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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■悪戯☆チョコ■

 2005年2月13日。
「あのな、俺だって暇なわけじゃないんだぞ」
 草間武彦は苛々と眉をしかめ、煙草の煙を吐き出す。
 目の前には当然とばかりに、曲者笑顔を振りまいている、宿敵、生野・英治郎(しょうの・えいじろう)の姿がある。
「ウソつきなさい、不思議怪奇以外じゃ閑古鳥のクセにv」
「そのハートマークをやめろ!」
「人の台詞の語尾のささやかな気持ちマークまで分かるなんて、武彦、あなたさては私のことを……」
 シュッと繰り出された拳を、英治郎はひょいと笑顔で避ける。
「大体なあ、なんで俺がお前の会社が生産したバレンタイン用チョコの回収しなきゃならんのだ。お前のバックは大層なもんなんだろ? 自分達でやればいいじゃないか」
 武彦の言うことも、もっともである。
 だが、英治郎は、ふうと大きくため息をついた。
「分かりませんか? 分かりませんよね、大きなバックがついた環境で育ち庶民の志を持ったこの私のような人間の気持ちなんて。しかもですねぇ、今回の事件は私のせいじゃないんですよ」
 それこそウソつけ、と思った武彦だが、「事件」と聞いてじろりと英治郎を見る。
「……お前、今度は何の発明をした」
「明日はバレンタインですねえ」
 零の淹れた美味しい緑茶をすすり、ぼーっと小春日和を浴びるかのように目を遠くする、英治郎。その胸倉を掴んで、武彦は再度尋ねた。
「俺の関係者まで巻き込まれてたらどうするんだ、早く教えろ!」
「実はですね」
 待っていた、と言わんばかりに英治郎は笑顔のままあっさりと話し出す。
「そろそろバレンタイン。そうだ、我が愛しの武彦にチョコを贈ろう。では早速手作りチョコをと、新しくチョコを作ったのはいいんですけど」
「ちっともよかない」
 何が、そうだ我が愛しの武彦に、だ。昔のどこかのCMのような文句を言いやがって、と呟いてはみたが、武彦は「それで?」と仕方なく続きを促す。
「チョコを作りすぎたので、大切に品質が落ちない箱に保存しておいたものを、私の会社の部下が持って行ってしまい、それを各スーパーやコンビニ、デパート等で他のチョコと紛らせて売ってしまったんですよ」
「ちょっと待て。なんでお前の会社の部下が、そんな無謀なことをするんだ?」
 英治郎のバックの会社とはいえ、いやだからこそ、英治郎の「発明品」や「新製品」がどれだけ「危険」か熟知しているはずだ。
「大きな会社には必ずと言っていいほどスパイがいましてね、それも私絡みの怨恨のみで侵入するスパイが多いんですよ」
「だろうなあ」
 今度は、武彦は多いに納得して大きく頷く。英治郎はピクリとなったが、そのまま話を続けた。
「それで、そのチョコを早目に買って食べて自宅で試食したり普通にチョコとして食べてしまった人達が、10年歳を取ったり10年歳が減ったり───大変なことになってるんですよ」
「な!?」
 つまり。
 英治郎は、普通のハート型の小さなチョコをピンクと緑色の可愛い袋にたくさん詰めて保存していたのだが、それを会社の、恐らく英治郎に怨恨を持つスパイとして働いていた部下が盗み、さも英治郎の会社の商品とでもいうように、スーパーやコンビニ、デパートで売った。
 そして今回英治郎が作ったチョコというのが、ピンクの袋に入れたチョコを食べると歳を10年取り、緑色の袋に入れたチョコを食べると歳が10年若返ってしまうのだという。
「……お前、俺にそんなチョコを贈ろうとしてたのか……?」
「いえ、ほら。不可抗力ですよ、不可抗力。きっとこれも混ぜると、より美味しくなるだろうなあと色々混ぜて作っていたら偶然出来てしまったものでして。それぞれの効果は、盗まれたと知って急いで作った、このホワイトチョコを食べるか、今意中の人にハッキリと告白したり、意中の人がいなくても心の中で一番好きと思ってる人にハッキリとした愛情表現をすれば治るんですけどねえ……」
 ヤケに「ハッキリと」を強調する、英治郎。絶対に武彦に対しても、それをやらせようとして遊びで作ったとしか思えない。
「そんなもん、10歳以下の子供が緑色の袋のチョコを食べたら赤ん坊以前に戻ってしまうわ!」
「そうなんですよねえ」
 ずずっとお茶を飲む、英治郎。そのお茶を取り上げる武彦。
「和むな! お前には緊張感というものがないのか!」
「そこまで必死になってくれるということは、協力してくれるんですね。嬉しいです、武彦v」
「くっ……だから、ハートマークを……っつか、だから俺の関係者まで巻き込まれてたらヤバいだろう!」
 とまあ、いつものやり取りをしつつ、武彦は「解毒剤」とも言えるそのホワイトチョコ、白い袋に入った白い小さなチョコ(武彦命名「解毒チョコ」)を受け取った。ピンク色の袋に入ったチョコもピンクの粉がまぶしてあってピンクのチョコ、緑色の袋に入ったものは同じ仕様で緑色のチョコだという。
 名前は、ピンクチョコが「夢味チョコ」、緑チョコが「憧憬チョコ」だそうだ。
「ああ……零はまだ買ってなかったからいいが、あいつら、買って食っちまってなけりゃいいが……」
 聞くと、盗んだものだし会社の商品として売るつもりではなかったため、英治郎の会社の商標はついてないという。だからこそ、うっかり買ってしまう恐れがある。
 武彦は英治郎のその依頼を受けざるを得ず、急いで心当たりのある関係者に連絡したのだった。




