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<東京怪談ノベル(シングル)>


『Tomorrow is another day』


 雨の音はやまない。
 あの日から。
 望まれない子、それが私。私は道具としてなら望まれて生まれた子。
 ――人ではなく、道具として。
 私の母親はとある政治家の妾だった。
 その政治家…いえ、政治屋には母親と同じような妾が幾人も居て、そしてその妾たちには多くの子どもが居た。
 女たちは愛の結晶として子どもを産んだ?
 否。女たちは男から捨てられないために子どもを産んだのだ。
 金を搾り取るための道具として。
 花の命は短い。男は、自分を愛しているのではない。自分の体を、愛しているのだ。若く瑞々しい女の柔肌を。
 女はそれを理解していた。自分よりも若い女の方に男はいく。やがて、自分の肌が弾力を失えば。
 そして若い女の体を貪る男は前の女なんて忘れているのだ。
 それが妾の運命。
 体だけを望まれてる女の。
 枯れた花になんか誰も目を向けない。
 人の目を保養させるのは、瑞々しく綺麗に咲き綻ぶ花だけだから。
 だから女たちは子どもを産む。
 自分の体で男を…金を繋ぎとめられなくなれば、その何不自由ない生活が失われるから。
 でも、子どもが居れば、ね。
 子どもになんか愛情は無い。
 望んだ…愛し合った男との間に生まれた子どもではないもの。
 望むのはお金だけ。
 子どもが居れば、その父親である政治屋から教育費を搾り取れる。
 私の兄弟姉妹のほとんどがそうだった。
 そして私の母親も。
 母親に抱かれた記憶は無い。
 褒められた記憶も無い。
 母親との会話も、単語だけの短い物。
 ただ母親は他の女たちと自分との格の違いを見せ付けるためだけに、私を有名私立の幼稚舎に入れた。
 幼い頃の私は家では透明人間である事を知っていた。
 認められていないのだ、母親に、私と言う存在は。
 だけどそんな私でも外で彼女が望む娘を演じれば、形だけでも優しい言葉、愛情を与えてもらえる事を、幼心で理解していた。あくまで外でだけだけど。
 だから私は演じたのだ、彼女が望む娘を。
 勉強を誰よりもして、幼稚舎で九九を一番最初に全て言える様になった。
 逆上がりだって私が一番最初にやれた。
 ハーモニカもがんばった。
 絵も、料理も、何もかも。
 家では透明人間。笑わない子。喋られない子。ただそこに居て、呼吸してるだけの存在。夜には二酸化炭素を吐くとしても、それでも昼間は光合成をして酸素を吐く植物の方がまだ存在価値がある、植物以下の子ども。
 欲しいの。
 欲しかったの。
 お母さん、あなたの手が、温もりが、言葉が。
 私を抱いて! 私に優しい言葉をかけて! 私に温もりをちょうだい! 私に…私に……
 望むモノはいくつもあった。
 だけどそれを口には出さなかった。出せば、私はきっとこの家を追い出される。私は透明人間だから、だからこそ存在をこの母親に許されているのだから。
 ああ、私は何のために存在しているんだろう?
 幼稚舎では皆、言う。
 私のように自分の子どももなれればいいのに、
 私が羨ましい、
 どうやったら私のように育つのか、
 私は偉い。
 ねえ、わかってる? そうあなた方が言葉を発するたびに私が壊れていく事を。
 キツイ、
 苦しい、
 やめてぇ、
 やめてぇよぉ、
 私は偉くなんかない!
 あなた達の方が恵まれている。
 誰もわかっていない、わかってくれない、私の気持ちなんか!
 私は、私は何のために存在しているの???
 わずか6歳の子どもが毎日そんな叫びを心の中であげていた。
 私は道具なのだ、母親の。
 母親は私にお金と自分のプライドを満たす事しか見ていない。
 だけどそれでもよかった。
