それでもジュジュの指示で安全運転を心がけながら警視庁へと向かう運搬班の面々。短い間ではあるが苦楽を共にしたということもあり、鎮とルドルフは小柳をはじめとする警官隊と仲良くなった。彼らの雑談に耳を傾けるお子様たち。その脇でジュジュのように今にも爪を噛み出しそうなほど悩んでいるシュラインがいた。まさに運んでいくだけになったことを素直に喜ぶべきなのだろうか……自分の知らないことが裏で動いている以上、そしてまだ科捜研に納品していない以上は安心できないと彼女はひとり気を引き締めていた。トレーラーは不思議な球体と奇妙な連帯感を乗せて走り続ける。

 そしてついに科捜研の前に着いた。難所のひとつに数えられるだけあって、入口の狭さは折り紙付きだ。きっと防犯上の理由があってこうなっているのだろう。球体を地面に下ろしながら再び作戦会議が始まった。

 「ここが最後ネ〜。」
 「はいは〜い、俺に作戦あり。」
 「じゃあまずルドルフのから聞きましょ。」
 「オッホン。この玉にアライグマのぬいぐるみを見せて、これをちょこちょこって動かしたらそのまま中に入ってってくれるよね。」
 「……ビッグサイズのアライグマが気まぐれに体を震わせながら、じーっと科捜研の入口付近を破壊する様をじっと見てるってわけ?」

 残念ながらルドルフの案には加味されていないある重大な事実があった。それは『球体は原寸を無視して自分の大きさで変化すること』だ。見せるぬいぐるみがいくら小さくとも、相手はそのままのサイズで変化してしまう。ルドルフはシュラインの物言いで自分のミスに気づき、ビックリした表情で顔に手を当てた。

 「しまった〜〜〜っ! って、ビックリしたら鼻がこんなにおっきくなっちゃった!」
 「ったくもう……なんでそこでマジックが混ざるのよ。でもね、あんたの着眼点はいいのよ。球体のままじゃ通らないのなら、別の何かに変化させないと仕方ないから。」
 「あっ、そのマジックいいな〜。後で教えて教えて。」
 「ユー、それは後でもオッケーね。シュラインさんを怒らせるとリアルで怖いヨ〜!」
 「あんたね……その変な表現で子どもに悪い印象植えつけるのやめてくれる?」

 シュラインが苛立つのも無理はない。実は彼女が考えた案も実行できるかどうか微妙なものだからだ。彼女の服のポケットには箸を一本忍ばせていた。これを使って全員で物体を持っていこうと考えたのだ。しかし目的の部屋に行くまでに曲がり角があると、相手は大きなサイズで変化するためおそらくどこかでつっかえてしまう。小柳から科捜研の構造を聞いたら、目的の部屋には2回ほど曲がり角を通らなければならないらしい。『入口を壊さずに入る、曲がり角でも平気、人間でも容易に動かせる』……これはかなり無理のある条件だ。そんな時、鎮がニンマリしながらみんなの目の前にあるオモチャを出した。

 「うわっ、こんなにうねっちゃった!」
 「教わったマジックの披露は後からでもいいのよ……ってあら、これなら行けるわ!」
 「へへへ〜、そうでしょ?」

 彼が自慢げに見せたもの、それは民芸店でよく売っている蛇のオモチャだった。あれはいくつかの部品が連なってできており、尻尾を持って左右に振ると実際に蛇が動いているように見えるというものである。これを操作するのは尻尾を持つだけで済む。いくらサイズが大きくなってもそれは変わらない。重さがどうなるかわからないので頭も軽く持って、壁に当たるのを防ぎながら誘導していけばいいのだ。まさに起死回生のグッドアイデアだった。

 「オー! ミーのチェーンアイデアにそっくりネ!」
 「ああ、そうね〜。変化するものに関節さえあればカーブも曲がることができるのね。」
 「デモここは鎮にフラワーを持たせマ〜ス。ゴーよ!」
 「じゃあ黒い布をルドルフに取ってもらってさっそく……」

 申し出を受けてルドルフがひらりを空を飛ぶと、布の結び目を解いて球体を出した。そしてすぐさま鎮が蛇を見せる。もちろん左右にうねうねと動かしながら。

 「ほ〜〜〜ら、こんな風に動け。興味あるだろ〜?」

 鎮の言葉に応えるかのように、その姿はぐにゃぐにゃと変形し始める。そしてサイズはかなり違うが、まったく同じ姿へと変化した。それを見た小柳たちは二手に分かれ、頭と尻尾を持ってオモチャと同じようにそれを巧みに操り始める。すると、変化した物体はいとも簡単に入口から廊下へと進んでいくではないか。どうやらその後も順調で、10分も経たないうちに中から歓喜の声が響いた。それを聞いて外の鎮たちも喜ぶ。