■こっちのチョコは苦いぞ■

 なんだろう、この緊張感のなさは。
 いつにも増して、草間興信所のこの雰囲気、緩みきっている気がする。
 武彦の英治郎への怒りを押し込めた「いつもの」声を電話ごしに聞いて集まった面々は、それぞれに明日のバレンタインデーに向けての話題に花を咲かせていた。
「日和さんはやっぱり悠宇さんに手作りチョコでしょうか?」
「はい。いつも市販のものは買わないので、今回も安心です」
 シオン・レ・ハイの何気ない質問に、微妙に惚気る初瀬・日和(はつせ・ひより)。
「市販のチョコっていえば、甘すぎなんだよなぁ……」
「安物は特に、嫌な甘さが残りますよね。日和さんと悠宇さんは今回の件では被害が出そうにないので、良かったですね」
 こちらもいつもはっきり好きだと言っているので確実に自分と日和に被害はないと確信している、やはり惚気ているのに気がついていない羽角・悠宇(はすみ・ゆう)と、台詞最後の部分「残念ですね」と言いたかったところを巧妙に摩り替えたセレスティ・カーニンガム。
「そういえば、シュラインさんはどうしたんですか? 草間さん」
 シオンが、思い出したように尋ねてくる。
「それが、いつもこの時間なら事務所にいるはずなんだが、まだ帰ってこないんだよ」
 それでそわそわしているせいもあるのだろう、結構可愛げのある武彦である。
「シュラインさんが10歳若返っちゃったら、草間さんどうする?」
「どうするって、ますます狼になるような気がしますよ。男性は所詮そんなものです」
 悠宇の悪戯っぽい質問に、こちらも底意地の悪い、だが上品な笑みを浮かべてセレスティ。
「ますますとはなんだ、ますますとは! 俺は狼になるような行動はまだしてないぞ!」
 武彦がいきり立って反論すると、「まだ、ということは……」と、肝心なところではいいツッコミを見せる日和。
「く、草間さん、そんな人間だったんですかっ」
「そこで何故お前が泣き崩れるシオン!」
 武彦が吼えた時、扉がガチャリと開き、噂になっていたとも知らずシュライン・エマが買い物のビニール袋を提げて入ってきた。
「外は寒いわ。あら、皆揃ってちょうどよかったわ。今お茶を出すから、お茶請けにこれ食べない? 明日はバレンタインだし」
 と、ビニール袋からなんと、「夢味チョコ」と「憧憬チョコ」の袋を出してみせた。言葉の止まった全員に、はてなマークを頭上に出すシュラインだった。