 母親の望む自分を演じていれば、いつか、必ず、この母親も私を好いてくれる、と信じていたから。そう願っていたから。
 その願いがあるから、私は、演じられた。
 だけどそんな私をさらにどん底に突き落とす無慈悲な現実が、私を襲った。
 政治屋…私の遺伝学上の父親が死んだのだ。
 母親は怒り狂った。泣き喚いたのではなく、怒り狂った。死んだ男に。
 父親の正妻はできる女で、父親の全財産を相続したのだ。私の母親も、他の妾も子どもを使って、財産を奪い取ろうとしたが、しかし妻は法律の抜け穴を使い全ての財産を相続した。
 ああ、その瞬間に私は今度こそ完全に母親にその存在を許されないモノとなった。
 私立の幼稚舎は母親のプライドと養育費をつり上げるための物だった。だけど父親が死んでしまい、養育費をもらえなくなった今は通える訳が無かった。
 だったら私は???
 私はその日から完全に母親に存在を無視された。
 私はそれでも母親にくっついた。
 殴られても、蹴られても。
 私は望まれない子。私は…私は……
 線路の遮断機は降りていた。
 電車の音が近くなっている。
 雨の音に混じって、その音は私の鼓膜をつんざく。
 母親は降りている遮断機をくぐって、電車が来る前に線路を渡った。
 嫌だ。いやだ。イヤダ。置いていかないで。置いていかないで。置いていかないで。
 私は泣きながら、遮断機をくぐって、線路を渡ろうとして、
 線路の真ん中で、私は「ママぁー」叫んだ。
 電車の警笛が鳴り響く中で。
 だけど、その警笛は私には聞こえていなかった。
 だって、私を振り向いた、母親は、私を見て、にやりと笑ったのだから。
 そしてそれをただ耳鳴りのような雨の音が鳴り響く中で、私は見て、電車にひかれた。
 即死だった。
 私は死んだのだ。
 手足は千切れ、内臓も飛び散って。
 私は死んだのだ。
 死んだ、はずだった。
 私を助けたのは【時計師】だった。
 時間と時間の狭間に存在する、世界の何処にも存在しないモノ。
 時間から切り離されているから、だから世界にもその存在を認められないモノ。
 その人は死んだ私の時間を吸い取って、私を生き返らせた。
「私とキミはそっくりだねー、お嬢さん」
 その人はそう言って笑った。
 ただただ笑うという事を現実化させたそういう笑い。純粋な笑い。人はそれを狂気と呼ぶのかもしれない。だけど、作り笑いしか浮かべられない私よりもその人の方がよっぽど人間らしいと思えた。
 そう想ったらその人は笑った。とうの昔に人である事をやめた自分を私が人だと想ったから。
 その日から私はその人の仕事を手伝うようになった。
 その人は色んな世界の微妙に狂いそうになる時間を調律するのが仕事だった。
 だからその人は時間に縛られていない存在なのだそうだ。
 私はその人を哀しいと想った。
 ただただ時間から切り離されて、人の時間を調律する人。
 時間から切り離されているのなら、その人は要するに明日が来ない、という事だから。
 未来、それは何?
 それは明日。
 明日が未来。
 だけど明日は、今日となったら、今日でしかなく、そして人はその今日と言う時間をただ過ごす。
 明日を夢見ながら。
 夢見ていた明日なのに、それは今日となれば今日でしかないのに。
 明日は今日となったら、今日でしかないのに。
 ああ、だったら未来とは、明日がその日となったら、今日でしかないのなら、人はなんと悲しい。
 私は知っている。
 明日を夢見ながら今日という日を過ごすその哀しさを。
 明日こそは、
 明日こそは、
 と想いながら、それが叶えられない日々。
 線路の真ん中で、母親が電車にひかれる寸前の私を見て笑ったその瞬間に、私は全てを諦めて、そして理解してしまった。望む明日なんて絶対に来ない事を。
 だったら明日なんかこなければいい!!!
 そう私は叫んだ。それが【時計師】を呼んだ。