 「やった〜! 成功っ!」
 「思ったよりあっけなかったな〜。」
 「ほら、あんたもそう思うでしょ?」
 「こーゆー拍子抜けなら大歓迎だってば。」
 「アトはマネーがちゃんともらえるかどうかネ……不安ヨ。」

 子どもたちはお駄賃程度の金額でいいかもしれないが、大人にとっては深刻な問題だ。拭い去れない不安と疑問を解決できぬまま、シュラインとジュジュはこの仕事を終わらせたのだった……


 数日後、彼らは再びアンティークショップ・レンに集結した。しかし、報酬を手渡すはずの蓮は手ぶら。「まさか」と内心イライラする女性陣だが、奥からある男性が出てくるとそんな気持ちは吹き飛んだ。そしてその場にいた全員、訳がわからずポカーンと呆けた顔をして首を傾げる。なんと警察の制服を着た男が小柳を連れて現れたからだ。彼らのもやもやを吹き飛ばしたのは小柳である。

 「今回、警視庁にご理解とご協力頂き、誠に感謝しております。今回の報酬は私の上司であり、警視庁超常現象対策本部の責任者で依頼人の里見 俊介警視長から贈呈となります。」
 「ご苦労様です。皆さんの今回の活躍、じっくり拝見させていただきました。現在、科技研では物体の分析などを行っている最中です。」
 「……拝見した?」

 シュラインは今になって複雑に絡まった疑問の糸が徐々にほどけていくような感覚を受けた。「もしかして」が現実となり、きっと自分を納得させる答えになるのだろう。そんな気がしていた。里見は柔らかな笑顔で言葉を続ける。

 「ええ、実は後ろのパトカーで。」
 「じゃあ、上り坂で立ち往生してる時に小柳さんが無線で連絡を取ったっていうのは……あなた?」
 「そうです、私です。」
 「おかしいと思ってたのよ〜。小柳さんが『ある人からきっかけをもらった』って言うわりには、まるでその場で指示してるみたいだったから何かあると思ってたら……」
 「オウ、サプライズで〜す!」

 すでに子どもたちは置いてきぼりになっていたが、大人は状況を理解するので構ってる暇などない。次々と判明する事実に驚きを隠さないシュライン。ジュジュも里見から報酬の入った分厚い封筒を受け取るも、しばし呆然としていた。普段ならこんな謝礼をもらったら大喜びするところなのだが……感動の薄いふたりを見て、小柳が一歩前に出て頭を掻きながら言った。

 「あ、あの〜。その件に関しては私から謝ります。実は今回、上司から口止めされてたんです。運搬の責任者は私だったんで、自分は前に出る必要はないとおっしゃるもんでこうなりました。」
 「で、遠巻きに見てたって訳ね。ということは蓮さんもグルだったってこと?」
 「聞こえが悪いけど、そういうことになるねぇ。悪いとは思ってたけど、依頼人のお願いじゃ仕方ないだろう?」
 「オ〜ゥ、コレで素直にマネーもらえマ〜ス。」
 「俺たち、もっと早くから素直にもらってま〜す。」
 「シュラインさん。ここにいるみんなでがんばって運んだんだからそれでいいんじゃない?」

 鎮の言葉はその場の全員を納得させた。結果だけ見ればまったくその通りだ。『終わりよければすべてよし』である。その後も店内は談笑が響いた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

0585/ジュジュ・ミュージー /女性/ 21歳/デーモン使いのなんでも屋
2783/馴鹿・ルドルフ    /男性/ 15歳/トナカイ
3072/里見・俊介      /男性/ 48歳/警視庁超常現象対策本部長
2320/鈴森・鎮       /男性/497歳/鎌鼬参番手
0086/シュライン・エマ   /女性/ 26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回はシビアに依頼をこなすという作品です。
皆さんのプレイングを拝見しましたが、これ結構難しい依頼だったようですね……
「ひねり過ぎちゃったかな」とちょっと反省しました。でもたまにはいいでしょ?

シュラインさんには賑やかなメンバーのまとめ役としてがんばってもらいました〜。
でも今回は興信所の運営資金の問題もあってか、ちょっとピリピリしてるとこも?
たまにはこんな時もあっていいかな〜と思って書きましたがいかがですか?(笑)

今回は本当にありがとうございました。皆さんのおかげで書いてて楽しかったです!
それではまた、別の形式の依頼やシチュノベでお会いできる日を待ってます!