 *************しばらくお待ちください*************

「じゃ、私が買ってきたこれがその、生野さんが作ってスパイが売り出してたっていうチョコだったのね」
 日和が淹れてくれたお茶を飲みながら、シュライン。その向かい側のソファには、悠宇とシオン、武彦が真摯な顔つきで頷いている。今、ようやく説明を終えたところだったのだ。
 セレスティには紅茶を渡した日和は、物珍しそうにシュラインが買ってきた二種類のチョコの袋を見つめている。
「間違えて食べちゃっても解毒チョコを食べるか武彦さんに好きと言えば大丈夫だから、いつもよりは安心感があるけれど、子供さんが食べたら本当に心配だから早く動かないとね」
 そういえば、その問題があったのだった。忘れかけていた悠宇と日和、シオンは急いで武彦から解毒チョコを渡してもらう。
「生野さんが買い取ってくれるなら、急いで買い占めてくることも可能だけれど」
 シュラインは早速、対策を考えている。
 その彼女にも解毒チョコを渡して、セレスティ。
「作ってしまったものは仕方ありませんが、生野さんの発明品を食べても笑って許してくれる方であれば問題ないとは思いますが、貰う側の方は随分と期待されてそのチョコレートを食される訳ですから、大層お怒りになるような気はしますねぇ。ひとまずは生野さんの会社の部下の方がそのチョコを奪った数と、お店などにだしてしまった数を確認して、売ってしまったのは後で回収して、ひとまずはお店に出ているチョコを販売停止にして、回収して数を数えてみましょうか」
「そりゃ怒りもこえて泣きたくなるだろうな」
 もし自分がその立場だったら、と想像して、悠宇。
 そんな彼に、何やらひそひそと小声で話している日和。
「英治郎さんに、販売店のリストを頂いて回収に出かけたいのですが……」
 そんな二人をよそに、シュラインの言葉で一気に心配になってきた、人の好い美中年、シオン。
 それをきっかけに、全員が其々の考えを出し始める。なんだかこんがらがってきた武彦は、
「待った待った! 全員の考えを纏めて整理してそれぞれメモしたものを持って行動しよう」
 と、英治郎絡みの事件にしてはまともなことを言った。
 そして、彼の言う通りに30分ほど話し合いそれぞれに同じ行動内容をメモした紙をシュラインが渡した。
 以下が、それである。

 ●チョコ回収対策:事前に、どの店に幾つの数を流出されたか確認。売ったものは後ほど回収するとして、まずは店に出ているチョコを販売停止にし、回収して数を数えてみる。(セレスティ案)
 ●犯人対策:売り場近く、英治郎の声で「見つけた」等と言い、挙動や心音が怪しい人間の逃げ場を押さえて警察に。→同時に商品も抑える。(シュライン案)
 ●被害者対策:その後、買ってしまった人達に、販売店で通常のチョコと差し替え、「売り出された時間に買った人に取り替えます」と看板を立ててもらい、英治郎宅(狗皇(いのう)神社)にて解毒チョコを渡す。(シュライン案)

「───なんか、殆ど案を出しているのがシュラインなのは俺の気のせいか?」
 横からシオンの手にあるメモを覗いて、武彦。
「まあまあ、武彦さん。とりあえず子供さんが心配だわ。全員分かれてこのメモ通りに行動しましょう。ひとまず回収が終わった、または犯人を逃がしたり捕まえたりした場合は携帯で連絡を取ることにししょ」
 シュラインの言葉に、解毒チョコの袋を手に興信所を出て行く一同だった。