 だけど私は、そう、【時計師】と出逢えたのは、それは今日という日の積み重ねの結果だ。
 今日の積み重ねが明日となるのなら、それなら今日という時間は、ああ、どんなにそれは愛おしいのだろう。



「戻りたいんだね、時のある世界に」
 その人は優しく笑いながらそう言った。
 私は泣いた。
 そう、私はこの人をいつの間にか愛していたのだ。
 ああ、馬鹿だなー、私は。ちゃんと明日が来たじゃない。望んでいた明日が。
 ずっと想っていた。私が愛せる人に出逢える事を。
 私は自分が母親に愛されるという事以上に、人を愛する事を望んでいた。そして出逢えた。それは今日の積み重ねの結果。
 諦めなければ、絶望しなければ、明日は来るというの?
「私はあなたを愛しています」
「ありがとう」
 その人はそう微笑み、私は人の世に戻った。
 あの人には時間が無かった。だから時の法則に縛られた世界に居た私を傍に置いた。そうする事で、私を通して時間を感じられるから。
 そしてあの人もいつの間にか私を愛していた。
 私もあの人を愛していた。
 愛し合いながらも私達が別れたのは、お互いにやらなければならない事があるから。それを無視して一緒にいる事を望むような子どもっぽい恋愛感情は残念ながら私もあの人も持ち合わせていなかった。
 それぞれの存在理由があるから。
 私はずっと欠けていたモノをあの人にそっと埋めてもらった。私がやる事はそれをまた誰かに分け与える事。


 種を埋めるの。
 私があの人に種を埋めてもらったように、
 私もまた誰かの空洞に種を埋めるの。


 人の世に戻った私は時計専門店『羈絏堂』を開いた。
 そこで時計を修理し、いつの間にか居着いていた時計の精霊たちの世話をしながら生きた。
 あの人と一緒に居る時は聞こえなかった雨の音は、だけどあの人と別れてから、また私の鼓膜を叩くようになった。
 雨が降る世界を歩く私。
 そんな時に私はあなたを拾った。
 通りを行く人たちは誰もが電信柱にもたれて灰色の空を見上げるあなたを無視していたね。
 透明なあなた。
 そんなあなたに私は昔の自分を見て、苦笑した。
 鼓膜を叩く雨の音に混じって、声が聞こえたんだ。あなたが泣く声が。
「泣きたい時は泣けばいいのよ。人は泣く事ができる。それには意味があるから、だから泣けるのじゃなくて?」
 私は自分が濡れるのもかまわずにあなたに傘を差し向ける。
 まるで罅だらけの硝子の獣のようだと想った。
 とても綺麗で脆く、そして触れる者を傷つける。
 銀色の髪と、青の瞳をしたあなた。
 あなたは私を無視していた。
 誰にも触れられたくない?
 かまわないでもらいたい?
 無視していて欲しい?
 嘘ばかり。
 本当は寂しくって、
 哀しくって、
 人が恋しいくせに。
 じゃなければ、こんなにも五月蝿いほどにあなたの泣き声が聞こえるわけがないじゃない、私はそう想い、だからあなたを拾ってあげる事にした。
 ずっと雨の降る音しかしていなかったのに、今はその音が聞こえない。私の世界はあなたの泣き声で満たされていたから。
「はぁー。ガキは素直に大人の優しさに甘えてればいいのよ。こっちはちゃんとそうしてもらうために哀れみをかけてやってるんだから」
 驚いたあなたの顔が面白かった。
 そして私はあなたを無理やり連れて、『羈絏堂』に戻った。「はぁー。そっちがその気なら、こっちはこうさせてもらうわ」って。
「はい。シャワーを浴びてきて。その間にちゃっちゃっとご飯を作っちゃうから」
 浴室から出てきたあなたは、私の動きが必ず見える位置のソファーに倒れこむように座った。
 本当にまるで捨てられて人間不信になった獣だ。
 私を溜息を吐きつつ、夕飯の準備をする。餌付けする自信はあった。私は料理が上手いから。
「こっちに来なさいな。さあ、温かな料理ができたわ」
 私はあなたを呼びに行く。その私が足を止めたのは、あなたが歩いた跡に血痕が残っていたからだ。
 ソファーの上のあなたを私は想いっきり訝しげに睨んだ。あなたはそんな私に狼が相手を威嚇するような声を上げて睨み返してくる。
 だけどそのあなたの視線も唸り声もスルー。
 私はあなたの腕を思いっきり掴み、頭を押さえ込んであなたをソファーの上で四つん這いにさせると、あなたの着ている服をひっぱはがした。暴れている男の服を女の私が脱がせるという行為にちょっとこう複雑な物を感じなくもないが、しかしそんな事を言ってる場合でもなく。
 案の定、あなたの全身は傷だらけであった。
「ちぃ。私の馬鹿。怪我をしているならしていると言いなさい」
 私は救急箱を持ってくると暴れるあなたの頭を平手でぱちーんと叩いて、手当てをした。
 あなたはどうやらこの傷の痛みを感じているようではなかった。
 だからといって傷が深すぎて麻痺しているという風でもなかった。多分、心が麻痺をしているのだ。だから痛みを感じない。