■脅威!生野チョコの威力■

 セレスティが調査したり、シュラインが直接英治郎の携帯に電話して心当たりの「販売されている店」を聞いたりして、どうやら全部で4店で二種類のチョコがそれぞれ売られていることが分かった。
 セレスティとシュラインは、携帯で他の皆にその店の名前を挙げ連ねた。
 まあ、全部英治郎の実家の会社の提携店だったから、見つけるのは簡単だったのだが。
「へえ、このコンビニって生野さんの提携店だったんだ。知らなかったな」
 たまに利用していたコンビニがそうだと知り、複雑な気持ちになりつつも悠宇は入っていく。既に少し前に、日和が入ってチョコを、武彦からもらった「英治郎から出された経費」で買い占めていることだろう。
 実は、興信所で二人が内緒話をしていたのは、ちょっとした考えがあったからだった。
 まあ、可愛い悪戯程度のものなのだが。
「わあ、結構可愛い」
 透けて見える袋の中にちょこんと入っているハート型のチョコたちを見て、日和は口元を綻ばせる。セレスティの調べでは全部でチョコは20個、20個、30個、50個の全部で120個、二種類あわせて売られているということである。20個はコンビニ、30個はスーパー、50個はデパートである。
 日和は手早く、ひいふう……と数え、夢味チョコの残り2個と、憧憬チョコ残り4個を買った。
 他にもついでに何か買おうと思った日和だが、その日和にそろりと近付く怪しい影が動いたのを見て、物陰に隠れていた悠宇は身構えた。
(やっぱりスパイが見張ってたんだな)
 スパイに何か聞かれている日和は、「だって残り少ないじゃないですか、義理チョコとか結構、配る人いるんですよ」と、買い占めた理由を言っている。そして隙を見てぱっと身を翻し、コンビニを出て道路に走る。
「待て! まだ質問は……」
 と、しつこく追いかけるスパイに、待ち構えていた悠宇に日和が憧憬チョコを一袋放り、素早くその中からひとつ取り出したチョコを悠宇は更にスパイの開けていた口の中に、キャッチボールのボールの如く投げ入れた。
「ぐっ!?」
 ちょうど喉の奥、飲み込まないと既に無理、という部分にシュートしたらしく、ごっくんとチョコを飲み込むスパイ。
 みるみるうちに10歳若返り、小学生くらいの子供になった。着ていたスーツはだぶだぶである。
「可愛くなっちゃって」
 にんまりと歩み寄る悠宇は、クセになっているのか、やはり今回も持ってきていたカメラで一枚シャッターを切る。日和が、ちょっと笑いながら「お名前、なんていうんですか?」と焦っているそのスパイにこちらも歩み寄った。
「お、俺は何も知らない! ただ、水野(みずの)課長に頼まれて……!」
 悠宇がスパイを、こちらも興信所から支給されていたロープで「草間さん、今回用意がいいな」と呟きながら縛り上げる。日和が、シュラインの携帯に連絡した。
「あ、シュラインさん。こちら、日和と悠宇です。只今スパイ一名、捕獲しました」



 日和から連絡を受けたシュラインは、ちょうどスーパーについたところだった。
「やだ、このスーパー。時々利用してるわ、私」
 英治郎が経営しているわけではなく、彼のバックが経営しているとわかってはいても、そこはやはり人心である。
 バレンタインのチョコ売り場には、ちらほらと主婦の姿もある。販売員は二人いた。その売り場の近くにさり気なくポテトチップスの袋を手に取り見つめながら、しばらく様子を見るシュライン。
 そして主婦達が立ち去っていくと、英治郎そっくりの声で叫んだ。
「見つけましたよ、私のチョコを返してください!」
 内心、こんな声も言葉遣いもしたくないのだが、武彦のことを思うと仕方がない。だがその甲斐あって効果あり。販売員のうちの一人が、慌てたように逃げ出した。
「待ちなさい!」
 素早く追いかけ、足を引っ掛ける。運動能力が弱かったらしいその男は、あっさりと転び、たちまちシュラインの持っていたロープで縛り上げられた。
「お、俺は水野さんから頼まれただけで、給料倍にするからって言われて」
 言い訳をする販売員をもう一人の販売員に事情を話して見ていてもらい、残りの英治郎が作ったチョコと普通のチョコとを差し替えてもらうよう、そして昨日の夕方から売っていたということを聞き、その時間帯に買った人に「不良品だったため取り替えさせて頂きます」と急いで業務連絡をさせ、看板を急遽作らせた。
 さて、と、回収のためチョコカートの中を見たシュラインは、ギョッとする。
 ───既に、英治郎の作ったチョコ、夢味チョコも憧憬チョコもあわせてこの店には30個あったはずなのに、一個も残っていなかったのである。
「……子供達が食べていないことを、祈るしかないわ」
 そうため息をつき、シュラインは携帯を取り出し、日和&悠宇から受けた報告と共に、「スーパーでスパイ一名捕獲」の旨をセレスティに告げた。



 セレスティはというと、その報告をデパートのチョコレート売り場で受け取っていた。
 車で来たので早かったのだが、「このデパートは生野さんのご実家の方の会社提携のものだったのですね」と財閥主らしい感想を胸に抱きつつ、その財閥の権力を少しだけ使い、デパートに直接「夢味チョコと憧憬チョコの販売停止」を承諾してもらった。
「この二種類のチョコ、売り上げいいんですけどねえ……」
 惜しみつつ、セレスティに残りのチョコを渡す社長。
「残ったチョコは夢味チョコと憧憬チョコ、それぞれ7個ずつですか……本当に売り上げがよかったようですね」
 丁寧に回収し、呟くセレスティ。
 その後、売った日付や時間等を聞き出し、一枚のチラシを即席で作ってもらうよう社長に頼んだ。
 もちろん、待っている間も周囲にスパイがいないかどうか視線をやっている。
 やがてチラシが出来てくると、セレスティは細かく吟味し、「OK」サインの微笑を作った。
「ご協力頂きまして、ありがとうございました」
「はっ……いえ、こちらこそ。今後是非とも我が社とお付き合いをお願い致したく」
 セレスティが大財閥の者と知った社長がそう言ってきたが、
「検討します」
 と、にべもなく言い放ったセレスティのにこやかな顔にははっきりと、「絶対嫌です」と書かれていた。
(それにしても、シオンさんからだけ誰宛てにも報告がないようですが、どうしたんでしょうね)
 チラシ配りをする店員達を見つめながら、そのチラシを持ってシュラインのいるスーパーに車で向かいながら、セレスティは、ふと思った。



 チョコだ。
 目の前には、チョコが山ほど積み上げられている。
 シオンは今、英治郎の実家の会社の提携であるコンビニの一つに入り、バレンタインチョコのコーナーの前でごくりと唾を飲み込んでいた。
 既に、歩いているうちにお腹が空いてしまったので我慢しきれなく、渡されていた解毒チョコは全て食べてしまっていた。
 そこは、あっても殆ど利用者がいないのでは、と思う空き地だらけに建っているコンビニだった。実際今も、シオン以外に客はいないし、バイトの青年もたった一人であくびをしている。
 当然のように、チョコのカートの中には夢味チョコも憧憬チョコもそれぞれ10個ずつ、合計20個、手付かずで残されていた。
 きょろきょろと辺りを見渡すと、ふと、チョココーナーの真ん前に、スーツ姿の男を見かけた。そういえば、シオンが入ってからずっとそこに立っていたような気がする。
 サングラスをかけたその男は、シオンに見つめられて慌てたように背を向ける。
(さては、この男性がスパイですね)
 ささっと、持っていた袋に、店員にあらかじめ事情を言って許可を取った行動───つまり、二種類のチョコの回収をする。
 いかにもお弁当や何やらを買ったような雰囲気で店を出ると、バイトの青年も申し合わせたとおり、「ありがとうございましたー」
 と、背中に声をかけてきてくれた。
 歩いていると、後ろから足音が聞こえる。恐らく、さっきの男が不審に思ってつけてきているのだろう。お腹が空いていたこともあり、シオンは曲がり角が見えてくると、サッとその路地に入り、憧憬チョコを3つほど口に放り込んだ。
 身体が一瞬熱くなった時、サングラスの男が同じように角を曲がってきた。そして、焦ったように辺りを見渡し、シオンに声をかけてきた。
「おい、小僧。ここにお前と同じような袋を持った40台くらいの長髪の男が来なかったか?」
 シオンは内心「ははあ」とほくそ笑み、真顔でかぶりを振った。
「来ませんでしたよ。もう一つ向こうの角を曲がったんじゃないですか? 似たような路地ですし」
 すると男は舌打ちして走っていく。
 手鏡はあったかな、と呑気に懐をごそごそするシオンの、持たされていた携帯が鳴った。武彦からだった。
『おい、シオン。お前からだけ全く報告がないからって皆心配してるぞ。どうもサングラスをかけ、蛇模様のスーツを着た男が水野という、元凶のスパイらしいんだが』
「あ、す、すみません! お腹が空いていたので、つい」
『? シオン。お前、何となく声が若々しいぞ』
「いえ、その。あ、それでですね。多分水野という男、私のすぐ近くにまだいます」
 なんだって、と武彦は詳しい場所をシオンから聞き出し、全員に報せるため携帯を切った。
 携帯用手鏡を発見したシオンは、そっと自分の顔を映してみる。そこには、20歳前後に若返った美青年シオンがいた。