 そう、電車にひかれる寸前、私は心が麻痺していたから、それを怖いと想わなかったのと同じように。



「はい。あなたはしばらく絶対安静。言葉も喋れないほどに疲労しているなんて、呆れてモノも言えないわ、シン」
 シン、それは私がこちらに戻ってきてすぐに拾った犬の名前。その名前を私はあなたにつけた。あなたは字も書けなかったし、何も喋られなかったからね。
 別にそれに罪悪感は感じなかった。だってシンは歩く時は物音は立てないし、人間に対しても心を許してはいなかったから。そして怪我の治療以外には私に手を触れさせなかったし、精霊に対してはされるがままになっていた……それは本当にシンにそっくりであった。まさしく擬人化したのではないのか、と疑ってしまうぐらいに。
 シンを見ながらくすくすと笑う私を見て、シンは不審そうに私を眉根を寄せて睨んだ。
 拾ってきた当初は、感情の一片も見せなかったシンだが、しかし最近はこうやって感情を少しずつ見せるようになった。
 最近は時計の修理にも興味を見せ始めて、私がしている作業を見ている。私はそれを面白いな、と想った。
 そう、それはあの人と一緒に居た私と同じだから。
 時代は繰り返される、という事であろうか? 笑える。
 私はシンに時計の修理の仕方を教えることにした。
 多分、シンは空っぽだったのだろう、心が。
 埋める物が必要だ。その彼の空洞を。
 私がそうであったように。あの人への愛で、自分の空洞を埋めたように。
「あなたは彼らの事を、物とは言わないのだね?」
 私がそれを言ったのはシンの名前がユーンだとわかり、ユーンの体が完全に癒えて、そしてユーンが完全に私に心を開いてしばらく経ってからだった。
「だって彼らは物ではない。生きているのだから。だから俺は彼らを俺と対等として接している」
「ふむ。なるほどね」
 この瞬間にユーンへの私が渡す物が決まった。
 そう、私の空洞が他者への愛情であったように、ユーンの空洞は、
「この店はあなたにあげるよ」
 居場所だ。
 ユーンには己の居場所が無いのだ。
 だからユーンに私はこの『羈絏堂』をあげる。
 ここにはユーン、あなたを好いている時計の精霊たちが居るから。
 あなたを必要としているモノが居るから。
 あなたが欲するのは居場所。『羈絏堂』があなたの居場所。そして時計の精霊たちも。
 今日、私は『羈絏堂』を去るけど、でももうユーンは心配無い。私はちゃんとユーンの中に種を埋めたから。
 その種はちゃんと根付いているから。
 だから私は安心して、ここを去れる。
 ユーンの中に私が植えた種はきっと綺麗な花を咲かせるだろう。
 ユーンはちゃんと花を咲かせるだろう。
 その綺麗に咲いた花は、いずれまた空洞を心に抱く者たちを呼び寄せて、その空洞を種で埋めるのだと想う。
 そうやって種は人から人へと受け継がれてきたのだから。
 この手紙を見ているユーンへ。
 今、あなたの周りには誰がいますか?
 その人たちを大切にしなさい。あなたならば言われるまでもないでしょうけど。
 その人たちこそがあなたが欲しがっていた居場所なんだから。
 たとえ今日に絶望していても、それでも今日という日を過ごせば、それが積み重ねとなって、明日は来るから。
 明日は今日とは違う日だから。
 それが私があなたに伝える最後の事よ、ユーン。




 ――――――――――――――――――ユーンは手紙を折りたたみ、苦笑した。
「ええ。ちゃんと大事にしていますよ。俺の居場所を」
 苦笑するユーンの服の袖を双子たちが引っ張る。
「ユーン、探していた道具を見つけたよ」
「あっちにあったよ、道具」
「ああ。ありがとう」
 


 ― fin ―



 ++ライターより++


 こんにちは、シン・ユーンさま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。



 シン・ユーン。
 その名前にこのような秘密があっただなんて。^^
 プレイングを見た時、とても楽しい気分になりました。
 それを知ったユーンさんはどんな気分だったのでしょうね?^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。