■英治郎に受難なし■

 その後、駆けつけた武彦達が水野を追い詰め、無事捕獲し、英治郎の元へ引き渡すことになった。
「しかし、3つ食べたからって30歳若返るとは限らないんだな。一個以上食べたら何歳若返るかはランダムってとこか」
 武彦が、シオンの体験を聞いて「やっぱり英治郎の作るものは危険だ」と今更ながら呟く。
 全員一度興信所に戻ってそれぞれに何かやっていたのだが、それから、セレスティが作らせたチラシ通り「各種チョコ」と取り替える旨と狗皇神社の場所を誰にでも分かるように書いた地図とあわせて、水野を連れて一同は狗皇神社まで来たわけなのだが。
 シオンの受け持ったコンビニ以外では売れ行きが凄かった分、大勢の人間が集まってきていた。
 彼らにそれぞれ解毒チョコを渡し、セレスティの案で、「解毒チョコを渡して楽しんでもらうのもいいと思うので、どちらかを選択してもらい、いらないという場合には回収する」ということも行った。結構そういう人間も多かったのだが、予想外に夢味チョコと憧憬チョコの数が少なかったため、最終的には完売御礼となった。
 因みに、「交換用」として用意されたのは、英治郎が元から作っていた「まともな」高級チョコから小さな市販のチョコ、そしてチョコレートケーキまで様々だった。
 水野という男は、とりあえず英治郎が境内の中に押し込んでしまった。あとで会社の者が引き取りにくるのだという。
「さて、なんとか騒ぎがおさまってよかったわ」
 幸い、10歳以下で憧憬チョコを口にした者もいなかったし、とシュラインは、何やら持ってきてた袋から包みを取り出し、武彦に差し出した。
「はい、武彦さん。一日早いけど、バレンタインのチョコレートボンボン」
「お、ありがとう。しかし、よく用意する暇があったな」
 面食らったものの、素直に嬉しいようで笑顔を見せ、受け取る武彦。悠宇が記念に、と、シャッターを切ったことにも気付かないようだ。
「女性は毎年、本命の男の人のためであれば、バレンタインの何日も前に用意しておくものですよ」
 と、こちらは明日、バレンタイン当日に悠宇に手作りチョコを渡そうと思っている日和。
 シュラインはそして、英治郎がまだ隠し持っていた夢味チョコや憧憬チョコを巧みに見つけ出し、全て焚き火にして燃やしているセレスティと、「あああ、私の可愛い手作りチョコたちが」と珍しくうるうるとハンカチで顔を覆っている英治郎に歩み寄る。
「生野さん、はい、これ」
 そっと差し出されたチョコに、英治郎はすぐさま機嫌を直す。シュラインは、にこにこと言った。
「生野さんの作った大切なチョコを使わせて頂いて作ったチョコなの。大事に食べてね」
 受け取ったあとに、そんなことを言われても。
 一瞬英治郎が今回こそ「まともにやりこまれる」場面を期待した一同だったが、英治郎はいつものように実に楽しそうに微笑んだ。
「いやあ、使ってくれてまで私のチョコを愛してくれる人がいたんですねーv」
 これは永久保存しておきましょう、と、るんるんしている。
「おい、ホントに英治郎のチョコで作ったのか?」
 と、腰を抜かした後に小声でシュラインに尋ねる、武彦。シュラインもがっくりきながら、「いいえ、冗談よ。本当はただの義理チョコ」と、また頭痛がし始めた頭に手をやる。
「生野さん、実は私からもチョコレートのプレゼントです。ホットチョコレート、どうぞ召し上がれ」
 日和からも受け取る、英治郎。だが、ちょっと包みの上から匂いを嗅いだかと思うと、またにっこりする。
「この香りは紛うかたなき、憧憬チョコの香りです! 日和さんも私のチョコを使ってくれるなんて嬉しいですねぇv そうだ、ホワイトデーにはお返しを期待していてくださいねv」
 実は興信所で内緒話をした悪戯とはこのことだったのだが、悠宇も日和もアテが外れたどころか、ホワイトデーに鬼気迫る何かを感じてしまい、悠宇は思わず日和を背中にかばう。
「なるほど、回収したチョコが少し減っていたのは、日和さんが興信所で作っていたチョコのせいだったんですか。てっきり、悠宇さんに差し上げるものをついでに作っているものと思っていましたよ」
 とは、成り行きをいつも通り楽しそうに見守っている、セレスティ。
「実は、私も生野さんに手作りチョコレートのプレゼントが……」
 おずおずと、まだ二十歳前後のままのシオンが、こちらも興信所で作ってきたチョコを英治郎に、どこか恥ずかしげに手渡す。
「ほう、これは……3種類全ての香りが。でも、全て混ぜている香りでもない。一体……?」
 と、英治郎は某料理漫画の誰かのような台詞を言って包みを開ける。
 そこには、憧憬チョコ(緑)で草を、夢味チョコ(ピンク)で花を、そして解毒チョコ(白)で兎を象った、見事な芸術とも呼べるチョコがあった。
「これは素晴らしい! 食べるのが勿体無い!」
 英治郎は感動したようだ。嬉しそうにシオンは、ふと悠宇と武彦とを見比べた。
「そういえば、悠宇さんと草間さんにも同じものを作ったんですよ。是非受け取ってください」
 えっと思う間もなく素早い動作で悠宇と武彦の手にチョコが渡されてしまった。
「お、俺は食べないぞ! あ……いや、なんたって芸術作品だからな」
 悠宇が言おうとした台詞まんまを、武彦が先に言う。
「そんなこと言って、食べるのがコワいんでしょう、二人とも。可哀想なシオンさん」
 英治郎が言うと、シオンの顔から笑みが消え、しょんぼりとなる。日和とシュラインはそれを見て慌てて、
「悠宇、食べるふりだけでもいいじゃない、可哀想よ。大丈夫、ホワイトデーには私がお返し、シオンさんに作るから」
「武彦さん、食べるふり、食べるふり」
 と、それぞれを往なす。楽しそうにそれを見ている英治郎とセレスティだが、この二人、全く違う性格のようでいて実はどこかが似ているのかもしれない。
「た、食べさせてもらうぜ、シオンさん」
「あ、ああ。よ、喜んでな」
 そして震えながら悠宇と武彦は包みを開け、それぞれ花の部分と草の部分を手で折る。口に入れるふりだけ、と手を持っていったその瞬間を狙ったように、どこからか取り出したきらきら光る扇を取り出した英治郎が叫んだ。
「あっ! 風が! 日和さんとシュラインさんのスカートが!」
 途端に何故か本当にごうっと日和とシュラインの方面にだけ、すごい風が襲って、日和は小さく悲鳴を上げた。シュラインは目を閉じたものの、スカートではなかったのだが───悠宇と武彦を動揺させるには充分だった。
「み、みんな見るなっ! 見るなよっ!」
 必死の悠宇が両手を広げて日和の前に立ちはだかるが、武彦がふと、「あ」と熱くなった身体を感じながら、間の抜けた声を出した。
 一瞬、悠宇と武彦の視線が重なり、
「「あーっ!!」」
 同時に互いを指差し、叫んでいた。



「いえね、これも発明したばかりのものでして。とある対象にのみ、考えただけで突風を送ることのできる虹色扇、『突風扇(とっぷうせん)』と申しまして。いやあ、まさかお二人があれほど動揺してチョコを飲み込んでしまったのにも気付かないとは思いもしませんでしたし」
 しっかりと、こちらもいつの間にか用意していたのか、カメラで決定的瞬間を撮ったその現像した写真を見せびらかしながら、後日英治郎は悠宇と武彦に言ったものだ。
「解毒チョコがまだ数個残っていて、よかったですね」
 のんびりと笑顔で紅茶を飲んで、こちらは絶対に英治郎の意図が分かっていたであろうセレスティ。
「今回ばかりは絶対にやりこめられると思ったのに……」
 写真を見せられてわなわなと震える悠宇の後ろで、興信所のソファに座りながら、日和はため息をつく。
「またやられたわ……」
 シュラインもその隣で、ため息をついている。その隣で、まだ解毒チョコを持ってはいるものの二十歳前後の姿でいるシオンが、
「でも一件落着してよかったじゃないですか、悠宇さんが10年後、あんなにカッコいい青年になることも分かりましたし、草間さんの20歳の姿も見ることが出来ましたし」
 と、それはそうかも、と女性二人を思わず頷かせてしまう。
「でも、いつかやりこめてみたいですね」
 今まで黙っていたセレスティが、ふと微笑のままそんなことを言ったので、しばらく興信所の中は凍りついてしまったのだった。



《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α)
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。去年の7月20日まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv また、HPもOMC用のものがリンクされましたので、ご参照くださればと思います(大したものはありませんが;)。

さて今回ですが、生野氏による草間武彦受難シリーズ、第10弾です。今回は前回逆の、「生野英治郎から草間武彦への依頼」というOPでしたが、皆さんのプレイングを見て思わず、「実は皆さん密かに生野氏をやりこめたいと思っていたのでは……」と思ってしまいました。いえ、笑わせて頂いてしまったのですが(笑)。今回のネタは実はわたしが以前作ったゲームからきたもので、タイトルはそのまま使いました。皆様のプレイングを総合したり色々考えたりしまして、今回は皆様統一ノベルとさせて頂きました。
また、今回は三種類皆さんに生野氏手作りバレンタインチョコを贈らせて頂きましたので、アイテム欄をお暇な時にでもご確認頂ければ幸いです。

■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 一番最初に頂いたプレイングの最後に「生野氏にチョコを混ぜたものを〜」ということが書いてありまして、「これはやられたかな」と思いました(笑)。まさかそこまで考えていなかったので……でも本当は義理チョコ、というところがシュラインさんらしいな、と思いました。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 計らずもシュラインさんと同じ意図(?)を持って悠宇さんの悪戯心が移ったのか、最後に生野氏に手作りチョコをプレゼントして頂いたのですが、その分(?)ホワイトデーのお返しが、といった感じになりました(笑)。ホワイトデーネタにご参加なさる時がもしありましたら、の場合を考えると今からちょっと楽しみな東圭です。
■セレスティ・カーニンガム様:いつもご参加、有り難うございますv 他の参加者様大多数の中、ひとりだけ「違うやり方」で生野氏に一泡、のようなプレイングでした(笑)。実は生野氏、あれは結構チョットは効いたのではと思う作者です。確かに、悪戯とはいえ作ったものを回収し、目の前で焚き火にされたら……生野氏でも少しは堪えたかもしれません(笑)。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有難うございますv 26歳の悠宇さんの姿、草間氏の20歳の姿と同様、「大切に某所に」写真として保管されています(笑)。日和さんの悪戯につきあったものの、跳ね返りが悠宇さんにまできてしまった、ということになりますが、ホワイトデーにも警戒する悠宇さんの姿をつい想像してしまう東圭です。
■シオン・レ・ハイ様:いつもご参加、有り難うございますv 今回唯一、生野氏手作りチョコを食べて頂きましたが、実際20歳前後のシオンさんはどんなに素敵だろうと思います(笑)。42歳の姿であの素敵さですから……ひょっとしてあの後、街中等でモテまくりだったのでは、と思ってしまいます。もちろん、その姿も悠宇さんか生野氏の手元に写真として残されているはずですので、今頃シオンさんも分けてもらっているかもしれません。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は主に「夢」というか、ひとときの「和み」(もっと望むならば今回は笑いも)を草間武彦氏に提供して頂きまして、皆様にも彼にもとても感謝しております(笑)。思ったよりも今抱えているノベルの進行上、現実でのバレンタインデーより早く納品となりましたが、季節感を損なっていないかどうかちょっと心配です。
次回受難シリーズは今現在抱えているノベルの進行と季節上、予定どおり、「ひなまつり」、そしてその次は「ホワイトデー」になる予定です。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/01/26 Makito Touko